ギャルサー
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放送後の感想
賛否がかなり分かれた本作であったが、それも納得。ハマれなかった人はトコトンまでハマれなかったのではないか、と思う。カウボーイとギャルという異色の取り合わせで、ナンセンスなギャグを散りばめながらも、その自由度に裏付けされた脚本で様々な啓蒙的なメッセージを伝えようとしたという狙いは分かった。ちょうどテーマや啓蒙性なんかも似ているから、「女王の教室」を違ったアプローチで再現しようとしたのだろう。私はギャルサーの主要メンバー1人1人に焦点が当たった前半のうちは結構、お気に入りの展開が続いたが、後半は「イモコ」を散々引き伸ばしたり、強引な展開も多く、ハマりきれなかった。このドラマは今の時期珍しい原作のないオリジナルの作品だったし、もともと自由度が高かったから、何をやっても結果的にハッピーエンドならOKという奇妙な作品であった。とにもかくにも、ハマれた、ハマれなかった、人により違いは明確に分かれるだろうが、ジャンル分けのしづらい異色の仕上がりで個性があったということは間違いがない。
最終回 6/24放送 視聴率13.9% 演出:岩本仁志
評価★★★★★☆☆☆☆☆ 5
う〜ん?この展開でよかったのかな…?このドラマはいわゆる決められた定型的な展開にとらわれない自由さが売りだったわけだけど、最終回の展開はあまりに自由すぎて、少々、困惑した。
今回は最終回ということで、ジェロニモ(古田新太)も渋谷に合流し、レギュラーキャスト総結集で描ききれていない部分をこのドラマならではの自由度を活かし、超強引に解決。ガス爆発に巻き込まれて意識不明の北島がジェロニモのいかがわしいまじないで目覚めたら苦労しないわな。
そしてそして、イモコの件も解決。ここからはネタバレなので知りたくない人は読まないでほしいのだけど、縦書きで「芋子」と読めた字は「サキ子」ではなく、「サチ子」であることが判明。そのサチ子というのが北島の実のお母様で、文章にあった「しぶ谷は今日も天気です」というのは「しぶたに(北島のお母さんの前の苗字)は今日も元気です」という言葉の読み間違いであることが判明した。お母様が幼少のころ書いたものを北島本人が瓶に種とともに入れ、風船とともに飛ばしたということのようだ。つまり、イモコの正体(瓶を飛ばした張本人という意味で)は北島本人だったということ。北島はドラマの始めから、ずっと自分のことを探してきたということになる。このドラマのテーマはおそらく「自分探し」ということなのだろうな。将来を見据えて、いまを必死に生きていれば、必ずいつかは本当の自分と出会えるよ、というメッセージが込められているのだろう。
ヘリコの前で、ギャルサーの面々と北島の仰々しい別れのシーンは、岩本さんも演出スタッフの1人として参加していた「女王の教室」を思い出した。今作は「女王の教室」の好評を受け、それと同じテーマや啓蒙性を引き継ぎながらも、全く違ったアプローチを試みたということではないかと思う。
とはいっても、渋谷の大停電といったあまりに突拍子もない展開が続くものだから、終始、あっけに取られてしまって、ポカーンとしていた。大規模な画が多くて、最終回らしかったのは確かだけどね。このドラマに正解はないと思うので、自由度の中で、製作陣の方々がこういう展開を選んだのなら、これはこれで認めなければならないように思う。だが、私の頭脳の許容範囲を超えた展開で、正当な評価はできそうにもない。
第10話 6/17放送 視聴率13.2% 演出:佐久間紀佳
評価★★★★★☆☆☆☆☆ 5
おぉっと、まだイモコを引っ張るのかいっ!前回では、レミの本名がイモコだったということだが、ジェロニモ(古田新太)の探している「芋子」とは別人であることが判明。そこで、今回はその「芋子」が実はサキ(戸田恵梨香)だったのではないかという結論になったと思いきや、またもや、違うということに…。もう誰が「芋子」でもどうでもよくなってきた。
今回の教訓として言っていたことは確かに興味深かったと思う。ギャルサーのメンバーたちは自分が落ちこぼれであるということにコンプレックスがあることにかこつけて、ギャルサーという似たもの同士が集まって現実から逃げているだけということ。今回は大人と子供の対立ということが軸にあったけども、やはり、互いが互いを理解できないと決め込んで、歩み寄ろうとしていないということはいえるかもしれない。そのことが原因で、大人に何を言っても分かってもらえないとギャルサーのメンバーは大人に分かってもらおうという努力をしようとしない。そして、いつもの場所に集まり、現実から目をそらす。まだギャルサーのメンバーとしていられるうちはいいけども、ギャルサーを卒業したとき、外の世界でどうやって生きていくのか。将来に展望を持って、いまを生きる、このメッセージの部分はまあ、なるほどといったところ。
だけども、問題はやったら、出てくる人数が多いんだな、今回は。ギャルサーは総出演だし、それに加え、商店街の大人たちまで総出演で、その人たちが1セットの中に大挙して押しかけてくるのだから、台詞を割り振るのだけで手一杯という感じで、ドタバタしていてまとまりに欠けたのは事実。
そして、さらなる問題はイモコの件。前回で、イモコは「芋子」だと分かったが、これを縦書きにして平らにしてみると、「サキ子」と読めなくもない。このサキ子というのがサキの本名で、花の種を入れた瓶がひょんなことからジェロニモの元に流れ着き、その種がモモ(山内菜々)の命を救うことになる。このことから誰の役にも立てない人間などいないということを言って、将来に展望を持って、いまを生きるということの裏づけにしたのは悪くない。だが、説明が長引くので省略させていただくが、その瓶が流された時期にサキは渋谷にいなかったということが分かり、サキもイモコではなさそうということに…。イモコの名前だけで、こうもこねくり回して引き伸ばすとは…。
次週は、いよいよ最終回だが、北島がガス爆発に巻き込まれたり、ジェロニモがハリケーンに巻き込まれたりで、話が意味もなくスケール拡大し、込み入ってきた。これだけ全部、消化し切れるのだろうか?
第9話 6/10放送 視聴率11.3% 演出:南雲聖一
評価★★★★☆☆☆☆☆☆ 4
う〜ん、肝心のイモコの回(正確には違うけど)だったのだが、今回はイマイチだった。シリアスシーンなのに、所々ギャグが入ってくるから、どうしてほしいのか理解に苦しむ場面が多かった。
結局、レミ(鈴木えみ)の本名がイモコという名前だったという内容の回だった。それも、名字が「小野」であり、歴史好きの父親が勉強のできる子になってほしいと「小野妹子」から「オノ・イモコ」と名づけたのだそうな。また、レミ改めイモコの姉というのが、早川晶子(三浦理恵子)で、この人の本名は「小野小町」(おの・こまち ※役名は「おの」と「こまち」の間の「の」はいらないのだそうで。「イモコ」も同様)で、父親が美人になってほしいと名づけたのだそうだ。
晶子改め小町はバブル期に美貌でブイブイいわせていたらしいのだが、レミ改めイモコのほうは「イモコ」という名前が元でイジメられ、「イモコ」と聞くだけで我を失ってしまうくらいのトラウマを抱えている。イモコという名を隠し、レミという仮の名前で渋谷のギャルサーのトップに登りつめたということのようだ。小町のほうもイモコの悩みが、嫁ごうとするとき、彼氏の名字が「秋田」であることから、「秋田小町」になってしまうことで、初めてその恥ずかしさに気付いたのだそうだ…。
う〜ん、イモコといえば、小野妹子しか最初から浮かばなかったが、やはり、そういうことだったようだ。それにしても、ギャグがすぎると思う。イモコと小町でかなりふざけているが、さすがに秋田小町はないだろう。このドラマはギャルの子たちの心を描く心情ドラマの部分は多少デフォルメしてあったとしても、どこかしら普遍的に共感できる部分を残しておくべきだと思う。今回の教訓は「目の前の困難から逃げず、それを受け入れろ」ということなのだろうが、言っていることはさして前回と変わらないと思う。これまでの回の多くは、エピソードはかなりデフォルメされているが、それを通して描きたい理想論は胸に響くものがあった。それは、そのエピソードの中に自分もしくは、近しい誰かの姿を見たからだろう。
だが、今回はどうだろう。さすが、いくら歴史の好きな父親だからといって、イモコとつける親なんているわけがない。母親はなぜ、反対しなかったのかとか、親戚もさすがに反対するだろうと、このドラマには基本的に不要なツッコミをしたくもなってしまう。多少のデフォルメはこのドラマの個性だろうが、今回のエピソードはデフォルメされすぎているように思う。それに、大事なことを三浦理恵子がギャルたちに告げるシーンでも自慢話ともとれる余計なギャグ(?)が入れ込められているし、かといって演出はシリアスなシーンとして見せようとしているように思えたし、全体的に言っていることとやっていることにチグハグさを覚えた。終盤の重要なシーンでも"ただ殴っているだけ"というのは、あまりにも単調だったし、安直すぎた。
さてさて、これからの展開なのだが、レミがイモコだったということには間違いがないのだが、ジェロニモ(古田新太)の探しているイモコは「芋子」というまた別人であることが判明。その芋子が瓶に入れた手紙を海に流したのか何かして、それをジェロニモが拾って、励まされたことから、その芋子を探してほしいと、北島を渋谷に派兵したということらしい。そんなことのために…。う〜ん、物語の核とその芋子はしっかりと絡んでくるのか?何だか、肝心のイモコの部分はゆるいギャグで流されそうな気がしてきたな…。
第8話 6/3放送 視聴率10.9% 演出:佐久間紀佳
評価★★★★★★★☆☆☆ 7
今回は前回から引っ張ったサキ(戸田恵梨香)のドラマを描いていた。この回における主要な人物をサキとリカ(岩佐真悠子)に絞ることで、ドラマとしての軸は定まっていたと思う。
今回は、ジェロニモ(古田新太)が北島に送った得体の知れない食べ物の正体を最後まで明かさないで、視聴者をリードしていきながら、うまくサキのドラマとリンクさせていたと思う。今回の教訓としては、「いまを生きろ」ということ。人は明日があるからと思うから、今日という1日しかない日を適当に済まし、気が進まないことを先延ばししにしてしまうものだ。それが、今回のサキのように「あなたの寿命はあと1日だ」と言われたら、どうだろうか。出来る限り、後悔は残さないようして死にたい、と思うだろう。要は、今日という日は1日しかないのだから、先に後悔を残さないように、いましかできないことして、いまを生きるべきということだ。このことをサキに気付かせる方法は、北島らしかったし、この手の理想論的なメッセージを見ていて素直に受け入れさせてくれるのは、このドラマならではだな。
そして、驚いたのは、メイクを変えれば、岩佐真悠子って優等生に見えるもんだなあ、ということ。これからは優等生役もいけるな。リカのドラマの点も最後に推薦ではなく、「受験して大学に受かります」という台詞があって安心した。大学進学まで不意にしてしまうのは極論すぎると思ったからね。
また、この回のオフザケは結構、好きだったね。とにかく、古田新太の大暴走は爆笑もの。最終的には、来週(の放送)までに考えて来いとか、言ってしまっているし、どこまでが台詞でどこまでがアドリブか分からないお遊び演技は古田新太らしい。毎回、気になっているけど、阿南さんが思わぬ形で登場してくれるのもポイントね。
それと、今回のゲストの銀粉蝶さんの衣装がそのまま「女王の教室」の阿久津真矢で、持っているカバンまで同じというのも笑えたね。「女王の教室」のスタッフが多く関わっているからこそのパロディなのだろうけど、阿久津衣装を着ている銀粉蝶扮する教頭がよくいる頭の固い教師像なのに対し、阿久津的「いまを生きる」論を北島を介して発信したというのも興味深い構成になっていたと思う。主張自体は、だいぶマイルドになっていますが。
そしてそして、気になるのはイモコのくだり。どうやら、イモコはレミ(鈴木えみ)らしいのだけど、レミの現在と「イモコ」、そして、ジェロニモをつなぐ線を次回描くことになると思うので、そこに注目したい。
第7話 5/27放送 視聴率11.6% 演出:岩本仁志
評価★★★★★☆☆☆☆☆ 5
う〜ん、テーマ性の部分がもうそろそろネタ切れなのかなあ。一ノ瀬(佐藤隆太)のドラマは思ったほど盛り上がらなかった。それと同時進行で、サキ(戸田恵梨香)のドラマも進んだが、これは次回に続くという橋渡し的存在で、今回だけでは評価できない。
今回のメインは一ノ瀬。一ノ瀬の実家は寺だったらしく、姉がアメリカ人と結婚したとの連絡を受けたことから、自分が寺を継がねばならないのか、と思った一ノ瀬は、放置しておけない北島を引き連れ、実家へと向かう。こう一ノ瀬が思った背景には、自分が警官として自信を失っているという気持ちの迷いがあったということだ。だが、この警官として自信を失っているという一ノ瀬の感情が今回、突然、出てきたものであるから、そこは毎回、一ノ瀬は出ていたのであるから、どこかでその迷いの部分を匂わせてくれてもよかったように思う。それでも、一ノ瀬の父親役を演じた渡辺哲さんはいい味を出していたし、一ノ瀬の夢を後押しする父親の姿は悪くなかった。そして、今回の教訓である「誰かに認められたいから仕事をするのではなく、自分がやりたいと思う仕事をしろ」というものもそれなりに心には響いたし、北島らしい一ノ瀬の励まし方もこのドラマらしかった。
だが、自分のやりたいと思う仕事をしろ、というテーマはメッセージ性としては、ちとありきたりすぎるかなあ。ここ2回、テーマ性の部分がこれといった真新しさというか、以前ほど心に響くものがないように思える。
そして、今回の最大の弱点は、北島が渋谷にほとんどいなかったことから、本作の見所であったはずの北島とギャルサーの絡みがなかった点だ。そのギャルサー内でのドラマはサキの心の闇にスポットの当たった回だったが、このくだりは1話完結とはいかず、次回に持ち越しとなるので、どう帰着点を見つけるのかを見極めるまでは評価はできない。一ノ瀬のエピソードも今一歩だったと思うし、サキのエピソードは見所はこれからといったところ。まあ、イモコの正体も次第に伏線が張られてきたが、これもまだこれからといった印象。この回は全てにおいて、これからの展開で活きてくる回だと思う。これまで1話完結の体裁を保ってきたことを考えると、回としての仕上がりは中途半端さが否めない。
第6話 5/20放送 視聴率10.8% 演出:南雲聖一
評価★★★★★★☆☆☆☆ 6
裏で「ダ・ヴィンチ・コード」の特番を放送していたせいか、10.8%というかなり危険な視聴率を記録。先々週の「海猿」、先週の「奇跡の動物園」とフジのプレミアムステージは高視聴率続きで、そのあおりを受けて、「ギャルサー」の視聴率はここのところピンチですな。
今回はまだ季節としては先取りとなる怖い話仕立てのお話の回だった。ジェロニモ(古田新太)が語る八つ星テントウの呪いのお話に添って、エンゼルハート内でも怪事件(?)が発生していく…。
今回は示し合わせたように、ジェロニモの話どおりにことが運んでいくという手法を用いた回。八つ星テントウの呪いの顛末を気にしながら見た。結局のオチはそんなことだろうとは思っていたが、怖い話好きの私としてはなかなかジェロニモの話には惹かれた。
今回の教訓はこの世にはいらない奴などいないということ。八つ星テントウの呪いに符合していくうちに、ギャルサー内も疑心暗鬼に陥っていく。そして、内部分裂状態に。だが、北島の妙な勘違いのおかげで再びギャルサーは分かり合えたというお決まりの展開に。オマケのオチもついてきて、これもまずまず笑える。
まあ、展開としては悪くなかったし、ギャルサーメンバーが疑心暗鬼になりながら、最後には分かり合えるという二面性を打ち出したあたりも面白かったと思う。だが、さすがに今回は人数が多すぎたな。何人いたか忘れたけど、物語の大部分が7人か8人くらいのギャルサーメンバーで台詞を振り分けていたから、ちょっと段取りっぽすぎるといった印象だし、全体的にゴタゴタとしていた。
決して嫌いではなかったが、今までを振り返ってみて、ちょっとこのドラマに関しては甘く付けすぎていたかな、と思い始めてきたので、★7点と★6点の間くらいだったのだが、厳しめにつけてみた。それと、次回以降、謎のイモコの正体も次第に明らかになっていきそうだ。
第5話 5/13放送 視聴率12.8% 演出:佐久間紀佳
評価★★★★★★★★☆☆ 8
このドラマはやはり、主人公がインディアンと育ったカウボーイという設定が効果的にはたらいている。今回、訴えたかったことは、悪いことをしたら素直に謝りましょうということ。人は誰しもが自分が悪いと分かっていながら、自分のことを正当化するために、言い訳をしてしまう。自分だけではなく、周りにも責任があったと言い訳をすることで、人間関係がギクシャクすることはよくあることだ。誰もが自分が悪いから謝ろうという気持ちはあるが、謝るという役回りをしたがらない。謝った場合、相手からは「謝って済めば警察はいらねえんだよ」と言われることもしばしばだろうが、言い訳されるより、素直に謝られたほうが気分がいいに決まっている。そんなことは誰しもが分かっているのに、相手に嫌味をタレられるのが嫌だとかいう理由をかこつけて、なかなか実行することができない。
だからといって、単なる普通のキャラクターから悪いことをしたら謝りなさい、と言われても、だったら、お前はどうなんだ、とツッコみたくなる気持ちも生じてくるのは確かなことだ。そこが、このドラマのうまいところで、このメッセージを今の日本の常識が通用しないカウボーイの台詞に乗せることで、それをクリアしている。北島にとって、言い訳という概念すらない。悪いことをしたら謝るのが普通だし、相手が許してくれるまで謝罪の気持ちを表そうとする。たとえ、相手が嘘をついたとしても、その真実を正直に告白し、謝罪してくれれば相手に対して怒る意味はない。
このような当たり前すぎること、だが、その当たり前すぎることができない人たちがあまりに多い。あまりに多いから、普通のキャラクターではその言葉に重みが出ない。このドラマはそのような当たり前すぎてなかなか脚本に乗せることが難しかった論題を比較的容易に乗せることに成功させている。そして、そのメッセージ性は日ごろ私たちが感じていることだから、実に分かりやすいし、決して高等な脚本のテクニックを使っているわけではないので、そのメッセージも掬い取りやすい。やはり、設定のアイデアは実に巧みだったと思う。
このメッセージ性以外にも、ジェロニモ(古田新太)の悪ノリ演技も回を重ねるごとにヒートアップしているし、設定に慣れてくれば笑いどころも多い。脚本もこの点、笑いの作り方もなかなか手慣れてきたように思う。
第4話 5/6放送 視聴率12.3% 演出:岩本仁志
評価★★★★★★★★☆☆ 8
いかん、結構、感動してしまった。今回はユリカ(矢口真里)に焦点を当てた回。何で、ギャルのサークルなのに、矢口をキャスティングしたのかなあ、という疑問は番組開始直後からあった。その理由が今回、明らかになったというわけだ。
どう見ても年齢不相当のキャスティングがあるドラマって結構、多くて、その場合は、そこにはあえてツッコまないというのが定石だった。このドラマもその口かと思っていたが、ちゃんと理由があったのね。ユリカはもともと西園寺家という大金持ちの令嬢だったらしく、本名は麗華。だが、その西園寺家が破産することで一文無しとなり、令嬢だった麗華は世間に放り出される。そこで、麗華はユリカと名前を偽り、本来は23歳のところを16歳と年齢もサバ読み、ギャルサーに入った。エンゼルハートには年齢制限があり、18歳になったら卒業というルールがあるのだとか。年齢サバ読みがバレれば、そのルールに抵触するというわけ。
今回のテーマは、友情に年齢は関係あるのか、ということ。今回のように、年齢をサバ読んでいて、同い年だと思っていた相手が随分と年上だった、と分かったとき、それまで培ってきた友情が消えてしまうのか。人間はついつい見栄をはりたくなる生き物だ。その見栄が人間関係をギクシャクさせてしまうことはよくあること。だけど、その見栄が相手の人間性までも否定してしまうのか。その人の本質的な部分は変わっていなくて、友情とはその本質的な部分とのつながりをいうのではないか。現実世界ではこのドラマのようにはいかないだろうけど、友情に年齢なんて関係ないとした結末はなかなか感動的だった。特に、レミ(鈴木えみ)の台詞がよかったね。「麗華は23歳だけど、私たちの知ってるユリカは16歳だから」。
若い女優さんばかりが多くて、どうなるかとも思っていたが、徐々にそれぞれに個性が出てきたように思う。戸田恵梨香は今回、とても演技をがんばっていたと思う。鈴木えみも演技力があるかどうかは微妙だが、カリスマモデルという存在感と粋なキメ台詞に支えられて、レミというキャラクターはこのドラマにおいてよい位置をキープしている。藤木直人も役に慣れてきたのか、それとも私の目が慣れてきたのか、演技も随分と安定してきたと思う。
ただ、嘘に反応するサボテンとか、何でもござれなのは自由すぎると思える節もある。いいアイデアが出なくても、このドラマならばそれなりにまとまってしまうからね。でも、逆にそこがこのドラマのスゴいところでもあるわけだ。アイデアの陳腐さがドラマを白けさせてしまうことは多いけど、このドラマはその陳腐さもこのドラマらしいと思わせてしまう。ちょっとばかしコケても保険がきくという点では汚い設定なのだが、無謀なようでよく計算された設定だと思う。実はスゴく考えられた作品であるのに、そのことを感じさせない作りというのは、実に出色なことだと思うし、そこは評価してもいいだろうね。
第3話 4/29放送 視聴率16.0% 演出:南雲聖一
評価★★★★★★★☆☆☆ 7
今回は、前回の150万円強奪の犯人であるナギサ(新垣結衣)に焦点を絞った回。ナギサはギャルサーメンバーから徴収した150万円が消えたことで、リーダーのレミ(鈴木えみ)を引責辞任に追い込もうと画策していたようだ。ナギサはレミに対し、相当なジェラシーを感じており、レミのポストを狙うため、必死のダイエットをしたりと陰で相当の努力を重ねていたのだった…。
今回の教訓。食い物は大切に。現在の日本は、普通に人が食べる分には食べ物にはほとんど苦労していないといえるだろう。食べ物に恵まれすぎて、残飯、食べ残しといった食べ物を粗末に扱いがちである。そんな捨てるほど食べ物があるというのに、若い女の子の中には必死にダイエットのため、ものを食べるのを拒否している人もいる。その女の子も十分に痩せていてダイエットの必要がないと、傍から見たら感じるような子がダイエットと言っている。これは実に矛盾した現象である。腹いっぱい飯が食えるということのすばらしさを今回は伝えたかったのだろう。
だからといって、ナギサのダイエットを否定しているというわけでもない。ナギサがデブだった過去の自分をコンプレックスに思って、自分の目標のために必死でダイエットをしているという、目標に向かって努力する姿勢は評価している。ただ、それが行き過ぎているだけなのだ。そして、ユリカ(矢口真里)らが、いなくなって初めてナギサの日常における存在価値が分かったり、ライバルとして競い合う間柄だからこそ築けるナギサとレミの絆を描いた場面もなかなかよかった。ダイエットというメガネを通して、今の日本における社会の功罪の2つをバランスよく描けていた。
ただ、このドラマ、どうも終盤にかけてうまく丸め込まれているなあ、と感じる。終盤のまとめになると、結構、このドラマはいいことを言ってくれるので、評価を高めにしてしまうのであるが、中盤の展開は難アリだと思うし、テンポがいいとも思えない。ここは改善の余地があるだろう。
このドラマは設定に自由度がかなりの割合で設けられているからこそ、伝えられるメッセージにもかなり自由度があって、様々な社会へのメッセージや問題提起をすることができるというのはかなり大きな利点であるといえる。よく考えられたものであると思う。ただ、毎回、あまりに提起するメッセージの内容が違いすぎると、1本のドラマとしては散漫な印象を与えてしまうかもしれない。だから、最終的には1つドカンと大きな主張を突き立てて、1本のドラマとしてまとまりを持たせてくれたほうがよりよくなると思う。
第2話 4/22放送 視聴率13.5% 演出:佐久間紀佳
評価★★★★★★★☆☆☆ 7
今回もまずまず楽しめた。「クロコダイル・ダンディー」のようなギャグも結構、方向が定まってきたように思う。実際、藤木直人もこのドラマの撮影に入る前に「クロコダイル・ダンディー」を見直したということらしいから、「クロコダイル・ダンディー」を少なからず意識しているというのは間違いがないようだ。
渋谷では引ったくり事件が多発していた。そんな折、ギャルサーはクラブゼロでのパラパラ公演をすることになった。そのパラパラ公演用の衣装を作るために、各人から5000円ずつ計150万円が集金された。その150万円をラン(西田奈津美)が預かり、まだらのカラスのバッグにしまい、保管していた。しかし、その150万円の入ったまだらのカラスのバッグが引ったくりにあって盗まれてしまった。ランは犯人の顔を見てはいなかったのだが、調子のいいリカ(岩佐真悠子)に反感を持っていたことから、犯人はリカだ、と嘘の証言をしてしまう…。
今回の教訓。リカは、細かい借金を何気なくやり続け、それを返してこなかった。それは、小さい額なら、相手も気にしないし、別に許されるだろう、と思っていたからだ。しかし、身に覚えのない冤罪を振りかけられても、その借金癖のせいでリカはメンバーから信用されなかった。確かに150万円という金額に比べたら、リカの踏み倒した借金の額など些細なものだろう。しかし、塵も積もれば何とやらで、その些細な日ごろの行いが、こいつなら150万を盗っても不思議じゃねえ、と大きな信用の失墜を招いたのだ。他人のものは他人のもの、額が小さいから価値は少ないだろうと勝手に判断してはダメで、それを判断するのはそれをもともと持っている人。自分の勝手な判断ではなく、相手のことを考えること。前回に続き、本質的な内容はかなり啓蒙的だ。
ギャグも今回はなかなか面白かったのではないだろうか。前回はジェロニモ(古田新太)と電話がつながるというバカバカしい設定があったが、今回はそれがさらに進化し、テレビ電話に。最後にはそのテレビ電話の代金の請求が一ノ瀬(佐藤隆太)に来たというオチまであったし。LPプレーヤーをろくろにして、陶器を作ろうとする北島というのも笑えた。そのLPプレーヤーのくだりが後々の展開の伏線にもなっていたわけだし、なかなかうまい使い方をしている。
それにしても、主人公がインディアンと一緒に育ったカウボーイという設定だから、自由に理由付けが行えるというのはスゴい利点だな。あらかじめその回に伝えたいメッセージ性の部分さえ、明らかにしておけば、そこに持っていくまでにはかなりの自由度がある。今回だって、まだらのカラスの崇りというわけの分からないエピソードからオチを導いたわけだからね。ムチャクチャなことをやっているようで、振れ幅の自由度を確保しているちゅうのは、意外と合理的なことをしているなあ、このドラマは。
次回以降の鍵になるのは、150万円を盗んだ真犯人の存在。カラッと明るい中にも、ダークな側面をまぶしていくという手法はやはり、「女王の教室」や「野ブタ。をプロデュース」ともつながる点だ。人の悪の側面を描くことで、人の善の側面を導き出すという方針はいいと思う。ただ、問題なのは、視聴率が好調だった「女王の教室」「野ブタ。」とあまりにも似通った戦法で攻めている点で、ちょいと便乗しすぎかな、という気がしないでもない。共通点を残しながらも、次回以降、根幹となる主張の部分でこのドラマならではの要素を見せていってほしい。
もう一つ、苦言を呈せば、この様子だと、回ごとにギャルサー内でトラブルが起きて、それを北島が何となく解決しちゃって、教訓を視聴者に授ける、という型にはまった展開で固定してしまいそうである。でも、それを最終回にいたるまで続けてしまうと、流れとして単調になってしまう。次回以降は、また違ったアプローチで変化を見せてほしい。
第1話 4/15放送 視聴率15.4% 演出:岩本仁志
評価★★★★★★★☆☆☆ 7
意外と啓蒙的な内容だったな。分かりきったメッセージ性をあまりにも押し出しているので、お説教くさすぎる印象があったのは玉に瑕。それでも、どんなドラマになるのかと思っていたので、狙いは別に悪くはなく、案外楽しんで見れそうだ。
主人公がカウボーイという妙ちくりんな設定なので、どんなドラマになるのか予想もつかなかったのであるが、初回を見て、なぜ、主人公がカウボーイでなのか、という理由は分かった。映像として見せるためのギャップとしての面白みはもちろんのこと、主人公を今の日本を知らないキャラクターにすることで、今の日本を客観視させる意味合いがあったのだろう。主人公のカウボーイ・北島は7歳までは日本で育ったのであるが、7歳で渡米し、アリゾナでインディアンのジェロニモV世(古田新太)とともに生活を始める。自然の恵みに感謝し、自然と共生するインディアンの精神を刷り込まれた北島はジェロニモから"イモコ"という謎の女性を探すため、渋谷に堂々と領空侵犯を侵し、パラシュートで現れる。つまり、北島の日本における常識やルールは7歳児レベルで止まっており、あとはインディアンの持っている本来人間が持っていたはずの命あることに感謝をする社会の中で育ってきた。
ずっと日本に暮らしていると感覚が麻痺してくるが、日本という国の街は海外の人が見ると、実に込み合っていて、見ていてスゴく新鮮な印象を受けると聞いたことがある。それに、これはだいぶ現実を歪曲した表現なのだろうが、このドラマでの渋谷ではまだ養われている身であるはずの若い子たちに大の大人が何も言えず、へえこらしている現状がある。渋谷を我が物顔で闊歩する彼女たちはもちろんのこと、それを見て見ぬフリをする大人たちも、かつて子どもの頃にしてはいけないと言われて、子どもが最低限守っていることができていないのではないか。でも、そのことも周りが守っていないのだから、と言い訳をして、守らないことが当たり前になってきている。当然ではないことが当然になっている今の日本。そんな真実が歪みかかっている日本を客観視し、常識に捉われずズバッと問題点を指摘する、そんな役回りを北島に担わせようとしたのだろう。
ということで、狙いは何となく分かった。岩本さんが演出するこの土9のドラマは「女王の教室」「野ブタ。をプロデュース」といい、啓蒙系のドラマが多い。このようにメッセージ性を押し出す展開でいくのであるならば、このドラマはカラッと明るい「女王の教室」といえるのかもしれない。
ただ、狙いは分かったが、ギャグは基本的にスベり気味だったか。やはり、藤木直人には北島のような妙ちくりんな役は不向きだったように思う。英語と日本語が入り混じった変な言葉遣いなのだが、役柄以前に藤木直人がその変な言葉遣いをまだ使いこなせていない。これから慣れてくれば、演技のノリもよくなってくると期待したいのだが、そこらは未知数だ。日本の常識を知らず、奇想天外な行動を取るあたりも笑いどころなのだろうが、あまり笑えない。ここはギャグの方向性が定まってくれば、笑えるようになるかもしれない。
どんなドラマになるのか不安だったが、案外まともなドラマだった。主人公がカウボーイであるのにも、それなりに理由付けがあって、それが物語の中核を描き出すために、まずまず筋が通っている。「女王の教室」「野ブタ。」という岩本さん演出ドラマに続き、このドラマも設定はハチャメチャだが、伝えたいことの筋は通っている、そんなドラマになってくれたら嬉しい。
放送前の感想
テキサス帰りのカウボーイが、商店街の大人たちとギャルのサークル=ギャルサーとの抗争の間を取り持つことになって…という奇妙な設定のお話。こういうよく分からない話はとりあえず見てみるのが先決。藤木直人がカウボーイに見えるかというのもそうだし、コメディを演じこなせるかは注目ポイント。藤木以外のキャストはなかなか見所がある。女優としてブレイク予備軍のこれからが旬の女優陣に加え、個性的な面々が脇を固める。脚本は「ラブレボリューション」の藤本有紀、「瑠璃の島」の武田有起。ちょっと脚本家さんは弱いかもしれないが、その弱さも演出の岩本仁志さんが埋めてくれそう。岩本さんはここ最近は「ラストプレゼント」「女王の教室」「野ブタ。をプロデュース」といった日テレの佳作ドラマを次々と演出。岩本さんが演出ということで、結構、期待が持ててきた。