第23話  2003.09.11


『2001.9.11』―WHO IS IT ?―

 その夜、私はいつものように店に立ち、焼鳥を焼き、皿を洗い、生ビールをつぎつつ客をもてなしていた。
 話題は、奇しくも公開されたばかりのハリウッド映画『パールハーバー』だった。
「アメリカ人は未だに日本人といえばカミカゼなのよね。日本人の私たちでさえ理解に苦しむカミカゼを、いったい彼等はどう理解してるっていうのかしら?」と、賢そうな女性客。
「フジヤマ・ゲイシャの類なんだろう。つまり日本を描くときの書割りなのさ」と、覚めた男性客。
 私は政治と宗教はもとより、この種の、ややもすればお客を失いかねない話題には、殊更、口をはさまないよう心がけている。
「マスターはこの映画観ました?」
「いえ。面白かったですか?」
「日本人には腹立たしかった」と、賢そうな女性客はいった。
 その折だった。ふとテレビに目をやると、黒煙を噴き上げる高層ビルが映し出されていた。その映像を、私は『パールハーバー』ではなく、スティーブ・マックイン主演の『タワーリング・イン・フェルノ』かと思った。
「えっ! なにこれ……」という女性客の驚きの声で、店にいた者は皆テレビに釘付けになった。
 映像は繰り返し放映された。黒煙を噴き上げる世界貿易センタービル南棟、それを視認しつつ低空で旋回し、北棟に衝突し火炎につつまれた大型旅客機。
「テロだ!」という客の声。
「戦争だ!」と、私は胸の内で叫んだ。
 これは大国アメリカに対するイスラーム原理主義組織の宣戦布告であった。それにしても、彼等に勝算はあるのだろうか? 当然、アメリカは国を挙げて報復するだろう。彼等はその攻撃をどう凌ぎ、どう反撃するのか?
 これが私の「2001.9.11」の感想だった。
 その後の展開はご存知のとおりである。アフガニスタンのイスラーム原理主義組織・タリバン政権は崩壊し、新たにカルザイ政権が誕生した。また、アルカーイダの指導者ウサマ・ヴィンラーディンの生存を信ずる者は最早あるまい。
 しかし、アフガンの戦火はやんではおらず、タリバンの残党などとみられるグループによる攻撃が激化し、つい先日までアフガン南部ではタリバン政権崩壊後最大規模の戦闘がつづいていたのである。新聞報道によれば、首都カブールには約30カ国からなる国際治安支援部隊(ISAF)約5,000人と、米軍中心の多国籍軍11,500人が駐留する。一方、一年以上前にはじまったアフガン国軍新規編成には、7万人の予定に対し6,000人しか集まっていない。衣食の足りている情況ではないにもかかわらずである。
 同士討ちを嫌ってのことなのだろうか? 改めて、ハンチントンのいう「文明の衝突」という歴史の公理を思う。アフガンおよびイラク戦争は、新米のアメリカ文明と千年の歴史を誇るイスラーム文明との衝突である。更にいえばプロテスタンティズムとイスラーム原理主義との闘いであり、一神教同士の内輪もめ、近親憎悪といえなくもない。
 私は日々焼鳥の煙に目をしばたたきつつ、酔払いの戯言に愛想笑いを浮かべ、時にこん畜生と思い、時に憐憫の情を覚える。実に十人十色だと知らされる。日本人同士でさえこの有様なのだから、海を超えての相互理解など絵に描いた餅であろう。ならば「理解できない。口をはさまない」という態度も理解の内である。

(写真解説)
 1/6ドール用ヘッドパーツ(?)。これには製造の刻印も商品名もない。よって「WHO IS IT?」とした次第。全高約5センチ。価格は300円ほどだった。

 

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