碧うさ冒険記 -外伝(13衆入隊物語)- |
キャロ編 | タンポポ編 | レンゲ編 | キッカ編 | パンジー編 | シャクナゲ編 | ヒマワリ編 | ツクシ編 | スミレ編 |
スイレン編 |
〜 キャロ編 〜
「キャ〜ロ〜ちゃん!あっそびっましょ〜!!」
平和な1日が始まった青うさ村。今日も天気がよく、子供うさぎには絶好の遊び日和になった。とっても仲良しな少女うさぎのキャロとスミレ。ともに8歳になったばかり。もともと内気だったスミレを、何でも活発に過ごすキャロが引っ張っていく事が多い。そのため、スミレもだんだんと心を開くようになった。
最近では遊びに誘うのはいつもスミレ。機械をいじるキャロを無理やりにでも遊び場へ連れていく。
「今日はどこ行こっか、キャロちゃん♪」
「そうだなぁ・・・もう海にも山にも行ったし。あ!あそこ行かない!?」
そう指さす先は、青うさ村を守る兵士が集まる施設。治安がよくない人間界や、悪の組織がうわさされる妖精界、うなばランドとシンリーンがいつも戦争をしているクリスタルランド。その中にあって、唯一大きな問題がないこの村は兵士たちのみによって守れていた。王様というものがないので、すべてのうさぎが自立して争いのないよう過ごしている。
しかし、戦いを好まない性格を持っているうさぎたちなだけに兵士の存在自体疑問を持つものも多い。スミレもそう感じていただけに、いつもここへは来たがらなかった。
「あそこはイヤだよ、兵士ってなんか・・・こわいもん」
「う〜ん、そうかなぁ。あたしたちを守ってくれてるんだよ?すごいことだと思うけどな」
こういう日は、遊びを中止してそのまま別れてしまう。その後、好奇心いっぱいのキャロの大冒険が始まるのだ。ちょくちょく来ては、兵士に追い出されたり怒られたり。もうキャロの存在を知らない兵士はだれ一人いない。そんな中で、唯一相手をしてくれる若き兵士がいた。
英雄ロット・・まだ入隊して間もないので、地位もそんなに高くはない。仕事といえば、施設内の見回りくらい。実戦経験も数えるほどの新米兵士だった。
「お!?またいるな、お嬢ちゃん。また怖いお兄さんたちに怒られちゃうぞ」
「へへーん!あたしにかかれば怖くないもんね!!見て見て、このニンジン。何だと思う?」
一通り相手をしたあと、キャロを家の近くまで送り届けるのが日課。そんな元気いっぱいの子供たちを見て、ロットも毎日を気を引き締めることができる。
青うさ村が、いつまでも平和で温かい場所になるように・・・。
キャロは、ロットに会った日はなぜかご機嫌。親にも注意されている機械いじりを、まるで友達のように一緒に見てくれる。心の中では、いつか兵士になってロットと一緒にいたいという感情も生まれはじめていた。
次の日、いつものように学校が終わって機械をいじっていたキャロ。しかし、なにかがいつもと違う。そう、スミレが呼びにこないのだ。いつもの事がそうでなくなると、なぜか違和感をおぼえる。
「う〜ん、スミレちゃん何かあったのかなぁ。学校も休んでたみたいだし・・行ってみよっかな」
適当なところで手を休めたキャロは、油を落として玄関を出る。スミレの家までは10分くらい、道は一本しかないのですれ違いもない。ただ黙々と歩いていくキャロ・・そこへ。
「あ!スミレちゃん。スミレちゃ〜ん!!」
「キャロちゃん・・・」
明らかにいつもと様子がおかしいスミレ。近づいていく足取りも重いうえに、まともに目を合わせようともしない。うつむき加減で、抱きつかんばかりの勢いだった昨日までとはまったくの別人に見えた。
だからといって、まだ理由も分からないキャロは問い詰めるような事はしなかった。難しいことは抜きにして、大の親友が落ち込んでいる・・・8歳なりに、空気は読めるからだった。
とりあえず、道端のわきに転がっている大きな岩に腰をかけたキャロとスミレ。ほんの少しの沈黙のあと、スミレが重い口を開いた。
「あの・・あのね、キャロちゃん。わたし、引越しすることになっちゃった。あはは」
「え!ひ・・引越し!?どこへさ!!」
「うん・・それが、妖精界なんだって。すごい遠くなんだ、わたしもまだ混乱してて・・」
「そんな、そんなのってないよ〜」
スミレの雰囲気から、それなりの覚悟はしていたキャロだったが「ここまでとは」という考えが頭をぐるぐるめぐっている。とにかく、応援すればいいのか止めればいいのか。何て声をかければいいのか、急に言われたキャロのほうが混乱するのは無理はない。それでも大親友、見た目だけでも平常心でいようと思った。
一方のスミレも、引越しがどうにもならないことを知っている。今までうつむきがちがった性格が180度変わったのも、あきらかにキャロのおかげ。お互いに辛い時間が過ぎていく。
しかし、やっぱりキャロはキャロだった。
「そっか、でもいいな妖精界。あたしも行ってみたいよ、あはは〜」
「うん、親がね・・。親が向こうの道場に講師として呼ばれちゃったんだ」
「すごいね、スミレちゃんのお父さん強いもんね!」
「わたしにも何かを教えるから一緒に来いって・・。ほんと、いい迷惑」
実際にスミレの父は色々な武術を極め、青うさ村でもかなり評判だった。もちろん、兵士としても何度も勧誘を受けていたが断り続けている。そんな父の姿も影響し、兵士というものには不慣れなところもあった。
「わたし、絶対に帰ってくるから。キャロちゃん、待っててくれる?」
「もちだよ、もち!あたしも頑張って兵士になるから。次に会ったら一緒に兵士をやろ♪」
「やだ」
次の日、スミレは青うさ村を離れていった。まだ幼いキャロには大きなショックである。自宅の地下でコッソリと作成中だった、兵士志願用アイテム「ニンジン・ミサイル」。完成間近のまま、時は止まってしまった・・・。
かたや、兵士施設のほうでも問題が発生していた。クリスタルランドから持ち帰った「ある物」の設計図が、最後の最後でまったく解読不可能に近くなってしまった。しかも、兵士の一人がその設計図を持って逃亡してしまったとの事。その者の捜索と、最終段階にあった切り札の作成にてんやわんや状態、こちらもストップを余儀なくされる。
そんなニュースをぼんやり見ていたキャロ。もしかしたら何かのきっかけかも、そんな予感がした。と同時に、体がおのずと外へ行こうとする。
玄関を出たところで、キャロに向かっていきなり突進してくる大人うさぎ・・。
「おわ!危ねーな!!気をつけろ!!」
まだ小さなキャロは思わず転がり飛んでしまった。さいわい、かすり傷ていどですんだのはいいとしてコレはコレでかなりブルー。お尻をばんばんと払っていると、何やら紙切れが落ちている。
「あ、これさっきのおじさんが落としたんだ。バッカでぇ・・・ん!?これって、設計図じゃん!ニュースでやってたやつだ。・・・ふむふむ、すごい!これなら♪」
さっそく、ロットの元へ設計図をもって行くことにした。そう、キャロには解読ができたのだ。もしかしたら自分のためになるかもしれない、そして憧れの兵士になれるかもしれない!つきものが落ちたように、キャロは兵士施設に向かった。すると・・・。
「ズガガァァ〜ん!!」
いきなり役場のほうで大きな爆発音が鳴り響いた。キャロはビックリして腰をぬかす。大小さまざまな爆発があちこちで起きはじめ、青うさ村はあっという間に大混乱。火の手もあがりはじめる。
ぼんやりしているキャロを、慌ててかつぎ上げたロット。
「大丈夫か!?」
「あ・・・うん。でも、どうしたの?」」
「ああ、よく分からないんだが大きな怪物がほころび穴を通って村に入ったきたみたいだ」
キャロを抱っこしながら安全なところへと向かうロット。行く先々でも、混乱した住人やケガを負ったうさぎでごった返している。まるでまとまりがなく、指示を出すものもいない。普段、訓練されていないだけに急にこういう事態になるとどうにもならなかった。ひとまず少し離れた場所の木陰でキャロを下ろし、急いで住人を誘導しようとしたその時。
「よう、ロット」
「クチナシ!いいところに来た、ここは任せていいか?俺はあっちのほうを・・」
「フフ、何を言ってる。お前は今朝の会議で解雇が決まったよ、つまりもう兵士ではない。はは・・今まで好きにやってくれたツケが回ってきたってわけだ。いい気味だな、なあロット」
「こんな時に何を言っている。状況が分かっているのか!」
ロットの叫びも、ニヤっと笑って流されてしまう。クチナシは能力がないうさぎではないが、どうしてもロットの影にかくれてしまう。その恨みなんかがあったのかもしれない。
振り返りもせず、ゆっくり立ち去るクチナシ。突然の兵士クビ宣言にショックを受けることもなく、最善の策を考えるロット。腕はたつが、作戦をねるのに慣れていない。それを見ていたキャロは心配そうにもピョコンと出てきた。
「あの・・ロット、ずっと見てたんだけどね。あっちこっちバラバラにいるように見える怪物なんだけど、よく見ると動きが一緒な気がするんだ。もしかしたら、指示を出してるボスがいるかもしれない。それを倒したらどうかな」
そうアドバイスを受け、飛び回っている黒いイカを目でおった。確かに東西南北、スキなく規則正しく動いているように見える。その中心・・・いた!1匹だけカゴを持っている。大きさは自在に変えられるようだ。
キャロを残して急ぎそこへ向かうロット。兵士でなくても村を守る気持ちは変わっていない。しかし、いざ到着してみると今までにはない光景が広がっていた。危険を察知したイカは巨大化し、さらには小さいイカを大量に放出している。もう前など見ていられない。
「くそ!何とかあいつのところまでいければ・・・」
焦りが出始める・・。こうしている間にも、怪物は容赦なく村を襲い住人を襲う。無理に突っ込むしかない!そう決心したその時、一陣の風が吹きすさむ。クチナシがやってきたのだ。どうやら、さっきの言葉はロットをわざと自由にするための演技だったらしい。命を懸けた攻撃で、ようやく巨大イカが姿を現す。
クチナシを失った悲しみは、勇気となってロットの力になる。素早い攻撃で大きな足を何本も切り取っていった・・しかしそれでも倒れない巨大イカは、カゴから新たなイカを大量に出し始める。万事休す・・・
「おりゃ〜!!ロ〜ック・オン!!・・・・・発っ射ぁぁ〜!!!」
やや離れたところで大きなミサイルが発射され、見事カゴを粉砕した。残ったイカも、キャロの全弾発射によって全滅してしまう。チャンスとばかりに、ロットがとどめの一撃!何とか巨大イカを倒すことができた。
その後、ロットは村を救い英雄になる・・。
「ねえ、ロット。あたしも仲間になれるかな?」
「もう兵士はいないからなぁ・・俺たちで作っちゃうか」
「やった、やった♪ねえ、あたし何すればいい?」
「とりあえずはその設計図を元にして勉強かな。16歳になったら考えるよ」
それを聞いてウキウキになったキャロ。しかし、まだ気づいていない・・まだ8年もある事を。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
時は経ち、16歳になったキャロは晴れてロットの仲間となった。そこからミサイル少女キャロの伝説が始まることになる。いつも片腕として、村をみんなを碧うさを見守り続けた。2年後の事件が起きるまで・・。
いつものように見回りをしていたキャロ、そこへ懐かしい声がした。
「キャロちゃん、ただいま!ですわ♪」
青うさぎ改造計画・・・何の取り得もない青うさぎ達を、科学の力で発達させようという裏の社会も存在している。魔法が使える妖精、武器や兵器を生産する技術力を持つロボット。それに対し、一部のうさぎの間で密かに進められていた闇の計画。もちろん、平和を愛する種族なだけに公表すれば非難は当然。さらに、優秀なクローンを作り出すためには優秀な素材も必要。それに選ばれてしまったのが、計画グループの代表の娘・・タンポポであった。
「う〜ん、ポニィちゃん遅いなぁ。もう30分も遅刻だよ、まったく」
医者としても有名な父を持つタンポポもまた、幼くして医者としての未来を約束されたほどの天才少女。10歳にして、町医者レベルの診療も行える。妖精界に引っ越して1年、近所ながら同じ医者仲間のポニィとも仲良し。
今日はポニィと薬の材料となる薬草を取りに来た・・はずだった。
「もう!九十九なんて使ってるから支度に時間かかるんだよ。何回も行ってるし、一人で採ってこようっと」
その薬草は主に万能薬に使われるもので、とっても貴重。二人しか知らない山奥の崖っぷちにしか生えてないので採るのも命がけ。いつもは協力して採りにきていたのだけど、今日はポニィが遅刻気味。
何回も成功してるだけに、タンポポにも油断があったかもしれない。
「よ、っと。もうちょい・・ん、あ!うわわぁ!!」
あと数センチで手が届く・・・っと思った矢先、命綱を縛ってあった木が折れる!いつもはポニィの魔法で頑丈にしてあったものが、度重なる負担でもろくなっていた。
支えるものが無くなった小さい体は、想像もつかないほどの真っ暗な闇へと消えそうになる。そこへ、上空から翼をもったうさぎが颯爽とタンポポを抱え上げ助けだした。
「大丈夫か・・・」
「あ、うん。ありがとう」
よく見ると、顔を頭巾で覆いかくした青うさぎであった。妖精界にきて以来、青うさぎにはまったく会っていなかったタンポポ。助かった安心感と、久しぶりな感覚が入り混じってどこかもどかしい。
「無事で良かった、家まで送ろう・・」
「あ、いいよいいよ。大丈夫、もう真っ直ぐ帰るから。あ、タンポポっていうの!ほんとうにありがとうね」
「スイレンだ・・気をつけてな」
そう言ってそそくさと帰っていった。スイレンもまた、たまたま妖精界に修行に来ていたところで発見できた安心感もある。頭巾でかくれてはいるが、その後姿を優しい目で見守っていた。
すると、林の中から新たな気配を感じる・・。これもまた青うさぎのもの?
「覆面兄ちゃん、いい腕してるな。その翼、まさかとは思うがクチナシの?」
「クチナシは兄・・・。あんたは・・」
「ああ、悪い悪い。俺は名はキッカ、青うさぎなら片腕のキッカって知ってるかな」
「もちろんです、ロットさんナノハナさんキッカさんは尊敬してますから・・」
「これは光栄だ、こんなに見込みのある青年にまで慕われてるなんてなぁ。生きてみるもんだ」
片腕のキッカ・・幼少の頃、母を怪物から守るため左腕を失って以来どんな困難でも立ち向かう勇気を示してきた戦士。ロットと共に兵士として入隊したが、闇の計画を察知し妖精界に潜りこんでいた。そして、その中心となるのがタンポポだということを突き止めて日々様子を見ていたのだ。そして詳しい話しをスイレンにも聞かせる。
「あのタンポポって子、可哀想なんだ。同じ青うさぎとしても、そんな事は許せないしな。」
「・・・・・・・」
「どうだ、俺がその腕を買おう。計画潰し、手伝ってみないか?」
「お供します・・」
「よし!宜しく頼むぜ、相棒!!」
キッカから指示を待て・・とだけ言われ、飛び去るスイレン。その場に残り星を眺めるキッカ。数日前から妙な胸騒ぎをしていただけに、スイレンの助力がどれだけ心強いか。いつも通り、野宿をして一夜を明かす。
翌朝、妖精界には慌しいニュースが飛び込んできた。青うさ村が怪物に襲われたとの事。あちらこちらにほころび穴があき、一帯は騒然となった。しかも、この騒ぎに対して過敏に反応した集団もいる。
「タンポポちゃん!大変ですよ、なんかすごい事になってるです!」
「ポニィちゃん・・どうしたの?」
「青うさ村が大変なことになってるって話・・・ああ!」
朝一でタンポポのところにやってきたポニィ、危険な事を知らせにやってきたのだが・・。後ろからやってきた黒ずくめの集団がポニィを吹き飛ばし、さらにタンポポを連れ出す。
ふらふらしながらも怪しい集団の向かった先を記憶するポニィ、そこへキッカが駆けつける。
「くそ!遅かったか!嬢ちゃん平気か?あいつらどっちへ行ったかわかるかい?」
「う〜ん、あっちです。研究所のほうへ行ったです・・・」
「サンキュー助かる!スイレン、行くぞ!!」
「了解・・・」
地上と空からの追撃が始まった。向こうもかなりのスピードで走っていってしまったので、すでに研究所内に入ってしまっている。周りには護衛用に置いている怪物の姿もあり、入り口にたどり着くだけでも容易ではない。
片腕に装着したキャロットトラッシュで怪物を振り払いながら進むキッカ。
「スイレン!俺はここらの護衛を引きつける、上から直接2階に入ってタンポポを・・・頼む!!」
「・・・・・必ず」
窓ガラスを割りながらも、大きな翼を使って2階へと進入するスイレン。ちょうど目の前には大きなトビラがあり、まるで手術室を思わせる器具が確認できた。
まさにこれからだったのだろう、しかも下からタンポポを担いだ連中もやってきた。それを見たスイレンは、大きな翼を広げ戦闘態勢に入る。こうなると羽根の一本一本がスイレンの武器、救出は成功・・と思われた。
「チェックメイトだ・・・」
「あん?笑わせんなっての!調子にのんなよ!!この虎うさぎが相手すんだってんだ!」
虎のようなシマを持つ青うさぎ、しかも鋭い牙をも持っている。しかし特筆すべきはその身体能力。スイレンの放つあまたの羽根を、的確に打ち落としていく姿はまるで野生の虎そのもの。速さではひけをとらないスイレンだが、それは屋外のはなし。室内では分が悪かった・・。
そうこうやっているうちにキッカもやってくる。
「お・・・お前はパンジー!なぜ貴様がここに!!」
「っち!また青うさぎかよ・・・しかも片腕のキッカだぁ?ま、時間かせぎはできただろーぜ」
サッと身を隠す仕草もお手のもの、パンジーはその場を離れた。二人は急いで大きなトビラをぶち壊す。すると、台に乗せられたタンポポの姿が・・。
「おい!大丈夫か!おい、おい!」
必死に呼びかけるキッカ。うつろな瞳で少し見つめたタンポポ、やがて何かを呟いた。
「タンポポネ・・・オイシャニナルノ・・」
「な・・・なに?これは!」
間に合わなかった、薬によってタンポポはもうただの喋る人形になってしまっていたのだ。クローンに必要なサンプル入手は数回に分けて行うが、最終段階は頭の中・・つまり脳に対して行う。もう少し余裕があると踏んだキッカの予想を、思わぬ青うさ村の事件により前倒しになったのだ。
済んでしまえばオリジナルは邪魔になる・・このままではタンポポは消されてしまう。せめてと思い、解決策も見つけられないまま連れて帰ることにした。
「タンポポネ・・・オイシャニナルノ・・・」
「た、タンポポちゃん!?どうしたですか、なんでこんな姿になってるですか?」
詳しい話を聞いたポニィも、この事実にオドロキと悲しみを隠しきれない。普通なら諦めてしまってもいいだろう状態だが、救えなかった責任感からキッカもスイレンも手がかりを探す事を決意した。そしてタンポポはポニィの家に預けられ、一向によくならなないまま5年が過ぎた・・・。
青うさ村はロットの活躍により何とか持ちこたえ、月日の経過とともにゆっくりと以前の穏やかさを取り戻していった。それにより、妖精界に避難していた青うさぎも減っていく。しかし、どんなに時間が経とうが決して忘れられない思いを胸に・・・未だにとどまり続けるうさぎもいる。
「なるほどなぁ、つまりタンポポには秀でた自己治癒能力があるってわけだ」
「・・・・はい」
そこまではつかめたものの、どうやってその事を自覚させるかが問題になっていた。よっぽど怖い思いをしたのだろう、そのショックがタンポポの持つ治癒能力の妨げになっていたのだ。
どうすればいい・・・?キッカとスイレンもここからは頭を抱える。と、そこへ新たな動きも見えてきていた。放棄されたと思われていた研究所には地下があるという。たまたま通りかかったポニィが発見していた。
「地下か、まだ諦めてないってわけか。これ以上は絶対に止めないとなぁ」
スイレンもだまってうなずく。もともと考えるのは苦手な二人、タンポポ回復のための手がかりがあるかどうかは分からない。それでも、そこへと自然に行こうとしてしまうのは戦士の本能。
「さてぇ、こっからは正真正銘「命がけ」ってわけだ。一花咲かせられるかな?」
「縁起の悪いこと言うなですよ、わたしもいるから大丈夫ですって♪」
「はは、そうだったなぁ。じゃあスイレン、タンポポを頼むぞ」
「・・・・・」
いまだ不安定な精神状態のタンポポを守るうさぎが必要。今回、色んな薬の成分が分かるものが動向したほうがいいと判断したうえでポニィを連れて行く。結果、スイレンは留守番となった。
・・・ポニィの案内でひっそりと入り口に近づく。すると遠目ではまったく分からないほど精巧にできた岩の置物を発見、下へと降りる階段が出てきた。
「さあて、とりあえずは進んでみるかね」
「暗いですね・・でも魔法を使うわけにもいかないですし・・・」
慎重に奥へと向かう二人・・。一方スイレンのほうも、今はタンポポにつきっきりだが本心は一緒に行きたかった。5年前に助けた時の笑顔、守ると決めたのに果たせなかったこと。その全てが悔しくてたまらない。
覆面の下に、一筋の涙がこぼれる。少し気を紛らせようと、窓を開けた。
「・・・・!誰だ」
「あ、怪しいものではございませんわ。わたくしはスミレと申します」
「何の用だ・・・」
「実はわたくしも以前に妖精界に引っ越してきたんですけども、最近タンポポさんの事を知りまして。何かお手伝いができないかと参りました。父の教えのもと修行を積みましたので、多少の腕でしたら自信は・・」
スイレンは目が見えない、その代わりに言葉からその真偽を察知する事ができる。
「スミレ・・・感謝する!!」
そう言うと、抑えていた衝動が一気に爆発したかのように大きな翼を広げ研究所へ飛んでいった。スミレはその姿を見送りながら、タンポポの横へと移動した。そしてこのちょっとした物音で、目を覚ます。
「タンポポネ、オイシャニナルノ・・・イイデショウ」
「はい!とっても素晴らしい事ですわ♪きっとタンポポさんなら多くの人たちを救ってくれますわ」
「タンポポネ・・オイシャニナルノ・・・」
同じことしか言えないタンポポに対し、スミレは嫌とも思わず普通に接し続けた。
「タンポポさん、青うさ村復活したらしいですよ。わたくしのお友達でキャロちゃんて子がいたんですけど、念願の兵士になったみたいです。想いって通じるものなんですね、頑張れば」
「ヘイシ・・・ナルノ・・。タンポポネ、ヘイシニナルノ」
「え!?やめたほうがいいですよ、兵士は。楽しみと同じだけ、悲しみもありますから」
今までは繰り返しの言葉しか喋らなかったタンポポに変化が起こった。スミレに対して心を開いたのか何なのか、理由は分からないがこちらの言葉を理解できることは感じられる。
「スミレさんとやら、よくやってくれましたな。あとは大丈夫じゃろう」
「おばあさま・・いえ、本当はタンポポさんに届いてたんですわ。みんなの声が、ハッキリと」
「お前さんも行きなさい、人数が多いほうがいいじゃろ。ここは妖精のメンツにかけて守るからの」
「あ、ありがとうございますわ!」
そしてスミレもみんなの元へと向かっていった・・。その研究所内に一足早く入ったキッカとポニィは、ある部屋で想像を絶するもの発見する。大きなガラスの容器に入った青うさぎ・・・タンポポだ。5年前から今までにかけて、少しずつクローンの培養が進められていたのだ。
「こりゃあ・・・前のよりしっかりと形になってるな。さて、どうしたものかな」
「あ・・・ああああ・・ああ」
「ん?お、おい!大丈夫か!ショック症状かぁ、親友がこれじゃあ無理もないな」
戻るわけにもいかない。少し困ったことになったキッカだが、そこへ追い討ちをかけるかのように・・。暗闇からケモノのように目を光らせ、長い牙を立てながら出てくるうさぎ。
「パンジー!きさま、まだ・・・」
「なに邪魔しちゃってくれようとしてんの?今度は許さないぜ、おい!!」
ポニィを守るかのように立ちふさがったキッカ、パンジーの鋭いキバが容赦なくノド元を狙う。全体重を乗せたパンジーの攻撃は片腕のキッカには荷が重い。しかし、キッカにはそれを補うキャリアがある。
「さあて、これでもくらいなって」
大きく垂れた耳をパンジーの目の前に出し、そこから白い粉を振りまく。キッカお得意の目つぶし攻撃だ。こうしたサブ的な攻撃方法を上手く使うのも、片腕のキッカと言われ続けるゆえんだ。
一度はひるんだパンジーだが、すぐさま攻めに転じる。
「くそ、もうかよ!やっぱホネだな、こいつの相手はぁ」
「何をグダグダと!青うさぎは変わらなければいけないんだよ!!」
壁を走り、一気に突っ込んでくるパンジーに対し防戦一方のキッカ。やはりポニィがいるため全力を出しづらい・・自分はともかく、この子は無事に帰さねば。少し不安になったキッカにありがたい援軍がやってきた。
「・・・キッカさん!」
「おおスイレン、さすがだよお前は。すまないが自慢の翼でポニィを家まで連れて行ってくれないか」
「・・・ですが」
「俺は平気だ、早く頼む!!」
そして止まることなくポニィを担ぎ上げたスイレンは猛スピードで戻っていく。
「大した自信だな、あんた。片腕のキッカなんてのが有名なのは昔の話さ。くたばんな!!」
「さてと・・兄ちゃん、ずいぶんと派手にやってくれたな。この大ばかやろうがぁ!」
自慢のキャロットトラッシュの硬度は並ではない、本気を出した一撃でパンジーのキバをへし折る。その勢いで壁まで転がっていったパンジー。一瞬何が何だか分からなくなる。
「変わらなければいけないだと?俺たち青うさぎの本当の姿が何なのか考えたことがあるのか。妖精よりも弱い、ロボットよりも弱い、だから強くなればいい・・・それが本当の幸せか!有能なうさぎを大量に作り、命令し、どこにも負けない国を作る。そんな奴らの考えが正しいと思ってるのか。本当に強いっていうのはそういう事なのか!」
あまりの迫力に圧倒されるパンジー。今までこんな相手に会ったことがなかっただけに、かなりのショックを受けることになる。自分が導き出した答えが間違っていたのか、折れたキバをみつめながら思った。それだけキッカのいう事が心に直接響いてくるのだ。もちろん、こんなことは1度だってなかった。
「って、英雄ロットだったら言うだろうよ」
パンジーに背を向け、歩き出すキッカ。
「あんたの言葉の向こうに、英雄の言葉の向こうに明日はあるのか・・?」
「さて、わからんさ。ただ、俺たち一人一人は頑張れるし努力ができる。それが明日を切り開いていくだろうよ」
「待て、そこの奥にはとんでもない化け物がいる。一人で行くつもりか?」
立ち止まったキッカは、振り返ってパンジーに微笑みかける。
「始めなければ始らんだろう。明日のためにも、な。あとは若いのがやってくれるさ」
「・・・」
迷い無く歩を進めるキッカ。どんな困難にでも全力で向かってきた男が覚悟をきめた。その堂々とした後姿に、パンジーも何かを感じ取ったのかもしれない。
まもなくして、スミレを乗せたスイレンがやってきた。負傷しているパンジーを見て、キッカが先へと進んだのを悟った。そのまま奥へと直進する・・しかし、やけに静かだ。
「妙ですわね、でも殺気は感じられます。慎重にいきましょう」
もうしばらく行ったところで大きな部屋にぶつかった。そこは頑丈なトビラによって封鎖されていたが、スミレのフルーレで穴をあけることに成功する。すると・・・
「な・・なんですの!あのうさぎ、大きい!!ろ・・ロボット!?」
ゆうに通常のうさぎの10倍はあろうかという大きさ、しかも見るからに鉄のような光沢もある。その足元でうずくまるキッカの姿も確認できた。ロボットの後ろには色んな機械や資料が並んでいる、つまり護衛ロボだ。
近くにはその切れ端も落ちている・・「うさロボプロジェクト」。
「こんな事まで・・。でも、まずはアレですわね」
「・・・ああ」
スイレンは大きな翼を広げ、一斉にうさロボめがけて射出する。しかし、金属の体は思ったより固く致命傷を与えるまではいかない。その隙を見て、スミレがキッカを助け出す。
「すまない・・うかつにもミサイルをくっちまった」
「・・・大丈夫ですか」
「ああ、何とかな。だが、弱点はしっかりと見つけてやった。スイレンと二人だったら可能性もうすかったが、そこのお嬢ちゃんがいればもしかしたらいけるかな」
護衛ロボなだけに、こっちから仕掛けなければ動かない。キッカは作戦を二人に伝える、しかしその腕を見込んだ上での賭けにほかならない。やはり考えるのは苦手だった。
「スイレン行くぞ!」
その掛け声とともに、キッカはスイレンの背中に乗り猛然とうさロボに近づいていった。当然のことながら危険を察知したうさロボはミサイルを撃ってくる。数も大きさも半端ではない。
「あなたのお相手はわたくしが致しますわv」
柳のように華麗に駆け込んできたスミレ、ミサイルの一つを爆発しないポイントで突き刺し投げ返す。さらには、ミサイルを細かく分け、その破片一つ一つを他のミサイルに当てていく。もはや、名人芸・・・20〜30はあろうかというミサイルを一人で撃ち落としてしまった。
それを見たキッカは装填に時間がかかるの見計らい、素早く後ろに飛び込んだ。スイレンも引き返し際には羽を射出し、ダメージを与えていく。
「二人ともお疲れさん!あとは任せな!!」
大きな体の後ろに小さなボタンがあるのを見ていたキッカ。作った側も、万が一のため起動停止ボタンを作るのは当然のこと。リモコンを探す余裕も無いキッカは自ら押しに行こうという考えだった。
しかし、あと数ミリというところで背中についていたワイヤーに腕を縛られてしまった。
「しまったぁ!!」
しくじった代償は大きく、それは何倍にもなって前面のスイレン・スミレに向けられた。大型ミサイルの他に、目からはビーム・足からはマシンガンを一斉に発射する。避けるのが精一杯になった二人、さすがに疲れが見え始める。このままではとマズイと分かっていながら打つ手がない、やはり巨大ロボット相手は無理だったのか・・。
息を切らしたスミレ、足がもつれて転んでしまった!スイレンも助けにいけない、万事休す。
「だから言っただろうが、無茶なんだってよう!」
「あ・・あなたは」
間一髪でスミレを抱き上げながら身をかわしていく運動能力の持ち主・・パンジーだ。しかし、自慢のキバも折れ反撃の余地は無い。
「くそ!俺としたことがよう!」
「その声はパンジーか!?分かってくれたのか!」
「は、まだだ。まだあんたらのいう事は信じられない。だが、体が動いちまったんだよ!」
「それだ、それだよパンジー。ならば俺もいつまでもウダウダしてられんな」
縛られたキッカの片腕はすでに血が止まり紫色に変色している。手につけたキャロットトラッシュを放し、足に付け替えた。一度深呼吸すると・・・その鋭い刃を自分の腕に振り下ろす。ものすごい痛みをこらえ、倒れこむようにボタンを頭で押した。するとうさロボから電気が消え、ウソのように動かなくなった・・。
「キッカさん!!」
スイレンが急いで駆け寄るが意識は無い・・ひどい出血だ。しかも、うさロボはわずかだが動いている。よく見るとカウントダウン、自爆スイッチだ!
キッカをスイレンが、スミレをパンジーが背中に乗せ急いで脱出を試みる。これで計画事態は阻止できたが、タンポポに関しては何もつかめない・・。その心残りにスイレンは歯噛みをした。
全員地上に戻ったところで地面からすごい爆発音が聞こえた。シェルター状になっていたため、ここまで威力が届くことはない。その足でポニィのいる病院へ向かう。
「わ!キッカさん大変な事になってるですね!急いで治療するですよ」
「・・・大丈夫なのか?」
「命には別状ないですけど、肝心の腕がないから・・・」
ここでは自分の出番はない、そう思ったスイレンはタンポポのいる部屋に入った。部屋を飛び出した時より、いくらか明るい表情に変わった気がする。窓際に立って遠くを見つめるタンポポ、風に吹かれながらどこか笑っているようにも見えた。ひょっとしたら応援していてくれたのかもしれない。スイレンに気づいたタンポポ、すると・・
「トオクデコエガキコエタノ・・タンポポヲタスケルッテ。ダカラ、オイノリシタノ・・ソノヒトノタメニ」
「・・・・すまない」
スイレンは覆面をとり、タンポポを抱きしめた。
「アナタモキズヲオッテルノ?ダイジョウブ、タンポポネ、オイシャニナルノ」
キッカの治療も上手くいき、経過も順調だった。腕を失くしたとはいえ、相変わらずの調子で語りかけてくる。スミレも軽い傷で済んだため、2〜3日安静にしてよくなった。パンジーはどこかへ行ってしまっていた。
「スイレン・スミレ、本当に助かった。礼を言わせてもらうよ」
「いえ、同じ青うさぎとして・・・やはりあの計画には反対でしたから」
「・・・・・」
「スイレン、タンポポを救えなかったのは残念だ。しかし、お前はよくやった。お前のおかげだ」
多少は良くなったとはいえ、あの頃のタンポポが頭が離れない・・その根源をつぶしたとはいえ素直に喜べないのが正直なところだろう。それだけ真っ直ぐな男だった。
その頃ポニィはタンポポを連れ、いつもの山奥に来ていた。
「あの時はごめんです、タンポポちゃん。急に熱が出ちゃって行けなかったですよ」
「・・・・・・」
夕暮れ間近、二人並んで座りながら遠くを見つめる。その視線には渡り鳥が飛んでいた。群れをなし、まるで大きな翼のように・・・。
「そろそろ戻るですか、タンポポちゃん」
「タンポポね、お医者になるの」
「そうですよ〜、タンポポちゃんは立派なお医者に・・・ってあれ!?」
「ポニィちゃん、あの時は怖かったんだよ。落っこちそうになってさ。それでね、それでね・・」
目の前には信じられない光景が、いや実際そうなんだ!戻った、5年の月日・・そしてきっかけによって。ポニィは思わず抱きついた。涙が溢れてとまらない、それでもずっとずっと抱きついた。
戻って一同は喜んだ。どうやら自分があんな状態になったいたことはハッキリしていないらしい。ただ、心の奥ではどこか悲しくて切ない気持ちでいっぱいだったようだ。
それを見て安心したキッカ、スイレンはまた旅立っていった。仲良くなったスミレも青うさ村に帰っていく。さらに1年、医者としての修行を積んだタンポポとポニィも16歳。
「ポニィちゃん、今までありがとう。タンポポはとっても楽しかったよ♪」
「そんな、こっちこそ。色んな事があったですけど、いい思い出です。今度遊びに行くですね」
「うん、絶対に来てね!兵士として、立派にみんなを助けてみせるさ!」
「無理はダメですよ。でも今は英雄ロットさんがまとめてるから安心ですね」
「ずっと迷惑をかけちゃった分、これからは笑って生きていくんだ。それを伝えていきたいの」
「じゃ、それ約束ですよ。お互い、いい医者になるですv」
こうしてタンポポは青うさ村に戻り、スミレの紹介もあって無事入隊を果たすことになる。それからのタンポポは、いつでも誰に対しても笑顔を絶やさず数多くのうさぎ達を救っていった。風に吹かれても、その想いを伝えるように。
青うさ村では不可解なことが続いていた。雨が一日中降り止まず、もうずっとこんな調子の天気にみまわれている。すでにメンバーもキッカを加え11人に達し、兵舎にも活気が出始め村民から理解も受けていただけに頼りにされることも多かった。
「おはよう。今日もまた雨なのか・・・どうしちまったのかねぇ」
「あ!おはようございます、キッカさん。これで37日連続になります、この気象は異常ですよ」
「シャクナゲもそう思うよな。さっき新聞とりに行ったら・・ほら。こんなに村のみんなから要望書が入ってるしよ」
「ええ。しかし天気だけは我々にもどうする事もできません。ですが、このままでは農作物に影響が・・」
困ったことがあれば、兵舎近くに設置された箱に内容を書いて入れることでB.Cに頼むことができるシステムになっていた。発案者はタンポポ、しかし実際作ったのはヒマワリだった。
朝6時には11人全員が起床し、一日の始まりである「ミーティング」が開始される。ここ数日の議題はもちろん、この長雨による影響についてと対策。しかし、それらしい成果が上がっていない。
「みんな、何かちょっとしたことでも耳に入れてないか?どんな些細な事でもかまわない」
「ダメですわ、ロット隊長。あらゆる専門家に聞いてまいりましても、こんな事は前例がないとおっしゃるばかりで」
「このシャクナゲも過去の様々な文献を調べてきましたが・・やはり載っておりません。異例ということでしょう」
こんな会議が続くばかりで日々進展のない話し合いにロットは歯噛みをしていた。いくら努力をしていても、結果になって表に出さなければ兵士としての信用を失うからだ。
村民からくる要望書の大半は今や天気に関係するものばかり。そろそろ解決しなければ、この集まりの存続自体が危うくなってしまう。そんな危機感も責任となってのしかかってくる。
一同が言葉につまって静まり返った瞬間・・コスモスが口を開いた。
「あの、ロット隊長。ちょっといいですか?」
「ん?何だ、コスモス」
「はい、オイラまだ小さい頃にばあちゃんから聞いた話なんでウソかホントか分からないんだけど。この村には妖精界でいうガイア族のような神様がどこかに住んでて、オイラ達を見守ってくれてるって話を聞いたんだ。その神様は普段はやさしいんだけど、ひとたび怒ると嵐のように村を襲う・・って言われた記憶があるよ」
それを聞いて笑い出すパンジー。
「ははは、それなら俺も聞いたことがあるぜ。でもそりゃあウソっぱちさ」
「ウソの確証はないんだろ、パンジー?だったらあらってみてもいいんじゃないか?なあ、ロット」
「そうだな、キッカの言うとおり今は些細なことも見逃している余裕はない。では、今日も引き続きキャロとタンポポは兵舎内の仕事。俺を含めた、ツクシ・パンジー・スミレ・スイレンは外の見回り。シャクナゲは書庫で調べてくれ。キッカとヒマワリ、コスモスでお願いしていいか?お年寄りを中心に聞き込みを開始してほしい」
こうしていつもの1日が始まったわけだが・・やはり言い伝えに関しては有力な情報がつかめない。コスモスのおばあさんもすでにいないため、どうにも確認がとれない。
困り果てたキッカ達は午前中で切り上げ、午後からは近くの山の散策に出かけた。この山は別名「呪いの山」と呼ばれ、近くを通るものには厄災が降りかかるとまで言われている。これも要望書内に含まれていたので、気分転換にやってきたのだ。
「やはり・・ここは独特な雰囲気を持ってますね。自分が見てまいりましょう」
「いや、待てヒマワリ。お前はコスモスと一緒にここで待っててくれ。俺が行く」
こうして二人をふもとに残して様子を見に行くキッカ。何があるか分からないだけに、若い二人を先に行かせるわけにはいかないという責任もある。
しかし、1時間してもキッカは戻ってこない。3英雄の中でもバツグンのしたたかさと万能ぶりを誇る腕を持つキッカを、これほど不安に思ったことことはないヒマワリとコスモス。思うことは一緒だが・・。
「どうするヒマワリ?オイラ達だけでキッカさんを探しに行く?」
「いや、ここは自分が行こう。コスモスはロットさんに報告を」
「でも・・・わ、分かった!気をつけてね!!」
大急ぎで兵舎に戻ったコスモスを尻目に、ヒマワリは大斧をたずさえて山へと踏み込んで行った。5分ほど登っただけにも関わらず、あっという間に辺りは真っ暗。陽をさえぎる植物でうっそうとしている。
途中途中でペタモに襲われながらも、自慢の腕でなぎ払って進むことさらに10分。上のほうから少女が歩いてくるのが見えた。その少女は目を布で隠し、とても前など見えないであろう格好をしている。
ヒマワリがいぶかしく思い、木陰でじっと見ていると・・茂みの影にある小屋へと入っていった。手にはおむすびらしき物を持っていたが暗くて確認がしづらい。
すぐさま少女は小屋を出てまた上へ登っていった。それを見計らい、コソコソと小屋へ近づくヒマワリ・・すると。
「き・・・キッカさん!ご無事ですか!!」
「あ?ああ、ヒマワリ・・すまない。何だかよく分からないんだが、急な突風に襲われてこのザマだ」
「今の少女は?」
「助けてくれたんだ、レンゲっていうらしい。手当てと、今食事を持ってきてくれた」
「そうですか・・私がおぶります、一度戻りましょう。隊長たちが心配しますので」
そのままキッカを担ぎ上げ山を下りる。キッカはよくしてくれたレンゲに置手紙を残してお礼を伝えた。傷は軽くないが、独特の治療によって多少は癒えているように思える。
本来ならば安静にしないといけない状況だが、不運は続いてしまう。最近になって増え始めた妖精界の「おたずね者」があちらこちらで報告されているのだ。
ほとんど誰も踏み込んでこなかったこの山には、数多くの得体のしれない生き物がいてもおかしくない。下山中ヒマワリが出くわしたのは、賞品50おむすびのカラスルメ・マザーだった。
「くそ・・不運だ。こいつを自分一人でやれるのか・・・いや、やらねばならない。キッカさんのためにも!」
考えてる暇もなく、悪者は攻撃を仕掛けてくる。その大きな長い足を一斉にヒマワリめがけて振り下ろしてくる姿は、まさに黒い悪魔というほかない。寸前でかわしたヒマワリはキッカを寝かせると、自慢の大斧を握り直した。
「先陣一撃!このヒマワリは容赦をせぬぞ、覚悟!!」
度胸では他のメンバーにひけを取らず、いつも相手にいの一番に切りかかる姿はすでにお馴染み。すごい数の攻撃をものともせず突っ込み、傷を負いながらも9本の足を切り落としていった。
だが、最後の1本は予想外の動きをしたため反応が遅れる。かわせないと悟ったヒマワリ・・。
「うおおりゃあ!!力比べでもしようというのか?それは無茶ってもんだよ、このヒマワリ相手にはな」
何と自分の何十倍もあろうという化け物の攻撃を受けきってしまった。このパワーあってこそ、誰もが認めるメンバーの一人。負傷しながらも、何とか倒してのけた。
ふもとまで降りると、そこにはロットとタンポポ・そしてコスモスが待っていた。すぐさまキッカとヒマワリの治療を済ませると、二人をおぶって兵舎に戻ることにした。
翌日、この件はミーティングの議題にもなった。
「昨日のことだが、キッカとヒマワリが呪いの山に調査に出かけて負傷した。あそこは正直何があるか分からない、みんな近づかないように注意してほしい」
「誰も近づきゃしませんよ隊長。キッカさんがあの調子ですよ?俺らにゃあとてもとてもってね」
「は!ビビッてるのかよパンジー。どうだ、ビンゴだろ?」
「アホか、生きてなんぼだろ。死にたきゃ勝手に行けばいい。英雄のツクシさんよ」
「貴様・・その減らず口をふさいでやる!」
これもいつものお約束・・ツクシとパンジーの喧嘩もすでに見慣れてしまった。そんなやり取りをよそ目に、一人モジモジしているメンバーがいる。
「ん?どしたの、タンポポちゃん。何か言いたいことでもあるの?」
「あ、いえ何でもないですよキャロさん。じゃ、あたし失礼して二人を看護してきますね。あはは、あははは〜」
そう言うとタンポポは病室に向かっていった。その日の会議も終わり、それぞれの役割に戻る隊員たち。いつまでも降り止まない雨、二人の重傷。気持ちは決して晴れてはいなかった。
キッカとヒマワリのもとにやってきたタンポポ。消毒と包帯を交換して落ち着かせると、自らはシャクナゲから借りた一冊の本を読み始めた。
「山神伝説・・・か。あの子、なんかあたしと同じにおいがしたなぁ」
黙々とページをめくっていくうちに時間が過ぎ、すでに夕方になってしまった。気づくと陽は落ち始めて、窓から入ってくる光りもわずかだった。
「いけない!今日はあたしが食事当番だった・・急がなきゃ!!」
「もう準備は済ませておきましたわ、タンポポさん」
あまりに熱中しすぎてすっかり忘れていたタンポポに声もかけず、変わりにやっていたのがスミレ。この優しさも、メンバー内では当たり前のような振る舞いなのだ。
「ごめーんスミレちゃん。明日はちゃんとやるからさ、えへへ」
「いいんですよ、それより何をそんなに熱中してらっしゃるの?」
「え?そりは言えんさー、なんちて。ただの童話だよ、お子さま向けのやつ」
「そうですの・・あまり無理はなさらないでくださいね。一番お疲れなのはタンポポさんなんですから」
そう言って、病室をあとにするスミレ。タンポポは自分の部屋に戻る前に、みんなの部屋に寄っていった。ある事がどうしても引っかかっていたのだ。そのお願いのために。
「あの・・スイレンさん?あの山なんだけど・・どう思うかな」
「あそこは危険と言われている・・行かないほうがいい」
続いてキャロの部屋へ。
「失礼します・・あの、キャロさん。あの山なんですけども」
「タンポポちゃん、あそこは絶対に行っちゃダメよ!いい!?」
最後にコスモスの部屋を訪れた。
「ねえコスモスくん、あの山ってどうだった?」
「何?タンポポちゃん、気になるの?あそこはダメだって、オイラも嫌な雰囲気を感じたもん」
本当は一緒に行ってくれる人を探していたが、とてもそこまで話せるようなメンバーはいない。それもそうだ、呪いの山はロットによって進入禁止区域に指定されてしまった。もう誰一人として理解者などいるはずもない。それをも分かりながら、帰る途中かすかに見えた少女・・笑顔が感じ取れない表情が忘れられなかった。
「もう一人で行くしかない・・」
自分の部屋で最小限の荷物をまとめているタンポポの元へ、珍客がやってきた。
「やっほー、ポッポちゃん♪遊びにきたよ!」
「へ・・・碧うさちゃん。あ・・ちょっと今は無理なんだ、キャロさんかスミレちゃんとこに行ってくれる?」
「あり?忙しかった?分かった、じゃあまた今度ね♪」
トテトテと去っていく碧うさを見送りながら、自分はキャロットガードを携えて裏の玄関へ向かった。夜遅くの出入りは隊長であるロットと副隊長のキャロが管理しているためカギがかけられるが、一部のメンバーには合鍵が渡されている。緊急を要する役目を持つタンポポもその一人・・であったが。
「あれ?ない・・カギがないよ〜。どうしよう・・・あ!」
思い出した、そういえば昼間キャロにお願いされて貸したままだったのだ。今さら返してもらいにいくのも怪しまれてしまう・・・だからといってドアを壊すのわけにもいかない。ホトホト困り果てるタンポポ。
すると、誰かがパッと灯りをつけた。
「わわ!あ・・あのね、タンポポ水を飲みに来たんだよ。ってスミレちゃん?」
「タンポポさん・・まさか山へ?」
「そ、そんなわけないじゃん!あそこはあっぶないからねー、スミレちゃんも行っちゃやーよ」
しばらく眉をひそめて考え込むスミレだったが・・。おもむろに合鍵を取り出して、ドア開け始めた。
「あ・・スミレちゃん」
「外の空気が吸いたくなりましたわ、今日はちょっと寝付けないものですから」
そう言って外に出た・・もちろん雨は降り続いている。こうしている間にもタンポポに合図を送っているようだった、今のうちにと。その想いを悟ったタンポポはダッシュで外へ駆け出した。
「良かったの?スミレちゃん」
「わたくしもまだ迷っているんですよ、でもきっと大丈夫と信じてますから。さ、中に入りましょう碧うさちゃん」
絶対に無事で帰ってきてほしい・・スミレにはただ祈ることしかできなかった。
キャロットガードを傘代わりにして山に到着したタンポポ。昼間の雰囲気よりさらに重い空気が体全体に伝わってくる。あの少女は何だったんだろう?何で悲しい表情なんだろう?そればっかりが頭をよぎる。
キッカやヒマワリと違い、殺気を表に出さないタンポポはキャロットガードの陰にコッソリ隠れながら順調に登りつめ・・やがて頂上のお社に到着した。
「初めて見たけど、こんなとこに神社があったんだ。何かが祀られてるってのは間違いなかったんだなぁ」
キョロキョロと辺りを見回しながら、境内にさしかかったところで昼間の少女を見つけた。暗くて確認しづらいが、はじっこのほうで立っている・・いや立たされているかのようだった。
体中に傷をつくりながら、手にはバケツを持っていて何かのバツを受けているようにも見えた。心配になったタンポポはゆっくりと歩み寄る。
「こんばんは、あたしタンポポっていうの。昼間はキッカさんを助けてくれてありがとう」
「いえ・・・。でも・・・もう帰ったほうが・・母上・・・来ちゃうから・・・」
「どうして中に入らないの?雨も降ってるし、寒いよ」
「いいんです・・あたしが・・悪い子だから・・・」
何だかよく分からないタンポポは、直接お願いしようと中に入ろうとした。すると、さっきまで元気のなかった少女が勢いよくタンポポの腕をつかみ止めに入った。
「ダメ・・・母上が・・起きちゃう・・・。あなたも・・・ケガをしてしまう・・・早く・・山を下りて・・」
「何にもしてないのに?怖いお母さんなんだね。決めた!レンゲちゃんって言うんでしょ?一緒に山を下りようよ」
「それも・・ダメ。まだ・・・修行の身・・・山を・・下りられない・・」
「でも、このままじゃあレンゲちゃん可哀想だよ。下でも修行ってできるんでしょ?行こうよ!」
「・・・やっぱりダメ。下りたことない・・・怖い・・・」
「大丈夫だよ♪すっごい楽しいから!ここじゃあ何にもないじゃん。パフェとか食べようよ♪」
「パフェ・・・おいしいの?」
「あったりまえじゃん!作るのすっごい上手なんだよ、スミレちゃんが」
この少しの会話にも敏感に反応したのか、老婆が近づいてきた。その姿を見たレンゲは、慌てふためいてどうしたらいいか分からないようなパニックに陥っている。
この状況にもタンポポは毅然とした態度でレンゲの前に立っていた。どう見ても母親とは思えない年齢差、風貌、どれをとってもオカシイと感じていたからだ。
「やい!何でレンゲちゃんにこんな仕打ちをするんだ!!」
「フフ・・おかしなことを、娘を立派な山神にするためじゃあないか」
「山神?やっぱり、ここがそうだったんだな。お前みたいな心ないうさぎが本物の神なわけないだろ!」
「これはこれは・・元気なうさぎちゃんだ。ただ、ここを知ってしまったからにはもう下りられないよ?」
相変わらずレンゲはタンポポの後ろでブルブル震えている。よっぽど今まで辛い目にあってきたんだろう、頭を抱えてしゃがみこんでしまっている。
「レンゲちゃんを連れて下りる!もう決めたもん!!」
「ならば仕方ない・・レンゲの代わりならいくらでもさらって来れる。お前たちには消えてもらうとしようか」
そう言うと、老婆はなにかを唱えはじめる。すると次第に風が強くなってなってきて、軽いタンポポたちでは吹き飛ばされそうになるほどの嵐に変わった。
自慢のキャロットガードの後ろにレンゲを隠し、自分は必死に捕まっている。
「ムギギ・・負けるか!負けてなるもんかー!!」
「タンポポちゃん・・・もういいの・・私・・母上に謝るから・・・」
「それじゃあいつまで経っても弱い自分に負けちゃうよ!レンゲちゃん、もっと自分を信じて!!」
すでに台風なみの強さになった強風で、周りの木々や物が凶器となってタンポポに襲い掛かっている。それでも必死にしがみついてレンゲを信じる。悲しい人を放っておけない・・自分が助けてもらったように。
レンゲは涙を流していた・・ここまで心に強く感じたことはなかった。本当の親さえも分からないまま育ってきてしまった14年間。ここに一つの決意が固められようとしていた。
「しぶというさぎだね!早く手を離して楽になっちまいな」
「そうはいくか!レンゲちゃんをこんなにした罪は重いぞ!!絶対に許さないからなー!」
「何とでもお言いよ。もう助からないんだからね」
「くそー!それでも・・それでも負けるもんかー!!」
この叫びにレンゲが立ち上がった。
「罪・・・そう、罪深きものがいる・・。我は目覚めた・・悪を滅ぼすために」
風で飛んでいった布の下にはしっかりと見開いた両目・・さらには額からもう一つの目が開いていた。次第に輝き出した手からは温かい光りがこぼれ、傷ついたタンポポを包み込む。そして目に見えないバリアが、強風を完全にシャットアウトしていた。
「し・・しまった!こんなとこで目覚めてしまうとは。まだ小さいうちにその力を奪おうと思ってたが・・」
「汝にかける情け無し・・今日までの諸行・・深く思い知れ・・」
「そ・・それは。お、お許しを〜」
「・・・・・処断!!」
タンポポの心の叫びで、レンゲの中に眠る山神が目覚めた。悪い老婆はあっという間にいなくなり、山にはいつもの静寂が戻った。退治を終えた山神は、またレンゲの中で眠ることになる。
ヘトヘトになりながらも、何とか持ちこたえたタンポポの勝利と言っても過言ではない。
「ごめんなさい・・ごめんなさい・・私のために・・こんな姿に・・」
「無事だったんだね。良かった、ほんとに良かった」
「母上は・・いなくなりました・・私・・・一人ぼっち・・」
「そんな事ないよ!もうレンゲちゃんはお友達だよ♪さあ、一緒に山を下りよ。タンポポの仲間に紹介してあげる」
「うれしい・・・ともだち・・ほしかったの・・・。タンポポちゃん・・好き・・」
「あはは、照れくさいな。じゃ、帰ってパフェ食べよー!」
「パフェ・・・食べたい・・・♪」
こうしてボロボロになりながら戻ったタンポポは、ロットとキャロにこっぴどく叱られたのは言うまでもない。もともと軍規違反をおかしたタンポポは処罰を受けるはずだった。だが、たまたま降り続いていた雨が退治した老婆にによる影響だったために不問とされた。さらには、特殊な力をあやつるとして身寄りのないレンゲもメンバーに引き入れた功績も評価されていた。
「どう?これがパフェだよ。すっごい美味しいんだよ」
「ほんと・・・あまくて・・いろんなものが一つになって・・・おいしい・・・」
そんな二人の笑顔を見ると、他のメンバーも嬉しくなってしまう。やっぱり笑っていたほうがいい、そんな毎日が続くように自分の中に眠る神を上手くコントロールする修行の毎日。
大変だけど、それを楽しく思うように・・・レンゲは今日も頑張る。
暖かい風・・・寒さも落ち着く春に、ひときわ咲きほこる桜の木。13衆兵舎の裏山には一本、たった一本だけこの木は生えている。その頂上から青うさ村を見守るように、心地よい香りを運んでくれている。
その桜の木がある裏山へキッカは誰に告げるでもなく度々登っているのだ。しかし先日再入隊をしたばかり・・このことについての疑問も生まれていた。
「ねえキャロさん」
「なあに、タンポポちゃん」
「キッカさん知らないですか?そろそろ包帯を替えなきゃって思ってるんだけど」
「うーん、分からないわねー。あの人の行動はとくに把握してないから」
「もう!すぐにどっか行っちゃうんだから!!」
タンポポだけが特別ではなく、キッカの詳しいことを知ってるものは少ない。時にはロット以上に頼られる存在、確かな腕にみんなは信頼しきっているからだ。しかし、時おりいなくなってしまうクセがあるため一部からはサボッてるんではないかという声も上がっている。そんな中での早朝ミーティング。
「よし、では今日もみんな頑張ろう」
「ちょっといいですか、ロットさん」
「どうした?ツクシ」
「いえね、どうやらキッカさんは今日も欠席・・ここのところ週に半分くらいしか姿を見かけないんですがね」
「気になるのか?」
「そりゃあ、我らもキッカさんを信じたいっすよ。しかし・・・ねぇ」
「なら裏山へ行ってみるといい。たまの休息だ、でも昼には帰ってこいよ」
こうしてロットと多少でも疑問をもたないキャロ、スミレ、スイレンを残した6人は裏山へ向かうことにした。それほど厳しい山道でもなく、意外にすんなり登れるために気分転換にもちょうどよかった。
10分ほど歩いたのち、桜の木が生えている丘に到着。その立派さ、いい香りにそれぞれが嫌なことも忘れ清清しい気分を味わうことができる。だが、今回の目的は桜ではなくキッカの行動。
「キッカさん、いますか〜」
タンポポが声を張り上げて探していると、ちょうど木の裏側・・崖のそばで花を抱えて立っているキッカを見つけた。なにやら木を見つめ、共に会話に集中しているかのようにこちらの声には反応しない。
そっと花束を下に置くと、メンバーに気づきもせず崖をピョンと飛んで下へおりていってしまった。
「あれ、結局どっかへ行っちゃったよ。理由なんて分からずじまいじゃんか」
「ははは、あいつらしいな。コスモス、悪く思わないでくれ」
「隊長!?」
行けとはいったものの、キッカがそうそう過去を語るはずもない・・コッソリと一緒に登ってきていたロット。同じように木を見つめながら語りはじめた。
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「キッカ・・・この村を・・平和を・・頼みます・・よ」」
「かあさん!?・・・かあさぁ〜ん!!!」
とつじょとして現れた凶暴な怪物からキッカを守るため、自らが盾になった母のバイカ。さっきまでの楽しい時間が一変した。目の前で起こったことが信じられない・・・というより、理解ができない。
呆然とするキッカ、そこに以前同級生であった旧友サザンカが現れた。サザンカはキッカの才能を早くから見出し、独自の軍隊をもって青うさ村を治めるという野望を持ちかけていた。
しかし争いを好まないキッカは断りつづけ、やがてサザンカは妖精界へと引っ越すことになったのだ。それ以来の再開であるはずなのに、この状況では何を考えることもできない。
「キッカ・・・お前は一体何をしてるんだ。お前が望む平和では、母親一人守れないじゃないか」
「何!?サザンカ、きさま・・・まさかこの怪物はきさまが仕向けたのか!」
「お前を試そうとしただけだ、母親がしゃしゃり出てくることまでは予測できんよ」
「何のために・・何をやらかしたか分かってるのか!サザンカ!!」
失った右腕もおかまいなし、怒りに身を震わせながら背中のトラッシュを左手につけた。優しいだけじゃ、話し合いだけじゃ守れない。誰一人、何一つ・・・もう迷うことはない。目の前のものは・・・敵は斬る!
今にも飛びかかってきそうなキッカを尻目に、不敵な笑みを浮かべ後退するサザンカ。
「いい目になったなキッカ、共に青うさ村を守ろうじゃないか。あの山の頂で待ってるぞ」
そういい残し去っていく。それを目で追いながらも、うつろな状態であることには変わりない。そこへ残っていた怪物が背後から襲ってきた・・・が、察知したキッカの一閃がそれを真っ二つにする。
「そうか、敵は倒せば良かったのか。俺の考えは間違っていたのか・・」
そして冷たくなってしまった母親を抱きかかえ、どこへとも知らず消えていく。そのやり取りとすれ違うように駆け込んできたのは、同じく同級生のロットだ。
遠目でサザンカの存在は確認していただけに不安もあったが、的中してしまったと見ると逃げていった山頂のほうへと急いだ。ロットはつかんでいた、何者かが山頂に巨大な兵器を持ち込んでいたのを。
あれが発射されれば間違いなく青うさ村は一大事になる。何としてでも阻止するためにキッカの力を借りたかったが、まんまとサザンカの思惑通りになってしまった。
ロットが到着した時にはキッカはおらず、サザンカのみ不敵な笑みを浮かべて立っていた。その側に見える難しそうな機械・・・青うさ村の技術力ではとうてい作りえない、まさにクリスタルランドで学んだのだろう。ロットはにんじんの形をしたような刃先を持つ剣をさっと抜く。
「サザンカ・・・その野望は間違ってるぞ」
「今さら何を言っている。平和だなんだと言っておいてその実・・何の進歩もない、何の発展もない。努力だ何だといいつつも、結局は何がよくなった?この村は何の取りえがあると言うんだ!ロットよ!!」
「それでも・・それでも村のみんなは必死だ!諦めていない、何世代に渡っても頑張れる!!」
「それが悠長だと言っているんだ。だからこれを使って「一」からやり直すんだよ。この村をね・・」
よく見ると、その機械にはうさぎがちょうど入るくらいの大きな口が開いており何かが絶えず出続けているようにも見えるが・・・錯覚にも感じる。
「気になるか?これはなぁ、特殊な放射線をまきちらすことができるのだよ。今はゆっくりだが、じきに村を覆うくらいの量が散布されるだろう。これによって、女のうさぎは子を身ごもることができなくなる。そう、こんな無能なうさぎが生まれることはなくなるんだよ。そして私の技術の結晶たちがこの村を守る・・素晴らしいシナリオだろう!」
「腐ったか・・サザンカ」
山頂までは目と鼻の先、剣をかまえて一気に機械を壊そうと一直線に向かったが・・・また何者かの妨害が入る。さすがに頭のいいサザンカは、しっかりとボディーガードを用意していた。
怪物のほかにも、うさぎ型のロボット・・通称うさロボまでも何体か用意している始末。さすがのロットも一人ではサザンカに近づくことさえ困難だった。キリのない攻撃をさばきながらも、何とか機械を壊す方法を思案しているところへようやく仲間が到着した。
「すまねぇロット!遅くなっちまって!!」
「クチナシか、助かる」
「他の仲間も誘ってみたんだがみんな怖がるばっかでダメだったぜ」
「仕方ない、もともと我々は戦いは苦手なんだ」
背中につけた鮮やかな羽根・・とてもうさぎとは思えない容姿をしながらも、これは珍しい鳥うさぎ一族に伝わる強力な武具である。この羽根をもっているのは現在、キャロットイーグルを身につけるクチナシと、その弟でキャロットホークを身につけるスイレンの二人。
「広範囲攻撃は任せろよ、上空から怪物を一網打尽だぜ!」
この助っ人はありがたい・・しかし、まだ巨大なロボットが残っている。しかしここでもロットに味方をする仲間は集まりはじめていた・・。ムチ使いのあのうさぎも。
「やれやれ、キッカの様子がおかしいから来てみれば・・これは何とかしないといけないね」
「君は・・ナノハナか!」
「お久しぶりです、ロットさん。この状況・・なるほど、あの機械はマズそうな雰囲気だね」
ナノハナはキッカの近所に住んでおり、ロットなんかとは歳も4つ違う。しかし自慢のムチ攻撃、キャロップを駆使する姿は決して遅れをとることはない。生まれ持っての天才だった。
「話は早い。ナノハナ、このロボット達・・動きだけも止められるか?」
「やるだけやってみるよ。僕がどこまでできるのか、いい機会でもあるし」
「なら、任せた!」
ロットはロボットの間を素早い動きで通り抜ける。もちろん、黙ってはいないのはうさロボ。サザンカに近づけさせないためのプログラムをほどこされている。
「君たちはそこでおとなしくする他はない、僕がいるかぎりね」
そう言うと両手から勢いよくムチを射出、空中で絡み合いながら何かを形成していく。
「タワー・オブ・エッフェル。優雅にが僕の信条なのでね」
網の目にように折り重なったムチはロボットたちをがんじがらめにしてしまった。まるで綾取りを楽しむかのように、変幻自在に繰り出すことができる。しかし、これだけでは抜け出すロボットもいる。
「さすがだよ。ならばこっちも本気だ!タワー・オブ・バベル!!」
温存していた右足からもロープが射出され、さらに緻密な形成が可能になる。さきほどの塔とは比べ物にならないほどの大きさ・高さ、そしてバベルの塔は崩れ・・とらえていた相手を押しつぶす。
「バベル・クランブル・・。そして、とどめといきたいね。これが君たちに贈る最期の言葉だ」
一瞬で直線状に戻った3本のムチはアルファベットで終わりを意味する「Z」をかたどった。そしてそのまま動けなくなったロボット達に向かって容赦のない攻撃を仕掛けていく。
「ファイナル・レター。機械とはいえ、手を抜くのは失礼だろう」
あっと言う間に倒しきったナノハナだったが、ロボットはあとからあとからわいてくる。怪物と同じように、よほど念をおされて作られたのだろう。全てを倒しきるのにかなりの時間をついやした。
その間、ロットにもやはり新たな遭遇があった。サザンカまで・・いや、機械までもう少しというところで丘の向こう側から邪魔をするうさぎが2人。
「あれは・・・!?ナズナとショウブなのか?」
いずれもロットやキッカ、クチナシと共に勉強したり遊んだ仲である。二人ともここ数年会ってないにも関わらず面影は残っており、しっかりと記憶にも入っている。
特にナズナはおとなしい女の子うさぎであったため、仲間内でしか喋っていることさえ見たこともない。それがサザンカ側についているという現実がまったく理解できない。
「ロットくん・・お願い、退いて」
「ナズナ!なんでなんだ・・なんでそんな奴なんかの側にいるんだ!」
「失敬だよロット、本人を目の前にして・・。まあいい、もう何をしても手遅れだ。あと数分もすれば一斉に放射線が飛び出すことになっている。永年思い描いてきたシナリオが、今果たされるだけの事だよ!!」
必死になって近づこうとするも、さすがのロットであってもこの二人相手はキツすぎる。平凡なうさぎ相手ならまだしも、抜群の跳躍力を誇るショウブに特殊なミラーから強力な光を発射してくるナズナ。
毛で覆われたうさぎにとっては、この上ない兵器だ。かわすのが精一杯であったロットをあざ笑うかのようなサザンカの勝ちほこった顔。しかし、にらみつけた先に何やら空間の異変に気づいた。
「あれは、ほころび穴!?」
徐々に大きくなった空間の間から、またしてもうさぎが現れる。また相手の仲間だと思ったロットは一瞬ひるんだ素振りを見せるが・・・一転して安堵の表情に変わった。とっても見慣れたうさぎ、そして頼りになるうさぎ。まだ少年だったロットには、これほど力強い仲間もいなかった。
「はん、ずいんぶんと派手にやってくれてるじゃないのさ。追いついたよ、サザンカ!」
「オウカか!クリスタルランドの連中に任せたはずだが、案外ふがいないな」
オウカ・・キッカの姉にして、現在の青うさ村で一番頼られる存在。姉御肌でリーダーシップにも長け、現在の兵隊メンバーのまとめ役でもある。クリスタルランドに調査に出かけたまましばらく顔を見せていなかったのも、サザンカの不穏な動きを追ってのことだった。
「ロット、ずいぶんとたくましくなったじゃないのさ」
「ご無沙汰してます、オウカさん。ですがゆっくりと話せる状況でもないですので・・」
「アタイたちが来れば何てことはないよ。そこの連中は任せておきな!急いで機械を壊すんだよ!」
「はい!」
ここにきて最高の味方に恵まれたロットは気を取り直して破壊に向かった。
「さあ、オネンネの時間だよ。ヒメユリ!クララ!行くよ!!」
「りょうかい♪」
「やっちゃいます!」
まさに大激突!!ヒメユリもクララも、オウカが片腕と認める実力者。相手がいかに強力であっても五分と五分のわたりあいになるのは当然だった。しかも、しっかりと訓練され統率のあるオウカたちが若干押しているかのようにも見える。やみくもな攻撃しかしてこない相手を翻弄するのはたやすかった。
これを見て一気に機械に辿り着いたロット・・その剣を振りかざし、あとは真下に突きつけるのみ。そこには一瞬のちゅうちょも無かったはず・・・。
「ぐわっ!!」
なぜか吹っ飛ぶロット。全ての敵はみんなが引き付けてくれてるはずなのに?逆光でハッキリとは見えないが、そこに立っていたのは・・・まさに片腕を失いながらもトラッシュをすでに装備したキッカだった。
キッカはロットを吹っ飛ばしたあと追いうちをかけるでもなく、山にある施設や森林を破壊し始めた。その形相はまるで何かにとりつかれたかのよう・・しかし、ロットはこれを見逃すわけにはいかない。
「キッカ!何をしているんだ!!」
「俺がこの村を守る・・もう、誰の力も借りない」
「だからといって、なぜ壊そうとする!?お前が今何をやってるか分かっているのか!」
「ああ分かるさ、サザンカに言われたことは間違っちゃいないってな。ただ、やり方が少し違うだけだ」
「お前まで村を壊すつもりか!?そんなことで何を守れるっていう!」
「ゴチャゴチャとうるさい奴だ・・まずはロット、その口からふさいでやる!!」
やはり母親を失った悲しみなのか・・冷静さを欠いているだけなのか、それとも本心なのか。キッカと剣を交える理由なんてないはずなのに・・・。ロットはそれが一番悔しくてたまらなかった。
遠目でこれを見たサザンカも、一発逆転の賭けにうってでる。
「ハハハハハ、いい弟だなオウカ。ここに来て我々の手伝いになってくれるとは」
「クソっ!あのバカ弟・・」
「しかし、もう遊んでばかりもいられんよ。あの機械に頼るより、やはりさっさと村を焼き尽くしてしまったほうが早そうだ。理想が・・理想が近づいてくるのが分かるかね!?」
「勝った気でいるんじゃないよ!この桜が舞い散るかぎり、アタイが勝負を捨てることはありゃしないのさ!」
「どうかね」
そう言うとサザンカはナズナに耳打ちをした。するとみるみるうちに、数枚散らばっていたはずのミラーが広がっていき巨大な鏡に変わる。その大きな鏡は光りを浴びて、エネルギーを蓄えているのが分かる。
その発射方向に目をやると・・・村の中心部、一番うさぎが密集している場所だ。さすがにそんなところへ撃たれてしまっては被害が大きい。住民は、このことを全く知らないため避難などしていないからだ。
「さあフィナーレだ。発射先には大量の爆薬を埋め込んである。もう・・誰も・・止められはしない!!」
「絶対にさせないよ、そんな事は!」
クララはショウブと相打ちになってしまったため、ヒメユリと共にナズナを止めにいく。
「近づかないで・・・わたしに・・近づかないでぇ〜!!」
ナズナは泣き叫びながら大きな光線を発射する。寸前でオウカは進路を変え、サザンカのふところに飛び込み一撃を浴びせた。かたや直進したヒメユリの得意技も反射。あまりの大きさではあるが、たじろぎもせず自分の持てる力をすべて出し切ることに集中した。
「ヒメユリ!死ぬんじゃないよ!!」
「できればそうしたいけどやっぱダメみたいです。オウカさん、楽しかったです。では、ちゃお♪」
その瞬間、放った側のナズナ。そして反射したヒメユリとも、光の中に消え去ってしまった。その悲しみにくれる暇もなく、なぜか不意打ちをくらわせたオウカが傷を受けている。
「なんだい!?右手が・・」
「ハハハ、わたしを他のうさぎと一緒にしてもらっちゃ困るよ。さっきも言ったように、すべてわたしの技術の結晶がなせる業なのだよ。生身のうさぎなど、弱い存在には興味がない」
「まさか自分の体を改造しちまったってのかい!?おろかだね、サザンカ」
「これほどまでに完全な体もないだろう。病気も無い、寿命もない。いつしかわたしを羨むだろう、うさぎも・・人も!」
「アンタにつける薬はなさそうだね・・しかし、早くあの機械を止めないと」
もうすでに目に見えるほどの量が噴射してるのが分かる。これが山頂から届いてしまうほどの勢いになるまで数分もない。オウカが行くにもサザンカが阻み、ロットもいまだキッカと交戦中。
この村を守るため、ヒメユリやクララの決意を無駄にしないため。もうオウカにも迷いという言葉はなくなっていた。
「キッカ、いい加減にしろ!!お前は一体何がやりたいんだ!」
「何度も言わせるな。俺がこの村を守る、そのためには一からやり直さなきゃいけないだろう!!」
「目を覚ませ!お前には味方はたくさんいる、サザンカとは違う!まだ・・間に合う!」
「じゃあなんでお前は俺の前に立つんだよ!俺の前に立つから・・・敵になるんだろう!!!」
「そんなちっぽけな考えで、お前の思惑で、うさぎが・・滅ぶんだぞ。それがなぜ、分からないんだ!」
腕は互角・・・しかし、体力的にやや不利なのはロット。豪快な攻撃を受け続けるのにも限界がきていた。お互い殺したくはないという気持ちはあるだけに、気をぬくことができなかった。
こんな不毛な争いに決着をつけるため、オウカも決心する。
「キッカ!」
「オウカ・・・姉さん?」
「あんた、ロットに刃を向けるなんて最低だよ。さっさとしまいな!」
「いくら姉さんの頼みでも、これが俺の選んだ道なんだ!」
「分からずやだね、まったく。でも、アタイにとって最後まで可愛い弟だよ。これからも、しっかりと村を守りな」
「最後って?」
「いいかい、守るっていうのはね・・・失わないって事なのさ。頑張って頑張って、ガマンしながら最後には楽しい毎日を送るのが日常なんだよ。嫌なことも辛いこともひっくるめて、最後には笑うことができるのさ」
このやり取りをサザンカが見逃すはずもない。
「隙を見せたな!本当に最期だ、わたしが勝つのだ!!」
「アンタにはもう用はないよ」
わずか数秒の間だったが、サザンカの体に異変が起きていた。機械でできた体の細部にいたるまで地面から生えた根っこでビッシリになり、もはや身動きできる状態でなくなった。
そのまま口もきけず、サザンカは土と一体化してしまったのだ。これによって、オウカ自身も心地よい香りを残しながら消えかかっていく。山の頂まで上がり、キッカのほうを振り向くと何かをしゃべっているようにも見える。声は聞こえないが、口の動きをじっくり見ると・・・
「か、あ、さ、ん、と、いっ、しょ、に・・」
オウカもこの事は知っていた。同じ母親を失った悲しみは、血のつながった姉弟だからこそ伝わりあえる。それでもオウカは村を守るため、精一杯のことをした。それをキッカに伝えたかった。
放射線のほうも、ロットが隙を見て壊したので事なきを得ている。
「姉さん・・・俺は、俺は・・・」
「キッカ、また頑張りなおそう。答えなんて最初からないのかもしれないが、見つけようとすることが努力なんだろう」
クチナシ、ナノハナも無事だった。翌日、キッカは母を連れてオウカの眠る山頂にやってきた。すると、そこには小さな芽が出ているではないか。
「キッカ、これは・・・」
「ああ、姉さんだ」
小さな芽が出ている場所に、母のバイカ・クララ・ショウブ・そして一晩かけて探し出したヒメユリとナズナを安置した。それ以来、キッカは定期的にここに訪れるようになった。
その芽は、10年経ったのち立派な桜の木となってずっと村を見守り続ける。
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崖の下からヒョイッとやってきたキッカ。その手にはまた花束が抱えられている。
「何だ!?なんだお前ら、そろいもそろって」
「キッカさん〜・・・」
話の一部始終を聞いた一同はキッカの思いもよらない過去を聞き、少しでも疑いをかけた自分たちが恥ずかしくなってきた。それと同時に、キッカに対する信頼も深いものになっていた。
この日は、キッカがこの先「13衆」の手本となるに相応しい・・・英雄と呼ぶに相応しい。そんな想いをみんなが植えつけた記念日だった。
「ロットめ、しゃべっちまったか。ほらほらタンポポちゃん、そんなに泣いてっと可愛いしっぽが台無しだぜ?」
「ひゃ!き・・キッカさんのエッチ!」
この日以来、みんなはキッカを慕い続けた。セクハラを除いては・・・。
「っていうよりさ、尻尾ってエッチなの?どう思うよ、ツクシ」
「知らねーよ。オンナじゃねーからよ」
青うさ村には個性のある種族も多く存在する。通常人間界にいる「うさぎ(兎)」とは、野生のものであっても武器をもたず戦いということに関しては丸っきりダメな動物。
では何が発達しているかというと・・大きな耳でわかるとおり、素早く危険を察知して逃げたり身を隠したりできる能力を持っている。実際に戦うより、はるかに安全な特徴ということになる。
しかし、青うさぎの中には代を重ねるごとに違う身の守り方をする種族も現れる。それがパンジーやスイレンに代表されるような「複合種族」である。本来持って生まれた「うさぎ」の能力に加え、別の動物の能力が備わった・・いわば戦いで身を守るといった人間同様の特徴を持っているものである。
「クソ!何が虎うさぎだ。いくら英雄とはいえ、キッカだって「普通」のうさぎじゃねえか。俺が負ける理由なんて・・」
虎うさぎとして生まれたパンジーは、戦闘一家としての宿命を背負いながら生きてきた。ただやみくもに戦うではなく青うさ村を守るという使命を持ちながら。
もともと口の悪かったパンジーは、特に仲間というものに固執せず『一匹狼』として自由に生きることを選んで今までやってきた。妖精界へも、修行のためと親に内緒で抜け出してきていたのだ。
そしてその腕を買われ、青うさぎ改造計画をもくろむ裏組織に身を置いていた。だが、しょせんは雇われ兵士・・タンポポを救出にきたキッカ達との戦いに敗れ今また放浪の旅につくことになってしまった。
「身体能力では絶対にあいつらに負けることなんてねえんだ。じゃあ何が違うってんだ・・何が」
折れた牙を片手にフラフラとやってきたのは妖精界でも珍しい、ミルモの里郊外にある鍛冶屋だった。キッカの激しい攻撃を受けて使い物にならなくなった牙と爪の修理をお願いするため。
いつもは馴染みの青うさ鍛冶屋に持っていっていたが、今や壊滅状態。イチかバチかで頼みにやってきた。
「いらっしゃいませ〜」
鍛冶屋にしてはなんとも覇気のない声・・気合の入ったオヤジ声とは世界が違う・・。
「すまない、これを直してほし・・あ!お前は!!」
「あ!パンジー兄ちゃんだ!!良かった、無事だったんだね」
「ああ、ちょうどこっちにいたんでな。そういうキキョウも何故こんなところに?」
「え、うん。お父さんがね、立派な鍛冶職人になるために妖精界でお店を出して来いって。修行なんだって」
「そっか・・でも、オヤジさんももう・・。」
「それはパンジー兄ちゃんだって同じでしょ?僕、負けないように頑張るってきめたんだ!立派な鍛冶屋になるために。それがきっと恩返しなんだって思うから」
キキョウはパンジーがお世話になっていた青うさ村にある鍛冶屋の息子。小さい頃から父親のかたわらについていて、仕事のいっさいを見続けてきた。
キキョウ自身も、跡をつぐっていう夢を持ちながら一人ぼっちでも妖精界で頑張っていたのだ。そのため村で起こった悲劇に巻き込まれることはなかったが、親を亡くした悲しみとはいつも隣り合わせでもあった。
「いつ見ても兄ちゃんの牙と爪はすごいね、でも誰にやられちゃったの?」
「ん?・・・・片腕だ」
「ええ!もしかして英雄のキッカさんと?やっぱすごいなぁ、兄ちゃんは。僕にもそんな度胸がほしいよ」
「どれぐらいで直せる」
「そうだね〜、あり合わせの金属でよければ今日中だけど・・。そんなすごい人たちと戦わなきゃいけないんだったら素材から何とかしたほうがいいかもしれないし」
「その素材っていうのはどこにあるんだ?」
「ニンジン鉱っていうんだけど、確かロットさんが持ってるはずだよ。一度見せてもらったから」
ひとまずごく普通の金属でひととおり直してもらったパンジーだったが、ほころび穴ができず妖精界で8年を過ごしてしまった。その間もキキョウの手伝いや鍛錬をするなど、以前にはなかった努力が知らず知らずのうちに身についていることに本人は気づいていない。キッカに敗れたショックが未だ離れないがゆえ・・。
「兄ちゃん、いってらっしゃい!」
「ああ、ちょっくら行ってくるぜ。持ってきたら、その時は頼むぞ」
「まかせといてよ!」
とは言ったものの、すでにロットは立てなおった青うさ村を守るべく自警団を設立している。個人ではなく、すでに集団をまとめるリーダー。易々と事がはこぶことはないとも感じている。
しかし怖気づいたのではない、戦闘種族である虎うさぎとしての誇りが自らを奮い立たせている。
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青うさ村に入れば目印は山頂の大きな桜の木、そこを目指せばロットたちのいる兵舎に辿り着く。キッカに言われたうさぎの未来、自分の生き方。英雄から学ぶもの・・それを今、確かめるチャンスだと思っている。
パンジーというものが、果たして一体何なのか。ただ素材を手に入れるだけの訪問ではなくなっていた。
「ここか・・・。見張りも何もいないって事は自信の表れだ、まったく不愉快だぜ」
ちょうどそこへコンビニ帰りのツクシが通りかかった。
「あん?誰だ貴様、こんなところで何をやってるんだ」
「雑魚には用はない、リーダーであるロットさんに通してくれ」
「言うじゃねえかヒヨッコ、この俺を前にしてずいぶん威勢がいいな。それだけは褒めてやるぜ」
「屁理屈はいい、早く出せ」
「きさま!!」
せっかく買ってきたニンジンキャンデーを放り投げつかみかかるツクシ、それを待ちかねたキャロが止めに入った。
「アンタは何やってんの。誰これかまわず絡んでちゃ印象が悪いじゃない」
「すんません、姉さん」
この事態でも微動だにしないパンジーに少しは骨があると見たキャロ。虎うさぎももう少数になってしまったため、やはり戦力にしたいとも思っていた。
「あなた、ロットに会いたいの?」
「ああ、ニンジン鉱を譲ってほしくてやってきた。金もできるかぎり作ってきた、会わせてくれないか」
「そうね、いいわ。こっちいらっしゃい」
そう言われてやってきたのは敷地内にある演習場。メンバーはみな、ここでそれぞれの訓練や鍛錬をつんでいる。激しい武器の使用もあるため住宅街からはずれたところにあるのだ。
実践数では負けていないパンジーだからこそ分かる、このすさまじさ。空気が違うのだ、この敷地内のみ。
「君がパンジーか」
「あなたはロットさん・・?俺、ニンジン鉱っていうのがどうしても欲しいんだ!譲ってもらうことできないかな」
「確かにこれは貴重な鉱石、そういえば君の武器にピッタリな素材かもしれないな」
「じゃあ・・・」
「しかし、これは村のために使ってくれる者に与えたいと思っていた。もし君がうちに入隊して、青うさ村のために働いてくれる覚悟があるのなら譲ってあげよう」
「俺がここに・・?」
多少の覚悟があったパンジーだったが、まさか入隊を迫られるとは思ってもみなかった。しかし、ある意味いいチャンスなのではと自分でも感じている。
「ありり?なんか入隊のはなしになっちったよ。あの人大丈夫なんかねー」
「どうでしょうか・・・でも、あの時にタンポポちゃんを助けてくれたのは事実ですから。期待しましょう」
「そだね」
それを聞いて一番納得のいかない顔をしているのはツクシだが、キャロに抑えられては文句もでない。裏組織に身を置いていたのはキッカから聞いている、それをひっくるめて隊には必要とロットは思ったのだろう。
すべてをいい方向にとらえて活用する、これもリーダーとしての役割であるから。
「特に問題ないようなら、入隊のテストを行うことにする」
入隊テストは恒例である。必ずしも誰でもが入隊できるわけでなく、しっかりとした意思とそれなりの対応を色々な角度からロットが見て決めるのだ。決して安全な仕事ではない・・あまり優しくしてしまうと、それだけ危険にさらしてしまうことになる。仲間を失うつらさをもう、感じたくはなかった。
「そうだな・・虎うさぎというくらいだ、ここはメンバーとの連戦ってことにしよう」
「そりゃあいい、話が早くて助かるぜ!」
「だとすれば・・」
この言葉を聞いていち早く名乗りをあげた者・・燃えるうさぎ、ツクシだった。
「ここは俺が行かせてもらおうか!そいつの威勢がどれほどか、早く知りたかったからな」
「あら、あんたのブラストは修理に出してるわよ」
「ええ!?姉さんあれは直ったっていってたじゃないっスか〜」
「ごめんごめん、ちょっといじくったら失敗しちゃってさ」
落胆するツクシをよそに、ロットが連戦のメンバーを決めてしまった。一番手はタンポポ、二番手はヒマワリである。
「合格基準は一勝でいい。期待してるぞ、パンジー」
「はは!ロットさんならまだしも、他のやつとなら問題ねえよ」
まずはキャロットガードでお馴染み、13衆最強の盾タンポポ。実践でも、その神がかりな医療技術と仲間の防護支援に大活躍する。本来1対1の対決には向かなそうなタンポポをぶつけたのには、ロットの何かしらの思惑があるのかもしれない。キャロもどこか楽しみであった。
「さ、始めよーよ!」
「もうここで一勝はいただきだな。意外にあっけなくニンジン鉱がもらえそうだぜ」
始まりの声がかかり、まずは先制したパンジー。高速攻撃からの一撃離脱・・まさに獣のような動きを見せる。これこそが虎うさぎの真骨頂であり、どんな相手でも油断を見せないというあらわれ。
スピードだけなら今いるメンバーの中でも間違いなくトップクラス。だが、相手は最強の盾。ゆうに身長の倍以上ある大きな盾を上手く使いこなしかわしていく。強度も並ではなく、パンジーの攻撃をいともたやすく跳ね返す。
「盾の中でチョロチョロと!このチビすけが生意気な!!」
さすがのパンジーもバカではない。相手はただ守っているだけ、いっそ接近戦でケリをつけてやろうという考えに変わる。地面の砂を巻き上げ一瞬姿を消したかのような高速移動、そしてキャロットガードに張り付いた。
「チョロイもんだぜ!!」
「なにさ、ばかにして・・」
バヂッ!!!!!
「ぐわ!」
盾から発せられた刺激に思わず身を引いたパンジー。
「あ、これね。こっちのニンジン側はねー、バリアが張ってあるから触っちゃやーよ」
「おーいタンポポ!もういいぞ、本気出して行けー」
「あり?隊長命令だったり」
今の声はパンジーにも勿論聞こえている。本気を出していけ?今までは様子見?顔色が一気に変わって、野生の目を取り戻す。一番小さなやつに負けるはずがない!!
「入った!どっかぁ〜ん!!」
知る者ぞ知る・・・タンポポが攻撃に転じた時の姿、いわゆるアタッカーモード。大きな盾につい立ての棒を差し込むことで、ばかでかいハンマーと化す。
小柄な女の子と侮るたいていの者は、ほぼ確実にやられるのだ。純粋な力だけではヒマワリについで堂々の二番目。これだけ大きな盾を自在に操っている時に気づくべきだったりもする。
俊敏なパンジーであっても、この大きな盾の面積から逃れることができず直撃。2〜3メートルはゆうに吹っ飛ばされてしまった。タンポポのあっけない勝利。
「お疲れですわ、タンポポちゃん」
「どうだった?やってみて」
「攻撃は荒削りだけど、やっぱ気迫はすごかったですよー。お尻すりむいちゃった」
「あらら、かわいそう」
しばらく気を失っていたパンジーも目が覚め、キッカに受けたときと同じような衝撃が走った。直接的な痛みというより、何かばくぜんとした・・・自分の中のほうへくるような。
「さ、じゃあ気を取り直してヒマワリ戦だ」
思わずついた黒星、ここは絶対に落とせない。勝ってロットに認めてもらいたい。周りに流されて生きてきた野性の虎はいつしか目的を持っていた。
「もう・・・絶対に負けられねぇ!!」
「自分が相手だ、思いっきり打ち込んでこい!」
生粋の武人ならぬ武兎であるヒマワリには幼稚な戦法などつうじない。両手にもった斧、気合の入ったハチマキ。どれをとっても負けそうにないオーラを発し、それは英雄にも匹敵するからだ。
それでいて直立不動、まさにいさぎがいい立ち振る舞い。しかしパンジーも裏組織に身を置いていただけに、実践経験では負けていない。狙いは一撃必殺。
「死んじまったら・・・すまねぇな」
「遠慮はするな」
パンジーがゆっくりと前傾姿勢をとる。青うさぎといえば、妖精や人間同様「二足歩行」が基本である。むしろ四足歩行ができるような作りになっていない。
しかし虎うさぎは小さい頃からこの姿勢を叩き込まれ、実際にマスターできる者は少ない。その少数の中にパンジーはいる。持って生まれた身体能力と負けん気をフルに活用した結果。
「避けられたら褒めてやるぜ〜!!」
十分に狙いを定めた虎が一直線にヒマワリに飛びかかる・・・まさに一瞬!
「速い!!何あの子?わたしでも目で追えなかった?」
「タンポポも全然わかんない〜。それよりヒマワリくんは!?」
あまりの速さと衝撃で砂煙が舞い上がり視界をさえぎる。ヒマワリに避けた様子はない、まさか?
「お・・・お前・・」
「その速さ、もっと青うさ村のために磨くべきだ。隊長にもいいアピールができただろう」
速さで対抗できるはずもないと悟ったヒマワリの行動、まさに肉を斬らせて骨を断つ。パンジーのするどい爪は、ヒマワリの右腕をゆうに貫通していた。ちぎれかけた腕を気にすることなく、左腕に持った斧で吹き飛ばす。しかし刃のほうではないため、パンジーのほうは打撲ですんでいる。
「どうしてそこまで・・」
「守りたいんだ、この村を。このペンダントが俺を守ってくれるように」
三人の妹の形見であるペンダント握り締め、何事もなかったように立ち去っていく。
「ヒマワリくん!早くこっちこっち!!」
「どうかな、治るかな」
「あたしは名医だよ?そんな心配は無用さー。でもちょっとは無茶しないでね」
結局メンバーに勝てなかったパンジー。結果は結果、そこは認めないといけない。腕がどうのこうのと言うより、気持ちの問題・背負ってるものの問題だと今さらキッカの言葉の意味が分かった気がする。
しばらく治療のため兵舎に滞在していたパンジーだが、ある日ロットに呼ばれた。
「お疲れ。どうだ、体の調子は」
「体はもう何ともないです・・・が、俺はここにきて青うさぎっていうものを考えさせられました。今まで根本から直すっていうことばっかりにとらわれて、近道することばかり考えて。それで最後は何も得られない。コツコツ頑張っている我々の本質を大事にしていくことを皆さんに教えられた気がします。今日もう発ちます、お世話になりました」
そう深々と頭を下げ、感謝の意をあらわした。
「そうか、じゃあこれを持っていくといい」
「これは!ニンジン鉱?なぜ・・・」
「はなっから君を落とすつもりなんかなかったよ。ま、あれはあいさつと思ってくれればいいかな」
「じゃあ・・・俺もここで」
「ああ、武器が完成したら戻ってきてくれ。じゃ、気をつけてな」
そういって席を外したロット、これに感激したパンジー。以後ツクシといがみあいながらも、自分のスタイルを磨き続けた虎うさぎの活躍は「闇夜の流星」として語りつがれた。
「母さん、行ってきます」
今年の青うさぎアカデミー卒業生に、ひときわ頭脳明晰なうさぎがいた。名はシャクナゲ。あらゆる分野の学力に優れるだけでなく、手先も器用な彼は幾多の開発にも携わってきた。
その集大成でもある、陸上高速機動版「キャロット・ボード」。人間界でいうスケボーにホバー機能をつけ、地表に左右されない安定した走行を約束する極めて高性能な移動補助機器である。
長年にわたって研究し続け、今年の卒業を機に大手技術開発企業に売り込もうとしていたのだ。
「最終チェックも済ませた、これなら大丈夫」
自分でも納得の出来に、つい笑みもこぼれてしまう。これが無事採用されれば、青うさぎ全体の移動範囲が増える。それは子供からお年寄りまでを対象にし、突然の危機からも脱出できることも想定している。
村の安全は「力」だけでは成し得ない・・・シャクナゲの持論だった。
「おや?君は・・・」
「あ、ロットさん。こんにちは、今日も見回りご苦労さまです」
ロットは言わずとしれた敏腕兵士、知らぬものなどいない。そしてシャクナゲもまた、アカデミーをダントツトップで卒業した大物。逸材同士、縁がある。
「聞いたよ、3年ぶっちぎりでトップ成績だって?やるねぇ、天才くん」
「いえ、たまたま他のうさぎが調子を落としたのでしょう」
「それが噂のキャロットボードかな」
「はい、これからあそこでプレゼンする予定なんです」
「それが商品化して一般のうさぎにも行き渡れば心強いな。応用もききそうだ」
「ロットさんのように理解してくださればいいんですが・・どうでしょうか」
とそこへ、村全体に警鐘が鳴らされる。どうやら侵入者による急襲らしい。
「おっと、これは大変だ。君も今日は止めたほうがいい、けっこうな数だぞ」
「そうですね・・」
タイミングの悪さに歯噛みをしながらも、仕方なく家路についたシャクナゲ。しかし、その道中でさえも悪者の攻撃によってまともに歩ける状態ではない。その数はますます増える一方、建物は壊され木々は燃え・・・もはやいつもの平和な日常は消え去ってしまっていた。
不安ばかりが押し寄せてくる・・・しかしそこで見てしまった。
「家が・・・!」
シャクナゲの家も例外ではない、時限鳥の空襲により跡形もなく破壊されていた。逃げ遅れた者の無残な姿も確認できる。がく然とするしかない・・・こうなったら学力なんて無に近い。いくら理屈を重ねてきても、聞かない相手には通じない。間違っていたのかもしれない。そこを認めてしまうのが一番怖かった。
「危ない!!」
「え・・?」
間一髪、後ろから襲ってきたキバギャングをロットは仕留めた。
「ふう、様子を見にきて良かったな」
「あ・・・ありがとうございます」
「さあ、みんな避難してるぞ。君も妖精界へ行くんだ」
そう手を差し伸べるも、シャクナゲはうつむいたまま動かない。
「どうしたんだ?どこかやられたのか・・」
「いえ、違うんです。このまま妖精界に行ってしまったら私は何だったんだろうって思ってしまって」
「しかし、生きてこそだぞ」
「はい、ですが・・・。ですが私は、やっぱり自分の信念を貫きたい!ここでみんなを守りたい!!」
ほぼ丸腰に近いシャクナゲを見て、とても放っておける状態には無い。しかし、彼の真っ直ぐ見つめた先に何があるのかを確かめてみたい気もあった。
細い目をさらに細くしながら、何やら道具を一つ手渡した。
「無事を祈る」
そういってまた戦場へと戻っていった。
「これは・・・魔法の葉っぱ。ロットさん、ありがとうございます!」
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月日は流れ、無事生き延びたシャクナゲは更なる改良品の研究に余念がなかった。
「おいシャクナゲ、また来てるぞ。あの隊長さん」
「分かったガーベラ、今行くよ」
ガーベラはシャクナゲの同級生でもあり、親友でもある。六丁もの拳銃の使い手であり早撃ちのスペシャリスト。その腕は類を見ないとまで言われるが、本人にはまったくと言っていいほど真剣さはない。
それも計算のうちなのかは本人のみぞ知るところ・・・。
「お待たせしました、ロットさん・・・いや、ロット隊長さん」
「いや、そんな固っくるしいのやめにしよう。むこうじゃキャロがうるさいからこっちへ出向いてるんだ」
「はは、変わらずですね」
「どうかな、考えてもらえたかな?」
「はい、しかし申し訳ありません。やはり私に入隊などできません。つねづね言っていますが、私は力で解決をすることに賛同しかねます。今、ブルークローバーとなり新しい道を目指すロットさんの考えには賛成です。ですが、それ以外の方法もあると・・・それを私は証明したいんです。是非、ガーベラをお願いします」
「確かにあいつも相当腕は立つ。しかし、今必要なのは君なんだよ」
こうして話の進展がないまま、今日もロットは帰っていった。
「いい加減、入ってやったらどうだ?ロット隊長じきじきなんて・・光栄なことだぞ?」
「君には関係のない事だ」
「おーおー、荒れてるねぇ」
やはり自分は考えすぎるんだろうか・・・変に頭がいいのも良くはない。そう、途方にくれるといつもやってくる場所がある。きれいな噴水が絶えず湧き出る、通称「噴水公園」。ここにはヌシがいるのだ。
「あー!シャクナゲさんだー!!こっちこっち〜♪」
「碧うさちゃん・・・今日も元気ですね」
「そりゃそーさー。キャロちゃんにね、キャンデーもらっちったの。食べる?」
「いえ、けっこうです」
「元気ないねー」
「そう・・見えますか?」
「あー、もしかしてフラれちった?そんなの大丈夫だよー。シャクナゲさんおっとこ前だから、すぐまた見つかるよ♪」
この屈託の無い口調にシャクナゲ自身、とまどうこともある。自分は何なのか。
「碧うさちゃんは・・・美味しそうなキャンデーが二個あったらどうします?」
(な、何を言ってるんだ。こんな、一回りも下の子に私の考えを押し付けてしまって!)
「ん?そりゃあーもう両方食べちゃう!」
「もしかしたら一方は美味しくないかもしれないし、両方美味しくないかもしれないんですよ?」
「うーん。でも、食べてみなきゃ分からないじゃん」
「っ!!!」
何も言わず立ち上がったシャクナゲ、何かを決めた表情になった。
「ありがとう、碧うさちゃん。私は今、必要とされてる場所へ行くことこそが最良なんだと確信しました」
「なんだか分からないけど、シャクナゲさんがそう思った事を頑張ればいーと思うよ♪」
すっかり意気投合しながら談笑しているところへガーベラがやってきた。なんだか神妙な面持ち、シャクナゲもいぶかしく感じていた。
「シャクナゲ、そこをどくんだ。そこのチビ助は始末させてもらうぜ」
「何?何を言ってるんだ、君は。どうしたらそんな発想になるんだ」
「これが手配書だ」
「これは裏手配じゃないか!君はまだこんな事をやっていたのか!!」
「ともかく、そいつが邪魔だという連中がいるってことは事実。ロットさんの意志を引き継ぐ運命の・・」
「それ以上言うな!」
ガーベラの手は、早くも腰に掛かっている。ここから一瞬にして弾丸が発射される。
「そう熱くなるな、お前らしくもない。もっとクレバーに行こうぜ」
「なら私を撃ってからにしてもらおう」
「ふう・・まったくガンコな奴だよ・・お前は!!」
一気に抜かれた拳銃からは容赦のない六発のニンジン弾が放たれた。そのうちの一発がシャクナゲの足にあたり、ガクッと膝をついた。
「同級でありルームメイトでもあるよしみだ、丸腰のお前では何も守れなかろうよ」
そういうと、早くも視線は碧うさに向けられていた。
「やめろガーベラ!そんなことをしたら、取り返しのつかないことになるぞ!!」
「そんなことは分からないだろ?おチビちゃんのいう通り、やってみなきゃ」
プレッシャー負けした碧うさは、シャクナゲの背中から一気に飛び出し走り出した。しかし、それこそはガーベラの格好のまとになってしまう。ガーベラの腕は超一流、百発百中なのだから。
「これもお仕事、ごめんな・・おチビちゃん。SHOOT!!」
さっと抜かれた拳銃は方向を違わず碧うさに一直線に飛んでいく。音も無い非常な攻撃は、小さな命さえも奪ってしまうものなのか。シャクナゲはどうにもできない自分を責めた。
しかし、ここで碧うさの意外な能力を垣間見ることになる。弾が目前に迫っているいうところで、何とズベッと転んでしまった。そのため横毛をかすっただけで済んだのだ。
「BAD!何も凹凸なんかないだろ?そこでコケるか、普通!?く・・くそ!」
間髪入れず転んでいる碧うさにさらに狙いをつけ、さっと銃を抜く。しかし、これもまた偶然飛んできたゴミに当たってしまい全て方向がそれていってしまった。
「な・・何者だ、コイツは?なんて運のよさだよ」
起き上がってベソをかきながらシャクナゲのほうに戻ってきた碧うさ。どう考えてもただの的だが?
「ええい、まとめて撃てば問題ないだろう!!」
それでも碧うさには届かない。
「・・・た、弾づまり?しかも六丁すべて!?UN-LUCK!!」
「そうか。碧うさちゃんには先天的な運の良さが備わってるんだ。それに加えて、狙ったものの運を下げてしまう能力もある。これはすごい。」
一度は諦めたシャクナゲにも希望の灯火が宿った。決して力で解決はしない、その信念を持っている以上「闘い」というものを実行することはない。だからこそ・・・。
「碧うさちゃん、こっちです!」
「え?でも、シャクナゲさん足が〜」
「これくらい・・・さあ、こっちへ」
そういって引っ張っていった先は茂みの中にたたずむ廃屋。青うさ村の戦いが終わってなお、ひっそりと残る傷跡と言ってもいい倒壊寸前の建物。この中に逃げ込み身を隠した。
もちろんガーベラは追ってくる、銃も六丁全開だ。
「こんなとこに隠れてもムダだよ、むしろ好都合さ」
息を潜めるシャクナゲだったが、ここで自身の能力をフルに生かす。
「この建物・・3階建てか、だとすれば梁と外壁のすき間・強度・角度・位置。・・・なるほどな」
何かを割り出し、碧うさを連れて一直線に走りだした。その姿はガーベラにも確認できるほど目立つ。脱走するには少しばかり大胆、シャクナゲらしくはない。
待ってましたと言わんばかりに六丁の銃を抜き一斉に打ち出す。ガンマンの定めか、建物内での銃撃は跳弾を意識する。これをすべて計算し、一瞬に狙いを定められるのがプロ。寸分違わず、何度も跳ね返った弾はシャクナゲと碧うさに襲いかかる。
「読めてるよ、ガーベラ!そして、さよならだ」
ここだというタイミングでサッと伏せる。すると本来直撃するはずの弾は、そのさらに先を打ち込み外へ貫通していった。だが、これで終わってはいない。
ちょうどその先には大きな岩が転がっていたため、貫通した弾はさらに跳ね返り建物内に戻ってきたのだ。すべてシャクナゲの計算によるもの。もちろん最後の終着点は・・・
「があっ!ば・・ばかなぁ。シャクナゲ、お前・・・お前」
「ガーベラ、もういい加減足を洗ったらどうだ。私は君が嫌いじゃない、だから正しい道を行ってほしい」
「うぅ・・・やっぱりすごいな、お前は。もしかして急所を外したのも計算・・・か?」
「嫌いじゃないうさぎを殺したくはない」
「GOOD、この借りは次に会ったときに返させてもらう・・」
「次は、碧うさちゃんを守ってやってほしい」
こうして危機を脱したシャクナゲと碧うさは建物を後にする。しかし、まだシャクナゲの運命は始まったばかりだった。どうやら役場のほうでまた怪物が暴れているようで、かなりの数も見受けられる。
「碧うさちゃん、危ないからしばらく公園で隠れててもらえますか?」
「シャクナゲさん、ロットたちの手伝いするの?」
「そういう事になりますか。ここが私の出発点なんですよ、きっと」
「がんばれ!」
「行ってきますね」
そういい残し、キャロットボードに飛び乗った。
今回の襲撃はいつも以上に手が込んでいて、力自慢のブルークローバーも苦戦を強いられていた。何せ数が多い上に、統率がとれているように見える。キャロが指示を出しながら防いでいるものの、一向にキリがない。
「あん、もう!どうしてこんなに厄介なの!?」
「姉さん、こういう時はとにかくぶっ放してやりましょうよ!」
兵舎周辺にまとわりつく怪物をキャロとツクシが中距離攻撃。その他のメンバーは、兵舎を中心に東西南北で迎えうっている。ロットは大切な役場を守っていたが、そこへシャクナゲがやってきた。
「ロットさん、お待たせ致しました。シャクナゲ、これよりブルークローバーに入隊を希望します」
「そうか・・・なら、入隊テストはこの初陣だ。無事切り抜けられるか?」
「お任せください」
そういい一礼をすると、兵舎方面にボードを走らせた。
「ここで指示を出されている方はどなたですか!」
「あ、あたしだけど・・。あなたは?」
「シャクナゲと申します。以後お見知りおきを」
「ああ、ロットがいつも迎えに行ってた。あたしはキャロ、副隊長よ。こっちがツクシ」
「ああ!?インテリ野郎の出る幕じゃねえよ!」
「こら、あんただって苦戦中でしょ。で、あなただったらここをしのげる?」
周辺の状況や、被害のレベルをある程度計算していたので何ともなく立案をする。
「まず、タンポポさんとスミレさんを役場へ回してください。あそこは数こそ多いものの、怪物一匹一匹の影響力はさほどありません。ロットさんの援護に回り役場を抑えれば、そっちへ集中していくでしょう。ヒマワリさんはそのまま、コスモスさんをこっちへ戻るよう指示してください。それに合わせて、ツクシさんがすれちがいざまに火炎放射すれば一網打尽にできます。さらには木々を燃やすことによって道を失くすこともできますから」
「わ・・分かったわ。で、あたしは?」
「うさ美ちゃんとうさ子ちゃんを戻せますか?」
「え?よく知ってるわね」
「合流したら、まず10時の方向にミサイルを発射してください。あそこ一帯にほころび穴があるはずです、ガレキで出て来れなくしましょう。最後に私が役場で合図をします、そしたら2時の方向に一斉に全弾発射してください。怪物の最後の猛攻をしのげるはずです」
素早く的確な作戦にキャロもあ然とするばかり、ツクシに至っては少しとんでいる・・。
「では、宜しくお願いします」
「待って!合図くらいならスミレにやらせるわ。あなた丸腰でしょう?」
「いえ、大丈夫です。皆さん頑張ってくれてるんです、そしてこれが・・・私の戦いです」
「けっ!ちょっとは熱のあるヤローだったかよ!」
しばらくして、役場のほうから大きな音が響き渡った。シャクナゲの合図に違いない・・そう感じたキャロは、自動防衛歩行うさロボ3号機と5号機(通称うさ美・うさ子)と共に敵を待ちかまえた。
「あらら・・・これはこれは。ツクシでいうビンゴってとこね、用意がなかったらお家が無かったわ」
あちこちを攻撃されて、本能のおもむくままに突進してくる怪物たち。何百という群れが一斉に兵舎を目指して急降下してくる。
「さ、終わりにしましょ♪」
キャロ・USA-3・USA-5のすべてのミサイルが上空の敵にうちこまれた。その数もまた、大小合わせればかなりのもの。爆発につぐ爆発で、怪物もほとんどがやられてしまった。残ったものも、本能でどこかへ去ってしまったようだ。
今回の被害は、総合的には役場周りと兵舎周辺・その間道くらいのもので少なめだった。
無事全員帰還して、あらためてシャクナゲを歓迎した。
「ありがとうシャクナゲ、来てくれると思った」
「私だけでは未だに答えのない闇の世界をさまよっていたに違いありません。小さな英雄のおかげです」
「それにしてもまあ、俺はやると思ったね!一発でピンときたんだよ、こいつはやるなって」
「あんた、相変わらず調子がいいわね・・」
たとえケンカが弱くても、自分にできる役割を見つけることが大事。そしてそれを貫く強い信念と意思。本当の強さとは腕っぷしではないというシャクナゲの理念は、ブルークローバー解散までメンバーの心に刻まれた。
小鳥のさえずりが聞こえ、川のせせらぎが感じられる青うさ村の中でも山の奥。気持ちのいいほどの陽をあびながら、ヒマワリは表へ出た。まだ朝も早いうちに、日課である畑仕事をこなす。
いつもと変わらない平和な日常・・・温厚なヒマワリにとっては、この澄み切った環境で暮らすことこそが幸せそのものであった。そして、かけがえのない家族。ずっと続いてほしいと思っていた。
「お兄ちゃん!行ってくるねー!!」
そう元気に家を飛び出してきたのが二番目の妹ユウガオ。それに負けじと上の妹アサガオもハリきって学校へ駆け込んでいく。
「お前たち、山道はじゅうぶん気をつけるんだぞ」
「平気だって、ヒマ兄!慣れっこだからさ!」
「・・・まったく、慣れてるからこそ危ないと言ってるのに・・」
仕事もひと段落終えたところで家のなかに入る。遅い朝食は、いつも両親と一番下の妹ヨルガオが一緒。ほぼ一日中畑仕事をこなすヒマワリにとって楽しいひと時でもあるのだ。
「ねーねー。ヒマワリお兄ちゃん」
「なんだ?」
「ヨルもね、早く学校へ行きたいの」
「そうだなぁ、ヨルはあと一年まてば学校へ行けるぞ」
「ほんと!?」
「ああ、お姉ちゃんたちと一緒だ」
最近ではよっぽど楽しみなのか、同じような事を毎日繰り返し聞いてくるヨルガオ。ヒマワリも、妹の中で一番良い子にしているヨルガオを絶対に学校へ行かせてあげようと畑仕事を精一杯やっていた。
父は数年前にケガして以来、病に伏せている。母が面倒を見ているため、若くて力のあるヒマワリが働いて家族を支えているのだ。当の本人も、これが当たり前と何の文句ももらしたことはない。家族が仲良く暮らしていける秘訣はここにあるのかもしれない。
「そうそうヒマワリ。あとでお父さんの薬を買ってきてくれない?」
「分かったよ母さん。仕事の合間に行ってくるから」
こうして何日か一度山から降りる日もある。買い物も、両親の負担をできるだけ少なくするために自分で進んでいくことにしていた。行きつけの薬局で用を済ませ、帰り際にいつも足をとめる場所がある。
噴水公園は青うさ村のちょうど中央に位置し、子供から大人まで誰でもゆっくりする時間を過ごすことができる。妹たちをいつか連れてきたいと思っていたのだ。
「はは、またあの子がいるな。ちょうど妹たちと同じ年齢くらいか?」
この公園のヌシである碧うさは、色んなうさぎに目撃されているのだ。
「さて、そろそろ戻ろう。アサたちが戻ってくる頃だ」
山道往復はかなりキツイはずだが、もって生まれた体格と運動神経で難なくこなしてしまう。その力を悪いことに使おうなどと微塵も思ったことがないのは、やはり家族あってこそだからというのも大きい。
しかし、今日は今まで感じことがない嫌な空気に包まれていることに気がついた。ハッキリと言い表すことができないけども、何かが違う・・・。少し不安を抱きながら帰宅した。
「あ、ヒマ兄!遅いじゃん、めっずらしい〜」
「ああ、ちょっとな。それよりアサ、宿題ちゃんとやったのか?」
「あとでやるって。じゃあユウと遊びに行ってくるねー!」
「おい!・・・ま、元気な証拠か」
ヨルガオは昼寝の真っ最中なので、ヒマワリは不安のもとを探すべく山を散策しにいった。しかし、特に目立ったものはなく取り越し苦労だと家に戻る。アサ・ユウも同じ頃に戻ってきた。
「お兄ちゃん♪」
「ん?」
「ユウね、お兄ちゃんにプレゼントがあるんだよ」
そういって出してきたのは一本のハチマキ。
「ほら、いっつもユウたちのために頑張ってくれてるでしょ。だから3人で作ったんだよ」
「そっか、ありがとうな」
「もう1個あるよヒマ兄。これ」
「おお、きれいな石だな」
「この前遊んでたらそれ見っけたからネックレスにしてみたの。いいでしょ?」
「ああ、すごいな。大事にするよ」
「紐とかなんかはヨルも手伝ったんだよ!この子、あたしらより器用でビックリさ」
「そっか、ありがとうなヨル」
「えへへー」
妹たちの愛情をいっぱいに受け止めることが何よりだと感じているヒマワリには、争いなんて言葉は愚かであるとしか思えない。そうまで考えていてさえしても、避けられない現実は起きてしまう。
床についてしばらくすると、何やら街のほうが慌しいことに気づいた。飛び起きてふもとを見ると、黒いかげのようなものが一帯を覆いつくしている。ただごとではないと感じ取ったヒマワリは、急いで妹と両親を起こして逃げる準備をした。病気の父を背負いながら必死で山を降りると、そこは何とも悲惨な光景が広がっていたのだ。
見たことなのない化け物が周辺を手当たり次第に破壊し、無抵抗なうさぎを攻撃している。
「マズイな・・早く妖精界かクリスタルランドへのほころび穴を探さないと」
周りは火の海と化し、病気の父の容態も思わしくない。連れ回っているのは良くないと判断し、ヒマワリは家族を化け物と戦ってくれている兵士集団があつまる大木に身を置いてもらうようお願いした。
逃げ回っているよりは安全だと思ったが、しかし所詮は寄せ集め軍隊。ほころび穴を探すため少し離れてしまった瞬間、そこを大きな怪物が襲いかかり兵士は逃げていってしまった。
いとも簡単に大木を押し倒してしまう怪物。その下には家族がいる!死に物狂いで戻るも間に合わない・・・。
「そんな、そんな・・・」
一瞬にして絶望の淵に立たされたヒマワリであったが、かろうじて妹たちは助かっていた。
「うわーん!怖いよー」
「大丈夫だ、ヨルガオ。ほらお兄ちゃんにおぶされ。アサ、ユウも怪我はないか?」
「うん、でもお父ちゃんとお母ちゃんが!」
「くっ・・!」
この戦火では考えているヒマもない。両親の弔いを後回しにし、まずは妹を安全な場所に送ることが先決。まだ年端も行かない小さな妹が頑張ってついてくる。それこそヒマワリは絶対に助けるという意気込みで道を作っていった。
どれくらい走っただろうか、アサガオもヒルガオも疲れきって動けない。何かないかと周りを見回したヒマワリの目に、一箇所だけうさぎが集中している場所を見つけた。あれこそほころび穴に違いない!
「あの、この列はなんでしょうか?」
「ああ、クリスタルランドへのほころび穴さ。この辺じゃここしかないようだからな」
思ったとおり、急いで妹を連れ列に並んだ。
「ねえヒマ兄。やっと安全なところへ行けるの?」
「ああそうだ、心配するな」
こころなしか緊張がゆるんだ。自分たちを犠牲にしてまで助けてくれた両親のことを思いながら、何とかこの場をしのげる・・・はずだった。
「おい!ほころび穴が閉じるぞ!急げ急げ!!」
思わぬ叫びに我にかえったヒマワリ。ここが閉じてしまったら、またあの火の海をくぐりぬけて探さなければならない。妹たちの体力も限界だ。
「すいません!小さい妹がいるんです、この子らだけ先に入れてもらえませんか!?」
「ん?よしよし、さあ入りな」
「すいません。アサ・ユウ・ヨル、お兄ちゃんもすぐ行くから。向こうで待ってるんだぞ」
そして前のほうへ行こうとするヒマワリたちだったが、後ろのほうからゾロゾロとある集団がやってきた。
「どいたどいた!エビネ様がお通りになられるぞ!!」
「ちょ、ちょっと!」
いきなり割り込んできたエビネと名乗るお偉いさん達が、ヒマワリや妹を突き飛ばし先に入っていってしまった。そして穴は閉じてしまったのだ。がく然とするヒマワリ・・・さらに悪いことに大きなイカが上空から飛来してきた。
その数は数え切れないほどで、あっという間にヒマワリ達を飲み込んでしまった。
「・・・・ぐぅ!い、妹たちは」
重症を負いながらも、這いずりながら3人を探すヒマワリ。しかし、信じたくはない結果だけが待っていた。
「アサ、ユウ、ヨル・・・。ダメなお兄ちゃんでごめんな」
何もかもを奪われてしまったヒマワリには生きる気力も無くなっていた。ふと下に目をやると、大きな斧が二つ転がっている。ひとつを手に取ると、その切っ先を首にあてた。
「まだ遠くにいくなよ。お兄ちゃんもすぐに行くからな」
すべての家族を失ったヒマワリは覚悟し、意を決して刃を下ろそうとした。だが、その瞬間すごい速さで体当たりをしてきたうさぎがいる。その勢いで手元が狂い、持っていた斧も足元にゴトっと落ちてしまった。
「誰だ!」
「あんちゃん一人が死んでも誰も喜ばないよ」
「知ったふうな口を利くな!!何が分かるんだ・・・」
「オイラもなんだ。こんなことにさえならなければ・・・」
同じ境遇を体験した二人だからこそ、言葉も無く何かを理解しあえた。ヒマワリを止めたのはコスモス、妖精界やクリスタルランドを行き来しながら武術や技をみがいていた。
偶然にも青うさ村に帰郷してきたのもつかの間、こんな事態に巻き込まれてしまったのだ。
「コスモス、すまなかった。拾った命、両親や妹たちのため・・・やらなければならない」
「お、おい。何をするつもりなの?ほころび穴はずっと向こうだって」
落ちている大きな斧を拾い手に取るが今度は二本。胸元で光るペンダントをギュッと握り締めると、怪物がウヨウヨと行きかう場所に突っ込んでいった。
あ然とするコスモスを尻目に、バッタバッタと切り倒していくヒマワリ。あっという間に周辺の怪物の姿は激減したうえ、それだけにとどまらず奥へ奥へと突進していった。
「す・・すげぇ」
やがて中心地近くに到達するも、その勢いは止まらない。ここでは主に兵士集団が奮戦していたが、一進一退であまり成果はよくなかった。そこへヒマワリがやってきたものだから、苦戦を強いられていた兵士たちは大いに沸いた。ここでもあっという間に鎮圧し、安全な拠点を確保することができた。
「すげーな、若いの!あんたのその腕がありゃあ何とかなるかもしれねぇ」
本来ならこれだけの活躍、調子にのってもおかしくないはずであるが・・・ヒマワリの心はどうしても癒えない傷がズキズキと痛んでいる。こんな調子づいた言葉は、さらにヒマワリを激昂させる。
「あんたたちが家族を殺したも同然だ・・・関わりあいたくない。しゃべりかけないでくれ」
迷いのない目つきで村を見据える。村の怪物を一掃しよう、悪いものはすべてやっつけてやろう。斧を持ち直し、また斬りこんでいこうとした瞬間の出来事。急に大きな影ができたのだ。その大きさは兵士うさぎの集団をすっぽりと覆ってしまうほど巨大な・・・そう、大型のカラスルメがやってきたのだった。
その姿はまさに邪悪そのもの、誰もが驚愕する。
「こ、これはマズイぞ!あの二人を呼ぼう!!」
「ああ、そのほうがよさそうだ」
ある者は応援を呼び、ある者はちりぢりに逃げ、そしてヒマワリは一歩も動かず仁王立ちをしていた。ようやく追いついたコスモスも、これを見て腰をぬかしていた。
大きいとはいえ「イカ」である。その攻撃はすさまじいだけはない、10本の足から繰り出される変幻自在さでヒマワリを追いつめていく。さすがに受けきれなくなり、一発モロにくらってしまった。
「ヒマワリ!」
コスモスが近づこうとする。しかしヒマワリは何事もなかったように上体を起こした。よく見ると額に巻いてあったハチマキがとれてしまっている・・・そして。
「コオオォ・・・」
斧を縦につなげ、カラスルメにゆっくりと近づいた。怪物もいっせいに10本の足を伸ばし攻撃するが、そのすべてを一振りで切り落とすと胴体まで一気に貫いた。大きな体が地面に落ちる。
さっきも荒々しい戦いが印象的ではあったが、今回はそれにもまして激しいものであった。ともあれ危機を脱したコスモスはヒマワリに駆け寄るも、今まで見たこのない光景に目をうたがった。
「おい!化け物はどこだ!?」
「あん?もう終わってんじゃねえか」
ここにやってきたのはロットとキッカ。のちの英雄も応援要請によってやってきたのだが、ヒマワリが先にやっつけていたので出番がなくなってしまっていた。
「そこの君がやったのかい?すごいな」
「あ・・・ロットさんにキッカさん!」
「ここはもう大丈夫だな、さっきまた大型のカラスルメが出たらしい。そっちへ行こう、キッカ」
「それが・・・」
ヒマワリがいきなり斧を振り回し始めた。とっさの動きでかわすコスモス。
「まさか・・・赤目なのか?あいつは」
「間違いない、何代かに一度生まれるという天性の狂戦士だ。普段はその本性を出すことがないまま一生を終えるものが多いと言われているが、これじゃあ無理もないかもしれない」
人間界で赤い目のうさぎといえばポピュラーな小動物だが、ここ青うさ村では大変珍しい。日常では自分の中に眠っているものが、キッカケにより呼び起こされてしまったのだ。
「キッカ・・・情けないが俺じゃハッキリ言って赤目は無理だ。任せていいか?」
「自信はないが、あっちの化け物も放ってはおけないだろ」
「お互い、生きて帰ろう」
「は、カッコいい事を言うな」
ロットは最後の怪物退治に向かっていった。そして残ったキッカは、生まれてはじめて対峙する伝説の赤目を止めるべく臨戦態勢に入った。
「うああぁ!!」
「速い!」
大きな体に似合わない瞬発力で一気に襲い掛かってくるヒマワリ。わずか数センチのところでかわしながら、どこかにあるであろう隙をさがしていた。
しかし、その攻撃をやめることはない。村でも指折りの実力をもつキッカでさえも苦戦する。
「これはヤバイぞ。ほんとのほんとに仕方ないが・・・命がけは皆一緒か」
一気に自分の中にある力を放出するかのように雄叫びをあげるキッカ。その咆哮は戦火がなければ村全体に響き渡っているであろう。コスモスも飛び火をおそれ身をかくした。
「この姿を見せたのはお前で二番目だな。こっからは全力だ!!」
キッカもまた本気モードに入った。片腕と両足に装着したトラッシュはもちろんのこと、さらに両耳と横毛までもが相手に向かって鋭く伸びている。その全てが攻撃手段を持っているため、ロットいわく「阿修羅モード」とのことだった。
「・・・・・ああ」
「幻影を見てるのか。辛い宿命を背負ったな」
阿修羅モードになってなお、いまだに互角の戦いを繰り広げている。ヒマワリは左腕を負傷したが、キッカは横毛が戦闘不能・片耳と右足を負傷していた。
「利き腕をやれなかったのは未熟ゆえだな・・・」
力で圧倒されたキッカは一撃を受け吹き飛ばれた。大きく叩きつけられ動けないところへ、トドメと言わんばかりに真っ赤な瞳が見下ろしてくる。諦めかけたキッカだったが・・・。
大斧を大きく振りかざしたところで、ヒマワリの中で何かが走った。
(ヒマ兄!)
「・・・・・!?」
(ヒマ兄ダメだって!その人は敵じゃないよ!)
(何だって?)
(そうだよ、その人は村をちゃんと守ってくれる人だよ。だからやっつけちゃダメなんだよ!)
(アサ、ユウ・・・)
(ヨルもね、優しいお兄ちゃんが好きなんだよ)
(ヨル・・・)
急に動かなくなったヒマワリに謎めいたキッカとコスモスだが、しばらく様子を見ていた。
(ヒマワリ、あんたは人より強い力を持ってる。でもそれを闇雲に使っちゃいけない。それができる優しいヒマワリを、みんなは見守ってるからね)
(父さん・・・母さん・・・)
(ヒマ兄、ハチマキハチマキ!せっかくあげたんだから着けてよね!)
(す、すまない。大事にするから)
(それでよし♪)
ここでフッと意識が戻り、過剰な動きをしたせいでその場に座り込む。
「戻ったのか?」
「キッカさんでしたか・・・。すみませんでした、誰かまったく分からなくて。もし違う方だったらと思うと」
「もう過ぎたことだ」
ここでヒマワリは辺りを見回しハチマキを探した。
「コスモス、そこのハチマキを取ってくれないか」
「あ、ああ。大事なものなんだね」
「妹たちだ」
村もロットたちにより平和を取り戻し、混乱も多少は落ち着いた。このあとヒマワリはキッカに非礼を詫びに行き、その際誘われたB.Cにコスモスと入隊を果たした。
単純な武力もさることながら、実直な性格と優しい心で隊を支える古参メンバーとして活躍。さらには赤目をコントロールできるまでになったヒマワリ。その額のハチマキは、今日も大きくなびいている。
兵士集団「ブルー・クローバー」を立ち上げて一ヶ月。ようやく村にも認知され始め、小さいながらも色々な依頼をこなしながら生活を送るロットとキャロ。みんなの平和な1日を守るため、今日も見回りや雑務に大忙しだった。
「ねえロット」
「なんだ?」
「そろそろメンバーが増えてもいいと思わない?」
「そうだな。そうなれば受けられる仕事も増えるし、それだけ村の不安を取り除くことができる」
「でしょ!?だったらさ、募集しない?」
確かに、建物は以前使われていた兵舎を利用しているため無駄に広い。プライベートも含め、実際に使う部屋などはほんの一部。ロットもそのことについては考えはじめていた。
「しかし募集というのはなぁ」
「なに、都合悪いの?」
「仮にも我々は自警団だ。村のみんなを守るため、進んで危険な目にあわなければいけない。そこを十分に理解している者でなきゃな。誰でもいいってわけじゃないんだ」
「ん〜、難しいのね」
とそこへ、その数少ない理解者が訪問してきた。
「ちわっす!どう?ヒマしてる?」
「茶化しにきたなら帰れ、キッカ」
「つれねーなぁ。俺はせっかく頑張ってるキミ達にエールを送ろうと思って訪ねたってのに」
「ねえねえ!キッカさん入ってくれるでしょ?ブルー・クローバー!なんたって名付け親だもんね」
「あ、いや・・・俺って集団生活苦手でさ。ほら、二人の邪魔しちゃ悪いじゃん?」
「そういう事を言うからキャロがどんどんマセていくんだぞ」
「へえへえ、じゃここらで」
「あん、もう!」
けむたがるロットに追い払われる形で去っていったキッカ。もちろんキャロは納得しない。
「なんでもっと言ってくれないの?入ってくれれば心強いじゃない」
「ん?はは、心配しなくてもいずれ入るさ」
「なにその根拠のない自信は」
いつものごとく腕組みをしながら呆れるキャロ、そこへ新たな依頼が舞い込んできた。どうやら役場周辺に盗賊が現れはじめ、恐喝や暴力などの被害にあってる者もいるらしいとの事。比較的規模が大きいので断っても構わない一件だが、ロットはあえて引き受けることにした。
「大丈夫なの?」
「我々が十分な信頼を得るには、役場からいい目で見といてもらわないと困るからな」
「気をつけてね」
こうして夕方から朝方まで見張りをする事になったロット。兵舎の夜はキャロだけとなった。
「なんか寂しいなぁ。やっぱメンバー増やすべきね、できればあたしの部下みたいなの♪っと、そうだった。ミサイルの調整しとかなきゃいけなかったんだ」
ご飯をすませたキャロは真っ暗な倉庫に向かった。兵舎というだけあって武器類などはかなり豊富、実弾を好むキャロにとってこれほど快適な場所はないのだ。
「えっと、ここの斜角修正を加えての発射速度と距離は・・・・」
(ガササッ)
「ひ!誰?誰かいるの?」
シャッターの開いた入り口の向こう、暗い茂みの中で気配を感じる。とっさに手に持っていたスパナを握り締め、おそるおそる外を見回す。するとライトが一人の少女を照らし出した。
「あなた・・・誰?こんな時間にどうしたの」
見ればまだ年端もいかない小さな女の子。表情は固く、うつろな目でキャロをじっと見ていた。
「な、なに?何か用なの?」
「キャロさん・・・ですよね」
「ええ、そうだけど」
「お会いしたかったんです。機械工学に優れていて、私の憧れだったんです」
「あなたも興味あるの?」
「はい!」
そう元気いっぱいに答えた少女をキャロは以前の自分と重ね合わせていた。
「そう、きっとあなたも頑張ればあたしに負けないくらいになれるわよ♪」
「ありがとうございます!」
「じゃあもう遅いからお家に帰りなさい。遠いなら送っていくけど?」
「・・・・・」
すると少女はうつむいて黙り込んでしまった。
「どうしたの?どこか具合悪いの?」
「お家、出てきたんです」
「え!それって家出ってこと!?じゃあなおさらマズイわよ、ここは仮にも警察みたいなとこだし」
「もう、あんなところは居たくないんです。お願いします!何でもします!私をここで使ってください!!」
「うーん、そう言われてもなぁ。責任者はあいにく留守なのよ」
またうつむいてしまった少女の目からは涙がこぼれ始めた。
「分かったわ。今晩だけは泊めてあげるけど、朝になったらロットが帰ってくるから。そしたら聞いてあげるわ」
「はい♪」
「そういえば名前を聞いてなかったわね」
「みんながコナギって呼んでました。だからコナギでいいです!」
「そ・・・そう」
妙な答え方に違和感を覚えつつも、きっと孤児で施設生活を余儀なくなれたんだろうと解釈をした。見た目の割にしっかりしているのも、そのためだと思えば納得がいく。
そして明朝、見張りに行っていたロットが帰ってきた。
「あ、お帰りロット!大丈夫だった?」
「キャロ、今回はちょっと厄介なことになりそうだぞ」
いつも飄々としているロットだったが、いつにない神妙な面持ちになっている。
「どうしたの?」
「盗賊というのは名ばかりだ。人数こそ少ないものの、あれはかなりの戦闘集団と見た。中でも火炎放射器を扱うツクシという荒くれものが一番の手練れだ。そうとうの場数を踏んでいるに違いない」
「あたしたちは火に弱いっていうのに・・。使ってる本人も危ないんでしょ?」
「ああ。だが何のためらいもない、そこがあいつのウリなんだろう」
ロットは遅い朝食を済ませると、またすぐに役場へ向おうと席を立った。
「すまないキャロ、夕方になったら役場に来てくれないか?力を借りたいんだ」
「ええ、それはいいけど・・・。ここは?」
「助っ人を呼んでおいた。じゃ、俺は先に行くからな」
「あ、待って!話があるんだけ・・・」
そう言いかけたところでロットはもう駆け出していってしまった。
「どうしようコナギちゃん。まだ寝てるけど、起きてきたら何て言えばいいかしら」
そして間もなくロットが頼んだ助っ人登場。
「やっほ!キャロちゃん、おげんき?」
「碧うさちゃん。あなたが助っ人?」
「あー、キャロちゃん今めっちゃ心配そうな顔したでしょ。へーきへーき、どんとオマカセあれ!」
「いや、あなただけならいいんだけど・・」
そこへ寝ぼけ眼で起きてきたコナギがやってきた。枕をかかえながら、半ばまだ夢のなかにいるような眠そうな顔。そして寝グセがボーボー。見慣れない客に碧うさが驚いた。
「キャロちゃん!だれ?」
「う・・うん。実はね・・・」
夕べの話を聞いた碧うさは、嫌がるどころか逆に同じくらいの年の子に親近感を覚えて即フレンドリー。対するコナギも愛嬌ある碧うさと意気投合。すぐに仲良しになった。
やがて日も暮れ始め、夕刻となった頃キャロは支度を始めた。
「いい、二人とも。ちゃんとカギを閉めて、知らない兎が来ても開けちゃダメよ」
「分かってるもんねー、コナギちゃん♪」
「そうだよねー、碧うさちゃん♪」
「あらそう。なら行って来るから、遅くならないうちに寝るのよ。いい?」
「へーい」
キャロの背中を見送ると、二人は楽しそうに居間に入っていった。
「ねえ碧うさちゃん」
「なあに?」
「キャロさんはどこへ行ったの?」
「なんでもおっかない兎が出たからやっつけに行くんだって」
「うわぁ、カッコイイなぁ」
コナギがキャロに対して抱いてる憧れは、実際目の当たりにすることでさらに強くなっていった。いつか自分もああなりたい。村を守るため戦いたい。普通のうさぎに・・・なりたいと。
役場に到着したキャロを待っていたのは物々しい役場兵士の集まりだった。どの兎も武装し、警備に余念がないような雰囲気。まさに戦を予感させる感覚だった。
「キャロ!こっちだ」
「これは・・・ずいぶん穏やかではないのね」
「ああ、かなり大きな問題に発展してきた」
そう言いながら作戦室に通され、すでに集まっていた役場の部隊長から説明を受けた。
「ヘレン火山に立てこもりですって!?」
「うむ。盗賊と侮っていたが、どうやら狙いは火山に眠る『神器』だったようだ」
「あそこへわたしたちが行くのは自殺行為じゃないの」
「だから困っているんだ。ヘタすればあいつらは全滅する。しかし、もし神器の接触に成功してしまうようなことがあれば言い伝え通り大噴火が起こる可能性もある。うかつには動けないんだ」
「何てこと・・」
こう話しているうちにも彼らはきっと神器を探しているに違いない。キャロはありったけの知恵を振り絞って作戦を立案し始めた。
「数で押し寄せるのは得策ではありません。役場兵士の皆さんはすべての出入り口を占拠・封鎖してください。応援を呼べなくしておいてから、わたしとロットで潜入してみます」
「だが、相手にもそれなりの準備があるだろう。たった二人だけでは・・・」
「いえ、隠密行動が取れますから逆に安全です。任せてください。いいわねロット?」
「あ・・・ああ」
「ならばそのように指示しよう。今より5分後に出入り口の封鎖攻撃を開始する。頃合を見て突入してくれ」
ヘレン火山の周辺一帯は役場の兵士によって囲まれ、いよいよ中の洞窟へと歩を進めるロットとキャロ。何が起きるともしれない死地へと、完全武装した二人は堂々と入っていった。
内部は早くも身を焦がすような熱さだ。崖のような足場の少ない場所をゆっくりと進み、すぐそばに迫る溶岩の溜まり場を迂回しながら慎重に奥へと向かう。
「まいるわね・・・もう汗だく。嫌になるわ」
「碧うさの相手に比べればいいもんだ」
そう冗談交じりに会話をしていると、ついに集団の一味を発見した。いかにもガラの悪そうな、ぞくに言うチンピラがたむろっているような感じ。キャロが一番好まないタイプの集団だ。
「あんた達!その辺でいい加減にやめなさい!!」
つい姿を出し怒鳴ってしまったキャロを、ガラの悪い兎たちはジロッとにらんだ。
「あんだぁ?役場の連中が来たと思ったらオバさんじゃねえか。とっとと帰れや」
「オバ・・あんた今なんて言った?」
「何度も言わせんなよオバさん、用がねえなら帰れって言ってんだよ」
キャロのおでこに血管が浮きだしたのを、横で見ていたロットは苦笑した。
「下がってロット」
背負っていた大きなミサイルを肩口から前方へと照準を合わせ、たむろっている連中めがけてぶっ放す。轟音が鳴り響き、発射先の広場は粉々になった。この攻撃で崩れたガレキに次々と押しつぶされる悪党、あわれ身動きがとれなくなってしまった。
「うら若き乙女に向かって言うセリフじゃないわよ」
発射済みのミサイル管を荒々しく放り投げ、ずかずかと先へと行ってしまったキャロ。今回は出番がなさそうな気配すら覚えるロットだった。
途中同じような連中を退治しながら最深部らしき場所へと辿り着く。そこは狭く薄暗い洞窟とはうって変わり、中央の広場を周囲のマグマがぐるっと覆うような・・もはや地形という言葉では言い表せない光景がひろがる。立っているだけでもスタミナを奪う暑さが二人を襲い、今にも吹き出そうな溶岩は一面を明るく照らす。
「おう、こんなとこまで誰がわざわざお越しになったかと思ったら・・英雄ロットさんですかい」
「今すぐここを出るんだ」
「俺は別にアンタの部下じゃねえ。言うことを聞く義理はねえな」
「あんた!自分の私利私欲のために村のみんなを困らせてるのよ?」
「オバさんは黙ってな」
冷静を装いつつも、このワードには多少なりとも耳がピクッとしてしまう。
「力ずくしかないな。キャロ、武器はどれだけ残ってる」
「ミサイル1発、ハンドグレネード1つ、ガトリングポッドに30発くらいかしら・・」
予想していなかった地形に戸惑うロット。相手は火炎放射器を手にしている。自分が行けば限られた足場のため近づくことが困難だし、キャロの残った武装では全員を危険にさらしてしまう。
口で言うほど簡単な状況ではないのだ。
「なんだ、来ないのか。なら俺は作業を続けさせてもらうぜ」
ツクシはここに眠るという伝説の武器を手にするため、最深部であるこの場所を探索し続けている。
「やめないか!」
「さっきからうるせえ奴だ。面倒だからアンタらを先に片付けてやるよ。よく考えたら英雄を倒すチャンスじゃねえか。普通に向かっていったって勝てっこねえ。だったら有利な今、やるしかねえよな」
「ちょっとでも近づいたら発射するわよ!」
「やってみな、自分らも溶岩に飲み込まれたきゃな」
やはりどう考えてもツクシが有利。さすがのキャロもいい知恵を出すことはできなかった。
「さあ、どっちからやってやろうかね」
せせら笑いながら近づくツクシ、この一歩を合図に閃光が走った。今さっきまでいたロットの姿が消え、死角からツクシを急襲する。しかし手にした人参剣を振り払らうも再度後ろへ退いていく。案の定、百戦錬磨のツクシは間一髪気づき火炎をカウンターで放出していた。ロットの横毛がかすかに焦げる。
「厳しいな・・・」
一方的に不利な状況を打破する何かを起こさねば・・・そう頭で分かっていても勇気が出ない。キャロは手にじっとりとした汗をかいていた。
「ウザい奴らめ、いっぺんに丸焦げにしてやる!」
「そうは・・・いくかぁー!」
ツクシの動きに合わせてキャロはグレネードを放り投げた。それほどスピードのない投擲武器、あっさりとかわされ向こう側の壁を破壊した。それはツクシが探索のために掘り進めていた場所、逆に助けてしまった。
「こりゃあいい、手間が省けたぜ!あとでゆっくりとお宝を拝むとしようか」
上機嫌になったツクシはまさに高笑い、冷や汗まじりの二人を追い詰める。だが様子が変だ・・・爆破してあいた穴の奥から何かの気配がしている。そしてキャロは感知した。
「熱源!?うさぎじゃないわよ、コレ」
「どういうことだ」
暗闇から赤く光った目が真正面のターゲットをとらえる。そして、いぶかしそうに会話を聞いていたツクシの背後にミサイルが放たれたのだ。爆風で吹き飛んだツクシは何とか崖を片手でぶら下がっている状態、火炎放射器もマグマの中へ消えていってしまった。
「くそ!あそこじゃ助けにいけないな。何とかならないもんか」
下からの熱でもう限界に近いツクシを助けようと思案するも、ミサイルの主である護衛うさロボが近づいてきてしまったので容易ではなくなってしまった。もともと倒す気などなかったロットは、想定外のことに困惑していた。
そしてさらに予想外の出来事が。
「ロット〜!」
「碧うさ、お前なんで」
「心配でコナギちゃんと山まで来たんだけど、そしたらコナギちゃん中に入っちゃって。追っかけたらここに」
「コナギちゃん?」
碧うさの横には小さな女の子うさぎが立っていた。じっと穴の向こうを見つめている。
「話は後よ、時間がないわ!危険だけど、手伝ってくれる?」
「もちろんさー!ねー、コナギちゃん」
「あ、うん」
「オッケ。じゃ、あたしとロットであのロボを反対方向に引き付けるから、その隙にあのうさぎを引っ張りだして」
キャロは大型ミサイルを一発ロボットに発射し、態勢をくずしているところへロットがかく乱し始めた。そしてチビッコ二人はツクシのもとへいき、もてる力を振り絞って助け出すことに成功した。
「よくやった碧うさ!」
しかし、悪党はしょせん悪党だった。助かった矢先にコナギを抱きかかえロットに叫ぶ。
「どこまでも甘えな!こいつを無事に返して欲しけりゃさっさとそのロボをぶっ壊せ!そして俺にひざまずけ!」
「あ、コナギちゃん!!」
その言葉を聞いたロットはふっと肩の力を抜いた。大きなロボットは激しい攻撃を繰り出すも、わずか数ミリというところでかわしている。ツクシが助かったのを見て本気を出し始めたのだ。
「ツクシ・・・お前が抱いている命、ちゃんと責任取れるのか」
「あ?」
「人質ってのはな、もう運命を共有してるんだよ。もし俺がNoと言った場合、覚悟はできてるのかと聞いている」
「屁理屈だ!英雄ロットは助けないわけにゃあいかんよな、知ってんだよ」
抱いているコナギは恐怖のあまり涙を流している。その涙がツクシの腕をつたい、小さな体はブルブル震えている。今まで1匹狼で渡り歩いてきたツクシにとって、初めての温もりと言っていい。これには戸惑いを隠せない、思っている以上に命というのは体感できる事を知ったのだ。
「分かったようだな。お前は真の悪じゃない、現実から目を背けていただけだ」
ツクシは今までしてきた事の意味を見つけることができなかった。何が何だか分からなくなって混乱したあげく、そっとコナギを手放した。
「そう、それでいい」
恐怖から開放されたコナギの顔は、多少こわばっているものの安堵笑みをこぼしている。これが・・・生。自分は何のために生きているんだ、何のために生きようとしているんだ。
碧うさの元へタタッとかけていくコナギの後ろ姿をじっと見つめる・・・。
「いかん!」
あらかた破壊したうさロボだったが、最後の攻撃を近づくコナギに対して行おうとしている。またも恐怖に襲われたコナギは動けない、そこを容赦なく大きな鉄のかたまりが頭上から振り下ろされた。
「コナギちゃん!!」
碧うさが叫んだ先には、ガタガタと震えるコナギの姿があった。どうやら無事のよう、しかし・・・。
「ツクシ・・・お前」
コナギの前を大の字で立っているツクシの姿がある。ロボットの一撃は手前で空振りをしたように見えたが、ツクシの顔面からはおびただしい血が流れ出ている。
「ああ、痛え。これで良かったのかな、ロットさんよ」
「・・・・そうだ」
その出血の元は目、ツクシは右目をバッサリ切ってしまっていたのだ。さっきまで自分を盾に乱暴をはたらいていたのに今は身を挺して守ってくれた。コナギの中には何かが芽生えはじめていた。
「あの・・・ありがとうございます」
「ああ!?俺はお前を利用したんだぞ」
「それはそうなんですが、何と言うか・・・その・・カッコイイなって思ってしまって」
この言葉には一同あ然とした。
「こりゃあいい、小さなガールフレンドの誕生だな」
「また茶化す。でもね、その気持ちは大事よ。コナギちゃん、よく言ったわ」
「じゃああたしもロットが好きだー!」
「碧うさに言われてもなぁ・・」
「イヤなの?ねー、イヤなの?」
いつの間にかすっかりと殺伐とした空気もなくなり一件落着と思えた。だがコナギはまた穴の向こうを見つめ始めた。
「さっきから気になってけど、向こうに何かあるの?」
「キャロさん、もうここまで来たので打ち開けますが・・・私、クローンなんです」
これには驚きを隠せない。
「そんな・・・噂には聞いてたけど実際にいるなんて」
「てことは何だ、ここは秘密生成場とでも言ったところか」
「はい。ここはほんの一部です」
「ロット知ってるの?」
「キッカに探りを入れてもらってるんだ、闇組織についてな」
「こちらへどうぞ」
慣れたように隠し通路を案内するコナギについていく一行、そこに待ち受けていたのは・・・。
「コナギちゃんがいっぱいだ・・・」
まったく同じ姿・格好をしたうさぎが何十体も並べられている。それはコナギそのものだった。
「私、いやだったんです。自分一人だけ意識を持たされて、この子らを守るのは」
「それで出てきたのね」
「はい。でも、お二人が火山に向かったと聞いて黙っていられなくって」
「コナギちゃん・・・」
「私決めました!私は一人でいいって。だから・・だから私、お別れしますね」
友達になった碧うさも耳をうたがう一言。
「なんで!?いいじゃん、今のコナギちゃんで」
「このままここに放置してたらまた誰かに利用されちゃうよ。でもクローンはそのすべてを共有してる、だからここにある全ての私は私なんだよ。たった一人意識を持ってる私が消えることで、この中の誰か一人だけが第二のコナギになる事ができる。そう、たった一人の・・・」
明るい表情でクルッと振り向いたコナギの先に、血で真っ赤になったツクシがいた。
「最後にツクシさんのおかげでいい夢が見られました。クローンでも恋ができるんだなって。そして、これからも好きでいさせてください!宜しくお願いします!!」
「・・・・お前はお前だ。他のなにもんでもねえよ」
その一言で安心したコナギはだんだんと薄くなり始めていた。それにともなって他のクローンも消えかかっていく、一体を残して。
「あれがこれから先の私です。どうか宜しくお願いします。キャロさん、いつか絶対にお役に立って見せます。だからその時は・・・その時は私も一員に」
「ロット」
「分かった。大きくなったら必ず迎え入れる、約束しよう」
「碧うさちゃん!ずっと友達でいよーね!!」
「もちろんさー!コナギちゃんは碧うさの大事な友達だよー」
その大きな声での問いかけで、第1コナギはスッと消えてしまった。溶岩もこころなしか落ち着いているように感じる。不思議な力がなくなったせいなのか。
「ツクシ・・・もう自分だけの命じゃなくなったな」
「ロットさん、俺・・・これからでも間に合うかな」
「うちに来るか?」
「いいんですか!?こんな俺でも」
「命の大事さ、人への思いやりを知ったお前は誰よりも心強い」
「あ、あとさっきのオバさんは訂正しなさいよ!」
「言うこと聞いとけ、こいつは俺の100倍は凶暴だから・・」
「へ、へい!キャロの姉さん!」
これよりつわものが集う13衆の中にあって、つねに最古参の風格を押し出していたツクシ。キャロの手によって作られた大型タンク式の「キャロット・バーン」を操り、燃える兎の名を相手に植え付けていく活躍をしていくことになる。右目の傷をいつまでも忘れることなく。
「お!?あの残ったコナギが目を覚ますぞ」
「また同じコナギちゃんだったらいーねー♪」
そしてトコトコとツクシの前まで来た第2コナギ。ツクシは不慣れな笑みで迎え入れた。
「あんたがツクシ?早くこっから出してよ、暑いんだから。あー、メンドイからおぶってってね」
「うげ」
「キャロちゃん、ただいま!ですわ♪」
聞き覚えのある声にハッと振り向くキャロ。紛れもない、幼なじみであり大親友。片時も忘れたことがなかった・・・あのスミレである。
「うわー!スミレちゃ〜ん!!お帰り♪」
「やっと会えたですわ♪」
幼い頃に離れ離れになってしまった二人の感動の再会ではあるが、やや不自然なところもある。
「スミレちゃん。その喋り方は?」
「あ、うん。あれから妖精界にいって色々と修行させられちゃって。その時にお父さんとナノハナさんに指導されちゃったわけ。キャロちゃんなら素でもいいよね」
「え?全然いいよ。あたしだって何だか前の自分に戻った気分だし」
すでにブルークローバーも数人が入隊し副隊長として取り仕切っていたキャロではあるが、スミレの前ではいささかあどけない表情に戻ってしまう。これもお互いが気を許している証拠。
「よかったらうちの隊長に会ってく?あ、無理に誘ってるわけじゃないよ」
「分かってるよ♪じゃあ一目、英雄さんに会っていこうかな」
こうして隊長室に通されたスミレ。まさか小さい頃に気嫌いをしていて一度も遊びに来なかった兵舎という場所に、今足を踏み入れているという事実に時代の流れを感じていた。
中に入るとまだ誰もいない。こじんまりしてはいるが、けっこう片付いている。
「ロットはね、あんまここを使わないひとなんだよ。なんだかんだで皆を気にしてるからね」
「優しいんだ」
「よく言えばね。単なるおせっかい焼きかもしんない」
そんなことを話しているうちにロットがやってきた。お客さんだというのに慌てた素振りもなく、やっぱりマイペースな雰囲気でのっそり入ってくる。
「やあ。君がスミレさんだね。隊長のロットだ」
「あ、お初にお目にかかります。スミレと申します!!」
やはり英雄の言葉に偽りはなく、力量が一目で分かるスミレにとっては雲の上の存在。緊張をかくすことができない。
「ナノハナやキッカから聞いてるよ。クリスタルランドでの一件、闇組織の討伐と活躍したそうだね」
「いえ。偶然にも3英雄と呼ばれる方々とお会いできて、さらにはロットさんにまで。青うさ村を守りたいっていう気持ちは変わりませんから、そのお手伝いをさせて頂いただけですわ」
こう話すスミレをニコニコと見つめるロット。キャロが感づいた。
「まさかロット!?スミレちゃんを誘おうなんて思ってないよね?」
「そのまさかだ」
「だーかーらー。スミレちゃんはこういうとこに縛られるために妖精界で修行したわけじゃないんだから」
もともとは兵士に対して偏見を持ち、ついさっきまでは『見るだけ』のつもりでいたスミレだが・・・。このロットとキャロのやり取りが羨ましく思えたのか、自分の居場所というのを求めたい気持ちもわいてくる。
村でも高名だった父を亡くし、一人で帰ってきたスミレの今後は自分で決めなければいけない。
「いいですわ♪」
「え?」
「わたくしも是非、志ある皆さんと共に青うさ村を守ってゆきたいと思います」
「そうか!」
ロットの目に狂いはない。タンポポを闇組織から救い出し、その後クリスタルランドでナノハナと出会う。そこで発揮されたスミレの一点突きは、固いものや柔らかいものを問うことなく崩壊させる事ができる。
闇のクリスタルと言われ恐れられていた暗黒水晶を、自身のフルーレのみで破壊しクリスタルランドを救った功績は多大なもの。マリン王女はスミレをクリスタルブレイカーと呼び、賞賛した。
「じゃあまたスミレちゃんと一緒に居られるんだね!やったね〜」
「まだ確定ではないけどな」
「あ・・・そっか」
ブルークローバーの入隊には条件がいる。これはもうお約束、ではその課題が何なのかというものはロット次第。
「スミレちゃん。ここに入るにはロットの出した課題のクリアが必要なんだよ。ごめんね」
「こんな栄誉なところで働けるんですもの、そのくらいの覚悟は必要ですわ」
「まあスミレちゃんは私と違って才色兼備、何の問題もないけどね♪」
しかし、どんな天才でも驚く課題がロットの口から伝えられる。
「俺との勝負で勝つのが条件ってことで・・・どうかな」
これにはキャロも、当のスミレも開いた口がふさがらない。
「ちょ・・・ちょっと何言ってんの?そんなの無理に決まってんじゃんよ!」
キャロが慌てた表情でロットに詰め寄る。しかしロットは涼しい顔のまま。
「自分はどう思うんだい?」
「わ・・・わたくしは。是非ともお願いさせて頂きたいと思います」
ロットの思惑か、細い目の奥からスミレの何かを感じとった。確かに課題自体に意味はあり、その評価というものが大きい。しかし、この課題を伝えた直後の心理というのが判断基準にもなる。
大げさな話、ここで決まっているという可能性もあるくらい。これがロットといううさぎなのだ。
「じゃあ1時間後に訓練場で。キャロ、案内と必要なものを揃えてやってくれ」
「分かったわ」
思っていたよりスミレの表情は固くない。実践経験がそれなりにあるからか、自分のペースというのを持っており崩す様子も無い。それでもキャロは心配なのだ。
「スミレちゃーん。相手はあのロットだよ?大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ。でもね、身近にいるキャロちゃんは分からないかもしれない。英雄のロットさんと言えば、こうして武術をたしなむ者にとっては最高の憧れ。相手をしてもらえるなんて夢のようなんだよ」
「そんなもんかなぁ。できれば入ってもらいたいんだけどな〜」
「頑張るよ♪」
もはやセコンドのようになってしまったキャロの他に、すでに入隊を果たしているツクシやヒマワリ・コスモスと言った面々も集まり出した。
「姉さん、こいつですかい?隊長とやろうっていう新人は」
「スミレと申しますわ♪先輩方、どうぞ宜しくお願い致します」
「もう受かった気でいるのか、ずいぶん肝が据わってるな。こりゃあひょっとするかもな」
ツクシの評価は上々だ。
「ロットさんは強い以上に上手い。攻撃力ではなく、適応力と判断力がものをいう」
「オイラも応援するからさ!美人さん、頑張ってよね!!」
ヒマワリ、コスモスも心から応援する。何よりの助力だ。この言葉の数々を、スミレは一つ一つ大事に受け止めていた。そしてさらに「絶対に一緒にいたい」という感情が芽生えてくる。
幼い頃に引っ込み思案だった自分を変えてくれたキャロ。そのためにも。
「用意はいいのか?」
「あ、はいですわ!」
向こう側から現れたロットの胸に風船がついている。
「あの・・・それは?」
「ああ。さすがの俺もクリスタルブレイカーとまともにやって無事そうじゃないからな。ルールを設けるぞ」
正直無事なのは言うまでも無い。しかしこれもロット流の気づかい。
「君には風船を3つつけよう。お互い風船が全部割れたら負けだ」
「でもロットさんは一つしか・・・。」
「おっと、ハンデなんて思わないでくれよ。一応君の正確なデータが欲しいからやってるだけだ」
ハンデである。しかし、スミレは今の隊のメンバーと比べてもかなり冷静な対処ができる。この状況も逆にチャンスと思うことにして、今すべてをぶつける。
「スミレちゃん。ロットはとにかく『かわす』ことを得意としてるの。何とか隙を見つけて頑張って!」
「分かったですわ。では、行ってきますわ!」
スミレも悠然とロットと対峙した。
「では・・・お相手させて頂きます」
「いつでも」
肘から先がスッポリと包まれるフローラルランスを構え、スミレはロットの瞳を見つめた。風で小石が飛び、そのカチッという小さな音にロットは目をやった。その刹那・・・。
「はいっ!」
20歩以上離れているかという距離をあっという間に詰めたスミレ、いきなりの閃光突きで胸にランスを突き出した。風船がパンッと割れた音が響く。早くも決着かと思われたが、何と割れているのはスミレの腰の風船。
「いい突きだ」
いつ移動したのか、ロットはスミレが踏み込んだ場所まで来て高笑いしている。何が起きたのかも分からないスミレだったが、すぐさま納得がいった。小石で目を逸らしたのはわざとなのだ。こうすれば必ず相手は突きを出してくる、それが分かってさえいればかわすのは容易だ。
「おいおい。何だかよく分かんねえよ。よく俺が入れたな」
「バカ。あんたは攻撃のスタイルが違うでしょ。一対一でやれる武器じゃないのよ」
かなりの高レベルなやり取りにツクシもヘコみ気味。生粋の武人であるヒマワリは今にも混ざりたくてウズウズしてるようにも見える。
スミレはまたもやロットの瞳を見つめた。かたやロットはあんまりの美人なので少し照れている、それを顔に出すことはないが。
「いきます!」
またもやスミレのたった一突き。この一直線に最短距離をめがけてくる攻撃が非常に厄介なのだ。しかしロットクラスならばかわすのは難しいことではない。もちろん反撃の余地もないのだが。
この突きが二度・三度と繰り返されたところで、今度は高々とジャンプする。
「えい!」
何とスミレはフローラルランスを投げつけたのだ。慌ててかわすロット、ランスは地面に突き刺さった。
「そんな隠し玉があったのか」
このフローラルランスは腕を覆う大きな槍ではあるが、スミレの本領はここから。その中には細く、そして長いフルーレが入っていたのだ。キャロット・フルーレ。切っ先が非常に細いので相手からは全く軌道が見えない。
スミレの技術が、このクセのある武器のポテンシャルを引き出すことができる。
「やれる事はやらせて頂きますので」
そしてまたもや一気に詰め寄り、高速突き一閃。さきほどの倍くらいのスピードでロットの胸を狙う。
「速すぎる!」
さすがのロットも余裕はなくなった。今まで会ったことのないスピード、間違いなく青うさぎで一番速い。かすり傷から血がにじむ。
「スミレちゃんすごすぎる・・・。ロットが相手から傷を負うなんて今までに見たことない」
「しょっちゅう姉さんに殴られて流血してっけどな」
「余計なことを言うやつぁどこだ〜」
ナマハゲのような形相のキャロにツクシは一目散に逃げていった。
「今の突きはわたくしの最高速度です。これ以上は出せませんが、精一杯行かせて頂きます」
「どうぞ」
またも一直線に繰り出していったスミレだが、今度は完全に見切られた。そのすれ違いざま、スミレの肩の風船を割る。これでお互い残りは一つずつ・・・しかしその確認もできぬうちに、スミレは目いっぱい伸ばした腕を急に旋回させた。これに驚いたロットは軽く後ろへ跳びやり過ごしたが、バランスを崩したのを見計らいスミレは突きを繰り出した。
あわやのところで回避したロットが急いでスミレを視認しようと振り向いた瞬間・・・。パン!
「あ・・・・」
ロットの風船が割れた。スミレの勝利だ。
「やったやったスミレちゃん!」
紛れも無い勝利。しかし、スミレの突きは遠くへと踏み込んでいくために足元に潜むことなどできない。なぜロットに気づかれずに風船を割ることができたのか。
「いやぁやられたな。まさかこいつを利用するとは」
ロットが手に持っているのはスミレがジャンプしたときに投げつけたフローラルランス。
「一見、闇雲の攻撃に見えるが・・・実は違う。柄のほうを投げつけたから変だとは思っていたが、まさか後々ここに誘い込んで切っ先が風船に当たるように仕向ける作戦だったとは。いや、天晴れだ!」
実力で勝ち取った一勝は、とても大きな一勝だった。
「スミレちゃん♪」
「キャロちゃん♪あいや、副隊長さん♪」
「ん〜・・・仕事中じゃ仕方ないけど、終わったらパフェ食べ行こうよ!お祝いしなきゃ♪」
礼儀作法を一番わきまえたスミレは、戦いの連続によって非情になりかけるメンバーの救世主ともなる。戦場に出れば自慢の突きで、そのことごとくを砕き活躍。頭の回転もよく、才色兼備のうさぎとして最期まで親しまれた。
数日後・・・
「こんちわー」
「なあに?キッカさん」
「いや、この前に美人の新人さんが入ったんだって?」
「そうよ」
「スミレだろ?」
「そうよ」
「会わせて?」
「ダメ」
「え・・・なんで?」
鳥うさぎ。雄大な翼を有する、青うさぎの中でも一際異端な存在。過去どのような作り話でさえ大空を舞ううさぎなどと言うのは耳にしない。
その一族は人里離れた山間に集落を構え、外界との接触を避けるようにひっそりと暮らしていた。
「・・・・・」
しかし、ある者がしきたりに縛られたくない一心で里を出て中心部へと単身移住した。スイレンの兄、クチナシである。クチナシは異様な姿を隠すことなく、逆に相手を威嚇するかのような態度で日々を過ごしていった。
その動じない姿を気に行ったキッカ、そしてその友人のロットと意気投合し一緒に過ごすことになる。
「・・・・・」
翌年、クチナシは弟のスイレンを中心部へ呼んだ。小さな里で暮らすより、慌しく流れが変わる中心部のほうがいい刺激になるからということであった。
スイレンもまた、アカデミーに入学。勉学も積極的に学んでいった。
「・・・・・」
数年後、青うさぎ村はダアクの手による怪物の襲撃により壊滅。ごく一部にしか住んでいなかった鳥うさぎ一族は、その密集生態があだとなり全てが命を失った。
中心部に来ていたクチナシもまた、役所部隊としての役目の途中ロットに加勢し殉職を遂げたようだ。
「・・・・・」
ちょうどその頃、青うさぎ村を離れ妖精界で修行していたスイレンは事実を遠い場所で知る事になる。すでに視力はなく、全盲寡黙になったスイレンだが悲痛な思いは変わらない。
キッカやスミレと共に、タンポポを救うという大事を見事に完遂した。
「・・・・・帰ろう」
スイレンは青うさぎ村の壊滅後、数年間妖精界にいたがここで一旦帰ってみることを決意。自分の故郷である里、そして死んだと言われる兄のクチナシの足取りを追う事にした。
青うさぎ村は比較的に復興していた。もともと努力家である種族の性質と、ブルークローバーを立ち上げたロット達により治安がだいぶ良くなったからでもある。里に急行するスイレンだが、もはやどこにあったかさえ特定できないくらいひどい惨状となっていた。
山間はなく、ただただ木々のない山が続くだけ。この下には自分の両親も含め、ほとんどの鳥うさぎが埋まっているにちがいない。ふとそう思うと、頭巾の奥から涙がつたってくる。
「兄に会いに行こう」
里の現状を確認し終わり、次にクチナシの情報を得るべくB.Cの隊舎を尋ねた。
「どなた?」
「・・・・スイレンと申します。ロットさんにお会いしたく参りました」
「鳥うさぎ?珍しいわね、ちょっと待っててね」
その訪問者に仕事もそっちのけ、奥からバタバタとやってきた。
「おおスイレン!ずいぶんと久しぶりじゃないか。その様子なら無事だったんだな」
「・・・はい。妖精界にいまいしたので」
「聞いている。キッカらと共に、タンポポを救ってくれたんだろ?今ではホラ」
たまたま玄関を通りかかったタンポポがこちらに気づいた。
「ああぁ〜!!」
「・・・・・」
「スイレンくんだよね!その頭巾、間違いない!!また会えて良かったー」
「・・・」
「完治したあとにはもういなくなってたから、ちゃんとしたお礼も言えないで残念だったんだよ〜」
その後、ひとしきりお礼をしたタンポポは仕事に戻っていった。やや話が逸れたが、スイレンは本題である兄の居場所についてロットに話をした。
「それがなぁ。俺もあれ以来必死で足取りを追ってるんだが全くの行方不明なんだ」
「行方不明?死んだのではなく?」
「ああ。あの時あいつは俺の道を作るために突撃をして行ったんだが、どうにもおかしい」
「・・・・?」
「怪物の大群を追い払った後、すっかり姿を消しているんだ。まるで誰かに連れ去られたかのように」
そう。大量の子供を撒き散らしたカラスルメマザーだったが、その子供たちをしっかり退治したはず。その後にキャロとロットの合体攻撃で親を倒したのだが、本来何かしらの傷を負っていたにしても消えることはありえない。
遺体がない以上は生死や安否は迷宮入りだ。未だなんの手がかりも掴んでいない。
「・・・そうですか」
「すまんな、力になれなくて」
兄の安否もすだが、スイレンにはもう一つ気にかかっている事がある。
「あの、キッカさんは・・」
その言葉が発せられたとき、ロットと横にいたキャロは唇をかみ締めた。
「あいつは、いないよ」
「・・・?」
「今では味方なのか敵なのかさえ分からない」
「キッカさんね、一時期はいたのよ。でも半年くらい前だったかな、忽然と消えてしまった」
独立した権限を持つまでに成長したブルークローバーだったが、今なお村をまとめる政治的役割を担った役場兵士のほうが地位は高い。
安定した生活を手にするためには、やはり武力なくしてアピールなどできないのだ。そこへ来てキッカの加入による大幅な戦力アップと、予想外の失踪と戦力ダウン。決して一枚岩という状況になかった。
「探さないのですか?」
「ああ。それが奴の考えであり、思うところであれば何もいう事はない」
キャロは悔しそうに下を見つめている。スイレンは、探したいという言葉を発する事ができなかった。
「万が一・・・」
「対峙した場合は?」
スイレンの質問を遮るように割ったロットの面持ちは、戦場にいるロットそのものだ。
「悪いが、力ずくだ。向こうも同じ考えのはずだ」
ついにキャロの目からは涙が落ちはじめた。
「スイレン、月並みだが・・うちに入ってくれ」
「・・・務まりますか?」
「もちろんだ」
スイレンの心はすでに決まっている。
「・・・お断りします」
「今は?」
結果が分かっていたかように、ロットは苦笑しながら飛び去るスイレンを見送った。
「うちってそんなに魅力のない集まりなのかな」
「おいおい、野暮なことを言うなよ。戦力的には役場兵士などにもひけはとらないんだぞ?赤目のヒマワリを筆頭に個性あるメンバーが入隊している。役場だってこっちの戦力をアテにしなきゃならない時もくる。お互い相容れない存在だが、利害の一致があるからこそ上手くやっていけるんだ。あんまり深く考えるな」
「ふん、偉そうね」
「偉くないの?おれ・・・」
キッカとクチナシの消息も分からないまま月日も流れ、やがてブルークローバーに役場側から戦力的な応援要請が舞い込んだ。
ふだんこなしている村の依頼とは違い、直接的なものは評価されやすい。かといって甘くみられるのも事実、隊長であるロットも慎重に事を進めつつこれを承諾した。
何でも反役場組織グループが大々的な突入作戦を決行するという情報が入ったらしい。とは言っても、相手の予測戦力はおよそ300程度。役場の兵士部隊は総勢3000にはなる。数では圧倒的に有利な上、守備側というのは非常に戦い易い。しかし、万が一役場を囲まれてしまった時のために外側から奇襲できるようブルークローバーに遊軍として待機するようにとの指示だった。
少数精鋭のブルークローバーにとって、こういうゲリラ作戦はお茶の子だ。
「と、いうわけだ」
「いざって時の保険に使われるのか、オイラたちってほんとバカにされてるよね」
「俺が行きましょう、ロット隊長」
ヒマワリが大きな斧を構えて一歩前に出た。
「いや、相手連中も策もなく突っ込んでこないだろう。主力が出払えばココが危うくなる」
「人選は決まってるの?」
「ああ。俺とタンポポで行く」
キャロはあ然とした。
「あなたが強いのは分かるけど、いくら何でも二人だけじゃ無茶よ」
「いや、むしろ少ない方がいいような気がするんだ。嫌な予感がする」
「姉さん、ここは隊長に任せましょうや。俺たちは隊長が帰ってくる場所を守るのが役目ですぜ」
「ツクシの言うとおりだ。向こうにとって我らも目の上のタンコブ。何があるか分からないからこそ、できるだけ戦力をここに残しておく」
いつにない真剣なロットの表情にキャロも折れた。いつも一緒について戦っていただけに、心配も人一倍なのだろうと皆も分かっていた。
「ではキャロに一任するからな。ツクシ、ヒマワリ、コスモス、スミレはしっかりと頼んだぞ」
安心した様子でロットとタンポポは役場へと向かった。
役場と言ってもここでは村を守るための兵器や武装が充実した要塞のようなものだ。簡単に落とせるわけもなく、また落とされたら武力は覆り実権を握られる。非常に重要な拠点。
「ブルークローバーより隊長のロット、部下のタンポポ、これに参上致しました」
役場の幹部はけげんそうな顔でロットの顔を覗き込む。
「ふん、貴公らの出番はないと思われるが念のための処置である。間違っても余計な事はするなよ」
「心得ております」
「下がってよし。命令があるまで外で待機しておれ」
この態度にタンポポはプンプンしながら外に出た。
「なにさ!偉そうに!!」
「はは、まあまあ。ああいう環境にいるとああなってしまうんだよ。仕事が貰えるならこれくらいガマンガマン」
「うわぁ、隊長大人ぁ。キャロさんが惚れるのも分かるな〜」
「からかうもんじゃない。お前にもしっかりと仕事をしてもらうからな」
「まっかせてよ!けが人バンバン、ドンと来いだぁ!!」
話し込んでるうちに、どうやら役場側からの先鋒部隊が出陣するらしい。向かいから整然と列を組んだ小隊がロットたちと交差する。
その小隊の隊長と思われる若いうさぎが話しかけてきた。
「あ!もしかして英雄ロットさんでしょうか!」
「そうだが」
「私、このたびの奇襲作戦小隊の隊長に任命されましたモクレンと申します!」
「見たところ随分とまた若いな」
「今回は比較的小規模な反乱の鎮圧ということなので、我々僭越ながら青年兵のみの出撃となりました」
ロットはどこか胸騒ぎがしていた。戦力としてはたかだか10分の1に満たない相手とはいえ、あまりにもタカをくくっている役場側の慢心が気になって仕方がない。
古来より、戦略や戦術で数をひっくり返した戦の例は数多くある。今まさに起こっているのは、そういう事態を引き起こしかねない状況。常に「最悪」を想定している指揮官ならではの苦悩でもある。
「どうかしましたでしょうか?」
「いや、すまん。気をつけて、くれぐれも無理のないようにな」
「はい!」
モクレンを中心とした青年小隊はハキハキとしながら反乱組織を迎え撃つポイントへ向かって進軍していった。
「たいちょお?」
「あ、ああ。」
「どったの?さっきから」
「いや、どうにもさっきから胸騒ぎがな」
「ふーん。でもあの子らも正式な兵士なら大丈夫だと思うけどなぁ」
「ああいう若者こそ、こんなところで死んではいけないんだよ。無事に帰ってきてくれる事を祈るしかないな」
やがて、ロット達にも命がくだった。緒戦は快勝、追撃のための応援に行けとのこと。
「ほら!やっぱり大丈夫なんだよ。ちょっと暇だけど、何事もないのが一番ってね」
しかし、タンポポの安心よりロットの憂いが的中していた。道中、先ほど元気に出発していった青年兵が一目散に引き返してきたのである。まさにそれは「敗走」ともいうべきものだった。
「どうした!」
「あ・・あわわ・・・て、敵側にとんでもなく強いうさぎがおりました〜!」
散り散りに逃げてくる兵士の中にはかなりの傷を負ったものまでいる。
「タンポポ!ここに留まって負傷兵を看てやってくれ!俺は先で食い止めてくる」
「気をつけて!!」
ロットは人参剣をすっと取り出すと急ぎ最前線へと急行した。
「な・・なんだこれは」
戦場となったであろう場所には敵味方のうさぎが大勢朽ち果てていた。いや、役場側の青年兵のほうが圧倒的に多く見える。完全な敗北なのは一目瞭然だ。
しっかりと訓練された兵士たちがここまで完膚なきまでやられる事じたい目を疑いたくなる。と同時に、先ほどの「強いうさぎ」が気にかかった。
「まさか・・・」
ふと視線の先をよく見ると、血だらけで倒れているモクレンを発見した。
「モクレン!」
「あ・・・ロット・・さん」
お腹をきれいに斬られている。恐らく一太刀、常人の域では決してない。
「しっかりしろ!」
「もう・・これはダメ、ですよ」
「くそ!タンポポは、タンポポ・・・」
タンポポも後方で負傷兵を一手に担っている。とてもこっちまで手が回らない。
「すまない!」
「なんで、謝るんです?」
「止めるべきだった・・。役場の上の連中に盾突いてでも、君らを行かせちゃいけなかった」
モクレンの意識は次第に薄れていく。
「これが私の運命ですよ・・最期にこうして英雄のロットさんに抱えられて死ねるなんて光栄の至りですし」
ロットは唇をかみ締めた。
「こんな時まで君は。俺だっていつか戦場で死ぬだろう・・・一緒さ。いいんだ、素直になっても」
「ろ・・ロットさ、ん」
「ああ」
「いやだ・・イヤだ!死にたくない!!怖いです、怖いです!!!」
「ああ、ああ」
モクレンは最期まで泣き喚き、そして静かに事切れた。今回の敗戦は明らかに相手の戦力を過小評価した役場の責任者連中の不手際。
だが、今の敵はそちらではない。これ以上の被害を出さないためにもロットは静かに気を発した。
「少し、鬼になるか」
ロットは急ぎ、同じ追撃部隊として出発した味方部隊と合流するための別ルートを進んだ。その途中でも、味方の遺体があとを絶たない。
ようやく交戦している戦場に追いついたロットの目に、あるうさぎが映りこんだ。
「あいつめ・・・」
恐らくは青うさぎ村でも1・2位を争う戦闘力を持つ。タンポポを救出したのち、一時はブルークローバーに在籍したが忽然と消えてしまったキッカである。
無心になって、襲い掛かる役場兵士をなぎ倒すキッカの眼前についに現れた高き壁。
「来たか・・」
「お前、二度目だな」
「・・・・」
「オウカさんが託したものを、またお前はこんな事で無駄にするつもりか!」
いつになく気性が荒いロット。百戦錬磨のキッカでさえも伝わってくる気迫。
「また立ちはだかるか、ロット」
「当然だ!ここには俺だけでなく、平和を願う全ての者がいると思え!!」
一喝すると、ロットは両目を見開いた。本気とかそういうものでは滅多に見せない、ロットの感情がピークまで相手を許せなくなった時にのみ開眼する。元々高次元にオールマイティなロットの実力をさらに底上げさせる。
「怖え、怖え」
そう怖気づいたフリをしながらも、キッカとて切り札はある。阿修羅モード・・・両腕を失ったキッカではあるが、両足のトラッシュや大きな両耳に加え横に伸びている青うさぎ特有の毛質さえも針のように鋭くなり襲いかかる。
まさに6本どころではない、あらゆる多角的な攻撃が可能な戦闘スタイルだ。実力のないものならば死を覚悟するほかないとも言われている。
「これで決めようか、ロット」
キッカの目が黄色く光り出した。阿修羅モードの合図だ。
「俺がお前を許せるまで、付き合ってもらうぞ」
ロットは風のように間合いを詰めるとキッカに対して一撃を加えると同時に顔を見た。開眼状態のロットの目を見てしまうと、なぜか一瞬動きが封じられるのだ。
「これが面倒だ!」
かわしきれないキッカは右足のトラッシュを失った。
「だが!」
一つ武器を失ったところで何も痛くないのが阿修羅モード。すかさず両耳や横毛を同時にロットの急所を狙い打つ姿はまさに魔王とも言えるだろうか。
それでも極限まで研ぎ澄まされたロットの集中力はすべての攻撃をかわし続ける。
「さすがといいたいところだが」
今度はロットがキッカと目を合わせてしまう。キッカの目、これを見てしまうと自分の持つ特技が一瞬失われてしまうのだ。「かわす」事こそが持ち味であるロットにおいて、まさに致命的ともいえる状況。
残った左足の攻撃をかわし切れず、ロットは左腕を負傷した。
「まだ加減でもしてるのか?そういう甘いところが俺とは合わないと言ってるんだよ」
「勝ってから言うんだな」
「この野郎・・」
暴力では解決しない事もある。それを常に信条とするロットと武闘派のキッカを結ぶもの。いつか来る結束のために、一本の光が舞い降りる。
「望みどおり、ここで朽ちろ。後は俺が引き受けてやる!!」
痛みで動きが鈍いロットも防御を固めるので精一杯。だが、キッカの渾身の一撃は届いていなかった。
「何だ?この光は・・」
どうやら上空にいるようだが、光り輝いていてまともに直視する事ができない。キッカの刃も金色に輝く何かによって阻まれていた。
「これは、羽?まさか!」
「はは・・・凄すぎるな、スイレン」
「スイレンだと!?」
よく見れば光輝いているのはキャロットホークの部分、しかし通常のものと比べると明らかに大きさ・量が違う。何より言葉ではいい表せないほどのオーラがスイレンの全身を包み込んでいた。
「聞きしに勝る、ヴィゾフニル・・というやつか」
「ヴィゾフニル?」
「ああ。鳥うさぎ一族に伝わる伝承の中に、神に近い能力を有するものが誕生する話がある。それが金色に輝くヴィゾフニルと、暗黒を纏ったフレスベルクだ」
スイレンは二人が対峙する間に降り立った。
「二人とも・・・争わないでほしい」
キッカはとんだ茶々が入ったことですっかりと戦闘モードが解けてしまっていた。さらにはロットとの戦闘での疲労も起因している。
「仲裁ってか?相変わらずだな、お前も」
「キッカさん・・」
「失望したか?とんだ英雄でよ」
「いいえ、逆です」
少々理解力の悪いキッカはまだ分からないままでいた。
「あなたの、そういうところは・・・大事です。でも、ロットさんの考えも・・大事です」
「何が言いてえんだ?」
「考え方を・・・すべて統一する必要はないと思います」
ロットは後から駆けつけたタンポポによって治療を受けながら立ち上がった。
「多少の犠牲も仕方がないと思う。ただキッカ、闇雲に場を荒らせば何かが変わるわけでもない」
「キッカさん・・あなたは必要です。青うさぎの未来のために・・・」
「俺とお前の性格が真逆なのは周知のとおり、嫌なら嫌でいい」
「ただ・・色んなものが詰まって一つとなるのが13衆」
キッカは鼻をポリポリかいた。いくら強いキッカとはいえ、ヴィゾフニル化したスイレンに負けないまでも勝てっこないと分かっているからである。
「何をしても誰かが邪魔しにくるんだな、ブルークローバーは」
「スイレンはまだ入ってないがな」
スイレンも二人に戦意無しと見て普段通りに戻った。
「キッカさんがまた何かをし出しても・・・また邪魔しにきますよ」
「ああ、分かった分かった。今回は手をひくよ。で、お前は入んの?ブルークローバー」
スイレンはタンポポのほうを見て微笑んだ。
「ロットさんさえ良ければ・・・」
「もちろんだ、クチナシも探さなきゃいけないしな」
もともとは中立的なスイレンだったが、たまたま通りかかった戦場でタンポポと遭遇。100人を超す負傷兵をたった一人で手当てしている姿に感銘を受け、説得に応じたのだ。
「キッカ、お前は?」
「悪いな、もう少し見なきゃならんものがある」
「そうか」
「スイレン、俺が行くまでしっかりとブルークローバーを支えるんだぜ」
「・・・はい」
鳥うさぎスイレン。寡黙である彼だが、決して輪から外れることはなかった。それは誰もが認める責任感の強さと、面倒見のよさが定評だったからである。
来るべき日まで、その金色の翼は青うさぎ村を照らし続けた。