第24話  2003.09.21


『ネット・トレード』―百鬼夜行・その3―

 十年ワープロを使った。NECの文豪「M式」というやつである。キーボードが左右両方に別れていて、両手で打ち込む変わり種であった。一度として市販されているところを見なかったから、おそらく知る人なぞあるまい。マニアックな、きわめてマニアックな逸品だったのだ。
 先日、埃まみれのまま放置してあったそいつを、熱海市のゴミ焼却場へ持ち込んだ。往復40分の距離である。ところが「電器屋さんへ持っていくよう指示されています」とのこと。電器屋へ持ち込めばタダでは済むまい。仕方なくみずからの手で破壊し、分別ゴミとして始末した。改めて、モノのむなしさを知らされた次第。
 現在使用中のノートブック・パソコンに買い替えたのは五年前である。購入と同時にインターネットへの接続も果たし、友人たちからたいそうな歓迎を受けた。
「こちら側の世界へようこそ」などと、それまでの私を異星人あつかいした輩もあった。
 事実、その後もしばらくはアナログな仕事に追われ、デジタルなパソコンは机上の邪魔者であった。
 なんとか使用料に見合うだけの働きをはじめたのは、チョコエッグとの出逢いからである。オマケが私を新世界へといざなってくれたのだ。
 私はオマケやオモチャのホームページに片ッ端からアクセスした。さまざまな掲示板をのぞき、情報収集にうつつを抜かしてまったく飽きなかった。
 第3話で紹介した「俺たちチョコエッガー」。このホームページは関西在住の「HASE3」という方が運営されていて、最大の情報量を誇り(今日では「ゆーゆー本舗」のほうが上か?)、トレードも行っていた。各人が希望と提供するブツとそのレートを、例えば私2に対して先様1というぐあいに提示し、不特定多数である先様からの返信を待ち受けるのである。
 私のネット・トレードのデビュー戦は「百鬼夜行妖怪コレクション第2弾・鵺(ヌエ)」だった。先様の希望に応じた「鵺・彩色」と私の「鵺・金色・開封済」との1対1のトレードであった。
 はじめてのことなので半信半疑のままオファーのメールを送り、先様から「了解」とのメールが届いたときには、仲間入りできたというよろこびをおぼえた。誰でもがその仕組みさえ身に付ければ参加できるということは、文明の第一条件である。ただし、この文明には顔がない。欲望がデジタル記号に変換されて、電話線の中をひっきりなしに往来しているのである。
 ネット上でトレードが成立すると、ブツの交換となる。発送はたいがい郵便で、この部分はアナログな仕事に頼るほかはない。私はすぐにブツを送った。先様から「届いた」との知らせを受けた。また、私の送り先が分からないので知らせて欲しいともあった。
 迂闊であった。と同時に、先様もまた迂闊だった。なぜなら、私は封筒の裏にはきちんと差出人である私の住所をしたためてあったのだから。
 この迂闊な人のHN(ハンドル・ネーム)を「せいらパパ」という。私はその後トンちゃん(第10話・参照)と知り合い、せいらパパがトンちゃんのオマケ仲間だと知らされた。デジタルな世界になろうとも、人の世は摩訶不思議。縁は異なもの味なものというところか。

(写真解説)
 本文で紹介した「鵺・彩色」全高約6センチ。鵺とは源頼政が紫宸殿上で射取ったという伝説上の妖怪。その頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎に似て声はトラミズクを想わせたという。転じて、正体不明の人物やあいまいな態度を「鵺的」ともいう。それは買うか買うまいか思い悩んでいるときの己の姿か!
 

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