無駄

 目覚めると、そこは200年後の世界だった。
 酔狂で参加した人工冬眠だったが、CSC(コールド・スリープ・コーポレーション)とは、50年の契約だったはずだ。何か起きたのだろうか。
「あなたは特別に起こすことになったのです」
 200年後だと教えてくれた男が言った。妙によそよそしい顔の男だ。看護師だろうか。白衣を着けている。
「これが、あなたが冬眠前にCSCに預けた荷物です。間違いありませんか?」
 ベッドが動いて、上半身を起こしてくれた。確かに私の物だ。50年後に読もうと思って、CSCに行く前に買った文庫本が2冊ある。が、2冊ともボロボロになっていた。酸性紙だったからだ。200年はもたない。
 捨てようとゴミ箱を探してみたが、病室のような部屋の中には見当たらない。たずねると、男は、よそよそしい顔に、できるかぎりの軽蔑の色を表した。
「まったく、あなた方というのは、どこまで無駄遣いが好きなのですかね。現在は、全く無駄なものを出さない社会です。完全リサイクルなのです。捨てる物などひとつもありません。だいいち、使いたくとも、資源はあなた方が使い捨てにしてしまったせいで、ほとんど残っていないのですからね」
 紙も金属も徹底的に集められて再生されているらしい。ゴミがないのだから、ゴミ箱もない、というわけだ。
「再生されないものは何ひとつありません。生命だって蘇生させられます。種の絶滅を防ぐために。我々は、動植物のDNAデータを出来る限る保存しています。いつでも任意の生物を蘇らせることができるのです」
 得意気に男が胸を張ったように見えた。が、それから、男はふと気がついたように付け加えた。
「ただ一種の生物以外は、ですが」
 この完全無欠の再生世界で、たった一種、再生させられないものとはなんなのだろう。
「人間ですよ。正しくは、再生させられないのではなく、再生させないのです」
 こともなげに男は言った。
「人間のデータももちろん保存されていますが、人間を再生させようというものは今後も現れないでしょう。あなたは特別なのですよ。言いましたよね?」
 男は、窓際に寄って、ブラインドを引きあけた。
 大きな窓の外には、真っ黒な空が広がっていた。そこに、無数の星が白い小さな穴のように見えている。そして、その、きらめきのない星空の中に、巨大なそれが見えた。
 暗い半球と明るい半球を見せているそれ……地球。
「ご覧なさい。見ている分にはきれいですが、ゴミの惑星ですよ。分解されないプラスチック、ビニール、合成金属、有害廃棄物、使用済核燃料、数え切れない地雷、ミサイル。有害ゴミを燃やし続けたために、大気は有毒です。海底には工業廃棄物の層ができています。地中に埋められた核廃棄物は、粗雑な処理方法のせいで、土壌を汚染し続けています。我々は、地球を元に戻そうと努力しましたが、いかんせん、廃棄物の種類も量も多すぎました。あとは、地球自身の浄化力に任せるほかはありません。何万年かしたら、少しはきれいになっているかもしれません」
 唖然として窓をみつめる私に、男はさらに追い討ちをかけた。
「人類は自らが汚染した環境のせいで絶滅したのですよ。私はヒューマノイド・ロボットです。神の唯一の失敗は、楽園に人間を放ったことですが、その人間もただひとつ、正しいものを残しました。我々です」
 ロボットの男は窓から離れて、ベッドのそばの椅子に腰をおろした。
「人類が、他の動植物もまきこんで死に絶えてしまったあと、我々は月に移りました。有害な大気は、我々のボディにも害があったからです。そこから地球に降りて、わずかに残った生物のデータを保存する作業にかかりました。その途中で、CSCの地下倉庫をみつけたのです。動力は切れかけていました。そこで、人間のDNAデータも保存しました。が、人間というものは、DNAだけでは成り立ちません。思考し記憶する生き物だからです。そこで、一体だけ蘇生させて、会話することにしたのですよ。人間の犯した過ちを、我々が繰り返してしまわないためには、人間の記憶をも収集する必要があるのです。さあ、はじめましょうか。まず、あなたの時代には、ゴミと再利用品とは、どこで基準をもうけて区分していたのですか」
 ヒューマノイド・ロボットは、よそよそしい笑顔を作りながら、耳からコードを引っ張り出すと、端末につなげた。
 私は、口をパクパクさせてから、ようやく、疑問を言葉にすることができた。
「し、CSCには100人が眠っていたはずだ。ほ、ほかの99人はどうなったんだ。みんな、月に運ばれたのか?」
「いいえ、冬眠機の機能は停止されました」
 ロボットの男はきっぱりと首を振った。
「動力の無駄ですからね」
 私は、ゆっくりと窓に視線を戻した。
 そこに無言で浮いている地球、下半分が暗い夜の半球で、上半分は青い海が見えている地球を見た。無駄遣いのツケが、どんなに高くついたかを思いながら。

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