第82話    2005.10.09


『トイザらス』―ポン・デ・ライオン号―

 蔵前はかつておもちゃの問屋街だった。
 私の親友は高校卒業後、その界隈のおもちゃ問屋に就職した。王様のアイデアなどで売られているユーモア商品が主な取扱品だった。
 初夏のある日。
「クーラーを持ってきたぞ」といって、彼はかき氷の吊るし旗を持参したことがある。
 面白くてうれしくて、私は冬になっても「かき氷」をさげていた。
 彼は売残りやら見本やらと、たくさんのおもちゃをくれた。私一人ではなく、友だちの誰もがもらった。また、彼は番付を印刷しているところの社長と知り合いになり、一度、鑑札を借りて国技館へ相撲を見に連れて行ってくれたことがある。
 食堂では相撲博士の異名をとった元大関・旭国(大島親方)が、おそらくはおやつなのだろうチャーハンとラーメンをぺろりと平らげていた。
 天井桟敷では、ふんどしかつぎが束の間のデートをたのしんでいた。彼等は意外にもてるらしい。また世間並みの性欲も有し、当時は「トルコ風呂」と呼ばれていた吉原のソープランドの待合室で、何度か彼等と顔を合わせたことがある。
 今でもきっと、行けば彼等と出くわすだろう。が、蔵前にかつての活況はない。
「トイザらスにやられたんだ」と、親友はいう。
 トイザらスという、舶来の大型安売店の上陸により、既存の流通機構が破壊された。消費者にとっては有難いことではあったが、親友は職を失い、蔵前の風情は消滅した。また、街のおもちゃ屋が姿を消したのも、少子化のせいばかりではない。以来、トイザらスは私の敵となった。
 その敵と和解したのは十数年後のことで、おもちゃ集めにうつつを抜かすようになってからだった。

 はじめてのトイザらスは静岡県下の長泉店だった。幾度か人に場所を聞き、道順を尋ねて出掛けて行った。
 年明けで、クリスマスの在庫が出鱈目なほどの廉価で積み上げられていた。私はマクファーレンの「キングコング」を千円(定価は7,8千円だった)で買い、得意げになったのをおぼえている。
 その後もセール品を目当てに月に一度は出掛けていた。小田原、平塚、横浜、秦野、そして旭川の各店舗ものぞいた。
 が、足繁く出掛けたのも昨年までで、第51話『オタクの視線』をきっかけに、以降はすっかり足が遠のいた。
 理由はいくつかある。
 X-PLUSの大怪獣シリーズがドットコム(トイザらスのネット通販)で容易に買えるようになったこと。
 鉄人28号や鉄腕アトムといったオヤジ好みの商品の品揃えが激減したこと。
 最寄りの店舗(長泉、小田原)でもクルマで往復二時間はかかり、その労に堪えられなくなったこと。
 なにより、私の嗜好が変わったこと。
 トイザらスの商品は大勢を対象とする。その大勢に、私はそっぽを向きはじめたのである。通ぶっているのではない。希少に価値を置いたのでもない。ただ、大勢が鬱陶しくなったのだ。また、是が非でも欲しいというものが無くなりだした。
 ヤフオク市場は毎日のぞき、入札はたのしみではあるけれども、落札できなかったからといって落胆することはない。オークションはゲームであり、このことは以前にも書き、この頃はその感を強くしている。
 先月北海道へ行き、地元のトイザらスに立ち寄った。それが今年の口開けで、土産になにか買って帰りたいと思っていたけれど、結局、アイスクリームをひとつ買ったきりだった。しかも、あまり売れてないのだろう、霜が付いていてまずかった。
 そのまずさに行く末の寂しさをおぼえたのであった。

(写真解説)
 ポン・デ・ライオン号。全長約6センチ(ミスタードーナツ)。ミスタードーナツでドーナツ(肉まんもOK)を一個買うごとにライオン号を一個150円で買えるというキャンペーン商品。このほかに色違いのレッドと、ポン・デ・ライオンの万華鏡がある。ちなみに私の好きなドーナツはオールドファッション。二十年来の贔屓であります。

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