第10話  2003.05.02


『男同士は気楽なものよ』―ダイノワールド―

 セブンイレブン熱海銀座町店のオーナーはトンちゃん。彼は私のあこがれだった。
 人口四万三千ほどの熱海にも、十店をかぞえるコンビニがある。なかでもトンちゃんの店が最も食玩に力を入れている。それは私が彼と知り合う以前からで、同好の士を持たなかった私にとって、彼はぜひともお近づきになりたい人だった。
 二年前の春、カバヤ食品が「ダイノワールド」という恐竜ものの食玩を発売したときだった。私はそのシークレット(といってもオープンタイプのものだった)が見たくてトンちゃんの店へ行った。整然と陳列された売場にたたずみ、私はシークレットさがしに没頭していた。その怪しげな光景を事務所のモニターで睨んでいたトンちゃんが、いたたまれずに飛び出して来たのである。
「よろしければ奥にセットにしたものをご用意してありますが」と、彼はいった。
 私は恐竜ものにはさほどの興味は無かった。ただシークレットがどんなものかをこの眼で確かめてみたかっただけである。が、その場で「いえ、結構です」といってしまえば、あこがれの人とのお近づきはかなわない。
 私は内心のためらいなどおくびにも出さず、眼を爛々と輝かせて奥へと案内されたのである。缶コーヒーをごちそうになりながら、私たちは初対面にもかかわらず一時間ほどオマケの話に熱中した。「いいおとながオマケに……」といううしろ暗さを含んだ者同士の親密な時間。私には三千大千世界にようやく知己を得たよろこびのひと時。
 チョコエッグに明け暮れている最中。私はお客さんから「セブンのオーナーはたいへいなコレクターである」と聞かされていた。また、彼も、そして彼女も、トンちゃんとの親交を誇らしげに語った。だから、私は彼と彼女のそれぞれに、紹介の労をお願いした。ところが、トンちゃんは彼も彼女もよくは知らなかった。どうりで、一向に紹介してくれなかったわけだ。
 私はこの彼と彼女を怨むものではない。有名人とのほんのちょっぴりの関係を、得々と、さらにはくどくどと語るお客を、私は嫌というほど見てきている。彼も彼女もこの仲間である。ただ、彼と彼女の不幸は、私が彼等の自慢話を聞き流さなかったことにある。あるいは、聞き流さなかった私が大人げなかったのかもしれない。人は好いけどいい加減なのが熱海の人なのだ。他郷の人よ、これは肝に銘じていただきたい。人は好いのだと。
 トンちゃんとはたいがい、メールでの情報交換や、私が店へ押しかけては缶コーヒーをごちそうになりながらのおしゃべりに興じている。ヒゲの濃いふたりが甘い缶コーヒーをすすりながら、膝つきあわせてのオモチャ談義。どこか異様ではないか? が、ともに夜間も仕事があり、なかなか酒酌み交わしての談論風発とはいかない。それでも、男同士は気楽なものよ。笑顔の裏で息をひそめる鬼の女房からの解放は、このひと時を措いてほかにない。

(写真解説)
 ダイノワールド(カバヤ食品)のシークレット「20・恐竜化石の発掘現場」大きさ95×105ミリ。右下の白いテンガロン・ハットがご愛嬌。が、これを手にした時には興醒めした。今は一文を付すほどのお気に入り。ホッとしますね。ギラギラしてなくて。
 

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