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神はサイコロを振らない

発売中

仕様
本編全4枚
17,010円
特典映像収録

出演
黛ヤス子小林聡美
竹林亜紀 ともさかりえ 木内哲也 山本太郎
黛 菊介 武田真治 後藤瑠璃子 成海璃子
神蔵竜蔵 ベンガル 霧島 藍 矢沢 心
坂倉 将 升 毅 甲斐陽介 尾美としのり
浜砂柚子 市川美和子大屋本部長 岸部一徳
加藤久彦 大杉 漣

スタッフ
演出
 佐藤東弥、南雲聖一
脚本
 水橋文美江
原作
 大石英司
主題歌
 Ryohei feat.VERBAL(m-flo)「onelove」
製作
 日本テレビ
公式ホームページ
 http://www.ntv.co.jp/saikoro/
視聴率
1/18the 1st day14.1%
1/25the 2nd day10.6%
2/1the 3rd day9.5%
2/8the 4th day8.9%
2/15the 5th day9.6%
2/22the 6th day9.7%
3/1the 7th day7.2%
3/8the 8th day8.1%
3/15Last day9.1%
平均視聴率9.644%
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ドラマレビュー
最終平均評価点 5.1/10

評価点評価点
放送前の感想-放送後の感想-
the 1st day6the 7th day5
the 2nd day6the 8th day3
the 3rd day6Last day5
the 4th day5  
the 5th day6  
the 6th day4  

放送後の感想
 う〜ん、微妙なドラマだったな。絶賛している人も多いこのドラマだけども、私はまるでノレなかった。それは、SFとファンタジーを作り手側が混同しているからだ。SFではなく、ファンタジーの側面を強調させていれば、展開や結末は活きてきたと思う。SFとファンタジーはその境界線こそ、曖昧ではあるが、少なくともSFとファンタジーとでは描き方は変えるべきだと思う。SF的な設定を使いながらも、科学的な理論付けはほとんど無視してファンタジックな描き方ばかりに偏向していた。これは私はいただけないと思った。テレビドラマはどうしてもファンタジーの方向に行きがちだ。SFとなると、考証が面倒だし、脚本家の方もたぶん科学に精通しているというわけではないだろうから、感情に訴えかけて逃げたのだと思う。でも、そういう逃げの姿勢を見せてしまって、SFをテレビドラマでは描けません、という弱みを見せてしまうから、テレビドラマがバカにされてしまうのではないか。このドラマの製作サイドはSF的な母体をお借りして、改めて「すいか」のような世界観のドラマを作ろうとしたのだろう。しかし、SFでありながら、「すいか」でもあるなどというドラマは無理である。製作意図が安直で虫が良すぎたと言う他ない。

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Last day〜最終回〜 3/15放送 視聴率9.1% 演出:佐藤東弥

評価★★★★★☆☆☆☆☆ 5

 もたいまさこさんが1シーンだけ変なラーメン屋の店主役で登場していたし、やっぱり、このドラマは「すいか」を意識した内容にしていたのだなあ、と改めて確認した。

 確かに、「すいか」と共通する部分は多い。実際、ロケ地も同じシーンもあったと思うし。「すいか」は何の珍しくもない日常という基礎がしっかりとしている。その日常に潜むすばらしさ、平凡であっても人生は捨てたものではない、というあたりを木皿泉さんの独特のレトリックでファンタジックに語られていた。その日常を描くという絶対必要なリアリティーと不思議なファンタジックさがまさしく共存していた。

 このドラマも旅客機が10年前から還ってきて、あと10日間で消えるという理論があろうが、登場人物の織り成すドラマは日常そのものだ。しかし、その日常には、10年前の友人や家族、知り合いといった人たちとの共同生活という非日常がある。日常と非日常との共存、まさしくこれは「すいか」を意識したことであろう。

 ただ、このドラマが「すいか」に比べ、圧倒的に弱いことはSFであるということだ。マイクロブラックホールだ、相対性理論だ、というワードが出てきた時点でこのドラマはファンタジーとはいえないわけだ。理論の話が出てきた時点で、ストーリーの中で理論を切り離すことは許されない。少なくとも主役級の誰かがテクノロジーを駆使したり、そのテクノロジーを駆使する現場の近くにいて、どうにか理論を打ち崩す模索をしようとする画がほしいはずだ。その結果、理論を打ち崩せなかったとしてもそれは問題にはならない。そこで、大事になってくるのは、感情である。理論では乗り越えられない壁、そのモヤモヤを補填するのが感情なのである。理論と感情という対極にある2つの要素をしっかりと対立させ、描くことで日常を過ごすことで感情を浄化させていくというくだりに説得力を持たせることができる。このドラマは最初から理論を描くことを拒否して、感情ばかりに偏向して描いてきた。ヒューマンドラマとしては問題ないだろうが、その母体となっているはずのSF的な飛び道具設定は効果的に使われずじまいだ。

 この最終回、帰還者たちはひっそりと消えていった。あえて仰々しい別れのシーンを演出しなかったのはこのドラマの美点であるといえると思う。ただ、SF的な面をうまく消化できていなかったから、どこかで彼らは戻ってくるかも、という感情のほうを多く持たせてしまう。しかし、結局、彼らは消えてしまった。あのさりげない別れが終の別れとなったわけだ。であるならば、やはり、あの別れのシーンが終の別れである、という印象を多く与えておいたほうがいいだろう。意味もなく期待を持たせているから、やはり、結末が舌足らずな印象を与えてしまう。こういう結末にするならば、マイクロブラックホールだ何だといったシーンはすべて排除して、何でか分からないけど帰還者たちは気付いたら10年後の現在にいた、というような設定にすべきだった。科学では解明不可能な超感覚的な理由をもって10日間で否応なく引き離されないといけない、というデスリミットをもっと明確に打ち出すべきだったのではないか。確かに別れのシーンは感動的であったが、別れのシーンが感動的にならないわけがない。別れのシーンが感動的であるのは当然のことであり、別れのシーンを見る上で重要なのはそこまでの過程である。このドラマはその過程が気に入らない。だから、別れのシーンだけで評価をすることはできない。

 私はこのドラマは普通で終わるか、傑作で終わるかのどちらかではないか、と最初から思っていたけども、案の定、前者、いや、普通よりちょっと劣るくらいの出来ではなかったかな。

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the 8th day〜3days left〜 3/8放送 視聴率8.1% 演出:南雲聖一

評価★★★☆☆☆☆☆☆☆ 3

 このドラマは肌が合わない。重くなりすぎないように配慮しているのだろうが、あまりに内容が能天気すぎる。見ていて非常にイライラしてくる実に不愉快な回だった。

 このドラマを貫いている意味のない妙な自信みたいなものは何なのだろう?10年前に引き戻されれば、記憶も失われてしまうわけで、この10日間の奇跡の記憶を消え、10年後の今、彼らの姿がない以上、彼らが絶命することは理論上避けることができないのである。筋の通った理論があっても、登場するキャラクターは皆、理論を理解しようとせず、10年前に引き戻されてもどうにかなる、といった妙な自信ばかりをぶちまける。特に、哲也(山本太郎)。根拠のない自信を振り撒きながらも、実際は何も考えていない。何なんだよ、コイツは。頭脳明晰なパイロットのはずなのに何だ、その単細胞ぶりは。見ていて実にイライラしてくる。理論をバカにして、感情で物事を全て解決しようとする、このドラマのスタンスははっきり言ってものスゴく嫌悪感を覚える。

 この能天気に明るい雰囲気を堅持しているのは、暗いドラマになりすぎないように配慮しているのだろう。だけども、暗いドラマにしないように配慮する、というのは、内容そのものから暗い部分を極力排除するということではないだろう。絶望するほどのことも含みながらも、刻むようなテンポの演出に仕上げてみたり、映像を工夫してみたりする方法でも、暗いイメージを払拭できるのではないか。人の心のいい部分だけを切り取ろうなどと都合のいいことを考えて、重層的なドラマなどできるわけもない。人の暗部を描かずして、人のいい部分など描けないのだ。

 日にちと回数を比べてみると、全9話で1回回数が足りないから、どうするのだろうと思っていたけど、今回のラストで強引に微調整していましたね。この回が始まるときは残り3日、終わったときにはあと1日と数時間になっておりました。「10年」という年月と「10日間」という期間の語呂がいいから、こういう設定になったのだろう。だけども、ここまでそれぞれの回で1日ずつ描いてきていたのに、ラスト前で時間を進めちゃったってわけか。何とも歯切れが悪く、尻つぼみといった感じ。

 あと、最終回予告の編集の仕方は、「すいか」の最終回の予告をまるまる模倣していた。やっぱり、このドラマは第2の「すいか」を明確に意識していたみたいだね。あの予告を見て、出来のあまりの違いに愕然としましたけどね。

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the 7th day 3/1放送 視聴率7.2% 演出:佐藤東弥

評価★★★★★☆☆☆☆☆ 5

 う〜ん、何かピンとこないドラマだねえ。平凡すぎて、アクセント不足のように思う。

 この回が始まった時点で、残りはあと4日。4日後、10年前に戻されて、10年前で生き残れるか分からないというのに、亜紀(ともさかりえ)と哲也(山本太郎)はすこぶる明るい。歯磨きをしながら黛姉弟とじゃれあう余裕すらある。そんなとき、生還者のうちの1人の神蔵(ベンガル)は病気に冒され、余命いくばくもないことが判明する。神蔵は10年前は小学校の教師だったのだが、そのときに担任していたクラスの1人の生徒のことが気がかりでならなかった…。

 今回は、神蔵さんのエピソードを扱った回。神蔵さんが教師だったことは以前から触れられておりましたが、10年前担当した生徒にイジメを受けていた生徒がいて、その生徒のことが気がかりでならなかったとのこと。その生徒も10年の月日が経ち、今は大学生。大学生になった彼は過去のことは思い出したくないと、神蔵さんに会うのを拒み、知人に自分の代役をするように頼む。結局、黛はその別人を神蔵さんに本人として紹介するが、良心がとがめて、その後、真実を告白する。それで、結局の結局、病気の神蔵さんを連れ、彼のいる大学に会いにいくことに。これで神蔵さんエピソードはハッピーエンドなのですが、というか、会いに行っちゃうなら、最初から会いに行っちゃえばよかったんじゃないかな。そこがまず、疑問。まあ、百歩譲って、そこはOKだとしても、大学生の彼をもう少し丁寧に扱ってほしかった。最初は、頑なに会うのを拒んでいたのだけども、神蔵さんが大学まで乗り込んできたら、すんなりと神蔵さんの存在を受け入れ、深々と一礼って、そんな…。まあ、彼も昔の恩師が会いたいということを聞いてから、考えることもあったのであろうとは思う。しかし、このドラマは部外者といえる彼のことはあえて詳細を描いていない。それならば、最初は恩師の存在に気付きながらも、無視して、部活で陸上の長距離をやっているという設定上、グラウンドを1周グルッと回ってから立ち止まって、一礼、というように、少しでも彼の逡巡の感情を見せてほしかった。これくらいの展開がないと、序盤の展開があまり活きてこないと思った。

 この神蔵エピソードを受けて、亜紀の10年前のエピソードも挿入された。亜紀の搭乗した飛行機に10年前に新人営業マンだった男性が乗っていたのを思い出し、彼が亜紀のことを覚えているかを直接、聞きにいく。神蔵さんの感動的な対面があったので、亜紀もその男性が自分のことを覚えてくれていると思ったが、その男性は10年で嫌な男になりさがり、亜紀のことなどまるで覚えてなどいなかった。10年という年月が見せる対照的なエピソード。10年という年月が見せる喜ばしい一面と厳しい一面、この対比はよく効いていると思う。しかし、厳しいエピソードでこの回は幕切れだったというのは、ちょいと歯切れが悪いかなあ。個人的には、亜紀のエピソードを最初に持ってきて、あまり意味があるとは思えなかった神蔵さんの病気という設定などなくしてしまって、神蔵さんのエピソードを後回しで見せて、感動のご対面で幕切れのほうがまだ快いまま終われたような気がする。亜紀の感情もこの展開でも十分に説明がつくと私は感じた。

 長々と番組構成がちょいと気に入らないと言ってきたが、それ以上にこのドラマにはアクセントらしいアクセントがないのが気になる。飛行機が時空を越えて還ってきたという飛び道具を使いながらも、何もなかったかのような日常のように描くというスタンスは悪くないと思う。だが、キャラ付けをユーモアを交えた不思議な人物像にしようか、それともリアルさを優先させた人物像にしようか、という選択肢に迫られ、その両方をこなそうとした結果、その調合の具合が実に中途半端な印象で、逆に無味乾燥になってしまっているように思える。展開もこれといって興味深いものがあるというわけでもないし、連続ドラマとしてはアクセントが不足しているね。

 それにしても、次回であと3日のはずなのだけど、このドラマは全9話。あれっ、1日分足りませんよ〜!10日になる前に、何か奇跡が起きるんだろうなあ、というのが、回数でバレてしまいました。編成の都合だろうけど、10日を1話につき1日ずつやってきたのに、何で全9話なんでしょうか…?

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the 6th day 2/22放送 視聴率9.7% 演出:南雲聖一

評価★★★★☆☆☆☆☆☆ 4

 このドラマには正直、乗り切れないな。

 さすがに、キレイごとばかりでは片付かないということも分かっているらしく、お金で10年を片付けようとする人もいるというくだりを挿入することで、キレイごとだけではなく、現実的な面も触れようとしていたことは評価してもいい。だが、結局、このドラマは所詮、ファンタジー路線でキレイごとの話なわけで、キレイごとだけでは片付かないとことわりを入れつつも、最終的にはキレイごとの話にまとめている。何だよ、結局は、キレイごとかよ、と思った。

 でもまあ、ドラマなのだから、希望的観測としてキレイごととしか表現できない願いへとつなげるべきであるのは認める。やはり、リアルすぎても見る人はゲンナリしてしまうし、適度なキレイごとは必要だろうと思う。だが、その際は、その時代に合ったリアリティを話に盛り込みながらも、それを嘘くさくならない程度にエンターテインメントに直すという作業が必要になる。これはとてもバランス感覚の必要な作業である。このドラマはその作業があまりうまくないと、私は感じる。

 今回は、失われた10年という年月や、また消えるかもしれないという現実を踏まえ、キレイごとばかりはいっていられないという部分にも言及されていた。だけども、このドラマの場合は、ファンタジックでキレイごとの面ばかりが前面に出てしまっていて、その現実的な面がとても表面的で嘘くさいものに思えてしまう。だから、現実を踏まえていても、その部分が弱いから、話をキレイごとに戻すと、やっぱり、キレイごとなのかよ、とツッコみたくもなるというわけだ。また、要所要所に挿入される無用な笑いを狙ったシーンにも居心地の悪さを感じる。

 それにね、失われた10年という年月を埋めるのは、人の感情だ、って、堂々といっていましたが、そんなの当たり前でしょ。そんな当たり前のことを第6話にもなってから、堂々と言わないでくださいよ。いくら見舞金で解決した人がいるといったって、金というものがことを解決したのではなく、その金をもらったことにより、もらった人自身が彼または彼女の中で気持ちの踏ん切りをつけたということでしょ。最終的に、傷を埋めるのは人の感情であるなんて、いちいち自信満々にいうほどのことではないと思う。

 「野ブタ。をプロデュース」の脚本がすばらしかったことから、ここ最近は「すいか」を時間のあるときに、鑑賞している。前にも言ったと思うけども、このドラマは、小林聡美、ともさかりえ、演出の佐藤東弥といい、「すいか」のようなドラマを作ろうというのがどこかにあったのは間違いないことだと思う。だが、このドラマは「すいか」の完成度には程遠いものがあるな。「すいか」はキレイごとの部分と現実の部分を、巧みな台詞構成ですごくうまく結び付けている。あのドラマも幽霊とか、ファンタジックな要素を入れ込んで入るものの、それが嫌らしく映らない。それに対し、「神はサイコロを振らない」の場合は、キレイごとの部分と現実の部分があまりうまく結びついていない。それに、飛行機が還ってきたという飛び道具のスケールがデカすぎて、ファンタジックさがうまく描き出せないという難点もある。ここは脚本家の力量の違いが明確に出てしまったということなんでしょうな。

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the 5th day 2/15放送 視聴率9.6% 演出:佐藤東弥

評価★★★★★★☆☆☆☆ 6

 いい話であるとは思うが、もう一味ほしいな。前クールの「あいのうた」のときは、ほとんどヒネリを入れることなく、あくまでストレートに描いたことが効果的にはたらいていたと思う。しかし、このドラマの場合、失踪した旅客機が10年の時を超え、還ってくるという設定があるわけだから、自然とハードルは上がってしまう。

 今日のテーマは、10年前の情熱を今でも持ち続けていますか、ということ。確かにこのテーマも部分的には感じられたが、どちらかといえば、今回は家族のほうがメインテーマだったのかもしれない。

 家族を描いた部分については、なかなか好感触だった。家族にとって、10年を失ってしまうというのは、とても大きなことなのだろうということは容易に推察できる。特に、小さい子供を失ってしまい、その結果、離婚となった夫婦のエピソードは印象的だった。妻はLAでバリバリ仕事をこなしているが、夫のほうはホームレスで野上生活を余儀なくされている。10年という年月がもたらした好対照は時間の無情さを感じさせる。子供という紐帯を失ってしまった結果、崩れた夫婦の絆、しかし、10年という時を超え、再び現れた子供。しかし、一度崩れてしまったゆえ、2人の中で10年という年月はあまりに跨ぎ切れない大河であるのだ。状況を理解しきれない我が子に、そう願いたいという気持ちもありながらも、嘘で終わるかもしれない言葉をかける父親の心中はなかなか胸に迫るものがあった。

 だが、こういったドラマの部分は、それほど強く訴えかけてくるほどの力があるとは思えない。ヒューマンドラマとしては、標準的な部類に入る作品となるだろう。一定程度の満足は得られるだろうが、後々にも印象の残る作品にするためには、あともう一押しほしい。後に印象の残る作品は決まった枠からどこかしら突き出た部分がある。だが、この作品はどうも決まった枠内でせこせことドラマをこなしているだけだな、と思えてしまう。

 10年前からタイムスリップしてきた友人や恋人、家族などと暮らしていくうちに、10年で変わってしまった自分を残された者たちがそれぞれに内省していくというこの作品の方針は悪くはないと思う。だが、現時点では、10年の時空を超えたタイムスリップという設定がただのヒューマンドラマを見せるためだけの道具でしかない状態になっている。

 そのヒューマンドラマの部分がどこかしら突き抜けてグサッと刺さる点があればいいのだが、健全な路線を外れようとしない標準的な仕上がりとなってしまっている。それならば、SF的な設定を巧みに利用したサスペンスといった要素も加味していけば印象も変わるが、SFの部分はどうしても添え物程度の扱いになってしまっている。だから、ヒューマンドラマにしても、SFの部分にしても、印象としてファンタジーの範疇を出ていない。やはり、SFとファンタジーには私は明確に境界線を引くべきだと思う。この作品で扱っているのは、明確にSFであろう。SFとして描くのならば、何かしら毒がほしい。この作品はその毒を浄化しすぎていて、作りとして甘すぎるというのが正直な印象。

 これはファンタジーというほうが近いお話。ファンタジーとして描きたいのならば、ブラックホールだ、相対性理論だ、最初から科学で説明ができるというような設定にせず、原因不明だがとにかく還ってきて、よく分からないがあと10日しかいられないらしいという設定にしたほうが、毒がなくても甘いだけの作りになっていても、まだ見れる。とにかく、作りとして標準的すぎる印象が残り、設定をうまく活用し切れていないなあ、と感じられた。

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the 4th day 2/8放送 視聴率8.9% 演出:南雲聖一

評価★★★★★☆☆☆☆☆ 5

 はっきり言って、このドラマの登場人物の行動や言動には違和感を覚える部分が多い。だから、あまりこのドラマは好きになれない、というのが現実だ。

 今回のテーマは、10年前に見ていた夢をあなたは今も夢としてもち続けていますか、ということ。確かに、10年前にどんな夢を抱いていたかなんて、まるで覚えていないなあ。このドラマで登場人物が抱く夢は、それぞれにとって等身大の夢であった。その夢が果てしなく大きな人もいれば、控えめであった人もいる。ここは人それぞれの価値観の違いが出ていて、悪くない描き方だったと思う。夢ということに関しては、このような無責任ではない描き方は好感が持てる。

 いつも思うのだが、その回ごとのテーマとして設定されているエピソードは別に悪くない。しかし、連続ドラマとして見ると、登場人物の感情にどうも私は共感できない。一応、設定としては、10年前からの帰還者はあと1週間で事実上の死を迎えるのかもしれない。だが、帰還者の人たちは少し落ち着き払ってはいすぎないか?ベンガルさんが演じていたようなあのような感情になるのは当然だと思う。しかし、皆はどちらかといえば、自分のことよりは他人のため、というスタンスの人が多く、あまりにも分別がありすぎる。私なんかは、あと1週間で死ぬかもしれない、などと言われたら、死ぬ気で少なくとも自分だけでも生き抜く方法を探そうと思うけどな。まず、他人のために何かをしてやろうとなどという発想はわかないと思う。

 このドラマは、10年前で時間が止まった人たちとの共同生活という非日常的な要素を含みながらも、あくまで日常的な描写に徹することで、そのギャップのおかしさを醸し出したいのではないか、と感じる。ただ、あまりにも描き方が日常的すぎて、不自然に思えて仕方がないのだ。加藤教授(大杉漣)が黛になぜか、恋心を抱いてしまうくだりも、この非常事態に何呑気なことをやっているんだ、と不愉快に思える。あなたの発言が原因で、大きな混乱を呼んでいるのに、何やってんだよ、と言いたくなる。

 このドラマは奇蹟が起こったというようなファンタジーテイストでやっているが、実際使っている飛び道具はSFだ。SFとファンタジーは用途がまるで違うはず。その使い方を誤ってしまっているように思える。

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the 3rd day 2/1放送 視聴率9.5% 演出:南雲聖一

評価★★★★★★☆☆☆☆ 6

 案の定、第3話にして、視聴率が2桁を割り込みました。話が地味すぎるからね。相当このドラマに思い入れがないと、見ていられない話であるわね。

 今回は、あと8日で帰還者たちが消えるということことが亜紀(ともさかりえ)にも知れてしまい、亜紀は苦悩しながらも、それを乗り越え、黛ら残される者のために、何かを残そうと決意する回。

 あと8日で消える、というのは、私が勝手に勘違いしていたけど、彼らが10年前の同じときに戻るという意味ではなくて、本当に彼らの存在自体がこの世から消えてしまうということなのね。それは一大事じゃないですか。つまり、帰還者たちはあと8日の命ということになる…。

 8日の命と宣告され、その事実を知ってしまったのは亜紀とか哲也とか帰還者の一部の人物なのだけども、何だかあまりにも簡単にその事実を受け入れすぎじゃないか、と思えてならない。何であと8日で死ぬといわれているのと同じことなのに、あんな明るく気丈に振舞っていられるのか?亜紀や哲也の人物像があまりにもいい人すぎるという感があり、人間なのだから、もう少し死を恐れて、荒れてしまったり、腑抜けになってしまったり、といった展開が長めに用意されていたほうがリアルに見えたような気がする。私からすれば、このドラマの登場人物は肝が据わりすぎている。

 でも、友情ドラマの部分はそう悪くはない。今回のテーマになっているのは、あなたは10年前に友だちだった人と今でも変わらず、友だちですか?というもの。そう言われてみれば、10年前からずっと友だちの輩って、ホントに少ない、というか、ほとんどいねえなあ、と改めて思う。黛と亜紀のホントは10歳違うのだけど、心は同い年という2人の関係性の描き方はなかなか感動的であった。思い返してみれば、黛にとって、亜紀の存在というのは絶大であって、亜紀がいなければ体験できなかったこともたくさんあったなあ、と気付くわけだね。

 こういうドラマ性の高いものを意識して作ろうとしているわけだから、ヒューマンドラマの部分は悪くない。しかし、SF的な飛び道具を使っているので、そちらの方面からすると、やはり、根本的に弱い部分が滲み出てしまう。SFなのか、ファンタジーなのか、よく分からない状態になってしまっており、こういう寓話的な展開にするなら、SFっぽい出だしではなく、思い切って、ファンタジーとして描いてしまえば、すんなりと入り込めたかもしれない。

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the 2nd day 1/25放送 視聴率10.6% 演出:佐藤東弥

評価★★★★★★☆☆☆☆ 6

 この枠によくあるタイプの作品になってきたかな。悪くないのだけど、特段取り立てて心に響くものがない。まあ、言ってしまえば、普通だなあ、という感触を覚える。

 今回は、10年前からの帰還者たちがあと9日で消えるかもしれないという事実を知らされた黛が今の自分は10年前のような仕事への情熱をいつしか忘れてしまったことに気付き、忘れていた仕事への情熱を取り戻し、残り9日で家族と会えていない帰還者たちの家族の居場所を探そうと決意する、というあたりまでのストーリー。

 まあ、予想通りの展開かな。10年前の自分を一昨日のこととして知る人たちを前にして、思い返してみる。私は10年前に愛してくれた人が今でも愛してくれる人間だろうか?10年で変わってしまってはいないだろうか?そう思い返してみて、自分が変わってしまったことに気付く。そして、忘れていたかつての熱い思いを再び取り戻していく。そうなるだろうなあ、というか、そうしかなりえないだろうなあ、と思っていた。

 分かりきっていても、感動できるものもあるが、このドラマはあまり心に迫るものがない。確かに言いたいことは分かるが、もう一押し、一味足りないなあ、と感じる。若干、コシが足らない。

 いろいろなジャンルのお話を取り入れようとしていることは分かる。SF的な謎解きやミステリーの部分もあるし、10年という年月を経たことでのギャップのおかしさなんてものも描いている。そして、10年という年月で変わってしまった自分を省みる残された者の内省ドラマ、変わってしまった周囲に苦悩する帰還者のドラマ。それに加え、10年前などの懐かしいワードや現象も脚本に取り込むことで、90年代という時代を振り返るという機能も入れようとしているように思う。やはり、2話の段階では言い切れない部分もあるが、現段階ではやや欲張りすぎかな、という印象を受ける。全体的なコメディテイストの作風のせいもあるだろうが、これだけの要素を使いきれていないように見えた。エッセンスとして入れ込んであるのは確かだが、それが必ずしも有機的につながっているとはいえない。

 この有機的なつながりが見えないので、作品全体としてのパワーがあまり感じられないのだと思う。押しが弱い、一味足らないという感覚はここが原因だろう。小林聡美、ともさかりえ、演出の佐藤東弥といえば、「すいか」を思い出すし、ちょいと「すいか」を意識している面があると思う。「すいか」は不思議な数々のエピソードやギャグが実に有機的に結びついていて、直接的な台詞のある展開じゃなくても、妙に胸に迫るものがあった。この作品には欠けているところだ。それなりにはまとめてるとは思うけども、脚本の完成度としては今一歩といったところか。

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the 1st day 1/18放送 視聴率14.1% 演出:佐藤東弥

評価★★★★★★☆☆☆☆ 6

 10年前、突然、姿を消した旅客機が10年の時を超え、姿を現した。旅客機の乗客、乗員は全員無事。しかし、10年という年月は彼らや残された家族にとって、埋められない壁であった。10年前と今とでは、社会はどのように変容し、そして、人も10年という年月で変わってしまうものなのか…?

 このドラマの主眼としていることは、「10年という時が流れて、今の自分は10年前の自分が見たら、つまらない人間だと思うような人間になっていないかい?」という問いだろう。10年という年月で、仕事への情熱や夢への情熱など、心が磨り減って、忘れてしまうものもあるだろう。しかし、10年という時は経っているものの、10年を経験していない帰還者は感情は10年前のままなのである。彼らは10年前の残された者たちを昨日のこととして記憶している。帰還者によって、10年前の自分と今の自分とのギャップを残された者たちは気付かされることになる。このドラマはタイムスリップというSF的な飛び道具を使い、このような人間ドラマを描き出そうとしているのだろう。

 また、この話は10年前の人たちが10年後の世界にいられるのは、10日間だけということらしい。それを1日ずつ10回か11回に分けて放送する構成となるようだ。映画「黄泉がえり」っぽいお話になりそうだ。恐らく、10日がたったら10年前の時に遡ることになるのだろう。そして、10年後の残された者たちを知る帰還者たちが10年前の残された者たちの人生の方向を変えていく。そうすることによって、もう一つの10年後の道が出来るということなのではないかな。ここは映画「バタフライ・エフェクト」っぽいかな。私はこのドラマが「黄泉がえり」と「バタフライ・エフェクト」を混ぜた感じの作風になるのではないか、と読んだ。さあ、どうなるかな?当たる保証はないので、あまり期待しないでくださいね。

 そういう視点で考えるのならば、小林聡美扮する黛ら、残された者の目線で話がスタートしたのも納得できる。なぜなら、このドラマは10年という年月で自分が変わってしまったことに気付き、内省していくドラマとなるはずであろうから。

 ただ、この構成が活きてくるのは、これからの展開次第といったところだろうか。これから旅客機に乗っていた人たちとそれを取り巻く人たちの数だけドラマがあるわけだから、それらを群像劇としてしっかりと成立させてくれるのであれば、初回のこの見せ方は正解だったということになる。だが、見せ方を誤ると、初回はもっと別の見せ方があったんじゃないか、と思わざるを得ない。

 個人的にはSF的要素があるのだから、もっと旅客機の中に取り残された人たちの戸惑いを描いてほしかった。ほんの30分しか経っていないのに、聞いた話によれば、自分たちのいる世界は10年後の世界なのだという。こんな重大なことをあんなスラッと流してしまうのはもったいない。だから、個人的には、最初のうちはずっと旅客機の中の人たち目線で話を進めていき、旅客機が着陸し、中の乗客、乗員が10年という時をタイムスリップしたことを知ったと同時に、旅客機が着陸するちょっと前の残された者の視点へと移る。そうしたほうが、初回としたら、SF的な要素を活かしていると思うし、もっと心惹かれる展開になった。それに、これはこの枠の決まりごとなのかもしれないが、テンポの軽いコメディの様相を入れ込めてくるのはなぜなのだろう?個人的にはもっとシリアスにSFの部分と、とんでもないことが起こったときの混乱ぶりを多角的な視点で描いてほしかったかな、と。

 ま、この初回の見せ方には、製作陣の方々がいろいろある中から考えて、これを選んだことだと思う。この構成が活きてくるのは、これからの展開いかんだろう。初回の評価はとりあえず、様子見くらいか。これからの群像劇ドラマが優秀ならば、よしとしましょう。

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放送前の感想
 突然、消息を絶った旅客機が10年後、再び姿を現した…。その旅客機に乗っていた乗客たちは失われた10年という月日をいかにして取り戻すのか…?何だか、SFのような話ですけど、ドラマですし、それに、この枠ですので、大作っぽくするのではなく、あくまでも10年という月日を失った人々の悲喜劇ということで、ミクロに話は展開するようです。私はどちらかというとこの手の結果の見えにくいヒューマンテイストのドラマってのがあまり好きではなくて、避けてしまうことが多いのですが、たまにその避けたドラマが予想とは反して、スゴくいいドラマだったらしいということがございました。だから、このドラマも覗いてみるくらいはしてみようかなあ、と。でも、この手のドラマは悪いことはないと思うけど、普通で終わるか、スゴく傑作になるか、どちらかだと思う。期待しすぎると、思ったよりも普通だった、とかいう感想になりそうな予感がするので、あまり期待しすぎるのは禁物だと思う。ということで、見ることは見ますが、あまり期待はしておりません。

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