秘密

「ねえ、だんな」
バーはすいていた。それなのに、その男はフランクの隣に腰をおろし、あまつさえ話しかけてきた。
フランクは、あからさまに迷惑そうな顔をして見せた。
ここは小さいがいい町で好きだ。が、近頃は困った事に浮浪者がやたらと増えてきた。不景気のせいだ。
こいつも…とフランクは思った。
こいつも、みぎれいな服を着てはいるが浮浪者の一人に違いない。どんなに身なりを整えても、生活の匂いのようなものはついて回るものだ。
「ねえ、だんな。買い物をしませんか」
男は、フランクの表情など気にもとめずに話を続けた。
「話を一つ、買ってもらいたいんですよ。誰も知らない秘密の話でね。お買い得ですぜ」
にやりと笑う。
フランクは胡散臭そうに男を見つめた。
「王様の耳がロバの耳だっていう話かい」
なじみのバーテンが口をはさんだ。
「そんな話は穴でも掘って埋めちまいな。さあ、出てってくれ。客の迷惑になる」
「俺だって客だよ」男は言った。
「このだんなが払ってくださるさ」
「なんてずうずうしい奴だ。フランク、ちいっと待ってくれ。今、こいつを追い出して…」
「わかった、わかった。出て行くよ」
男は大げさに手を振って立ち上がった。フランクに顔を向けて、
「言われたとおり、この話は埋めちまうことにしますよ、だんな。森の中にでもね。だけど、あっしが話を埋めようと思って穴を掘ってたら、何かが出てきたなんてことになったらどうしたらいいんでやしょうねェ」
もう一度ニヤリと笑うと、男は店を出て行った。
「すまなかったな、フランク。まったく、この町も悪くなる一方だよ。あんたには気の毒だけど、奥さんのルースが出て行きたくなった気持ちもわかるよ。オレの女房なんかもしょっちゅう……。おや、帰るのかい。気を悪くしたのか? そうじゃない? そうかい、それならいいんだけど……」
フランクは外へ出た。
薄暗くなった街路で、紙くずが音をたてている。降りだした小雨があたっているのだ。
ひとつめの角に、男はいた。
「おい」フランクは見下ろすように男に言った。
「その話、買うぞ」
「へへへ、そうこなくちゃ」
男は顔をゆがめて、こずるく笑った。

人目に気をつけて、男を家まで連れて行く。
フランクのほかには誰もいない家だ。さびしくはない。やかましいルースがいなくなった今では、まるで天国だ。
「あっしの売り物を聞きますかい」
ウイスキーを出してやると、男は瓶をつかんでラッパ飲みにした。
「あっしは森をねぐらにしてるんですよ、だんな。あそこにゃあ、手ごろな洞穴があるもんでね。なに、獣なんざァ、めったに出てきやしません。で、このあいだの嵐の晩に、あっしは見ちまったんですよ。誰かがザックザックと穴を掘って、何かを埋めているのをね。いいえ、何かなんてものじゃありやせん。死体ですよ、死体。女の死体を埋めていたんでさあ。ねえ、そうでしたよね、だんな。もちろん、買ってくださりゃあ、あっしはこの話を忘れます。約束しますとも。あっしのほかには誰も知ってやしませんから、この話はだんなだけのもの……ううっ」
男は叫びもしなかった。ウイスキーがきいていたのか、抵抗もしない。フランクは、男の首を紐で締めて殺した。ルースよりも簡単だったくらいだ。
すっかり暗くなってから森へ行って男を埋めた。これで大丈夫…。


「ねえ、だんな」
客のいないバーで、男がフランクに話しかけてきた。ひと目で浮浪者とわかる。
「話をふたつ、買ってくれやせんかね。だァれも知らない、秘密の話ですよ。ちょっと前の嵐の晩のことと、ついこのあいだの小雨の夜のこと…」
フランクは迷惑そうに顔をしかめた。
まったく、この町ときたら、小さいながらもいい町なのだが、浮浪者が多いのが玉にキズ……。

END

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