第13話  2003.06.01


『シークレット』―チョコエッグ・その3―

 チョコエッグの「旧弾」を売りに来た客があった。
 訪問販売を想像してもらっては困る。一応、彼女は当店やきとり万楽のお客様でいらしたのだ。
 彼女いわく「これから春さんのところヘ行くのだが、その前にちょっと見てはくれまいか」
 春さんとは私の先輩で、同業者(小料理屋)でもある。ガキの頃からの凝り性で、チョコエッグにはまる以前はクワガタにはまっていた。
 私は10センチを超えるオオクワガタが、一千万円という狂気な価格で取引されているという新聞記事を読み、度肝を抜かれたおぼえがある。「赤いダイヤ」は小豆、というより小豆相場のことで、オオクワガタはさながら「黒いダイヤ」とでもいおうか。春さんはこの小粒なのを幾匹か飼っていた。が、カネにはならなかったという。
 チョコエッグとの出逢いは、ご贔屓に重篤な保菌者がいて、それに感染したとの由。ご贔屓はレントゲンの技師で独り者、カネにものを言わせてネットのオークションで落としまくっているという噂だった。
 さて、件の彼女が持参した旧弾のなかに、ひとつだけ新弾(動物4弾)のシークレットであるキタダニリュウがあった。色がうす気味悪いので、欲しければゆずるという。訊けば「三千円」と、即座にうそぶくではないか。私は塩をまいてやろうかと思った。
 その後の春さんのことは知らない。ただ、それまで遠い存在だと諦めていた希少で高価なシークレットが、私の脳裏を占めるようになった。三千円は高過ぎるけど、その半分なら買ってもいいかという気分になっていた。
 そんな気分を奥底に抱え、私はかみさんと連れ立ち静岡駅地下街にあるショップを訪れた。
 むかし薬屋でただでくれたカエルの人形が何千円もしている、といってかみさんは目を丸くした。こんなもの誰が買うのかしら、とも。
 私はシークレットに釘付けになった。ひどく興奮し、動揺してもいた。これを目当てにわざわざ来たのだ。キタダニリュウ3種のほかにペット動物1弾のシークレット盲導犬3種もならんでいた。ところが、私の腹積もりの4倍の価格がつけられていた。
 もし、私ひとりだったなら、溜息をもらしただけで引揚げてきただろう。およそ、私は衝動買いをしないし、逡巡の末に売り切れになろうとも、めったに悔やんだりもしない。「少欲知足」はブッダ直伝であり、貧乏は骨絡みであった。
「買っちゃいなさいよ」と、かみさんがいった。
 私はわが耳を疑った。悪魔にでもそそのかされている思いだった。が、結局は三万六千円を払ってキタダニリュウ3種と盲導犬3種の計6個を買った。消費税分をまけさせたのは、酩酊の中にあって、私がかろうじて示した生活者としての抵抗であった。
 チョコエッグの熱狂はこの頃が頂点だった。それは山岳用語でいう「ニードル(針峰)」のような尖った頂点であり、以降、熱狂は斜面を転げ落ちるように終熄した。
(次号へつづく)

(写真解説)
 チョコエッグ日本の動物4弾のシークレット・キタダニリュウ3種。全高約7センチ。件の彼女が「うす気味悪い」といったのは左端。私には彼女のほうがよっぽどうす気味悪かった。
 

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