第96話    2006.04.24


『言霊の幸はふ国』―幕末サムライ・薩長同盟―

 敷島の大和の国は言霊の幸(さき)はふ国ぞ真幸(まさき)くありこそ

 万葉集巻13・254。柿本人麻呂の反歌。
 ことばの持つ神秘的な力を言霊(ことだま)という。日本の国はこの言霊が幸福をもたらしてくれる。

 雨降る日曜日。一人友人の父親の訃報に接し弔問。
 寺の住職ゆえ相当数の弔問客が予想される。ならば通夜の前に伺おうと、朝のうちに家を出た。  山伏峠から修工(静岡県立修善寺工業高校)まではいわゆる裏道である。私は在学中この道を何度かオートバイで駆け抜けた。もちろん校則違反である。見つかれば停学処分を受けたかも知れない。
 当時は山伏峠までの道が未舗装で、学ランが埃だらけになったのをおぼえている。今日では全面舗装され、さらには拡幅工事が進められ隔世の感がある。
 しかし、峠を越え修工までの道は、まったく私の記憶のままだった。
 三十年。私は道に迷うことはなかった。濃い霧のせいもあったのだろう。私はまるでタイムトンネルの中を走行しているかのような、不可思議な空気に浸されていた。

 甲子園へ行きたい。ただそれだけのために私は修工へ進んだ。が、肘の故障もあり早々に断念。その後は自暴自棄となり、二年の秋には家出までしでかした。たまたま帰宅途中に出くわした先輩に誘われるまま、一週間ほどほっつき歩いたのである。
 上野へ行き、映画館で一晩明かした。安藤昇主演の「わが逃亡とSEXの記録」あるいは「実録安藤組・襲撃編」か安藤昇監督の「やくざ残酷秘録・片腕切断」が併映されていたかもしれない。
 こんな映画を夜通し観てたわけだけれど、ヤクザになろうなどとは夢にも思わなかった。
 ただ、家出の終りはヤクザの登場だった。詳細は忘れてしまったが、不良少年同士のトラブルがあり、そこへ啖呵を切って登場したのが戦闘服(特攻服か?)に身を包んだヤクザだった。しかも私より六歳年長の近所いたガキ大将で、ともに野球をして遊んだ仲良しだった。
「バカヤロー、こんな所でなにやってんだ!」
 私は一喝された。
 
 カタギに戻り学校へ行くと、授業中にもかかわらず生活指導の教師に呼びだされ、家出の仔細を尋問された。
 私はヤクザ、否、幼なじみに一喝され目が覚めたことなども話したのだけれど、教師はあきれるばかりで、結局は何のお咎めもなく、その後の修学旅行にも参加できた。私はヤクザを口にしなければ、きっと停学処分を受けていただろうと思ったし、今でもそう思っている。
 ヤクザとはそれきりで、噂を聞くこともない。

 弔問した友人は修工の同級生である。卒業し、共に上京してからは親友と呼べる仲になった。現在は東京都町田市に女房と二人の子供と舅の五人で暮している。
 寺を訪れたのは十五年ぶりだっただろうか。その頃は先立たれた母親も元気で、前の畑で採れたキュウリやらトマトをふるまわれた。だから、きまって夏に訪れ一晩泊めていただいていたのだ。
 友人に会うのは一年ぶりだった。が、友だちとはまことに有難いもので、ゆうべもこうして膝をくずし、隔てのない語調でおしゃべりをしていたかのようになれる。側に父親の亡骸が横たわっているにもかかわらず。
 その父親から、私は「和顔愛語・わげんあいご」を諭された。
 友人と口論となった翌日のことで、その言葉が寺を継がれた友人の兄の筆でしたためられ、玄関先だったか床の間に掛けられていたのをおぼえている。友人の両親の人柄のままの言葉に、私は言霊を思ったものである。

(写真解説)
 幕末サムライ・薩長同盟・全7種+シークレット1種(ブルボン)。左から西郷隆盛、大久保利通、坂本龍馬、中岡慎太郎、伊藤博文、高杉晋作、桂小五郎。龍馬の後の女性がシークレットのおりょう。よくできてます。殊に晋作のザンギリ頭は傑作です。
 
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