第43話    2004.04.02


『鳥インフルエンザ』―怪物くん―

 鳥インフルエンザの第一報は昨年末であった。年初に鳥肉の仕入れに行くと、多少値上がりしていた。
 それよりも、米国で発生した「狂牛病」により、米国産の牛肉が入ってこなくなるという話題で持ちきりだった。はたして、牛丼屋から牛丼が消え、当店やきとり万楽からも「しろ(牛モツ)」が消えた。ただし、牛モツ煮込みは健在である。これは焼きと煮込みでは違うモツを使っているからである。
 ちなみに、牛タンは3割ほど値上がりしたが、なぜか米国産のものが出回っている。当店ではカナダ産を使用しているが、五十歩百歩といったところだろう。
 鳥インフルエンザの発生でタイを中心とする東南アジアからの鳥肉の入荷が止まった。困ったのは加工業者であった。すべてとはいわない。輸入鳥肉は2キロパックの冷凍で入ってくる。卸価格は600円前後で、ブロイラーと呼ばれる国産生肉の半値以下である。
 私の友人の洋食屋では、唐揚げに安価な輸入物を用いている。しっかり下味をつけるので国産生肉と大差ない。ただし、私のようなプロの舌はごまかせない。輸入物は脂が少なくパサパサしているのだ。
 焼鳥のように、単純な料理に輸入物は使えない。使えば「あの店はまずい」ということになるだろう。あるいは、品下がる輸入物であっても客に「うまい!」といわせるのがプロなのかもしれない。無論、私にそんな腕などないから、高くても国産生肉を使うのである。
 ところが、国内の養鶏業者がとんでもない不始末をしでかした。その罪万死に値するのだが、本人は事が発覚すると早々に首つり自殺してしまった。
 敢て死者に鞭打とう。
 京都府丹波町で養鶏場を経営する浅田農産では、鳥インフルエンザに感染した鳥を百も承知で出荷した。これは暴落の情報をつかみ事前に売り逃げる株屋の手口であり、貯水槽に毒を流すテロリストの手口である。
 私は仰天し、即刻会社は取り潰し、責任者は死ぬまで刑務所にぶち込んでおくべきが妥当だと思った。だから、死ぬことはなかったのだ。しかも、糟糠の妻を道連れに。
 モラル・ハザードといわれて久しい。金儲けに血眼となるうちに、我々は「お陰様」という精神文化を蹂躙して省みなくなった。お陰様こそ日本の御本尊であり、それは共同体というかたちで以て顕現されている。だから、神社仏閣、祭壇仏壇に掌を合わせるだけが祈りではない。ゴミは分別して出す、隣近所の我慢を慮り大きな音をたてない、お年寄りやからだの不自由な人に席をゆずる、などといった日常の気遣いも、お陰様への祈りなのだ。
 他者に対する日常の何気ない気遣い。これこそが我々日本人の真面目である。
 大阪府立公衆衛生研究所の奥野良信感染症部長によると「一般の人が鳥インフルエンザに感染することはまったくといってよいほどない」という。
 鳥インフルエンザのウイルス自体は非常に弱く、熱処理や洗剤などによってすぐに死滅してしまう。また、日常生活で鳥から人へ感染する可能性は低い。タイやベトナムで鳥インフルエンザに感染した人は、ほとんどが鳥と濃厚な接触(鷄姦か?)のあった人たちであり、日本で注意を要するのは鳥を解体する人や養鶏業者、さらに感染した鳥の処分に当る人たちである。
 にもかかわらず、2月に入ってからの報道はどうであったか。テレビのニュースは養鶏場の消毒や、処理された鳥を袋詰めにし、穴ぼこに放り込む映像をこれでもか、これでもかといわんばかりに流しつづけた。
 これは「鳥肉を喰うとおまえらもこの鳥のように袋詰めにされて穴ぼこに放り込まれちまうぞ」という脅しと感じたのは、おそらく私一人ではあるまい。
 マスコミの軽佻浮薄・針小棒大はその特性でもあるから多少は目をつむらなければならない。目をつむりつつ、私はいつになったら彼等のドンチャン騒ぎがおさまるかと思っていたら、浅田農産の会長夫妻が縊死した途端にピタリとおさまった。両人の死はけして無駄ではなかったのである。
 合掌。

(写真解説)
 20世紀漫画家コレクション6・藤子不二雄Aの世界「怪物くん」(フルタ製菓)約12.5×16センチ。3種類そろえるとご覧のようになる。未知の細菌とマスコミが織り成した今回の「鳥インフルエンザ騒動」は、焼鳥屋にとってはさながら怪物の様相を呈していた。
※写真をクリックすると拡大します。
 

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