第55話    2004.08.31


『赤い手・青い手』―怨霊伝説―

 私は桜ケ丘(現熱海市桜木町)で少年期を過ごした。近所には高い樹木におおわれた神社と小学校があった。低学年の折に開校20周年の記念の湯飲みをいただいた記憶があるので、旧い学校ではない。
 学校が建つ以前は田んぼだったという。
 さて、ここからは私たちの間でまことしやかに言い伝えられてきた学校の怪談、言わば「怨霊伝説」である。
 ある嵐の夜であった。
 ひとりの女が行き倒れた。ねんごろに葬られることもなく、女の亡骸は田んぼの底に沈んだままとなった。
「その場所というのがね、体育館の便所なんだ」と、紅顔の語り部はささやく。
 そこは昼なお暗く、猛暑の夏でもひんやりしていた。
 便所といって小便器の話ではない。密室となる大便器の話である。
「しゃがむだろ。するとね、じきに女の人の恨めしい声で『赤い手、青い手?』と訊いてくるんだ。『青い手』と答えればそれきりなんだけど、うっかり『赤い手』などと返答しようものなら……」
「しようものなら……?」
 私たちは顔を寄せ合い、固唾をのんで語り部のことばを待った。
「たちまち鮮血したたる赤い手が伸びてきて、くびを絞めるんだよ」
「ウソだ!」
 と言い、そう思うけれど、少年の逞しい想像力はやがて理性を覆い尽くし、鬱蒼とした怨霊の杜を出現させるのである。
 体育館の大便器でケツを出すバカなどいなかった。私は近所だったこともあり、家へ戻って済ませたことが一度や二度ではない。体育館であろうとなかろうと、学校の大便器はことごとく呪われていて、たとえ「青い手」と答えようとも無事では済まされない。
 読者諸兄もご存知だろうが、いたたまれずにクソでもひろうものなら、卒業するまで、否、卒業後も同窓会のたびに「あいつは学校でクソをひった」という理不尽な視線をそそがれる。
 同級生の一人に「赤い手・青い手」を恐れるあまり授業中にパンツの中にクソをひってしまった猛者がいた。以来35年、彼は未だに「もらち」と呼ばれ、呼ばれれば返事をせねばならず、それが嫌で同窓会には顔を出さない。
 また、休み時間に御鳴楽つきの豪快なビチグソをひり、蜂の巣をつついたような騒ぎを起こしイガグリ頭は、その名はとっくに忘れ去られても「朝グソ事件」として深く私たちの記憶に焼き付いている。
 怪談のはずが冗談になってしまった、か……?

(写真解説)
 怨霊伝説「No.5 四つんばい女」全高約7センチ(カバヤ食品)。
 夜間、N君はさびしい田んぼ(おー、ここでもか!)の中の通りをバイクで飛ばしていた。すると、前方に人影が見えた。「はて、こんなところでいったい何をしているんだろう?」その人影の前を通り過ぎようとしたとき、N君はそれが若い女で、しかも自分に向かって手を振っているのをみとめた。不審に思ったが関わり合いたくないN君はそのまま走り去った。
 しばらく行ってからである。ふとバックミラーをのぞくと、先程の女が追いかけてくるではないか! しかも四つんばいの獣のように。その時バイクの速度は60キロ。たちまち追いついてきた女は、走りながらN君を見上げ「どうして私を乗せてくれない」と、恨み言をのべたという。
 恐ろしさのあまり、ハンドル操作をあやまった哀れN君は田んぼの中へ……。幸い軽症で済んだものの、見舞いに訪れた友人にこの話を信じる者はなかったという。
 この「四つんばい女」のほかに「おいらん淵」「墓の下のトンネル」「ランニング幽霊」「追いかける看護婦」の全5種類。話はどれも「赤い手・青い手」の類だけれど、フィギュアは良い出来で、たいへん丁寧な仕事ぶりがうかがえる。1BOX(5個入り)で全種類そろうのもこのオマケの魅力である。

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