1。越智先生の講演記録

Linien ミ Verdichtungen 乾久子ドイツ展報告(2005年7月3日)

女性の消失、または西洋的視線のメカニズム
越智和弘

 このたびはお招きいただきありがとうございます。ひょんなことから知り合った現代美術家の乾さんが、ドイツで行った展覧会の帰国報告展で、私の専門分 野であるドイツ文学と比較文化論の立場から話をせよということでうかがったわけです。
 私などからしますと、乾さんのような日本の現代美術家が、そしてさらには、そういう言い方をすると怒られるかもしれませんが、母でありご家族をもつ女 性が、西洋の世界にひとり飛び込んでいって、ご自分の作品を直接ぶつけてこられたといいうことは、ものすごいことだと感じられるわけです。
 そういうすごいことを成し遂げて帰国された乾さんの、いわば凱旋展覧会で、私のような一介の大学教師が話をさせていただけるのは、大変光栄なことです が、同時にそれはまた、私のようなものの話が、乾さんの創造される芸術の世界とどう関係し、また貢献できるかという不安を呼ぶものであります。
 そうした不安に駆られながら、どのような話をすべきか考えておりました際、乾さんから事前に送っていただいた資料のなかに、私の考えを非常に刺激する ものがございました。それは、乾さんがドイツで行った展覧会のオープニングに行われたクレーフェルト市美術館次長エルマコーラ博士のスピーチの原稿で す。今日は、その内容に絡めて、話を始めさせていただければ、幸いに存じます。

【日独双方の違和感】
 エルマコーラ博士が、乾さんの作品をめぐって行ったスピーチの原稿を読むと、そこには乾さんの作品全体に対する西洋の美術専門家の視点からみた、深い 違和感が読み取れます。
 しかし、あとからいただいた今回の報告展のパンフレットに記されている乾さんご自身のお言葉を読ませていただくと、こんどは乾さんご自身の方からも、 エルマコーラさんのスピーチに対する違和感が表明されているのですね。つまり、それは西洋人であるエルマコーラさんの側から一方的に表明された違和感で はなく、じつは乾さんご自身の側においても、西洋人であるエルマコーラ氏のスピーチにたいし、その内容がその場では百パーセント理解されていなかったに もかかわらず、自分の作品に対する意外な反応として、ある種の居心地の悪さが感じられていたことがわかります。
 この、西洋人と日本人の双方が、乾さんの作品を媒介として感じた居心地の悪さ、または「違和感」とは、どういうもので、そのそもそもの出所は、どこに あるのでしょうか。この点をすこし掘り下げてみたいと思います。

 まず、今回の報告展のパンフレットに記されてある、乾さんの側から表明された違和感をたどると、まず乾さんはその3頁目において、

「どんな展覧会でも、この国ではオープニングでこうしたスピーチが行われるようだ」

と述べられています。この感想からは、私が勝手に想像すると、作品を創作された乾さんのお気持ちとしては、何よりもまずは作品自体に語らせるべき展覧会 なのに、どうしてその前に、言葉による説明あるいは解釈をする人が必要なのだろうか、という戸惑いのようなものが読み取れます。

【すべてを言語化する西洋的意志】
 こうした乾さんが示した反応は、西洋文化の本質に探りを入れることに研究の大半を費やしてきた私の立場からすると、大変興味深いことなのです。
 なぜなら、乾さんが感じられた違和感は、じつは、世界のすべてを、ここではたまたまその対象が東洋の彼方からやってきた乾さんの芸術なのですが、それ を、コトバ(=言語)を用いることで論理的につじつまの合うストーリーに仕立て上げる(これを言説化という)、西洋人におそらく共通する意志に由来して いるからです。

 ではコトバ=言語とは何か。それは、西洋的伝統においては、神から授かった精神を実現させるための手段だといえます。それは、精神が生み出すもっとも 崇高な産物である理性によって世界を掌握する、つまりロゴスを形成するための貴重な武器だといえます。
 早速こむずかしい話になってしまいましたが、要するに西洋の人間たちは、世界のあらゆるものを、精神という人間が神から授かった唯一的な力が生み出す 表象としてあるロゴスによって捕まえておかねば、気が済まない、あるいは逆にいえば、ロゴス化しえたものだけしかこの世に存在するものとして認識したが らない人たちなのだ、といえます。
 乾さんご自身は、その鋭い感性によって、エルマコーラさんのスピーチから、このすべてを言語化しないと気が済まない西洋的な意志を、嗅ぎとったのだと 受け止められます。
 西洋人に特有なこの言語化への強い意志は、たとえ異質な文化からやってきたものであろうとも、いやむしろ、おそらく異質な世界からやってきた芸術作品 であるが故になおさら、何よりもまず西洋的コンテクストのなかに取り込んでおく、すなわちロゴス化しておかねば安心できない、という気持ちのとして表 れ、おそらくエルマコーラさんは、そうした西洋的期待にまずは応えることが自分に課された役割だと、当然のごとく意識したうえで、こうしたスピーチをさ れたのだと思います。

 さらに乾さんがパンフレットに記された言葉を読むと、そこには、西洋的世界の本質に入り込むうえで、より決定的ともいいうる鍵が提示されていることが わかります。乾さんは、エルマコーラ氏のスピーチを、

「ものすごく演説口調だ。語る、というよりもっとずっと強い感じ。口から発するその時に重さと物質性を感じるほどのコトバの圧倒的な存在感」

があるものと受け止めているのです。
 これはすごいことだと思います。つまり、それは言葉の意味を理解する前に、ドイツ語を音として受け止めたことが、むしろプラスに作用したこともあるで しょうが、やはり乾さんがおもちの芸術的な天性や直感が、日本の文化とは本質的に異質なものとしてある西洋的性格の核心を射抜く力をもっていたのだ、と 感心させられます。
 それは、エルマコーラさんの発するドイツ語を、「演説口調」で「強く」「重い物質性」を思わせる「圧倒的な存在感」をもっていたものとして受け止めて いることに表れています。これはごく一般的にいいますと、エルマコーラさんはドイツ人の女性であるにもかかわらず。きわめて〈男性的〉な印象を与えるス ピーチを行った、ということになります。そこには、これまた一般的にいいますと、「優しさ」や「はかなさ」や「揺らぎ」、あるいは「あえて言葉にしない こと」といった女性的な要素は、まったく感じられない、いやもう少しいうと、そうした〈女性的要素〉を意識的に排除したかのごとき言語表現が音として あったのではないか、と想像されます。
 あとでそのスピーチを翻訳しその内容を理解したのちに、乾さんが表明される印象もまた、最初の直感的な印象を覆すものではなく、むしろそれを裏づけ強 化するものとなって、それが乾さんが作品で表現しようとしたこととの軋轢を生んでいる様子が読み取れます。スピーチの内容を理解された乾さんは、

「私の作品のコンセプトが言葉で整とんされている。構築されている」

と書かれております。
 ここには、乾さんご自身の作品を、緻密な言語表現によって見事なまでに西洋の論理的世界に取り込んでいる、すなわちロゴス化してみせたエルマコーラ氏 への素直な感嘆の意が感じられると同時に、そこにはまた、どうして芸術作品が、そこまで言語的に説明し尽くされねばならないのか、ということへの深い違 和感が読み取れるように思います。

【男性的属性である精神と理性】
 先ほど、エルマコーラさんのスピーチが〈男性的〉だといいましたが、西洋の伝統においては、すでに古代ギリシアのアリストテレス以来、精神によって生み出されるロゴス、すなわち言葉による論理の構築は、完全に男性的機能として位置づけられてきました。
 つまり、人間を動物と分けるそもそもの基をなす精神と、そこから生まれる理性は、女性には備わらず、男性にしかない性質だと規定されてきたのです。ど うしてそんなことが規定できたかというと、そもそも短く見積もっても200万年ともいわれる人類の歴史の、ほぼ99%を占めている文明が始まる以前の期間、すなわち多くの場合、母権的だったとされる原始の時代から、西洋の人間たちが文明を築く歴史への脱皮を果たせたそもそもの理由が、男に、つまり女で はなく男だけに、神からGeist、すなわち〈精神〉を授かったことにあった、と西洋の歴史のなかでは一貫して考えられてきたわけです。
 したがって、この世のすべては、基本的にはすべて男性的な精神の生み出す言語によって置き換えられることによって初めて認識可能なものになる、これを 象徴界の構築といいますが、もう少し強い表現を用いると、世界を認識するというよりは、いわば捕獲する、すなわち旧約聖書の創世記の冒頭にあるように、 神の教えに則って世界を支配下におくための最大の武器が男性が授かった言語である、というのが今日まで西洋人の一貫した立場でありつづけています。
 それはたとえ、言語化すべき対象が、人間の感情や心の複雑な機微であったり、まして乾さんの作品のような芸術作品、すなわちいわば論理的説明を逃れる 非合理的、非理性的範疇に属する対象であったとしても、やはりどうしても言語化という武器によって捕獲しないうちは、西洋人は深い不安にさいなまれるわけです。
 一般によく西洋、とりわけドイツに滞在経験を持つ日本人から一様に聞かされることに、(これはほとんどの場合嘆きに近いものですが)どうして彼ら(ド イツ人)は、ああして何もかも言葉で言い表さないとことが先に進まないのだろう、というものがあります。日本人なら、わざわざ口にするまでもなく、なんとなく感じ取ってくれるのに、というものです。ここにも、ロゴスの圧倒的支配下に生きてきた西洋人と、言葉で言い表せるものの限界を最初から認めてきた、あるいは言語表現から逃れる部分に貴重なものを見いだしてきた日本的伝統との深い違いが感じられるわけです。

【西洋人からみた他者性=女性】
 つぎに、エルマコーラさんのスピーチが、それでは乾さんの作品をいかにして言語的に捕獲しようとしているかに、少し目を向けてみたいと思います。
 エルマコーラ氏は、乾さんの履歴を簡単に紹介したのち、すぐに今回の芸術家の日独交換プロジェクトに参加した日本のアーティストたちが、自分たちの芸術を語っている言語表現が、たとえそれがドイツ語に翻訳された場合でも、西洋の芸術を学問的にとらえる、すなわちロゴス化の専門的訓練を受けてきた者の立場からして、理解が困難であることを吐露し、その理由が、おそらく異なった文化背景にあるのだろうと述べています。
 それは、彼女の言葉を借りれば、

「とかく外見面からみた形式的な類似性がみとめられるが故に、現代美術というものはグローバルに共通した視点でとらえうる、と思われがちだが、そこにはすぐに、日本の芸術家たちが、日本に土着な芸術的伝統と、仏教的な世界観を、彼らが表現する芸術形態のなかに注ぎ込んでいることに気づかされる」

という、やや警告めいた表現としなって表れています。「警告めいた」という意味は、日本人のアーティストの表現していることは、一見西洋的芸術の伝統に則っているようにみえながら、その奥には西洋人の理解(これが言語化ですが)の能力を超えた異質な何かが潜んでいることを、伝えようとしているように思えることからきています。
 こうしたエルマコーラさんの視点は、西洋人に典型的なもので、私の研究領域でよく使われる表現に置き換えると、西洋的主体が〈他者性〉を捕獲しようとする視線の表れだということになります。西洋人にとって他者性というのをもう少し厳密にいうと、こんな風になります。自分たちの文化を男性的に染め上げる(これを父権的といってもいいでしょう)ことによって一貫して成り立たせてきた彼らの伝統からすると、乾さんの作品のように異質な文化を体現している(と彼らが思いこむ)他者性は、とりあえずはそのすべてが、男性的な西洋世界を取り巻いており、ときに男性的世界からの憧憬や賛美を受けることはあっても、基本的には、女性的(と西洋人が規定する)要素を、あらゆる努力を惜しまず排除することで成り立ってきた社会秩序を、崩壊させかねない危険な要素をはらんでいるものということになります。
 エルマコーラさんは、日本人の表現する芸術にみられる西洋との類似性の奥には、すぐに日本土着的な性格と仏教的な世界観がみてとれる、と言い切っていますが、それは、かならずしも日本土着的なものが何かとか、作品のどこに仏教的世界観が読み取れるのかを具体的にとらえたうえでのものというよりは、とりあえず、先に述べた女性的他者性を、それとして規定しておきたかった、というものだと思われます。
 このことから彼女は、自分が西洋的な芸術の伝統に則って乾さんの作品を「言語によって説明し分析する」役を担っておりながら、必然的に不安定な領域を彷徨わざるをえない、と述べています。
 ここでエルマコーラ氏が、「西洋の芸術的な伝統」を、「言語によって説明し分析する」こととほぼ当たり前のように結びつけていることからもわかるように、ここで彼女が従おうとしている伝統とは、先に述べた、精神が生む理性の力によって世界のすべてを言語化する、という古代ギリシア以来今日に至るまで一貫したものとしてありつづける、西洋の男性的伝統を受け継いだものであることが判明します。
 その意味で、女性であるエルマコーラさんのスピーチを、「演説口調」で「強く」「重い物質性」をもつ存在として感じ取られた乾さんの直感は、やはり的を射たものであったわけです。

【すでに男性的に規定し尽くされた西洋世界】
 直接には存じ上げないエルマコーラさんを再三にわたって引き合いに出して申し訳ない気もするのですが、彼女の存在は、西洋という世界の真の姿を描き出すという私の抱える課題にとって、格好の材料を提供してくれているため、いましばらく話題にさせていただきたいと思います。
 乾さんがエルマコーラさんのスピーチから感じ取られた印象、すなわち「演説口調」で「強く」「重い物質性」をもつ存在というものは、一般的には男性的といいうるものではないかと思います。しかし、美術館次長という社会的に高い地位にある女性であれば、多少〈男性的〉であるのは、今日ではほぼ当たり前だとも思われがちです。でも、これはどうしてなのでしょうか。

 これに対する答を得るためには、西洋世界というアリーナが、そもそもどのようなものなのかを知る必要があります。
 われわれの生きる現代は、男女の平等と女性の社会参加が強く求められている時代だといえます。女と男の不平等が語られる場合、とかく思い描かれがちなのは、パイのようなものの分配図が、歴史的にみて女性に圧倒的な不利な分けられ方をしてきた、つまり男の方が不当に勝手に、あるいは暴力的に多くの部分を専有してきたのが世界の現実であり、それがゆえに、この分配関係をできるだけ五分五分に近づけるべきだ、というのが女性の社会参画を推進しようとする多くの人たちの考えていることではないか、と思われます。
 そのこと自体、私は決して反対ではないのですが、にもかかわらず、これは、西洋という世界の理解が足りないというか、その本質の部分から誤った見方をしたものだといわざるを得ないのです。どうしてなのでしょうか。
 それは、今日ある西洋の世界を、女と男がその領域を分け合うべく存在する、いわば中立的な存在とみなすこと自体が、大きな事実誤認だからです。
 先に述べたように、西洋人は、その文明がスタートした時点から、男にしか備わらないとされる精神によって、さらにその精神の触覚をなす男性的視線によって世界を捕獲し、言語を武器とするロゴスによってその秩序形成を行ってきたわけです。
 いってみればそれは、最初から圧倒的な男性的行為によって成り立ってきたのであり、ある著名な女性思想家の言葉を借りますと、西洋、すなわちユダヤ・キリスト教世界の歴史は、女性的なものに対する男性の圧倒的勝利の連続以外のなにものでもない、ということになります。
 われわれ現代人は、西洋におけるこの男性的なものが女性的なものを排除する歴史に、ほぼ完全な決着がついたあとの時代に生まれ、生きている、といえるのですが、その事実をしっかりと認識し得ている人は、まだあまり多くいるとはいえません。
 では、具体的にその闘争の歴史に決着がついたのがいつ頃かといわれますと、かの有名なヨーロッパにおける300年あまりにおよぶ魔女裁判の歴史に終止符が打たれた18世紀末あたりが、一つの区切りかと思われます。
 ご存じのように、その直後の19世紀は、都市や工業の誕生、近代国家の形成、テクノロジーや医学の飛躍的進歩、植民地の獲得競争、そして資本主義の大きな展開といった、いわゆる近代といわれるわれわれの時代の基盤が築かれた時代です。これは、それまでそうした発展の大きな妨げとなってきた女性的要素を、ようやくほぼ完全に排除し得た結果として、なしえたものだとも考えられます。そして19世紀末のヴィクトリア朝時代のイギリスにおいては、女性運動の先駆けともいわれる、第一次婦人運動が勃興します。
 この時期以降、女性の社会進出はゆっくりと始まり、二〇世紀の後半期にはいると、ご存じのように一気に加速していきます。しかしまず、19世紀末に起きた婦人運動が求めたのは、もっぱら参政権の獲得でした。そしてそれが実現するのは、イギリスやアメリカで1910年を過ぎたあたりからです。

【自由と平等の精神と資本主義】
 こうした女性運動の動きは、資本主義の展開と密接に関係している、いや、あるいは資本の要請にしたがって動いているのではないか、というのが私の頭の中にはあります。というのも、そもそも女性運動の思想的な基盤をなした個人の自由と平等の精神の出所を歴史的に探っていくと、それは資本主義の発生期と完全に重なるからです。
 すべての人間は経済的に自由で、法の前で平等であるべきだという考え方は、17世紀以降の、一連のいわゆる市民(ブルジョワ)革命とともに生まれ、強化されていったものだとされます。それらは、まずは名誉革命とピューリタン革命という17世紀イギリスに起きた市民革命によって生まれ、そこで培われた精神は、やがて18世紀後半期のアメリカ独立革命とフランス革命という二つの市民革命によって、高々に謳いあげられ、やがて西洋市民社会の規範となって定着していくことになります。
 しかし、これらの市民革命は、たしかに最大多数の最大幸福を目指す、自由と平等の精神を生んだわけですが、その精神はある目的のために不可欠なものであったが故に生まれたものであったことも知る必要があります。それが、資本主義の発展を可能ならしめる社会基盤を築くことだったわけです。

 資本主義の性格を正しく理解するためには、そこに隠された二つの重要できわめて巧妙に働く戦略をとらえる必要があります。
 それらは、
1)自由と平等の推進
2)禁欲の精神の維持
です。
 じつはこの二つの戦略は、本質的に矛盾し対立し合うものです。したがってこの両者をうまく両立させるためには、幾つかの巧妙な仕組みが必要となります。

 まず自由と平等の精神の推進の方からみていきますと、この実現が資本主義の発展にとって何よりも必要な前提となった理由は、資本主義経済活動の活発 化、すなわちできるだけ多くの人間が交換価値の世界に参入するためには、それまで千年あまりにわたってヨーロッパを支配してきた中世の、貴族という特定少数の人間だけが価値の消費者である世界は、資本主義の発展にとっては、決定的なマイナスになります。
 やはり、市民という大量の人間を経済活動に巻き込んで初めて、その大きな展開が可能になるのです。

【禁欲と資本主義】
 しかし、そもそも西洋型の資本主義が発展し、今日あるように世界を圧倒するばかりのシステムになるためには、もうひとつの秘密的要素、すなわち禁欲というキリスト教から生まれた、あまりに特異な性格が貢献することが不可欠だったわけです。
 今日ではこの禁欲の精神が、資本主義の発展にとって決定的な役を果たしたことを正しく理解している人はあまり多くいるとはいえません。短い時間でこのからくりをうまく説明するのは困難を要しますが、まず目を向けていただきたいことは、そもそも資本主義という経済システムが、19世紀以降飛躍的に発展した地域が、西洋全般にまたがっていたのではないことです。
 ご存じのように、西洋における資本主義経済の牽引力をなしたのは、何よりも、イギリス、ドイツ、北フランス、そしてアメリカ合衆国という、ヨーロッパでいえばアルプス以北の地域、そして建国当時のアメリカを含めていえば、これらの地域は、ことごとく宗教改革によるプロテスタントが浸透し、その教えが継続的にその厳格さを増していった地域と一致します。ドイツの敬虔主義、北フランスのカルヴィニズム、イギリスからアメリカへと渡っていったピューリタニズムあたりが、そうしたキリスト教のさらなる厳格化を担った教えだといえます。
 厳格さが増すということを一言でいえば、それは、禁欲の精神の強化ということになります。では、キリスト教のいう禁欲とは何か。

 それは一言でいえば、あらゆる快楽を絶つこと、なかでもとりわけ、性的な快楽を限りなく憎悪し敵視することを意味します。これがキリスト教のいう原罪の具体的な意味内容なのです。

【禁欲から労働が生まれる仕組み】
 では、この性的快楽を限りなく敵視する禁欲精神が、資本主義の発展にとって、どうして決定的な役割を果たすといえるのでしょう。
 この点を理解するためには、資本主義にとって絶対に不可欠なことは何かをまず考えてみる必要があります。それは人びとが働くこと、ということになるでしょうが、その際重要なのは、労働そのものが、個人にとってどの程度まで必要なのか否かにはまったく関係なく、とにかく規則正しく弛みなく無限に働きつづけること、ということになります。
 人間の労働がいつどのようにして生まれたのか、という点に関しては、そもそも人類が禁欲を発見した時点から労働の精神が生まれたとするフリードリヒ・エンゲンルスの説や、人間にはそもそも労働への本能は存在せず、それは他の本能から導き出されねばならないと分析したフロイトの説あたりに立ち戻る必要があります。
 基本的なことになりやや退屈ですが、フロイトのいう労働発生説を簡単にたどってみますと、だいたい次のようになります。
 フロイトは、人間にはそもそも二つの本能(欲動)しかないと規定します。それらは、よく知られた性欲の欲動(エロス)と死への欲動(タナトス)です。 つまり、そこには働きたいという労働の本能はありません。
 フロイトは、人間に本来的に備わらない労働への意欲は、この二つの欲動のうちの最初の方、すなわちセックスをしたい欲動を、あるフィルターを通し変換 することで生まれるのだ、とするわけです。このフィルターを通し、生の衝動を蒸留する行程を〈昇華〉と呼ぶわけですが、この〈昇華〉が行われるために必 要なフィルターの正体が、じつは〈禁欲〉なのです。
 つまり、そもそもはセックスをしたいという方向で働く人間の重要な欲動に変更を加えること、もっとありきたりな言葉で言えば「セックスを我慢させ先送 りにさせる」ことによって、労働へのエネルギーが生まれるというわけです。
 ということは、資本主義が必要とする強力な労働のエネルギーを生み、それを持続させるためには、その元となる性欲の欲動が大量にあることも前提となり ますが、より重要なのは、その衝動を我慢させ別のエネルギーに変換させるための教え、または掟、つまり禁欲の言説が、きわめて強力に作用する社会である 必要が出てきます。

 こうなるともはや、19世紀以降の西洋における資本主義がもっとも発達した地域が、キリスト教的な禁欲の教えを、限りないまで厳格に推し進めたイギリ スやドイツ、そしてその精神をもっとも純化させた国造りによって実現されたアメリカ合衆国と一致していることは、もはや偶然とはいえないわけです。

【快楽の体現者としての女性】
 禁欲によって弛みない労働の精神が生まれることは、だいたい理解していただけたとして、禁欲には、当然のこととしてもうひとつ対処すべき手強い敵がい ることに触れておかねばなりません。
 それは、いうまでもなく禁欲が、そもそも快楽、それもとりわけ性的快楽を排除することを旨としていることに直接関係しています。
 西洋の歴史のなかで、この憎悪すべき性的快楽の体現者として敵視のターゲットとされてきたのが女性なのです。
 おそらく原始母権制から今日の西洋を形作る父権制への大いなるパラダイム転換がほぼ完成した古代ギリシア以来、女性は、一貫して快楽の体現者として男 を惑わし、その労働への意欲を削ぎ、共同体のために自己犠牲を払い、秩序の形成へと向かおうとする男の意志を挫き、結果として社会の危機を招く根源とし て敵視されてきました。この点に関しては、西洋の長い歴史のなかで様々な社会制度や政治変革が起きたにもかかわらず、西洋世界は一貫してきたという、ある有名な哲学者の言葉を引くまでもなく、明らかだと思われます。
 男性的精神によるものとはまったく別の場で、女性的快楽の暴走が起きた場合、つまり女性が男性とはまったく別の威力を発揮すると、それは男たちの秩序形成にとって致命的な損傷を与えかねない危機として認識されてきたことは、ギリシア神話に登場するメドゥーサやセイレンなどの妖怪女が体現するおどろおどろしい姿を見ただけでも、十分に想像されます。
 以降西洋人男性は、中世の魔女迫害、19世紀以降のヒステリー女の治療など、女性的快楽の暴走と激しい闘争を繰り広げてきました。それは、禁欲による労働エネルギーの産出を限りなく効率化する行為の邪魔をする女性的要素を、なんとかしてこの世から消去してしまいたい意志として現れてきました。

【均質化と投影による女性の資本への動員】
 長く敵視してきた女性的快楽を魔女狩りのように徹底した憎悪をもって追いつめるのとは別に、西洋人は、女性を男性的に規定され尽くした資本主義のアリーナにやがて動員吸収していくための新たな戦略を、17世紀以降からすでに準備され始めます。
 それは、女性的快楽の消去を果たしたうえで、こんどは生身の女たちを教育により男性と同じように機能しうる労働力として作り替えること(=均質化)と、さらに現実に存在する女の身体に、男性的視線がつくりあげる女性的イメージ、すなわち、女性のあるべき姿を焼きつける(=投影)という、いわば二段構えの戦略として成り立っています。これを実践することによってはじめて、すでに男性的な世界として規定し尽くされた資本主義社会に、女性を動員するための道筋がつけられたのです。

 先に紹介した、資本主義の誕生とともの生まれた〈自由と平等の精神〉は、じつはその〈すべての人間〉を対象としているといううたい文句とは裏腹に、19世紀末、いやわれわれの生きてきた20世紀初頭までは、自由であり平等であるべき人間は、すべて男に限られたものでありました。つまりそのころまでは、多くの男たちにとって、女性を自由で平等な精神の元に機能する資本主義の仕組みに参加させるなどということは、もってのほかのことだったといえます。
 しかし、自由と平等の精神とほぼ同時期に生まれたともいえる、資本主義の拡大を保証するためのもうひとつの重要な考え方である啓蒙主義は、自由と平等の精神を、やがて同じ人間である女性に適用することを宿命づけていました。つまり女たちがやがて、教育制度のなかにより多く参入し、やがて男に取って代わりうる労働力となる(=均質化する)ことは、すでに資本主義の歯車が展開し始めたときから、プログラム済みで時間の問題であった可能性が高いのです。

 ここで生じる、よりわかりにくい疑問は、女性の快楽を体現する部分が消去され、教育により男性的に均質化するのが現代への流れだとして、それでは、それでも生身の女たちが、自分のことを十分に女性的だと思いつづける理由は何か、ということです。
 この点に関しては、イギリスの美術批評家のジョン・バージャーという人が、1970年代の初頭に、一つの重要な説を提示しています。それは、社会的存在(social presence)という用語を鍵に展開されるのですが、簡単に言えば、女性の主体形成には、男性とは根源的に異なる性格があるというものです。それはどのようなものかというと、男の主体形成(社会的存在の実現)が、自分が外の世界にどのような役を果たし評価されるかによって規定されるのに対し、女性の主体形成は、外部から自分に投影される視線を内面化することによってなされる、というものです。
 これはつまり、女は自分が外部からどのようにみられているか、この場合の外部とは、主に外部世界を規定している男性的視線ということになりますが、この外からの視線を自己に内面化する、つまり自分のものだと思いこむことによって、自分の女としての自己形成を行っているということになります。
 この説に幾ばくなりとも正当性が認められるとすれば、女性の自己形成は、女性が本来もっていたかもしれない性格、すなわち西洋の禁欲を旨とする男性文化が敵視し、是が非でも排除しようと努めてきた女性的快楽の性格が消去され尽くしたあとも、女性は、外部から、すなわち男性の側から投影される女性のあるべき姿を自己の内面に取り込むことで、自分が女として存在している自己認識、すなわちバージャーのいう社会的存在を獲得することが可能になる、ということになります。
 そしてまさにこの女性の性格に組み込まれた仕組みを巧妙に利用することで、そもそも快楽の体現者であった女性を、快楽を排除するという禁欲の掟を維持したまま、資本主義のシステムに動員する仕組みが可能になったのではないか、と考えられます。

【フェティシズムに規定された男性的視線】
 こうなるとこんどは、快楽の体現者であることとは別に、女性にそのあるべき姿を投影する主体としてある男性的視線がどのように機能するのかが問題になります。
 男性的視線のメカニズムを知るためには、そもそも女性に女性的魅力を付与する根源をなすものとしてフロイトが解明したフェテシズムのもつ性格を引き合いに出す必要があります。
 フェティシズムについてフロイトは、大変興味深いことをいっています。それは、そもそも男が執着するフェティッシュなものとは、すべてがペニスの代替物だといっていることです。ただこの際ペニスが意味しているものは、ふつうの男に付属しているペニスのことではありません。それは、母親のペニスだというのです。
 男の子は、幼いころ自分を守ってくれる圧倒的な力の保有者であった母に、あるときペニスがない、すなわち去勢されていることに気づかされます。西洋世界においては、すでにアリストテレスの説で有名なように、ペニスをもつ、あるいは精液の保有者であることが、男性のみに精神が備わること、すなわち世界秩序を構築する力があることと深く関連づけられてきており、そうしたなかで女にペニスがないことは、快楽を体現する罪と結びつけられ、その罪のせいで父なる神から罰を与えられ去勢された事実を示す、決定的な欠陥=欠如の証明だとされてきたわけです。
 したがって母親にペニスがないことを初めて発見した男の子のショックは相当なものだ、とフロイトはいうわけです。彼はこれを去勢恐怖と名付けます。
 しかし、このように、全能であるはずの母にしては絶対にあってはならないものを見てしまった男の子は、母にペニスがない事実を認識すると同時に、その事実を否認したい強い意識を発達させるというのです。そしてその矛盾した心的状況のなかから男は、終生にわたって、母の男根に代わる代替物をこの世に創造しつづけ、それが女性を魅力的にみせる様々なイメージとなる、というのが、フロイトのフェティシズムをめぐる説明です。
 これは、そもそも快楽の体現者である女性を禁欲の掟により消去しようとする男の視線が、こんどは男自身の手で女性の魅力ある姿を新たに創造、つまりクリエイトし続けることを意味します。この男性的視線がもつ性格は、やはり資本主義の発動機に当たる17世紀あたりから盛んに活動し始めていたことが報告されています。
 女たちの外見的な姿を規定し命令するファッションのクリエーターが、すべて男であっただけでなく、この時期から男の詩人や文学者たちは、禁欲というバイアスをしっかりかけたうえで、男たちに魅力的でありながら、もはや秩序を深刻な機能障害に陥れる不安を排除した、いわゆるロマンティックな愛のあり方や、そうしたはかない愛に生きる女たちの姿が男性的視線によって女の身体に投影され、それを、バージャーがいうように女たち自身が、自分たちの心に内面化させることで、女たちが自己の女性らしさを形成し始める時代が、やはり資本主義が始動し始めた時代に開始されていたのです。

【男性的視線と線】
 ここまでみてきたところで、先に乾さんの作品を紹介したエルマコーラさんに戻りますと、彼女は、こういう言い方をすると日本ではまだ失礼に聞こえることは承知の上で申し上げますが、すでに男性的精神によって規定し尽くされた西洋の知の伝統を優秀に学び、多くの男性の競争相手を打ち負かすまでに男性的世界で機能するルールを身につけた方だといえると思います。
 ですから彼女は、乾さんの作品を言語によって論理的に説明すること、すなわちロゴス化することを当然の役目としてとらえ、その中に異文化という西洋的主体にとっての不安定な他者性が存在することも、しっかりと指摘することを怠らなかったのです。
 こうしたなか彼女が、乾さんの作品において〈線〉が果たす役割について語っている部分を最後にとらえ、私の話をひとまず締めくくらせていただきたいと思います。

 エルマコーラ氏は、線が乾さんの作品において果たしている役割が、西洋的伝統とは異質なものであることをいみじくも指摘しております。
 線は、西洋的伝統においては、物の輪郭を切り取るものであり、それは境界線をはっきりとさせることで対象の捕獲や分析を可能にする男性的視線が、まずなすべき機能に付随した、あるいはそれに親近性をもつものとして理解される、と思われます。
 エルマコーラ氏もまた、線が普通なら「図形を表現する線であり、かたちある物の輪郭を表現し、起きたことを紙の上に書き示す」ためにあるものだという前提を述べています。
 乾さんの作品における線は、そうした西洋的な線の概念を越えて、「自己と他者をつなぐもの」「心の内面と外的世界をつなぐもの」として表現されていることを、エルマコーラ氏は指摘しています。それは「肉体を生かす血管の絡み合い」のようでありながら、「その非物質的なエネルギーの脈流が、外部に向けてわき出て、他の人間との結びつきを生む」ものだと解釈したうえで、その意味で乾さんの作品は、コンセプチュアル・アートにしっかり当てはまるものだ、とまた西洋的な範疇に取り込もうとしております。

 しかし、もし乾さんの作品が、いわゆるコンセプチュアル、すなわち概念的なものだとすれば、まさにそのこと自体が西洋の男性的精神が生み出したロゴスによって表現しうる思想的な範疇に取り込まれせざるをえないことになります。つまり、それはある意味でものを書く行為に近づくということにもなりましょうか。
 西洋のあある現代の哲学者は、こんなことを言っています。

「ものを書き始めるや、人は一人の男であるべく義務づけられることになる。書くということは、おそらく男性的な行為なのである。たとえ女性問題について書くとしても、またたとえ「女性的に」書くとしてもである」

 この言葉を、ここにおられないエルマコーラさんに、そして乾さんに投げかけることで、ひとまず私の話を終わらせていただきます。

J-F.リオタール『異教入門−中心なき周辺を求めて』(法政大学出版局)一九八頁。