第15話   2003.06.21


『井上陽水』―怪傑ハリマオ―

 中学三年生の甥が、京都・奈良二泊三日の修学旅行から帰ってきた。土産にチョコレートをはさんだ「おたべ」を持ってきた。新作であるという。
「自分はなにを買ってきた?」と、問うと、
「なにも」と、涼しげにこたえた。
 聞けば「貰った小遣いを貯金して『真・三國無双3のトレジャーボックス(ゲームソフト)』を買う」という。また「二月に発売されたものだから既に新品はなく、ならばネットのオークションで落とそうかと、このところヤフーをチェックしている」ということだった。
 29年前の私は、清水寺の土産物屋で人目をしのび、当時人気アイドルだった浅田美代子のブロマイドを買った。それを楽譜のかたわらに置き、丸井のクレジットで買ったギターで「赤い風船」などをつまびいていた。
 ギターは当時の流行だった。学校には大別して拓郎派と陽水派の二派があった。女子と、進学校へ進んだ者とに陽水派が多く、運動部と、私のように学校のクラブ活動に背を向け自ら野球同好会を立ち上げた異端者とに拓郎派が多かったように記憶する。
 今にして思うのだが、タクロウこと吉田拓郎は、中学生の私にとっては文学だった。今日のタクロウは知らず、私が熱烈に耳を傾けた拓郎の歌には恋があり、友情があり、酒があり、社会に唾吐く意気込みがあった。テレビには出ないという彼の反骨を、私は支持していたのである。
 テレビに出ないのは拓郎だけではなく、人気を二分していた陽水もそうだった。これも当時の流行だったのかもしれない。
 学級に「陽水」と、ひそかに渾名された女生徒がいた。髪が「ちぢれっ毛」だったので、ちいさな声でそう呼んだ。大声を出さなかったのは、彼女は勉強ができ、美人であったからである。バカでブスならいじめに遭っていただろう。ガキとはかくも残酷で現金なのである。
 同級生に、この陽水に恋焦がれた幼なじみがいた。どうした弾みでそのような相談になったのか、ある夜、彼と私は陽水の下着を盗みに行ったのである。
 陽水の家は二階建て木造アパートの二階にあった。軒下には洗濯物が干されていて、その前を通るたびに、彼は身悶えていたのだろう。
 彼は私を見張りに立て、雨どいをつたってよじ登ると、からだをいっぱいに伸ばし、先ずは夜目にもまぶしい白いパンツに手をかけた。それをズボンのポケットにねじこむと、次にはブラジャーをつかんだ。が、思うようにはずれない。グッ、と力をこめた瞬間、彼はバランスを崩して落下した。大きな音を立ててしまった。
「逃げろ!」と、彼は鬼の形相で叫ぶなり、挫いた足を引きずりながら、手には生乾きのブラジャーを鷲づかみながら、一目散に駆け出した。
 今日、私はかみさんのデカパンを見ても茶柱一本立つことはなく、ヤフ・オク(ヤフーのオークション)のチェックにうつつをぬかしている。なんとしたことか……。

(写真解説)
 超人ヒーロー伝説2(コナミ)のレア・アイテム「怪傑ハリマオ」全高約13センチ。このオマケは井上陽水がモデルではないのか? と私は怪しんでいるのだが……。
 

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