『桜の樹の下で』―ウルトラ怪獣戯画―
先日、桜の名所としてつとに名高い上野公園へ花見に出掛けた。といってわざわざ出掛けたわけではなく、アメ横での用事のついでに寄ってみたまでのことではあった。
アメ横へは年に何度か食材の仕入れに行くけれど、道路一本隔てた上野公園へ足を向けたのは何年ぶりだっただろう……。
おそらく、出版社に勤める友人に、その出版社の花見に呼ばれて行ったのが最後かとおもう。十年だ。
総勢十数人。山男の友人がハッスルしてこしらえたチーズフォンデュウを囲んでの宴だった。が、冷えて鍋にこびりついたチーズを落とすのに苦労して、以来、チーズフォンデュウは宴の席には登場していない。
ちなみに、私はその折はじめてチーズフォンデュウを口にした。友人は社内に意中の娘がおり、いじらしい下心を秘めてのチーズフォンデュウだったのだけれど、その後あえなくふられちまった。花に嵐の思いであったろう。
かみさんと二人、私は上野の幻想的な桜吹雪の中を歩みつつ、山男の友人のことを想い起していた。
花見の後、彼は出版社を辞めた。アルバイトをしながら夜間専門学校に通い鍼灸師の資格を取得した。就職も決まりさてこれからという矢先に母親がガンに冒され、さらには親戚間のトラブルに巻き込まれ、現在は思うにまかせずにいる。山へもしばらく行っていない。
およそ自分の思い通りに行かないのが世の中だけれど、悲しいかな、それを受け容れるのは至難の技である。
こんなお話をご存知だろうか?
昔、東洋のとある国の王様が、人間の歴史を勉強したいと思い立ち、学者に命じて『人間の歴史』を綴った本をつくらせた。
学者は20年かけて百巻の書物に仕上げたが、王様にはとても百巻もの書物を読む暇がない。
「もう少しみじかくしろ」
学者はさらに10年を費やし百巻を十巻に要約した。が、命じてから既に30年。王様は年老いていた。
「これを一冊の本にまとめよ」
その3年後。臨終の床にあった王様を、一冊の本を手にした学者が訪ね、王様曰く。
「それを一行にして、今すぐここで聞かせてくれ」
学者黙考して曰く。
「人間は生まれ、苦しみ、悩み、そして死にます。王よ、これが人間の歴史でございます」
それを聞きおえると、王様はにっこり笑い、しずかに息を引取った。
この話の出典はインドあたりだろうか? 釈迦は「生、病、老、死」の四苦を説き、一切皆苦ともいった。
梶井基次郎は「桜の樹の下には死体が埋まっている。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないじゃないか」と書いている。苦しみ悩んだ果ての死体を桜はその根は抱きかかえ、液体を吸い上げ、爛漫たる春を装うているという。
悲しいほどに美しい上野の桜は、おおかた彰義隊の屍が咲かせているのだろう。
井の頭公園では今年から花見が規制された。若者の傍若無人ぶりに業を煮やしてのことだという。
喧嘩、立ちしょん、一気飲み。元気のいいのは裸で池に飛び込んでみせる。
飛び込みといえば、阪神タイガース優勝の折の道頓堀川への飛び込みも禁止された。あろうことか周囲には有刺鉄線まで巻かれた。バカか、である。
飛び込んで死ねたら本望だろう。彼はまさに苦悩多き人生の、ほんのわずかなたのしみの、しかも絶頂に在る。死なせてあげたらいい。死にたくない奴は飛び込まなくなるのだから。
桜の樹の下には死体が埋まっている。これは信じていいことなんだよ。
(写真解説)
ウルトラ怪獣戯画シークレットの「ゴメスとリトラ」全高約8センチ(バンダイ)。怪獣名鑑が終了しヤレヤレと思っていたらお次は戯画ときたもんだ。が、私は手を出さない。これは右奥との情報があり、試したところ的中したまでのこと。ビギナーズ・ラックではないけれど、こんなことは滅多にないんだ。
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