第30話  2003.11.22


『続・食玩』―ウルトラ怪獣名鑑・その2―

 ウルトラ怪獣名鑑・第1弾が発売されたのは、私がチョコエッグをはじめとする動物ものや、チョコラザウルスにはじまる一連の恐竜ものに飽きはじめた頃だった。
 それまで、ウルトラマンは私の記憶の底で眠りつづけていたのである。
 ウルトラマンの第1回テレビ放送は昭和41年(1966)7月17日。私はピカピカの小学一年生だった。以降、最終回(第39話・42年4月9日放送)まで、それこそテレビの前に釘付けとなった。
 当時まだ我家のテレビは白黒であった。が、私の記憶はカラーであるところからすると、東京オリンピックの年(1964年)にカラーテレビを購入した大家さんの家に上がり込んでは視ていたのだろう。
 ところが、どうしたわけかウルトラマンの印象はきわめて薄いのである。私は先に「それこそテレビの前に釘付けとなった」と書いた。これは嘘っぱちか?
 私は小説書きであるから大いに嘘をつづり、三つの真実にまさる一つの小さな美しい嘘に心血をそそぐ者ではあるけれど……。
 今回は早々写真解説に移る。

(写真解説)
 左・ウルトラ怪獣名鑑第1弾のシークレット「透明怪獣ネロンガ」全長約6センチ。ウルトラマン第3話「科特隊出撃せよ」に登場。ネロンガは電気を常食とし、普段は透明だが電気の吸収によって姿を現す。永い眠りから覚めたのも束の間、ウルトラマンのスペシウム光線によって木っ端微塵にされた。ちなみに、スーツ・アクターはゴジラで有名な中島春雄氏である。
 中・同第2弾のシークレット「宇宙恐竜ゼットン」全高約8.5センチ。同最終話「さらばウルトラマン」に登場。無敵のウルトラマン敗れる! 私はあまりの悲しみで、その後全少年の敵ゼットンが、科特隊の無重力弾で葬られた映像をまったく記憶していない。ちなみに、私は写真のフィギュアを2個手に入れた。うち1個は箱が開いた状態でスーパーの売場にころがっていたのである。子供の仕業だろうけれど、やはり、なんてったってウルトラマンでなくっちゃな、と微笑んだ次第。
 右・同第3弾のシークレット「誘拐怪人ケムール人」全高約7.5センチ。ウルトラQ第19話「2020年の挑戦」に登場。ウルトラQこそ今に続くウルトラシリーズの第1弾である。1966年1月2日から7月3日まで、全28話が放映された。私はこのおどろおどろしい白黒映像をなぜかよく記憶しているし、懐古趣味と相俟って、ウルトラQに登場する怪獣たちに格別の愛着をおぼえている。ちなみに、ゼットンをひきつれウルトラマンを斃したのがこのケムール人である。

 さて、私はつい最近「2020年の挑戦」を漫画(藤原カムイ著・角川書店)で読んだ。ウルトラマン同様、ストーリーはほとんどおぼえていなかった。だから、いかなるかケムール人を知ったのみで、なつかしさをおぼえることはなかった。さらにいえば、私の中のケムール人とは別物だった。
 また写真のウルトラ怪獣たちも、私の中のウルトラマンおよびその怪獣たちとは別物である。否、それらは私の中に眠る永遠の少年の相対化である。
 ユングのことばでいうならば「(永遠の)少年はまだ存在していて、現在の私に欠けている創造的な生命を持っている。しかし、どのようにして私はそれに至る道をひらくことができようか」である。
 ユング派の治療法のひとつとして、砂箱の中にさまざまなオモチャを置き、その時々の気分や世界観のようなものを情景として表現する「箱庭療法」と呼ばれるものがある。これによって自己の考えを明確にし、本来の自己に立返るのである。
 中年になって火がついた私のオモチャ道楽は、実にこのようなものである。であるならば、私はその成果を文学作品としてみずからに示さなければならない。
 

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