「あっ」

 体育の授業中、思わず声を上げた先では生徒の一人が転んでいた。群がる子供達を割りながら、大慌てでオリマー先生が駆け寄っている。人の手を借りてよろよろと立ち上がった膝は結構派手に削れていて、その子に肩を貸しながらオリマー先生がこちらに歩いてきていた。後はこちらの仕事か、なんて思いながらライン引きを手放し、粉っぽい手を払う。
 数分後、僕は予想通り保健室に居た。人気も無く薄暗い室内に不安を隠しきれない彼女を見兼ねて、照明のスイッチをオンに切り替える。

「保険の先生、出張中なんだ。でも消毒なら僕にも出来るから心配しないで。」

 そう模範的に微笑んでから、彼女に傷口を洗う様促す。その間に必要な物を収集し、互いの準備が整うと備え付けの椅子に向かい合って座った。尚も滲む血をティッシュで拭き取りながら目の前の生徒のことを思い出す。父子家庭で一緒に住んでいる父親も仕事が忙しいのだと、いつかオリマー先生が溢していた気がする。辛抱強いのもだからだろうか。転んだ時も、傷口にめり込んだ砂粒を洗い流している時も、泣き言どころか声一つ漏らさなかった。こんなに頼りなくて、幼い子が。
 妙な気を起こし掛けていた。不幸な境遇がその体をより小さく演出していたのが不味かったのかもしれない。全部を合わせても両腕で包めるくらいの大きさ、加えて僕でも捻じ伏せることが出来る程度の力。意識し始めると、もう止まらなかった。

「ローウェルさん、だよね。」

 いつの間にか、奥歯で噛み締める様に名前を呼んでいた。彼女がこちらの表情を窺ってから、ちょこんと頷く。

「もし困ったことがあったら、先生のこと頼っていいよ。」

 消毒液を脱脂綿に含ませながら、ごく自然に心にも無いことを言えた。青い目に映る、この人は優しい人という無邪気な好意を見て、保護欲が少しと、それ以上に何か黒いものが胸に湧いていた。

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