果て

 恋人未満の女友達ミカに誘われて、フリマにやってきた。
 フリマ。言わずと知れたフリーマーケットの略だ。
 オレはもちろん初体験。
「けっこういいものがあったりするのよぉー。ケンタったらカッコつけだから、フリマなんて女子供が来るところだなんて思ってるんでしょぉー」
 見透かされた。
 こんなだから、ミカとは恋人にまで発展しないのだ。
「何かいいTシャツとかあったら買ってあげるわよー。なぁに、この背中のトラの絵。ダッサー」
 ミカに言われたくはない。ミカの服の背中には、大きなクモの巣模様が入っている。トラのどこがクモに劣るというのだ。
「ユリがねえ、先月の中央公園のフリマで変な物を売ってる人を見たんだってぇー。もしかしたら、ここにもいるかもしれないよ」
「変な物ってどんなものだよ」
「わかんないよ。とにかく変な物」
 それじゃ、誰がそうなのかわからないじゃないか? フリマ会場には、怪獣のフィギュアやら手作りのへんてこオモチャやら、変な物を売っている輩は大勢いる。
「あっ、かわいー」
 始まった。ミカは何でも、小さいものを見るとカワイイを連発する。今、ミカがカワイイと賞賛したのは、食玩のたこ焼きと缶ビールのセットだ。小さければ何でもカワイイのか?
 オレはミカから離れて、他の店をブラブラと見て回る事にした。
 古着、小物、オモチャ……いろいろなものが売られている。売っているのは、若い女の子から中年のオバサンまで、さまざまだ。
「お、万華鏡?」
 小さなテーブルの上に、丸い筒が1本。売っているのはこれだけのようだ。
「これいくら?」
 テーブルの向こうに座っているオッサンに、オレは聞いてみた。万華鏡は、小学校の頃に何かを見て作った事がある。あまりうまくできなかった。
「1回覗いて100円」
「え、売り物じゃないの? え? 1回100円? 高くねー?」
「1回100円」
 オッサンは繰り返すだけだ。
 しばらく考えた。
「何が見えるの? きれいな模様?」
  1回100円も払うのだ。すごくきれいなものが見えるに違いない。または、すごくイヤらしいものが……。どっちのほうがいいかは、まあ、好みによるが。
「果て」
「は?」
 オッサンは、筒を指差して、もう一度言った。
「果てが見える」
「果て……」
「果てだ」
 オレはポケットから100円玉を1枚だして、オッサンに渡した。
「右に回すほど、遠くの果てが見える」
 なんだ、望遠鏡か。ちょっとがっかりした。が、もう100円玉はオッサンの銭箱に納まってしまっている。
 それなら、できるだけ遠くを見よう。そう思ったオレは、二重になった筒をめいっぱい右に回した。
「よーし。どこまで見えるかな」
 覗いた。
「何も見えないよ」
「回しすぎだ。少し戻せ」
 筒をちょっと左に戻す。何か見えてきた。もう少し戻してみる。
「あ、見えた。……えっ? オジサン、これ……」
 思わず、筒から目を離してオッサンを見た。すかさず、オッサンは、オレから筒をひったくった。
「1回終わり」
「ちょっ、ちょっと、ひどいじゃないか」
「1回終了」
「じゃ、じゃあもう100円」
 ポケットに手をつっこむと、オッサンは、にやりと笑った。
「1人1回」
 そそくさと立ち上がると、オッサンは、筒を服のポケットにしまいこみ、テーブルとイスをたたんでしまった。
「1日1人。1人1回。1回100円」
「オッサン!」
「1日1人。1人1回。1回100円」
 オッサンは、呪文のように繰り返しながら、さっさと引き上げてしまった。呆然としたオレを残して。
「どうしたの、ケンタ。何か買った?」
 ミカがやってきてたずねた。
「いや、見ただけ」
 オレは答えた。
「何を見たの?」
「果てだよ。宇宙の果て」
「え? 何? 何を見たの?」
 オッサンの筒で見えたのは、確かに宇宙の果て。
 ぐるっと宇宙空間を回って見えた、オレの背中のトラの絵だった。
 おしまい

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