第47話    2004.05.12


『恋文』―巨人の星・その2―

 『巨人の星』全編の基調は、第45話で書いたように「根性」である。これは「ストア主義」といってもいい。
 ストア主義とはストア学派の教説で、特にその道徳観を指す。克己、禁欲、義務観。感情に左右されず快苦に惑わず、毅然として運命に甘んずる態度をいう。
 主人公星飛雄馬はほとんどこの通りで、原作者の梶原一騎はストア主義を下敷きに飛雄馬像を創作し、父一徹をはじめ伴宙太、花形満、左門豊作、姉明子といった主要人物たちに、多分にナルシシズム(自己陶酔)というスパイスをふりかけた。
 また、ナルシシズムが極度に亢進し、その滂沱の涙に象徴される星と伴との友情は、同性愛者さながらの濡れ場を演出している。梶原に同性愛の性向があったか私は知らない。が、彼に極真空手の名誉段位が贈られたことを考えれば、力に象徴される男性の肉体にただならぬ思いを抱いていたであろうことは想像に難くない。
 さて、写真をご覧いただきたい。
 これは『巨人の星・第19巻』の207と211ページの絵を組み合わせて作られたガシャポンである。言わずと知れた「大リーグボール3号」と同時に「巨人の星」のクライマックス、それこそ手に汗握るシーンだ。
 先の大リーグボール1号も2号も、盟友伴宙太の協力により完成をみた。しかし、一徹により伴を奪われた飛雄馬は、己一個の力により第3の魔球、下手投げからの魔送球を産み出したのである。
 花形によって大リーグボール2号を打ち砕かれた飛雄馬は、ひとり球場を後にする。が、そこに書割りともいうべき涙はない。
「い、いま、おれは生まれてはじめてとうちゃんを、星一徹という男をにくみはじめているっ。おれをこんなにしちまった男を……」という激しい憎しみである。
 飛雄馬は憎しみを抱いて繁華街をさまよう。ハチンコをし、映画館へ入る。そこで竜巻グループと名乗るズベ公どもにいいがかりをつけられた左門に出くわす。ズベ公どもの用心棒が現れ大立ち回りを演じる。が、この喧嘩を止めたのは竜巻グループの女番長・お京さんであった。
 私はこのお京さんに魅せられた。
「星さんが……好き!」と、まっすぐ飛雄馬をみつめて告げた彼女の真摯な愚直に、私は酔ったのである。
 彼女はこの喧嘩の落とし前をつけるべく、親分の中の大親分・鬼怒川の組長の目の前で、みずから指をつめる破目になる。急を報され駆け付けた飛雄馬。
「ズベ公が愛を知って生まれかわるには、そのあかしをみせないとね」と、小指に当てられた出刃包丁に小槌を降り下ろすお京さん。
 その小槌めがけて飛雄馬の投げたインク瓶が飛ぶ。命中! が、落ちた小槌が刃にあたりお京さんの小指を傷つける。この傷つき曲がらなくなった小指をヒントに、大リーグボール3号は誕生したのであった。
 私の子供時分、伊東ゆかりが唄った「小指の思い出」とう歌謡曲がヒットした。梶原はこの歌をヒントに、大リーグボール3号の構想を練ったのではあるまいか。
 大リーグボール3号とは、「無敵ではあっても投手自身の血をすする吸血ボール。一球ごとに不自然きわまる酷使の負担が指にかかり、ひいては指のはたらきをつかさどる筋肉をむしばむ」破滅の魔球であった。
 伴との最後の対決を前に、飛雄馬は左門にこのことを手紙で告げる。そして、姿をくらましたお京さんを捜しだし、彼女を幸せにしてやってくれとしたためる。
 伴と、そして一徹との最後の対決を制した飛雄馬は、この時以来消息を絶った。「巨人の星」のエピローグには、左門とお京さんの挙式が描かれている。
 お京さんとはいかなる女性であったか? おそらくモデルがいたにちがいない。その女性をモデルに梶原の理想を肉付けしたのだろう。根性物の最後が恋文で締め括られたとは、なんとも男臭い話ではないか。

(写真解説)
 SRシリーズ・ジョー&飛雄馬「砕ける左腕」(ユージン)全高約6センチ。微に入り細を穿つというけれど、まさかこんな場面がガシャになろうとは……。企画者はよほどの御仁と御見受けした次第。ただし、造型が今ひとつ。できれば漫画の泥臭さを表現して欲しかったな。

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