碧うさ冒険記 -第3章(運命編)-


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〜 第1話「ここから」 〜

 青うさぎ村・・・。ここは青いうさぎたちが日々を過ごす未知な世界。人間界、妖精界、クリスタルランドとも違う異なる空間で確実に存在している。
 もともと青うさぎは争いを好まない。戦いのない世界だからこそ武器も必要もなく、戦いに対する心も必要はなかった。そんな青うさぎ達の生活に異変が起きた。
 いつの頃からか、空間より別の次元から迷い込んできた侵入者が現れ始めたのだ。ただ逃げ惑う事しかできない青うさぎ達を容赦なく攻撃する怪物たち。次第に村は衰退の一途をたどっていった・・。
 しかし、この状況を打破するために立ち上がった青うさぎもいた。「ナデシコ」「リンドウ」「バイカ」の三名は、特別に授かった個々の能力を発揮し、見事に村を救うことになったのだ。
 この一件以降、村には役場が設けられ統治者の変わりに怪物を退治するための「部隊」を編成し警備や哨戒に努めて村を守ることとなった。
 時は経ち、次第に手ごわくなる怪物に苦戦し始めた役場軍を見かねて独立部隊として活躍していた「オウカ」が村にとらわれない自由な戦力を提唱。後に13名からなる戦闘集団「ブルー・クローバー」の骨子を作り上げる。
 その意志を引き継いだロットが初の13衆隊長として大いに村の保全に活躍をし、ロット亡きあともメンバーであったコスモスが第2代の隊長として村を守り抜いた。
 終わらぬ戦い、そして脅威。舞台は3代目へと語り継がれていく・・・。。



「あ、起きた?」
「う〜ん。もうお昼じゃん、寝坊しちったよ」
「いいよ、まだ寝てても。昨日の今日じゃ疲れはとれないからさ」


 半分夢の中にいる碧うさを気づかうのはエプロン姿のコナギ。碧鱗の王国が無くなり、青うさぎ村に帰ってきた碧うさに待ち受けていたのは過去最大の試練だった。
 次期13衆の隊長に推されることは分かっていたものの、実力がまったく伴わなければ仕方がない。正式な引継ぎには前隊長であるコスモスが認めなければならない。
 ・・・運命だと思っていた。ロットが死んだあの日から。碧鱗の王国に行き、そして自分が村を完全に元通りにするという役目を。
 茨の道を選んだ碧うさは、これから先の相棒となる自らの武器を探しにうさぎ谷へと行ったのだ。ここは青うさぎの神々が眠る土地と言い伝えられ、幻の神具が隠されているとされていた。
 兵舎で待っていたコナギは心配でオロオロしたものの、本人は見事に『それ』を持ち帰ってきたのだ。

「起きるよ。明日だもんね、コスモスくんとの対決は。負けられない」
「元隊長は優しいけど、それを強さに変えてくる。でも絶対に勝って新しいブルークローバーを作ろう!」


 手に取った神の落し物『ロード・オブ・ラビット』。碧うさはローラと名づけていた。一見は一対のただのニンジンキャンデー。コナギもこれを持ってきた時はビックリした。しかし、よく見ると二人にも分かった。すさまじいまでの溢れ出るパワーと優しさ。きっと碧うさはラッキーで見つけたのではなく選ばれたのだと、コナギは思った。

 夕暮れにさしかかり、コナギは家事を終えひと段落着くと依頼をこなしに向かった。ブルークローバーとしての活動はできないものの、村への知名度は前13衆が十分に広めてくれた。
 まだまだ収入の乏しい状態であるため、コナギは自分だけでもできる依頼を受けてはこなしていたのだ。食べさせてもらっているという劣等感を捨てられるのは、明日コスモスに勝つことで正式にブルークローバーと名乗る事ができる。
 それが一番の恩返しと思っているからだ。碧うさは陽の沈む山を見つめていた。

「ロットとキャロちゃんも同じ景色を見てたのかな。今はあたしとコナギちゃんだけの兵舎、ブルークローバーをこんな気持ちで立ち上げたのかな」

 すっかり大人になった碧うさはロットに真似て前髪を垂らしてみた。何もロットになろうとは思わない。でも、意志だけは持っていたい。表に出していたい。
 碧鱗の王国に行く前に見た凄絶な母親の姿。忘れられるはずもなく、今もなお鮮明に覚えている。とにかく色々な事を思い出しては一つ一つ整理をしていた。
 自分は全てをかき消せるほど強くはない。仲間に支えられなければ生きていくことさえできない。そこを十分に理解して頼って頼られて生きていこうと誓っていた。

「あ、わざわざ出迎えてくれたの?」
「え?あれれ?もうそんな時間か、なんか真っ暗だね」
「あっきれた。ずっと立ちっぱですか・・・」


 碧うさの笑っちゃうほど一途なところがコナギは大好きだ。自分がクローンだということをまったく意識しないのも当然ながら、一うさぎとして好きすぎるのだ。
 でなければ好きこのんで二期も続けて13衆になろうとは思わない。碧うさを全力で補佐することを胸に秘めていたからこそ、頑張ってこれたしここからが本番とも思っている。
 二人の心は言葉を交わさずとも一致していた。

「お待たせー」
「お!?これは青ニンジンのスープですかい?ゲンがいですな〜」
「ふんぱつしてみた。わたしにできるのはこんな事くらいだからね」
「コナギちゃん。あたし、ここをもっと賑やかにするよ!」
「早くも勝利宣言ですか?頼もしいですな、ほっほっほ」
「きっとコスモスくんは手加減なんてしないと思う。だから、あたしも本気で行くよ!いきなりね」
「そうだね。きっと勝てるよ」


 この晩は一緒の布団で寝た。今までも一緒の部屋だったので離れていたわけでないが、寝つきを心配したコナギが申し出ていた。しかし、いらぬ心配。碧うさは数分であっさりと熟睡、大物っぷりを再確認してコナギも寝ついた。

 運命の朝がやってきた。軽い準備運動をしただけで碧うさはローラを携えて約束の場所であるオウカの丘にやってきた。考えてもしょうがない、全てをぶつけるのみ。コナギもほどなくしてやってきた。

「毛ヅヤもいいね、調子はいいみたいね」
「まあね。よく寝たから」
「確かに」


 余裕ある談笑を交わしていた碧うさだった・・・が、それはいきなりやってきた。遠くからだけど激しく苛烈に放たれている闘気。光でもない闇でもない、正真正銘の『個』の武力。存在する気である。
 否応にも碧うさの毛が逆立つ。

「や、待たせたね」
「ご無沙汰、コスモスくん」
「いい面構えだ。これから起こることが分かっているようだね」


 碧うさも勘付いていた。自分もいきなり行こうと思っていたが、コスモスもまたいきなり来ると。しかも殺すと言わんばかりのありったけの一撃を放り込みに。
 だが作戦に迷いはない、もう始まってしまったのだから。

「碧うさちゃん、コナギちゃん、お久しぶりでございます」
「アジサイさん?」
「ええ。コスモス様の補助でやってまいりました」
「どっか悪いの?」

 コスモスは前13衆として果敢に隊長という職を全うした。結果、戦死者0という最高の戦歴を残したものの全員が全員無事でいられたわけではない。
 今なお入院している者もいれば、コスモスのように全身傷だらけになった者もいる。アジサイもまた、祈りの啓示により両目の視力を奪われていた。元々察知能力は高いので私生活には問題はない。

「手負いだなんて思わないでね。オイラはね、碧うさちゃん殺すつもりで行くから」
「誰がやられるもんか。ロットならまだしも、その弟子になんぞ負けはせんわい」


 コスモスの挑発も啖呵をきって難なく返した。その瞬間、辺りは一面の草原に変わった。

「イレイサー!?」

 コナギもアジサイも十分に分かっている。共に戦ってきたからこそ、近いところで見られたからこそ理解できるこの技の恐ろしさ。幻惑でもなければ魔法でもない。
 幻でもないのに見えない。この現実との微妙な空間をコスモスはさらに昇華させていた。

「爽やかな風・・。心地いいほどに危険だよね」

 完全な死角から襲い掛かったコスモスだったが、渾身の一撃を叩き込んだにも関わらず碧うさはまるで見えていたかのように真正面から受けきった。当然、コナギやアジサイには見えなかった。ただ広い草原に一人で立っているようにしか感じていない。
 あまりのきれいな防御にコスモスは一瞬目が泳いだ。なめていたわけではないが、初めてだったのだ。

「あれが見えてますの?」
「イレイサー・・」
「え?」
「オイラと同等の気配消しを使ったのさ。それでプラマイ0ってわけさ」
「あたしは弱い!でも、弱いからこそ伸びる技もある」


 成長した碧うさの姿にコスモスは安堵の表情を浮かべた。

「碧うさちゃん、ロット隊長の意志を受け継ぐ覚悟はあるかい?」
「関係ない!あたしは青うさぎ村を守るために戻ってきたんだ!!」
「小細工無用。オイラのキャロットロンで碧うさちゃんを絶つ」


 これから碧うさは相当な運命に翻弄されながらも生きていくだろう。この戦いが、そのためのほんの少しでも和らげる助けになればとコスモスは思った。
 手に持ったトンファーが次第に真っ赤に染まっていった。

 碧うさはソレを始めて見る。コスモスは初代13衆の中では最も気さくであり、優しさを持った一員だった。いつも兵舎に入り浸っていたチビの頃からよく知っている。
 そのコスモスがこうもキッカのように闘気を前面に押し出してくる姿さえ想像もつかなかった。ましてや、磨きに磨き上げた武術がこれほどのものだと言うことを思い知らされる。
 13衆の隊長というのはこういうものだというコスモスの無言の意思表示だ。

「血すり十字・・・」

 コスモスがまたもイレイサーを使うと、碧うさも合わせて気配消しで応じる。だが今回は何かが違う。さきほどは完璧に見切ったはずの一撃が間一髪で防御が遅れ、まともに打撃を受けて吹っ飛んでしまった。
 碧うさの頬は早くも血で染まり、口から砕けた歯を吐き出した。

「痛つつ・・・」

 碧うさがよろめきながら上体を起こすと、その目線にはトンファーをクロスして仁王立ちするコスモスがいる。攻撃した相手の血をすするが如く、そのトンファーは赤みを増していた。
 ようやく立ち上がりローラを構えると、またもやイレイサーを使うコスモス。今度はタイミングを合わせようと集中する碧うさだったが、またも間一髪のタイミングでぶん殴られた。
 口の中も切っており、もはや喋ることさえ難しい。その代わり無い頭をフル回転させて謎を解こうとした。

「やっぱり一筋縄じゃいかないね」
「ええ。コスモスさんの血すり体術は一般の武人では予測の範囲外。ただ殴られて終わりでございましょう」


 打たれ強さは一級品。碧うさもコスモスの容赦ない攻撃に怒りは心頭にきていた。だがそれ以上に、手が出ない自分に対してを一番責めていた。こんな事で終わる隊長はチャンチャラおかしい。やはりコスモスには感謝せねばならない。何とかヒントだけでもと思い、再度ローラを身構えた。

「女の子の顔に何度も攻撃するのは忍びない。でもオイラはあえて攻めるよ、碧うさちゃん」
「ひゃれるものひゃら・・ひゃってみろ!!」


 血をにじませながら、なおも迎える碧うさにコスモスはまたもやイレイサーを使った。本来ならばここで終わることが多いのだが、コスモスは碧うさの本当の恐ろしさを垣間見る。
 さっきまでと同じように、イレイサーを使うと同時に風水の力を利用し一瞬だけ足止めをする。そうすることでタイミングやバランスを崩させ、防御を難しくするという合わせ技。
 だが、今回たまたま足元がグラついていた碧うさは防御直前に地面と足が離れてしまったのだ。そのために小地震の影響を受けずに防御に成功した。

「ああ・・にゃるほど。足元ねぇ、離れてれば問題ないわけか」

 ラッキーで気づいた碧うさは致命傷になる前に打開策を見つけ出した。それからはと言うもの、天性の運動神経とすばしっこさで受ける直前に小さくジャンプする事を徹底し、猛攻をかわす事に成功した。

「さすがとしか言いようがない。見た目以上の成長っぷりだ」
「反撃、いくよ」

 攻守逆転。碧うさの持つロード・オブ・ラビットは、ある程度の時間が経たなければ完全な武器として成立しない。地に眠るウサンを十分に与えることで、本来の姿を取り戻す。
 見た目はただの大きなニンジンキャンデー。だが、みるみるうちに透明な刃先が現れはじめ長い槍と化していた。

「もしそんな物を使いこなせるのなら、13衆を託すこともできる」

 コスモスは唾を飲んだ。と同時に真上から一直線に空を覆うような衝撃が襲ってきた。ギリギリかわしたつもりだったが、左足を負傷した。もはや絶句としか言いようがない。
 でも逃げるわけにはいかない。碧うさの全てを見届けなければここに来た意味はない。

「本当にすごいな。でも、まだ足りない!オイラたちが守ってきた村に対する覚悟が!!」

 動きは半減していてもなお碧うさに突っ込むコスモス。足に怪我を負ったせいで風水の力を発揮することもできず、リーチでも負けている。そのうえスピードも。
 それでなお果敢に挑むのはコスモスの意地。一度は死んでいたにも関わらず、思いがけず碧うさに救ってもらった命。ここで返さなければいつ返す。全身全霊で当たっていった。

「あたしの・・・勝ちだよー!!」

 2本のローラがコスモスを思いっきり吹き飛ばした。意識はあるようだが、ぶつかって止まった先でコスモスは動けなくなっていた。
 ハッと我にかえった碧うさは慌ててコスモスに駆け寄った。

「コスモスくん!大丈夫?」

 上から覗き込む碧うさ、しかしそこにあったのは決して安堵できる表情ではない鬼のような形相のコスモスの顔があった。まだ終わりではないと言わんばかりで睨み続け、ようやく体を起こすやいなや勢いで碧うさのむなぐらを掴み投げ飛ばした。

「大丈夫?何を甘いことを・・。オイラは殺すつもりでやってるんだ。なんで止めをさしにこない!」
「そ、そんな事・・・。できっこ、ない」


 ボロ雑巾のような姿になりながらも、前へ出るのはコスモスだ。アジサイもコナギも自分に力があれば完全に止めているだろう。だが、二人とも先の大戦で戦力を失っている。
 神より休暇を与えられたアジサイに、ビームランドセルを大破させてしまったコナギ。碧うさとコスモスの殴り合いをボー然と見守ることしかできない。とても辛い。

「敵はね!こんな甘っちょろい奴ばっかじゃないんだよ!?この村を潰すため、何度も何度も立ち上がっては攻めてくることだってあるんだ。そんな時に君の心が揺らいだら、君の判断が少しでも遅れれば、友も仲間も村をも失うかもしれない!オイラに変身して襲ってきたりするかもしれない!!」

 ヨロヨロと前へ進んでは碧うさをトンファーでたたき続けるコスモス。すでに力がこもっているのは言葉のみ。碧うさは悩んでいた。

「失うのはイヤだ」
「ならオイラに止めをさすんだ!!でないと、死ぬまで殴り続ける」


 自分でも思っていなかった強力な武器。闘う前は内心負けるかもしれないと思っていたほどだった。しかし、結果は大人になった碧うさのポテンシャルがコスモスを上回っている。それはそれでいい。ただコスモスは分かっていたのだろうか、こうなる事が。執拗に決着を求めている。自分に教えたいのは本当は戦闘などではない、別のところなんではないだろうか。

「大人って難しいなぁ」

 今日初めて碧うさは大粒の涙を流した。泣き虫だった子供の頃は思ったことや考えたことはすぐに実行に移した。周りが助けてくれたからだ。
 これからは自分が助けていかなければならない。そのための試練?

「分かってきた顔してるね。オイラももう限界、さあ新しい一歩を踏み出すんだ」
「ずびばせん・・」


 涙に加えて鼻水も垂らし始めてきた碧うさはクルッと後ろを向いて歩きだした。

「コズモズぐんは・・ぜんぜーです・」

 碧うさのローラが横一文字に煌いた。

「おめでとう、今日から君が13衆の隊長さ」
「あ・ああ・・」


 トンファーもろとも腹を両断されたコスモスはその場にヘタりこんだ。その瞬間にアジサイが合図を送ると、木の陰から白衣を着た青うさぎが颯爽と現れた。

「急いでください、ツバキさん!」
「任せてください。隊長、動かないで」


 慣れた手つきで消毒と縫合をこなすツバキ。あっと言う間に止血も完了していた。歴戦の軍医となったツバキがコスモスの指示で待機していたのだ。

「もう、そっち行っていい?」
「応急処置はできました。隊長も喋れますからどうぞ」


 周りにはものすごい挙動不審に映っただろう。しかしそうなるのも道理なのだ。自分の手によって初めて相手が怪我をしている。今になって怖さが溢れ出てきているのだ。
 だが、先ほどと違いコスモスの顔は多少青白いものの優しい顔に戻っていた。少し安心した。

「ありがとう、碧うさちゃん」
「何言ってんの、もう!すごいイヤだったんだから」
「ヘヘ、こうでもしないとね。でも思った以上にセンスがあるよ、切られた傷で分かる」


 コスモスは正式にブルークローバーとしての碧うさを認めた。これにより、13衆の魂は碧うさへと引き継がれ新たな時代が始まるのであった。
 コスモスはツバキやアジサイに付き添われ、ベッドに寝かされた状態で碧うさに近づいた。

「オイラも傷が癒えたらきっと君たちの力になるよう努力する。だからそれまで、もっと頼もしい仲間を集めて13衆を作りあげるんだ」
「でも、あたし昔っからこれと言った交友関係ないし。仲間なんてどうやって見つけたらいいか」
「う〜ん。一応メンバーは現13衆のみで集めることが規則だからね。オイラじゃ力になれないや」
「うん。でも頑張るよ!お大事にね」


 自然な形で並んだ新世代の13衆隊長の碧さうと副隊長のコナギ。いつまでも見送っていようと認めてくれた3人に感謝をしていたその時だった。

「オイラだったら原点に戻ってみるかなー!」

 大声をあげたコスモスに、傷が開くと焦っていたツバキが遠くに確認できた。

「フフ・・」
「アハハ!」


 二人は顔を合わせて思いっきり笑った。





〜 第2話「神と悪魔と兎」 〜

 「間違いないのか?」

 コスモスが碧うさに13衆を託したのを見届けたのち、アジサイはクチナシと共に「オウカの木」こと大きな桜の木の下にやってきていた。このオウカの木は13衆のシンボルのような存在でありつつも、あの暗黒王サザンカを封じているという大役も務めている。まさにオウカの精神が宿った大木だ。
 しかし、ここのところ様子がおかしい事にアジサイは気づき始めていた。

「サザンカの悪意が消えています」
「成仏しちまったのかもしれねーぞ」
「いえ・・。まるで抜け出た、あるいは出してもらったかのような跡を感じます」


 今までの異変をダアクの暗黒パワーとの関わりが深いと思っていたアジサイにとって、年々サザンカの力が弱まっていくことは良いことだと決めつけていた。
 しかし、神となり代わり果てた師匠ナデシコの手によってダアクが消え去った後もしぶとく残っていたサザンカの気配。それがこのタイミングで完全に消えてしまうのは只ならぬ事態だと踏んだのだ。

「となると、再びサザンカの脅威におびやかされるのか。この村は」
「一概には言えませんが万全の備えは必要でございましょう」
「なんてこった・・。碧うさは神と悪魔の両方を背負わなければならんとは」


 確かにコスモスを筆頭とする次世代13衆は欠員なく終戦を迎えることができた。だが、みなが五体満足で帰還できたわけではない。今なおカゲツ、ヒナゲシ、スズラン、コデマリ、アヤメ、キキョウの6名がツバキの病院で集中治療を余儀なくされている。コスモスは先ほどの戦いで重症、ローズは国を心配し故郷に帰ってしまった。
 コナギを除くと実にクチナシ、アジサイ、ツバキ、ホオズキしか動けるものがいないのだ。

「俺が行くしかないな」
「クチナシ様・・」


 青うさぎ村には「最果て」と呼ばれる聖地がある。伝承によれば、そこに辿り着いた者は願いをひとつだけ叶えることができるという。この話はどこの家庭でも話され青うさぎにとってはメジャーなおとぎ話ではあるが、当然辿り着いた者の話は聞くことがない。道などはなく、ただ延々と進むだけの行程。誰も興味を示すはずもない。

「こんな眉唾な話にすがらなければならん時が来たというわけだ」
「ですが・・・ハッ!」


 そう話し込んでいる最中、木陰から二人を狙う刺客が突然襲い掛かってきた。いち早く気配を感じたアジサイだったが、回避動作が遅れてしまった。

「アジサイ!」

 クチナシは咄嗟に片翼で守ろうとするも数が多すぎる。翼の間を縫って襲い掛かる刺客はアジサイを仕留めようと全速で斬りつけていった、が・・。

「何なんですか、これは!?」
「ホオズキ、助かった」


 美剣士ホオズキも後から来るよう呼ばれていたのだ。その山頂に着くやいなや木陰で不振に動く怪しい影があったため様子を見ていたらしい。そして一斉に飛び掛ったところを逆に背後から自慢の両刀で片付けたのだ。

「これは・・ロボットじゃないか」
「我々が戦ったタイプとはまた違うようでございますが・・邪悪な気配が感じ取れます」
「話は聞いていました。とすると、サザンカの手によってという事になるんでしょうか?」


 まだ碧うさはこれからなのだ。戦力が整い、13衆となるまでは次世代が守っていかなければならない。クチナシは一人生き残ってしまった自分への罪悪感を感じている。ロットもキッカも戦場に散った。共に学び励んできた本当の仲間はもういないのだ。
 だが只で死ぬほどお人好しにはなれない。そのために次世代を引っ張ってきたが、そこでも運がいいのか悪いのか一番年齢の高い自分が無事でいてしまっている。死に場所を探していた。

「こいつらは今アジサイを狙ったな。つまり、奴らにとってアジサイは邪魔な存在というわけか」
「きっとナデシコさんやサザンカの気を感じ取れるなど特異だからでしょう」
「ホオズキ。何としてもアジサイを守ってくれ。俺は最果てに行ってくる」


 アジサイは一般の生活はできるが力は依然消えたままだ。敵襲をかいくぐるなど無理な話。そこでクチナシは、以前リンドウが築いた国境の砦を利用し、ホオズキを護衛にアジサイの身を確保するよう命じた。

「心得ました。身命を賭してお守りします」
「頼んだぞ。俺も命をかけて碧うさに何か一つ、くれてやるとする」



 その頃コスモスとの戦いで傷を負った碧うさは兵舎に戻りコナギに治療してもらっていた。向こうは斬撃ではなく打撃攻撃がメインだったので、持ち前の打たれづよさで重症とまではいかなかった。
 とにもかくにも人数を集めなければいけない。ロットの言うように「ただ者」を抱え込んでは内部から崩壊してしまう恐れもある。事は慎重に、且つ迅速にが求められていた。

「コナギちゃん、明日のご予定は?」
「んっと・・午前中にウサばあさん家に薬を届けたらあとはフリーだよ」
「お昼のあとに行ってみようか」


 碧うさは先代オウカが残した13衆の魂を見つめると静かなる闘志を燃やした。その後姿を頼もしく思ったコナギもまた、つられて目つきが変わってしまった。

「どこ行くの?」
「コスモスくんが言う原点・・あたしらの原点、ヘレン火山だよ!」


 ヘレン火山・・コナギがクローンとして誕生した地でもあり、碧うさやロット・キャロといった初代のメンバーとの関わりができたまさに原点。野盗として居ついていたツクシが13衆に入隊し、コナギに心や感情が芽生えた思い出深い場所でもある。

「そうだね。何かあるよね」
「ところでヘレン火山って今はどうなってるの?」
「カゲツの奴が13衆に入ってからは組織の施設をすべて撤去させられてたんで、その後は役場の管轄になってるよ。一言いわないと入れてもらえないかも」
「ええー。やだなぁ、役場は」
「あ、でも前よりは全然大丈夫。上は変わらずなんだけど、途中から軍の指揮を任せられてる大将が話の分かる人だから。それにすっごい腕もたつしね」
「何ならまずは役場に寄ってからヘレン火山に向かおう」

 いよいよ行われる13衆としての初めての本格的な作業に、碧うさは内心臆病風に吹かれた。でもコナギには内緒にして忘れるように布団に入った。
 そして翌日になり、コナギが依頼から帰ってきて食事を済ませたのち早速出発をした。役場まではそれなりの距離があるが、ほとんどが下り坂なので行くには時間はかからない。

「あ、見えてきた」
「お待ちくだされぃ!!」

 役場といえど武装集団の砦に近い。当たり前のように門兵が制止を求めてきた。

「大将のスイセンさんにお取次ぎ願えます?」
「やや!これはコナギ様ではありませんか、少々お待ちを」


 次世代13衆は戦力のみでなく、外交まで幅広く手をつけてきていた。コスモスの指示であったが、それだけの技量を持つ有能なメンバーが揃っていたからこそでもある。
 話の分かる腕利きの軍責任者であるスイセンもまた、13衆には一目置いているために相互の友好関係は決して悪い状態ではない。理想としていた「持ちつ持たれつ」に一歩前進していたのだ。

「どうもお待たせを致しました、コナギ殿。そして・・・お隣が3代目の隊長である、碧うさ殿とお見受けしますが」
「その通り、我らが総大将だよ」

 碧うさは慌てて自己紹介をしようとするも、こういう場には慣れておらず緊張してしまった。やはりまだまだ実感のわいていないヒヨッ子隊長なのだ。

「へ・・碧うさです。宜しくお願いします」
「何と、由緒ある13衆の隊長殿が我々に敬語とはもったいない!戦闘での質や経験ではそちらが上手、どうぞ気楽に接してくださいますよう」

 生粋の武人風であるが非常に物腰が柔らかい、いっそ入隊してくれないかと思ったほどだ。しかしコナギから入隊の意思はないと聞かされていたので話題には出さなかった。それでもいくらか緊張がほぐれたのは有難い。

「時になぜ起こしに?ご挨拶のみでございますかな」
「いや、実はヘレン火山に行きたくって。まずはスイセンさんに言うのが筋かなって」
「おお。それでは向こうの見張りに通行を許可するよう伝えておきましょう」
「ありがとう」


 と、そこへ一人の兵卒がスイセンの下へとやってきた。

「申し上げます!たった今ヘレン火山内部にて野盗と思われる輩が侵入致しました」
「何と!なんと言う間の悪さ」


 スイセンは困った表情で考え込んだ。

「もし良かったらついでに退治してこようか?」
「まことでございますか!?あなた方ならばとても心強い。本来ならば手前が行くべきはずでございますが、なにぶん問題が山積しておりまして・・」
「助け合い、助け合い」


 ローラを持った碧うさは自信に満ち溢れている。武器なしのコナギも特に危機感は持っていない、それだけの武力が隊長にすでにあるからだ。
 見送るスイセンの元にも次々と兵が報告にやってきていた。

「スイセン様、相互交流武術指南会の時間が過ぎております!」
「ご報告します!訓練に使用する武器補充が間に合っておりません!」
「道場の床が一部腐っております、いかが致しましょう!」
「水道管が破裂したもようです!急ぎ業者をお呼びして宜しいでしょうか!」


 碧うさとコナギは静かに立ち去った。

「こりゃ大変だ」
「うん・・」

 ヘレン火山は役場の南西部にある岩場を奥に入った活火山である。当然、近くには誰も住み着いていない。役場の観測チームと警備の兵が数人常駐しているのみである。
 以前に猛威を振るっていた闇組織の名は青うさぎ村でも有名で、そこらのチンピラでは近づかないほどの脅威を植えつけていた。そんなおり、まったくの無関係に侵入を試みたのがツクシ率いる盗賊集団「紅風」であった。そのツクシが13衆に入隊した後、紅風は解散に至ったという経緯がある。

「ブルークローバーです」
「これはこれは、お待ちしておりました。どうぞお入りください」
「ん?侵入者が出たって聞いたけど・・やけに落ち着いてるね」
「いえ、それが・・」

 警備兵の話によれば、どうやら侵入者はたったの一名らしい。しかも中で何をするでもなく最奥の広場で座っているだけのようだ。追っ払おうとしたものの相当な腕らしく歯が立たないためスイセンに指示を仰いだそうだ。

「こっちも最奥に用があるんだよね。話をつけてくるよ」
「どうかお気をつけて」


 ヘレン火山の内部は相変わらずの凶暴な暑さだ。まるで意思を持って焼き殺してくるような、そういった不気味な炎を巻き上げながら歓迎をしてくる。
 ここに用があるものはまずいない。あのツクシでさえも神器があると聞きつけてやってきていただけで、元々は興味などなかった場所である。
 二人ともよく知った道なので迷わずに最奥に到着した。そこには確かに警備兵の報告通り、岩をイスにして物騒に座ったうさぎがいる。見るからに危うい。

「ブルークローバーだ!役場の指示もあり、直ちに撤収を命ずる」

 コナギが声を張り上げた。だが、そのうさぎは微動だにせず片目だけあけて二人を見やった。

「ブルークローバー?フン、笑わせる。ついに役場の犬に成り下がったか」

 そのうさぎは悪態だけついてまるで応じる気配はない。見たままのガラの悪さだ。それでも追い出そうとコナギは説得を続けたがどうにも動こうとしない。本来の自分たちの用は、そのうさぎが座っている奥の隠し部屋だからだ。どいてもらわない事には片付かないのだ。

「邪魔だよ、そこどきな!」

 すると二人の背後から新たなうさぎやってきた。どうやら待ち合わせをしていたようだが・・・碧うさは今来たうさぎを見て唖然とした。

「わ、悪うさ!!」

 悪うさは本名ではない。碧うさとは顔なじみであったが、ただ子供の頃よく公園でイタズラやちょっかいばっかりしてきたってだけの存在だ。生まれも年齢も本名も分からない。悪事ばかりはたらくので皆がそう呼んでいたのだ。
 
「なんだってアンタがこんなとこに!?」
「はあ?ただ単にそっちが居ただけでしょ。こっちはそこのうさぎに用があんの」


 悪うさは碧うさ達のことは興味なさげに待ち合わせの相手の下へと歩み寄った。

「どう?迷う必要なんて思うけど、いちおう答えを聞きにきたわ」
「で、約束の物は」
「これよ」


 悪うさが懐から取り出したのは青うさぎ村でも超貴重とされている鉱石を磨き上げたニンジン鋼である。少量でも混合させればたちまち一級品に変わると言われる値打ちものだ。

「誠意は伝わった。暗黒軍に入ってやらん事でもない」
「あ・・暗黒軍!?」


 碧うさとコナギは目だけでなく耳も疑った。そんなものが水面下で活動を始めようとしていたことに。たまたま居合わせたから耳に入ったが、そうでなければ油断をしていたかもしれない。

「悪うさ!なんだよ、暗黒軍って。一体何をしようとしてるんだ!」
「うっさいね。アンタみたいな弱虫には関係ない話だよ、引っ込んでな」


 そう言うと碧うさに愛用のムチを打ちつけた。

「交渉は成立だろ?ならさっさとついてきな、アザミ」
「まあ待ってくれ。ふふ、さっきからそこのチビを見てると妙に体が疼くんだよ」


 ようやく立ち上がったアザミと言ううさぎ。その視線の先はコナギだった。

「お前、名は?」
「コナギだよ」
「フフ・・フフフ、やはりそうか。お前がツクシ兄ィをたぶらかして連れてったわけか」
「な?それは・・」

 コナギの胸に衝撃が走った。確かにツクシは自分に対して特別な思いを抱いていてくれたかもしれない。ただ、それより以前にツクシと親交があった者に対しては申し開きができない。
 ツクシは大戦によって落命したが、13衆に入らなければ違った運命を歩んでいたに違いない。そのキッカケを作ったのは間違いなく自分だという認識を十分に持っているからだ。

「鴨がネギを背負ってやってきたってわけか。暗黒軍に入るのはお前を殺してからだ、コナギ!!」
「やいやい!さっきから聞いてれば。ツクシくんが死んだのはコナギちゃんのせいだなんて間違いだ!身近にいたあたしはよーく分かる。ツクシくんは最期までみんなを思っていた!」


 たまらず碧うさが割って入る。しかし隙を見せてしまったため、コッソリと側に来ていた悪うさが愛用のムチでグルグルに縛ってしまった。

「いーじゃん、別に。そいつを殺しちゃえば気が済むっていうんだから。邪魔すんな」
「チキショー!悪うさ!!コナギちゃーん、逃げて〜!!」


 コナギは丸腰である。対抗手段など何もない。そんな相手にも容赦をしようとしないアザミの体には幾つもの塊がくっついている。そして背中に背負った大筒、明らかに尋常ではない。

「いいね、覚悟を決めたいい表情じゃねーか。お、コレかい?火薬だよ、か・や・く」

 炎のうさぎと謳われたツクシに付き従っていたアザミだったが、紅風が解散してからは放浪の旅を続けた。それでも忘れることができなかったツクシの存在。もし機会があればまた共に働きたいと思い続けた結果が、あの大戦による悲しい結末だ。みなしごのアザミにとって唯一の心の拠り所を失った事は自我の崩壊を意味していた。
 自ら命を絶とうとした事もあった。しかし、ある時ふと耳に入ったのだ。13衆に入るキッカケになったうさぎの事を。それ以来、アザミは夜も眠れないくらいコナギの事を恨んだ。復讐鬼となった自分に課せられた使命、それはツクシを死に追いやった張本人を消すこと。そのために独学で必死に学んだのだ、ツクシに習い炎を操るうさぎになるため火薬術というものを。

「七面倒くさい」

 アザミはいきなり大筒を構えるとコナギに向けて発射した。慌てて身を投げながら避けようとするも、通常の弾丸ではないようで着弾後に大きく爆散したのだ。これによりコナギの小さな体は宙に舞い上げられ叩きつけられた。

「さて、これで心おきなく眠れそうだよ」

 さらにもう一発加えようと準備にかかるアザミをよそに、コナギはあまりのダメージに動けないでいた。いつかはこうなるんじゃないかと思っていた。やっぱりクローンなんて未来がないんだ。碧うさや13衆のおかげで立ち直れたものの、死に直面すると諦めが入る。コナギはゆっくりと目を閉じた。
 しかし、これを許さないうさぎがいる事を忘れてはならない。ムチで身動きができないにも関わらず何事においても諦めという言葉を知らない現13衆の隊長を。

「コナギちゃ〜ん!」

 碧うさの叫びに今一度目を開け見てみると、何やら顔で合図をしている。方向を示しているんだろうか。その方向を向いて見ると、あとで調べようとしていたツクシの隠し部屋だ。あそこに何かがあるんだろうか。諦めとの狭間で考えた結果、もしかしたら神器を持つ碧うさが何かを感じとったのではないかと思った。神器は所有者の意思に共鳴すると同時に、神器同士もまた引き合う運命にあると文献で読んだ事がある。諦めが消えた。

「やめやめ、諦めんのやめた」

 その言葉を聞いたアザミの眉間にシワがより、すでにコナギに大筒の狙いが定まっている。受けたダメージも軽くはないが、力を振り絞って猛然とダッシュを開始した。

「言うだけ言って敵前逃亡かい!?情けない、でも逃がしゃしないよ!」

 アザミは自慢の大筒をぷっぱなした。コナギはそれを確認するやサッと身を翻し、頭を抱えてその場に伏せた。すると弾は真っ直ぐに飛んでいき、突き当たりの壁を見事に粉砕した。丸腰のコナギではどうにも崩せなかった隠し部屋の壁を敵に壊させた頭脳プレーだ。
 しかし全力を出し切ったコナギは立つことさえできずに突っ伏したままだ。

「チョロチョロと。これで終いだよ!」

 再度大筒を構えるアザミ。しかし、その目線の先に信じられない光景が映し出された。

「ローラが・・反応してる」

 碧うさの持つ神器、ロード・オブ・ラビットが光輝くと同時に部屋の奥から七色に輝く物体が出てきたのだ。それは球体をしており、見た目はまんまボールと言ってもいい。そのボールは倒れているコナギの近くまでやってきて、ちょうど真上で静止している。

「あれ?ちょっと体が軽いかも」

 深手を負ったはずのコナギは七色に輝く光を浴びてずいぶんと顔色もよくなった。不思議な現象ではあるが、ここにいる誰もが証人である。疑いようがない。明らかに『神器』だと。
 つまり、選ばれたのだコナギも。

「これは・・」

 そっと手にした球体には数字が書いてある。

「5?」

 多少面を食らったアザミであったが優位なのは変わらない。神器もろとも吹っ飛ばす勢いで大筒を発射した。それに慌てたコナギは咄嗟に球体を前面に出した。すると・・。

「シュツゲキシマース」

 何やら言葉を発して球体から何かが飛び出していった。その小さな物体は3体で陣形を組むように並び、コナギの前でバリアを張ってくれたのだ。当然、弾はバリアにより防がれコナギのところまでは届かない。

「た・・助かった?」
「な、なにソレ!?」


 よく見ると小さなうさロボに似ている。その3体はバリアを解除したのち、コナギを守るかのように浮遊を始めた。

「うわ、え?どうやって出たんだろ、コレ」

 使用者のコナギが一番戸惑っている。よく見るとさきほど5だった数字が2に減っている。もしかしたら中に入っているロボットの数なんだろうか。だんだん思考も冴えてきて、長所である落ち着きも戻ってきた。その間にもアザミは大筒による花火発射やかんしゃく玉などを織り交ぜ猛攻を仕掛けるも、一向に鉄壁の守りを崩せない。その間に何とか攻撃に転じたいところ。しかし、まるでわからない。すると次第に守ってくれていたロボットが破壊され始め1体だけになってしまった。

「厄介なもん出しやがって。だが、もうここまでだな」

 ここでまた碧うさの方を見てみると、今度は目を閉じている。神器は所有者の意思に共鳴する・・。何かを掴んだコナギは球体に語りかけた。そして考えは当たった。

「行け〜!コナギロボ!!」
「ハッシンシマース」

 残り2体のうさロボはアザミの方へ向かっていきながらビーム攻撃を開始した。だが叩き上げのアザミは防御にも抜かりはない。変幻自在の動きをしながら目からビームを出すうさロボに対して、今度は近接用のネズミ花火やヘビ花火などで凌いでいる。
 次第にこれも押し返していき、攻撃1体と防御1体の2体だけになってしまった。

「あわわ・・」

 アザミは強かった。まだ使いこなせていない状態であっても神器には変わりはない。それでも打ち負けないのは人一倍ツクシに対しての思いがあったから。しかし、コナギだってその点においては引けはとらない。
 死してなお意志を伝える燃えるうさぎ、ツクシの魂がぶつかりあっている。

「0だ・・」

 球体の数字は0、つまりもう出てくるロボットはいないのだ。ヒヤッとさせられたアザミだったがようやく笑みが戻った。

「あの世でツクシ兄ィの世話でもしてな」

 火薬もウサンをエネルギーとしているので長期戦は望むところだ。それを加工する技術に長けていることがアザミの真骨頂である。そこを必死で考えるコナギ。ウサンは地中から放出している・・・ローラも地中のウサンを蓄えて完全なる姿に形を変える。と、すれば・・。

「えい!」

 コナギはボールをついた。勢いの割にはやっている事がただのボールつき。唖然とした一同であったが、成果はいきなり表れた。数字が1になったのである。

「やっぱりだ!」
「何い!」


 減った数字は一度地面につける事で回復する。神器の不思議なシステムを少しずつ紐解いていく。

「させるか!」

 回復をさせまいとまたも猛攻を仕掛けるも、今度は自分の意思で防御ロボを出してガードする。その合間に必死にボールをついた。どうやら最大5は変わらないようだが、今度は防御と同時に攻撃ロボも出してアザミを迎えうった。
 それでも負けじと手数で応戦するアザミ。女同士の意地の張り合いはピークに達した。

「いい加減に離せよ悪うさ!お前の悪さじゃもう収まらない事態になってんだぞ!」
「悪さだなんて心外だよ。あの力がこれからもアンタ達を苦しめる・・クックック」


 対処に慣れてきたアザミはロボを破壊するのに時間がかからなくなってきた。その分、コナギのボールをつくペースが上がってしまい息も上がってきてしまった。

「よいさ!決着だ」

 アザミの超必殺技の合図だ。今までの戦闘中に少しずつ形成していた大きな玉が大筒に装填され、コナギを今一度睨みつけた。

「御託はもういいな。いくぜ!大・落下傘!!」

 激しい轟音と共に大きな塊が真上に飛んでいく。すると頂点で傘が開き、ゆっくりとコナギ目掛けて落下を開始した。速度は十分ではないが、コナギが動くほうにどうしても落ちてくる。風もないのに不思議な話ではあるが、これがアザミの技なのであろう。
 対応はできる。しかし、足場の悪さや狭さに加え・・・余計な動きは他ならぬ碧うさを巻き込んでしまうのだ。それだけは絶対にできないコナギは動き回るのをやめた。

「コナギちゃん!」
「碧うさちゃん♪」


 二人は仲良く思い出した。十数年前、ここで同じように心配しあった事を。すでに痺れている両腕をさらに酷使しボールを5回つく。アザミと悪うさは勝ちを確信し高みの見物。碧うさは泣きじゃくった。
 勝利の女神は・・。

「神器の名前、そうだなぁ。ノーラってとこでいいかな」

 ノルン・オブ・ラビット。ギリシャの過去、現在、未来を司る三姉妹が由来になっている。ツクシを好いてきた自分、13衆として碧うさを守りたい自分、そしてこれからの青うさぎ村の平和を願いたい自分。
 その全ての思いを神器に乗せた。それに応えたのか、5体が一斉に落下傘に向かって飛んでいき張り付き始めたのだ。

「まさか・・」

 いぶかしく思ったアザミの明察は正しかった。ロボット達が同時に自爆を開始、落下傘は上空で爆散すると破片だけをばら蒔いて消えうせてしまった。まさかの自爆によって危機を脱した。
 最大の技を破られてもなお攻撃の手を緩めようとはしなかった。だが、軍配はどうやらコナギに下った。

「チキショー!だが負けてねぇぞ、そっちにゃもう手駒がないはずだ。観念するんだな」
「それは残念だよ。背後の一体、気づくでしょ?」


 昂ぶっていて見落とした。一斉に飛んでいったのは確かに5体。しかし、犠牲となり爆破したのは4体だ。残る一体はコナギの命により攻撃をしかけてあったのだ。
 もうどうしようもない。振り払おうにも向こうはビームを発射する。いかにアザミが手練の早業であっても防ぎようがない。

「なら・・お前と共にツクシ兄ィの元へ行くまでだ!!」

 背後のロボにおかまいなしの突貫攻撃に打って出たアザミ。その瞬間に背後のロボはビームを足に発射。もんどりうってアザミは倒れたが、最後の一発は正確にコナギへと向かっていった。

「その執念は賞賛に値するよ」

 数字が0のボールを持ったままのコナギには為す術がないように思われたが、使用者はもう把握していた。腕がもう上がらないのなら落としてしまえばいいと。
 たった1回だけつかれたボールは1に変わり、間一髪で防御ロボがガードしていた。勝負アリだ。

「クソ・・クソ!!」

 敗れたアザミの横をいつの間にか悪うさは素通りした。

「交渉は決裂だ。こんな弱っちい奴は暗黒軍にはいらないな」
「あいつ!?」


 まったく開放された事にも気づかなかった碧うさ。自分と同じく何かの力を得て特殊な能力を身につけたのではないかと思ってしまうくらいの不気味さだった。

「フン!せいぜい頑張んな。そんで最後にウチにやられな」

 悪態をついて暗がりへと消えた悪うさ。しかしそんな事よりコナギの安否、急いで駆け寄った。

「大丈夫?」
「う、うん。こっちのほうを先に手当てしよう」


 するとコナギはいそいそとアザミの足に布を巻きつけ止血を始めた。

「バ、バカヤロウ!さっきまで殺そうとしてた奴だぞ!!」
「気が済んだでしょ?」


 ぐうの音も出ない。やるだけやったのは確かだ。

「礼なんて絶対に言わねえからな」
「そんなもんいいよ。でも・・」
「でも?」


 碧うさをチラッと見やったコナギはすでに見抜いていた。何かを喋りたそうにしているのを。

「あ、あのさ。何かこういうの上手くないんだけどさ。13衆・・入ってくんない?」

 碧うさなりの精一杯のスカウトだ。コナギはクスッと笑った。

「あ?こっちもバカか。そんな風に見えるか?」
「見えるよ」


 コナギが指をさした先には戦いの最中で開いた隠し部屋がある。そこに色んなことの答えがあるような気がしていたのは随分前からだ。碧うさがアザミに肩を貸してやると、3人はその部屋へと踏み入ってみた。
 そこにはツクシが残してくれたであろう様々な物がきれいに並べて置いてあったのだ。

「こ、これは・・。ツクシ兄ィの字に間違いない」

 コナギを始め、アザミや紅風のメンバー全員に至るまでの物資が置かれている。そこにはそれぞれに宛てた手紙も添えられている。恐らくはコナギのために神器が置いてあったのであろう。
 そしてアザミの場所にはニンジン鋼が置かれていた。その横にある手紙を手に取るとソッと読み出す。

「ツクシ兄ィは・・13衆に入って幸せだと言っている。紅風の時にこんな言葉は一度も聞いたことがない」

 そして、コナギを恨まないようにともある。全てを見通していたかのように。

「どう?」
「負けた、入る。入隊・・する。そして、身近でツクシ兄ィの意志を確認させて貰う」


 改めて握手をする3人。思い出の原点で碧うさは、コナギの成長と心強い仲間を加えて新世代13衆の伝説の一歩を踏み出した。
 いまだに沈黙を続ける神ナデシコと悪うさの語る暗黒軍。神と悪魔は来たるべき日に備えていた。







                                      

〜 第3話「奇跡の泉」 〜

 ヘレン火山での一件から一夜が過ぎ、翌日はとても気持ちのいい天気に恵まれた。料理が苦手な碧うさに代わり、もっぱらご飯はコナギが用意していた。もちろん朝食となれば他の誰よりも早起きしなければならない。とはいえ、次世代の時にも最大で13名分もの量を作っていた。それに比べれば容易になったともいえる。
 まずアチコチの窓を開けて回ったあと、エプロンをして朝食作りにとりかかった。ある程度できたところで、そのいい匂いに誘われたのか碧うさがノコノコと現れた。

「お、碧うさちゃんグッドタイミング。アザミっちを起こしてきて」
「ヘイ、まいどー」


 早くもノリのいい二人はアザミにニックネームをつけていた。だが本人は快諾・・ではなかったようだ。

「アザミっち〜。ご飯だって〜」

 ドアをノックしながら呼んでみたが返事はない。

「アザミっち〜?起きて〜」

 自分も寝起きなので結構いい加減。それでも反応がない。こうなれば隊長権限により強行突入だ。

「入るよ〜」

 カギの閉まっていないドアを開けると、そこには机に向かって何かに集中しているアザミの姿があった。いぶかしく思った碧うさがコッソリと背後に忍びよって確認しようとしたところで気配にアザミが気がついた。

「うわ。隊長さんですかい」
「あ・・ああ、アザミっち?そ、それは〜」


 碧うさが指をさしながら声を失ったアザミの行動。それは・・。

「ああ。いえ、これから兄ィのところへ行ってこようと思いましたもんで。ちょっとしたおめかしってやつでさ」
「化粧じゃん!アザミっち化粧してんじゃん!!」
「それは大げさってもんです。ほんの少しやってる程度ですから」


 生まれてこのかた気にしたことがなかった碧うさ。思い出してみれば子供の頃にキャロやスミレはよくやっていた。それを急かしてよく遊んでもらったもんだ。そして今度は自分が大人。当然やっていてもおかしくはない。いや、やっていなければオカシイ?次第に脳はショートしていった。

「隊長さん?隊長さん!?」
「ああ、はは、いや失敬。ハハ、ははは」


 明らかに目も泳いでいるし通常の精神状態ではない。アザミは非常に困った。

「あの、自分がこう言うのもナンなんですが。隊長さんは化粧の必要ないのでは?」
「ヘ?」
「あいや、気分を悪くされたら申しわけないんですがね。隊長さん、えらくベッピンなもんで」
「は?あたしが?」
「ええ。もちろん悪党だった自分が言っても面白くないと思いますがね」


 盲点だった。今までそんな事を言われたことがなかった。スミレやホオズキなど、キレイなうさぎに対面した事は多かったが自分への評価などは一切気にしてこなかった。
 そう。モテたいと思ったことがなく、ただ仲間が嬉しかった。周囲もその碧うさの無垢な言動に癒され、顔立ちのことは二の次として接してきていたのだ。

「ばかな・・あたしが美人さんだったなんて」
「何なら副隊長さんにも聞かれてきてみては?付き合いが長いんでしょう」
「そだね。これは一大事だよ」
「あ、そういえば何かご用だったんですかい?」
「ああ。コナギちゃんがご飯できたから来てって」
「ツクシ兄ィに挨拶をしてから行きますと伝えてくれますかい?」
「あいよー」


 碧うさは思いがけない事態に慌てふためきながら、コナギが待つ食堂へと舞い戻ってきた。

「コナギちゃん!」
「なあに?大声出して」


 急にモジモジする碧うさを見てコナギは少し引いた。

「ねーえ?あたしってさあ?可愛いーい?」

 あやうく持っていた皿を落としそうになるコナギ。また何を言い出すのかと構えていた自分が悔しくなってしまった。いつもの事なのだが。

「なんじゃそりゃ」
「アザミっちがね、わたしは可愛いんだって。ねえ、どーなの?」
「グイグイ来るなぁ。ぶっちゃけるとアベレージは高いよ、けっこう」
「うふぇ!?


 碧うさの顔がゆるゆるになった。

「まあ当然といえば当然なんじゃない?あの美神と呼ばれたナデシコさんの娘だもん」
「ああ、説得力あるなぁ。変わっちゃう前はすんごい美人だったし」
「自分でも言ったか、こやつは」


 一番の理解者にも確証を取れたところでアザミが戻ってきた。13衆の活動は朝のミーティングから始まるのだが、人数が少なすぎるので朝食時に食べながらやっている。今日のテーマも仲間のこと。13衆になるためには、あと10名もの有志を探し出さねばならない。

「お二方、何か提案はありますでしょーか?」

 この時ばかりは碧うさもマジメになる。なんせ隊長なのだから。

「ハイ」
「はい、アザミっち」
「これから戦闘が増えていくにあたって、早めに軍医を探してはいかがですかい?」
「確かにだね」


 もっともである。

「はい」
「はい、コナギちゃん」
「13衆とは無縁だけど、次世代の時に失踪したうさ美ちゃんとうさ子ちゃんを探したい」
「ああ・・いなくなっちゃったんだよね。小さいころから一緒にいたからあたしも寂しいよ」


 うさ美とうさ子と言えば、初代副隊長キャロが野良のうさロボを改修して味方につけた言わば支援ロボ。主に村の見回りや、キャロの前線弾薬供給に一役買っていた。その後、次世代に変わってからはスズランが遠隔操作を可能にし幅広い作戦支援が可能になっていた。しかし、最後の大戦で13衆を守り抜いた末に行方が分からなくなってしまっていたのだ。解散にいたるまで、ずっと探し続けていたのだが見つかっていない。

「じゃあ今日はその手がかりになりそうなものを当たってみましょー」

 不慣れな隊長職を必死に務める碧うさであるが、実質的な行動案はコナギに委ねられている。まだ参謀と呼ばれるような仲間が入ってくるまでは経験のあるコナギが一番適任なのだ。もちろん二人に異論はない。

「その前に来客があるから30分後にここに集まってね」
「へ?誰が来るの」
「それは内緒。碧うさちゃんビックリするよ」


 そう言われると居ても立ってもいられなくなるもの。普段まったくしない槍の素振りをして時間を潰した。アザミはどうという事もなく当番である庭の掃除をして戻ってきた。

「ささ、誰がくるの?」

 一番のりで来た碧うさは早くも急かし始めた。

「まったく変わってなくて一安心ですよ」
「体ばっかじゃなくてバカも成長したっぽいな」


 そこには見慣れた雄姿が。まさに苦楽を分かち合ったあの二人がやってきていた。

「ポニちゃあ〜ん!」
「碧うさちゃ〜ん♪
「・・・と、らっちゃん・・」
「あぁ!?そのテンションの下がり方の理由はナンだ」
「うそうそ。嬉しいのよ、これでも」
「こっちだって忙しいってのに。お前のためにどうしてもってポニィが言うから来てやったんだ」


 事実、この二人もかなりの地位にいる。ラタは言うまでもなく、自国に戻り国王の座に就いたあとは自由もろくにないような日々を送っていた。持ち前のハッキリ言う性格で支持もそれなりにあるようだ。ポニィもまた、ポニンが逝去した後に病院の院長を引き継ぎ妖精界屈指の敏腕医師として多忙な日々を送っている。

「ホルレンちゃんは?」
「声はかけたんですけど。今回は都合がつかなかったですよ」
「残念だねー」


 立ち話もそこそこに、コナギは全員を席につかせた。

「今回英雄二人をお招きしたのには理由があります。まずポニィさんには次世代のときにツバキくんを軍医として目をかけてくださった前例がありますので、貴重なご意見があればとお呼びしました。またラタさんには、王族の魔法力にてサポートして頂くようお願いしてあります」

 あらかじめ連絡を取り合っていたのはコナギならでは。参謀とは違い、やはり作戦などは不安なので先に先にと石橋を叩いてしまうのだ。
 こうして改めてポニィからの提案を伺うことにした3人。

「やっぱり軍医は大事です。その人がどれだけの力量を持つかで隊の寿命が決まると言ってもいいですよ。ですけど、ここのところ青うさぎ村には来れなくて有名な医師が分からないです」
「ポニちゃんとこにまで届くような名医はいないってことなんだねー」
「ハッキリ言えばそうなるです。ただ、わたしがよくポッポちゃんと薬の研究をしに言っていた場所ならば何らかの手がかりがあるかもしれないですね」

 初代13衆のタンポポは、外科・内科において比類なき腕を持っていた。後にも先にも超えるものなしと言われるまでの伝説の医師として名を馳せていた。しかし、決して天狗になることはなく持ち前の明るさで誰からも好かれる名医師として今なお語り継がれている。
 そんなタンポポに追いつけ追い越せで必死に医学を横で学んでいたのがポニィ。妖精界よりも青うさぎ村にて研究を積み重ねてきたと言っても過言ではない。

「この兵舎からおよそ10時間ほどの距離に【奇跡の泉】と呼ばれる場所があるです。そこの水はいくら成分を調査しても普通なんですが、不思議と病を持つものが浴びるとたちまち治る・・と言い伝えられていたです」
「過去形なんですかい?」
「はい。いつからかその効力は失われたらしく、わたしらが初めて行った時にはすでに観光地としてでしか賑わってなかったですよ」
「で、ポニちゃんはまだそこが引っかかってるんだね?」
「ご名答です。何か・・何かが隠されているような気がしてならないです」


 いつの間にか席を立って神器である「虹布」を翻して説明するポニィだが、あまりカッコよくない。

「で?何で俺が呼ばれたんだよー」
「奇跡の泉は観光目的の敷地の奥に、さらに大きな泉があるですよ。でもそこは何者かが魔法で結界を張ったようで一般の者は入れないです」
「そこを俺の魔法でぶち破れと」
「はいです。わたしは以前にも増して魔法力が落ちてしまったようですんで」


 妖精としてはあまり笑えないが、卓越した医療とたくましくなった腕力で仕事はこなしているようだ。ラタ・ポニィとも多忙ななか抜けてきているので時間は限られている。助っ人二人と碧うさ、コナギ、アザミは早速出発することにした。
 
「それにしても碧うさちゃんは大きくなったですね」
「育ち盛りってやつ?」
「おーおー。脳みそだけは置いてけぼりってツラしてるけどな」


 ラタとのガンの飛ばしあいはすでにお馴染みだ。

「もともと隊長は気さくではありやすが、この3人が並ぶと一際嬉しそうに見えやすね」
「アザミちゃん。本当はあなたにも甘えたいのをグッとガマンしてるですよ」
「ちょ、ちょっと何を言っちゃってるかなぁ。ポニちゃんは。ビックリするわぁ〜」
「図星かよ」


 久しぶりの再開を楽しむうちにも、観光名所と知られる奇跡の滝に到着した。ここは奥にある泉から流れ落ちる水によって、見るものを虜にする素晴らしい滝を作り上げている。
 当然言い伝えは知れ渡っているので、怪我や病気をしたものが多く訪れる。しかし今回の目的はその先、泉の調査にある。陽も傾き始めているので、一同はさらに細道を進んだ。

「ここだね」

 雑木林を抜けた先にバッと広がる景色。だが、あからさまに向こう側の空間がちがう。何となく分かる違和感、次元が違うような感じはそこにいる誰もが理解できた。

「どう?らっちゃん」
「こりゃあ・・妖精の仕業だな。魔法にも色々あるだろうけど、質が似すぎてる」
「破れそうですか?」
「まあ見てな」


 そう言うとラタは結界と思われる境界まで歩を進めると、すっと手を前にだした。

「ほらよ」

 ・・・。シラけるくらいにあっさりと解除した。碧うさも、ポニィも開いた口が塞がらない。

「あの、もう解けたですか?」
「ああ、まあ」
「そんなもんなの?もっと時間をかけて詠唱したりしてとかないの」
「何を期待してんだよ。マンガじゃあるめーし」
「そんなに簡単な結界だったの?」
「いんや。王族クラスのカッタイ結界だわな」
「・・・らっちゃんって実はすごい人?」
「王族なんだっての!」


 ラタの意外な魔法力のおかげで先に進めることになった一同。だがそんなイケイケムードを遮るかのように、どこからかアラーム音が鳴り出した。
 その音はどうやらラタとポニィから鳴っているようだった。

「時間みたいですね」
「時間?」

 碧うさとアザミには知らされていなかったが、妖精界から来た二人には時間設定がなされていた。単純にほころび穴から来たのでは時間がかかってしまう。
 そこで、ピンポイントで兵舎に到着できるようコナギが昔から開発していた亜空間ゲートを使用していたのだ。しかし本人が使用するならまだしも、別の者・・さらには妖精を運ぶとなると不確定な部分が多い。安全を考慮して12時間という限度を設定していた。

「もうお別れかぁ。コナギちゃん、もっとすごいの開発してね」
「う、うん。頑張るよ」
「碧うさちゃん、無茶言うなですよ。これでもすっごい事ですよ」
「あはは、ウソウソ」


 小さな穴は次第に大きな黒い穴に変わっていった。

「らっちゃんも元気でねー」
「フン。次までにはもう少しお脳も鍛えておけよー」
「憎まれ口かぁ〜!!」


 妖精二人のおかげで何かしらの手がかりが掴めそうなところまで来れた。たった3名での任務には大きな手助けとなる。本当に感謝をしながら消えていくポニィとラタを見送った。

「ああー、久しぶりに会えた。嬉しいよ、頑張れそうだよ」
「良かった」
「ホルレンちゃんにも会いたかったなー」


 作戦といえば作戦だが、コナギの思うような結果になってまずは一安心。碧うさはサプライズに弱い。そう確信できた瞬間でもあった。
 すでに陽も暮れ、辺りは月明かりがかすかに照らすのみとなっていた。本来ならば野営でもして明るくなってから調査を開始するのが妥当である。しかしすっかりテンションが上がった碧うさは誰にも止められない。警戒を強めながら、なくなくコナギとアザミは従った。

「大きな泉だね〜」
「こりゃあ、泉っていうより湖に近くないですかい?」


 闇夜でもハッキリと分かる面積の広さ。かすかに映し出された明かりが波に揺られてキラキラと光っている。それがずっと続いているのだ。
 目を凝らして見ると、遠くでかすかに島のようなものが見えた。

「あれは何かな」
「浮き島っぽいね。でも何があるか分からないから一旦戻ろうよ」


 常に慎重に行動するコナギならではの助言。しかし碧うさは止まらない。

「大ジョブだよ。ちょっとだけ」

 シンガリを務めるアザミの手はさらに汗をかき始めていた。なぜなら、浮き島に渡るために橋を使わないといけない。つまり今襲撃にあったら逃げ場がないのである。
 そんな不安を抱えつつも、浮き島に何とか到着した。

「ん?何かが祀ってあるのかな」

 浮き島の中央にはお社があり、観音開きの建物がある。結界が張ってあったにも関わらず、完全に人の手が加わっている事実がさらに不気味さを増幅させる。
 碧うさはゆっくりと扉を開けてみた。

「あ!!」

 一目でそれと分かった。台座にきれいに置かれてあるロボット二体。

「うさ美ちゃんと・・・うさ子ちゃんだ・・」

 今日二度目の感動の再開。次世代時代の最後の大戦から行方を眩ませていた二体を探せども見つからなかったのは、誰かがここへ運び動かないようにしてあったからなのが分かる。
 しかし誰が・・・?

「こんなところに。武装もすべて外されてるね、まるでご神体みたい」
「で、どうしやす?長居は危険だと思いやすが」


 ろくな用意もなかったので運び出すことはできない。それは碧うさも分かっていた。ただ、碧うさにとっての二体は幼いころからの旧知の友人のようなものだ。それが10年以上振りとあっては諦め切れない。

「何とかできないかなぁ、コナギちゃん」
「運び出すのは無理だよ。それにこの二体はじゅうぶん村のために尽くしてくれた。武装が外れて綺麗に置かれてるってことは、もう戦場には出さないほうがいいのかもしれない」
「そんな・・。もう一緒にいられないの?」


 泣きムシ碧うさは直っていない。これもコナギは読んでいた。

「まあまあ。このボディは初代からカスタムしてスーちゃんが改造を施した。だからもう休ませてあげたい。でも、中に埋め込んであるチップ回路は以前のデータが残ったままだろうからね。それだけ抜かせてもらって、あとはまたボディを作ってくれる人を探せばいいんじゃないかな」
「ああ!あったまイイね〜。そうしよそうしよ」


 パッと明るい表情に変わった碧うさ。いつかは分からないけど、また一緒にいられる日を夢見て。そんな隊長の笑みを心から喜べない表情なのが見張り役のアザミだ。
 どうにも後ろから感じる不穏な気配が気になって仕方がない。

「お喜びのところ申し訳ありやせん、隊長。どうやら敵のようですよ」

 浮き島をすっかり取り囲むように、周囲の木々の間からは不気味な光が漏れていた。その言葉を聞いたコナギは慌ててノーラを携えて臨戦態勢に入った。・・・が、時すでに遅し。水中に潜んでいた何者かが、唯一の退路である橋を落としてしまったのだ。完全に孤立してしまう。

「アハハハハ、アハアハ♪」
「その声!?悪うさ!!」


 碧うさが声のするほうを見やるとライトの照らされながら高笑いをする悪うさの姿があった。

「邪魔な結界を取ってくれたうえに自ら窮地に立つ?フツー」
「お前たちに関係ないだろ!さっさとどこかへ行けってば!」
「面倒くさいのがまとめて網にかかったってのに見過ごせる?おバーカさん」
「くそう〜」


 やはり罠だったのか。いかに手練な3名であっても、あまりにも劣勢。悪うさ本人でさえ手を焼く相手なのに、部下であるダークうさロボがいまにも突撃せんと集結している。アザミは腹をくくった。

「お二方、自分が退路を切り開きます。その間にどうか逃げてください」

 碧うさの誘いを受けた時点で命は常に懸けている。だが、それはコナギも同じであった。

「アザミっち、その役目はあたしだよ」
「副長さん・・」
「あたしほど碧うさちゃんが好きなうさぎはいないって。譲ってよ」


 ズイと前に出るコナギ。その後姿からは相当な決意が感じられた。それでもコナギを見殺しになどできやしない。アザミも負けじと前に出た。

「隊長さん、すいませんがお一人で逃げてくれやすか。きっと隊長さんなら無事に戻れやすでしょう」
「碧うさちゃん、必ず戻るから。ここは一旦逃げて」
「そんな事できるわけないじゃんよ。みんなで戦おうよ!」
「これは勝つのが目的じゃない、言わば敗戦。その中での勝利は碧うさちゃんが無事なこと。あたしもアザミっちも、そこだけは自信があるから」


 碧うさには二人が死を覚悟したかのように聞こえた。事実そうなのだろう。それでも考えるヒマなどはない、ここまで来たら祈ることしかできない。
 自分にできること。二人が何の心配もなく防衛戦闘に専念できるようにすること。手持ちの分身ぽにぽに玉を取り出すと、あちらこちらに碧うさダミーが現れた。それらが一斉にムーンライトステップで浮き島から脱出を開始する。

「何あれ?昔っから逃げ足だけは速かったけど、まさかここまで進化してるなんて。チョー笑える」

 ちり散りになった碧うさを追いかけるようロボットに指示を出し、悪うさは今なお籠の中の鳥となったコナギとアザミに狙いを定めた。

「何か言い残すことはあんの?」
「何それ。ずいぶんとお優しいことね。あたしが思うに、あんた・・完全に悪に染まってないでしょ」
「なぁにぃ〜。どんな状況か分かってんの?もうすぐ殺されんのよ?」


 コナギには一つの狙いがあった。上手くいくかは分からない・・でも賭けてみるしかなかった。

「やんなら思い切ってやんなさいよ。こんな小物相手に中途半端な事したら一生の恥だからさ」
「減らず口を〜」


 頭に血が上った悪うさは投入予定のなかった隠しだまを持ち出した。超巨大うさロボ、DC2である。DCは(デビルカスタム)の略。あくまでも殺戮を目的とした武装うさロボである。

「これで消し去ってやる」
「そうそう、その調子」


 DC2は大きな指からレーザーを放とうとしている。これら全てが発射されれば島ごと跡形なく無になってしまうだろう。コナギはそれだけは避けたかった。なぜなら碧うさの大事な仲間も一緒にいるのだから。
 それだけは守り通したい・・・。

「チャージOK。じゃ、死んで」
「アザミっち!」
「へい!!」


 DC2はすべての指から一斉に巨大なレーザー砲を発射した。もはや目の前がどうなっているのかなんて分からない。ただコナギとアザミは死力を尽くすのみ。

「十機城壁!」
「大閃光線香!!」


 ノーラからは、さらに数が増え10機出せるようになったコナギロボが協力してシールドを展開した。かたやアザミもニンジン鋼によりパワーアップした大筒から、上空に留まり強い光と防壁を作り出す巨大な線香花火を打ち上げた。
 これによっていくらかビームの威力は減ったものの、まだまだ生き残るには難しい。しかし狙いは生き残ることではない。あくまでも、うさ美とうさ子を守るため。二人は手前で攻撃を弾くことだけを考えた。

「そんなの無駄でしょー。アッハハハハ」

 だが願いは届いた。二人がかりの必死の防御により、レーザーはお社までは届いていない。うさ美とうさ子は無傷のようだ。それを確認できたかできないか、コナギとアザミは地に倒れ動かなくなっていた。

「あーくそ!確かにこんな小物相手にしてる場合じゃなかった。さっさと碧うさ見つけて始末しないと」

 息があるのかないのか分からないまま、気分屋の悪うさは撤収しようとした。放っておいても助からないであろう傷を負っているのは確か。誰にでも分かるからだ。
 結果的にはコナギの狙いは的中した。しかし・・両名の幕もここで閉じる、暗い暗い闇にただ落ちていくことに何の抗いもできなかった。

「あ。そうだ、そこの旧式もぶっ壊していこう」

 くるっと振り返った悪うさは無常にも、二人が命がけで守ったうさ美とうさ子を泉に突き落とした。全てが終わった・・・。

「あー。むしゃくしゃするな。帰ってシャワー浴びよ」

 ここでようやくスッと消えていった悪うさ。同じくしてダークうさロボもどこかへ消えていった。ただただ凄惨な現場が激しさを物語っている。
 ロボットの感知センサーさえジャミングできるようになった気配消しを駆使して隠れていた碧うさ。静かになったところで戻ってみた。そこでの光景は碧うさにとって地獄絵図以外の何者でもなかった。

「コナギ・・ちゃん。ア・・ザミ・・・っち」

 思わずヘタリこんでしまった碧うさ。自分を逃がすためとはいえ、元はといえば無理に来てしまった自分のせい。このうえなく後悔をした。もう遅い、分かっているけど死にたくなるほど後悔をした。
 そしていっそ・・。

「アハ♪やっぱり戻ってきた、おバーカさん」
「あ・・・」


 悪知恵なら無双であろう、悪うさは元から碧うさが戻ってくるであろう事を察していた。そういう連中なのはよーく分かっているからだ。
 無気力な碧うさは呆気なく捕まってしまった。

「この村をぶっ壊すのにね、あんたが邪魔なんだって。あるお方が」
「ある・・お方?」
「そ。説明してももう意味ないけどね」


 自前のムチでぐるぐる巻きにした碧うさを前に立たせ、全方向にダークうさロボを展開した。

「13衆だか何だか知らないけど所詮はゴッコ遊び。夢の続きはあの世でね」

 サッと合図をすると一斉にビームを発射する!はずだった。が、なぜか一機たりとも動かない。それどろか、動力が完全に停止している。よく見るとウサンを供給するコアがすべて撃ちぬかれていた。

「誰だ!?」

 見えぬスナイパーが姿を現した。碧うさも見慣れない。知らない味方が助けてくれたのだろうか、虚ろな目でその姿を見やった。しかし何か見覚えがあるような気がする・・それよりこの懐かしい雰囲気。

「どこの馬の骨だぁ?逆らうとケガするよ」
「そりゃあアンタのほうかもよ」


 碧うさの後ろからコナギの声がした。そんな・・もうどう見ても瀕死のはずだったはず。それは悪うさも目を疑った。手ごたえもあった。なのにこの短時間で復活した理由は。

「碧うさちゃん、奇跡だよ。碧うさちゃんが起こした奇跡だよ」
「え?どういう・・」


 スナイパーライフルを携えた小柄なうさぎと、両の腕に大きな盾を持った大柄なうさぎ。そしてその耳には、ご神体として取り付けてあったリングと紛れもない「3」と「5」の数字。
 そう、まさに奇跡が起こった。

「え?もしかして、うさ美ちゃん?うさ子ちゃん?」

 すでに解放されていた碧うさの前に、改めてそのうさぎはやってきた。ロボットなどではなく生身のうさぎとして。

「夢にまで見てました。どうかお仕えをお許しください、ご主人様」
「同じであります。ずっと一緒にいたいと思ってました。これからも共に・・・ご主人様」


 碧うさの目は一気に涙に溢れた。うさ美とうさ子が目の前にいる。これからは共に生活ができる。小さい頃から遊び相手だった。彼女たちは・・・生きている!

「意味わかんないし!」
「アンタのおかげじゃない?ロボットだって意思くらいはある。動かないからって死んでるとは限らない。それを泉に突き落としたろ。ここは奇跡の泉。ありあえない事だって起こったりするんじゃない?」
「じゃあ何で死に損ないがピンピンしてんのよ!!」
「これもラッキーかな。この二人、ここでずっと医療のエネルギーを蓄えていたんだもんね。うさ美ちゃんは遠くの敵や味方を撃ち分けることができる医療スナイパー。うさ子ちゃんは強靭な体と大きな医療シールドで誰の邪魔をされずに傷を癒してくれる医療ガーディアンってわけ」


 コナギの言い分はおおかた当たっている。もともと治癒の影響が広がっている土地からパワーを貰い、碧うさの思いと共鳴。最後は泉の不思議な力によって起こったまさに奇跡。 攻守は一気に逆転した。

「お、覚えてなさいよ!」
「案外古臭いやつなんでさあね」


 まだ完治とはいい難いコナギとアザミをうさ子は軽々と抱え、一同は兵舎へと戻っていった。念願の軍医が加入したと同時に、13衆にはなくてはならない存在がその名を連ねた。
 その夜は隊長という名目を忘れ、碧うさが思い切り童心に帰ったのは言うまでもない。




 

                                     

                            〜 第4話「次世代魂」 〜

 メンバーが五人になったことでこなせる依頼も増えていた。それだけ知名度を上げることもできるうえ、組織の存続に重要な資金作りも軌道にのってきた。この青うさぎ村には税というものは存在しない。役場でさえ軍を保つために自給自足に加え、各界に商売をしにいっている。大所帯となるとそれだけ大変なのだ。
 ロットが定めた13衆という少数精鋭システムは色んな意味で大正解ともいえた。

「あ〜、疲れやした」
「お疲れさま、アザミっち」


 アザミは得意の火薬調合の知識を生かし、花火大会の助っ人によく行き始めた。とりわけ暗い出来事が多いこの村にあって、村民の誰もが楽しみにできるのは大きくキレイに咲く夜空の大輪なのだ。他者から忌み嫌われる立場から、歓迎される立場に変わったアザミも少しずつツクシの考えを理解できるようになっていった。

「ただいま帰還致しました!」
「ました!」


 新たに加入したうさ美とうさ子も生身に少しずつながら慣れていき、今では獣退治から子供の相手まで多方面に渡って手伝いに行けるようになっている。

「お昼にしよう!」

 今日は依頼が休みだったコナギが食事当番だ。お腹をすかせながら頑張って働いてきてくれたメンバーに心を込めて作るのがブルークローバーの伝統だ。午前の仕事を終えた一同も全員食堂に集まった。

「あ・・そういえば」
「どしたの?うさ子ちゃん」
「帰還する際に気になったのですが、13花壇に花が咲いておりましたよ」
「!?」


 13花壇とは初代ブルークローバー達が眠る墓地の前に設置されている花壇のことで、主に使用していた武器が厳重に保管されている土地でもある。その花壇に種は蒔いておらず、芽が出ることは決してない。
 それでも碧うさは毎日水をやっていたのだ。碧うさにとってはロットやキャロだけでなく、全員が家族だったと信じていたからであり大人になっても感謝したかったからである。その花が咲いた意味とは?

「碧うさちゃん!」
「うん・・。呼んでるんだ、あたしを。うさ子ちゃん、何の花が咲いてたか覚えてる?」
「あれは・・白い綿毛のような、タンポポでしょうか」
「ポッポちゃん!」


 13衆の魂を引き継いだ碧うさには何となく分かっていた。初代13衆が自分のために力を貸そうとしてくれてる事が。だからこそ雨の日も風の日も雪の日も嵐の日までも水やりをしながら会話を続けてきたのだ。
 ポッポちゃんと呼んでいるそのうさぎは、言わずと知れた青うさぎ村最高の名医として名を馳せた13衆の軍医。そしてそれを表に出さない明るい性格と無邪気さでムードメーカーとしても好かれていた超人気者だ。
 子供の頃の碧うさとも大して背が変わらなかったせいか、二人は年齢差を感じさせない仲良しでもあった。

「ポッポちゃんに会ってくる!」

 そう言ってご飯をかきこんだ碧うさは急いで13花壇に向かっていった。

「嬉しそうだったね」
「初代さん方の存在は今でも健在でやすからね、気持ちは分かりやすよ」


 その頃、次世代が療養している病院のほうでも動きがあった。メンバーの大半が意識を取り戻し、特別に設けられた13衆用の部屋に活気が戻ってきたのだ。
 現在まだ意識不明なのは参謀役であったスズランのみ。他のメンバーは順調に回復していた。

「キキョウ、具合はどう?」

 さきほど意識を取り戻したばかりのキキョウが周りを見渡す。13衆のみんなだ、少しホッとした。

「隊長・・・我々は勝ったんでしょうか」
「ああ。村を守ったよ」
「そっか」


 安心してまた横になるキキョウ。他のメンバーも胸を撫で下ろした。

「まだスーちゃんの意識が戻ってない状況だけど、みんなにオイラから説明することがある」

 凛とした表情はブルークローバー隊長の任についていたコスモスの時と同じだ。命を預けた全員も、コスモスの言うことだけは今でも絶対になっている。それだけの信もある。

「もうオイラ達はブルークローバーでもないし、碧うさちゃん達にバトンタッチをして身をひくこともできる立場にあると思う。でもこうして運良く生きてられるのもまた運命じゃないかなって思うんだよね。無理にとは言わない、できうる事ならば次世代13衆は今後も村のために尽力したいと思っているんだ。そのお願いを改めてさせてほしい」

 先の大戦でロボット相手に獅子奮迅の戦いを演じ、見事に碧うさ達の帰る場所を守り抜いたコスモス率いる次世代13衆。無傷の者はだれ一人おらず、生死の境を彷徨った仲間にまた戦えと言うのはコスモスにとっても胸が痛いお願いだった。その上で、青うさぎ村の脅威を根絶するため・・碧うさのサポートを死ぬ気でやっていくため。
 自分だけではどうにもならないがゆえの懇願だった。

「わたしは・・」

 女ヒマワリとも呼ばれた熱血斧娘、ヒナゲシも体を起こした。

「わたしはまだ村のために戦うことをやめたいと思いません。話し合いが通じない連中ならばなおさらです」

 他の仲間も概ね同意見だったが、唯一ダンマリを続けるのが元闇組織の首領であったカゲツである。

「特にカゲツ。君は自分流を貫きながらも結果として村を守ることに命を賭けてくれた。しかしすでにブルークローバーとしての仲間ではない。もうオイラが無理について来いと言えるべきでもない。過去に対しての何らかのわだかまりが未だに残っているのなら、好きにしてもらっても構わないよ」

 サングラスの奥に光る目は誰にも把握することができない。無言のまま窓際に立って腕を組んでいる。

「ちょっとカゲツ!隊長が話しかけてるでしょ?何とか言いなさいよ」

 ヒナゲシがくってかかる。いつのも事である。

「相変わらずうるさい女だ」

 そう言うとガラッと窓を開けて外へ飛び出した。

「ちょ、ちょっと!」
「そこの女、後を追って来い。できる限り早急にだ」


 そして風に乗って飛び去ってしまった。恐るべし忍術である。

「な・・何なの?」
「あの方向、国境じゃないでしょうかぁ〜」


 確かに、今思えば何かをずっとうかがってたようにも思える。

「ヒナちゃん、もしかして国境のアジサイさんやホオズキさんに何かあったのかも。行ってあげてくれる?」
「隊長命令なら喜んで行かせて頂きますが、カゲツの言うことは聞きませんからね!」


 鎖つきの大斧を担いだヒナゲシは病院を後にしていった。もちろんカゲツにしろヒナゲシにしろ完全完治しているわけではない。ただ、いの一番に碧うさを認めるため深手を隠しながら戦ってきたリーダーのコスモスに対する忠誠心の表れが自然と出てしまっている格好だ。

「無事だといいけどね」

 出て行った二人を窓から見つめていたコデマリが振り返った。

「アヤメ、行きましょうか」

 コスモスは薄々感じていたが、キキョウは何のことか分からない。

「行くってどこへ?」
「私達もいつまでも休んでいるのは気がひけます」
「副隊長んトコだよ、キーくん。最果てに行くなんてメチャクチャっしょ?」


 昨晩、この病院の前でクチナシの気配があったのだ。意識の無かったスズランとキキョウ以外は気がついていたが、あえて追おうとはしなかった。行くと言っても断られるのがオチだから。
 そこで時間を開けて無理やり着いていこうと画策したのが双天女。むしろ、片翼で飛べないとはいえ鍛え上げられた健脚のクチナシを簡単に追うことは難しい。特殊な移動法を持つ彼女らだからこそ実現できる案なのだ。

「クチナシさんの無茶を止めるのもそうだけど、君らも十分に注意してね。ちゃんと帰ってきてね」
「また隊長のご命令を賜りに帰ってきますよ〜」
「お土産楽しみにしててね、タイチョ♪」


 また二人、病室をあとにしたことで随分と広々としてしまった。

「あはは、次世代も捨てたもんじゃないよね」
「・・・!」
「キキョウはオイラと一緒にちゃんと治す係だからね」
「あ、気づかれました?」
「スーちゃんが起きた時に誰もいなかったら寂しいでしょ。そしてその時に3人で碧うさちゃん達のアシストをしにいくんだから。それでも不満?」
「とんでもない!光栄ですよ、ちゃんと治さなきゃ」


 一連の動きを報告で知ったツバキもまた、いつかこうなるだろうと予測はしていた。離れていても繋がりに絶対の自信があるのが次世代13衆なのだ。
 
 何かと問題の起こりやすいクリスタルランドとの国境手前に建てられた万里の砦。どの施設よりも強固だという理由でアジサイは守られている。その護衛にホオズキが就いているので心配事は無かった。
 ただ、日ごとに増す不穏な空気だけは無視することができない。アジサイの持つ第六感がそう告げている。そして今度も大きな黒い渦が巻き起ころうとしている事にいち早く気づいた。

「お茶をお持ちしましたよ、アジサイさん」
「ホオズキ様・・・」
「その顔はまた厄介ごとが起こる合図ってところですか?何度も言いますが、私は誇りを持ってこの任にあたっている所存です。そんなに気を使わないでくださいよ」


 そして何かはやってきた。今までの敵やロボットなんかでは生ぬるいような邪悪に満ちた気が、屋内からでも十分受けてとれる。アジサイ・ホオズキ共に、危険信号は察知していた。

「アジサイさんは決して外に出ないようお願いしますね」
「どうか・・どうかホオズキ様に神のご加護があらん事を・・」


 天地二振りの双剣を携えて表に出てきたホオズキ。そこにいたのは紛れも無い、悪うさだ。各地で目だった攻撃を繰り返している悪うさの悪名は、いまや村全体に轟いている。もちろんこの砦にも情報は入っていた。

「さて、何のご用件でしょうか?」
「ウチらの用件はただ一つ、アンタらの命だよ」
「そう上手くいきますでしょうか。我々の結束はお見知り頂いてると思っていますが」
「フン!まあ今日はちょっと試作品を持ってきたんで遊んでやってくんないかな」


 そう言うと向こう側から不気味な黒いうさぎがやってきた。見たところは黒いというだけで、自分らと変わりはなさそうに見て取れた。

「さあ、行け!」

 特に武器を持っているようにも見えないが、それがまた不気味さを増している。ホオズキは黒いうさぎの突進やパンチをかわしつつ、振り向きざまに一撃を与えた。タイミングもバッチリの会心のカウンター攻撃、普通の相手ならこの時点で戦力を失っている。

「!?」

 しかしホオズキの手は逆に弾き返されたような衝撃によって痺れてしまい、さらに黒うさぎは少しノックバックしただけですぐに突進を仕掛けてきた。ひるんだホオズキはまともにダメージを受けてしまった。

「生身じゃない!?」
「ンフフ。いいデータが取れそ♪」


 技を昇華させ続けたホオズキにとって、一撃の威力というのはどうしてもネックになってくる。それをカバーしているのが間合いと手数。そう、美剣士の目標は英雄ロットなのである。
 だがロボットとの激戦をくぐり抜けてきた技の数々も、このロボットらしき相手には通用していない。それだけの完成度という事になっている。それでも退くわけにはいかない。アジサイという守るものがあるがゆえ。

「ならばこっちから!」

 猛然とダッシュしたホオズキは相手のパンチをかいくぐって懐に潜り込むと、柄・腕・刃先の順番で剣を振りぬいた。持ち技の一つ、高等技術の柳葉舞。至近距離からの瞬間3連撃に硬いロボットも思わずバランスを崩す。そこへ足に狙いを定めて双剣を重ねて振るう、落葉舞。華麗に舞っているかのように反撃を開始した。
 連携攻撃が功を奏したのか、ところどころがショートし始めているロボット。まさに好機と渾身の剣を振りかざしたホオズキ。ここで勝負が決まらなかった事はない。

「強いなぁ、これでもくらいな。えい!」

 悪うさは持っていたリモコンをポチっと押すと、煙が出て無防備だったロボットの目が一瞬赤く光った。その焦点はまさに振りかぶったホオズキの右腕。何事が起きたのか分からないまま、激しい痛みと共にホオズキの右腕は鮮血に染まっていた。

「おバーカさん♪そんな大振りしたらダメなんじゃなーい?」

 確かに、油断とも慢心ともいえない判断のミスが一番痛いと動かない腕を見ながら悔いていた。相手は生身ではない、ロボットなのだから。何をしてくるか分からないというのは次世代13衆時代に嫌というほどコスモスに教わったはず。ビーム攻撃はなおさら、基本中の基本だった。

「そんなんなっても剣を落とさないなんて、ちょっと感心しちゃうね」
「剣は・・剣こそは私にとって唯一の表現。ロットさんを目指すため絶対に投げ出せない。剣を落とすということは!命を落とすことと同じだから!!」


 中で様子をうかがっていたアジサイもさすがに見かねて飛び出してきた。

「いけません!アジサイさん!!」
「およしなさい!あなた方の目的は私なのでございましょう?そちらの言うとおりに致します・・ですからホオズキ様は助けて差し上げてくださいませ!後生でございます!!」


 眉をしかめて悪うさはせせら笑った。

「そんなん言うだけ無駄なのは分かってるでしょ?ウチの目的は抹殺。誰か一人じゃない、13衆どもの抹殺だよ!」

 初めて明かされた悪うさの目的。これを聞いてしまっては両名とも覚悟せざるをえなかった。もはや話し合いが通用する相手ではなかったことが、今回の悲劇の最大の要因になってしまった。
 そうこうしているうちにプスプスしていた黒うさロボットがオートメンテナンス機能によって復活し、また立ち上がってきた。

「戦力にならず申し訳ありません・・」
「お互い万全でなかった。それで宜しいではありませんか」


 ホオズキとアジサイは歩み寄った。死すときは同じという共通の信念があったからだ。ロボットは当初の動きを取り戻し、今度は腕の部分からゆっくり火炎放射を開始している。その火力はどんどんと大きくなり、そして炎に包まれながら突進をしてくる。
 その威力たるや想像できないほど。俊敏に動けないアジサイを守っては逃げることもできず、二人は衝撃ではるか後方まで吹っ飛ばされてしまった。即死ものなのは言うまでもない。

「これで2人やっつけた。さて、次行こっか♪」

 悪うさは意気揚々と帰ろうとした・・・が、何かまだ違和感が残る。飛ばされた二人をよく目を凝らして見てみた。

「な・・違うじゃん!」

 遠くのほうで転がっているのはホオズキとアジサイではない。ただの丸太だった。言うなれば空蝉の術、しかしこんな事ができる二人ではなかったはず。ロボットは何もないところを感知しているようだ。

「間に合ったようだな」
「カゲツさん!?」


 一番助けになんか来なさそうな仲間が来たことに一番驚いてる二人であったが、すぐにその考えを改めた。もしかしたら一番頼りになるかもいしれない。なぜなら以前、カゲツも悪の組織にいたからであり攻略法を分かっているかもしれないから。

「うさロイドか、完成していたのか」
「懐かしい顔があったもんだね、カゲツ。元々はアンタが手を付けなければいけなかった試作品。でもこっちを裏切ってくれたおかげで引き継ぐことができたよ。感謝してるんだよ?」
「ダーククリスタルが足りなかったはずだが?」
「そこは企業秘密さ。さ、お喋りもここまで。せっかくだからアンタも遊んできな」


 うさロイドと呼ばれた黒いうさぎ型ロボット。いや、ロボットとはもはや言えない機動性を持っており生身の青うさぎと対峙しているに等しい。ただ違うのは圧倒的な硬さと火力、そして感情がないことだ。殺戮マシーンと呼ばれるには文句のつけようがないポテンシャルを誇っている。
 背中のバーニアが点火され、うさロイドはカゲツを補足した。あとは一瞬、一気に突っ込んできて火炎放射をしかけてきた。

「なんの!」

 マントで炎を防ぎつつ、かわしざまにクナイを30本ほど打ち込む。そのほとんどが弾き返されているが、2〜3本ほどは見えない繋ぎ目に刺さっているようだ。これだけでも多少の動力伝達は弱まる。
 さらに上空から矢継ぎ早に打ち込もうとするも、厄介なビーム攻撃に阻まれてしまう。一進一退の攻防が続くなか、カゲツはついに伝家の宝刀を抜き出した。

「所詮は力押し・・最後の最後に活きてくるのは技と伏線だ」

 カゲツのサングラスがキラリと光る。うさロイドの頭上に異変が起きたと気づいたのは悪うさだ。なぜなら自分の頭上にも同じ物体、まさに燃え盛る塊が浮遊しているのだから。徐々にではあるが、ゆっくりと確実に大きくなっていく。このままでは炎の球体に包まれるのは時間の問題。何とかしたくてもあまりの暑さに体が言うことを利かないのだ。
 うまく立ち回りながら、カゲツはうさロイドと悪うさの頭上に忍術を仕掛けていた。

「んふ、やるじゃないのさカゲツ。でも・・うさロイドには耐熱耐冷仕様のコーティングが施してある。4号!さっさとこの邪魔な炎を取り除け!」

 声帯が焼け焦げそうな状態になりながらも渾身の命令を出す。しかし、うさロイドは動いていない。

「なぜ!?」
「冥土の土産だ。さっき打ち込んだクナイのせいだ」


 そう。装甲の外側は耐熱であっても、内側からではどうしようもない。さきほど打ち込んだ数本のクナイが火球によって熱せられ、中の制御装置まで支障をきたすほどの熱を届けてしまったのだ。
 もはや完全に故障してしまったようだ。

「そ・・そんな」

 さまざまな悪事を働いてきた悪うさであったが、善悪の経験を活かしたカゲツの前に屈する形となってしまった。まさに悪が絶体絶命の大ピンチ。
 この様子を静観していたホオズキも緊張が多少ほどけたのか、決して浅くない腕の傷が痛み出し膝をついてしまった。出血もあるため急がなければ手遅れになってしまう。そんな焦りがカゲツのいつもの執拗な念押しを忘れさせた。

「ここはもういい。さっさと病院に行け」

 ほんの少しだけ目線を後ろに向けた瞬間だった。

「甘〜い!甘アマだよ、カゲツ〜!!」

 急いで目線を戻してみると目の前が真っ暗になっていた。いや、よく見るとうさロイドが大きな口を開けて眼前に立ちふさがっていたのだ。
 その大きな口は何を出すでもなく逆に吸い込もうとしている。

「それも試作段階なんだけど特別に見せちゃう♪ブラックホールを味わいな」

 吸引力が一気に増しカゲツは左腕を吸い込まれた。幸い火球を操っていた左側は故障したうさロイド4号だったため戦況に変化はない。しかし形勢は拮抗してしまった。

「さっさとこれを解除しな!でないとアンタも異次元行きになっちまうよ!!」
「フフ・・ハハハ。俺を誰だと思っている。一人一殺、それが忍だろうよ」
「ちょ・・ちょっと!」


 火球にジリジリと焼かれていく悪うさと、少しずつ闇に呑み込まれていくカゲツ。ホオズキもアジサイも助け出せるような状態になかった。だまって見守ることしかできなかった。

「うう・・。もっと遊びたかったよぅ」

 観念した悪うさは自分の被害も省みず、さらにカゲツへの吸引を強めた。もう体半分ほどが吸い込まれてしまっている。このままではお互い同時に消え去ってしまうであろう、そんな静けさが辺りを包んでいった。
 貧血をおしながらホオズキはカゲツを救うため歩を進めた。どんなに悪を名乗ろうと、次世代13衆として共に戦場を駆け巡った仲間は仲間だ。力が入らない腕を必死に伸ばしていた。

「ホオズキさん!下がってて!!」

 勢いよく後ろから飛び込んできたのはヒナゲシ、ようやく到着できた。すぐさま手元の鎖を目いっぱい振りかぶり、先端の斧の部分を投げ込んだ。まさにヨーヨーの原理である。
 その威力たるや凄まじく、吸引を続けていたうさロイド13号は悪うさがいる場所まで吹っ飛び停止した。この時のショックとカゲツの忍術が弱まったため火球も消滅した。

「カゲツ大丈夫!?・・・あ」

 それは見るに耐えない姿であった。吸い込まれていた左上半身がそっくり無くなっていた。さすがのカゲツもその場に倒れてしまった。

「ちょ・・カゲツ!しっかり!!カゲツ!」
「うるっせえ、おんな・・だ」


 誰が見ても致命傷。ヒナゲシは慌てて抱きかかえた。

「ごめん!あたしが・・あたしが遅かったばっかりに」
「アホ言うな・・。凡人だったら、あと10分はかかっていただろう。上出来だ」
「しっかりして!すぐにツバキくんところへ」
「無茶・・言うな。それより、あっちを・・先に連れてけ」


 ホオズキもまた極度の貧血から失神してしまっている。しかし、必死に手を伸してくれていたのをカゲツは見逃してはいなかった。

「諦めちゃダメだから!絶対に助けるから!!」
「すまん・・そこのグラサンを取って・・・くれないか」


 さっきの衝撃でトレードマークのサングラスも外れてしまっていた。地に落ち割れてしまっているにも関わらず、カゲツはそれを要求した。

「はい。これでいいの?」
「これが・・あるとな。13衆の、仲間になれた気が・・・してたんだ」


 ヒナゲシは今までのことが自分のとんだ誤解だったことを、この期におよんで悔いていた。それをコスモスはしっかりと理解していたのだろう。カゲツは足を洗ったのではなく、目的を同じとしていてくれた事を。

「なんで、なんで悪なんかに染まっちゃったのよ!なんでこっち側じゃ無かったのよ」

 サザンカの弟として育ったカゲツの道は闇そのものだった。それが自然であり、自分そのものでもあった。今まで何回もこういう目にあったことはった。
 ただ一つ違うのは、ヒナゲシという仲間が抱きかかえていてくれてる事だった。これだけでカゲツのこれまでの人生は素晴らしいものだと最後の最後で思うことができた。

「そう・・だな。誰かが・・赦してくれたんなら、それも良かったかも・・・

 ヒナゲシはカゲツの重さを実感した。息を引き取ったのが分かった。

「ありがとう」

 自然と出た言葉だった。そのまま抱きかかえながらすくっと立ち上がると、涙目をこらえてアジサイのほうへ歩いていった。目が見えないアジサイにも現状は把握できていた。言葉になっていない。

「悲しむ前にホオズキさんを医者に連れていきます!カゲツには悪いけど、すぐ帰ってきますから見ててくれますか?」
「もちろんでございます。中にお運び致します、ホオズキ様を宜しくお願い致します」


 カゲツを砦の敷地内で下ろすとホオズキを抱えあげたヒナゲシ。同じくして敷地内に入ろうとしたアジサイ。そこでまた悪のしつこさを目の当たりにした。

「あんのヤロ〜!ウチの自慢の毛並みを焦げ焦げにしやがって!!」

 またしても悪うさは意識を取り戻した。激しい脱水症状に陥ってるものの、カゲツの忍術にやられた恨みのほうが上だった。ここまで追い詰められたのも初めてだった。

「お前らも許さねー!1体だけの予定だったけど、3体目も出してやる!!」

 憤慨する悪うさの指示で、何とさらにもう一体うさロイドがやってきた。ヒナゲシの一撃でやられた13号もオートメンテナンス機能でかろうじて復活している。形勢、さらに逆転。

「ウソでしょ?」

 もう余裕のない悪うさは2体にビーム攻撃を促した。計4本のビームがヒナゲシ、そしてアジサイ目掛けて発射された。これに対処する方法などはない。もう目の前まで迫っている。

「アジサイさんが生きてさえいれば!」

 瞬時に斧を構えて自らが盾になろうとしたヒナゲシ。色んなものが駆け巡った。これが走馬灯っていうものなのか、とも思った。その最後にはカゲツに申し訳ないという気持ちが走り・・プツリと消えた。

 ・・・意識は失っていない。死んでない。今度は何?

「OH!オゲンキですカー?ヒナゲシサーン、ってそんなワケあるカー」

 あ!あ!あ!ヒナゲシの頭は一気に冴えた。恐怖心と安堵感がごっちゃになった。

「ローズ!おかえり!!」
「タダイマーなのデース♪」


 こんな状況でも陽気に振舞うローズという青うさぎ。紛れもない次世代13衆のメンバー。主にコナギ・ヒナゲシと共にチーム活動を行っていたタフネスガール。海外寄りの青うさぎ村出身で、言わば帰国子女のため言葉はカタコトになってしまっている。とても気さくで誰からも好かれるムードメーカー。

「って、今のビームどうしたの?」
「ちょとマッテくださいネー。仲間をあんなにしたテキを・・ユルしまセン!!」


 ヒネゲシでさえ見たことのないローズの怒り顔。やはりカゲツの事を仲間だと信じて疑っていなかった証拠だ。でもそのカゲツでさえ手こずったうさロイド。しかも2体相手などできるのか・・。

「ビームが効かなかった?そんなワケあるかっての!もう一度だ、13号!666号!」

 またしても一斉にビームを発射したうさロイド、狙いはローズ一点集中だ。実はそれもローズの思うツボ。なぜならビームが効かないというのは本当だから。

「ウソでしょ!?」

 今度は悪うさが絶句した。当然、後ろで見ていたヒナゲシも驚愕している。ローズはゆっくりと前進している。

「ローズむこうでたくさんたくさんガンバリましたー。でもむこうはウサンが少ないデース。それにひきかえこっちはウサンたくさーん。それを体内に取り込んで、体外にコーティングすることカノウになりまシタ。アンダースタン?」

 完全に相性であったし、そんな事ができる青うさぎがいるという事実もまた13衆がもたらした奇跡なのかもしれない。単にローズが規格外なだけかもしれない。
 自動危険システムが作動し、さきほどカゲツを吸い込もうとしたブラックホールを発動しようとする二体。しかしそれより速く、ローズはタックルで懐に潜り込むとコーティングした両拳で二体のボディを同時に貫いた。圧勝だった。

「ああ・・。ムカツく。けど、今日はもうダメ。次は殺す」

 こうしてようやく悪うさは撤退していった。双方被害があったとはいえ、カゲツという重たい命を失った事は13衆全員にとっては身を裂かれる思いだ。
 両拳をケガをしながらもローズはカゲツを抱えあげた。

「ホラ、なんかワラッてまセンカ?」
「そうだね」


 ヒナゲシもまたホオズキをおんぶしてアジサイに呼びかけた。

「アジサイさん、一度全員で病院に戻りましょう。カゲツとホオズキさんを預けに行かなきゃ」
「ええ。色々ありすぎましたね。わたくしもお伝えせねばならない事がございます」


 ゆっくり且つ迅速に。ホオズキまでも手遅れにさせる事はできない。道中も安全な道とは言いがたいにも関わらず何の障害もなく病院にたどり着けた。おそらく指示係の悪うさが本気で撤退したからだろう。

 ホオズキはすぐにツバキによって手術が行われ一命を取りとめた。本人の精神力によるものも大きいが、途中血液が足りなくなり輸血が困難になりかけたところで見知らぬ若者が名乗りをあげてくれた事も大きかった。
 カゲツに関しては、意識のあるコスモス・キキョウ両名の怒りを最頂点にもっていくに十分すぎるほどの報告に至った。その変わり果てた姿を見ながら顔の傷は真っ赤に染まったようにも見える。そう、コスモスの顔の傷はカゲツがつけたものだった。

「二人とも、ありがとう」
「隊長・・」


 カゲツの冥福を祈りながら、今日にでも兵舎に運び埋葬する算段となった。次世代で初めての犠牲者。感情的になれない自分の立場をひたすら憎んだ。

「コスモス様・・。今回の一件に関し、一つお伝えすべき事実がございます」
「どーした?」


 感情を必死で抑えるコスモスがいる。

「実は、わたくしとホオズキ様のみ耳に致しました。敵方の首級、悪うさと名乗る彼女の目的は・・・13衆の抹殺である、と」
「13衆の?村の支配ではない、ってことなのかな」
「いかようにも取ることができますが、今回の件でハッキリ致しております。周りくどいやり方などではなく、我々や碧うさちゃん達を最短で狙った武力行使を最優先しているのではないかと」


 一つ深呼吸をして答えた。

「宣戦布告なんだ。そうなんだ。オイラが嘗められてるってことなのかな」
「そんな事ありませんよ隊長!向こうがその気ならこっちからも行ってやりゃいいんですよ!」


 年齢の若いキキョウを、コスモスは一番自分が言いたいことを言ってくれるので気に入っている。ただそうできない理由がある。まだ碧うさ達が13衆ではないこと。いたずらに刺激して状況を悪化させるのはよくないとの判断もしている。今の次世代も別行動をとっているため以前のような戦力を作り上げる事ができない、難しいのだ。

「キキョウ、一緒にちゃんと治そう」
「うう、はいぃ」


 ピリつく空気の中、ホオズキの手当てとカゲツの準備をしていたツバキが戻ってきた。

「済みましたよ、カゲツさんOkです」
「ありがとうツバキ、ご苦労様。さて、砦を留守にしておくわけにもいかない。ヒナちゃんとアジサイさんは砦に戻ってまた国境を守ってくれるかな。ローズはカゲツを兵舎に連れていって、碧うさちゃん達の指示で埋葬の手伝いをお願いね」


 と、ここでツバキの傍らにいた青年に目がとまった。

「もしかして君がホオズキさんの輸血を?」
「はい」
「大事な仲間を救ってくれた、お礼の言葉もないよ。こんな状況だけど何かできる事があったら何でも言ってね」


 その青年は真っ直ぐな瞳でコスモスに向かった。

「では一つだけいいでしょうか」
「うん」
「紹介状を書いてくださいませんか?」
「ん、誰への?」
「碧うささんにです」


 けっこうな無理を言われるのではドキドキしていたコスモスであったが、頭に何もなかった内容だっただけに逆に落ち着いてしまった。

「もしかして13衆メンバーの入隊志願者?」
「はい」
「いや、紹介状くらいならわけないけど・・オイラのコネじゃ入れないよ?」
「いえ、いいんです。その・・一人では会わす顔すらない身なものですから」


 異様に低姿勢な青年なだけにワケありなのは窺えた。しかし、ホオズキの命の恩人には変わりない。快く応じる事にしてローズと共に兵舎に行かせることにした。
 数日後、クチナシにもこの報が届いたがコデマリ・アヤメが二人がかりで怒りを静めたという。




                                     

〜 第5話「器」 〜

 我をも忘れて駆けてきた。呼ばれるかのように、導かれるかのように。碧うさは13花壇に辿りつくと一呼吸をおいて目を凝らした。そこには間違いなく花が咲いている。芽も茎も葉さえも昨日まで無かったのに。
 うさ子の言ったとおり、紛れも無いタンポポの綿毛がピョッコリと顔を出している。そして目の前まできて目線を同じに合わせると、寝不足でもないのに急激な睡魔に襲われた。

「・・・ちゃん」

 誰かが呼んでいるようだ。

「・・さちゃん」
「??」


 頭がボーッとして自分がどこで何をしているか分からない。でも声が聞こえる、聞きなれた声だ。

「もー!碧うさちゃんってば!!」
「うわぉ!」


 突然耳元で大声を出されて意識がシャンとした。ここで全てを把握した。慌てて声の主のほうを振り返ってみると・・。

「アローハ〜」
「ポッポちゃあ〜ん!」


 あの時と変わらない、屈託の無い笑顔で出迎えたタンポポ。どちらも会いたいと思っていた。これが奇跡なのかと言われればそうかもしれない。でも必然と言えばそうだったのかもしれない。言葉にならない碧うさより先に、タンポポは声をかけた。

「大きくなったじゃん」
「え?あ、うん」
「あたしみたいに大人になっても小さかったら残念だもんね」
「そんな事ないよ、ポッポちゃんは大きいよ」


 急ではあったが一応気を使えるほどに落ち着いてきた。未だにどういう状況でどういう状態に自分がいるのか分からないものの、深く考えすぎないのが碧うさの長所。目の前にいるのが紛れもないタンポポだという事だけですべてを受け入れることができた。

「ありり?結局は雑談になっちゃうね。大事な話をしないと」
「??」
「知ってのとおり、あたし達は死んじゃったから直接的にはお手伝いはできないんだけどもね。なんとなんと!碧うさちゃんの器が大きくなったおかげで13衆の魂を保持できるようになりました〜」

 死してなお・・タンポポの魅力は微塵も失われていない。

「器?」
「そ。ロットさんみたいな、リーダーシップを持つ選ばれたうさぎだけが持てる資質だよ」
「うーん、よく分からないけど」
「実践あるのみ!」


 そう言うとタンポポはスーッと碧うさの中へ入っていった。

「何コレ!?」
「あはは。どう?」


 感覚的には何も変わらない。ただ頭の中にタンポポの声が聞こえる感じだ。

「不思議だねぇ」
「そうだねぇ」


 天然っぷりに差はない二人。とても重要なことなのに緊張感が薄れてしまうのは良いことなのか、はたまた悪いことなのか。ツッコミがいないので誰にも分からない。
 そしてまたタンポポは姿を現した。今度は少し寂しげでもある。

「さて、任務も終わったし。戻らないと」
「へ?戻るって?」
「そりゃあ・・何て言うのかな。あっちの世界ってやつ?」
「ええ!お別れになっちゃうの!?」
「そりゃあそーだよ。あたし死んじゃってるんだから」


 目を潤ませながら、体は大きくなってもいつもの泣きべそ碧うさが登場しそうになっている。その溢れそうな涙をすっと拭ったタンポポは、無理やり碧うさの口を目いっぱい横に広げた。

「笑って生きる。ポニちゃんの言葉だよ」
「・・・。うん」
「心配しないでよ。もう会えはしないけど、心は繋げたから。いつも一緒!」
「うん!」


 ポニィに比べれば何て幸せなんだろう。一度だけでもまた会えた。また話せた。碧うさの内なる力の一つに「医療」の心得が灯った。
 ハッと気づくと花壇の前で寝そべっていた。慌てて花を見ると、ちょうどタンポポの綿毛が風に吹かれて空高く舞っていってしまった。一瞬寂しい気持ちが襲ったものの、笑って生きる事を選んだタンポポの心を大事にするためグッと我慢して起き上がった。

「ありがとうポッポちゃん!」


 碧うさが淡い世界に陥ってる頃、ローズ達も兵舎にやってきていた。その重々しい空気に出迎えたコナギを始め、一同は息を呑んだ。

「ローズ!」
「コナギさーん、お久しぶりデース」
「せっかくの再開なのに・・その棺は、何?」


 ローズは事の顛末をコナギ達に説明をした。

「そんな、本当なの?カゲツ強かったじゃない」
「敵もトテモ強かったデス。それに加えて仲間を守りながらデシタようで。ローズがもうスコシ早くキテれば」


 あと一歩で救えなかったローズも非常に悔しい思いをしている。完全に仲間になり切れていなかったものの、生き残ってなお死線に飛び込んだカゲツをもう誰も文句は言わないだろう。
 好く好かないという領域ではない。これこそがカッコイイんだなっとコナギは思った。

「委細承知。とりあえずツバキ君のおかげでキレイになってるんでしょ?今夜一晩ここで休んで貰おう。碧うさちゃんだってお別れをしたいって言うはずだし」
「ではマイソウは明日デスねー」
「うん、私らでやっておくよ。いいとこ見つけてさ」


 ふとローズが目をやるとコナギの後ろにはオーラのあるうさぎが立っている。だいたいの見当はついていたが、とりあえず聞いてみる。

「コナギさーん。もしかして後ろの方々はー?」
「そ。我ら新世代13衆を彩るホープ達だよ」


 初めて目の当たりにしたアザミはローズの大きさに驚いていた。強いと一目で分かった。

「お初デスねー。ローズです、宜しくでーす」
「あ、はははい。アザミと申しやす。お噂はかねがね」


 先輩な上にこの体躯、緊張しないわけがない。

「そっちの二人も初ですねー。よろしくでーす」

 そう声をかけたローズに思わずコナギは笑ってしまった。

「何がおかしいデスかー?コナギさーん」
「ローズ、あんためっちゃ会ってるよ。この二人に」
「へ?」


 ここでうさ美とうさ子についても事の詳細をローズに説明した。ビックリしたというレベルではない。もう推測の範囲を通り越して何でもアリに思えてきた。

「ホントにホントにお二人デスかー?ローズの事覚えてマスか?」
「もちろん覚えてますよ!確かコナギ殿のシュークリームをコッソリ食べてました」
「はいです!確かコナギ殿の本を池に落としてそのままにしてました」


 ・・・コナギの視線が熱い。この時ばかりは隠れることができない大きな体を少し悔いた。今度はコナギがローズに問う番である。

「で?ローズもお初の人を連れてるけど、どちらさま?」
「OH、そう言えば名前をウカガッてなかったデース。何でも13衆の入隊キボウシャのようデスよー」


 すると青年は一礼をしてコナギの前までやってきた。

「名前も名乗らぬ非礼をお詫びさせてください。どうしても碧うさ殿にご挨拶をしたいのです」
「碧うさちゃんに?まあ隊長だけれども、副のわたしじゃあダメなのかな」
「滅相もありません。ですが、ですがどうか」


 頑なに名前を伏せて懇願する青年。そしてスッとコスモスが書いた書状を手渡した。

「ん?ふんふん。そっか、ホオズキさんを助けてくれた上に前隊長の口添えがあるんじゃ従うしかないか」
「痛み入ります」
「でも、ちょうど碧うさちゃん留守なのよね。帰ってくるまで広間で休んでって。アザミッち案内してあげて。ローズはカゲツを霊安室まで運ぶの手伝って」


 できれば使いたくないものの、いざという時のために用意してあった兵舎内の霊安室。ローズは棺を台に乗せ、コナギは献花台に花を添えた。
 そしてここで初めてカゲツの仏と対面をした。

「あんた、グラサン取るといい男じゃないの」

 共に死地をくぐり抜けて来た友との急な別れ。決していい思い出があったとは言えない。しかし、どこかでカゲツの活躍を期待し頼りにしていたのは間違いない。それに応え続けたカゲツもまた、立派な13衆のメンバーであった。

「ローズ。次世代で初めてだね」
「信じたくはないデース。でも・・」
「こんな事をしてればいずれかは・・・か」


 少しうつむき加減になったコナギの肩にローズの大きな手が優しく乗せられた。

「弱気は損気!もうダレも、いなくなりまセンよ!GOGOデース」
「あんたと友達で良かった」


 普段は碧うさを守ろうと必死で気丈に振舞うコナギにとって、全てを包み込んでくれるローズの優しさは何にも勝る特効薬だった。

「ローズ!絶対にわたしより先に死なないでよね!怒るからね!!」
「コナギさん、これまたテキビシいデース」

 二人に笑顔が戻ったところでアザミと碧うさがやってきた。碧うさにとって次世代のメンバーはあまり面識がない。しかし、カゲツに向かって手を合わせるとこう言い放った。

「君を許す!」

 碧うさから見たカゲツと言う存在は憎き仇でしかない。タンポポをクローン化の材料に仕立て上げたエビネに指令を出した事も、たくさんのコナギを生み出した事も。
 闇組織というものに対して子供心ながら許せないと強く感じていた。その総括役が今、ここに眠っている。そして許せたその理由、アジサイ・ホオズキ・ヒナゲシという稀有な存在3人を救ってくれたからだ。

「さ、あまり待たせるのも悪いですぜ」
「うん、広間に戻ろっか」


 先ほどの青年が碧うさの姿を見るや、勢いよく席を立ち目の前までやってきた。

「何でも碧うさちゃん直々にお話があるそうだよ」
「ん?」


 するといきなり青年は土下座をしてきた。何も言わず、額を床にくっつけて。碧うさは勿論、他のメンツも呆気に取られてしまった。この行動の意味するところ、それは過去の出来事にあった。

「ちょちょ、待ってよ。頭を上げてよ〜」
「まずは過去の非礼とご無礼、父に代わりまして私が謝罪させて頂きます!!」
「え、お父さん?何のことか、説明をしてよー」


 ここで青年を落ち着かせ、話を聞くことにした。

「ビックリしたけど、もう名前をうかがってもいいんだよね」
「はい。名をレンギョウと申します」
「レンギョウ・・・どっかで聞いたような」


 そして思い出した。

「あー!もしかして今年のアカデミーぶっちぎりトップ卒業の大秀才くん!?」
「お恥ずかしながら」


 そんな大人物と知らず、ただの小僧っ子だと思っていたアザミの顔色が少し青くなった。アカデミーと言えば青うさぎ村で唯一の公式認定機関が開設している養成所。主に役場が取り仕切っているが、頭脳の明晰さだけでなく状況判断や個々の長所など現場で使えるかどうかのランク付けが常になされているため自然とレベルの高い青うさぎが集まるようになっている。卒業後に役場がスカウトする方針を取っているものの、最終的には任意であるため各方面で活躍する卒業生も少なくもない。
 そのトップという事は、もちろん現時点で一番の有望株ということになる。過去にもロット、シャクナゲ、スズランなど13衆で活躍したトップ卒業生もいる。このレンギョウもまた、故あってこの13衆の集う地に足を踏み入れた。

「そんなすごい人がなんであたしに謝ってくるの?」

 碧うさが核心に触れた。

「碧うささん、私の父を覚えておいででしょうか」
「うん?お名前は」
「ガーベラと申します」


 !!

「あ・・・」
「私は、あのガーベラの息子なのです」


 忘れもしない、子供だったころ本気で自分の命を狙ってきた闇組織の一員だった男だ。シャクナゲとも知り合いではあったが、知らぬ間に闇組織に身を置いていた。その際は一緒にいたシャクナゲによって助かっている。
 その関係性も含めて、コナギ達にも詳しく話しがされた。

「て・・てんめぇ!」

 アザミが胸ぐらをつかみにかかる。それを冷静にコナギは制止した。

「待ってアザミっち。確かに碧うさちゃんとの関係性から言えばすぐにでも追い出したい。でも、これだけのアウェイだって事を承知で単独やってきた。たぶん死を覚悟してるとも言えるんじゃないかな」

 ちらと碧うさに目やると、意外にもケロッとしている。安心して話を続けた。

「何かあるんじゃない?」
「碧うささん、父ガーベラがシャクナゲさんに負けた際にした約束を覚えておいでしょうか」

 さすがに20年ほど前のことである。少し頭をひねったものの、それもしっかりと覚えていた。

「あ、確か・・シャっくんが言ったやつ。あたしを助けてやれって」
「はい。次は碧うささんを守ってやれと、父にシャクナゲさんは仰ったそうです」


 ここで一同にある疑問が浮かんでいた。当のガーベラがおらず、なぜ息子であるレンギョウがわざわざやってきたのか。代理で謝罪も含めて命がけの訪問にきたのか。通常であればガーベラ自身がやってくるべきである。

「事情も何となく分かってきたけど、なぜあなたがここへ?」
「父は・・・死にました」


 予測はしていた。いちおう経緯を聞いてみることにしてみる。

「父はあの後、幼かった私を連れて流浪の旅に出ました。闇組織というのは簡単に抜ける事を許されず、必ず追っ手を差し向けられるようできていたんです。きってのガンマンだった父は私を守りながら毎日必死で追い返す日々を繰り返していました。そしてある日ついに・・疲弊した父は力尽きてしまったのです」

 大半の者の予測は当たっていた。

「そして父は私を必死でかばいながら最期にこう言い残しました。碧うささんに申し訳ない、守ってあげられなくなる事だけが悔いありと。私はその言葉にウソはないと確信したのです。そしていつか、いつかチャンスがあるのならば私が父の思いを継ぐことができればと。勝手ながら」
「それでアカデミーのトップに!?才能もさることながら恐ろしいまでの努力と根性ね」


 レンギョウは改めて碧うさの前で跪き、ガーベラのした過ちの清算と自らの入隊の許可を懇願した。その目に迷いはなく、ただ真っ直ぐだった。その言葉にならない言葉を受け取った碧うさもまた、真剣に答えた。

「君の父を許す!」
「碧うさちゃん・・それ流行らせようとしてんの?」
「ち・・違うよぅ。本当にそう思ったんだよー」


 もし許されなければ自害も覚悟で持参していた匕首も必要なくなった。噂の通り、知っての通り、碧うさの器の大きさは底知れないものだと確信した。仕えるなら役場ではない、この方だ。
 無事に過去は清算されたものの入隊となれば話は違ってくる。そう、テストが待っているのだ。コナギと死闘を繰り広げたアザミや、うさ美・うさ子は例外だった。これからはキッチリと判断していかないといけない。これからの青うさぎ村を支えるための重要なメンバー選び、その第一号となる。

「実績は十分、忠誠も十分、何をテストしようってんですかい?」

 アザミの言うとおり、参謀として即戦力なのは間違いない。これ以上の人材はまずいないだろう。それでも形式上やらねばならないのが13衆の魂を継ぐ碧うさの役目。
 アザミの質問に碧うさは答えた。

「んじゃ、橙大洞穴行こうよ。そろそろ出来てると思うんだぁ〜」
「えー、それって完全に私欲じゃない」
「いーのいーの、旅するのが一番理解し合えるもんなんだよ」


 もっともらしい事を言ってはいるが、この橙(だいだい)大洞穴はオウカの丘の近くにできている洞穴で長さはおよそ1Km程度の横穴。この洞穴はウサンの恵みを蓄えていると言われ、その最深部にはとてもキレイな自然のニンジンキャンデーが生成される事が分かったのだ。
 ただ、不思議なエネルギーのせいなのか何故か帰りが迷宮のようになってしまいニンジンキャンデーを持って帰ってこれた事がなかった。レンギョウならば何かいい知恵があるかもしれないと踏んだ碧うさは、いかにもな理由と称して何としてでも部屋でゆっくり食べたいと思っている。ずる賢い。

「お役に立てるのであらば」

 快く引き受けたレンギョウとは対照的に、いつもつき合わされているコナギとアザミは苦笑いをした。

「あたしはパスだからねー。じゃ、ローズをそこまで送ってくるよ」
「あ、自分もちょっと・・」


 そう言ってそそくさとローズを連れて兵舎を出ていってしまった。

「んもう!いーもんいーもん、うさ美ちゃんとうさ子ちゃんは護衛してくれるよね」
「もちろんです、ご主人様」
「はいです、ご主人様」
「あんたらだけだよ〜、心の友は」


 とても隊長には見えない、さすがにショックを隠せないレンギョウ。でも、だからこそ自分に必要なものや高みを目指すための要素があるのではないか。これが器というものか。碧うさの天然っぷりを無駄に分析していた。

 そうこうしながら橙大洞穴にやってきた4人。横穴のため数メートル進んだだけでもう光は届かない。うさ子に松明を持たせると、その巨体のおかげでかなり広範囲を照らすことができる。一同は特に何事もなく直進していった。

「これがウサンのエネルギーですか、内側からだと一際パワーを感じますね。こんな場所があったとは」
「でしょ?涼しいし、奇跡の泉に負けないパワースポットの予感だよ」

 談笑しながら何事もなく最深部に辿り着いた。すると奥の一角に光り輝く物質がせり出しているのが分かる。基本的には橙色ではあるが、見ようによっては虹色に見える。初めて目にした碧うさ以外の者は見惚れてしまうほどだ。

「これはすごいですね。まるで自然の宝石だ」
「では取りますね、ご主人様」


 間近で見ていたレンギョウ、そしてうさ子が採取のため近づいた。と、その時いきなり二人の足元が崩れ落ちていった。あまりにも咄嗟の事で碧うさとうさ美は一瞬戸惑ったが慌てて駆け寄って声を張り上げた。

「おーい!うさ子ちゃーん!レンギョウくーん!!」

 けっこう深くまで落ちていってしまったのだろうか、向こうからの返事は聞こえない。

「どうしよう、うさ美ちゃん」
「幸いにもうさ子が一緒ですのでレンギョウ様も無事でしょうけど。何とかして合流しませんと」
「そだね。とりあえず戻りながら別の道がないか探してみよう」


 一方落下してしまったレンギョウはうさ子の頑強な体のおかげで無傷で済んでいた。

「あてて。いや申し訳ありません、うさ子殿」
「ケガはありませんか?」
「ええ、おかげさまで。さて、困りましたね」


 どれくらい落ちたのかも分からない。松明もないため周囲も見渡せない。ヘタに動くと危険な状況なのは間違いない、しかしレンギョウという男もまた一介の青うさぎではない事を証明してみせる。
 目を閉じて少し神経を集中すること数分、そこで何かをキャッチした。

「いました。2時の方向に進んでいってますね」
「え?何も見えないうえに遠く離れてるのに、分かるのですか?」
「はは、申し遅れましたが私はこういう事ができるようになったのですよ」


 レンギョウもまた異彩を放つ力を持っていた。空気や地脈など、流れあるものを利用することができる。今回は豊富にあるウサンの流れを使い、ソナーのように二人を感知した。閉所では跳ね返ってしまって捕らえることができないが、落下時の穴があったためそこからウサンの流れを掴んだのだ。

「とりあえずお二人も我々を探しているでしょう。こちらから合流しましょう。しかし、そこの穴から離れますと感知に時間がかかってしまいます。うさ子殿は定期的に穴を開けていってくださいませんか?」
「肉体労働はおまかせください♪」


 一緒に落ちたのがうさ子だったのも幸運だった。穴を開ける作業は順調だったが、実はこの大きな音に碧うさはビクビクしていた。

「うさ美ちゃーん、何?この音。怖いんだけどー」
「何でしょう、壁が壊れているような・・。ただ事ではないかもしれません。でもご安心を、命を懸けてお守りします」
「あんた達はいい子だよぅ。でもま、守られてばっかじゃ隊長の名折れだ。ちっとは役に立たないとね」


 碧うさの危機察知能力はズバ抜けている。一級品の気配消しも人一倍ビビリだからこそ昇華できた技であって、何ら特訓を積んだわけではない。
 そして来た、碧うさの横毛がピーンとなるほどの危険が。

「うさ美ちゃん、この先になんかいるよ。しかも・・・ウジャウジャ!?」
「うーん、私の武器で大丈夫でしょうか。これならコナギ様が適任でしたね」


 無いものねだりをしても仕方なし、うさ美はSPR(スナイパーライフル)を構えてゆっくりと近づいていった。体こそ小さいが、元がロボットだっただけに度胸は満点。とても頼りになる親衛隊だ。
 やや遠まきから目を凝らして見てみると碧うさは心臓が飛び出そうになった。そう、行く手を阻む生物がビッシリと集まって壁にようになっているのだ。しかもこの生物の正体というのが・・。

「ドンチュバットだぁ〜!やばいよ、うさ美ちゃん」
「そうなのですか?」
「そうだよ!チュバットの倍以上の唇でぶちゅーってされるんだよ!大変だよ!!」
「はあ」


 聞くだけだとアホらしい生物に聞こえるが、さすがにドンがついているだけあって獰猛性は相当強い。しかも大群で襲ってくるうえ、一度クチビルの餌食になると気が済むまで精気を吸われてしまう。できれば穏便にやり過ごしたい。

「では迂回路を探しましょう。音を立てずに進めば少し開いてるところから何とかなりそうですし」

 碧うさとうさ美は可能な限りの気配消しを使ってジワリジワリと歩を進めた。しかし、そう上手くはいかない。またもや後ろから大きな音が鳴り渡った。・・・彼らのあの音。
 その音に敏感に反応したドンチュバット達が一斉に目を覚まし、狂ったかのように暴れだした。その渦中に埋もれる形になった二人は絶対絶命。

「あの音忘れてた!うわ、うわー!!」
「伏せていてください!!」


 懸命にSPRで打ち落としていくもの、対複数相手にはかなり分が悪い。碧うさもローラを取り出すがビームランス化できるほどの広さや高さがない。必死で応戦するも、ただのニンジンキャンデーを振り回しているガキンチョでしかない。
 一瞬のスキをつかれたうさ美は、ドンチュバットの鋭い爪を受けて倒れこんでしまった。どうやら毒があったらしく痺れて動けなさそうだ。碧うさが急いで駆け寄ると必死で最後の松明に火を灯した。咄嗟の機転ではあったが、意外にもドンチュバットに火は効果的だったようで二人に襲ってくることはなくなった。しかし、いつか火は消える。その時を待つかのようにドンチュバットは周囲をグルグルと飛び回っている。

「うさ美ちゃんが・・」

 こんな状況でも部下を第一に気遣うのが美点である。それに応えるのもまた部下の役目。暗く狭い洞穴、しかしそれは確実に聞こえてきた。

(碧うささん、聞こえますか?聞こえてたらそのままお返事を頂戴できますか?)
「これ・・レンギョウくん?」
(ああ、よかった。やっと繋がりましたね)
「どゆこと?どこにいるの?」
(詳しい話は後ほど、まずは急いで合流しますので少々お待ちを)

 姿や気配はないもの、確実にレンギョウの声がする。会話もできている。驚きながらも碧うさは訴えかけた。

「うさ美ちゃんがケガしちゃったの!?毒っぽい、どうしよう!」
(それはいけません、急いで治療しませんと)

 みるみる顔色が悪くなっていくうさ美を見て碧うさは動揺を隠し切れなくなるのと同時に怖くなっていった。仲間を失うというのがこんなにも怖いという事だなんて思いもしなかった。
 松明も残りわずか、ついに尻尾も極限まで丸まってしまった。碧うさがうさ美に謝ろうとしたところで突然何かが目の前に落ちてきた。よく見ると救急箱だ。

「え?え?
(碧うささん、うさ子さんからお借りしたのを送りました。とりあえずそれで何とかなりませんか?)

 これもレンギョウの力。あらゆる流れを利用し言葉と言葉を繋ぐ『虫の知らせ』、そして物質を送り込む『風の便り』を発揮したのだ。
 しかし、碧うさに医療の心得などない。送られたとしても・・・。

「あ・・。何かが沸いてくる。分かる、うさ美ちゃんの症状と対処法。ポッポちゃんだね!」

 そう、先ほど身に着けたタンポポの魂。碧うさに医療の心得が宿っていた。さすがうさ子である、ただの救急箱の中は一級品の代物ばかりが揃っている。バイト代の殆どを隊のために使っているのだ。
 神がかりな対処のおかげでうさ美も意識を取りも戻すまでに至った。恐ろしいまでのタンポポの知識。

「ご無事ですか!?」

 うさ子と共に下から登ってきたレンギョウが声をかけた。

「うん、なんとか。でもコイツらが」

 ドンチュバットは執拗に瀕死のうさ美を狙い続けている。松明ももう尽きかけてきた。だが今度は医療ガーディアンの出番である。
 うさ子は大きなシールドを両サイドに構えると、そこから半透明のバリアが発生した。中はちょっとした小部屋のようになっている。ドンチュバットもこのワケ分からない異物に近づけず、うさ子とレンギョウは難なく二人の下へとやってきた。

「さあ、ここから出ましょう」
「うん。うさ美ちゃんはあたしがおぶるね」


 このバリアの中にいるものは少しずつ医療のエネルギーを分け与えてもらえる。これによってうさ美も快方に向かっていった。以前にコナギとアザミを治した際と同様のものである。
 迷宮と化した洞穴もレンギョウのソナーによって最速で抜けることができた。すでに外は暗くなっており、兵舎に戻ったときにはご飯が出来上がっていた。

「あ!やっと帰ってきた、もう遅〜い」

 体は元気いっぱいなのに精神的にはグッタリの4人。どいつもこいつも泥だらけ。

「ご飯・・ではなさそうだね。お風呂も沸いてるよ〜」
「あんがと、ママン」
「ママじゃねーよ。で、判定は?」


 お風呂に行きかけた碧うさは振り返りもせず答えた。

「問題なしでーす!」

 と、コナギはエプロンを翻してレンギョウに面と向かった。

「だって。おめでと♪」
「本当にありがとうございます!!ああ、よかった」
「さ、お風呂行ってらっしゃーい」
「はい!」


 またも晩飯をおあずけになったアザミはゆっくりとイスに座った。

「ごめんね、アザミっち」
「自分だけが特別だと思ってやした。でも、副隊長さんを始めそれぞれが隊長さんのためになろうと必死だ」


 冷めたおかずをパクッと食べた。

「あ、これ美味しいっすね」
「でしょ?」


 一同が集まったところで会食をしながら大冒険の内容や、レンギョウの活躍なども話された。これで6人目、新生ブルークローバーは着実に青うさぎ村を平和に導く力をつけている。




                                                         

〜 第6話「生きる資格」 〜

 「はあ、はあ、はあ」

 碧うさは日に日に花を咲かせつつある花壇に足を運ぶ回数が増えていた。少しずつ成長していく植物を待ち遠しく思う感情のみならず、まるで旧友との再会を楽しみにしているという側面も持っていたからである。いつかはロットも会いに来てくれるのではないか、初代13衆の前だけはいつまで経っても子供のまま。

 「うん、咲いてる!」

 この日はツクシとスイレンが咲いていたのだ。スイレンのみは小さな水場でキレイに咲いている。この特性を知っていた碧うさが花壇のすぐ横に新設していたためだった。そして前回同様、すぐ前まで来ると急に眠気に襲われた・・・。

「よーぅ」
「・・・・・」


 少し慣れた感じの微妙な空間で待ち受けていた、紛れも無い過去の英雄。燃えるうさぎことツクシと、天空の審判者スイレンが碧うさを手招きしている。姿を見つけるなり、ワケも分からない距離を疾走した。

「半信半疑だったが・・・タンポポの言ったとおりだな」
「なんかあたしがパワーアップしたからなんだってー!すごくない?」
「け!調子に乗るな。こんな事にならなくても、お前が強かったら問題なかったことだろ」
「ぅ・・・ごもっともではありますが」


 脇で見ているスイレンもクスッと笑う。

「スイレンくん!笑ってる場合じゃないんだよ!あたしはまたまた会えて嬉しいんだよう」
「・・・俺もだ」

 二人の時間は止ったままだ。それゆえに子供の頃にたくさんの思い出をもらった碧うさにとって、当時の姿のまま会えるのは非常に感慨深い。と、同時にこちらの時間は進んでいる。もっとも大きな変化といえばコナギが13衆に居ることであろうか、碧うさは自分のことより先に口火を切った。

「ツっくん知ってるよね?コナギちゃんが13衆に入ったこと」
「ああ。2期やってる事もな」
「コナギちゃんはしっかりしてて頭もよくて、すんごいあたしをサポートしてくれてる。めちゃめちゃ頼りまくって何とか隊長やれてるけど、当のコナギちゃんはやっぱりどこかでツっくんのことが忘れられないんだと思う。こんな機会ないから、もし何か伝えることがあったら聞くよ!」


 やっぱり来たか・・という顔を少しうつむいた。ツクシもさすがいに照れがあったのかもしれない。何かを考えていたのか、言葉を選んでいたのか。気持ち長めの間をおいてツクシは口を開いた。

「特にはないな」
「はあ?何ソレ、待ち損だよ!返せよ!今の間をー!」


 今度はやれやれといった顔。ガキの頃とまったく変わらない、碧うさの相手はほとほと疲れる。再確認してしまった・・・。

「違うだろ、そんなんじゃねえだろ」
「ぅう・・・ごもっともです」


 やはり碧うさはこの再会をどうしてもガマンができない。次世代、新世代の頼もしい仲間に囲まれてなお自分の原点である初代の13人は特別すぎる存在なのだ。口は悪いものの、寝相が悪く布団と枕を蹴っ飛ばして寝ていた碧うさをキチッと直してくれたことも覚えている。根っからの悪人などいない。生まれてすぐに悪人になる者などいない。環境がすべての原因を作る。そして、修正もできる。ツクシは碧うさにとっての人生の先生でもあるのだ。黙考している碧うさの肩を、ツクシはポンと叩いた。

「期待してるぜ」

 振り返った瞬間にはツクシはすでに消えかかっていた。あ!と思った矢先、背を向けていたツクシも振り返った。

「コナギは・・・コナギは現役時の俺の全てだった。もう一度会いたいと思ったらもう会えなくなるかもと思っちまった。で、最後の戦いで欲を出しちまった。情けねぇ話だ。アザミの事も思いだしちまったんだからな。死ねねぇ戦で・・。でも後悔はしてねぇ、二人に伝えてくれ、お前を通して絶対に守ると。頼んだぜ、碧うさ」
「うん」


 碧うさに『激情』の心得が灯った。

「あ、長話になっちゃってごみんね〜スイレンくん」

 いやいやと首を振りながら目の前まで来てくれたスイレン。しかし様子をがおかしい。

「すまない・・・お前に授けるものは何もないんだ・・・」
「??」


 碧うさにはあまりピンと来ない言葉・・。そう、心得とは心の内側に無意識に備わる能力のであってRPGのように目に見えるデータのことではない。この場も、深く考えすぎない碧うさにとってはまた会いに来てくれたボーナスタイムくらいにしかとらえていない。そこが完全な美点でもある。

「何を言ってんのか分からないけど、あたしは嬉しいよ?」

 フッと笑みを浮かべると、スイレンは過去に一人にしか見せたことのない素顔をさらけ出した。と言っても、放心状態のタンポポに見せただけであって意識のハッキリしている者には初となる。普段からニヘラニヘラしている碧うさの表情が強張った・・・無理もない。

「す・・・スイレンくん、それ」

 生まれつき視力が弱く、物心がついた頃には全盲だったことは周知のとおりである。が、事実は違った。スイレンの両目は思いっきり掻き毟ったかのような、いびつで凸凹な傷で覆われていたのだ。理解ある者でも、こんな姿を見ては平常心ではいられないだろう。

「これは・・・自分でやった」
「え?自分で!?」
「イヤ・・になったんだ。光のなくなる・・・世界に」


 そして再度、頭巾を深くかぶる。

「不思議だな・・。その時は後悔した・・でも、ロットさん達に救われた・・。仲間が居れば・・・大丈夫」
「うん、そだよね」
「前へ進め、碧うさ。自虐したところで・・・遠回りにしか・・・ならない」


 これだけ一気に喋ったスイレンを見るのも初めてだった。碧うさはまた一つ思い出が増えた事が嬉しくてたまらない。口だけの笑みを浮かべるとスッとスイレンは消えていった。13衆の魂は着実に満たされつつあった。

 ・・・その頃の病院では不穏な空気が渦巻いていた。気配に敏感なコスモスが何かを察知したのだ。

「なんていう強烈な闇のエネルギー!暗黒軍?しかも下っ端じゃあない・・・」

 慌てて窓から見下ろすと、緑に生い茂っていたはずの中庭が赤黒い水のようなもので満たされていた。目を凝らすと、その液体からは無数の手のようなものが出てこようとしている。まるで地獄とこの世を結ぶ出入り口のようなものだ。
 もちろん、ここはコスモス達だけがいるわけではない。一般の傷病者も大勢いる。重要施設の一つであるこの場所を守るのも、最強自警団ブルークローバーの役割と言える。

「クソ!このままじゃマズイ、一般の人たちに被害が出る。オイラが食い止める、キキョウは院内の守りについてて!」
「久々の隊長命令ですね!承知しましたよ〜」


 コスモスが傷をおしつつキャロットロンを抱え部屋を飛び出そうとした・・・その時!

「コスモスさん、まだ無理です。安静にしていてください」
「つ・・ツバキ!悠長な事は言っていられない、すぐにそこをどいて」
「いーえ、どきません。我ら次世代13衆の柱はあなたです、コスモスさん。そして私は医者です、リスクをみすみす見逃すわけにはいきません」

 ほんの少しコスモスの動きが止ったところでツバキは体を翻し白衣を脱ぎ去った。

「私だって13衆のはしくれだったんです。医療以外でも少しは役に立ちたいと思っていましたよ」

 ツバキの強さは知っている。医療に目覚める前まではキキョウと共に武に励んでいた。コスモスはそれでも相手の力量を鑑みて自分が行くべきだと判断していた。しかし、長年の付き合いであるキキョウの信頼しきった目を見たらそれも吹き飛んだ。そう、仲間のためこそ最大限に力を発揮できるのが次世代だから・・・と。
 大きな長柄のメスを携え、普段病人に優しく接するツバキの瞳は武人の目へと変わっていった。

 ・・・とある三人は、果ての無い道をただただ進み続け一つの終着点へと辿り着いていた。

「んん?なんだここは、どこかとの国境か?」
「それにしましても禍々しい瘴気に満ち満ちております。青うさぎ村とは到底思えません」

 青うさぎ村は一つの世界ではあるが、地球のように球体をしていると決まったわけではない。まだまだ解明されていない事も多い。知識が不足しているからこその新しい発見なのだが、どうやらここには先住している何かの気配もする。

「うう・・気持ち悪いし。肌とか荒れるしマジでカンベン」

 双天女とも呼ばれたコデマリとアヤメは、闇のエネルギーを色濃く受ける。光と闇が相対としているのだ。クチナシは見えない何かで遮られている石碑を見つけた。文字らしきものが綴られているが、とても読解できそうにない。

「何かがありそうなんだがなぁ。ここまで来て手ぶらってわけにもいかんし」

 そう思案していた目線の先に見慣れた渦が確認できた。ほころび穴だ。しかもかなり大きい、三人は穴のてっぺんを見上げる。と、目を凝らすと何者かが上空に浮かんでいるのが見えた。

「二人とも、警戒を怠るなよ」

 それと同時にクチナシはフレスベルク化、コデマリ・アヤメは天女衣を纏い臨戦態勢に入った。その不審者も三人の闘気に気づいたのか、フワッと下降してくる。その正体は・・・あろうことか次世代13衆カゲツを殺めた張本人、悪うさだった。

「あるえ〜?ナニナニ、なんでこんなトコに13衆が来てんの?しかもよく見たら元副隊長クチナシもいるじゃない、超賞金首♪」
「き・・キサマ!!」

 カゲツの死を道中知らされ、噴火直前だったクチナシの感情が再噴火されようとしていた。真の犯人を目の前にし、さすがの双天女も冷静ではいられない。普段温厚なコデマリですら覇気が溢れ出しているのが見える。

「ここで会っちまったのが運のツキだな、悪ガキが。見た感じ仲間もいなさそうだ。本当なら殺してやりたいくらいだが、今後のこともある。生け捕って色々と喋ってもらうぞ」

 それを聞いた悪うさの顔は一気に緩み高らかな笑い声を上げた。お腹を抱えての大爆笑だ。

「おっかしい〜事を言うねオッサン。まずアンタらに負けるはずないし。それに、わざわざこんな果てまで観光しに来たわけじゃないっての」
「く・・・クチナシ様、あれ」

 コデマリが指を差したのは巨大なほころび穴。なんとそこからコチラに入ってこようとする何かが見える。上空高くまでそびえる巨体、多数の触手、そして小さな黒い無限の生き物。紛れも無い、特級ペタモの「カラスルメ・マザー」だ。20年前の青うさぎ村戦争でヒマワリ、コスモス、レンゲを圧倒したモンスター。こんなものにまた蹂躙されたら今の青うさぎ村はひとたまりもない。止めるしかなかった。

「くそ!三人で一気に行くぞ!!」
「おっとっと♪」


 カラスルメ・マザーに突撃しようとしていたクチナシに横槍が入る。

「邪魔しないわけないじゃん。これもあるお方の指示なんだからさ、おバーカさん」

 コデマリは羽衣を一枚クチナシに包ませると、振り向きざまに声をかけた。

「クチナシ様!あれの相手は引き受けます、あなたはあのうさぎをお願い致します!!」
「ば・・お前達だけじゃアイツは」


 反対側から駆け抜けるアヤメもまた、自動迎撃を行う光輝く鎖「天鎖」をクチナシに巻きつけ声を張り上げた。

「余裕余裕」

 羽衣と天鎖によってだいぶ戦いやすくなった。カラスルメに向かう足を止め、キッと悪うさを睨み返すクチナシ。かつて死に場所を探し続けていた自分はとうにいなくなっていた。生きる意味、生きる価値、そして生きる資格が自分にも十分あると。内に秘めたる凶鳥の血が、これまでにない禍々しいオーラとなって周囲を飲み込んだ。

 巨大な敵と対峙する際の注意点は正面からぶつかってはいけない。常に死角をとって弱点を探すのが先決だ。が、このカラスルメ・マザーという怪物は四方八方カラスルメが飛び交っており視界を遮る。ひときわ太い触腕がぶら下げているカゴから無限に沸いてくるのだ。まずそこから対処することにした。

「アヤメ!私が天衣で道を作ります、あなたはあのカゴを何とかしなさい」
「おーけー、お姉ちゃん!」


 姉妹の連携は青うさぎ随一。攻めのアヤメと守りのコデマリは次世代13衆時に「不沈艦」とも称された。真っ黒に覆われた怪物の周囲はコデマリの羽衣によって、まるで天の川のように一筋の光が差し込んだ。その道も闇を遮断しているためカラスルメの妨害を受けない。アヤメは一直線にカゴに向かい、両の指から鎖を引き出した。

「近くで見るとめっちゃデカイじゃん・・・このカゴ。まったくメンドクサイ!天刺・針鼠!!」

 始め6本だった光鎖は対象物に届くまで無数の枝分かれを繰り返し、到達したときには数え切れない棘となりカゴを貫いた。カゴは見事に破壊されカラスルメの出現もなくなった。すると怪物も進撃をやめ、ただただ大粒の涙を流しながら泣いて立ち止まっている。

「やったね♪」

 あっけなく倒したアヤメが帰還しコデマリと合流。すぐにクチナシの援護に向かおうと体勢を立て直すも、そこにはストップのジェスチャーをするクチナシが見えた。油断のないよう目線こそ悪うさに向いているが、どういうことなのだろうか。

「お前達はそいつを見張っててくれ。まだ何かあるか分からん。こっちは俺に任せておけ」

 この言葉に悪うさはキョトンとした。

「なかなか鋭いオッサンじゃん。ああなったらもうウチでもどーにもできないよ。村はこれで終わり〜♪そんで、もう一つ。アンタみたいな年寄りがウチに勝てるはずないじゃあーん」
「お・・お前、自分でも御せないもんを連れてきてんのか。この外道がぁ」


 今ではカゲツとやり合ったことすら思い出だ。その時に発した凶鳥のオーラを初手から全開で開放、その真っ黒な隻翼は上空を覆う。漆黒の羽は豪雨のように降り注ぎ、悪うさのみに叩きつける。
 悪うさも闇鞭を巧みに操り回避をしていたが、そのあまりの手数にだいぶ押され始めてきた。足を止めた悪うさを、これ好機とばかりに巨大な翼を拳のように変化させ握りつぶす。規格外のとんでもない攻撃だ。手ごたえはあった・・・が。

「こっちこっち〜」

 いつの間にか背後に回っていた悪うさは、逆にクチナシを鞭で縛り上げる。

「なかなかなオーラじゃん、オッサン。副隊長だったってだけあるけど、所詮仲良しこよしのお遊戯集団。ウチらとは何もかもが違うんだよ!」

 思いっきり力を入れると鞭はクチナシの体を貫通し、四肢はバラバラになってしまった。アヤメとコデマリは言葉を失う。

「あっけな。さて、そこの邪魔してくれた女どもも同罪だ。いひひひ〜」
「・・・ふざけるな」


 アヤメは恐怖を押して声を発した。

「ふざけるなよ!人の大事なもんを・・次から次へと・・」
「ん?口が悪いなぁ、じゃあお前からだ」


 悪うさは瞬間移動でアヤメの背後に回りこむと闇鞭を勢いよくふるった。あまりの速さについていけない二人は万事休す、コデマリの天衣も間に合わない。が、漆黒の羽はまだ尽きてはいなかった。

「人の背後に回りこむクセ、まるでガキだな」

 死んではいなかったクチナシが突如現れ、今度は巨大な翼拳で悪うさをぶん殴った。すさまじい威力に何回も岩にぶつかり砕きながら、かすかに見えるであろう距離でようやく止っていた。それでも咄嗟にガードしたのであろう、ダウンは奪えていない。ハイレベルな攻防はまさに今後の青うさぎ村を左右するかのような様相を呈している。

「ありがとな、アヤメ。お前が挑発してくれたおかげで動きを読むことができた」
「ビ・・ビビッたぁ〜。そういえば副隊長にゃ羽木偶があったんだっけ」


 大量の羽を消費して自分の分身を作り上げる特殊技の羽木偶は、鳥うさぎ一族の中でもスイレンとクチナシしか習得できていない。忍びの最高峰であったカゲツと共に過ごせたからこそ、その習熟度も極まっていた。
 そうこうしているうちに、怒りの表情で近づいてくる悪うさ。すでに何かを発しようとしている。

「はいはい、もう遊ばない。マジ怒った」

 悪うさは手に持ったリモコンで何かを操作すると、白いうさロボが亜空間ゲートから二体現れた。一体が三人に向かって光弾を発射し、それを避けるため散開したクチナシにもう一体が光の輪を幾重にもかける。今回も羽木偶で逃れようとしたはずだが、なぜか思うように技が出せない。

「ぐ・・・」
「フレスベルクと化したクチナシ様が技を失敗するなんてことあろうはずが・・」


 間近で技を見てきた二人の天女も目を疑う光景だった。効果的かどうかは別として、仕掛けたら必ず遂行して見せたのがコスモスとクチナシの隊長副隊長コンビだったからだ。今のは明らかに羽木偶の予備動作に入っていた。なのに何故かできなかった、とでも言ったほうが分かりやすいかもしれない。

「手こずらせてくれてっからに。このまま締め上げて今度こそ息の根を止めてやる!」
「ぐああぁ!」


 みるみるうちに闇のオーラは収縮し、クチナシの巨大な翼は跡形もなく消え去った。その弱った姿を確認すると、悪うさは地面に大穴を開けクチナシを真上まで運び始めた。まったく身動きが取れないまま奈落に落とされたらそれこそ終わりであろう。コデマリ・アヤメも白いうさロボに行く手を阻まれる。

「はあ〜、しんど。こちとら研究くらいしてんだよ。どっちかと言えばこっち側のアンタに普通の攻撃が通用しないこともね。極限まで闇に染まった相手に効果的なのは光。まさしくその輪っかこそが対クチナシ対策の裏技ってワケ」

 決してさっきの一撃が効いていないわけではない。悪うさも全身くまなく激痛が走っており思うように動けない。確かに秘策中の秘策であったが、これしか策がなかったのだ。もし回避された時のことなど考えてはいなかった。

「もう喋る力もないみたいね〜。いくら鳥うさぎと言えど・・隻翼じゃあこの奈落からは逃れられない。英雄世代もコイツで終わりってワケね、金星!!」

 一部始終を見ていたコデマリ・アヤメ両名は必死に隙を狙ってクチナシ救出に向かおうと試みるも、白型のうさロボはかなりの最新鋭らしく振りほどくことができない。今のクチナシに届くのは言葉でしかなかった。

「副たいちょ!!そんなんで、こんなんで呆気なく終わるなんてらしくないじゃんかよ!いつもみたいにウチらを・・次世代を叱ってくださいよ!!」
「信じております、クチナシ様・・」


 その思いも通じたか通じずか、クチナシを拘束していた光の輪が消滅するとそのまま垂直に落下。暗黒の底へと消えていってしまった。二人はもう見てはいられなかった。英雄世代、ロット・キッカと共に学び修練を積んだ青うさぎ村の精神的支柱。それを失うことの重大な意味を知っているから。またそれ以上に、次世代13衆にとっては直接関わりのない先代達よりも敬っていたことは間違いがない。悪うさは思わず笑みがこぼれた。

「こいつらは奇跡だなんだと色々邪魔してくっからね。念には念をっと」

 クチナシを吸い込んだ大きな闇の口は徐々に小さくなっていった。何度も辛酸を舐めさせられた悪うさだからこその念押しだ。チラッとカラスルメマザーの確認をすると、軽く頷いて二人の目の前にやってきた。

「あんたらも終わりだよ、ウフフ・・・」

 なにやら意味深な言葉を発すると、自ら手をくだすことなくロボットに攻撃指示を与えた。かたやコデマリは一つの結論を出そうとしていた。もしもここで犬死にをしたとしても何も守ることはできない。せめて一太刀、悪うさ・カラスルメ・うさロボ。どれかを道連れにしてこその生き様なのだと。その瞬間、コデマリの体が金色に輝きだした。

「お!お姉ちゃん?それって・・・」
「仕方がないのです。この場を抑えられるのは私だけ、アヤメは逃げなさい。逃げて、コスモス様にお伝えをしなさい」
「そんなのイヤだよ!お姉ちゃんを置いてくなんて・・」
「アヤメがいい子なのは私が一番知っています。でも・・死ぬつもりは毛頭ないけどこんな状況だからね。少しでも早く耳に入れてもらって対応をしやすくしてもらいたいの。分かって、アヤメ」


 天女とは神に仕える人との橋渡し役。神ではないが人よりも神に近い存在、そう人間界では言い伝えられている。その橋渡し役も昇格することがある。幾重もの徳を積み、幾重もの修練を積んだものが自分の中の自分を越えた時・・・神の力を欲した時。天女は女神に変わる!

「浄天衣・金火縛法!!」

 コデマリの羽衣は眩い光を放ちながら悪うさとカラスルメを縛り上げた。強大な闇のエネルギーを持つ悪うさがピクリとも動けない。雲にも届きそうな怪物が一歩たりとも動けない。拘束に特化したコデマリの奥義とも言える。

「さ、早くしなさい。アヤメ!」
「う・・・」


 女神になるという事は自分を超えてしまうという事。当然リスクもある、その事を同じ血を分けた妹が知らないわけがない。侵食・・・この力を長時間使用すると自我が無くなり身体が崩壊する。ここで逃げればそうなるまで抑え続けるであろう事は分かっていた。この時ばかりはコデマリに甘え続けてきた自分を後悔した。なぜならアヤメはまだ女神になれていなかったから。周囲の凄さに甘えてしまっていた。
 そうしている内にコデマリの目から血が落ち始めた。体が危険信号を出しているのだ。

「おい!そこのグズ!これが解けたら真っ先に潰しにいくから逃げんじゃねーぞ!」

 この状況に苛立っている悪うさも上空から威圧する。一瞬このまま倒せないかとも考えた、でも冷静になった。あのクチナシでさえ互角。一人で出しゃばってすべてを無にしたらそれこそ最悪の結末になる。姉を見て、クチナシの落ちた穴を見て、決心して退こうと思った。
 ・・・そしてついに不死鳥が目を覚ました。わずかになった隙間から光の柱が上った刹那、大空に翼を広げ飛翔するクチナシの姿が見える。

「ば、バカなー!なんでなんで?なんで翼が両翼になってんの!?」

 一度死にかけた際に確かに失った片翼。以来飛べない鳥としての在り方を追求してきたクチナシについに変化が起こった。よく見ると、今までの闇に染まった凶鳥フレスベルクの翼に加え著しく神々しい光の翼が備わっている。光と闇の両翼となり、不死鳥はまたも蘇った。
 女神化しているコデマリを見たクチナシは急降下をすると、カラスルメをその巨体に隠れる核ごと光の翼拳で貫いた。核を失ったカラスルメは泣きながら崩れ落ちた。信じがたい光景を目の当たりにした悪うさは尻尾がペタッとなってしまった。過去最大の恐怖を肌で感じたからだ。

「スイレン・・・俺は生きるぞ。お前が託してくれたこの翼とともに」

 その言葉を聞いてハッとしたアヤメ。クチナシが旅立つ前に兵舎に立ち寄った理由、それはただの情ではない。弟であるスイレンに呼ばれたからだったのかと。スイレンは己の力を碧うさにではなく兄であるクチナシに託そうとしたのだと。

「本当に出来た弟だよ。なんでアイツらが死ななきゃならなかったのか。それもこれも・・お前らが村をメチャクチャにするからだろうがぁ!!」

 あのカラスルメでさえたったワンパンの恐るべき光の巨拳が悪うさの顔面に迫った。だがその風圧のみが襲い、攻撃は寸止めされた。それでも悪うさは気絶してしまっている。二つの脅威を一気に解決したクチナシは二人の下へと舞い降りた。

「ふ・・・副たいちょ・・」
「く、まだコントロールしきれない。話はあとだアヤメ。俺は少し休ませてもらう、すぐにコデマリに女神化をやめさせろ。侵食されるぞ。あと、あいつを縛り上げておいてくれ。生け捕りのほうが都合がいい」

 フッと力が抜けた瞬間、クチナシも死んだように眠ってしまった。アヤメはすぐに悪うさを天鎖で拘束するとコデマリに駆け寄った。

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!もう大丈夫だよ!副たいちょがやっつけてくれたよー!!」

 しかしコデマリは一向に解除する気配がない。

「ちょ・・もういんだよ!早く解かないと!!」

 スッと振り向いたコデマリは涙さながらの血を目から流しながらアヤメに微笑み返した、言葉などすでに出せないくらい侵食が進んでしまっている。でも意識はある間に合うはず。アヤメはコデマリの行動に理解ができなかったが、それはすぐに嫌でも思い知らされた。
 カラスルメ・マザーが出てきたほころび穴からさらに何かが出てこようとしている。言われればそうだ。誰が一匹しか来ないなどと都合のいい事を言ったのか。しかも這い出てくる触手の大きさが尋常ではない・・あきらかにマザーの上を行く大きさだ。コデマリの優れた察知能力が女神化の継続に繋がっている。

「そ・・そんな」

 想像上のペタモ。妖精界でもそう呼ばれる怪物が何体か存在する。固体では無害なカラスルメ。そのカラスルメを永遠に生み出しながらエネルギーを搾取し続けるカラスルメ・マザー。そのマザーを叱咤するどんでもない怪物がいるなどと言う笑い話。実際は少しも笑えなかった。
 考えるより先にコデマリはその怪物を天衣で拘束した。カラスルメ・グランパ、立派な髭をたくわえた超巨大生物。もはや頭の先は上すぎて見えない。そんな相手を前にして引き続き力を使うコデマリに限界が迫っていた。

「うんうん、お姉ちゃん!分かってる、分かってるよ!」

 コデマリは目のみでなく耳や鼻からも流血している。だが歯を食いしばって全力で抑えつけるも、あまりのパワーでほんの少しずつ出てきてしまっている。この間にクチナシと悪うさをアヤメが連れ帰ってくれることを信じて。
 アヤメはクチナシのところにも、悪うさのところにも行かなかった。大好きな姉であるコデマリの傍を離れたくなかった。だからこの選択をした。

「分かってるけど・・村も守りたいけど・・それよりもっとお姉ちゃんを守りたい!」

 すでに意識も飛んでしまっているコデマリに言葉は届かない。だからこそ決められた、だからこそ超えられた。自分を。

「もう許さんからねー。副たいちょだけでも無事なら村は何とかなる!」

 ついにアヤメも金色の光に包まれる日がやってきた。これまでにない力を感じる。周囲から少しずつ力が流れ込んでくるのが分かる。

「天鎖・針土竜!」

 さきほどよりもさらに細かい鎖を飛ばすと、グランパの体内に眠る核を探し始めた。

「どこだ、どこだ。早くしないとお姉ちゃんが」

 とはいえそう容易いはずはない。なんせ見上げても全貌が分からないくらいの巨体、どれだけの体積があるのか。とてつもない女神の力と集中力によって、アヤメも目から流血し始めていた。

「そんなのどうだっていい、どこだ。天鎖・針千本!!」

 とうに限界は超えている。それでも何も躊躇はない、全員が生きて助かる道が0ではないと思っていたから。やがて耳・鼻からも流血が始まったころ、一瞬何かのエネルギー体に触れた。コデマリの意識無き束縛も弱くなり始めている。これが・・本当のラストチャンス。
 見つけられた核も必死に大きな体の中を逃げ回りアヤメの憶測から外れようとするも、ここである差が生じた・・。生き延びようとする者と死を覚悟した者。どちらの思いも強いのは間違いない。そこにアヤメはコデマリ・クチナシ・碧うさ・青うさぎ村、そのすべてを背負っている事を自覚していた。すでに内臓をやられ口からも吐血している。

「!」

 ついに核は逃げ場を失い体を飛び出した。大きさにすれば10Cmほどだが、この巨大な怪物を操るレベルの脅威を十分持っている。通常だったらそのまま去ってしまうところ、この核は満身創痍のアヤメを見てこう思ってしまった。倒してしまったほうが安泰だと。決死の者への不用意さ、所詮は魔物だということだった。

「べ・・別に逃げても追いつけたしね・・へへ。ま、来てくれて助かったよ」

 アヤメは体外に放出していた天鎖を一斉に呼び戻し、それらを体内に納めると今一度光輝きだした。一直線に高速で向かってくる核は弾丸のようになり、タイミングを誤ると風穴が空いてしまうだろう。しかし、そんな心配すらないのがアヤメの真骨頂。

「浄天鎖・夜魔荒らし!」

 体を中心にして、全方位への天鎖攻撃。どんな俊敏なものでも間合いに入ってしまったら結果は変わらない。核も例外なく、アヤメの放つ金色の鎖に貫かれ崩れ去った。それと同時に山ほどの巨大なカラスルメ・グランパも核エネルギーを失い轟音とともに崩壊した。

「ぐ・・ぐっじょぶウチ!ほころび穴も閉じていく・・やった」

 足元もおぼつかない状態ながら周囲の様子を探るも、もうこれといった気配も感じない。と、安心したアヤメの目にとんでもない物が入ってきた。

「あ!あれ・・たしかスルメの涙?どんな状態異常でも完全に治しちゃう幻の秘薬、あいつ落としたんだ。いい土産じゃん」

 思いがけないレアアイテムの発見で少しは実感が沸いてきた。村を守れた栄誉と、確実におとずれるであろう死を。声も出せないながらコデマリを見やると涙を流していた。血ではない、熱い涙そのものだ。嬉し涙だといいなぁ、そんな淡い期待を抱きつつアヤメはその場に倒れ込んだ。

・・・激しい戦闘が終わった後は切り裂くような静寂に包まれた。その無音の音に反応し意識を取り戻したのはクチナシ。慌てて辺りを見回すと絶句した。てっきり二人が無事に待っててくれているものだと思っていた。そして自分が倒したカラスルメ以上の瓦礫を見て察した、二人が守ってくれたのだと。クチナシはその瓦礫に埋もれていたスルメの涙を拾い上げ、二人のもとへと急いだ。

「よし、まだ息がある!」

 まったくと言ってためらいは無い、朝起きて顔を洗うような自然な行為のようにアヤメにスルメの涙をふりかけた。そしてクチナシはもう一本持っていた。最初のカラスルメ・マザーが落としていたのだ。当然コデマリにもふりかけた。

「ふん、デカイほうも一本とはケチくさい」

 生きてさえいればどんな状態でも治してしまう、噂に違わぬ効力によってみるみる二人は生気を取り戻していった。悪うさのほうはまだ気絶しているようだ。おそらくアヤメの天鎖が対極属性のため思いのほかダメージが大きいのだろう。もしアヤメが死んでしまっていたら鎖も消え逃げられていたかもしれない、間一髪だった。
 少し時間を置いたのち、コデマリとアヤメは完全に意識を取り戻した。

「お?気がついたのか」
「き・・・気がついたのかじゃない!!」
「な、なんで怒ってるんだ?」
「なんで?なんではこっち!なんであんな貴重なアイテムをウチらに使ったわけ!?新世代に引き継ぐのがウチらの使命なんじゃなかったの!?」


 元気になった途端、激しい剣幕でクチナシに詰め寄るアヤメとそれを制止するコデマリ。

「そう思っていた。だが、今回の一件でハッキリしたことがある。俺達は死んじゃならない。碧うさ達に引き継ぐことが死を意味するなんて誰も言っちゃいない。コスモスだってきっとそう言う。真っ暗闇の中で弟に叱られちまったよ。だから俺はロットやキッカ、初代13衆の分まで生きると誓った。生きる資格があると理解させられた。だから仲間であるお前らも死なせはしない」

 なんだかよく分からない弁論だったが、疲れたのでヤメにした。

「ま、土産ならほれ。相手の幹部を生け捕りだ、こっちのが相当な値打ちだぞ」

 ひとまずコデマリもアヤメも13衆で良かったなと思えた。命を懸けても救ってくれる仲間がいることに感謝をしつつ・・・。先が見えない戦いへ身を投じる覚悟だけは備えていた。