第45話    2004.04.22


『根性』―巨人の星・その1―

  昨年、物置を整理していたら『巨人の星・第2巻(講談社コミックス)』が出てきた。奥付を見ると「定価220円昭和43年12月3日第5刷発行」とあった。私が小学校3、4年生のときに買ったものだろう。私は作業の手を休め、それこそ読み耽ったのである(第32話参照)。
 私はこの元祖スポコン漫画を通読したいと思い、何度かヤフオクでの入札を試み、今年1月、ようやく全19巻を落札した。価格は3100円。これに送料・手数料を加算すると4180円となった。
 ちなみに第2巻の奥付(本体ではなくカバーに印刷)は「定価350円昭和51年12月5日第18刷発行」となっている。また版は全巻バラバラで、古書としての価値はない。だから廉価で落札できたのだろう。
 正月の慌ただしさから解放され、私はヌクヌクの布団にくるまり、一週間かけてじっくり読んだ。途中、何度か涙を流した。
 第4巻・236ページ。
 星雲高校の1年生エースとして甲子園大会に出場した星飛雄馬は、決勝戦でライバル花形満率いる紅洋高校に敗れる。が、長屋の住人はあたたかく彼を迎える。
「飛雄馬さん、あんたはりっぱだ! 真紅の優勝旗ってのを持ち帰ったよりあっしら感激しましたぜ。このお友だちからなにもかも聞いてよう……うぐぐぐ……」
 左門豊作率いる熊本農林高校との準決勝第2試合。左門の折れたバットを利き手の左手で叩き落した飛雄馬は、親指の爪を割るというアクシデントに見舞われる。その負傷をおしての決勝戦進出であったと、親友・伴宙太が告げたのだった。
「飛雄馬(太い字)……。あなたは東京駅を出発するときあたしにいったわね……。おれの甲子園での大活躍がテレビ中継されたら長屋の人たちに、あれはあたしの弟ですと、じまんしてやれ……と」
 そういって飛雄馬の手をとる姉明子の目には、既に涙があふれている。
「あたし飛雄馬がはなやかに勝ちつづけてもそんなこといえなかった。でも、宙太さんのお話を聞いていまいうわ」といって、くる! と振り返る明子。
「みなさん、この飛雄馬はあたしの弟……あたしのほこりです……」
 両手で顔を被い「う、うう……」と泣く明子。
 この瞬間、私も明子とともに泣き、飛雄馬とともに涙にくれ、
「泣け、泣け、泣くがいい。気のすむまで泣いたら……」というとうちゃんの胸に飛び込んだのだった。
 この姉と弟の母は貧乏の末に死んだ。父一徹は元巨人軍の幻の名三塁手だが、妻を死なせ、酒に溺れ、己を狂わせ、猶狂いつづけ、息子飛雄馬を鍛えぬく。涙の背景には、貧困、挫折、禁欲、努力、友情、誇りなどの総合としての根性がある。
 当時はいずれのことばも私の身の回りに存在した。四畳半一間に親子四人で暮す友がいた。祭になると、軍帽を被り白い浴衣を着てアコーディオンで軍歌を奏でる怪しい男たちを見た。苦学の末に定時制高校から国立大学へ進んだ近所のおにいさん。友情は日々の喧嘩で培われ、誇りは負けん気として常に背に負うていた。
 根性と聞いて胸を熱くするのは、野球少年たちが聖典と仰いだ『巨人の星』世代だけだろう。広辞苑によれぱ根性とは「その人の根本的な性質。こころね。しょうね」とある。が、私の解するところの根性は「不退転の決意で困難に立ち向かう勇気」であり、たとえドブの中でも前向きに死にたいとする志士(坂本龍馬)の気概である。更にいえば「滅びゆく者の美学」である。
 ただし、滅亡とは破壊であり、その破壊は創造のための破壊でなければならない。祖国の復興を信じ遠く南洋の空に散った若き飛行兵の悲壮に、私は根性の真義をみる。

(写真解説)
 ジョー&飛雄馬「血染めのボールと手紙」(ユージン)ボールの直径約2センチ。血染めのボールは、紅洋高校との決勝戦で花形に打たれたホームラン・ボールである。飛雄馬の投球に不信を抱いた花形は、ホームランが飛び込んだレフトスタンドへ行き手に入れたのだった。後日、彼はそのボールに手紙を添え、巨人軍の川上監督の許へ送った(第5巻・96ページ)。内容は「星の敗北は熊本農林高校戦での負傷が原因であり、もし負傷していなければ、勝負は逆転していたかもしれないのだから、巨人軍は星を入団させよ」というものだった。無論、聞き入れられるわけもなく、飛雄馬は入団テストによって栄光の巨人軍への入団を果たす。これぞ『巨人星』である。
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