プロフィールの続き・・・
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子育て苦労ばなしいろいろ
長男のとき![]()
昭和59年9月、予定日よりも少し早く陣痛がきて一晩かけて長男が産まれた。
3520gとても大きな子だった。
私のおっぱいの形の問題で直接あげることが出来ず搾って哺乳便で飲ませていた。それは大変な作業で毎晩ほとんど眠れず私はこのまま力つきるかと思った。夜泣きも激しかったので主人もへとへとだったと思う。幸いとても子煩悩な人なので泣くたびに抱っこをしていた私に代わって抱っこしてくれていた。
夜泣きは6ヶ月続き私の搾乳生活も続いていた。直接吸わせる練習も毎日していたがちゃんと吸えないもどかしさで子供が泣いてしまうので私も泣く泣く哺乳便であげるという始末。直接吸えないおっぱい・・・つまり陥没乳頭で乳首がなかったのだ。でも努力のかいがあり子供も力が出てきて練習のたびに少しずつ吸えるようになってきた。でも無理やり出された乳首は引っ張られたせいか根元が裂けてしまい血がにじみとても吸わせることができない状態だったがやっと吸えるようになったのにやめてしまったらかわいそうだと思い飛びあがるほどの痛みをこらえおっぱいをあげていた。病院へ行って塗り薬をもらい 飲ませた後はちゃんと薬を塗ってケアをしていた。6ヶ月を過ぎた頃から夜起きることはなくなりやっと一晩眠れるようになって人間らしい生活に戻って行った。
この子は以外と手のかからない子に変身していった。2歳になるまでに御飯はおはしで食べていた。2歳6ヶ月でお兄ちゃんになってもっとおりこうになっていった。
時代劇が好きな長男は夕飯時間の忙しい時もテレビの前で水戸黄門だったかな〜おとなしく見ていた。
保育園も何も困らせなかった。
でもある時先生に「この子は自分を抑えてるね」って言われた。確かに長男はおとなしかった。ほとんど手がかからないいい子だった。
でも先生に「泣く時はわんわん泣いていいんだよ。しくしく泣くな」って言われている長男をみてこの子は我慢していたのかなと思ってしまった。次男のこと、長女のことで長男を早くから構わなくなっていたのでおりこうな子だと思ってほっといてしまった。反省した。