想像力増幅器(イメージアンプ)

いらっしゃい。時間どおりだね。
時間に正確なのは大事な事だよね。
もちろん、ソフトはできてるよ。さあ、入ってくれ。
プレーヤーは? 持ってない? それじゃお試し用に貸してやるよ。
ほら、イメージアンプのプレーヤー。小さいだろ。それが自慢さ。
それに、接着式のワイヤレス端子。おでこにペタッと。
そうそうそれでいい。
前頭葉の前頭前野ってとこを刺激するのがミソなんだ。それ以上は企業秘密。
え? なぜ、こんなものを作ったのかって?
そりゃあ、快楽の増幅のためさ。
デートするならかわいい女の子としたいだろ? 
だけど、世の中、そんなにうまくはいかないや。
美人よりも、そうでない女のほうが絶対数が多いんだよ。仕方がない。
けど、多少見た目の落ちる女の子が相手でも、彼女は高貴なお姫様なんだと想像できれば気持ちがいいじゃないか。
想像力ってのは、便利だし、大事なものなんだよ。
ところが、物に恵まれすぎてると働かなくなっちまうんだな、これが。
だから、オレは、想像力を活性化するために、脳みそをちょいとつついてやって、好みの想像ができるようにソフトをそろえてやったわけさ。
これが大当たり。
これは、狭い我が家を豪華な4LDKに! っていうソフト。中流階級に受けてるよ。
金持ちどもには、通称「マッチ売りの少女」ソフトが大評判。
貧しくかわいそうな自分って想像に快感を感じるらしいんだな。オレには理解できないが。
芸術家や作家用もあるし、俳優からは特注が多いね。だけど、納期がきつくて嫌な仕事だよ。
このソフト作りが、なかなか想像力のいる仕事なんだが、近頃は、ソフトを作れる奴がめっきり減っちまって、アルバイトを募集しても、ろくな奴が集まらない。
いきおい、自分で作らなきゃならなくなって、以前ほどは、注文を受ける事ができなくなっちまった。
楽なのは、政治家先生たちの注文だね。
こっちのは、役作り用と違って、注文のタイプがだいたい同じなんでね。
ひとつ作っておけば、ちょこちょこっと変えればいいわけだ。
どこの政治家も、ヒットラーやナポレオンに憧れてるらしいよ。
おっと、つまらないことばっかり喋っちまった。
さあ、これが、あんたの特注ソフト。
試してみてくれ。気に入らなかったらお代はいらないよ。
え? オレ? オレは使わないよ。
オレは想像力に困っていないからな。
このソフトとプレーヤーのヒットのおかげで、金はたんまり手に入った。
そろそろ引退しようと思っているところさ。
それよりどうだい、そのニルヴァーナソフトは。悟りが開けそうな気分だろう? 
値段はちょいと高くつくよ。
なにしろソフトを作るには……ん?
今、なんかテレビがわめいたな。
それに、サイレンも鳴り出したし…。
おいおい、来てみなよ。えらいこった。
どこかの馬鹿が核ミサイルを発射したんだ。
もう報復システムが作動して、たいへんだ、もうすぐこっちへも飛んでくるぜ。
なんて考えなしの連中なんだ。
核を使えばどうなるかなんてことは、ちいっと想像力を働かせてみりゃあわかることじゃないか。
なんだよ、あんた。何が言いたいんだい。
何? そのちいっとの想像力を奪ったのはオレだって? 
馬鹿を言うな。
オレは擦り減った想像力を増幅させてやって……。
そうか。アンプのおかげで、想像力を自力で起動できるパワーがなくなっちまったってことか? 
そのうえ、ソフトのおかげで、ステロタイプの想像しかできなくなった。
なんてことだ。
こんなことなら、悲惨な核戦争後の世界ソフトでも作っときゃよかった。
まあ、そんなものは売れやしなかったろうが。
こうなりゃ仕方がない。
そのニルヴァーナソフト、よこしな。
あと何分あるか知らないが、悟りを開いた心境になって、せめて、怖がらずに死にたいや。
よこせよ。
あっ、待てっ。

なんて野郎だ。昇天しちまいやがった。
代金ももらってないや。
やっぱり、オシャカ様なんてあやふやな客を相手にするんじゃなかったよ。
今頃は、極楽でねっころがってニルヴァーナソフト使ってやがんだろうなあ。
待ってろよ。すぐに行って取り返してやる。
いや、オレの行くところっていったら地獄かな。
なにしろ、この世界の破滅の手助けをしたんだからな。
地獄のエンマ様にゃあ、このあいだ、人間皆悪人ソフトを売ったばっかりだ。
こりゃいけねえ、亡者いじめがパワーアップしてるぞ。
こんな時に限って、何も想像できやしない。
浮かんでくるのは、空飛ぶ死神の団体ツアーって図ばっかりだが、こんなものは想像でも何でもありゃしない。
姿こそミサイルだが、ありゃあ、みんな、掛け値なしのほんとの死神だからなあ。
あーあ。
……。
お後がよろしいようで。

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