1999(平成11)年9月11日〜12日に、建設省富士砂防工事事務所(当時)が開催した富士山直轄砂防30周年記念事業『ぐるっと歩こう、360度。』に参加し、山岳家の今井通子女史と共に富士山の御中道を右回りに一周してきました。
富士山のもうひとつの姿を紹介します。
(1) 御中道とは
御中道は、富士山中腹の五〜六合目付近(標高2,100〜2,880m)を通って山体を一周する登山道です。
かつては、富士講の信者として富士山頂に三回以上の登頂経験のある者のみが、次の段階の修行として巡拝することを許された『奥の院』でした。
ちなみに、私は、制限時間オーバーも含めると、富士登山競走で四回(当時)の登頂を経験していますので、一応、有資格者かな?
(2) 大沢崩れ
道中でも、西斜面の『大沢』が最大の難所で、崩れの拡大とともに、その経路は、江戸時代の標高2,800m付近から、昭和30年代には2,300mへと、下流へ移動してきました。
そして1977(昭和52)年、滑落事故を契機に大沢は通行禁止となり、その後、次第に御中道は利用されなくなりました。
現在では、国土地理院の地形図からも、大沢のルートは削除されたそうです。
今回は、富士山への理解を深めてもらおうと、関係者の尽力により特に通行を許可されたものです。
【大沢の谷底を目指し、ひたすら下る】![]() |
【大沢より剣が峰を見る】![]() |
【今井通子サイン入り踏破証】![]() |
| (3) 一周して 実際に歩いてみた御中道は、アップダウンが激しく、まさしく修行の道でした。 特に、大沢の前後では、短区間で高低差500mを上下することとなりました。 大沢は、富士山測候所のすぐそばから崩壊しており、自然の力を目の当たりにしました。 また、森林限界付近を上下するため、森林帯に入ったり、あるいは熔岩のガレ場であったりと、変化に富んでいました。 |
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【仏石流しを渡る】![]() |
【宝永第一火口の十二ヶ薬師】![]() |
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