SAKURA

その船をみつけたのは、ほんとに、まったく偶然だった。
ジャンク屋商売もずいぶん長いことやってきたが、このだだっ広い宇宙空間で、偶然、漂流船にでっくわすなんて経験は初めてだった。
「あらァ、よっぽど運のない船だったんだわー」
スキャナーを覗きながらエリィが言った。
「どてっ腹に大穴があいてる。どこかで小惑星帯にでも突っ込んだのかなあ。信じらんない。あ、でも、コンピューターは生きてるみたい。こっちの信号に応えてきた。船籍は……。あらァ、こんな信号、メモリーにないわ。あ、あったあった。うそォ。地球船籍よ、あれ」
エリィは、驚いたときの癖で、頭部の触手を巻いたり伸ばしたりした。
驚くのも無理はない。
地球といえば、大昔に滅びた惑星だ。二足歩行するツルツルした皮膚の人類が支配していたのだが……。
「スペースピープルの末路ってことかしらねェ」
全面核戦争で生存不能となった地球から、宇宙船で逃げ出した人類は、スペースピープルと呼ばれて、宇宙を放浪したという。
「行ってみる? あたし、やめとくわ」
エリィがそういうので、俺は1人で、宇宙服に4本足をつっこんだ。
地球の船というのは現物がないせいで謎が多い。見てこない手はない。
小型艇を出して、地球船にはりついた。あまり大きな船ではない。こんな船に何十人も同居して放浪していたのだろうか。
小型艇から外に出た。
どてっ腹の穴はでかかった。なるほど、運の悪い船だ。緊急回避システムが故障していたのだろうか。
穴から中に入る。内部はほとんどからっぽだ。
『どう? いいものありそう?』
エリィの声が耳元に響いた。
『コンピューターが生きてんだから、探してみてよ。変な信号を送ってきてる。翻訳したけど意味不明よ。“天気快晴・微風・OK?”だって。何か入力してほしいみたいね』
通路のつきあたりの扉が閉まって、行き止まりになっていた。気密扉だ。どうやら、事故の際も、ここだけは無事だったらしい。
『入ってみたら? 操船室よ、きっと』
扉の脇に手動開閉バルブがあった。俺は苦労して扉をあけ、中に入った。
外扉を閉めてから、内扉を開けた。室内の空気が、一瞬流れ出た。
とたんに、目の前に何か白いものが迫ってきて、俺はおもわずそれを払った。
はずみで、それはへやの向こう側まで飛んで行き、壁にあたって弾け散った。丸い形状のものがひとつと、あとは、まっすぐなのや曲がった細いもの……。
「骨よ、骨っ。人類って内骨格で身体を支えていたんだって。やだァ。事故の後、そン中で人類の生き残りがいたんだわ。あたし、行かなくてよかったァ。一体だけ? うわァ。一人でどれくらい生きていたのかしら。かわいそー。ねえ、それでコンピューターは? 何十年か何百年か、その人類が死んでからずっと入力待ちしていたみたいだから、入力してやれば?』
簡単に言う。地球船なんて初めてで、エアロックを開けるのにも一汗かいたっていうのに。
おっと、あれらしい。
読めないがメッセージが出ていて、その下でインジケーターが点滅している。だが、入力したら何が起こるのだろう。ひょっとして自爆するのかも。しかし、“天気快晴、微風”というのは何だ?
『はやくゥ』
エリィが催促した。まったく女ってやつは……。
俺は、思いきって、インジケーターの下のキィをたたいた。その途端……。俺は息をのんだ。
操船室内がサアッと一瞬暗くなったかと思うと、空気の色が真っ青に変わった。壁際の機械類は姿を消した。天井付近で太陽が輝き始める。俺の故郷の太陽よりも視直径は大きい。床は、惑星の地面の色らしく、灰色っぽくなり、その上に緑色の短い植物が生えている。遠景に街並み。どうやら、小高い丘の上からの風景らしい。そして、へやの中央には……。
へやの中央には巨大な樹木が出現していた。根元近くはごつごつと節くれだち、だが、幹はあくまでもまっすぐに太陽に向って伸びている。枝は大きく横に張り出し枝分かれし、俺の頭上を覆い、葉はなく、そして……。
そして、どんな細い枝の先にまでも、花が満開に開いていた。五弁のかれんな薄桃色の花、花、花……。その花びらが、風に細かく震えて、ついに、一枚、二枚、散り始めた。
はらはらはらはら。
花びらは無限の在庫を惜しげもなく繰り出して、俺の上にふりそそぐ。
俺は、おもわず、全部の腕を前に出し、その花びらを受け止めようとした。
が、それらは俺の手袋の上には一枚も残りはしなかった。
ふりそそぐ花びらは、俺の手を、俺の身体を通り抜けて床に積もった。……ホログラフだ。
生き残りの人類が最後まで眺めていた風景。
いつまでも降り続き決して床を埋め尽くしたりしない花びらの中、にせものの青い空を背景にして、ふたつの暗い穴をうがった丸く白い人類の頭骨が、ゆっくりと漂っていくのが見えた。

「故郷の風景なのかなァ」
エリィが珍しくしんみりした口調で言った。漂流船は、最後のパワーでホログラフを十数秒映し出したあと沈黙した。コンピューターも死んでしまっていた。
「生き残ってから作ったのか、その前からあったのか知らないけど、故郷を見ていたのねー。何百回も見たのに、死ぬ間際にもう一度見ようとして力尽きたってことかしら。なんて名前の花なのかしらねェ。死ぬまで見続けたい花なんて」
死んだコンピューターは、持ち帰ればデータのサルベージが可能かもしれない。それがダメでも、博物館が引き取ってくれるだろう。
「何をデリカシーのないこと言ってるのよ。データが再現できても、あの花は、もう宇宙のどこにもないのよ。少しは感動したらどうなのっ」
エリィの触手がフルフルと震えている。怒り爆発の前兆だ。
もごもごと謝罪の言葉を口にだして、俺は、静かに船を出した。

ムッキーくん 本棚へ