第4話  2003.03.02


『沈黙の掟』―東京トイフェスティバル―

 2003年2月23日東京国際展示場・東京ビッグサイト東1ホールにおいて 東京トイフェスティバル、通称「トイフェス」が開催された。残念ながら私は行くことが出来なかった。以下は友人からの聞き書きである。

  東京駅からバスで会場へ向かった。車内は少年、青年、中年の男ばかりの満員すし詰め状態。どの男の肩にも、まるで申し合わせたかのように脂ぎったフケがうっすらと降り積もっていた。ニキビと整髪料とタバコと腋臭と、ゆうべか今朝方の精液の青臭さとが入り交じり、口を開けているとそうした男の臭いに犯されそうだった。だから、鼻をツンと上に向け、必死に貞操を守っていた。(友人は四十代の主婦である。また、こうした催しへ赴くのは初めてだった)
 ふと、座席の青年に眼を落とすと、彼はしきりに、おそらくは無意識に、左右両方の爪を交互にかんでいる。腰までとどく長い黒髪をうしろ手で束ね、やはり、その尖った肩に脂ぎったフケを降り積もらせていた。
 彼の指は女性のように細長く、しなやかだった。が、無造作に爪をかむという小児性の悪癖のために、爪が指先に埋もれているように見える。そのちびれた爪を、彼はほじくるようにかみつづけているのだった。また、その合間にふと顔を上げ、長い吐息をもらしていた。偏執と完璧による自縛の縄をほどくかのような、狂おしい吐息だった。
 到着までの二十分間、彼の吐息が耳朶をかすめるばかりで、車内は異様な沈黙に支配されていた。
 トイフェス会場へ向かったのはほんの数人だった。ほかは皆「ワンフェス会場」へ雪崩をうって駆け出して行った。(ワンフェスとは、背中合わせに開催されたワンダーフェスティバルの通称。早朝五時の時点で二千人の行列をかぞえたという。ちなみにトイフェスは十人ほど)
 トイフェスの行列を探していると、前から八番目に知った顔をみつけた。聞けば、彼女は午前三時の始発に乗り、五時過ぎから並んでいるという。彼女もまたれっきとした主婦である。ご主人は友だちと二人でワンフェスの行列に着いているということだった。
 今日のお目当ては会場限定のソフビと、友人からたのまれた北原コレクションの五種セット。売り場が分からず後ろの列の女性グループに尋ねると「私たちそんなものには興味ありませんから、訊かれても答えられません」と、けんもほろろにあしらわれてしまった。ところが、いざ開場となると、知らぬはずの売り場に殺到したのは彼女たち。しかも『なんでも鑑定団』で一躍人気者となった北原照久氏に、サインをせがむは写真は撮るはであったから、まったく、開いた口がふさがらなかった。
「その殺到も、たとえば奇声を張り上げてバーゲンセールに群がるオバタリアンとは違うの。静かなの。矛盾してるけど、粛々と殺到したの。バスの中でもそうだったけど、沈黙の掟でもあるのかしら?」と、友人はいった。

(写真解説)
 友人にお願いしたトイフェス限定カラーの「北原コレクション5種セット」左からマツダオート三輪、クラウンの青と黒。手前鉄人28号・リモコン。後方鉄人28号・歩行。1500円で1000セットが販売され、また一人1セットの限定だったので、友人は二度ならび2セットを入手。ありがとうございました。
 

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