碧うさ冒険記 -第1章(過去編)- |
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〜 第0話「想い」 〜
「お〜い!ロット〜!!」
「ん?なんだ・・碧うさか、どうしたんだ?」
「今日も村の見回りなの?」
「ああ、最近じゃ妖精界だけでなくここいらも治安が悪くなった。気が抜けないんだ」
ここは青うさ村。青いうさぎたちが暮らす小さな村。10年ほど前には、妖精界・クリスタルランドと並ぶ独立国だった。しかし、魔法や技術力など・・これといった特徴のない青うさぎ達は、突然現れ破壊を繰り返す悪の化身ダアクとその手先によって存亡の危機にさらされる・・。残ったうさぎ達は、唯一の持ち前である「努力」「頑張り」を忘れず立て直しを目指し、今現在は少数ながらも平和な毎日を送れるようになった。
そんな外敵から村を守るために訓練されたスゴ腕の兵士集団、「青うさ13衆」。そのリーダーを務める若き青うさぎがロットであった。ロットは、10年前の大戦を生き残った唯一の兵士。人望もあり何より面倒見がとてもいい好青年として有名で、両親を失い身寄りがなかった碧うさを家族同然に育ててきた。
「ねえねえ、ロット。今日の仕事が終わったら・・ニンジン広場に来て!渡したいものがあるんだ♪」
「はは、またニンジンミサイルのビックリ箱だろう。もうその手はくわないぞ」
「にゃはぁ・・違うよ〜。頑張って作ったんだよ、絶対に来てね!」
「分かった分かった、じゃあ噴水の前でいいな」
今日が特別な日なのをお互い知っている。ロットと碧うさが一緒に暮らし始めた記念日だ。まだ幼かった碧うさは、人見知りがひどくて特に警戒心が強かった。誰これかまわず噛み付いてた頃もあった。
それを優しく、温かく見守り続けたロットの人柄が今の碧うさに変えたと言っても過言ではない。明るく、みんなが大好きな碧うさは当然ながらみんなにも好かれる人気者になっていた。
10年・・長いようで短かった節目の時期に、碧うさは感謝の気持ちをこめてお守りを作っていたのである。それも、めったに見つからない四つ葉の青ニンジンを必死で探して取っておいたもの。いつも村のみんなのために頑張って、平和を守ってくれてる兵士の無事も願っての作品。渡すこの日を心待ちにしていた。
あまりにも楽しみな碧うさは、ロットがいつも帰ってくる時間の1時間前には広場に到着。噴水前のベンチで今か今かと大事に包んだお守りを手に待っていた・・・そこへ。
「いた!碧うさちゃ〜ん!!」
「あれ?キャロちゃんだぁ・・あんなに慌ててどうしたんだろう」
13衆の副リーダーとして、ロットの片腕をつとめるミサイル少女キャロ。人参剣を片手に優雅に戦うロットの後方援護を担当する気さくな少女うさぎだ。生まれながらにして機械工学に強く、敵に対抗するための武器や兵器の設計・開発・実践投入すべてをこなす大天才。的確な指示を出すことも得意として、兵士集団のブレインでもある。
ふだん冷静なはずのキャロがこの慌てよう・・碧うさのイヤな予感は的中する。
「あの、言いにくいんだけどね」
「・・・・・」
「ロット、ここには来れないかもしれない。さっき、また役場の近くで大きなほころび穴ができてね・・そこを塞ごうと皆で向かったんだよ。そしたら中からカビだらけの巨大な怪物が出てきて・・13人全員で止めに入ったけど、一瞬でスミレとパンジーが・・」
「ロットは?ロットは無事なの!?」
「分からない、あたしはロットにあなたが待ってるからいけない事を伝えてほしいと言われただけなの」
「そんな・・じゃあ、コレは」
「あれ?碧うさちゃんも何か作ってたの?」
「も?って・・ロットも何か作ってたってこと?」
「やっぱり、あの人の性格だ。ビックリさせようと思ってたわけね、普段もあんまり喋らないし」
お互い何ともやりきれない会話が2〜3分続いた・・その時!!
ズドドオオオ〜ッ!!!
突然村中に広がる大きな爆発音、役場の方向から煙やら砂ぼこりが立っている。その規模の大きさが、ただごとではない事を物語っていた。キャロはとっさに目つきを変え、向かおうとする。
「待って!」
「碧うさちゃん?」
「やだやだやだ、絶対行っちゃやだ!行ったらキャロちゃんも死んじゃうよ!」
「ふぅ・・・そうね、死んじゃうかもね。でも、でもね碧うさちゃん。あたしはこの村が好きだし、みんなも好き。碧うさちゃんだって大好き。そんな大事なものを守れる、だから行かなきゃ」
「おかしいよ!おかしいじゃんよ!!死んだら喜びもないし、その後誰がここを守るのさ!!」
「あなたよ、碧うさちゃん♪あなたがいるから、ツクシも・・ナノハナも・・スミレも・・パンジーも・・キッカも・・シャクナゲも・・タンポポも・・ヒマワリも・・スイレンも・・コスモスも・・レンゲも・・そしてロットだって嫌な顔一つしないで向かってったわ。みんなの希望、それが碧うさちゃん♪」
「ちょっと!そんな急に言われても!!何がなにやら・・」
そう碧うさが自信なさげに呟いたのを最後まで聞くことなく、キャロの足は役場へ向かって行った。キャロを絶対に止めなきゃ!その気持ちが強ければ強いほど、目が潤みノドがつまる。ちょっと追いかけたところで転んでしまった。それに気づいたキャロは心配しながらも振り向きざまに・・
「はい、碧うさちゃん♪今日のおやつ、ニンジンキャンデーね!」
ポンっと目の前に投げ出されたニンジン型のキャンデー。いつもおやつの時間になると、さいそくしにキャロの家まで取りに行ってたほどの大好物。これが最後かもしれない、碧うさはただただ・・泣きじゃくった。
時間にして20分くらいだろうか。キャロがいない間にも状況は悪化していた。カビのお化けのほかに、大型のカラスルメまで加わっている。このカラスルメはよく見ると母親のようなかっこうで、手に持つカゴから小型のカラスルメを大量にまきちらしてる。すでに青空も黒く埋め尽くされる勢いだ。
メンバーの数を確認するキャロ。来る前には2人やられ11人だったが・・今では9人。ナノハナ、キッカまで怪物の手にかかってしまっていた。遠くで奮戦するロットを視認したのち、近くにいたツクシとスイレンを呼び寄せる。ついでに一番スピードのあるシャクナゲになにやら耳打ちをして、どこかへ走らせた。
「ひゃっはぁ!キャロの姉さん、お帰りで!?こいつらかなりヤバイ相手だぜ!」
「しかし・・やらないわけにはいかない・・・」
13人中1番のお調子もので口が悪いツクシは、燃えるニンジン「キャロット・バーン」の使い手。対照的に、口数が少なく手数も少ないがしっかりと任務をこなすスイレン。突風を起こす「キャロット・ホーク」を背中につける。2人の特性を一瞬にして把握し、作戦を立てたキャロ。勝算というレベルであるかは分からない、ただ何とかしたいという気持ちが犠牲という言葉を打ち消した。
「いい?2人ともよく聞いて。あんた達の武器を使ってあのカビを倒すわよ。ちょっと耳をかして・・」
2人を失うかもしれない・・。相手のデータがあまりにも少なすぎるうえに、ケタ違いの破壊力・大きさ。いくら実践経験が豊富な副リーダーとはいえ、気をぬけば混乱してしまうのも仕方ない。そんな極限状況の中で必死に先を見すえる。ロットだったらこうするはず、キャロの中には英雄がいる。
「オーライ姉さん!そいつは絶対ビンゴだぜ!!あのカビ野郎に一発おみまいするまでは気が済まねぇ」
「頼んだわよ、ツクシ。そしてスイレン、あんたは何の心配もしてないわ。計画通り頼むわね」
「了解・・」
散れ!!・・キャロのかけ声と同時に、3人は一気にカビのお化けとの間合いを詰める。そして、実行ポイントに入ったスイレンは大きな翼をひろげ高々と上昇する。その動きに目をうばわれたカビのお化けに、キャロの一斉発射が命中。大きな体なだけに、ほとんどのミサイルがカビのヨロイをはぎとり視界をもさえぎる。
ただ、これで倒せるとも思っていない。続けざまに、上空からスイレンの突風攻撃。カビの固まりや、ミサイルの煙幕などをすべて吹き飛ばす。すると、大きさでは半分くらいになったであろうか。裸になった怪物が正体を現した瞬間、ここぞで炎をまとったうさぎが突撃!
「あっついぜ〜!!このカビ野郎、これで終いだ。カンネンしなぁ!!」
そう言うが早いか、ツクシは背中の大型タンクを一気に解放。もちろん、普段は調節を繰り返しながら必要なぶんだけ放射するために最大解放はありえない。その火力は、打った本人をも包み込むほどの威力。それが分かっていながら、ツクシ自身何のためらいもない。破天荒には破天荒なりのプライドもある・・。
「これで・・これで俺の役目も終わるってもんだな!思えばロットさんに憧れて入隊したはいいが、何の活躍もできなかった感じだ。今、実感してるってこたぁ俺もまだまだ青かったって事か。はは、気分がいい!!」
そんな思いのたけも、激しい炎の渦にかき消される。と同時に、冷たい風がサッと吹きすさむ・・。するとさっきまでの炎がウソのように消えてしまった。そして、ツクシの姿も・・。
カビのお化けは本体を失くし、中に埋まっていた核のみが逃げようとする。それを追うのがスイレンの仕事だ。炎の届かない、はるか上空から静観していたスイレンは核を目指し一気に急降下!その小さな豆粒をターゲットに補足すると、大きな翼を広げて身構える。キャロはただ、涙をこらえその二人の勇姿を見守るしかできない。
「お前を無事に帰すわけにはいかない・・」
スイレンの体が一瞬光る、その後はとにかく鋼鉄の羽根の嵐。白く輝くきれいな羽根は、普段無口なスイレンの思いを伝えるように・・ただただまっすぐに敵を貫き怪物も逃げ場なく、ついには退治に成功した。
しかし、翼を失った鳥は飛ぶことができず。微笑みながらスイレンもまた、ツクシの後を追った。
「泣けない・・まだ、終わってない」
重い足取りながら、キャロは次の敵へと向かい始める。大きく目立ちやすいイカの怪物。どう転んでも勝てる見込みのない敵、しかし立ち止まることはない。途中、タンポポが倒れていた。いつも笑顔を絶やさず、みんなからの人気も高かった・・そんなきれいな心も、悪の力は何とも思わず踏み潰していく。
真っ黒なイカはかなりのダメージを受けていた。ヒマワリとレンゲ、そしてコスモスの集中攻撃が効いていたのである。コスモスが地面を操り動きを封じ、ヒマワリが大斧で確実に一撃を加える戦法。小さいイカの大群は、レンゲの持ち味であるバリアで進入をゆるさない。これに気をよくしたヒマワリは大声で叫ぶ。
「いける!いけるぞ!!もうちょいだ、みんながんばれ!!」
「うん、何としても村を守ろう!こんな奴らに好き勝手はやらせないもんね」
一番小柄ながら、常に足止め役としてサポートに徹してきたコスモスもそれに応える。3人の頭の中はイカを倒すことしかない。そこが落とし穴だった。キャロが到着した時にはすでに敵の術中、絶望的な状況下にあった。
「ヒマワリ!コスモス!下がりなさい!!」
そう、イカの化け物は自分の近くにおびきよせるため弱ったフリをしていた。キャロの声が届いた頃には遅かった・・次の瞬間大きなカゴがヒマワリを押しつぶす。急いで逃げようとするコスモスにも容赦ない一撃がはいり、はるか遠くへ吹っ飛ばされてしまった。慌ててミサイルで気を引こうとするキャロだったが、そこへレンゲがイカの前に立つ。静かに、そして深く呼吸をするといつも閉じていた目をゆっくり開け始めた。
レンゲは目が見えない、いつも閉じているため仲間からはそう思われていた。しかし、この最終局面を前に事実が明かされることになる。
「汝、悪のかぎりを尽くす数々の諸行。許しがたく、救いがたい・・。今、その悔いを改めよ!」
しっかりと見開いた両目に加え、額にはもう一つの眼が開く。キャロでさえ、謎が多く分析がしづらかったメンバー。その能力を呆然と見つめる以外になかった。
それまで大暴れしていたイカの怪物はすっかりおとなしくなり、レンゲの前で微動だにしない。すると、いつの間にかレンゲの姿がなくなっていた。まるで夢を見ているかのような現象・・そうだとどめを!!イカを見すえると、何とさっきまでと顔つきが違う。まるで殺気のない、優しい表情・・まるでレンゲのよう。
「レンゲ!?」
「キャロ殿、この時いつかは来たる。どうかご無事でおられよ」
核を失ったのか、大きな体は塵となりたくさんの砂のようになってしまった。また一人、村のために・明日のためにその灯火を消していった。キャロに迷いはない、ありったけのミサイルを担ぎ英雄の元へ向かう。
しかし、その英雄も無敵ではないのだ。たった一人、隊のリーダーとして戦ってきた代償もかなりのもの。側にかけつけたキャロは言葉を失う。
「ロット!その腕・・・」
「はは、まいったな。利き腕をやられちまった。みんなに何て言えばいいやら」
「ばか・・」
ここに来て自分よりも部下の心配をするロットに心底呆れつつも、いつもの変わらない表情に安心する。本当に好きだった・・でも、立場上そんなことは言えなかった。正直になれなかった、いや勇気がなかった。
それでも、それでも嬉しかった。今までずっと側にいられた、そしてできることなら。
「あ、ロット・・その、こんな時だけど。あの・・]
「好きだったよ、キャロ。ありがとうな」
キャロはボーゼンと立ち尽くす。
「俺は幸せ者だった・・、そして今も」
「あたしも好き!大好き!ロット、やっつけよう!!敵を、みんなの仇を!!」
「すまない、どうやら終わりの時間がきたみたいだ」
「まさか!ウソ・・ウソでしょ!?」
「こうでもしないと村は守れなかったんだ、ごめんな」
ロットには生まれつき村を救う力がある。しかし、それには過酷な条件があった。一つは大切なものを失うこと、もう一つは2度使うと死んでしまうこと。多くの部下が犠牲になり、いつでも使える状況にあったロット。それでもちゅうちょしていたのは2つめの条件があったから。そう、一度目は10年前の大戦で使用していた。
覚悟はいつでもできているのに・・それでもキャロの事が頭にあったからかもしれない。
「碧うさ・・きっと泣くだろうな。あいつ泣き虫だし、ん?」
「もう・・なんでこんな事になるのよ!なんで、なんでなんで!?信じられない・・」
「はは、まあまあキャロ。確かに信じられないかもしれない、夢であってほしい。でも、今日は信じられなくても明日があるじゃないか。希望の種は一歩を踏み出してくれる。そう信じられる明日があればいいじゃないかなって、俺は思うけどな。意味のないことに見えることこそが、意味のあるものへの希望なんだよ」
言葉ではない、言ってることがイヤというほど伝わる。やっぱり英雄は英雄なんだ。
「あ!いけね、碧うさにアレを渡すの忘れてた」
「大丈夫よ、シャクナゲに取りにいかせたから。きっと渡してくれるはず」
「さすが、いつも悪いね。碧うさ・・次はお前だ。人間も、妖精も、ロボットもみんなが一緒にいられる世界を。妖精界で仲間を作って、悪のない世界を取りもどしてくれな。碧鱗の王国か・・行ってみたかったなぁ」
素晴らしい人間と妖精が集まるその国に憧れてきたロットだったが、今その想いを碧うさに託し・・そしてキャロの腕の中で静かに目を閉じた。もうキャロにも抵抗する気力は残っていなかった。
しかし、何を思ったか怪物たちは一斉に村から離れはじめる。ロットの力が発揮したのだ。一面荒野に変わり果てた青うさ村を、涙でかすんだ目で見つめ続けるキャロ。
「あ〜あ、こんなにしてくれて・・。直してけよ、ばあ〜か」
精も根も尽き果てたキャロもゆっくりと倒れていく。折り重なった二人は、ようやく結ばれるかっこうとなった。きっとこれからも二人で村を、そして碧うさを見守り続けるだろう。
・・・・・・・
キャロからもらったニンジンキャンデーを持ったまま押し黙っている碧うさ。あわただしく激しかった爆発音もすっかりやんで、ただ何を考えるでもなく役場のほうを見ていた。
そこへ、何の飾り気もない紙袋を持ったシャクナゲがやってきた。キャロに頼まれた荷物を碧うさに渡すためである。何事も素早く行動するスピードスターだけに、途中仲間の回収も済ませていた。
「シャクナゲ・・さん?」
「碧うさちゃん、これ」
「何?・・・リボン」
「隊長からです。この日のために、頑張って作ってましたよ。おでこに付けたら可愛いだろうなって・・毎日のように聞かれました。慣れない手つきで、何度も何度も本を読みながら。あんな隊長見たことなかったですよ」
「・・・」
「ぜひ、つけてください。きっと隊長も喜びますから」
もうロットはいないんだなって、直感的に分かった。キャロも・・みんなも。それでも碧うさは何も感じることができなかった。きっと楽しい1日になるだろう、そんな希望が一瞬にして打ち砕かれたショックは簡単に消えることはない。シャクナゲも、それを分かっているからこそ・・あえて沈黙につきあう。
「シャクナゲさん」
「はい、なんです?」
「あたしね、キャロちゃんに頼むねって言われたんだ。でも、何をしたらいいのか分からなくて」
「碧うさちゃんは強い子ですよ、何にも負けない心と何でも愛せる心を持ってます」
「そんな事ないよ・・」
「妖精の力を借りてください。今は妖精界も、ダアクという悪の化身と戦っていると聞きます。われわれ青うさぎだけではどうにもなりませんが、妖精の魔法と碧うさちゃんの頑張りできっと何とかなると信じてます。そこの噴水の手前に妖精界へとつながるほころび穴を見つけました。そこから妖精界へ行き、仲間を集め、ダアクを倒し、この村を立て直してください。それが、われわれの信じる希望です」
14年間、一度も村から出たことのなかった碧うさには妖精界に行くという事には抵抗がある。妖精のように華やかな魔法を使えるでもなく、何の特技もない。やはりただのうさぎだという事に自信を持てるはずもない。
そんな時、ふとロットのリボンが目についた。そうだ、これはロットの願いでもあるんだ。
「行く!あたし行く!」
「その調子ですよ」
「あ!シャクナゲさん、これ・・ロットにあげるつもりで作ったお守りなんだ。あげる!」
「お預かりします、頑張ってくださいね」
何かが吹っ切れた碧うさ。その表情は不安にゆがみながらも、目的をもった真っ直ぐな瞳をしている。自前のリュックを背負い、ニンジンキャンデーを手に・・いざ妖精界!!小さな足でその一歩を踏み出していった。
・・・その姿を見送ったシャクナゲは一人、作った仲間の墓へと向かう。
「隊長、碧うさちゃんからお守りを預かってきました。ここに置きますね」
ロットの墓前に四葉の青ニンジンをそっと添える。するとシャクナゲまでも、力なくその場に座り込んだ。そう、碧うさの前ではしっかりと気をもっていた彼も大きな傷を負っている。役場から荷物が置いてあった兵舎までもかなりの距離がある。シャクナゲでなければ何時間もかかってしまう。その道でさえ、かなりの魔物にさえぎられ必死に進んでこなければいけなかったのだ。特に背中にものすごい火傷を負っていたシャクナゲ、その体温も次第に下がり始める。
「私で最後でしょうか・・隊長、任務完了の報告を致します」
そう呟くと、シャクナゲもまた静かに目を閉じた・・。村のために、想いを一つに駆け抜けてきた13羽のうさぎたちの物語はここで一つの終わりを告げた。
ここからは、碧うさが想いを引き継ぎ悪に立ち向かう物語。素晴らしい仲間と共に、これからも天然で元気な姿を見せてくれるはず。ロットが夢見た碧鱗の王国にたどり着くまで、ずっと空から英雄達は見守り続ける。
ほころび穴に思い切って飛び込んだ碧うさ。次元のはざまともいうべきか・・なんだかウネウネとした空間をながされるままに、車酔いならぬ空間酔い。ボテッと落っこちた先は妖精界。
「イテテ・・お約束じゃんよ、ちっとは花畑の上とかって設定がほしいよね」
などと、まるで作り話のような文句を言い出す始末。何でもが初めてで、しかも着いた先はミルモの里から遠く離れた名もない山村。王様行列も寄ってくれるかくれないかというくらい、ひと気はまったくない。
まずは荷物を持って歩き出した碧うさ。何ともなしに見える道筋をたどっていく。
「あ!カタツムリだ・・おい、お前の頭はどこにあるんだ?にゃはは」
でた、みちくさ。昼寝とならび、もはや碧うさの辞書に巻頭カラーとして登場しそうな言葉。好奇心が旺盛なのは13衆の背中を見て育ってきた影響が大きい。誰もが認める個性派集団、自然にこうなるのは仕方がなかった。
「おい、こりゃ。ツンツン・・にゃはは〜♪」
カタツムリと遊びだして早30分・・・ここまでくると普通に呆れる。それでもやめない碧うさ、すると・・
「いい加減にやめてよ!」
「おわ!!しゃべった!!!」
今にも心臓が飛び出しそうな顔でビビる碧うさの後ろには、青いうさぎが立っていた。もちろんカタツムリがしゃべるはずもない。腰をぬかしながらも、後ろの気配に目をやると・・。
「あ!スミレちゃん!!無事だったんだ〜」
「ご機嫌うるわしゅう、碧うさちゃん♪」
このうさぎも13衆の一人。西洋風な出で立ちと、華麗に相手のウィークポイントを突く「キャロットフルーレ」を手にする実力派兵士。無駄な攻撃をしないが信条で、ただ一点の急所のみを突く集中力と正確さで信頼も厚かった。
先の戦いで真っ先にやられたように見えたスミレは、攻撃されて飛ばされた勢いでほころび穴に入ってしまったのだ。急いでもどろうとするも、不安定な空間の影響で戻ることもできず時間がかかり・・。そこへ、唯一遺体のなかったスミレとの連絡を試みていたシャクナゲから、碧うさを守るよう頼まれていた。
もう自分しかいないっていう寂しさから解放されたのか、子供のようにスミレに抱きついてわんわん泣き出した碧うさ。一方のスミレも、まずは一安心といったところ。しかし、それも長くは続かなかった・・。
「・・・!!碧うさちゃん、下がっていてくださいませ」
せっかく会えたのもつかの間、青うさ村から逃げ出してきた怪物の一匹がほころび穴を通って迷い込んできた。強い妖精がたくさん住む中心部と違い、ここは穏やかで優しい妖精が多い。このまま放っておけば、自分らはともかく集落全体が危険にさらされる。これも、英雄ロットの想いを継ぐ者の定め。いつも機械をいじってばっかで油まみれのキャロと違い、清楚さがにじみ出ているスミレでもまったく変わらない・・それが13衆なのだ。
「あなたのお相手は、わたくしがさせていただきます」
すぅ〜っと流れるように身構えたフルーレの先は、早くも怪物の核に狙いを定める。余計なものが付きすぎているイカやカビのお化けと違って、あまり大きくないが・・ものすごいヨロイに包まれている。
これが噂のフルメタル・ギャア、スミレの中に戦慄が走った。ダアクの悪者の中でも、とにかく謎が多い怪物の一匹。見たら絶対に逃げろと言われるくらい生きて帰ったものはいないと伝えられている。そんな緊張も、碧うさに悟られないように・・。はたから見るとただの鉄のかたまり、様子を見るほかなかった。
すると、殺気を感じた怪物が一気に立ち上がり大声をあげた!
「何ですの!?この声は!まるでカミナリのよう・・」
そう、声だけではなかった。特に天気が悪かったわけでもなかったはず、しかし気づいたら空は真っ黒い雲に覆われている。雷雲だ!そう気づいた時には遅く、スミレの頭上から稲妻がほとばしる。
とっさにかわしたスミレだったが、あまりの勢いに碧うさは気絶してしまった。
「碧うさちゃん!・・わたくしが至らないばかりにこのような目を・・。ずっと付き添って差し上げるつもりでしたけど、そうもいかなくなりました。そのリボン、ロット様のですね♪お似合いですわ」
木陰にそっと寝転がせると、別れ・・のであろうか。ほっぺにチューをして深々と西洋風におじぎをした。碧うさの中にはみんなが生きている。スミレには、みんなにあいさつをした事にもなっていた。
フルーレを握りなおし、いつにました鋭い目つきで歩を進める。そう、もう弱点は分かっている。稲妻を呼ぶとき一瞬立ち上がる・・そこがたった一つの狙いどころ。鋼鉄に包まれた体がほんの一部露出する瞬間。問題は、その後の稲妻をどう避けるかなのだが。
「分かりきった事ですわ」
そんな誰もが想う疑問にも動じることはない。つまり覚悟を決めたってことだ。その辺の小石を手に取り、大岩のようにまるくなっている怪物にポコンと投げた。
これに驚いた怪物は、我をも忘れる勢いで立ち上がり奇声を発する。この瞬間を逃さず間合いをつめたスミレ、一気にヨロイのすきまからフルーレを突きたて核まで貫いた。もちろん、避けるひまなどない。
「皆さま、遅ればせながらわたくしも同行させていただきますわ。待っててくださいませ」
そして、稲妻はフルメタル・ギャアもろともスミレの体を貫いた。跡形もない・・とはこの事だろう。地面は大きくえぐれ、周辺の草花や岩をも消滅させてしまっていた。気絶しているにも関わらず、碧うさの目からは涙がこぼれた。
・・・・・
気づくとそこは、ベッドの中だった。もう何がなんだか分からない・・ここは妖精界なんだよなぁなんて考えつつ、体は疲れてて動く気になれない。天井を見ながらしばらく時を過ごした碧うさ、ふと外を見ると妖精がたくさん来ていた。お店かなんかだろうか?ちょっと体を起こしたその時・・
「あ!気づいたですよ、良かったですね〜」
「あ・・あんたが助けてくれたの?」
「そうですよ、ビックリです!たまたま薬草を取りに行ったところに大きなカミナリが落ちてきたんですから」
「そうだ、スミレちゃんは?一緒にいたと思うんだけど、どこ行ったか知らない?」
「分からないです、でも近くにすごい穴が開いてたです。もしかしたら・・」
またも親しい仲間を失った絶望感が一気に襲う。強い強いなんて言われながらも、度重なる悪い知らせに立ち直るきっかけさえ失いかけていた。と、同時に妖精への不信感もわいてきてしまう。なぜ、助けてくれないのか。なぜ、一緒に戦ってくれないのか。魔法という力を持ちながら、なぜ?
そこへ、少し年老いた妖精が部屋に入ってきた。
「ポニィ、うさぎちゃんは気がついたのかい?」
「あ、ばあちゃん、うん、目を覚ましたんだけど・・」
「そうかい、そりゃ良かった。目立った外傷もないから、元気になるじゃろ。ホレ、この薬草の根をいつものところへ埋めてきておくれ。散歩がてらに、うさぎちゃんと行くといい。気分転換になるからの」
少女妖精の名はポニィ。代々、医者の家系として傷ついた妖精を治癒する魔法を得意としている。今は修行のため、中心部ではなく山奥の祖母の村で勉強の日々を送っていた。
ポニィ自身、青うさぎを見るのは初めて。精神的に滅入ってる様子は分かるが対処の方法が分からない。ここは祖母の言うとおり、一緒に薬草を植えに行くことにした。
「名前を言ってなかったですね、ポニィっていうですよ。うさちゃんは?」
「碧うさ・・・」
「じゃあ、碧うさちゃん一緒にいくです。とっても見晴らしがいいから元気でるですよ♪」
二人は山頂の薬草畑に向けて出発した。しかし、一目見て精神的に傷を負っているのを見極めたポニィのばあちゃんは一つの心配もしていた。妖精と青うさぎのつながりが薄くなってるのも事実、それゆえに碧うさの不安感を取り除いてやることが何より大事。果たしてポニィで大丈夫なのか・・。
数時間して医者の仕事も落ち着くと、様子を見に山頂まで行くことにした。すると・・・
「なぜ!?なぜなのさ!!そうやって何でも失っちゃうから共存できないんだよ!」
「何をいうです!時には必要なことくらいあるですよ、それが分からないですか!」
「分かるものか!妖精はいつもそう、そうやって何でも失くしちゃうから大事なものも見えないんだ!!」
「何も知らないくせに・・・そういうエゴが今までどれだけの犠牲を生んだか!」
「破壊や消滅は崩壊にしかならない、何でもっと助けあえない!?」
ラチがあかないと見た二人は、お互いにニンジンキャンデーを取り出した。そう、時には武器にもなるのだ(折れちゃうけど)。興奮もピークに達した両者、ほぼ同時に突っかかっていく。
「ポ〜ニィィィ〜ッ!!!」
「碧うさぁ〜ッ!!!」
こんな形で妖精とうさぎが激突!?しかしそこへ、ばあちゃんが割って入る。
「これ、いい加減にせんか」
とりあえず落ち着かせ、事情を聞くことにした。これにはさすがのばあちゃんも大笑い。妖精とうさぎの確執(かくしつ)が原因だと思いきや、単なる薬草の間引きについてだった。間引きとは、一つの区画に複数の種や苗をまくとどうしても近くのもの同士が肥料や光りを奪い合って共倒れしてしまう。そこで発芽直後に元気のいい苗だけ残して他を引き抜くことで、しっかりと育つのである。その作業を、乱暴に思った碧うさの勘違いだったのだ。
「な〜んだ、そんな事するのかぁ。知らなかったよ、ごめんねポニちゃん」
「こっちこそ、ごめんです。ちゃんと説明もしないで」
一件落着、三人は仲良く山を降りた。道中ばあちゃんは思った・・二人ともあんまり頭は良くないな、と。それでもお互いが無いものを補っていって信頼関係ができる。少し微笑ましくも思った。
その夜、碧うさの事情を聞いたばあちゃんとポニィ。青うさ村が大変な事になってるのは知ってはいたが、そこまでとは・・・いずれ妖精界にもやってくるだろうという予測は容易にできる。
「ポニィ、お前は医者としてもっともっと大事なものを積んでおく必要がある。この子についていきなさい」
「ええ!?だってばあちゃん、老眼だし腰痛だし冷え性だしリウマチだし痴呆だし・・心配ですよ」
「バカタレ、温泉にでもいくわい!しかも最後は余計じゃ!心配せんでも、若い衆に押し付ける。お前は、そこの小さい英雄の種とダアクを倒してきておくれ。きっと、大きくなれるはずじゃ」
「ばあちゃん・・分かった!行ってくるですよ、そして頑張ってくるです」
可愛い孫を、あえて危険にさらすのは辛い。それでも妖精と青うさぎが協力する時が来たのかもしれないと、感じるからこその思いきりだった。英雄の種と医者の卵、早く成長してほしいと願うばかり。
もう少し山を降りればひと気も増える、ばあちゃんは二人をいつまでも見送った。
「にゃはぁ・・仲間が増えちゃった♪ポニちゃんは回復魔法が得意なんだよね、心強いな〜」
「うんうん、可愛いしっぽですね。食べたくなるですよ、むぎゅむぎゅ」
「ちょ、ちょっとポニちゃん!何してんの!?」
「まあまあ、女の子同士なんですから。お尻をさわったくらいで、怒らないですよ」
「くらい!?じゃあ何?ポニちゃんは動物王国とか行って、うさぎと遊ぼうみたいなコーナー行って、可愛いからってしっぽをむぎゅむぎゅして、女の子なんだから怒らないです〜とか言うの?」
「何を言ってるですか・・」
こうして、トホホな二人は新たなスタートを切った。願わくば、もっとちゃんとした仲間が加われば。そんな頭は本人たちにさらさらない。それが、のちのちいい関係を生むことになるから。
さて、緊張感のない二人がしばらく山を降りていくといい匂いのするお店にたどりついた。これは・・・ケーキの匂いだ!!碧うさは自慢の鼻をきかせて、吸い込まれるように入ろうとする。
「碧うさちゃん、入るのはいいけどお金ないですよ」
「え!ないの!?ふつう旅する時っていくらか最初にもらうじゃん!ああ・・貧乏旅だったなんて」
あまりのショックでペタンと座り込んだ碧うさ。そもそもお店がある=食べられるという考えは間違い。呆れるポニィをよそにお店に入っていくお客を見つめながら草をブチブチ抜き始める。
ここほれワンワン、ではないが・・・何と土からキラッとしたのが!
「なんだコレ?なんか固いのが出てきたぞ」
「へ・・・碧うさちゃん!それお金ですよ!!それ1枚でケーキいっぱい食べられるです!!」
「ええ〜!超ラッキーじゃん、お店いこーよ♪」
「でも・・ダメです。妖精は拾ったものをネコババしちゃいけないってきまってるですよ」
「え?いーよ、あたし『うさぎ』だし」
「・・・・・・」
口をポカンと開けたまま動かなくなったポニィの手を引っ張って、ルンルン気分でいざ入店!あまり大きい店ではないが、中は意外にもスッキリしている。客層もさまざま、かなりの人気店のようだ。
さっそくショーケースから好きなものを選んでテーブルに座る。もしゃもしゃと美味しそうに食べる姿が何とも可愛らしい。ポニィはそれを見て、あるうさぎを思い出していた。医者仲間であったタンポポ・・ある事件をきっかけに知り合えたうさぎだったが、それはポニィにも辛い事件であった。と同時に、初めての友達うさぎになった。
しかし、タンポポの悲報はポニィの耳にも入っている。イヤでもダブって見えてしまう。
「どったの、ポニちゃん?全然食べてないねぇ」
「あ・・ううん、そんな事ないですよ。あ、ちょっとチーズケーキ取ってくるですね」
タンポポの分まで碧うさを守る、そう心に誓ったんだ。何も余計なことを考える必要なんてないんだ。割り切りのよさもポニィの強み。ショーケースに着く頃にはハキハキしていた。
「あれ?チーズケーキないですね・・すいませ〜ん!チーズケー・・・
「おーい!チーズケーキがないじゃねーかぁ!」
ポニィが店員にさいそくをしようとする横で、さらに大きな声でさいそくをする妖精。ねずみのような帽子をかぶってはいるが、可愛いというよりは勇ましい・・・。その圧倒的な雰囲気にポニィは怖じ気づいた。
まもなくチーズケーキが運ばれてくると、その妖精はまるごと持っていこうとする。
「ちょ・・・ちょっと待つです!さすがに全部っていうのはないんじゃないかと」
「あん?うるさい奴だな、これはオレが頼んだんだ。オレがもらって何が悪い」
「ええー!?そんな理屈って通るですか?」
せっかく取りにきたのに惨敗したポニィ。しょぼくれた顔でモンブランを持ち帰ってくる。それでも碧うさは何でも良かったらしく、相変わらずもしゃもしゃ食べている。
1時間ほどしてお腹いっぱいになった二人は、お会計をすませて外にでた。思ってもみなかった3時のデザートにご機嫌な乙女。手をつなぎながら、仲よく歌なんか歌っちゃう。
「おか〜をこーえ、ゆこ〜およー♪くちーぶえ〜ふきつ〜つ〜♪にゃははんv」
「・・・・・」
「あれ?どうしたの、ポニちゃん」
「碧うさちゃん・・ここ」
そう真顔で立ち止まったポニィの目線には、道のかげにひっそり隠れたように建つ古い研究所があった。もう10年以上もひと気がなく、外壁にはツタがびっしりと生えている。
いつにない厳しい表情を一瞬見せたポニィ、しかしすぐに優しい表情に戻す。昔は昔、そう思いたい。
「さ、行くです。は、早く仲間を増やさないと・・ダアクがいつ襲ってくるか分からないです・・から」
「待ってよ〜、ポニちゃん!」
それでも通りすがっただけでも何かに引き付けられる思いがする・・。もう10年も前なのに、忘れなきゃって思ってるのに。あんな事が2度起こらないって信じたいのに。
大丈夫、大丈夫・・・
「ドッスゥ〜ン!!!」
突然のことだった。自分を落ち着かせようと必死だったポニィをよそに、何とその研究所から怪物らしきものが飛び出してきたのだ。鋼鉄のヨロイに身を包んだ大きな怪鳥・・・まさしくフルメタルギャアだ!
中で何をやっていたかは分からないが、普通のものより大きい。10年経った今でも、誰も近づくことがなかった施設だっただけに手付かずの薬品もあったかもしれない。色々な効果のあるものや副作用のあるもの、もちろん怪物に投与したことがあるはずもない。
「あ・・あああ・・・・あ・・ああ」
「わにゃ!?ポ、ポニちゃん!どうしたの?ねえ、ねえったら!」
横で放心状態になってしまったポニィを見て焦りまくる碧うさ。しかし怪物はただ出てきただけ、こちらに気づかなければやり過ごせるかも。特技の気配消しで、じっと息を殺す・・・。
「あああ〜!!!」
「わぁ!あ・・・にゃにゃ、やば〜い!」
見つかった、パニックが頂点にたっしたポニィの大声で完全に怪物の視野に入ってしまった。急いでポニィを引きずろうとするが、なにぶん体重差がある。そんな事をやっているうちに近づいてくるギャア。
ヨロイの奥底から光る眼光、自分以外は全部敵・・・そう感じたギャアは立ち上がった!
「やや・・ヤバイ!きっとあれだぁ、ねえポニちゃん!ポニちゃ〜ん!!」
「何をやってんだ!」
カミナリが落ちる瞬間、目の前にバズーカ砲が打ち込まれた。その爆風で吹っ飛ばされる2人、直撃ではないので大したダメージもない。と、いうよりカミナリをうまく避けたかっこうになった。
その衝撃で我にかえったポニィ、その見覚えある妖精に目をやった。
「あ!チーズケーキの人!!」
「フン、そっちこそ。それよりコイツ・・どーすんだよ。真正面からいっても勝ち目ねえぞ」
「やるだけやってみるですよ、碧うさちゃん下がってるです」
ポニィの自前薬箱「九十九(つくも)」。その名のとおり、秘伝の薬品99種類が入っている。その組み合わせに魔法をかけることで、さまざまな効果を生み出す布を作るのがポニィの特徴。慣れた手つきで2種類選び放り投げる。
「トニックbP&3!!火炎布です!!」
魔法をかけると同時に大きな布が広がり、ギャアに向かって火炎を放射する。しかし、そのヨロイは炎くらいではビクともしない・・・耐熱もバッチシだったようだ。
これを見て作戦を変えたポニィ。助っ人に来てくれた妖精の力も借りることにした。
「お次はこれです!トニックbP&5、凍結布です!!」
「うっしゃあ〜!オレはこっちだぁ〜!!」
絶妙な時間差攻撃!丸まって動かないギャアを逆手にとり凍らせる、そして一点を妖精のハンマーで打ち砕くのだ。ヨロイさえなければどうにでもなる・・はずだった。
ギャアは凍りもしない、実は体内の温度を自在に調節ができるのだ。しかも超高温から超低温まで。内部の温度によって、ヨロイも自由な耐久力を持つことができる。これがダアクの力・・。
勢いがついたうえに、攻撃が跳ね返された反動で吹っ飛ぶ助っ人妖精。しかしポニィはまだ諦めない。今の衝撃で狂ったように立ち上がったギャア、待っていた!
「トニックbQ&4!耐雷布!!勝ちですよ、にしし♪」
上から降ってくるので、つい空からと思いがちのカミナリ。しかし医者であるポニィの目には、わずかにギャアの体が振動して静電気を起こしているのに気づいていた。その体を電気を通さない耐雷布で覆ってしまう・・そう、自らに自らの電気を浴びせてしまう。
大きな布の中でバチバチ激しい音を立て、真っ黒な煙も出している。今度こそやった!碧うさも安心して近づいてこうよとする・・・。しかし、妙な気配はなくなっていなかった。
「こ、これでもダメなのか!?打つ手なしってところか・・このボケ!」
「まだ、力不足みたいです。いったん逃げるですよ、作戦を考え直すです」
ニンジンキャンデーを抱えながらトテトテと逃げる碧うさ。しかし、一度振り返った先にうさぎらしきものが見えた。しかも青うさぎ、どこかで見覚えが・・ポッポちゃん!!13衆タンポポ、碧うさはそう呼んで遊んでもらっていた。
なぜ?こんなところに・・・。すると、意外にも10年前に起きた大戦時に関係していた。そう、ポニィはちょうどその時に居合わせた妖精、その研究所では驚くべき事件がおきていた。
落ち着いたところで、急かされた碧うさに一切を話した。
「なるほど、ようするにタンポポっていううさぎを使ってクローンを・・・。確かに、オレたち妖精は魔法が使える。遺伝子っていうレベルで考えると、妖精よりはうさぎのほうが複製しやすいわけか。しっかしヒドイ話だな、実の親にそんなことまでさせられるなんて。13衆といえばこっちでも有名、そんな過去があったとは・・」
この話しに一番ショックを受けたのはもちろん碧うさ。笑った顔しか見たことがなかった、怒った顔も泣いた顔も・・・辛い顔一つしなかった。
「タンポポちゃんは約束してくれたですよ、ずっと笑っていくって。守ってたですね」
「ううう・・・ふぐぅ・・」
「碧うさちゃん、泣くのは後です。こっち来たですよ」
「おいおい、どうする!?なんにも通用しないんだぜ?」
涙でグジュグジュになった目でボンヤリ見えたもう一つの物。ギャアのヨロイのすき間にかろうじてはさまっていた、何とスミレの葉っぱだ!どこへ行っても帽子に刺していた葉っぱ、見間違えるはずがない。このギャアがスミレを!?うっすらと残っている・・最後の抱っこ、そしてちゅう。
弾けた、碧うさの中で何かが目覚めた。
「お前か・・・スミレちゃんを・・スミレちゃんを〜!!!うわぁぁ〜!!!!!」
ポニィは目を疑う。一瞬にしてニンジンキャンデーが青白い光りに包まれ、大きな槍のようになったのだ。そして一直線にギャアに突っ込む!もちろんカミナリを出そうとするが・・・スピードが全然違う。
何度も何度も振りまくる、ついにはギャアも力なく倒れてしまった。
「な、何だ?今のは・・・強すぎる」
「碧うさちゃん・・」
たった一度だけポニィのほうを振り返った碧うさ。ぞっとするほどの目つき、その奥には何も感じられない冷たさをもっている。いつものお茶目な碧うさはどこかへ行ってしまっていた。
そしてフッと気が抜けたあと、気絶してしまった。これが本当の力?やっぱり碧うさの中には、13衆の思いが確実に詰まってる・・ポニィにはそういう風に映った。
「あ・・・ゴタゴタしてて自己紹介が遅れたですね。わたしはポニィ、こっちが碧うさちゃん」
「ラタだ、ラタ=アニマート6世」
「じゃ、らっちゃんでいいですね!本当にありがとうです、危ない目に合わせちゃって・・」
「いや、オレも修行不足を実感したよ。碧うさ・・・か、13衆の・・・」
「そうみたいですね、英雄ロット率いる13衆の背中をずっと見てきたって言ってました」
「このままじゃあ、人間界にいるピコラに合わせる顔がねえ。オレも、お前達と一緒に行っていいか?」
「それは願ったり叶ったりです、らっちゃん強いから安心するです♪」
ひとまず少し先の宿で過ごすことにした3人。碧うさをベッドに寝かせるが、その寝顔はさっきまとはまるで違う・・無邪気な子供うさぎそのものだった。
「それにしても、強いんだか弱いんだか分からないな・・こいつ」
「強いですよ、碧うさちゃんは。力だけが強さじゃないって・・・そう思わせてくれるです♪」
こうして新しく仲間になったラタと共に、碧うさは明日も元気に出発する。
とってもいい朝をむかえ、ご機嫌に宿を出発した一行。ラッキーから手に入れたお金のおかげで、ちゃっかりとおむすびまでGETしていた。これで1日歩いても大丈夫だ!
なんてのん気な考えをしてるのは碧うさだけ。そんな物で足りるはずもない・・。
「ムキ!お腹が減った・・・ねえ、なんか食べ物ないの?」
「もう食べちゃったですよ、それに食べ過ぎると良くないです。まだまだ何が起こるかわからないですから」
「そうだな、でもあんな化け物ばかりだと参っちゃうぜ。」
そんな足手まとい的な泣き言を繰り返しているうちに何かを察知した碧うさ。まだまだ戦闘力として安定しない代わりに、飛びぬけた能力として『逃げ足』『気配消し』『超嗅覚』の3つを持っている。
どうやら近くからフルーツの匂いがするらしい。と言っても、ポニィやラタでは皆目見当もつかない。
「こっちかなぁ・・あ!あの林の奥からだ、行ってみよーよ♪」
碧うさの食い意地を優先するのは危険、しかし今のところは仲間やダアクに関する手がかりが何もない。仕方なくついていくことにした。
茂みを分け入った先に見えたもの・・・それは素晴らしい苺畑だった。広大な敷地いっぱいに見える苺は、まさしく作り手の愛情を一心に受けた証。一粒一粒がビニールハウスのような温室で育つものとは明らかに違う、陽をたくさん浴びた真っ赤に輝く宝石そのもの。感動すらおぼえる立派な苺だった。
「にゃはぁ。これ、食べてもいいのかなぁ」
「普通はダメだろ、やっぱり。せめて持ち主にことわってからだな」
それではと、畑の真ん中に見える小さな小屋へ行ってみる事にする。あまりひと気は感じられない・・もしかしたら留守なんだろうかなどと思ってた矢先、小屋から一人の妖精が出てきた。
赤い洋服に緑のヘタ模様・・・まさにイチゴを感じさせる可愛らしいいでたち。
「あ・・・あの、あなた達は?」
「べ、別に怪しいものじゃないよ!イチゴを食べようなんてコレっぽっちも思ってないから。にゃはは♪」
「あーあー、顔に出てらぁ」
その妖精は少し顔が赤く、あまり具合がよさそうではなかった。それでも、この広い農園を一人で世話してきたのだろう。ふらふらな足どりで水まきをしようとしている。
「ちょっと待つです、その体じゃあ無理ですよ。妖精熱にかかってるですね」
「な・・なぜそれを?」
「これでも医者のはしくれ・・ですからね♪」
妖精熱、妖精にしかかからない特殊な病気。これにかかってしまうと思っている悪い事が本当に起こってしまう。さらには、治療として特別な木の実であるコパミンを必要とする。この木の実もいつ実をつけるか分からない・・1日の場合もある、100年の場合もある。とても一人暮らしの妖精に対処できる病気ではない。
「とにかくこの子を安静にさせないと・・。あ、わたしはポニィって言うです。あなたは?」
「わ・・私はイチコ。でも、苺に水をやらないと。1日でも休んでしまうと枯れてしまうんです」
「大丈夫ですよ、水まきなら碧うさちゃんがやってくれるですよ。ね?」
「こ!この広さを!?妖精って魔法が使えるからいいけど、あたしは自力じゃん」
ゆうに広さは東京ドーム30個分くらい。妖精でも半日はかかるだけに、碧うさのショックも分からなくはない。しかし、困ってる妖精を放っておけない・・・そして苺のためにも。
「見たところ、あの崖のてっぺん。ずいぶんと年季が入ってるですねぇ。らっちゃん、ちょっと行ってコパミンがあるか見てきてほしいです。あの木はおそらくコパミンの木ですよ、たぶん」
「ちょっと待て、なんで小声なんだ?でもまあ、行くしかないか・・」
ポニィはイチコの看病を、碧うさは水やり、ラタはコパミンを採りに。それぞれが思いがけない行動をすることになった。どんな思いでも、どんな目的であっても伝わりあう・・そんな温かい心が一つになる。
3日目の朝、意外にタフな碧うさは元気に畑に向かっていった。イチコの容態も、ポニィの九十九による治療によってだいぶ和らいでる様子。ラタからは毎日連絡がきているが、未だに見つかってはいないらしい。どんな名医であっても、妖精熱を治すにはコパミンがいる。それだけに、かかる期待も大きかった。
「にゃははん♪何だか毎日世話してると、まるで友達になったみたい・・なんちて。イチコちゃんってすごいんだなぁ、こんな頑張りやさん一緒に居て欲しいよ」
そんな無茶な注文を独り言でやり過ごす、それだけ余裕が出てきたのか。もはや何の役にも立たない水まき職人としての技量はかなり上がっていた。
その日の仕事をあらかた終わったところで一休みに入る。寝っころがって、ぼんやりと雲を眺める碧うさ。つい、うとうととしてしまった・・・その時!真っ黒い影が目の前を通過した、いや飛んできた。
「な、何!?」
慌てて起きて、その先を見つめる。虫?それにしても大きい、まるで岸壁のような体をしている。その生き物は畑のど真ん中に着地するやいなや、勢いよく苺畑を食い荒らし始めた。
「わわわ・・・化け物だ!ポニィちゃん、ポニィちゃ〜ん!!」
異変に気づいて小屋から飛び出すポニィ。
「あれは、マズイですよ碧うさちゃん。悪者の中でもかなりのレベル・・指名手配70おむすびの『ビートルタートル』ですよ。魔法は一切効かないんで、わたし達みたいな低レベル妖精じゃ太刀打ちできないです」
「な・・70!?そんなの見たことないよ!!」
前回苦戦したフルメタル・ギャアでも30おむすび。さらに危険度が増した悪者を目の前になす術もない、ただ大事な苺畑が消えていくのを見ているしかなかった。
カメのような甲羅をもった、巨大なカブトムシ。こいつを倒す方法は、カメリンと呼ばれる女の子カメの甲羅を背負って近づきツノを折ればいいとされている。しかし、カメリンの甲羅は伝説の道具。探すヒマなどなかった。
「ここはおとなしく食べさせたほうがいいですね・・」
「え!?でも、イチコちゃんの大事な畑が無くなっちゃうよ!」
「命がなくなるよりはマシですよ」
普段あまりトゲのある言葉を使わないポニィでさえ、この状況の中では厳しくならざるをえない。まだ完治していないイチコを安全なところへ移動するために小屋へ戻る。多少の熱はあるが、今はだいぶ落ち着いている様子。
「トニックbR&11!防護布です」
魔法の布は、透明の泡になりイチコを包んだ。そう、まるでシャボン玉のように。ポニィの医療魔法レベルが高いからこそできる特殊な防御法。守るも壊すも、すでにポニィの意のまま・・結界と同じために上級妖精ですら手を出すことができない。最善の、そしてとっておきの魔法。
悪者はもくもくと畑を食い荒らす。チャンスとばかりにコッソリと入り口からイチコを運びだし、遠くへと移動を開始。力はすさまじいが、鈍感なのがビートルタートルの特徴。碧うさは見張りをしていた。
「何なんだよ、これは!あれは一体なんだぁ!?」
「らっちゃん!待ってたですよ。コパミンは?」
「この通りだ。しかし、こいつはかなりヤバくないか。前のとは断然違うぞ」
タイミングよく帰ってきたラタから受け取ったコパミンを使い、早速治療に入る。みるみる顔色がよくなっていくイチコ。起きた時にはすっかりよくなってるだろう。
一同はホッとしながらも、とにかくこの場を逃げ出すことに必死だった。しかし、運はそれほどよくなかったのか・・食べ続ける悪者に異変が起きた。どうやら大きな岩をかじってしまったようだ。慌てて吐き出す、そしてその視線には今まさにトンズラしようとする碧うさたちの姿が。
「お・・・落ち着くですよ。情報によれば、食べ物にしか興味がないとのことです。ヘタに動かなければ・・」
じっと息をころして待つ。1分、2分、3分、すると治ったばかりのイチコが目を覚ました。異様な雰囲気に感づいたのか、前のほうに出てきてしまう。すると突然!悪者の目の色が変わり、大きな羽を振動させ始めた。
「おい、あれって虫が飛ぶときの動作じゃないか?」
「う・・・うん、よく知ってるよ。こっちに向かってきそうな気がするのは気のせい?」
じゃなかった。ものすごい勢いで突進、捕食をしようとする悪者にひたすら逃げ回るしかない。魔法が効かない相手に妖精は無力・・・そう痛感する暇もないくらいのピンチになってしまった。
それでもポニィは冷静だった。追っかけてくる理由、それはイチコの服が大きな苺に見えたからだということを突き止め魔法の準備に入る。振り返り、ここぞで防護布を張る。イチコさえ守れば時間を稼げると・・・。
「ここです!トニックbR&11、防護布です!!」
再度イチコの周りにはシャボン玉のような結界が張られ、完全な防御をした・・・つもりだった。その予想をはるかに超えるパワー、70おむすびは伊達ではない。結界に思いっきり衝突した悪者は一瞬ひるんだものの、その貪欲さからしつこく体当たりをしかけてくる。
「ええ!?も・・・もたないです!!!」
そして結界は壊れ、衝撃でイチコの体は一瞬で上空に飛ばされた。いくら妖精といえど、この高さから叩きつけられたら無事ではすまない。ラタもポニィも助けようとするが、悪者の後ろ側にはじかれてしまったので進路をふさがれてしまっている。本人は気を失ってしまった。
「イチコちゃん!イチコちゃあ〜ん!!!」
碧うさの心からの叫び、それは誰かに届く魔法の声。遠くでかすかに見えた青い影。素早い身のこなし、そして大きな耳。誰もが信じて疑わない、最後の・・本当に最後の救世主。
そのうさぎは気絶したイチコを抱きかかえ、ゆうゆうと悪者の下を歩き碧うさの前までやってきた。きれいな白い布を地面に敷くと、そこへそっとイチコを寝かす。顔をあげ、じっと碧うさを見つめた。
「それが隊長の手作りリボンか、君にとってもお似合いだ」
「な・・・ナノハナさん。死んで、死んだんじゃ・・」
目に涙をいっぱいに浮かべながら、抱きつきたい気持ちでいっぱいになった。しかし、後ろではいまだ悪者が目を光らせている。迷惑をかけたくないという気持ちも一緒にわいてきてしまう。
ガマンしてるのを感じたナノハナ、そっと両腕を広げた。
「君らしくない、そんなにガマンができる子だったかな?」
「う・・うう、うわぁ〜ん!!」
思いっきり飛びついた。ものすごく懐かしい温もり・・ナノハナの前では、碧うさはまだまだガキンチョなのだ。それを見ていたポニィやラタも言葉が出ない。
「ロットさん、キッカさんと並び称される腕の持ち主。変幻自在のムチ使いナノハナ・・お目にかかれるとは」
「ナノハナさん!一体・・・なぜここにいるです!?あの戦いで命を落としたって聞いてるですよ」
碧うさの背中をポンポンと叩きながら、ゆっくりと立ち上がった。そしてごそごそと取り出したのは、効力を失って黒コゲになったような奇妙な物体。
「あ!かりんとのピカイチ!!そっか、それで死ななかったですね」
「今まで生きてきて、僕もこんなものを手にしたことがなかったよ。でも、この碧うさちゃんは奇跡の子だ。たまたまお店で買って、たまたま僕にくれた・・・たった一つのかりんとう」
「ええ!あれってそんな貴重なもんだったんだ!!どうりで特賞なのに1個しかくれないと思った」
とても談笑ができる雰囲気ではないはずなのに、なぜかリラックスできてしまう。そう、魔法が効かないのなら魔法を使えない凄腕がいればいいだけのこと。しかも、青うさ村にとどまらない・・妖精界やクリスタルランドにも名が通るナノハナが目の前にいる。これほど心強いことはない。
「僕のようなものにこんな機会を与えてくれるとはね、散っていったみんなには悪いかな。でも、この危機感・・この戦場が僕をかりたてる。守るべきものがあるっていう満足感、これで最後かと思うと寂しいね」
そう呟くと、悪者のほうを振り向き睨み返す。そしてゆっくりとまた前進すると、得意のムチを取り出した。ロープのように長く、自分の体長をはるかにオーバーするくらいはある。多少の時間はあった、その間にも悪者は何かに呼びかけていたようでどこからともなくワラワラと小さい虫が出てき始める。 と言っても、もちろん妖精と同じくらいの大きさはあるのだが・・。
「数で僕を倒すつもりならやめたほうがいい。心構えが違うからね」
そう言い終わるまえに、すごいスピードで周辺を駆け回り小さい虫をたたき殺していく。それはまさに神業、攻撃を避けながら反撃し、さらに攻撃を繰り返す。長いロープはまるで網の目のように襲い掛かっていった。
ギャラリーはナノハナの活躍に明るさを取り戻した。ただ、意識を回復した一人の妖精を除いて。
「すごいです!・・・ん?イチコちゃん、どうしたですか?」
「だめ、ナノハナさん。それ以上は・・・だめ〜っ!!」
急に大声をあげたイチコにビックリする3人。あらかたやっつけたナノハナ、しかしひざをガクンとついた。今まですごい動きを見せていただけに不思議な感じもある。
「イチコちゃん、君には感謝してる。またこうして動けるようになったのも君のおかげだ。もともと持病を持っていた僕が偶然にも命を拾ってしまった。妖精でもないのに、面倒をみてくれたね」
たった1匹になってしまった悪者。しかし、一番厄介なのは変わりない。その雄雄しきツノを見上げたナノハナ、もちろん弱点は知っている。
「辛いよな、君も。でも、運命とはこうあるもの・・僕と一緒じゃ嫌かい?」
「ナノハナさぁん・・・」
「碧うさちゃん。僕はここで終わる、終わるけど君は前へ進むんだ。13人で作ってきた絆、残念ながら終了だ。しかし、君らの絆はそれ以上になる事を祈ってるよ。そしてポニィ、隊のメンバーをちょくちょく助けてくれてありがとう。で、非常に申しわけないのだが・・」
「もしもの事があったら頼むよ、ですよね」
「ああ、すまない。もう、時間がないか・・キッカとケンカするのも飽きたんだけどね」
うさぎ離れした跳躍力で悪者の上をとったナノハナ。渾身の力をこめ、自慢のキャロップでシンボルであるツノを切断した。その直後、動かなくなったナノハナだが・・なぜか悪者は生きている。
情報とは少し違うようだ。
「何だ!?倒すんじゃないのか!!」
「ええ、どうやら甲羅に宿っていた魔法無効の特性が消えるだけみたいですね」
「でも・・私たちの魔法力じゃ、あの大きさは無理ですよ〜」
そう言ってるうちにも、最後のあがきに出た悪者。ツノがなく、意識もどこかへ飛びながらの突進。逃げる余裕さえ与えてくれず、本当に覚悟した碧うさ・ラタ・イチコ。そして・・
「さて!わたしが行くですよ〜。1回しか出来ないですからね、よっく見ててください」
もう寸前まで迫っている悪者に、救急箱「九十九」を放り投げる。
「トニックbO0、消滅布!!ですね♪」
全ての薬品、薬草、それらがポニィの医療魔法によって化学反応を起こす。当然ながら、手持ちをすべて使い切る1回こっきりの大技。思ったほどの派手さはないが、きれいさっぱり悪者は消えた。
「ポニィちゃん・・救急箱がぁ」
「そんな哀しい顔をするなですよ、とにかくナノハナさんを」
力尽きたナノハナを抱え、ポニィはみんなの前に立つ。
「まさかこんなに早く九十九がなくなるなんて思わなかったですから・・。もうわたしはただの役立たず、みんなには悪いけど少しの間抜けるですね」
「おいおい、何てことを言い出すんだよ。その治療の腕があるだろう」
「そうですよ、私を治してくれたように・・また腕をふるってください」
ポニィはニコっと笑って、碧うさを見つめた。
「碧うさちゃんは知ってるですよね」
「うん・・・ポニちゃんの家系は、魔法力がものすごく弱いんだって。だから、医療魔法っていう特別な体質を持ってるらしいんだけど。それを引き出すには、魔法の霊木で作った媒介・・つまり九十九がないと・・」
「だ〜か〜ら〜、そんな陰気くさい顔をしないでほしいですよ。きっと見つけて戻ってくるですから」
そして今度はイチコに笑みをうかべる。
「突然で申し訳ないです・・イチコちゃんの力、碧うさちゃんに貸してあげてくれないですか。小屋に弓があったですね、錆びさせておくのは勿体ないですよ♪」
「私なんか・・とても・・」
「この畑じゃあ、元に戻せないです。もし戻しても、またいつ襲われるか」
「そう・・ですね。あまりウジウジしてるとペリドさんに怒られそうですし、お邪魔にならなければ」
ついでにラタにも。
「何だよ、ついでにみたいな顔しやがって」
「らっちゃん、頼むですね」
「ふん、言われるまでもねぇ」
照れ隠しにクスッと笑ったポニィ。
「碧うさちゃん、これ」
「これは、ポッポちゃん印のお薬」
「そうです、ちょっとした傷だったらこれでOKですよ。わたしでは追いつけなかった、最高のお医者さんからの贈り物。渡すの忘れてたですよ、にしし♪」
新しくイチコが仲間に加わるも、ポニィが抜けた。まだまだ戦力としては心もとない・・・もっと分かり合える妖精を探しに、碧うさ・ラタ・イチコは再出発する。
見送ったポニィは、ナノハナを青うさ村の13衆が眠るお墓に安置し霊木探しに向かう。旅は2つに別れるも、心はいつも空でつながっていた。タンポポ印の、笑顔いっぱいを胸にこめて。
ここまでけっこうな道のりを進んできた一行。疲れも見えはじめてはいるが、頑張れる理由がある。ミルモの里にだいぶ近づいてきたのだ。ルートは2通り、迂回して安全な道を通るか・・または怪しい森を突破するか。
できることならトラブルは避けたいところではある、それは全員同じ考え。ただ、ミルモの里に入ってしまえば強い妖精を仲間にできるかもしれない。マルモ国王に話を聞いてもらえるかもしれない。
そういった希望とも焦りともつかない精神状態がやはり森を抜けることになる。
「くそ!こんな時にポニィみたいな判断力のあるやつがいると助かるんだけどな」
「やっぱり迂回しましょうよ〜」
結局薄暗い森を慎重に進むことで意見はまとまった。ここは別名『入るな森』といい、あのフルメタルギャアが多く出没する事で有名。さらには、奥にあると言われる洞窟にはダアクが封印されていたなどという噂もある。
たとえ碧うさたちでなくても、避けたくなるのは当然だった。
「うわぁ・・ほんとに暗いよ、ココ。まだ昼間なのに・・こわいよー」
「なに、あまり大きな音を出さなければ大丈夫だろ。さっさと抜けて里を目指すぞ」
いつどこから何が襲ってくるか分からない。ラタを先頭に、碧うさ・イチコと続いて歩き続ける。深く生い茂った草や木々が進入を拒むかのよう、けっして足取りは軽くなかった。
5〜6分進んだだろうか、遠くで物音がしている。かすかではない、あきらかに何かの音。鳴き声というよりは、叫び声に近いような雄たけびが聞こえる。碧うさは耳をすました・・。
「にゃは!この声・・怪物じゃない、妖精だよ」
「え?こんなところに私たち以外の妖精がいるんですか?」
「戦ってる・・・急いで行ってみよーよ!」
「お、おい。まったく、慎重とはかけ離れたやつだな」
やはり声のぬしは妖精だった。ちょうど怪物に勝ったところだろう、獲得したおむすびを袋につめて立ち去ろうとしていた。そこへ自分以外いないと思ってた妖精がかけ寄ってくる。やや驚いた表情で杖をかまえる。
「おいおい、敵じゃねえって。そんなにおっかない顔しないでくれよ」
「こんなとこで何をしてるの?」
「いや、ただの通りすがりだ。しかしあんた強えな、一人でやったのか?」
「たかが3おむすびの怪物、わけもないよ。じゃ、用がないならあたし行くね〜」
そういうと携えたほうきにまたがり、魔女さながら飛び去ってしまった。と言ってもかなり深い森。青空など見えるはずもないが、よほど慣れているのだろう。その姿をじっと見つめる三人、考えたことは一緒だった。
その後は特に問題もなく、あっさりと森を抜けてしまった。あとは道なりに30分ほど歩けばミルモの里。国王が治める城下町なだけに、田舎っぺの妖精たちは来るだけでも嬉しくなってしまう。
慌しくなる前に一息つこうと、はずれの食堂に入り休憩をする。
「じゃあ、碧うさとイチコはここで待っててくれ。おたずね者の賞金もらってくるついでに入里の手続きしてくるから」
そう、強い怪物には賞金がかかっている。これまでにフルメタルギャアとビートルタートルの2匹を撃破。もらえればかなりのおむすびをもらえるはず。
しかし、残念ながらビートルタートルのほうはポニィによって消滅させられてしまった。倒したという確認がとれていなかったため、もらえたのはフルメタルギャアの30おむすびのみ。
それでも無いよりはマシ、ということでさっそく手続き所に向かった。
「3人入りたいんだけど」
「じゃあこの紙に入里希望者の手形とサインをしてきてくれるか。注意書きも読んでくれよ」
紙を持って食堂に戻ろうとしたラタ。しかし、紙には思いもつかないことが書いてあった。
「ちょ・・ちょっとヘイシさん!この・・ここに書いてある『青うさぎは入里お断り』って何だよ!?」
「知らないのか?この前起きた青うさ村の事件、事の発端は自らたちだっていう噂でな。今のところは確認に全力を注いではいるが、中心部のここへは入れることができない・・そういう通達がった」
「ばかな!そんな事があるわけないだろ!!妖精界は青うさ村なくして今までの平和もなかったはずだ。それがここに来て手のひらを返すってのはどういう事だよ」
「国王の指示だ、我々がどうこう言っても仕方あるまい」
「ぐっ・・・」
確かに青うさ村が襲われて以来、妖精界全体の雰囲気は青うさぎに冷たいものとなっていたのは感じられた。それはラタが住んでいた里でもあったこと。わかってはいたものの、碧うさ同様希望を持ってやってきたのだ。
「お前、青うさぎを知ってるのか?もうすぐ命令がくだるはずだ、あの作戦の」
「あの作戦?」
そういってヘイシが指差した先には一つのたて看板がある。じっくり読んでみると・・・
「なっ!う・・・うさぎ捕獲法案だ!?なんだ、これ・・」
「この妖精界に青うさぎをいさせないためのものさ。もちろんかくまったり同行してる者も同罪だ」
「そんなばかな・・」
信じられない現実に目を疑うラタであるが、碧うさを連れていることがバレれば同罪。ヘイシに気づかれないように、その場をあとにして食堂へと戻っていった。
何も知らない碧うさとイチコは、頼んだご飯をむしゃむしゃ食べていた。
「このニンジンチャーハン美味しいね♪」
「はい、とってもヘルシーなのが私たち女の子にはピッタリですね」
あらかた食べ終わったところで、ノンビリしていた碧うさ。すると、ある妖精が店内に入ってきた。
「マスター、ここ置いとくね!」
「ああ、いつも悪いね。気をつけてな」
「OK!!」
そしてまたほうきにまたがり飛び去ってしまった。そう、さっきの妖精だ。どうやら郵便の配達をやってるようで、アチコチをせわしく飛び回っているようだ。
「にゃはぁ、ねえマスター。あの子は?」
「ああ、ライムちゃんか。この辺じゃ有名な郵便やさんさ。とてもしっかりしてるし、ここらのアイドル的存在かな」
どうやらとっても人気者らしい。早くも碧うさには感じとれた、この旅にはかかせない存在なのだと。うわべだけではない、本当に純粋な心を持つ妖精。その者たちを見つけ出すのも、この旅の目的だった。
そして、ライムと入れ替わるように慌ててラタがやってきた。
「おい、一旦ここを出るぞ!理由はあとだ、早く!!」
わけも分からないまま店の外へと出された碧うさとイチコ。辺りを見回しながら、そそくさと森のほうへ戻る。
「らっちゃん、一体どうしたっていうのさ。そんなに血相変えちゃって」
「これを見れば分かる」
そう言って手渡された1枚の紙切れ・・・青うさぎ捕獲追放の注意書き、そしてその決行日時。まさに今この瞬間、青うさぎは犯罪者扱いとされてしまっている。
驚きを隠せないイチコ以上に、やはり当の本人である碧うさにはショックだった。まさか自分が妖精界にとって、単なる邪魔者にしか思われていない。いや、疫病神扱いされている事実。全てを受け入れるにはまだ幼すぎる。
「どこでこうなっちまったかは分からない、ただ俺は碧うさと共に歩む。それだけは誓わせてもらう」
「わ・・・わたしもそうです。ポニィさんへのご恩、まだ返せてませんから」
いつも泣き虫で弱虫で、わがままばっかり言ってる未熟な女の子うさぎ。今回のことも、心に相当な傷を負っていることに間違いは無い。でも、碧うさは明るかった。否、明るく振舞っていた。
「へ、平気さ!このくらいは覚悟してたもん。いいもん、それならそれで頑張るもん!」
ここに改めて小さい英雄を垣間見た、そんな気分にラタもイチコも決意を固める。ダアクを倒すなんて夢物語でしかないかもしれない、でもやってみなければ何も分からないし変わらない。
だが、青うさぎ包囲網は着実に広がってきている。事実、すぐそこまでヘイシ達が捜索に来ていたのだ。
「まずい!ここで捕まるわけにはいかないぞ、森へ入ろう!」
仕方ないとはいえ、またも入るなの森に足を踏み入れることになってしまった。相変わらず、日も高いのに中は薄暗いうえに肌寒い。いかにも何かが飛び出してきそうな雰囲気を十二分にもっている。
来たとき同様、慎重かつ迅速に・・できるだけの気配を消して元来た道を戻っていく。
「あの、私思うんですけど。同じところをグルグル回ってません?」
「なにぃ!あのお約束とも言うべき、森での迷い方を俺らはしてるってのか!?」
「らっちゃん、その驚き方がベタだよー」
「むか!何だと!そういうお前こそ、キョロキョロしてて都会は初めて的な臆病っぷりじゃねーか」
「何だとー!」
「何だよー!」
こうなったら場所など関係ない。碧うさがラタの帽子を引っ張れば、ラタは碧うさの横毛を引っ張る。あっけにとられるイチコ、しかしそんなに珍しいことでもない。
そんなバタバタを続けてるうちに、またもや森の奥から妖精が近づいてきた。
「何かと思って来てみれば・・またあなた達?」
「あ!ライムちゃんだぁ」
「???」
基本的に危ない場所とされる入るなの森であるが、慣れている妖精にとっては実は近道。ことライムに至っては、郵便というスピード勝負の仕事を任されているだけによく通るところなのだ。
「まったく、そんなに騒いでると面倒なことになっちゃうよ」
「ごめんごめん、気をつけるよ」
「・・・ところで一体こんなところを歩き回って何をやってるの?この辺じゃ見かけないよね」
ここで、碧うさは妖精界に来てからの出来事やダアクに対する想いをライムに説明した。直感的ではあるけど、ライムは仲間になってくれるはず・・・そんな確証も無い淡い期待もふくめた言葉で。
青うさぎの件はまだ耳に入っていなかった様子、しばらく考え込んだライムだったが・・。
「う〜ん、ダアクを倒す・・・かぁ。ちょっとあたしには無理かも」
「え!?でも、頑張ればきっと・・」
「ごめんね、何だか急すぎて。それにマルモ国王やミルモ王子が何とかしてくれるよ」
「そっかぁ」
郵便の仕事も放り出すわけにもいかない、ライムのいうことも当然なのだ。トントン拍子にいかないのも現実ではある、でも碧うさの頭にはライムが特別な存在に思えてならなかった。そう、ラタやイチコと出会ったときと一緒だったのだ。しかし時には思いが通じないこともある、開き直るのも大切だった。
「あの格好、かなりの魔法力を秘めてたな」
「はい、私たちみたいな生半可ではないと思います」
ライムを惜しみながらも、また歩を進め始めた三人。初めは迷っていたもの、常連が迷わないようにつけている目印を発見したためスムーズに出口に向かうことができた。
「あ!光りが見えてきたよ。にゃはは、出口だ♪」
「・・・静かに、何かいるな」
ラタの顔つきが急に険しくなり二人を静止させた。よく聞くと、周りからガサガサという物音がしているのが分かる。前か後ろか横か・・・いや、全方位にわたって聞こえてくる。何かに囲まれている!
さっと身構えるラタとイチコ。そこへ目を光らせた生き物がわんさか出てきた。
「ま・・・魔法スイスイッチョ!しかも何だ、この数は!」
「ああ、また魔法が使えません。武器で攻撃するしかないですよ〜」
「ちくしょー!こうなったら全力でやってやるぞ!!イチコ、俺が前に出るから後ろから頼む!」
「は、はい。でも期待しないでくださいね〜」
とても妖精二人に手の負える数ではないが、気持ちで負けることはない。碧うさのアシストを含めて何とか踏ん張ってはいる・・・しかし、それも時間の問題だった。
一方、一度は断りをいれたライム。しかし心の奥では何かが引っかかっていた。聞いた話が本当だとすれば、人間界にいる凛ちゃんに会いにいけるかもしれない。
ふたたび閉じてしまったほころび穴によって会えなくなった心のパートナー。流れに任せてばかりじゃダメだ、そう言い聞かせるようになったのは最近の話し。これも何かの運命なんだろうか・・。
そんな考え事がつい長引いてしまったのか、集中力を欠いてほうきの先端を木に引っ掛けてしまった。いつもはこんなこと有り得ないはずなのに。バランスを崩したライムは地面に落っこちてしまった。
「あつつ・・ドジっちゃったな。ほうきもこれじゃ飛べないし・・・仕方ないとはいえ地面はやっぱ怖いなぁ」
折れたほうきを持ってトコトコと歩き始める。こうなってしまうと、もう碧うさ達と何も変わらない。完全に怪物たちの有利になってしまうのだ。
とにかく細心の注意をはらいつつ少しずつ、少しずつ。
「あ!」
急に足に激痛をおぼえたライム。なんと運悪く、怪物よけのために設置してあったワナにかかってしまったのだ。別名トラバサミ、獣を捕まえるために地面に隠しておくキバ付きのトラップだ。
魔法で外そうとするも、あまりの激痛に楽器の代わりである杖すら出せない状況。さらには、たまたまここを通りすがった怪物がライムの姿を見て近づいてきたのだ。
「あ・・・あたし、こんなとこで・・」
かっこうの獲物を発見した怪物。テンションは一気に上がり、目の前のライムに向かって猛突進をしかけてくる。あまりの怖さに目をつぶってしまう・・・。しかし、ある妖精がそれを阻んだ。
「うわっちょー!その子に手を出すなですよー!!」
「???」
真横からいきなりドロップキックをお見舞いされ吹っ飛ぶ怪物。その隙にライムの足にはさまっているワナを外し、ケガの治療をほどこした。その手際は、ライムがよくいく病院ですら可愛く見えてしまうほど。
ただただボー然としていた。
「よし、こんなもんでいいですかね。危なかったですね、大丈夫です?」
「あなたは?」
「わたしはポニィていうですよ。通りすがりのもぐり医者です」
「あたしライム。ありがとう、助けてくれて」
「なんのなんの、これしか取りえないですから」
油断もあった、ただのキックで怪物には致命傷を与えることができない。手当てをしている間に、すぐ後ろまで迫ってきたのに気づかなかったのは二人とも魔法力が弱っていたからだろう。
怪物はポニィの後頭部を思い切り尻尾で打ちつけた。
「ああ!いったぁ・・・不意打ちですか。考えることは一緒、アッパレですよ」
医者は急所を心得ている。ポニィは攻撃された直後に致命箇所をズラしていたので大事には至っていない。それでもダメージがないわけはないので少しフラフラしている。
「大丈夫!?」
「にしし、こんな事ではめげないですよ」
「あたしも手伝うよ!」
「ダメです!」
杖を構えて魔法の準備をしようとしたライムを抑えるポニィ。
「ライムちゃん、いくら何でも二人じゃ切り抜けられないですよ。わたしが囮になるですから、あそこにかすかに見えるわき道を突破して逃げてほしいです」
「何言ってんの!?見捨てるなんてできっこないじゃない!」
「お気持ちは嬉しいです、でもライムちゃんは碧うさちゃんたちと一緒にいて欲しいですから」
「え?あのうさぎちゃん達と?」
そんな会話にまったく興味の無い怪物は、仲間をわんさか呼んで囲み始めていた。
「お願いするです、きっとライムちゃんも一緒にいて良かったって思えるはずです」
「そこまであのうさぎちゃんを・・」
ここぞとばかりに一斉に飛び掛ってきた!何とか避けつづけるポニィとライムだったが、次第に怪物はポニィを狙うようになっていた。そう、大好物の葉っぱを持っていたのである。
「さあ、今のうちに!わたしは平気ですから!!」
「・・・う、うん」
その言葉に後押しされるように、かすかにあいたわき道に向かって走ったライム。しかし慌てすぎたのか、地面にからまった草に足をとられて転んでしまった。
それを1匹の怪物が見逃さない。さっきよりも素早い動きで直進してくるさまは、まさに肉食動物のよう。再度危機にさらされるライム。それでもポニィの目は死んでいない。
「大事な仲間です、その子は。触れさせはしないですよ・・・意地でも!」
とっさに怪物の足をとって動きをとめる。
「ポニィちゃん、絶対に助けにくるからね!待っててね!!」
一目散に駆け出したライム、その先は碧うさたちのもとだった。さっき会った場所とはそう離れていない、急げばポニィを救えるかもしれない。ただ、その一心だった。
「はあ、はあ。さ・・さすがにココまでですよ。碧うさちゃん・・ごめんです。でも一緒に旅できたこと、すっごく思い出になったです。い!・・・はあ、はぁ。ばあちゃん、魔法が使えないってやっぱ不便ですよ・・にしし・・」
そして、ライムが向かっている碧うさ達も大苦戦をしいられていた。
「キリがねえ!俺のバズーカもそろそろ限界だ!ちきしょー、このボケ!」
「はあ・・はあ、疲れましたぁ」
「粘着草から作った特製ぽにぽに玉も残りわずかだよ〜」
体力に限界が近いことを見抜いたのか、魔法スイスイッチョは動きを止めた。そして一箇所に集まり始めている。スイッチョ族には一つの習性があり、相手が手ごわいとみると合体を始めるのだ。
「おいおい、マジかよ・・」
「合体スイスイッチョ、80おむすびなんですけど〜」
ここに最大のピンチを迎えた3人。そして、その3人に救援を頼みに急ぐライム。怪物の餌食になってしまうのかポニィ。一つの修羅場が、まさに起ころうとしていた。
合体スイスイッチョ・・そのケタ違いな大きさと、圧倒的な破壊力を合わせ持つ高レベルモンスター。さらには魔法を吸収して強くなっていく、ある意味最強の生物でもある。本来ならば素人妖精が向かって勝てる相手ではない。
そんな大ピンチを迎えてしまった碧うさたち、それぞれがそれぞれの限界が近づいていた。
「ここにきて合体されちゃあ、お手上げするしかないかもな」
「らっちゃん・・・ごめん、あたしが弱っちぃばっかりに」
碧うさも自分の能力のなさには気づいているし、誰かの手を借りないと何もできないことはよく分かっている。それでも落ち込んだりしないよう、必死に自分に言い聞かせてきた。
おでこにつけたリボンが背中を押してくれる・・夢は自分で叶えるものなんだ。そんな前向きな気持ちを持ち続けることこそが、英雄への恩返しでもあるから。
「な〜んてな。ちゃんと手は考えてあるぜ♪」
「本当なんですか!?それは一体なんでしょう!」
「それはだなぁ・・・逃げることだ!」
自信満々に言い切った言葉には、何の重みも感じられない。思わずズッコケる2人。
「なんだよー、期待をもたせといて!謝った意味ないじゃんかぁ」
「はは、こんなところでせっぱつまってたらダアクどころじゃないだろ?退くのも勇気さ」
「さらっと言ってますけど〜、じゃあ最初から逃げてれば良かったんじゃないでしょうか〜」
「う!それは・・その、財政事情なんかも含めてだな。倒せたらいいなぁ、なんて」
場は一転してシラけムードがただよった。それでも勝てないことは碧うさやイチコも分かっていたので、仕方なく逃げることにするが・・実は逃げることこそが戦闘では一番むずかしい。
しかも相手は超強力な悪者・・すでにこちらをターゲットにしていることくらい想像できる。どうやったらこの場を切り抜けられるのか、何とか流れを変えたいと思っていた矢先。
「みんなー!!たーいへーん!!」
そう、やってきたのはライム。ポニィの救援をお願いしにやってきたのだが・・・。
「向こうのほうでポニィちゃんて子が・・・おうわぁ!!」
この状況にはさすがのライムも驚いた。目の前には見上げるほど大きな怪物。こっちはこっちでものすごい事になっていたなんて少しも思っていなかっただけに絶句する。
その瞬間、合体スイスイッチョが溜めに溜めた魔法パワーを放出した。
「すまないライム!これを防いでくれー!!」
「え?え・・・あ、えー!?」
「か・・何なの?死ぬ・・・死ぬかと思ったじゃない!!」
「すげー!さすが大魔法使い、思ったとおりだぜ」
一瞬の出来事だったにも関わらず、強力な攻撃を防ぐバリアを張ったライム。やはり魔法力は王族にもひけをとらないくらいのレベルに達している。魔法発動時間の短さが、それを証明しているのだ。
「とにかくここを離脱するぞ!ライム、移送魔法は使えるのか?」
「短距離だったら・・・」
「OK!あとはあいつの目を少しの間そらせれば」
「それなら碧うさにオマカセだー!この分身ぽにぽに玉だったら1個あるもんね♪」
早速ライムは移送結界の準備に入り、碧うさはチョコマカと動いてスイスイッチョの気を引く。小柄な碧うさには、大きな攻撃を当てるのはほぼ不可能。そしてちょうど怪物が真後ろを向いたところで玉っころを放り投げる。
「イチコちゃん!これを射抜いてー!!」
「あ・・は、はい!」
イチコの得意技である二射で正確に射ち抜かれた玉は破裂し、そこからしゃぼん玉のような泡状の物体が大量に飛び出した。よく見ると碧うさの形をしたバルーンが四方八方に飛び散っている。
怪物の体にくっついたり、目の前を漂ったり・・何ともイライラしそうな攻撃方法。しかし、単純な怪物はこれを敵と思い必死に攻撃を繰り出している。まんまとニセ碧うさにだまされていた・・・。
「よーし、いいぞ碧うさ!戻ってこーい!!」
「にゃはは、おそれいったか♪」
戻ってきた頃には結界は完成、ライムの詠唱で4人はあっという間に消え去った。怪物はしばらくニセモノと格闘したのち、わけもわからず魔法スイスイッチョに戻っていった。
ライムが碧うさ達と合流したのと時を同じくした頃、もう一方のピンチにさらされていたポニィには確実に絶望感が襲っていた。薄れゆく意識のなかで、あらゆる思い出が頭をかけめぐる。
思い返せば青うさ村と接点が比較的多かった日々・・・13衆と関わりがあったためにいつも危険はつきまとってはいたが、ポニィ自身嫌いではなかった。人の役に立ちたい、その思いこそが胸を張って生きてこられた理由でもあったからだ。
「激動の日々もついに終着駅についてしまったですね・・・」
九十九もない上に自分を治療する体力もない・・残す手段は、1匹でも多くの怪物を道連れにすること。うっそうとした森にはたくさんの木々が生えているが、ポニィは古い巨木に目をつけた。
「あの木には申し訳ないですけど、側面から体当たりすれば倒せそうですね・・・」
怪物もそろそろシビレを切らせ、今にも襲いかからんとしてる。それを感じとったポニィは力の限りを出し切って背走する。それを見て一斉に飛び掛ってくる怪物・・・。
やはり傷が痛んだためうまく逃げることができず、途中で足がもつれ転んでしまった。しかし、それが幸いしたのか倒れたポニィを飛び越してしまうくらいの勢いで突っ込んできた怪物こそが巨木に体当たりをしていった。
これにより何匹かが気を失い、そして・・。
ビシ、ビシビシビシ、バリバリバリバリ・・・ドッスゥーン!!!
大きな音が森全体に響き渡る。大きな木は他の木をなぎ倒しながら一直線に倒れこんだ。もうダメだと覚悟を決めていたポニィだったが、この展開だけは予想だにしなかった。
しかし、残念ながら危機は脱していない。数こそ減りはしたものの、まだ残っている怪物はしつこく狙っていたからだ。さらには大きな音が逆に怪物の気性を荒くしてしまう結果となった。
半分目を閉じかけながらポニィの耳に届くのは波の音・・潮の香りがうっすらしてくる。森の奥には断崖があり、その向こうには海が広がっている。逃げる間にここまでたどり着いてしまっていた。
「そういえばゆっくり海にも行ってなかったですね。生まれ変わったら、海に・・」
「マリンでポン!!」
「???」
妖精の声・・・味方?体を起こして確認することもできないが、怪物が襲ってくる様子もない。あきらかに誰かが足止めをしてくれている。もしかしてライムちゃん・・。
いや、違う。潮の気持ちいい香り・・見知らぬ妖精が助けてくれてるんだ。
「あ・・・よく見たらこわい怪物さんですねぇ・・。数も多いし大丈夫かな」
海から大きな音を聞きつけて来てくれた妖精、その名もマリン。水を扱うことにかけては妖精界でも群を抜いており、ガイア族のアクアにも匹敵するといわれる個性派の妖精。
普段はおとなしい彼女も、さすがにこの様子を見て放っておけなかったのだ。
「でも、海の近く・・水の近くだったら負けませんよ。はやくどっかへ行っちゃいなさい」
優しい口調とは正反対、激しい水すぶきが怪物を次々と追っ払っていく。この水圧に耐えられるものはなく、しつこくポニィを狙っていた怪物も1匹残らず消え去ってしまった。
難を逃れたポニィ・・しかし重傷を負っていることには変わりはない。マリンは慌てて海辺にある自分の家に運びこむと、できる限りの治療をほどこした。
「だいじょうぶかなぁ。見た感じ骨には異常なさそうだけど・・」
自分のベッドに寝かせたのはいけど、本格的な治療をしなければいけない。落ち着いたら森向こうにある大きな病院に連れて行こうと思っていたマリン、そこへ外からおかしな気配がするのを感じ取った。
不思議な感じで様子を見にいくと・・何もないはずの浜辺に大きな光りの輪が。
「なな・・・なんでしょうかぁ。ど、どうしよう」
おろおろするマリンの目の前で起きていた光景は、あの妖精たちの仕業だった。
「おお!移送魔法なんて始めて体験したけどやっぱすごいな!」
「にゃはは♪ライムちゃん、すごーい!」
そう、スイスイッチョから逃げ出した4人組。場所的にはそう離れていないが、気配を消すには十分な距離。しかも運よく浜辺に来れたので完全に逃げ切ることができた。
しかし、ライムには忘れてはならないことがある。
「さあ!みんな一休みしてられない。ポニィちゃんが大変なんだから!!」
「ポニィが?なんでこんなとこにいるんだよ」
「分からないけど、あたしを助けるために身代わりになってくれたの!早く助けに行かなきゃ!」
「ポニちゃんが・・・まだ魔法が使えないはずなのに・・」
そこへマリンがやってきた。
「あ、あの。私マリンっていいます。海の近くに住んでるんですけど・・どなたでしょうか」
「ごめんごめん、お騒がせしちゃった。あたし碧うさだよ。で、らっちゃんとイチコちゃんとライムちゃん」
「はあ・・・」
「ちょっと森でいざこざがあってな。で、悪いんだけど時間が無いんだ。また改めてあいさつに来るよ」
「大きな音がしたのはあっちのほうみたいですよ〜」
イチコが指さすほうへ向かおうとするのをとめるマリン。
「大きな音って・・木が倒れる音ですかぁ?」
「ああ、たぶんポニィの身に何かあったのかもしれないんだ。一刻も早く・・・」
「さきほど妖精さんを助けたんですけど、もしかしたらその方かもぉ」
「え!?」
碧うさが急いで確認にいくと、まぎれもない傷だらけのポニィ本人だった。リュックからゴソゴソと取り出したのは、別れ際に手渡してもらったポッポちゃん印の傷薬。それを丹念に塗りながらグシグシ泣いていた。
「ポニィはいたのか!・・・うわ、こりゃひでえ」
「早くポニちゃんの家の病院に連れていかないと」
「けっこう距離があるからな。でも見つかったのはラッキーだった。マリン、ありがとな」
「いえ・・この方を見てたら、私も何かしなきゃって思ったものですからぁ・・」
安堵の表情を浮かべていた3人だが、外で待っていたイチコとライムが大声を出していた。ビックリして2人のもとに来た碧うさとラタが見たものはとてつもなかった・・・。
「ちょ・・ちょっと待ってくれよ。一難去ってまた一難、こんな厳しい現実があるってのか?」
目の前に現れたのは超巨大なビル・・・浜辺には似つかわしくない近代的な建物がなぜここに?いや、ただの建物ではない。これは怪物、しかも合体スイスイッチョと並ぶ80おむすびをかけられたビルカリンだった。
居場所はまったくの不明とされていたが、海の底で眠りについていたこの怪物を移送魔法の微妙な魔力によって起こしてしまったと思われる。
「もとはその辺にいるヤドカリンだったんだろ?ダアクのやつ、いい加減許せねえな」
このビルカリン、長い間ついていた眠りから覚めたばっかりだったためか機嫌のほうはよくなかった。背中につけた高層のビルにはいくつもの窓があるが、そこから無数のビームを発射してきた。
そしてこのビームの雨に、油断したイチコが当たってしまったのだ。
「イチコ!しっかりしろ!」
「イチコちゃ〜ん!!」
当たり所が悪かったためか、気を失ったまま動かなくなってしまった。ポニィも早く病院に連れいかなければいけないのに・・。いきなり迎えた連戦にそれぞれがダアクに対することの厳しさを痛感していた。
「ライム!移送魔法はまだ使えるか!?」
「できるけど・・・あと2人運ぶのが精一杯かな」
「上等だ、ポニィとイチコを病院まで運んできてくれ!それまでは俺たちがここを引き受ける!!」
「分かった、魔法力も少ないから戻ってくるまで時間かかるけど・・絶対にやられちゃダメだからね」
マリンの手も借りて二人を隅のほうへ移動させたのち、結界を張ってライムは消えた。その様子を確認したラタと碧うさ、マリンも加わってビルカリンに挑む。
「どう考えても近距離戦はアウトだな。二人ともすまん、バズーカの再装填が終わるまで時間稼ぎをしてくれ」
「そんなのお安いごようさー。碧うさにできんことはないのだからね、むふ♪」
「緊張感のないやつだな、まったく」
「可愛いうさぎさんですね、それにとっても珍しい青うさぎ・・」
「気づいてたのか?」
「あ・・はい、小さい頃に聞いたことがあって。お腹にハートの模様があるうさぎが村を救うって・・・」
脱兎のごとくビルカリンの周りをウロチョロする碧うさ。大量のビームを発射するもなかなか当てることができない怪物の目を完全にひきつけていた。だが、いささか調子にのったのか・・走り回りすぎて落とし穴にはまってしまった。
あわれ碧うさは、お尻だけ残してもがいてる格好になった。
「あのバカ・・」
「私が行ってきます!」
今度はマリンが駆けつける。すぐ横には海が広がり、マリンにとってはここはホームグラウンドでもある。いくら強力な相手とはいえ、一歩もひけをとるわけにはいかない。
まずは遠くはなれた碧うさを泡の中に閉じ込める。そして短い詠唱が終わったかと思うと、大海原からものすごい地響きが聞こえる。津波だ!!
「大きな相手には相性がいいはず・・ですけど」
天にも届くかという勢いの津波に飲まれた怪物・・。しかしビクともしていない。
「そ、そんなぁ」
逆に相性が悪かった。もともとは海底にいた怪物だっただけに、海流の勢いや水圧にめっぽう強かったのだ。こうなると、マリンも通常の魔法に頼るしかなくなる。泡で守られた碧うさを救うことさえできない。
「こっちももうちょっとで終わる!それまで何とかなんねえかな、あいつ」
「まったくの反対方向ですから・・こっちからじゃビルカリンに隠れて何も見えないですよぉ」
碧うさは碧うさで必死だった。泡に包まれてるとはいえ、所詮は水に耐性ができただけにすぎない。ビームを受けたらかえって大ダメージ。しかも毛がフサフサ・・黒コゲ危機一髪。
「いやだぁ〜!!それだけはなりたくな〜い!!」
ピョーンと脅威の跳躍力を見せ、崖の上に飛び乗った。それでも相手は高層ビルを背負っている・・いくら崖の上でも、目の前にはやはり窓が。
ピカッと光った瞬間、辺りは真っ白に輝いた。恐ろしいまでの攻撃力、森のおよそ半分の木がなくなっていた。それでも地べたに這いつくばっていた碧うさだが、爆風により軽い体は吹き飛ばされた。
「やっぱり人数が少なすぎるのか」
歯噛みをするラタだったが、ここでも思いがけない助っ人がピンチを救う。飛んできた碧うさを見事にキャッチし、崖から浜辺を見下ろす一人の妖精。
「あ!リンナちゃんです」
「友達なのか?」
「はい、毎年夏になると遊びに来てくれるんです。私、あんまり友達いないけど・・数少ない友人なんですよ」
偶然森を歩いていたリンナも、激しい音を聞きつけてやってきていたのだ。
「ふぇ?マリンちゃーん、どうしたのん?すごい事になってるけどー」
「あはは・・見てのとおりなのぉ」
「ピンチってわけねん。じゃあ、あたしも加勢しちゃうよん♪」
手に持った輪っか付きの鈴、パピィと違って鈴は一つしかついてないが特殊な力を持っていた。振りかざしながら怪物に向けてアタック!すると、コンクリートでできたビルにはいくつかのヒビが入った。
「すごいや!」
小脇に抱えられた碧うさもビックリの一撃。どんな攻撃にも耐えられる丈夫さをもつビルではあるが、それをものともしないリンナの特殊技に一同も喜んだ。
では、どうしてヒビが入ったのか・・・リンナの持つ鈴には目には見えない「音波」を出す効果がある。音波は微妙な振動をうみ、しっかりとした物であればあるほどその構造を破壊することができる。つまりビルカリンにとっては、リンナは恐ろしい天敵だったともいえるのだ。
「よっしゃー!装填完了〜!!」
「たっだいまー♪」
そこへラタのバズーカが使用可能に、さらにはライムも戻ってきた。戦力はじゅうぶんに整った。ライム・マリン・リンナが魔法攻撃、ラタはバズーカで、碧うさは気配を消しながら近づきつつ怪物の視界を遮った。
これにはさすがの大物もたまらず、海に逃げ込んでしまった。
「倒せないのかよ!80おむすびってのは簡単じゃねーなぁ」
入るなの森から続いた戦いがようやくひと段落し、それぞれが息をつけるようになった。ここでライムにとっては初対面となるリンナも含めて、それぞれが自己紹介をした。
「ねえねえライムちゃん、ポニちゃんとイチコちゃん・・・どうだった?」
「うーん、イチコちゃんは特に問題ないみたい。しばらく安静にしてれば大丈夫みたいだけど・・ポニィちゃんのほうは分からない。おばあさんが看てくれてるから平気だろうとは言われてきたけどね」
「そのお二方も仲間だったんですかぁ?」
「ああ、この前青うさ村で起きた事件の発端であるダアクを倒すために力を合わせる約束をしたんだ」
それを聞いたリンナも、一つの決心を固めた。
「ねえマリンちゃん!あたし達も一緒にいって手伝いをしてみない?」
「え・・・そんな・・私たちが行って足でも引っ張ったらそれこそ・・」
「いや、人数が多いにこしたことないし。それに二人はすごい能力を持ってるしな。でも、いいのか?」
「もちろん!だってあたしは元々これを見て抗議に行こうとしてたんだもん」
リンナは1枚の張り紙を取り出した・・それはラタも直接目にした「青うさぎ捕獲」についてのものだった。妖精界では、マルモ国王以下この条例に従うものもいれば反対するものもいる。完全に二分されている状態だった。
そこへ偶然青うさぎが飛んでくるのを見つけて、手助けをしたというわけらしい。
「根本はそのダアクっていう悪玉ってわけねん。ケガでいない二人のためにも頑張るよん!」
「ありがとう、二人とも・・。それと、ライムは・・・」
「あたし?もちろん行くに決まってるじゃない♪ポニィちゃんに助けられといてハイサヨナラってわけにもね」
「良かった。大魔法使いが味方になったんだ、言う事ないな!・・ん?何やってんだ碧うさは」
みんなが話してる最中、モゾモゾと何かやってた碧うさがテーブルにフカフカのものを置いた。
「なんだコレ?」
「じゃじゃーん!これこそがみんなの絆の証、碧うさ綿毛だよ。これを持ってればいつでもみんな一緒♪」
「はあ?ただの冬毛じゃないかよ・・。こんなのフーしてくれる、フー!」
「ああー!!やったなー!」
「やったさ!こんな物いくらでもあるだろ、これからもっと寒くなるんだから。ホラ、ホラ」
「イテ、イテテー。無理に抜くと痛いんだよー」
あえなく碧うさ綿毛は風にのってどこかへ飛んでしまった。それでも、それぞれが持つ意思、パートナーに思う心、一緒に旅をする仲間への絆は簡単には壊れない。そう誰もが思ったひと時だった。
「綿毛・・・欲しかったなん」
残念ながら完全に離脱してしまったポニィとイチコの復帰を願いながら、碧うさ・ラタ・ライム・マリン・リンナの新パーティが新たな冒険へと繰り出すことになった。
相談の結果、再度ミルモの里に直談判をしにいくこととなった一行。ヘタをすれば、ミルモたち中心部の妖精との交戦もありえる。事は慎重さが求められるだけに、いつにもます緊迫感が5人を襲っていた。
どうやら捕獲のために散っていたヘイシ達もお城に戻っているようだった。相変わらず里へ入るためには通行証が必要なようで、入り口はしっかりと門番に見張られていた。
基本的に青うさぎを捕まえ始める以前、ワルモ団もたびたび侵入してはイタズラをしている。警備が薄いことはありえない、それがマルモ国王なのだろう。
「正攻法はまず無理だな・・・」
「じゃあどうするのん?」
ラタの考えを察するかのように、ライムがほうきを持って一歩前へ出る。
「忍び込むのよ、しかも派手に・・・ね♪」
ここでいう忍び込むというのは、いわば侵入。もちろん許されることではない上に、ヘタをすれば罪で捕まってしまう。しかし、里で一番偉い妖精に会う方法はこれしかなかった。青うさぎを捕まえようとしている妖精の元へ、碧うさを連れて行く・・・方法なんてものは最初から無かったのかもしれない。
幸い、時間的にはちょうどお昼頃。魔法力の強いエンマ先生や、マンボたちのような生徒妖精は学校へ行っている。お城付近は警備のためにいるヘイシばかり。それでも訓練された妖精ばかりなので、真正面から行ったところでかなうはずもない。だからこその大バクチなのだ。
「じゃあライム、移送魔法を頼む。できるだけ城の近くで、なおかつ近すぎない場所な」
「いい加減な・・・でもやってみる」
さすが魔法力の高いライムの移送結界。5人を連れてかなりいい場所に移動してきた。意外にもひと気が少ないのは、時間がいいせいだろう。お城の手前100メートルくらいのところで身を隠した5人。いざ突入の瞬間を、今か今かと待っていた。
すると、あちこちにいたヘイシ達が一斉に一箇所へ移動していく。どうやらまたワルモ団らしい・・。しかし、碧うさ達にとってはこのうえない絶好のチャンスとなる。
「みんな、いいか?」
「だだ、だいじょうぶ・・・たぶん」
「マリンちゃんしっかり、みんなで行けば怖くないよん」
「・・・よし、いくぞ!!」
そして一気にラタが飛び出すと、あとの4人も続いた!ワルモ団を追っていったヘイシと、あまりにも急でビックリしたヘイシたちをよそに颯爽と駆け抜ける。
一気に入り口まで着いてしまうかのような勢いだった・・・が、さすがにヘイシの数は半端ではない。残念ながら残り50メートル付近で囲まれてしまった。このままでは一網打尽、作戦も目的も全てが無駄になってしまう。
「みんな、ここはあたしに任せて先に行って。これくらいなら残りの魔法力を計算しても抑えられる」
「え!?ダメだよライムちゃん、一緒に行こうよ!」
「ここで全員捕まったら、こんな事した意味ないから・・・」
「ライムの言うとおりだな、ここはそれしかない」
「らっちゃんまで!せっかく友達になったのに、離れ離れはやだよう〜」
「すぐに会えるって。だから碧うさちゃんは国王に想いを伝えてきて、それが目的なんだから」
さっきまで行動を共にしようと誓った仲間どうし、碧うさでなくても身が引き裂かれる思いに違いない。でも、何としても青うさぎへの誤解を解いてもらうよう説得しなければならない。そのためには、碧うさを国王に会わせる必要がどうしてもある。ライムにも恐怖心はある、しかしそれに勝る期待感と信頼感もある。
「ライムちゃん!絶対絶対また会おうね!!約束だからね!!!」
「うん、指きりげんまん♪」
そしてライムから淡い光りがこぼれ、入り口付近まで続く結界を張った。もちろん、その外にいるヘイシ達は入ってこられない。その道を、碧うさは何度も何度も振り返りながら走っていった。その度にライムは微笑んでいた。
ライムのおかげで無傷で門までやってきた4人。しかし、その周辺にもヘイシはたくさんいる。モタモタしている暇などないのだけど、しっかりと閉じた門は簡単に開いてくれない。
「わわ・・どうしよう〜。門なんて考えてなかったよー!」
「俺がバズーカで門を壊すしかないな・・・」
そう言ってる間にもヘイシはまた取り囲もうとしている。爆風に巻き込まれないように避難をしてから・・・なんていう時間は1秒もない。しかしここでも一人の妖精が思い切った。
「わ、私が食い止めます!近くに噴水がいくつもありますから、全て集めればかなりの水量になるはず・・」
「そんな!マリンちゃんまで・・・」
「もともと人見知りの私がこの中に入れたなんて信じられなくて、これも碧うさちゃんのおかげ。だから・・」
「うう〜・・」
マリンは勢いよく噴きだしている水を指差すと、それを華麗に操って3人に泡のバリアを張った。さらに無数の噴水の水を両手いっぱいにかかげると、思いっきり門に叩きつけた。
いわゆる水圧、この力はものすごいものになる。厚い鉄板でできた門も、まるで柔らかいものを手でねじ曲げたかのようになってしまった。そして残った水でヘイシたちを拒む。
「マリンちゃん!!」
「急いで、碧うさちゃん。もう水がなくなりそう・・・」
「どっか行っちゃヤダよ!また絶対に会おうね!!」
「約束する♪」
この場を任せた3人は、急いで城内へと駆け込んでいく。水を使い果たし、魔力を使い果たしたマリンもまた・・何の後悔もなく見送っていた。
内部にはこれと言ってひと気はない、ほぼ全員が出払っているんだろうか。そんな淡い期待を持ちつつも、慎重に入り口の大広間から物陰に身を隠した。
「さて、ここからだな。国王の部屋は、だいたいが中央最上階が定番だろ」
「詳しい場所が分からない以上、とにかく上へ行くしかないって事ねん」
「ライムちゃんやマリンちゃんの気持ちに応えなきゃ!!」
どこでこうなってしまったのか、碧うさ本人が一番困惑している。ロットやキャロ達、シャクナゲ・スミレ・ナノハナと想いをリレーで受け渡されてきた。そしてポニィと出会い、ラタと出会い・・・イチコ、ライム、マリン、リンナ。いつの間にか集まってくれた仲間達、そのおかげでようやくマルモ国王と話ができるかもしれない。青うさぎへの誤解、そして打倒ダアクへの想いを伝えるために・・ただただ、ひたすら階段を登っていった。
やはりヘイシ達は現れない、これをチャンスだと一気にかけあがる。
「このまま行ければいいねん♪」
「油断はするなよ、リンナ。ヘイシでなくても、色んな妖精が城内にいるんだからな」
「分かってるって〜。それくらいは気にしてるよん」
そんなちょっとした余裕を見せたリンナだったが・・・。
「碧うさちゃん!らっちゃん!ごめん!!」
いきなり大声をあげたかと思うと、リンナは二人を上へ突き飛ばした。
「うわ!何するんだよ!!」
「わわ、どったの?リンナちゃん」
リンナは自らの鈴を階段に向け、自分の足場近辺から下を崩し始めた。それを見ている碧うさとラタ、二人には何が起こってるのかサッパリ分かっていない。
しかし、リンナにはずっと分かっていた。あの妖精がずっと追いかけてきてた事を・・。
「ご指導!!」
「わ!でも、碧うさちゃんたちをここで足止めするわけにはいかないもんねん!」
王国家庭教師ティーチャ。王族に負けない魔法力を身につけるため日々訓練をしている妖精のプロ。そんな妖精にかかってしまったら、あの3人では相手にならない。
リンナは自分の身を投げ打って、2人を行かせることを決意していた。
「お離しなさい、これ以上はわたくしも手加減できませんよ?」
「離さない!だってだって、やっぱり国王より碧うさちゃんのほうが正しいもん!!」
「リンナちゃ〜ん!」
「行って、碧うさちゃん。あたしは大丈夫だから・・・ねん♪」
「うわぁ・・何でこうなっちゃうの!?」
こう言ってる間にも、ティーチャをしっかりと掴んで離さないリンナ。そのまま下の階へと落下していく・・。
「リンナちゃんー!信じてるからね、また会えるって信じてるからねー!!」
もう豆粒ほどしか見えなくなったリンナに思いっきり叫んだ。これまでにも思いっきり泣いて、叫んで、それでも枯れることのない涙。そのボヤけた先に見えたリンナの姿は、みんなと変わらず笑っているように見えた。
(碧うさちゃん、きっとまた会おうねん♪)
ラタも悔しい、でもここまできて後には退けない。絶対にマルモ国王のところに連れて行く、そう決めている。王国に逆らうなんてこれっぽっちも考えてなかった、それでも分かってほしいのは一緒。
話し合いで解決できるものなら・・そう望んできたけど、手には自然とバズーカを用意してしまっていた。
「あそこだ!」
ラタが指さした先にはひときわ大きい扉、いかにも偉い人が居そうな部屋だった。その前に立っていたヘイシは二人、しかし正面奥からものすごい数のヘイシが応援でやってきていた。
あともう少しというところで囲まれてしまった・・。
「クソ!なんてこった、もう目と鼻の先だってのに」
「らっちゃん・・・」
「そんな暗い顔すんなよ、大丈夫。俺がちゃんと会わせてやる」
前と後ろ、一斉に飛び掛ってきたヘイシ達の位置をしっかりと見定めながら・・ラタは横壁に向けてバズーカを発射した。多くのヘイシと共にその反動で大きく飛ばされながら、視線の先は碧うさにしっかりと向けられる。
満足げでありながら、それでも碧うさを心配する・・でも不安はない。根拠もないが。
「はやくその穴から部屋に飛び込め!そして、想いを伝えろー!碧うさぁああ!!」
「らっちゃんも、らっちゃんも絶対にまた・・・一緒に旅しようねー!!」
「ああ・・・」
早くも新たな追っ手が碧うさに迫る、それを持ち前のすばしっこさで交わしながら穴へ一気に飛び込んだ。本当にこれで良かったのかなんて考えるヒマもない。ここまできて、みんなの想いを無駄にはできない!
「マルモ国王さまぁあああ!!!」
しかし、ありったけの叫びは届いていなかった。その先に国王の姿はなく、ただの広い大部屋だったのだ。とっくに侵入者の報告を受けていた国王もそんなに簡単に許すはずもない。
罠だったその部屋からは潜んでいた多くのヘイシたちが碧うさめがけて捕まえにくる。ある者はアミ、ある者は魔法、あらゆる方法で捕獲にのぞむ。それが向こう側の使命だから。
「こいつめ!捕まえたぞ、やっと捕まえたー!」
ヘイシの一人がアミを振りかざして叫んだ。あわれ・・閉じ込められると力を失う魔法網、このアイテムからは逃れられない。即効性があるので、もうピクリとも動いていない。
「ついに捕まえたか!アッパレじゃ、よくやったわい。まったく人・・いや妖精騒がせな青うさぎじゃ」
してやったりと、奥からマルモが出てきた。いかにも誇らしげに捕まえた網を手に取り、中に入っているのを確認するとヘイシの一人に渡した。
「こやつを牢に閉じ込めておけ!」
「はっ!」
そして収まりを取り戻そうとした瞬間、天井から碧うさが落ちてきた。
「なんじゃ!!一体どこから!?」
「マルモ国王様!聞いてください!!碧うさは・・青うさぎは何も・・・・うわ!」
いきなり現れた碧うさを一斉に取り押さえたヘイシたち。しゃべる間もなく、さっきと同じ網に体半分を押し込まれた。それでもなお、必死に想いを告げようと身を乗り出す。
しかし魔法網の力は強力で、徐々に声も出なくなってきた・・。碧うさは目に涙をいっぱいためながら、天に向かって思いっきり声を張り上げた。そして、
「青うさぎは・・・何も・・して・・・な・・・ダア・・・緒に・・・さ・・いいいいいいいい!!!!!」
そのまま気を失ってしまった。
「早く連れていけ!やはり油断ならん、青うさぎは」
「あなた・・・本当にこれでいいんですか?」
「いいんじゃ、これで」
・
・
・
・
・
・
寒い・・・ここは、どこだ?何であたしはこんなとこにいるんだ?冷たい床、殺風景な壁、薄暗く湿った空気。今まで体験したことのない感覚。
「ん・・・寒い。ここは、牢屋?捕まっちゃったんだ・・・」
マルモ国王に会った気もする、しかしハッキリとした記憶がない。どこか頭の中で引っかかることがある・・・しかし、ヘイシに乱暴な入れ方をされたせいで体中がアザだらけで痛む。
それでも、グルグルと狭い牢屋を探りながら脱出を試みる。季節も冬が近づいてきて、夜にもなればだいぶ冷える。基本的には冬毛に生え変わる青うさぎだが、一部をみんなにあげようとむしったおかげで・・。
「みんな!!」
ここまで自分のために体を張って守ってくれたみんなはどうしてるだろう!ここから一気に記憶が戻ってきた碧うさ、体の痛みどころではなくなっていた。もう頭にはみんなの事しかない、うさぎの柔らかい肉球でいつまでもいつまでも壁をひっかき続ける。
やれどもやれども、ただ手からは血が出てくるばかり。それでもやめようともしない碧うさは、痛みなのか悔しさなのか分からない苦い表情でみんなを思っていた。
「あたしはバカだ・・・もっと違う方法があったかもしれないのに。やっぱダメだよ、ロット・・」
夜も更けてきて、見張りの眠気もピークに達してきた。そこへ一人の妖精がコッソリと碧うさの元へと近づいてくる。その頃には碧うさは疲れて眠ってしまっていた。
「碧うさちゃん、碧うさちゃん起きて・・」
「わにゃ?」
「あーあー、可愛い手がこんなになっちゃって。可哀想なの」
そうして見慣れない妖精は碧うさの手を取って簡単に治療をほどこした。
「あの・・どなたですか?どうやってこんなとこへ」
「あたしナナって言うのっ。碧うさちゃんの味方だよ」
「え?」
「ずっとね、見てたんだ。お城に入ってから・・でもあたしが加わったところでどうにもならなかったの」
「それじゃあ!らっちゃんとかは!?無事なの?」
「無事だよ、同じように捕まってるけど・・。でも碧うさちゃんが先、明日になったら色々ひどい目に合わされるから」
手に巻かれた包帯が痛々しくもある、しかし碧うさは落ち着いていられない。
「早く助けにいかなきゃ!」
「待って、落ち着くの。ここはあたしに任せてほしいの」
そして取り出したアイテム、ある程度のものなら変身させてしまう魔法のコスメセットだ。これを使い、碧うさと自分にメイクをしたあと魔法をかける。
「わ、すごい!どこからどう見てもヘイシさんだ!」
「碧うさちゃんもなの♪これで気づかれずにココを抜け出せるの」
一度捕まりかけたさいに使用した身代わりバルーンを置いて、2人は静かに牢を閉めた。地下牢の入り口にはしっかりと見張りがいたが、どうやら半分眠っている。これなら一気に・・・
「おい!」
(ビクっ!!!!)
「まだ見回りをしてるのか、もうその辺にしておけよ。明日も青うさぎ捕獲で体力を使うんだ、休んでおけよ」
「わ・・・分かった・・なのっ」
「???」
こうして、ナナの協力のおかげで脱獄に成功した碧うさ。今度はみんなを助けにいかなければいけない、一人一人に交わした約束を果たすために。大事な仲間を取り戻すために・・・。
途中、入れ替わり立ち代りですれ違うヘイシの数の多さに不安を隠しきれない二人。そう、あれだけの仲間がいた先刻とは違い・・・今では救ってくれたナナしか頼れるものはいない。自分が受ける苦痛には耐えられる碧うさも、仲間が犠牲になってしまった事への罪の意識はそうとう高い。
「もうここまで来れば平気なの」
ナナは辺りを慎重に見回しながら変装をといた。月明かりだけが頼りの薄暗い木陰の中で、また血がにじみ出してきた碧うさの手を治療する。
「こんな無茶しちゃダメなの、まったく」
「ごめん・・自分でもよくわかんなくなっちゃって」
そろそろ脱獄したことがバレる頃、そう感じたナナも何とか次の作戦をと考える。どうにかして仲間を全員救いださなければ、しかも一刻も早く。それにはあまりにも人数が少ない。みんな一緒の場所ならばいいものの、ご丁寧にバラバラに閉じ込めてくれてものだから厄介なのだ。
しばらく考えこんだ後、ナナが最終手段てきな一手を打ち出した。
「碧うさちゃん、青うさ村に行けないかな」
「え、村に?」
「そうなの。もしかしたら、協力してくれる方がいるかもしれないの」
「でも・・・まだあれから一ヶ月くらいしか経ってないし。どんなになってるか分からないし」
「そんなの行ってみなきゃ分からないの♪」
そううながされるまま、碧うさ自身あれからどうなってるか・・とても気になってる部分もあった。一刻も早くらっちゃん達を救い出したいっていう気持ちは強いけど、一呼吸置くことも大事なのことはわかっていた。
そう、今無理して王国を刺激すれば妖精と青うさぎの仲がさらに悪化してしまう。さらには捕まっている仲間ですら、無事でいられる保証もなくなる。涙をのんで、一旦青うさ村に戻ってみることした。
「うーん、戻るっていっても・・結局はほころび穴がなきゃどうしようもないんだよねー」
「根気よく探してみるの」
夜も明け始め、次第に日が昇る頃。早くしなければまたヘイシたちが配備についてしまう。そうなれば探索どころではなくなり、また1日無駄にしまう。そんな焦りが碧うさの嗅覚を研ぎ澄ました。
「!!!・・・ナナちゃん、こっち」
「どうしたの?」
「これ、ナノハナさんの匂いだ。すごい強く残ってる」
道のないような茂みを分け入って、誰も踏み入れないような川辺にたどりついた。さっき一瞬だけ強く感じたナノハナの匂い・・・あらためて探ってみる。すると、奥のくぼみに布がかけられていた。
「これ、ナノハナさんのマント!」
「すごい嗅覚なの」
感慨深いそのマントを手に取ってみる。今まで妖精と一緒に旅してきて、慣れない環境のなか必死で頑張ってきた。こっちに来てからもスミレやナノハナといった強い思い出を持つうさぎの最期を見届けてきた。
とってもいい妖精と巡り会えたことに感謝しつつ、やっぱり碧うさはうさぎだった。
「へ・・・碧うさちゃん!これ、これ!!」
「ん?ありり!これってほころび穴じゃん!」
「でもどこへつながってるか分からないの。変なとこに出ちゃったら大変なの」
すると持っていたマントから1枚の紙切れがパラッと落ちてきた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−-
最愛なる碧うさちゃんへ
このマント手にしてるという事は、もう僕はいないかもしれないね。それでも、ぼくたち13衆や君の絆は決して失われることはない。このほころび穴は青うさ村につながるもの。もし本当に困ったことがあるなら、一度戻ってみるといいよ。きっと手を貸してくれる仲間がいるはずだ。
決して諦めちゃダメだ、君は。ロット以上にみんなから好かれる君の笑顔を絶やさないでね。これが、僕から君に教える最後の授業になる。いつまでも見守っているから。
ナノハナ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
密かに青うさ村へ戻るためのほころび穴を見つけて残しておいてくれたナノハナの気持ちを胸いっぱいに受け止めて、ナナと共に飛び込もうとした・・・その瞬間、なんと突然一人の妖精が近づいてきた。
「おい、おめーら何やってんだ?」
「あ・・ああ・・・ミ、ミルモ王子!?なの!!」
もはや妖精界に知らぬ者はいない、正真正銘の第一王子ミルモである。碧うさにとってはマルモ同様、初めての対面。ナナの一言でつい硬直してしまった。
「その後ろにいるの、いま親父たちが必死こいて捕まえてるうさぎじゃねーか?」
「いや、これは・・その・・・なの」
もうハッキリと現場を見られているだけに、ごまかしとかそういう問題ではない。さらには相手はミルモ、ナナの魔法力が通用するはずもないのはハッキリしている。ミルモは少しけげんそうな顔で睨んでいた。
「おい」
「は、はい!なの?」
「早く行かねーのか?」
「え!?」
その言葉にはあっけにとられた。
「早くしねーと捕まっちまうぞ」
「お・・王子はあたしたちを捕まえないんですか」
「はあ?そんなこと親父たちが勝手にやってる事だろ、興味ねーよ」
「じゃ、じゃあ見逃してくれるんだね!」
「だから見逃すも何もねーよ。お前らはお前らでダアクを倒してえんだろ?別に敵じゃねーじゃねーか」
「王子〜」
「俺はガイア族に呼ばれてるからもう行くな。そいじゃなー」
冷や汗まじりで精一杯の笑顔を作る二人。言っても理解してくれない妖精もいれば、言わずとも理解してくれる妖精もいる。そんな複雑な心境のなか、ミルモが見えなくなるまで手を振った。
ほころび穴は青うさ村の中央、噴水公園とつながっていた。辺りを見回す碧うさ、やはり無事なのは公園だけで一帯はまだまだ荒れ果てている。何とか残った青うさぎ達が懸命に復旧しているが、これでは村とは呼べない。
「想像以上にひどいの」
「人数が少ないなぁ・・・妖精界で捕まっちゃったんだ、きっと」
途中途中、ガレキや大木に邪魔をされながらも桜の木を目指す。あれだけの襲撃を受けながら、やはり兵舎と桜は無事だった。まるで生きる希望を与えるために存在するかのように。
そんなこんなで懐かしい兵舎入り口。メンバーはもういないはずなのに・・・ずいぶんと綺麗に片付いている。そのうえ、誰かが住んでいる気配もあるようだ。
「どなたかいませんかー!ごめんくださ〜い!!」
お得意の大声を張り上げる。碧うさにとっては第二の我が家、ついつい懐かしさもこみ上げてくる。その元気いっぱいの声は兵舎中に響きわたったであろう、裏から誰かが顔を出した。
「お客さん?・・・あ!もしかして碧うささん!?」
「あり?知ってるの?」
「知ってるも何も、いつも聞かされてますよ。小さな英雄のお話」
「そんな大したもんじゃないんだけどなー。ところで君は?」
「あ、申し遅れました!僕はここに先日入隊させてもらったツバキです!!」
「入隊?もしかして・・ブルークローバーが復活したの?」
「いえ、残念ながら13人もいません。ですが、不死鳥と呼ばれるあの方がリーダーをやってるんです!」
助っ人を求めてやってきた碧うさたちにとっては好都合な展開だった。不完全ながら、もう青うさ村の安全を守ろうとしてくれる者がいる。それだけでも嬉しかった。
「あの、リーダーさんに会いたいんだけど・・」
「今はあの桜のとこですね。行ってみたらどうですか?」
「そだね、じゃあまた」
この道も通りなれた道、ロットやキッカがいつも散歩がてらに笑い話をしてくれた。そんな数ある話をナナに聞かせているうちに、あっという間に山頂に到着。一体どんな人だろう?そんな碧うさの期待感は、夕暮れ間近の逆光で映ったシルエットでさえ分かるものだった。
「よ、久しぶりだな」
「クチナシさん・・・生きてたんだぁ」
「ああ、ずいぶんと長いこと三途の川を行き来しちまったけどな。今じゃこの通りってわけだ」
「すごい!10年前の襲撃でロットの手助けをしてくれたんだよね。ロットはずっと感謝してたよ」
「大げさな奴だ。しかし、あいつ・・・また使っちまったんだってな」
「・・・うん」
「もうそんな事はない。この死にぞこないがいる限りな」
ロットの道を切り開くために自らを犠牲にしたクチナシだったが、幸いなことに一命を取りとめていた。死んだと噂されていたのは、あまりにも重傷だったため特別な医療機関で治療を受けていたから。その所在を誰もが分からなかったことも、要因の一つとなっていた。事実何年もの間、意識は戻っていなかった。
そこからはリハビリに励み、この間の時も人知れず参加していたのだ。英雄ロットを良く知り、共に積み重ねきた経験などは他のうさぎには及びもつかない。ゆえに、クチナシの復帰を皆は「不死鳥」と称した。
「ところでどうしたんだ?こんなとこまで」
「あ、いけね。実は助けて欲しくてきたんだ。こちらはナナちゃん、碧うさを助けてくれたんだよ」
「ナナなの♪」
「ほんとはもっと助けてくれる妖精がいたんだけど・・あたしのせいでみんな捕まっちゃって」
今もなお、狭いところに閉じ込められてると思うと自然と涙が出てしまう。
「マルモ国王に話を聞いてもらおうとお城に行ったのはいいんだけど、結局みんな捕まっちゃって」
「それでお前だけ、そこのナナって子に助けられたわけか」
「・・・うん」
「なるほどねぇ。さすがに今は妖精界も厳戒態勢、たった二人じゃどうにもならない」
「その通りなの」
クチナシもしばらく考え込んだが・・。
「よっしゃ、それじゃいっちょやってみるか」
「ほんと!?」
「ああ、だがこっちも人数的に揃ってるわけじゃない。行けるものだけになっちまうが、まあ大丈夫だろう。疲れてるだろうから今日は兵舎でゆっくりするといい。他のものには声をかけておく」
「ありがとー!」
久しぶりに晴れた気分になった碧うさは、寝顔までもついニコニコしてしまうほど安心しきっていた。ずっと気を張り詰めてきていたぶん、ドッと疲れが出たのも無理はない。
翌朝、ナナと一緒にミーティングルームへと足を運ぶと数名のうさぎが早くも待機していた。
「おはよ」
「おはよー!うわぁ、なんだか13衆にまた会えた気分だよ〜」
「それは光栄ってもんだね。お久しぶり、碧うさちゃん♪」
「あー!キキョウくん、やっぱ無事だったんだー。立派になったね♪」
「やめてよ、同い歳なんだし」
パンジーと縁の深かったキキョウもまた、襲撃を生き延び鍛冶屋としての技術を今度は村を守るために使っていたのだ。自身も大きなトンカチを自在に使い、そこらの者では勝てないくらいの強さも備わっている。
「さて、とりあえず俺はここを守らなければいけない。キキョウとツバキで行ってくれるか?」
「もっちろん!頑張ってきますよ」
「ご期待に沿います!」
「たった二人ですまないが、何とか応えてくれると思う。いいか?碧うさ」
「そんな、全然OKです。ありがとうございますー!」
一刻も早く出発をしたかった碧うさは、山頂の13衆の墓前に軽くあいさつをしただけ。ゆっくり拝むなんてことはない、碧うさの中にはいまだ生きているから。
青うさぎの若武者二名を連れて、ここから前代未聞の救出劇が行われようとしていた。
碧うさたちを見送ったクチナシもまた、兵舎を守らなければいけないという任さえなければと何度も歯噛みをした。事実、今から乗り込もうとしているのは妖精界の中心。あのマルモ国王が居座るお城。とても送り出した人数でたちうちできるものでもない。キキョウに作戦を授けたものの、幾分の不安は隠しきれない。
とそこへ、落ち着かずウロウロしていたクチナシのもとへ青うさぎがやってきた。
「あの・・・・ごめんなさい!!」
「お前、ヒナゲシ。よくもまあ、おめおめとここへやってこれたもんだな」
「ごめんなさい!」
このヒナゲシ。ヒマワリとは古くからのつきあいで、よく一緒に村を守るために戦っていた。腕のほうも確かで、いつしか「女ヒマワリ」とまで呼ばれるほどだった。
そんなヒナゲシも先の戦いでヒマワリと共にいたが、おとなしい性格が災いし途中で逃げてしまったのだ。その間、孤立してしまったヒマワリは何とか危機を脱してコスモスと合流するもののケガを負うことになってしまう。
「あの傷さえなければヒマワリは死ぬこともなかったろう。コスモスやレンゲもな」
「ほんと、ごめんなさい!」
「俺に謝られても仕方がない。だが、その汚名を晴らすためだけに入隊したいなんていう気なら帰ってくれ」
とても気が弱く、すぐに謝ってしまうクセは抜け切れない。もう今にも泣きそうな表情でしょんぼりするヒナゲシであったが、今回はここからが少し違った。
一度は引き返そうとクチナシに背を向けるも、思い切って振り返ると土下座をして頼み込む。
「汚名返上だなんて思ってません!ヒマワリさんやお仲間さんには申し訳なく思っています!でも・・・でも、このまま逃げてしまったら。わたし・・もう生きていけません・・・だから!」
「村を守りたいって・・・そういうことかい?」
じっと頭を下げながらヒナゲシはうなずいた。
「女ヒマワリ、腕は鈍っちゃいなかろうね」
「ご心配なく!」
「もとより俺が決めることじゃない、着いてきな」
そういうと山頂の桜峠までやってきた。ここには今まで青うさ村を守って戦ってきたうさぎたちが静かに眠っている。13衆も例外なく、一番見晴らしのいい場所で見守っている。
「こっちがヒマワリの墓だ」
「ヒマワリさん・・・」
「ん?」
13衆のお墓の前にはそれぞれが使っていた武器を立てておいてあったはず、しかしヒマワリの斧だけがない。この異変に早くもクチナシは感づいた。
「どうやらお前はヒマワリから託されちまったようだ。これじゃ止める理由はない」
いつのまにか真後ろには、ヒマワリが愛用していたキャロベルトが地に刺さっている。二本一対、この大斧を託せるのはヒナゲシのみ、天のヒマワリが認めたのだろうか。
ヒナゲシは逃げた時以来、ずっと心のうちにあった劣等感を振り払う決意を固める。
「一員になったからには協力してもらうぞ」
「はい!何なりと!!」
「実は今なぁ、碧うさたちがエライことになってんだ。ちと行って力を貸してやってくれ」
「碧うさちゃんが・・・それは大事!及ばずながら加勢に行ってきます!」
「すまない。相手はあの妖精たちだ、無事でいられる保証もないんだが・・。もちろん勝ちが目的じゃない、仲間の救出が最優先。目的を達成したらすぐに退くんだ」
「わかりました!期待していてください!!」
そしてヒナゲシにある作戦を吹き込み送り出した。しだいに集まりだした若い精鋭うさぎ達を決して死なせてはいけない、ロットから受けついだ思いをクチナシもまた心に刻み込む。
一方、妖精界に入った碧うさたちは突入前の入念な打ち合わせをしていた。
「いい?あれだけの妖精の数、向こうに殺す気がなくてもヘマをしたら無事じゃすまないからね」
「うん」
「じゃ、作戦を説明するよ。まずここの見取り図を見てほしいんだけど、中央のお城の周りには東西南北の門があるんだ。その各4箇所の内側に、捕まってる仲間が閉じ込められてる牢がある。昨晩ツバキと偵察にいったさい、ラタと名乗る妖精と話すことができたんだ。どうやら逃げるタイミングをはかってるらしい」
「え!らっちゃんも脱出を図ってたんだ・・・無事なんだ、良かった」
「うん、リンナって妖精と話はついてるみたいだけど他の二人に関しては分からないらしいんだ」
「ライムちゃんとマリンちゃん、大丈夫かなぁ」
「その二人はドサクサに紛れて探すのが一番いいからね」
ここでキキョウは見取り図でさらに細かく説明をする。
「ここからが重要だよ。まずは僕が東門、キキョウが西門に攻撃を仕掛ける。城外のヘイシたちは迎え撃つためにこっちに気を向けてくれるはず。バランスを崩すんだ。じゅうぶん引き付けたところで、手薄になった正面である南門を碧うさちゃんとナナちゃんで一気に突っ込んでほしい。この騒ぎを合図に、内側から二人の妖精が門を開けて飛び出してくる手はずになってる。そしたら4人でお城から離れて、すぐに青うさ村に戻るんだ」
「それじゃキキョウくんたちは!?」
「平気さ。やられない程度に仕掛けて、逃げるのを確認したらすぐに退くよ」
「そっか、でも無理はしないでね」
綿密な指示を出し、それぞれが実行ポイントに入る。碧うさとナナも、岩陰に身をひそめていた。
「やっぱり村に戻ってよかったね、ありがとナナちゃん♪」
「んーん、これも碧うさちゃんの人望があってこそなの。まだ喜ぶのは早いけどね」
「そだね、みんなを何としても助けださなきゃ!待っててね」
碧うさは耳を澄ますと、遠くから大きな声が聞こえてきた。きっと二人が攻め込んだに違いない、でも焦ってはいけないと充分に言われているためじっとしていた。
すると正面の見張りヘイシにも動きが出てくる。
「おい!東と西がうさぎに襲われてるってよ!!しかもすごい強いらしい、加勢に行くぞ!!」
およそ半分くらいのヘイシたちが東と西に散っていった。キキョウの言ったとおりだ。
「ナナちゃん、そろそろだよ」
「うん。頑張るの」
手には汗、緊張はピークに達している。さあ本番、気合を入れて一気に正門に向けて飛び出した!
「うわ!こっちにもうさぎが来たぞ!迎えうて!決してお城に入れてはならないぞー!!」
数こそ減ったものの、まだまだ門が見えないくらいのヘイシはいる。ナナはお得意の変身でヘイシそっくりに姿を変え、碧うさはポニポニ玉で自分のダミーを作りかく乱した。
今まで受けたことのない攻撃にヘイシたちは大混乱、仲間割れをも起こす始末。そのスキをついて門までたどりつくと大声を上げた。
「らっちゃ〜ん!!リンナちゃ〜ん!!」
その声に反応し、突然門が爆発した。彼の・・・バズーカだ。
「久しぶり・・ってほどでもないか。相変わらずのアホ面だなぁ、お前は」
「らっちゃんこそ、人相の悪さに磨きがかかってるじゃん!」
「ゆっくりも話せないのねん、早くここから逃げよ!」
「そうなの、まだヘイシさんは混乱中。一気に戻るの」
無事に合流した4人。ここまでは手はずどおり、あとは妖精界から消えるのみ・・のはずだった。しかし相手は王国の本拠地軍団、そうやすやすとはいかせてはくれない。
正門前に立ちはだかったのは、リンナと共に城内を落下したティーチャである。さらにはツバキがケガを負い、青うさ村に戻ってしまったためヘイシも続々正門に集まってくる。気づくとすっかり囲まれてしまっていた。
「ご指導!!あなた方はあまりにも妖精界を騒がせすぎました。今一度牢に戻っていただきます!」
一度失敗をしているため、こんどのティーチャには鬼気迫るものも感じられる。これも王国家庭教師だからこそのプライドだろうか。
「まずいのん・・。もう絶対に手に負えないと思う」
「諦めたら終わり、そうだろ碧うさ」
「たまにはいいこと言うじゃん」
絶体絶命の危機にも関わらず怖気づかない勇気、これもすべてみんながいるから。信頼がなせるわざである。碧うさはなぜか大丈夫な気がしていた。さらに、頼もしい助っ人の心当たりもあったからだ。
「ティーチャ様!北門にもうさぎがやってきたとの報せでございます!これより加勢に行ってまいります!」
「仕方ないわねぇ・・うさぎさん達の頑張りにも感心します。いいでしょう、いってらっしゃいな」
「はっ!」
他にうさぎ?自分が感じるものとは違う、けど仲間なんだと少し安心する碧うさ。それでもピンチは脱しきれていないいなのは事実。さてどうしたものか。
「こうなったらこれしかねーな」
「え!?」
「城内に逃げるぞ、みんな!!」
「ええー?それって全然逃げてないの〜」
「しょうがないだろ、ティーチャなんて絶対に勝てっこないんだから」
もう4人は無我夢中、さっと身を返して城内に消えていった。
「また・・もう許しません!!絶対ご指導!!!」
北門ではヒナゲシが手に大斧をもってきりこんでいた。もちろん本当に倒してしまわないよう、すべて背で攻撃をしている。みね打ちというやつだ。
「ごめんなさい!・・じゃなかった、ヒナゲシ参ります!!」
クチナシの命令で、あえて碧うさたちとは逆方向から攻め入るよう指示を受けていた。これが功を奏し、いったんは東と正面に集中しようとしていたヘイシたちがまたバラバラになってきた。さらに・・・。
「マルモ国王!今度はまた西からも新たな不届き者です!!」
「ええい、何をしておるか!いつの間にか囲まれてしまっておるではないか!」
「は、申し訳ございません。ただちに捕まえてまいります」
「当たり前じゃ!二人は牢で混濁しておるが、もう二人は脱出しておる。何としても全員捕まえい!」
マルモの激を受け、各ヘイシたちも発奮する。それをあざけ笑っているのが仲間を連れたこの妖精。
「うさぎと妖精が手をとりあう・・いい光景ですよ。ちと相手が悪いけどです」
「実感するっちょ。ポニィちゃんに誘われた時に受けた感覚が、そのままここにあるっちょ」
「さって、分からずやのマルモ国王にちょっとだけ悔しい思いをしてもらとするです♪」
負傷・・そして霊木を失ったポニィがここに復帰、さらには道中に誘ったスモモという妖精もまた碧うさとのダアク討伐に一役買ってくれることを約束してくれた。
東にキキョウ、北にヒナゲシ、西にポニィ・スモモ。この思ってもいなかった状況に、国王であるマルモのイライラもピークに達していた。
「わしも行くぞ!」
「あなた・・・」
「大丈夫じゃ、サリア。別に倒そうなどと思ってないわい。ちと懲らしめるだけじゃ」
コッソリ城内に隠れていた4人は、上からやってくるマルモの親衛隊を見て驚愕した。
「まずい!国王じきじきだ、早くにげねーと!」
「わわわ・・前にはティーチャさん、後ろには国王。大変なことになっちゃった〜」
あぶり出されるように広間に出てきた4人に、ティーチャがいつにもまして気迫のこもった表情で迫る。さらには一気に親衛隊も突っ込んできた。
「なるようになるだろ・・行くぞ、みんな!」
「この感じ・・もしかして」
すでに日も傾き、空が夕焼けに覆われる。入り口付近は眩しくてよく分からないが、そこにとても懐かしい優しい雰囲気があるのを碧うさは感じ取る。実は、かりんとピカイチをあげたのはナノハナだけではなかった事を思い出していた。そのうさぎが来てくれたのでは・・うっすらと嬉し涙にも似た雫が目からこぼれ落ちる。
「オイラの大事なものを・・もう失うもんか」
そこには、英雄の志をもったあのうさぎが立っていた。
変わらない状況のなか、碧うさだけはただ一点を見つめていた。
「おい!何やってんだ碧うさ、置いてくぞ」
「待って・・・待ってらっちゃん。あたしら、助かるかも」
「え?」
門の入り口に腕を組んでもたれかかる影。それは紛れもなく青うさぎのものだった。
「みんな、どうやら無事だったみたいだね」
「こ・・・コスモスくぅ〜ん!!」
「ここはオイラにまかせて。早く出口に向かうんだ。真っ直ぐに全力疾走だよ」
誰一人として生きていないだろうと思われた13衆。だが碧うさはコスモスにも「かりんとピカイチ」をあげていたのだ。そしてその効き目は千差万別。埋葬したシャクナゲも気づかないほど小さなところで息を吹き返してた。
突如土の中から出てきたコスモスを見て、クチナシが腰を抜かしたのは言うまでもない。事情を聞いて妖精界に駆けつけてきたのだ。
「じゃ・・じゃあ行くね!気をつけてね、後から国王も来るよ!」
「うん、やれるだけやってみるよ」
そういって碧うさたちは一気に南へと駆け出していった。
「ほんと、青うさぎさんにも困ったものですわねぇ。あなたもご指導が必要なのでしょうか」
「オイラは13衆のなかで一番弱かった。だから何事も勝とうなんて思わなかった。でも今は違う、碧うさちゃんたちを無事に村へ返すため。絶対に勝ちたい!」
「これでもか?」
ここでようやくマルモが上の階から到着した。
「なんじゃティーチャ、ずいぶんと手こずっておるようじゃな」
「は、申し訳ございません国王。わたくしも少々甘いようでして・・・」
「かまわん、事故ってことにすればいいんじゃ。さっさと捕まえてこの騒動を治めるんじゃ」
「はい。では、逃げたものを追ってまいります」
「うむ、こやつはわしが相手をしておこう」
しかしコスモスが門で通せんぼをして一向に動かない。ここからは一歩も出さないという強い決意が感じとれる。
「オイラを倒してから行け!!」
その頃、城外でもまだ乱戦は続いていた。東のキキョウは初戦から戦い続けているため、かなり体力の消耗も激しくやや押され気味である。それでもかなりのヘイシを戦闘不能にしているのだから個々の戦闘力は青うさぎのほうが上ということになる。しかし、何より圧倒的な数で攻め寄せてくる妖精たち。北のヒナゲシも疲労の色を隠せない。
「ええい!邪魔するなです!!スモモちゃん、大丈夫ですか?」
「まだ平気っちょよ」
「じゃあ、こっから南門に向かって碧うさちゃんたちと合流してほしいです」
「そんなことしたらポニィちゃんが大変になるっちょ?」
「心配ご無用なのですよ」
そういうと腰から布を取り出しスモモに魔法を唱えた。
「キュアガーゼ(治癒布)!!ガードガーゼ(守護布)!!」
「わあ、傷が治って何かバリアみたいのが張られたっちょ」
「これで合流するまでは無傷でいられるですよ。そしたら一緒に村へ行ってほしいです」
「わ・・・分かったっちょ。ポニィちゃん、気をつけてっちょ」
「りょーかいです♪」
スモモは一気に碧うさたちがいる方向へと向かっていった。そしてポニィもそっと地面に布を置いて、北のほうへと走り出した。
「待てー!」
「来たですねー。ボムガーゼ(爆発布)!!」
こぞって追いかけてきたヘイシたちの足元で爆発が起こる。威力はなかなかのもので、うちわで飛んでいるヘイシをも巻き込むほどの爆風をもっている。砂ぼこりが巻き散るなか、その隙をついて颯爽とポニィは移動を開始した。
「うう・・もうダメだ」
ここでキキョウも力尽きる。ギリギリまで戦ったので一歩も動けない。
「やっとバテたぞ!今だ、捕まえろー!!」
どっと押し寄せてくるヘイシたち。キキョウはそれでもなお戦友であるハンマーを握り締め離さない。その姿を見ていたまた新たな青うさぎがキキョウの前にやってくる。
「OH!これぞヤマトダマシイですネー!わたしはすごくカンゲキしましたー」
「全然大和じゃないじゃん、ローズ」
「おお・・もののタトエですよ、コナギさーん」
意識はあるため、この不可解なやりとりが気になるキキョウ。しかし体がいうことを利かない。
「では、あなたはこのガイアの翼で先に兵舎に戻っててくださいー」
「おつかれサマーでした♪」
「な・・なに?」
こうしてキキョウは無事に戻ることができた。新参の二人もまた、クチナシの呼びかけによって馳せ参じた青うさぎ。一方はコナギ、工学の天才でキャロを慕い何度か兵舎を訪れていた。そのキャロに追いつけ追い越せの精神でクリスタルランドへ修行に出ていた。もう一方のローズは、こちらでは珍しい外国の青うさ村からの来訪。知り合いのコナギの話に感銘を受け、単身こっちへやってきたのだ。
「さあローズ、ここいら一帯を制圧しよっか」
「オッケーでーす♪」
ローズはリボンの使い手。まるで新体操の演技を見ているかのような華やかさ。そして見るものを魅了するだけでない、不思議な香りで相手を惑わす。
メカニックのコナギはレーザー攻撃を得意とする。実弾派のキャロにはない、また違った特性を併せ持つビーム攻撃で相手をしとめるのだ。
「みなサーン、もっともっとダンスしましょー」
「そして・・・死ぬべし!」
「だだだ・・ダメですヨ、コナギさーん。絶対に殺すなってマスタークチナシが言ってましター」
「・・・ッチ」
この頃、北門近くのヒナゲシにも動きがあった。ヒマワリと違い体格に差があるため、女ではキャロベルトをなかなか扱えないのだ。重量による負担もかなりある。それを持ち前のガッツで乗り切ってはいるものの、いかんせん相手が多すぎる。そこへポニィがやってきたのだ。
「いたいた!ヒナゲシちゃんですね?」
「え・・ええ。あなたは?」
「ポニィですよ、名前くらいは知ってると思うです」
「あ!13衆の方々とよく共にしてらっしゃった妖精の・・・もちろん存じてます!」
「あ、先に。キュアガーゼ!」
話しながらも手慣れた様子でさっとヒナゲシの傷を癒す。
「すごい・・さすが医療のスペシャリスト」
「お世辞うまいですねー。でもポッポちゃんには追いつけなかった・・・もう一番にはなれないですよ」
「魔法、楽器を使わないんですね」
「ん?ああ、ちょっと変わってて。まあ色々とあるですよ。さ、じゃここからは二人で押し返すです。もう少しで図面どおりの展開になってくるですから」
回復したヒナゲシ、そしてポニィが一気に北を制圧しようとしていた。さっきまでいた西側には誰もいなくなってしまったが、ここもポニィの作戦によって手は打たれていた。
妖精ヘイシたちは、西側の隊長の号令のもと一度態勢を立て直したのちに北と南に攻め寄せる算段であったがそうもいかない。
「いいか!決してあやつらを逃がすなよ!!まずは散り散りにされた隊を一箇所に集中させる。そうしたら一隊は北、もう一隊はここの守備。残りはわしとともに南へ逃げた連中を追いつつほころび穴をつぶすぞ!」
徐々に集団と化してきた西側ヘイシ。これを物陰からコッソリうかがっていた妖精と・・・機械?
「そ・・そろそろだもん。それにしてもこのうさぎロボット平気かな。でも、まずはやってみることだもん!」
妖精とともに現れたうさロボ・・これぞキャロの形見であろう、うさ美とうさ子。いまだに青うさ村を守るために自動で警備していたのだ。燃料は土の中に混入しているウサンという物質を足から得ているだけなので、歩くだけでいいという優れもの。つまりは半永久に稼動し続ける。すべてはキャロが独自に改造したものだ。そんな二体をポニィが引っ張り出してきて、新たな仲間であるホルレンに任せたのである。
「この命尽きるまで・・・やってやるんだもん!」
「うわ、何奴!?まだいたのか、相手の援軍が!!」
ホルレンは自慢のプリン型爆弾を投げつけ、うさ子・うさ美も敵機補足モードへ。大量のミサイルを発射し始めた。これには一箇所に固まっていたヘイシもたまらない。大半はケガし、大半は逃げ惑うばかり。こちら側も大混乱となった。
優勢になりつつある各箇所をよそめに、スモモの合流した碧うさたちは一目散にほころび穴に向かっていた。
「見えた!あれだね、きっと」
「ああ、間違いないな。しかし、見ろよ。こんなにもお仲間が増えてるぞ」
「うん。あたし達がヘマっちゃったばっかりに」
「泣いてもいられないのねん。せっかく助かった命、無駄にはできないのん」
「でも・・みんな、目はほころび穴にはいってないの。考えは一緒なの」
「その通り。せっかくの形勢逆転だ、借りは返してやらねーとな。コスモスさんも気になる」
自分達だけ助かりたくないという意志の表れか、すでに「逃げ」という頭は全員にない。むしろどうやってトンボ返りをするかを思案していた。単なる救出戦だったはずが、いつの間にか妖精界に対する行動のメッセージともとれる戦いに発展してしまっていた。
「よし、俺とリンナ。ナナとスモモの二人組で左右から突っ切るぞ!碧うさはここに残れ」
「えー、やだよー。みんなと一緒がいい」
「ぶーたれんな。お前が一番捕まると面倒だ、静かになったら来いよ。それまでは気配消しな」
「ちぇ〜」
そう言って行ってしまった4人を見送った碧うさ、やはりおとなしくしているはずもない。適当にやぶをつついていると・・蛇ならぬ、とんでもない物を発見してしまった。
青うさぎ、地方妖精の連合軍によってお城はすっかり包囲されてしまった。数こそ少ないものの、まさに一人一人が素晴らしい働きをしていることによってできた逆転劇。統率では決して負けておらず圧倒的な安定感を持っていた軍隊を打ち破ったものは「意外性」にほかならなかった。それでも王国の意地を見せつけるかのように、押されながらも善戦をするヘイシたち。勝敗はマルモとコスモスの大将対決にかかっていると言っても過言ではなかった。
「おぬしらは良くやったわい。ここらでもういいじゃろ、青うさぎよ。いくら優勢と言っても時間の問題じゃ、そろそろ妖精学校が終わる頃。そうなれば今度はワシらが包囲する番じゃぞ」
その通り。救出作戦を行ったのがちょうど朝、この時間は学校があるためほとんどの妖精はそっちへ行ってしまっているのだ。そして思いのほか時間がかかってしまったため、そろそろ学校が終わってしまう。そうなればまた実力のある妖精が駆けつけ加勢するに決まっている、しかも背後から。
「そんなことは分かっているさ。ここは敵地なんだから」
「ほう。ワシを敵・・・と?」
「そう思うことにした。10年前の一件、そしてこの前。いずれも妖精たちは手を貸すどころか、避難にさえ積極的ではなかった。そのためにどれだけの青うさぎが犠牲になったことか。このオイラだってすでになかった命、やるべき事はやろうと思う」
「何をやる?」
「妖精界との和解と協定。これを結んでもらう」
つい笑い出してしまったマルモ国王の横でティーチャだけは神妙な面持ちだった。
「あなた、この状況で本気でそんな考えを持ってらっしゃるの?」
「ああ」
「わたくし達は敵ではなかったの?」
「今はね。でも、青うさぎは武力で解決はしない。だから碧うさちゃんも国王に話を聞いてもらおうと城に忍び込んだに違いない」
笑っていた国王も、いつしか真剣な顔になっていた。
「しかしじゃ、侵入という手段はりっぱな犯罪。そして脱獄、このままでは国王の名に傷がつくわい」
「どうしても戦らなければならないのかな」
「それしかあるまい。いや、それでしか妖精たちは納得すまい」
「・・・・・」
「覚えておるか、ティーチャ。10年前にも同じようなことがあったのを」
「恐れながら。あの頃のわたくしはまだ若く、父上の傍らについて見入っておりました。たしか・・・同じような事を申し上げにきた青うさぎ、たしかロットと名乗っておりました」
この会話にはコスモスもビックリした。何せ初めて耳にする事実、隊長のロットもまた妖精界との調和を望んでいたのだった。
「しかし、あの時は決着がつかんかった。だから協定は結んでおらんかったんじゃ」
「それでも・・・それでも手を貸してくれさえいれば!」
「もう何も語るまい。コスモスといったか、おぬしの道はここにいる妖精を倒すことしかない。容易ではないぞ?」
「オイラの背には12の魂が宿っているんだ。絶対に負けない!」
「よくぞ言った!行くぞ、ティーチャ!!」
その間にも、徐々に押していって城に近づきつつあるのがキキョウに変わって東側を攻めていたコナギ&ローズ組。こういう集団戦ではコナギのような広範囲攻撃は重宝する。四方八方に発射されるレーザーは、地上・空中問わず妖精の足を完全に止める。そして動きの悪くなったヘイシをローズがリボンで気絶させていく。
しかし、調子のよかった二人組にも欠点はあった。それは・・・。
「ねえローズ」
「なんデスか、コナギさん」
「・・・・殺したい」
「へ?だだ、だからダメですって。妖精さんはいずれお友達になるんデスよー。ここでそんなことしたら、碧うさちゃんたちの取った行動もすべておジャンになってしまうデース」
「つまんない、帰る」
「ちょ・・・チョットまってくださいコナギさん!コナギさ〜ん!!」
もともと性格に難のあるコナギ。一番長い付き合いのローズでさえ制止できないこともしばしば。飽きてしまったのか、ローズを置いてさっさと戻っていってしまった。
一人残されたローズは言わずとしれた大ピンチ。魔法攻撃の雨あられに、ひたすら耐えることしかできなかった。
「この声!?」
「どうしたですか、ヒナゲシちゃん」
「いえ、空耳かもしれないんですが・・・青うさぎの悲鳴が聞こえたような」
「ここから一番近い青うさぎって言うと、東の加勢組ですね。何かあったかもです」
「それが本当なら大変!」
「うーん、なかなかシナリオ通りに行かないですねー。じゃ、行ってみるです」
北側も制圧目前というところだったが、この異変を放っておけないポニィとヒナゲシは東へ向かった。これをチャンスと思ったか、北のヘイシたちはすぐさま態勢を整えはじめる。
「あ!あそこに誰かいるです!!」
まぎれもない、魔法の集中攻撃を受けて立っているのがやっとのローズだった。ポニィたちの到着がもう少し遅かったらヘイシたちに捕らえられていたに違いない。
とっさにキュアガーゼをかけるも、だいぶやられたせいで回復は完全ではない。
「だいじょうぶです?立てるですか?」
「さ・・・サンクスでーす」
「派手にやられたですね、でも致命傷じゃないから心配ないですよ。頑丈な体のおかげです」
「メンボクないでーす。でも頑丈なのだけがトリエみたいなものですカラ」
ローズはヒナゲシによって安全な場所へと移され、そこにポニィはガードガーゼを張った。これでしばらくはヘイシも手を出すことができない。
「もうこれはダメですね。碧うさちゃんたちも脱出できただろうし、そろそろコスモスくんを迎えに行こう。ヒナゲシちゃん、この外人さんを見ててほしいです」
「は・・はい」
本来の目的は王国に攻撃を仕掛けるためではない、お城の捕らえられた仲間を救出するのが最優先。それに加え妖精界に多少なりとも圧力をかけることで、青うさ村とのバランスを保とうともしていたのだ。
その成果は十分にあった。あとは誰一人欠けることなく退却するのが最良だと判断した。
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その頃、青うさ村の兵舎にて留守番をするクチナシにも動きがあった。ガイアの翼により帰還してきたツバキとキキョウを簡単に手当てをしたのち新たな作戦を練っている最中。
トントン・・・
「ん?こんな場所に客・・もう助っ人を頼んだ覚えはないがな」
そうして入り口のドアをカチャっと開け、辺りを見回す。人影らしきものはない。
「なんだ、風か」
気を取り直して元の自分の椅子に座ろうと振り返った先に・・。
「ご機嫌よう、新13衆の仮隊長さん。いや失礼、今は隊長だったかな」
「!!」
そこには見慣れた、いや『クチナシ』にとっては見慣れすぎている青うさぎが悠然と席についている。過去最凶の暴君と言われたサザンカが残した兄弟。のちに黒幕集団のリーダーとして暗躍していたが、先日の襲撃を境にどこかへ姿をくらましていたのだ。
「そんな怖い顔をしないでくれよ。ただでさえあんたとキッカは血の気が多いからさ」
「カゲツ・・・ここへ何のようだ」
「単刀直入に言おうか?今日から俺が13衆の隊長だってことさ」
「可能と思うか?」
「思わないさ、昔なら。でも今は違う、もう誰もいない。ロットやキッカ・ナノハナはもういないんだよ」
「俺じゃ役不足か・・」
「ご名答」
不敵な笑いは兄譲り、誰もを不快にさせる嫌な笑みだ。すっと席を立ち、クチナシの周りをゆっくりと歩き出したカゲツは今だ何の危機感もない余裕の態度を崩さない。
「知っているんだよ?先代オウカが定めた決まりを。そこにある13衆の魂を手にしたもの、つまり隊長の言うことは絶対だと。それをあのコスモスとかいう若いのに渡すつもりなんだろ?」
「答える義理はない」
「また突っ張って。少しでも長く生きていてもらいたいという良心だというのに・・愚かだねぇ」
「無駄口はいい。そんなに13衆の魂が欲しけりゃ力づくで来い!」
「無論・・」
クチナシは寝ているツバキやキキョウを起こさぬよう、静かに兵舎を後にし山頂へと向かった。カゲツもこれに従う。正式な立会いや引継ぎでなければ13衆の魂は存在しなくなってしまうからだ。
クチナシの実力はもともと群を抜いている上に、青うさぎの中でも個性が強い「鳥型」の特徴を持つ。遠距離に特化したスタイルで相手に流れを渡さない。スイレンもこの戦法を充分に発揮し活躍した。
だが、10年前の大怪我により通常両翼であるはずが片翼となってしまっている。もちろん空を飛ぶことはできないため、その個性を生かすことができなくなっているのだ。
「俺も鳥うさぎというのは非常に厄介な存在と思っていた。しかし、今や飛べないとは」
「・・・・」
「あんまり喋らないね。でもまあ、そろそろ妖精界の騒ぎも終わってしまうか」
カゲツも戦闘態勢に入る。その姿はまさに忍者・・・そう、カゲツは青うさ村きっての忍一族なのだ。父のサザンカも忍びの術を心得てはいたが、あまりの強欲さに不死身を夢見て自分を機械化。結果、オウカと相打ちになってこの地で果てている。
「俺は兄とは違う。これ一本でこれまで生きてきた。以前の半分以下の戦闘力で太刀打ちできるか?」
これだけの挑発の受けてもなお、クチナシから仕掛けることはない。悔しくないはずがない、しかし仮とはいえ隊長の責務として軽率なことはできないのだ・・・
「などと、思ったか!!」
虚をつく一撃!クチナシは片方の翼から無数の羽を飛ばし始めた。
「ぬるいなぁ。こんな数は造作もない・・・乱反射の術!!」
カゲツの目の前には輝く壁が現れ、すべての羽はクチナシの元へと跳ね返りその身を切り刻んでいく。
「ぐぅ!」
必死に急所を守るので精一杯なところへ、すかさずカゲツは背後に回る。手にした鎌はまさに死神の鎌、寸分違わずクチナシの喉を引き裂いた・・・。
「はっは!他愛もないな、やはり。まるで勝負にならない!!どれ、仏の顔でも拝んでくれるか」
そう倒れたクチナシの頭を掴もうとした瞬間・・・
「なんだ、勝負がしたかったのか。お前は」
「なんだと!?」
間違いなく手ごたえはあった。確実に仕留めた感覚はあったはず、しかしクチナシはいつの間にか後ろにいる。とっさに倒れたものをよく見てみると、バサッとたくさんの羽が崩れ落ちた。
「羽木偶・・・だと?片翼でできる技じゃあないだろ」
「お前は相手をなめ過ぎてるんだよ。単なる自分の尺度で相手を測る、それこそ愚ってもんだ」
「なるほど目が覚めた。さすがはキャリアが違うってわけか・・・」
これまではまるで小手調べと言ったような口ぶりで、カゲツはまた忍法の準備に入る。
「クチナシ・・・あんたは強い、それは認める。だがどうにもならない事もあるだろう!」
そういうと大きな火球をいくつも出し、クチナシの周りに飛ばし始めた。青うさぎといえど、その体毛は決して耐火性に優れているわけではない。ごく普通の人間界うさぎと同様、簡単に燃え移ってしまう。さらには鳥うさぎの特徴である翼もまた、火に弱く充分に注意が必要なのだ。
「我々うさぎは火に弱い。つまり、火を出せるものが最強ってわけだ!」
進むも地獄、退くも地獄。まさにクチナシに逃げ場はなく絶体絶命の危機に陥っている。誰もが見ても、カゲツの勝ちは揺るがないと判断するだろう。
「あんまり俺は・・・働き者じゃあないんだがな。仕方ない」
クチナシを取り巻いていた火球は勢いよく弾け去った。特に強風が吹いたわけでもなく、そのエネルギーの発端は内部から。そう、クチナシは無事だったのだ。そしてその姿を見たカゲツは驚愕する。
「なな、なんだその翼は!?」
「さてね」
一つしかない翼はその姿を異様に変えていた。大きく、そして優雅に広がった羽の集合体はクチナシ自身のゆうに10倍くらいはあろうものだった。これには忍法で出したくらいの炎など無力に近い。
「もともと俺はスイレンより飛行がヘタだった。だが、一度死にかけ翼を一つ失って初めてわかった。これが俺のスタイルだったらしい」
「そ・・・そんな」
「リーチも俺の勝ちだな」
とっさに分身を作り出し逃げようとするカゲツだったが、そのあまりにも巨大な羽は周囲一帯を串刺しにする。無数の分身が消え去るなか、カゲツ本体もその攻撃の餌食になってしまった。
「これが・・・13衆。これが・・青うさぎ・・の、みら・・い・・」
その場に力なく倒れる。
「なんでこうも悪に染まりたがる。どいつもこいつも」
それでもなお、ロットたちの意志を引き継ぐべく自分にできることをただこなしていくという力強い信念を持ち続ける。
その場に崩れ落ちるカゲツを遠い目で見やりながら立ち尽くすクチナシ。
「少し羽根を使いすぎたか・・・」
強敵との死闘に疲労を隠せない。実際に腕が立つといっても、約一回りも年齢が違う若いうさぎとでは体力が違う。一歩間違えば命を落とすことにつながるだけに、精神的な疲れもやってくる。
フラフラしながらもカゲツの元へと向かっていると。
「殺しちゃったの?」
声の主は途中で抜け出してきたコナギだった。
「まさか。いや、でも殺すつもりでいたが・・・よっぽど運が強いんだろ」
「ウソでしょ」
「お前こそ、何でそんな態度をとっている。それはお前の本来の姿じゃないだろう」
「・・・・」
「俺はスイレンほどじゃねえが、ちっとばっかし心が読めるんだ。無邪気なお前にもう戻ってるんだろ?」
急所を外れていたカゲツは命に別状がなかったが、クチナシのできる治療などたかがしれている。とりあえずの応急処置を施し、兵舎のベッドに寝かせる。
「何で戻ってきた。まだ終わってはないだろう」
「退屈だから・・」
「殺せないからか?」
コナギはうつむいたまま黙っている。
「ついてきな」
自分の手当てもほどほどに、クチナシはコナギを連れてある場所へと向かった。そこは今しがた戦った場所からは死角になっている見晴らしのいい丘。ここに13衆は眠っている。
クチナシはツクシの墓前に立つと手を合わせた。そして遺品であるキャロット・バーンから何かを取り外す。
「こいつを覚えてるか?」
クチナシがコナギにそっと手渡したのは、小さい手作りのお守りだった。
「出撃前、ツクシがこう言ってたぞ。『コイツは俺の女神なんですよ』ってな」
「・・・・・」
「作って渡したんだろ?」
「・・・・・・・」
「見てみろ。お守りがついてたほうのタンクだけは傷ひとつ付いちゃいない。あいつは、ツクシはお前を生涯守っていた。どんな過去があったかは知らないが、あいつにとって守るものができたということだ。無粋で不器用なやつだが、人一倍責任感のある男だ。いや、男だった」
そこまで言ったところでクチナシはコナギをその場に残し立ち去った。
「ツクシ・・・・さん」
第2コナギとしての人格は時が経つにつれ薄れていき、すでに第1コナギとしての本来の姿であったことは事実。それでも心に仮面をかぶり続けていたのは自分がクローンであることへの不安、そしてツクシへの恩返しのために身に付けた光学兵器をマスターするため。彼女なりの努力のあとだった。
その仮面がツクシの変わり果てた姿を目の当たりにしたことによって外される。
「ごめん・・・なさい。私・・大好きだったのに。ずっと合うのが怖くって・・・。やっと来たらもういないなんて。どうしたら・・・わたしどうしたらいいの!?どうしたらいいの!!」
いくらか泣き叫んでいるのを聞きながらクチナシも弟のことを思い返していた。数分後、毅然とした元の表情に戻ったコナギはエネルギー補給を済ませた武器を携えほころび穴へ向かう。
「クチナシさん、すいませんが今しばらく仮面を付けさせてもらいます」
「ん?」
「だって・・こうしてないと泣いちゃいそうだから」
残してきたローズのことを思いながらも急いで妖精界へと戻っていったコナギ。
「お前にしかできんことがある。生きて帰ってこい、コナギ」
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国王に戦いを挑むコスモス。その戦いぶりは想像以上のものだった。
「ティーチャでポン!」
「くそ!この先生、やたらと魔法が速い・・。しかし!」
発動スピードが一般の半分くらいであろうティーチャの魔法攻撃を、コスモスの得意技である迷彩移動(イレイサー)によって身をかわすコスモス。消えるのではなく、周りの風景に溶け込むことで相手の目を欺く高等技術。
もちろん、妖精にこのようことはできない。
「残念なのですが、あなたにはこのツンツンシールを貼らせていただきました。あとはこのクンクンミサイルが自動で追って攻撃してくれます。隠れても無駄なのですよ」
「へへ、それはどうかな」
「ティーチャでポン!」
魔法を唱えると同時にたくさんのクンクンミサイルが一斉にコスモスへ向かって飛んでいく。あっちに行き、こっちに行き。これにはマルモも高みの見物。
「どうじゃ、魔法というものを少しは思いしったか?」
イレイサーを使い続けても臭いはどうにもならない。追われながらもコスモスは必死でシールを取ろうとするが、魔法でかかったものは魔法でしか取ることができない。
もともと考えるのは苦手なコスモス、捨て身の作戦で突破口を開く。
「国王、ちょっとゴメンよ」
背後に急に現れたコスモスはマルモを羽交い絞めにする。これをすぐに振りほどくマルモだが、ツンツンシールの臭いはより強く移ってしまった。新しい標的を得たミサイルは当然のごとくマルモに一直線。
「国王陛下!?」
「フン!いっぱしの策を思いつきおって。マルモでポン!」
マルモの強力な魔法はティーチャの魔法を凌駕する。消し去ることすら造作も無い。これにより、コスモスについていたシールも見事消えたのである。
「陛下に何と言うご無礼を!このティーチャ、一生の不覚でござ・・・あぁ!」
「先生、今は戦闘中。油断はナシだよ」
あわてたティーチャの一瞬の隙を逃さず、自慢のトンファーをみぞおちに決めるコスモス。そしてマルモへと視線を移した。
「覚悟はできているであろうな?」
「一度死んでるんだ。怖いものなんてあるもんか」
両雄の激突は外に負けないくらいの激しさとなり、いずれは決着を迎える。・・・マルモの勝利だ。
「おぬしのその精神力・・10年前と同じ、いやそれ以上かもしれん。ワシも老いたとはいえ、ここまで苦戦するとは思わなかったわい。じゃが、これも勝負。大将が負けたとあってはここまでじゃな」
「オイラじゃだめだったのか・・ごめん、ロット隊長!」
精魂尽き果てたコスモスを賞賛しながらも、勝負の厳しさを教え込んだマルモ。当然ながら連合軍はこの時点で大敗、大救出戦は失敗に終わる。
その結果を知らない城外での乱闘も、しだいに疲れが出てきたのか静かになってきていた。数の少ない連合軍がよくやったというべきなのだろうけども。
いまだ捕らえられている二人を思うと、それぞれがそれぞれやりきれない気持ちでいっぱいだった。
「コスモスくん!」
勢いよく飛び込んできたポニィの目の前には捕らえられたコスモスの姿があった。
「ごめんよ、オイラじゃ勝てなかった」
「あ・・・」
ちょうど決着がついたのと同じ頃、ヒマを持て余した碧うさは大好きな棒っきれを振り回して遊んでいた。年齢的にもいい年なのに子供じみたところは抜けきれない。考えるより行動するほうが好きなのだ。
「てい!てい!すっごいいい棒見っけちゃったよ♪あとで自慢してやろー」
そんな場違いなことばっかりやってる碧うさだが、今回は少し災難の度合いが違った。今ではもう珍しくないほころび穴だが、実際にどこにつながっているか分からないのが欠点。
吸い込まれないよう気をつけながら覗き込むと・・・。
「うわぁ!なななんだぁ!?何か飛んでった!」
目で追えないくらいのスピードで碧うさの前を通過した何か・・。それを機に今度は次々と飛び出してきた。今度ばかりはハッキリ分かる・・・凶悪な怪物たち、青うさ村を壊滅に追いやった張本人だちだ。
「たた、大変だ!妖精界にも来ちゃったんだ」
この異常事態は交戦中であったすべての妖精やうさぎ達の目にも捉えられていた。ある者は動けず、ある者は戦い、いつのまにかまったく違う混乱状況になってしまったのだ。
数や魔法で普段は圧倒できうる妖精たち・・・しかしそれは得体の知れない者に対しては意外と対応ができない。
「国王様!」
「なんじゃ」
「このままでは・・・妖精界が無くなってしまいます!」
一人のヘイシが血相を変えてやってきた。
「あれくらいの魔物など造作もなかろう」
「いえ、それが・・・魔法が、魔法が通用しないのです!」
「なんじゃと!?」
「すでに全部隊の半分がやられてしまいました。このままではいずれ城にもやってきます!早く避難を!!」
予想外の出来事が突如妖精界を襲う。これもダアクのしわざか・・・襲ってきた怪物の大半が魔法攻撃に耐性を持つ『スイスイッチョ』『合体スイスイッチョ』『ビートルタートル』などだ。
今ここに妖精界最大の危機が訪れた。
「マルモ国王、負けちゃったオイラだけど・・チャンスをくれないかな」
「なに?」
「オイラ達にしかできないことがあると思うんだ」
「ならん!勝手なマネをするでない!!」
一喝するマルモ、しかしそこへ妻のサリアが降りてきた。
「あなた・・・どうせこのままでは私たちは青うさ村と同じ運命をたどるでしょう。だったら賭けてみませんか?」
「うむぅ」
しばらく考えこんだマルモだが、こうしているうちにも被害は広がり続けている。猶予など無い。
「そうじゃな。ワシも勝つために争ったのではない、守るためにやったことじゃ。撃退してくれたら逆に礼をしよう」
「さすが、それでこそ国王!ポニィちゃん、妖精のみんなに安全な場所へ避難するよう言ってくれるかな。ここからはオイラたちブルークローバーの出番だ!」
「大丈夫です?もうだいぶ少ないですよ・・。せめてらっちゃん当たりなんかも一緒にしたほうが・・」
「いや、魔法が使えてしまうというのは危険だよ。何をしでかすか分からないからね」
「分かったです・・。じゃあ先に村に戻ってるですよ。絶対に帰ってくるです!」
ポニィの声援を背中で受け止めたコスモスは急ぎ城外へと出て行った。連戦にも関わらず必死で迎え撃つヒナゲシ・ローズと合流し、たった3人の壮絶な戦いが始まる。
「踏ん張ろう!まだ未熟なオイラたちだけど、努力じゃ誰にも負けないってとこを見せるんだ!」
「はい!ここは死守してみせます!!」
「キアイですねー!」
最大の拠点である城に押し寄せる怪物たち、それを食い止める青うさぎとうさロボ。この光景をマルモはただただ目に焼き付けていた。
とそこへ、また新たな青うさぎが単身コスモスのもとへやってきた。これまた小さな女の子うさぎで、視力の落ちにくい青うさぎにあって珍しく眼鏡をかけている。
「君は?見ない顔だけど・・・もし迷子ならオイラの後ろに隠れてて、今安全なとこへ連れてくから」
「いえ。お・・・お手伝いしにきました!」
「うわ、元気な子だな。お手伝いって何をするの?」
「これでもいっぱい勉強しましたから何かのお役に立ってくれると思います!」
「え?なんか微妙におかしい気がするんだけど。頭がいいの?」
「いえ!私などシャクナゲさんに比べればまだまだピヨっ子です!!」
「ピヨ?うーん・・」
シャクナゲの名を出したところを見ると参謀てきな感じであろうが、いかんせん勢いがありすぎる。コスモスの不安はつのるばかりだが実はこれで平常。じゅうぶんに力を発揮できる。
「できました!」
とっさに何か計算したのだろうか。そのうさぎはコスモスに耳打ちをしたあと、ホルレンの連れてきたうさ美とうさ子を難なく操りしっかりと戦っている。
「あの子のいうにはココに何かがあるってことなんだけど・・・ああ!」
城外の片隅、コスモスが目の当たりにしたのは恐ろしいほどに禍々しく強大な悪のエネルギーのかたまり。今にも爆発しそうなほどふくれ上がっている。
よく見ると中で何かがうごめく。きっとコイツが操っているに違いない。そうふんだコスモスは渾身の一撃をお見舞いをするも、あざ笑うかのようにフワッと空高くに浮き上がってしまった。その高度はどんどんと上がっていき、とてもジャンプなどでは届かないところまで達してしまっていた。
「しまった!逃した!」
悔しがるコスモス、だがどうしようもない。浅はかな自分を十分に悔いた。安全な場所へと移動した悪の核は浮遊しながらも手をゆるめず、怪物たちを城に仕掛ける。
そろそろ限界が近いヒナゲシ・ローズも諦めてはいない、しかし終わりの無い猛攻を耐え凌ぐ自信は薄れていた。
「ヒナゲシさーん。あなたは逃げてくださーい。一緒に倒れちゃダメですよー」
「何言ってるの。もう、わたしは逃げないって決めたの!だからがんばろ♪」
「イエ〜す」
すると目の前には不自然なほころび穴が。
「これはコナギさんの異空間ゲートでーす!帰ってきてくれましたー!」
そこにはさっきと同じように、ぶ然とした表情のコナギが立っていた。
「ローズ、無事?」
「あんた!ローズを置いてさっさと逃げたのに、その態度は何?」
コナギの行動に納得のいかないヒナゲシはついカッとなってしまった。仲間意識が強い青うさぎでは当然の心理状況なのだが・・・ローズが割って入る。
「違うんです、ヒナゲシさーん。コナギさんはエネルギー補給のために一度村に帰ってたんですよー。C/E(キャロットエネルギー)と言って、村ならばいつでも補給が可能なんでーす。でもここは妖精界、きっと今の状況を見越してあのタイミングだったんだと思いマース」
「ローズ喋りすぎ」
そう言うとランドセルのようなものを背負った。見てくれは完全に人間界の小学生・・・。しかしこれがとてつもない兵器だったりするのだ。
ここにコスモスも合流してきた。
「みんな、もう無理だ!急いで青うさ村に戻ろう!!妖精の誘導を手伝ってくれ」
「わたしに任せて」
「君は・・・コナギちゃん!?大きくなったね」
「その話はあとで」
ランドセルから伸びた一つの砲身が、はるか上空の黒い塊を狙う。
「あんなとこまで届くの?」
「やってみる」
前にかかった二つのベルトをギュッと握り締める。
「やったことないけど・・この圧縮パルスなら」
そして砲身から青白い光線が一直線に発射された。
(お願い、届いて!!ツクシさんやキャロさんのところまで。この想いと一緒に!!)
かなりの距離だったのだろう。数秒は何もおきなかったので外したと思われたが・・ほんの一瞬の出来事。妖精界全体が閃光につつまれ、視界をうばうほどの強烈なフラッシュが起こった。
目を開けると・・・そこにはコントロールを失った怪物たちが慌しく去っていく姿がある。
「やったんだ!コナギちゃんの攻撃が核を貫いたんだ!」
「スゴイでーす♪さすがはコナギさーん!」
「す・・・すごい」
(よかった)
この結果にはマルモを始め、妖精界全体は大いに湧き上がった。
ミルモ達が不在という事態の中で起きた思いがけないダアクの妖精界への攻撃は、違う目的で居合わせた青うさぎ達によって救われた。人間界でも次第に暗黒エネルギーは増大し、今や各界とも平和な場所などなくなっている。
昨日の敵は今日の友、国王マルモはコスモス達の活躍を大いに評価しこれに呼んだ。
「まさか本当に退けてくれるとは、まことにアッパレじゃ!そなたらがおらんかったら妖精界はどうなってたやもしれん、改めて礼を言うぞ」
さっきまで敵として戦っていた国王の器の大きさをコスモスは感じていた。
「いえ、オイラ達こそ無粋な事をしてしまって。さらには国王に手をあげる始末、処分は何なりとお申し付けください」
「何を言うか。今わしがおるのはそなたらのおかげじゃ。よく妖精界を救ってくれた、すべては不問といたそう」
それを聞いてポニィや他の青うさぎも喜んだ。
「じゃあ、ライムちゃんやマリンちゃんも引き渡してくださるんですね!」
「もちろんじゃ。じゃが・・・」
その話題に触れた瞬間、国王は神妙な面持ちになった。
「実はその二人、先に脱獄した二人に比べより多くのお菓子地獄を体験してしまったせいで放心状態なのじゃ。今はそこにおるポニィの家でもある名門の病院と専属医師のゲンパに治療させておる。誤解とはいえ、何ともむごいことをしてしまったと後悔しておる」
妖精界にて悪事を働いた妖精は特別な牢に入れられる。そこはお菓子が切っても切り離せない存在である妖精にとってまさに生き地獄。あるはずのない大好きなお菓子の幻影が次から次へと映し出され、入った者の精神を狂わせてしまうのだ。普段はお仕置き程度の時間なのだが、今回は状況が状況だけに放置されていたようだ。
「そうですか・・。無事に助け出せなかったのは残念ですが、国王と分かり合えてオイラ良かった」
「わしもじゃ」
「もし何かお力になれることがあったら何でも言ってください。僭越ながら馳せ参じますので」
「お互い様じゃな。若い英雄よ、そなたの活躍を楽しみにしておるぞ」
一同はマルモ国王とサリア王妃に深々と挨拶をし城を後にした。城外には青うさ村への脱出に失敗していた碧うさと、途中で参戦した見慣れない青うさぎが一緒に待っていた。
「あ!コスモスくん、どうだった?」
「うん。あの二人は牢に入れられてる間に病気になっちゃって・・旅はもう無理そうだって」
「そんなぁ」
「碧うさちゃんのせいじゃない、オイラ達が未熟だったせいだ。ほんとにゴメンよ」
シャクナゲに押され、初めて妖精界に足を踏み入れて色んな体験をした碧うさ。出会いと別れ、そのいくつもの喜びと悲しみが複雑な気持ちになって体中を駆け巡る。
それでも二度とダアクの手によって犠牲者を出してはいけない、その信念は変わらない。
「ところでさっきはバタバタしてたんで気にしなかったけど、君は?」
コスモスは不思議と意見を聞いてしまった少女のほうへと視線を移した。
「は、はい!わたしはスズランと申します!!シャクナゲ先輩にお世話になってた者です!」
「元気いいなぁ」
「それが取り得ですので!」
「ってことは、君も青うさ村を訪ねて?」
「はい、クチナシさんよりコスモスさんを無事に連れて帰るようにと!!」
その傍らには、ホルレンと一緒にいた桃色のうさロボがいる。キャロの形見である、うさ美とうさ子だ。野良と判別しやすいように、キャロが自分の好みのカラーリングにしていたのだった。
「妖精界も国王に任せておけば大丈夫だね。さ、みんな青うさ村に一旦帰ろう」
ほころび穴を見つけ出し、コスモスや碧うさなどの残留組も妖精界を引き上げた。
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兵舎に戻った一行を、先に戻っていたラタ達が出迎えた。
「おう碧うさ。相変わらずしぶといな、お前」
「へへ、らっちゃんにゃあ負けられないからねー」
ここでコスモスとクチナシは久しぶりの対面を果たした。
「コスモス。よくやったな」
「いえ、オイラだけの力では何もできなかった。まったくいつまで経っても情けない下っ端ですよ」
「そう思うか?」
囚われた碧うさの仲間を救うため、妖精界のTOPであるマルモ国王に挑んだ勇気。これを見てきた、ここにいる全員が今やコスモスを情けないなどと思っていない。むしろそう・・・妖精界を救った英雄と。
「ロット隊長がオイラに教えてくれたもの・・・ようやく今分かってきた気がするんだ」
「あのロットは、あれだけの実力を持ったメンバーの中で一番お前に期待していた。あれは、最も地味だからゆえの同情なんかではない。あいつは見えていたんだろ、お前の今ある姿が」
みなホッと一息ついているところに、またしてもあの青うさぎがやってきた。
「どうしたよ、敗軍の将。お目覚めかい?」
「き・・・貴様はカゲツ!?なんでこの兵舎に!」
「コスモス、お前が留守の間にここを乗っ取ろうとわざわざやってきたのよ。このロートルに返り討ちにあったがな」
「クチナシさんが。さすがです」
カゲツはクチナシにやられた傷をおさえながらコスモスのところまでやってきた。
「俺は未だお前がここのトップを張るのに納得がいかねえ。勝負してもらおうか!」
「トップ?何をバカな、隊長はクチナシさんのはずだ」
「あのロートルはお前に譲ると言っている」
「それは・・・ほんとですか?クチナシさん。オイラじゃとても務まらないですよ!」
「なに、ロットの教えを忠実に生かせ。それに、あの3英雄を差し置いてお前は生き残ってるんだぜ」
急なことに困惑しているコスモス。隊長など考えたこともなかった。
「と、言うわけだ。表に出てもらおうか」
「待ってくれ!オイラがあのサザンカの弟であり、闇組織の黒幕だったお前に勝てるわけないじゃないか!」
「ほほう。ならば不戦勝ってことで宜しいか?クチナシよ」
頭をポリポリかきながらカゲツを見やるクチナシ。
「ま、物は試しでってことで。コスモス、ちと相手してやってくれ」
「ええ〜!?」
穏やかなムードが一変、日も傾いてきた丘で二人は対峙した。
「コスモスくんは大丈夫なんですか?力量的にはどんなです?」
「ん?さあな。まあコスモスが危なくなったら助けるさ」
「うっわ、すごい獅子っぷりですよ・・」
手負いとはいえ、カゲツも百戦錬磨。実戦に関しては申し分ない経験と、青うさぎ随一の忍法を併せ持つ。名実ともにトップクラスの実力を持つ。今、コスモス最大の試練が訪れる。
「残念だがこっちは傷が深い、さっさとやらせてもらうぞ!」
カゲツはいきなり数体の分身を作り出した。そのそれぞれが四方八方から襲い掛かる。
「どう闘えばいいんだ・・・」
コスモスは戦いにおいて常にサポート役に徹することが多く、こういった戦いに慣れていない。マルモ国王と戦ったときでさえ、あまりよく覚えていないのだ。
「どうした!逃げてばかりか!?」
分身の攻撃により次第に体のあちこちが血でにじみ赤く染まってゆく。妖精界での疲れのあるせいか、心なし動きも緩慢である。コスモス本来のスピードが生かせない。
「コスモスー!お前はロットの唯一の弟子なんだぞ!!教わったことを、すべて相手にぶつけてみろー!」
遠くで見守るクチナシは大声で叫んだ。
「ロット隊長・・・」
その時、ヒナゲシの持っていたヒマワリのハチマキがふわりと飛んだ。風もないはずなのに、ゆっくりとコスモスのほうへと向かう。これを拾い上げたコスモスは、自分のトンファーであるキャロットロンに結びつけた。
「そうだよな、ヒマワリ。お前のぶんまでやんなきゃならないことがあるよな。ヒナゲシちゃん、このハチマキ・・オイラに貸しておいてね!!」
「ええ!それは私ではなく、コスモスさんが持っているべきですから!!」
カゲツは分身を解いた後、あのクチナシを追い込んだ火球の術を繰り出そうとしている。
「もう、迷わない!いくぞ!!」
コスモスは得意の最上級気配消し、イレイサーを使う。
「消えただと?この忍びである俺に対してそんなものが通用すると思うか」
しかし、どんなに気配を探っても位置はまったく掴めない。これは隠密行動が生命線である忍びにとっては最大の屈辱であり、敗北感すら感じる。
「ば、ばかな!?今までどんな奴でも見つけ出し始末してきた俺だぞ」
「また自分の尺度か、カゲツ。残念だが上には上がいるってことだ。コスモスの気配消しは、お前のチンケな術とはわけが違う。本当に自然と同化する高等技術だ。川のせせらぎ、小鳥のさえずり、その一つ一つに逆らわず一体化する。誰の手も届かないとこにいるんだよ」
コスモスがカゲツの背後から現れた。忍びが後ろを取られる、事実上の完敗だ。
「オイラにはオイラ、あんたにはあんたの良さがある。実際これだけの傷を負ってたら長くはもたないよ、気配消しも」
「なるほど・・・。道は違えど、そっちはそっちでかなり修練を積んでいるわけか」
悪は消え去るのみ。クチナシに続き、コスモスにも敗れたカゲツは身を翻しその場を後にする。しかし・・。
「それでいいのか?カゲツ」
「何がだ」
「もう組織もなければ目的もない。そんなお前がこれから何をするんだと聞いている」
「どうでもいいだろう」
さきほどの戦いで左目を大きく切ったコスモスもまた、カゲツの行く手を遮った。
「これじゃあどっちが勝者か分かりゃしない。正々堂々闘えるじゃないか」
「・・・・・」
「クローンだなんだなんてサザンカの後を追い回すんじゃない、これからは自分で道を切り拓いてみたらどうかな」
「仲間になれとでもいうのか?」
コスモスはそっとコナギを前に出した。
「分かるかい?この子はクローンなんだ。それでもしっかりと自分の意志で今ここにいる。今までやってきたことは過ぎたことと割りきって、これからは青うさ村のために生きてみたらどうだい?」
「お前は、俺が憎くないのか?」
カゲツがコナギに問いかける。
「憎しみは悲しいだけだよ。別に気になんてしない」
ダアクの誕生により、あらゆる世界の歯車が狂い出した中にあって新しいつながりも確かに存在する。カゲツは闇の世界の住人として君臨してきた歳月を一切切り捨てることを決意し、ここに次世代ブルークローバーのメンバーとして名を連ねることとなった。
その夜、青うさぎと妖精で話し合いが行われた。
「碧うさ、お前の戦いはこれからだ。本当の主役はお前なんだぞ」
「分かってるって〜。コスモスくんも隊長さんになったことだし、あたしも頑張らないと」
「ほんと。ちょっと見ないうちにすごくお姉さんになったよ」
「そおかあ?相変わらずオツムはそこそこだけどなぁ」
ラタが水を差す。
「なあにい〜?」
「なあんだよ〜」
一同は笑いながら微笑ましいやり取りに見入っていた。
「でも、リンナちゃんがこっちに戻ってきてからケガの具合がおもわしくないのねん」
「うん。それにダアクに関する情報もあんまり集らないの」
リンナもまた、城から脱出するさいの戦闘でケガ負い養生していた。
「リンナちゃんもうちの病院に連れていくですよ」
「それと、ダアクに関してはこのスズランが色々調べてきてくれたみたいだよ」
眼鏡っ子の新メンバー、スズランがたくさんの資料を持ってやってきた。
「妖精の皆さん!諸悪の根源であるダアクについて色々とお伝えします!!」
「なんかやたら元気がいい奴だなあ」
碧うさはじめ、ポニィ、ラタ、ナナ、スモモ、ホルレンは耳を傾けた。
「現在ダアクは人間界の何者かの家に隠れて力を蓄えています。復活してしまうと強大なエネルギーで全ての世界を無にしてしまうほど言われています。これを阻止しようとしてるのがミルモ王子達です」
「うん、途中で会ったよ。あっちはあっちで大変そうだった」
「はい。しかしですね、王子達に協力することが目的ではないのです」
「どういうことだ?」
「調べによると、人間界に存在するダアクの他にもう一体。別の存在が確認されたんです」
ただでさえ恐れられているダアク、それが二体いるということは由々しき事態だ。今の報告には妖精のみならず、青うさぎたちも耳を疑った。
「そのもう一体って?」
「クリスタルランドに身を隠している確立が高いんです」
「初めての土地なの・・」
このままでは人間界の本体をミルモ達が倒したとしても、仮の体のほうへ逃げ込まれてしまう可能性もある。あっちよりも先に消滅させておかねばならないということである。
「まあでもやるしかねーよな」
「そだね。そのためにこうして集まったんだもんね」
「もちろんなのねん♪」
「がぜん、やる気が出てきたの!」
「王子たちより先に倒すっちょね!!」
それぞれは怯むどころかこれから始まる戦いに希望すら感じるようになっている。しかし、一人だけまたうかない顔をしている。ポニィだ。
「どしたのポニちゃん。あ!もしかしてコッソリとハッピーターン食べたのバレた!?」
「え?あれは碧うさちゃんだったですか!?めっちゃ楽しみにしてた人間界のおやつ、幸せのお菓子が無くなってたからずっと探してたですよ!」
「あらら、なんか違った」
「そういうのヤブヘビっていうのねん」
本来の理由を聞いてみる。
「これからって時ですけど、またみんなと一緒に行けなくなったです」
「どうしてなの?」
「実はここに軍医がいないですよ・・。タンポポちゃんのような。そこで、このツバキくんに医療のあれこれを教えてくれと頼まれたです」
「すまない、碧うさ。タンポポほどでなくていい。しかし今のままでは村は守れないかもしれない。ある程度まで行ったらポニィをそっちへ向かわせる。それまでは・・」
「そっか、じゃあ仕方ないね、らっちゃん」
「何で俺に振るんだよ」
ポニィはツバキを軍医としての資質を見出し、自分の技術を教えることにしたのだ。
「まあいつでも待ってるからさ。また【タァー!!】ってドロップキックで登場してよ」
「そういうわけで、またらっちゃんにお願いするですね」
「もう慣れてらい」
ポニィは新たに加わった3人にも声をかけた。
「スモモちゃん、ナナちゃん、ホルレンちゃん。大事な時にいなくなって申し訳ないですけど、二人を頼むですね」
「できる限りやるっちょよ。ポニィちゃんもすぐ来てほしいっちょ」
「そうなの。やれる事はやるつもりなの。だからお互いに頑張るの♪」
「新米だけど、ポニィちゃんが戻るまで絶対に負けないのねん」
力強い言葉に勇気づけられ、ポニィは青うさ村に残った。しかし、これから行くクリスタルランドは情報が少ない上にシンリーンとうなばランドという二つの勢力が対立していて危険だという。
そこで案内役を兼ねて、各地を回った経験のあるローズが同行することになった。
「オウ!初めての大役、とってもキンチョーするでーす。宜しくでーす、碧うささーん」
「うわ。めっちゃ大きい・・・」
「まるで親子だな、碧うさ」
かくして、碧うさの戦いはクリスタルランドへと移っていった。
新ブルークローバーとの別れを済ませ、クリスタルランドへの国境へ向かう碧うさと妖精達。道中はひどく道も荒れ、何人も通れないような獣道と化している。この国境付近は幾度も戦闘が行われるため、整備をしたところで無駄なのだ。そんな寂れた道なき道に青うさぎが立ち尽くしていた。
「あ!コナギちゃんだ!!」
言うまでもない、クローンでありながら自分の意志をしっかりと持った碧うさの大親友だ。
「・・・・」
「なんかコナギちゃん変わったねぇ」
コナギは下を向いたまま何を言うでもなく立ち尽くしていた。
「きっと何か事情があるんじゃないのかぁ?」
「あたしもそう思ってるよ!コナギちゃん、待っててね!!ダアクなんてポーンと片付けてくるからさ♪」
本当は心配で心配でしょうがないコナギなのだが、ここで仮面を外せばきっと13衆に戻れなくなる。その強い決意が無言の応援となっていたのだった。ラタや碧うさが事情を察してくれて嬉しかった。
碧うさがニコっと笑い、それに応えるようにコナギも微笑んだあと去っていった。
「さあ!レッツゴーだぁ!!」
元気に出発して間もなく、大きなほころび穴を遠くに確認できた。きっとあれに違いないと一行は足を速める。しかしこれがクリスタルランドへ通じているのかがまだ疑問だったので近くの建物を訪ねた。
この建物の横には延々続くような柵が立てられおり、大きなほころび穴まで勝手に行くことはできない。ここがきっと国境なのだろうと全員で話し込んでいると、大きな青うさぎが奥からやってきた。
「あん?何だ何だお前達は」
「あ、あたしは碧うさって言います!これからクリスタルランドに行きたいんだけど、いいですか?」
ローズよりも大きい体にボロボロの帽子。いかにも百戦錬磨と言わんばかりの風貌に一同は怖気づいた。
「いいわけねえだろ。第一ここだって最前線だ、お前らヒヨッコが来ていい場所じゃねえ。帰った帰った」
「そんなぁ」
まさかの足止めは想定外ではあった。しかし同行していたローズだけは一人何かを考えている。
「・・・・・もしかして、リンドウさんデスか?」
「ん?おお〜、お前はローズ嬢ちゃんじゃねえか!デカくなりやがったな、一目じゃ分からなかったぜ」
「やはりデース。役場に勤められたと聞いてマシタが、国境にいるなんて思わなかったデース」
「性に合わねえけどな。ローズが一緒ってこたぁ、何かあるんだな?」
事の詳細をここで話すことができた。
「何だって?ダアクを倒すだぁ!?」
「うん。このままだと青うさ村も妖精界も人間界もクリスタルランドも全てが無くなっちゃうかもなんだよ」
「言いてぇ事は分かるけどよ。やれるもんならとっくにやってるんだよ」
リンドウの話によれば、これまで腕ききの青うさぎが何度もダアク討伐に向かっていたらしい。しかし誰一人生還者が現れることがなかったため、クリスタルランドとの国境であるこの地に経験豊富なリンドウを置き守りを固めていたとの事だった。そんな中の突然の訪問、急な話に当然首を縦に振ることなんてできない。
「確かに言われみればそうだよな。俺らは選ばれた英雄ってわけじゃねえんだもんな」
「悲しいほどに寄せ集めなのねん」
一気にモチベーションが下がってしまった一行だったが、話をひとしきり終えたリンドウが今度は考えこんでいる。
「おい。そこの青うさぎ、ちょっと顔を見せてみろ」
「へ?」
リンドウが近くに来て碧うさの顔をじっと見つめる。何か悪いことしたかとビビリまくる碧うさ。小さいしっぽも心なしかペタッとなっている。
「もしかして、ナデシコの子供じゃないのか?」
この一言に一同はあ然とした。それもそのはず、碧うさの生い立ちなぞ誰も知るものはいなかった。育ての親であるロットでさえ知らないだろう。自分自身どこでどうして生まれたかなんて気にもとめなかった。
それがリンドウの言葉によって大きく変わろうとしている。
「お・・・お母さんを知ってるの!?」
「知ってるも何も、ナデシコは元メンバーの一人だよ。最強部隊とも呼ばれたね」
明らかに碧うさは動揺している。無理も無い。
「リンドウさん、ナデシコさん、バイカさん。三女傑と呼ばれた最強部隊デース」
「ローズちゃん知ってるの?」
「子供の頃のお話ですケド、以前に遊びに来た時に会ったことあるデス」
碧うさの目線はすでにダアクよりも母親について・・に変わりつつある。しかし、今は一刻の猶予も許される状況ではない。13衆から渡されたタスキをここに置いていくことはできない。
「リンドウさん!ダアクを倒すことができたら、お母さんの事を教えてもらっていいですか!」
「ああいいよ。ただ、会えるかどうかは別だけどね」
碧うさは最悪の結末を想像する。
「いや、死んだわけじゃない。バイカは残念だったがね。ただ生きてるとも言い難いか」
「もう待ってられない!早く通してください!!」
急かす碧うさに後押しされたリンドウは奥から一つの武器を持ち出した。うさぎにはとても似つかわしくない突起のついた金棒だ。戦鬼女とも言われたリンドウの得物である。
「ダアクを倒すのに必要なのは人数じゃない。チームワークだ。お前らがこれから立ち向かうものがどういうものかと言うものを思い知ったほうがいい。この俺を倒す気構えがなきゃあ話にならん」
「それって・・リンドウさんと戦うってこと?」
「あ、そうそう。俺の見立てじゃ、そこの妖精二人はここで待機だ」
そう指をさした先にはナナとスモモがいる。
「何だよ!数が多すぎて分が悪いってのか?」
「なかなかいい度胸なネズミ妖精だな。そうじゃない、相性ってもんがあるんだよ。誰かのためにってのはよく分かる。しかしそれが時として致命的なミスにもつながりかねない。長年戦ってきた俺の野生の勘がそう思わせるのさ」
説得力はあった。これまで碧うさに協力して旅をしてきた妖精も出会いと別れを繰り返してきた。できることなら無事でいてくれるほうがいい。それは碧うさの胸にあるものと同じだった。
これも絆、そう理解した二人もこれまでの事をいい思い出としてそれぞれ故郷へ戻っていった。
「ローズも見学な」
「わかってるデス。碧うさちゃん、ガンバッてくだサイね」
三英雄、そしてオウカを超越した存在に碧うさ・ラタ・ホルレンは真っ向から対峙した。
「まずは思い思いに責めるぞ。相手の手の内を知るのも作戦の一つだろ」
ラタがバズーカを取り出しながら二人に声をかけると同時に、一発・二発と発射した。それに呼応するかのようにホルレンもまた手持ちのプリン爆弾を投げつけ、リンドウはあっという間に砂塵の中に埋もれてしまった。
その隙に碧うさは自慢のすばしっこさで後ろ取って体当たりを仕掛ける。実際に長旅によって自然とできたチームワークは本物となっていた。
しかし相手は一筋縄ではない。成功したように見えた連携プレーも、なぜか足を持たれて捕まっている碧うさを見れば一目瞭然。まったく通用していないのである。
「初めに爆破系で目くらましをしてからの背後攻撃か。理にかなってるじゃないか。でもな、それはあくまでも対凡人用の戦略だ。ダアクにそんな事をしたら自殺行為だぞ」
そう言うと碧うさをラタ達の下へと投げ返した。
「目くらましにしかならねえのかよう・・」
「お次はこっちだ!」
リンドウが大きな金棒を振り上げると、そのまま地面に叩きつける。この世のものとは思えない地響きが一帯を襲い、3人は立つことすらままならない。そこへ容赦ないニ撃目が碧うさの頭上に迫る。
「こんなもの!!」
咄嗟にかわした碧うさは、戻り際の金棒にしがみついてそのままリンドウの懐へ迫った。これに驚いたリンドウは振り払おうとバランスを崩したところに、今度は二人が足元へ発射。
「クソ!」
思わず尻もちをつき、その巨体は地面に叩き付けられた。
「奇抜な戦いは慣れっこだい!」
自慢げに引き返す碧うさを見ながら久しぶりの実戦に燃え出したリンドウ。プライドもそうだが、ひょっとするとという気持ちにも変わってきている。
「こっから先はケガもアリだ!せいぜい気をつけな」
すごい形相でまたもや金棒を叩きつけると一帯は砂塵が覆った。視界が極端に悪い状態では何があるか分からない。どんな攻撃にも対応できるよう待ち構える・・・が、やけに静まりかえった。
そして次第に視界がよくなってきて驚いた。リンドウが消えている。
「おいおい。逃げたんじゃねーのか?」
「いやいる。すぐ近くにいるよ、気をつけて」
「どこなのかなぁ。すごい怖いのねん」
3人が背中を合わせて見渡すもどこにもいない。しかし様子を見ていると次の瞬間・・・
「ここだよ!」
何とリンドウは地面の下から飛び出した。この衝撃で3人は勢いよく飛ばされ地面に叩きつけられる。さすがにこのダメージは大きかった。思いもよらぬ攻撃方法での精神的なダメージも含まれている。
「ば・・ばかな。何だって潜れるんだよ。うさぎだろ!?」
「あたた。めっちゃ顔面から落ちた」
そして動けない3人に再度地中からの突き上げ攻撃を繰り返すリンドウ。元最強部隊の名はダテではないと言わんばかりの攻撃力。もはや深手を負い、まともに動くことさえできなくなった。
「ま、こんなもんさ。お前らじゃダアクにやられるだけなんだよ」
迫り来る威圧感はまさに鬼そのもの。止めを刺さんばかりに近づいてきた。
「せめて気絶くらいさせなきゃ言うこと聞かんだろ」
両手に持った金棒を3人の中心に向けて力を溜める。直に当たらなくても十分ダメージを受けるのがリンドウのずば抜けたパワーだ。その一撃はまさに天災そのもの、動けない体で悔しがる碧うさ。
「ちょ〜っと待つです〜!!」
すんでのところでリンドウの腕にドロップキックをお見舞いした一人の妖精。またもやバランスを崩しリンドウは倒れこんだ。その隙にその妖精は3人に虹色の布をかぶせる。
「ぽ・・ポニちゃん!」
「間に合って良かったですね」
「何だよ〜。せっかくこれから逆転打を打つところだったってのによ〜」
「助かったのねん」
そこには紛れも無いポニィの姿があった。別れてから数日しか経っていなかったが、ツバキの予想以上のセンスのおかげで早めに合流することができたのである。
そして布をバサッと取り上げると、不思議と3人の傷がほとんど治っていた。
「すごいねポニちゃん!3人いっぺんに治しちゃうなんて」
「わたしだってメンバーですから。一人だけ成長なしじゃカッコつかないですよ」
のっそりと起き出したリンドウだが、まだこれといってダメージを与えていない。ポニィ一人加わったところで態勢には変化はない。
「ほお。そりゃあ虹布か、まさか生きてるうちに見られるとはね」
「リンドウさん。ここは通してもらいますよ」
「この村と親交が深かった一族の者か。だったらなおさら通せんな!」
三度地中に潜ると、今度はフェイントなのだろう。あちこちから地面が爆発を起こす。逃げ場は無いに等しい。
「くそ!何だってこんなに潜れるんだよ!!」
「穴うさぎだからですよ」
「穴うさぎ?」
「そうです。元々うさぎは敵を察知すると地面を掘って逃げ込んでいたんです。多くのうさぎの祖先と言っても過言ではないですよ。つまり一番本能に近いスタイルを持ってる事になるです、手ごわいですよ」
そうこうしてるうちに何度か爆発に巻き込まれてダメージを受け始める。回復も追いつかないほどの広範囲攻撃にポニィは頭をひねって考えた
「今こそチームワークを見せるときですよ」
ポニィは3人に耳うちをした。今もやまない地面からの攻撃であちこちはボコボコになっており、足場は非常に悪くなっているので行動も制限されていた。そこへ碧うさは気配消しを使い移動を開始。
いくら地中からとはいえ、これをやられると位置の確認はできない。これを不思議に思ったリンドウはしばらく様子を見ていたが、それこそが狙い通り。
開いた穴の一つの上で突然気配を出した碧うさ。すぐさま反応するリンドウ。しかし碧うさは何をするでもなく咄嗟に逃げ込み、上から虹布が覆い被さってきた。
「ちくしょう!」
空振りをした上に虹布に巻かれたリンドウ。仕上げはラタのバズーカとホルレンの爆弾。いとも容易く命中し、さらには爆発によって虹布が性質を変え「火炎布」として威力を増大させた。
火に弱いうさぎにとっては致命傷確実の攻撃である。
「おが・・。あ、クソ!まさかこれほどとはなぁ。そうか、その4人で一つなのか・・」
布を取ると黒コゲになったリンドウがかろうじて立っている状態だった。
「すぐに治すですよ!!」
「その心配はございません」
駆け寄ろうとしたポニィを制止したのはまたもや青うさぎ。格好はまるで修道女だ。
「リンドウ様に神のご加護と大地の恵みを」
手にしたロザリオをリンドウに向けると、見る見るうちに焦げた体が元通りになっていく。これには医療のスペシャリストであるポニィも目を疑った。
「ち・・・治療じゃないじゃないですか」
その眼差しは澄み切っていて、相手でさえ安らぎを感じる事ができる。只者ではないのは分かった。
「派手にやられましたね、リンドウ様」
「ああ。伊達にダアクとやりあいたいなんて言わねえってこった」
このうさぎの名はアジサイ。あるうさぎの一番弟子にして、神への信仰を忘れず特異な能力を持つ事で青うさ村を守ってきたシスター。その、あるうさぎとは・・・?
「ナデシコ様の話題が出てらっしゃいましたね」
「ああ。見ろよ、こいつはそのガキだ」
「まあ」
アジサイはすぐさま駆け寄ると碧うさの手を掴んだ。全体の雰囲気、体の作り、そして内に秘めた底知れない力を感じ取ると穏やかに笑った。
「あなたがナデシコ様の。とても似てらっしゃいますよ」
「お母さんを知ってるの!?」
「勿論ですとも。わたしのかけがえのない師匠でございますから」
碧うさはリンドウとの戦闘前に交わした約束を思い出した。
「ねえ!教えてくれるんでしょ!?お母さんは今どこにいるの!」
「ナデシコ様・・・ですか。それが・・ずっと遠くに行ってしまわれて」
「遠くってどこ!」
興奮する碧うさではあるが、本来の目的であるダアク討伐も重要な使命だ。ラタやポニィ、ホルレンなども気を使ってはいるが内心焦りも出始めている。
「なあ碧うさ。せっかくなんだけどよう、ダアクを倒してからにしねえか?」
「そうなのねん。これが終わったら一緒に探してあげるのねん」
その言葉で我にかえる碧うさ。突然の出来事で動転していたものの、やはり自分の事で全員に迷惑をかけるわけにはいかない。それよりも何よりも、命がけで村を守った13衆の想いを無駄にはできない。
少しずつ、大人になっていた。
「分かった。じゃあこの使命が終わったら教えてね!」
「いつでもOkデスよ。だってアジサイさんも13衆に決定ですカラねー」
「そうなんだ!」
「はい。コスモスさんに是非とお呼ばれ致しまして。不束者ですがお世話になろうと思っております」
「リンドウさんも入れば心強いのに」
「俺ぁダメだ。もういい歳だからな、若いのに着いていけねーのさ。ま、ここでノンビリするさ」
一つ成長を遂げた碧うさに、頼れる兄貴ラタ、攻守に秀でたホルレン、そして神器「虹布」を手にしたポニィでメンバーは揃った。心は同じ、打倒ダアク・・・最終決戦に向けてクリスタルランドへと乗り込む。
「あいつ。もう勝った気でいやがったな」
「それくらいの方が頼もしいじゃないですか。きっと勝って戻ってきます」
「絶対に倒してくるデース!ローズの勘は当たるんデスよー」
3人は、碧うさ達がほころび穴から姿を消すまで見送っていた。
リンドウもまた、13衆に召集されたローズとアジサイを見送る。
「お前たちも俺たちも心は一つだ。あいつらがデカい事を成し遂げると信じるなら、やるべき事は分かってるな」
今やダアクが復活目前である人間界や妖精界だけの問題ではない。ダアクの精神である本体が存在するであろうクリスタルランドに、ここ青うさ村もダアクの手下である怪物や機械が襲ってくることになる。
いくら碧うさ達がダアク討伐を遂げたとしても、帰るべき場所がなければ意味はないのだ。
「はい。必ずやこの青うさぎ村を死守し、碧うさちゃんたちの凱旋を心待ちにしたいと思っております」
「ダイジョーブです!コンキョはないですケドね、やってミセます♪」
頼もしくなった二人の成長に、戦鬼女とも呼ばれたリンドウの目が潤んだ。しかし、それを決して見せないのが本物の証である。歴戦の腕が、それを素早く拭っていた。
「行け!二人とも!!ここは・・・絶対に・・・通させはしない!!!」
リンドウが大きな金棒を振り上げ二人に背を向けた。その大きな背中に、アジサイは祈りを込めた。
「リンドウ様に多大なるご加護と恩恵があらんことを」
アジサイの能力は「祈り」。ほぼ全ての願いを叶える事が可能という絶技の持ち主だが、願いの大きさによる制約などが細かく決められているので決して乱用はできない。
一度唱えるとしばらくは願いが通じなくなるという難しさも加わっていた。
「いきまショウ、アジサイさん」
「はい」
ローズとアジサイは国境を守備するリンドウを残し、ブルークローバーの兵舎へと急いで戻って行った。
それから数日後、いよいよ残りの13衆も決定し本格的なブルークローバーの旗揚げとなった。
「間に合いました!コスモス隊長のご指名であった、コデマリ殿とアヤメ殿です!」
ヒナゲシが駆け込み際に紹介したこの二人、かつては双天女と呼ばれた双子の姉妹。前ブルークローバーの隊長であったロットが目をつけていたが、その時はあまりにも幼すぎて入隊を勧めなかった。
コスモスがロットの指導を受けていた際、よくこの姉妹のことを聞かされていたので思い出したように13衆に誘っていたのだ。今では二人とも心身ともに成長し、13衆の名に恥じないメンバーとなった。
「姉のコデマリですぅ〜。みなさ〜ん、どうぞ宜しくおねがいします〜」
「妹のアヤメだよ♪姉ともどもヨロシクね♪」
物腰が対照的な二人だが、戦となれば阿吽の呼吸でのコンビ技を繰り出すことができる。コデマリは主に大きな羽衣を使った守備的な役割、妹のアヤメはその合間を閃光のようなナイフで攻撃する。もちろん単独でも両方強い。
二人の紹介を終えたところで、副隊長のクチナシが最後のメンバーを連れてきた。
「お?双天女のご到着か、タインミングがいい。こっちもOKだ。さ、入ってきなよ」
見るからに凛々しく、しかも端正な顔立ち。13衆に入るべきうさぎだったとも言えるたたずまいは、只者ではないことを強調するには十分すぎる。
「さ、ついでだ。自己紹介しちゃいなよ」
「自分はホオズキと申します。一度は役場へ身を置いた身ですが、あちらのやり方に疑問を持ちましてクチナシさんに声をかけて頂きました。やるからには頑張らせて頂きます、どうぞ宜しくお願いします」
ホオズキは役場からのスカウトで遠方よりはるばるやってきて兵士の訓練指導に当たっていたのだが、役場側のホオズキに対する部外者意識が強すぎたため「村を守る」という根底に疑問を持ち続けていた。
そこへクチナシが説得にかかっていたところ、数日たった今ようやく応じたのだった。
「へえ〜、役場の訓練教官だったのか。おれもこんな才能のある男に生まれたかったなー。あ、おれキキョウって言うんだ。宜しくね、教官さん」
「いえ、私はそんなに大した者ではありません。人より少しだけ剣技を知っているだけですから。それに・・・わたしは、女です」
一同はあまりのかっこよさに完全に勘違いをした。
「酔うね、このカッコよさは。なあツバキ」
「ええ。異性って感じがまったくしないんですけど・・・」
一通りの紹介も終わったところで、みなミーティングルームへと集まった。
「みんな!この13人がこれから青うさぎ村を守っていくための剣となり、盾となる。ロット前隊長にも負けないようにオイラも努力する。だからみんなも是非、オイラに力を貸して欲しい!!」
一層頼もしくなったコスモスの呼びかけにより、各地から集まった精鋭が今新たな伝説を作る第一歩を踏み出そうとしている。
「残念だけど、今人間界ではダアクの復活が間近に迫っているみたいなんだ。妖精界でもガイア族を含めた妖精たち全員が危機に直面している。そして・・・碧うさちゃんと仲間の妖精がいよいよ決戦に入る頃。オイラ達が成すべきこと、成さなければいけないこと。これをしっかりと体に刻んで、みんなでこの村を守ろう!絶対に犠牲者は出さない。住人のみんなも、オイラ達も・・・。役場側はアテにはできない、オイラ達で明日へと繋がる橋を架けるんだ!!」
否応にもそれぞれの士気が高まった。コスモスの中に、やはりロットの面影を感じるクチナシ。絶対に生き残れると確信していた。
「では、みんなへの作戦指示を伝えるからしっかりと聞いてね。じゃあスーちゃん、よろしく」
シャクナゲの後を継いだ次世代13衆のブレインがこのスズラン。小さい体に似合わず大きな声でハキハキしている。みんなからはスーちゃんと呼ばれ可愛がられている。
「では皆さん!作戦をお伝えします。時間がありませんので一度しか言いません、お聞き逃しのないようにお願いします」
体が極端に小さいスズランだが、野良のうさロボを改造して作った搭乗可能モデル「ラービー」のおかげで他の者と同じくらいの背丈になれる。このマシンに乗ることで、全員への指揮を通信で行えるほか「うさ美」や「うさ子」に指示を送ることも可能になる。シャクナゲに負けず劣らずの天才参謀だ。
「まず東西南北でメンバー割をします!噴水広場を中心に北側、兵舎周辺にはコスモス隊長・わたしスズラン・アジサイさん・ツバキさんの4人。クリスタルランドとの国境に近い西側は、コナギさん・ローズさん・ヒナゲシさん。人間界へのほころび穴に近い東側にはカゲツさん・コデマリさん・アヤメさん。そして青うさぎ村の住人を非難させたシェルターに近い南側にはクチナシさん・キキョウさん・ホオズキさんが当たってください」
これを聞いたメンバーは誰が言うともなく、すでに班に分かれている。
「作戦は以下のとおりです!まず一番大事な兵舎近辺はわたしとコスモス隊長で守ります。ツバキさんとアジサイさんは、北側にこだわらず噴水広場を周回するようにそれぞれの区域での戦闘を補助してください。でも無理は決してしないでください、あたながたの本当の役目は「手当て」にあります。負傷した方がいれば即座に治療にあたってください」
ツバキはポニィに教わった医療の技術と武術を融合させ、新たな特技を身に付けていた。そして何より秀でていたのが外科手術。内科と外科を併せ持った神技の持ち主であるタンポポに無理に追いつこうとせず、まずは一命をとりとめるという事に重点をおいたため才能が開花したのだ。
ある程度の損傷で済んでいれば、内科担当であるアジサイの負担も軽くてすむ。コスモスは係りを二つに分けることで、医療の効率化を図ったのだ。
「でもスーちゃん、それだと北側が手薄になって隊長の負担が大きすぎない?」
「忘れちゃダメだよツバキくん。キャロさんの残してくれた・・うさ美ちゃんとうさ子ちゃんもバッチシ仲間だからね!」
一瞬ツバキと同じ疑問を持ってしまったクチナシもロボの存在に苦笑いをした。
「使えるじゃねーか・・ロボめ」
スズランはさらに説明を続ける。
「そして西側です。ここは妖精界へのほころび穴がある噴水広場付近と、リンドウ様が守る国境付近に挟まれた最も戦闘が激化すると思われる区域です。中心部はヒナゲシさんとローズさんで抑えつつ、コナギさんは少し離れた場所から両面よりの討ちもらしを撃退してください。負傷した場合は速やかに連絡を。医療隊を向かわせます」
作戦を聞きながらも、コナギの頭の中は碧うさのことでいっぱいだった。絶対に無事でいてほしい、そのために自分も絶対に村を守ると・・その決意はローズやヒナゲシにも伝わっていた。
「東側ですが、人間界からの襲撃はないと考えます!よって中心部のみをコデマリさんとアヤメさんで凌いでください。厳しくなってきたら、うさ美ちゃんとうさ子ちゃんを回しますので。カゲツさんは東側を意識しつつ、空対空で各区域の戦闘をサポートしてください」
「あ?何でも屋をやらされるということか」
「いえいえ。神出鬼没、変幻自在の技を持っているカゲツさんだからこそできる役割なのです。戦闘の戦局を左右するポジションです、宜しくお願いします!」
「まあ、そういう事ならな」
闇組織上がりでまだメンバーと温度差のあるカゲツではあるが、スズランは容易く丸め込んだ。
「そして、更に重要な南側。住人全員を非難させた地下シェルターの防衛戦闘をクチナシさん、宜しくお願いします!キキョウくんとホオズキさんはがむしゃらで結構ですので、中心部よりの敵殲滅を目標にしてください。こちらもケガをした場合は無理せず、隠れて連絡をください」
各々の作戦を確認した後、ただちにメンバーは配置についていった。人間界からの暗黒パワーはデータとなってスズランの元へと届けられる。予測時刻としては、もう間もなくという判断だ。
ツバキとアジサイも噴水広場のほうへ移動させ、コスモスとスズランは入口にて待機した。
「質問してもいいですか!コスモス隊長?」
「うわ、ビックリした。な、なに?」
「隊長がずっと尊敬してたっていう前隊長のロットさんってどんな方だったんですか?」
コスモスは自分の事より人の事を話すことのほうが好きだ。
「うん。色んなことがすごい人だったよ。腕は当然だけど、常に誰かのために動いてた気がするんだ。時には厳しく、時には自分自身が怒られたりしてね」
「それで上手くいくなんて、にわかに信じがたい話ではありますが・・・」
「オイラたちは軍人じゃないからね。家族みないなもんなのさ」
「ほえー」
幼少より戦闘を想定した確実性のある戦略に磨きをかけてきたスズランにとって、漠然としたもの・・「絆」や「団結力」といった言葉で戦力を水増しすることはありえなかった。
長きに渡る死線をくぐり抜けてきたコスモスの側にいることで、スズラン自身にも気づいてないものが見えるようになってきていたのかもしれない。
「もう、来ます。隊長・・戦闘準備を」
「済んでるよ」
人間界でダアクは復活した。一度はミルモ達に封印をされた悪の化身であったが、精神の一部をヤマネの体内に潜ませながら悪の心を吸い取り封印された肉体を取り戻したのだ。
その力はあまりにも強大で、人間界はおろか妖精界をも巨大なほころび穴のもくずにしようとしている。ガイア族、そして里の妖精が一丸となってこれを食い止める。
決戦は始まったのだ!そう・・・碧うさ達の戦いも!!
「おでましだね。これがオイラたちの初陣だ!」
戦いは凄絶を極めた。各メンバーはしっかりとした役目をこなしながら、奮闘する。
「ガガ・・ツバキくん、聞こえますか?スズランです。西側にてヒナゲシさんの重傷確認、至急願います・・」
「了解!」
急行した先には肩からバッサリ斬られ、目も虚ろなヒナゲシが横たわっていた。ツバキは即座に簡易無菌テントをその場に設置し処置にあたった。
「ツバキさーん、ヒナゲシさんはダイジョブでしょーかぁ?」
「かなり危険ではあるけど大丈夫、もたせてみせるよ。それが役目だからね」
「オー、あんしんデース。ならローズは絶対にここを守りマース」
その後、アジサイも到着しヒナゲシは全快した。これこそが次世代の戦い方なのだ。
「お姉ちゃん!」
「なーにぃ?」
「なんか、こういうのっていいよね」
「そおね〜」
新参である双天女、コデマリとアヤメも13衆という結束の輪に溶け込んだ。田舎暮らしが長かったせいもあるが、大家族のような学校のような。不思議な感覚が彼女達を満足させていたのだ。
いよいよ、戦闘も終わりが見えてきた。一度大きな地響きがなったあと、敵の数がめっきり少なくなったのだ。
「人間界にて、ダアクの反応無くなりました!ミルモ王子たちの勝利です!!」
残りの敵をやっつけながらも、それを聞いたコスモスは小さくうなずいた。クリスタルランドの様子は特殊なジャミング機能が働いていてデータが受信できない。
「これで・・これで碧うさちゃん達が勝ってくれてれば全てが終わるんだ。いや、そんな事より死んじゃダメだ。生きて帰ってきてよ、碧うさちゃん!!」
青うさぎ村の防衛に成功した次世代13衆は、その初陣を見事に犠牲者を出さずに飾った。これでまた明日がくる。明日への橋を架けて、勇者たちの帰りを待った。
〜 最終話「碧鱗の王国」 〜
国境の砦にてリンドウから最低限の物資を受け取った碧うさ一行は、いよいよ精神ダアクとの戦いに向けクリスタルランドへと出発した。
本来「ほころび穴」というものは確定的なものではなく、突然次元の歪みが生じることで発生する別空間ホールのこと。日時や飛ばされる場所などは一切不明の厄介な事象とされている。
それは妖精界に多発しており、それと同時に空間先に発生するという性質を持っている。
「ここがクリスタルランドへの入り口みたいだねー」
「自らほころび穴に入るなんて思いもよらなかったからなぁ」
「ここに来たことが初体験なのねん。けっこう面白いのねん♪」
不確定要素の多いほころび穴ではあるが、ごく稀に一定の繋がりを持ったものもある。タコス864号の口がクリスタルランドへと繋がっているように、決して消えず空間先も変わらないといった言わば「ワープゾーン」。
これによって各界へと行き来ができるようにはなった。しかし、閉じる方法が不明なために空間先からの侵入者も許してしまうという脅威も含んでいる。
ゆえに、この穴がある場所を国境と呼んでいる。決して隣接しているわけではないのだ。
決意を胸に飛び込んだ4人をほころび穴は寸分違わずクリスタルランドへと導いた。もちろんここもクリスタルランドにとっては国境、兵士らしき者にすぐに取り囲まれた。
「何やつ!」
一斉に手に持った槍を突きつけられ早くもテンパる碧うさだったが、来る前に手渡されたリンドウの親書に気づきサッと見せてみた。
「うん?これは青うさ村のリンドウ様からだな。間違いもなさそうだ」
この手紙がなければダアクどころではなかったろう、一同はホッとしていた。そして案内されるがままに、たどり着いたウナバランドの女王であるマリン姫に謁見することができた。
「おお、青うさぎではないか。久しいな。どうだ、ナノハナやスミレは元気か?あの者たちとは色々あったが、今ではよき理解者だ。また一緒に食事でもしたいと伝えてくれぬか」
碧うさはダアクの復活による影響から青うさ村が襲撃にあい、そして勇敢に戦った13衆のことやナノハナとスミレがすでにいない事を淡々と語ってみせた。
「ああ・・なんと。かの者たちがもういないと。何とも悲しいことよ、信じがたいことよ」
ナノハナとスミレは主にクリスタルランドを中心に名をあげたと言ってもよく、当然マリン姫やフォーレ王子にも面識がある。その高い武力はロボット100体でも及ばないという逸話まであるくらいだ。
さらに13衆の元祖であるオウカや、国境担当のリンドウも親交が深い。決してクリスタルランドと青うさ村は疎遠ではないのだ。
「これがリンドウさんから預かった手紙です」
「ふむ、どれどれ」
途中険しい顔で読んでいたマリン姫だったが、最後まで目を通したときには清清しい顔になっていた。
「そなたらは希望か。もちろんここクリスタルタンドもダアクの危機に直面している。シンリーンとも手を組みロボットや戦車で対抗はしているものの、まったくキリがない。今までも何人もの青うさぎがやってきては散っていった。正直言うとな、もう犠牲者をだしたくはないのだ。しかし、あのリンドウがここまで推すならば信じてもいいかもしれぬ」
そう言ってマリン姫はひとつのカギを碧うさに手渡した。
「クリスタルランドの地下通路へ行けるカギだ。それを持っていくがよい」
金色に輝くそのカギは、カギ穴に差し込むようなものではない。特殊なオーラをまとったような不思議な板。
「それを入り口にかざすだけでよい」
「ありがとうございます、マリン姫さま!」
「そなたは可愛いな、死なせたくはない。入り口には恐らくダアクが放ったであろう魔物のような巨大ロボが待ち構えている。近づくことさえ困難だろう。しかし、ウナバランドもシンリーンもこんな勇者を放っておいては一国の名折れだ。全勢力をもって巨大ロボを入り口から引き離す。道があいたらカギを使い、すぐに入ってしまえ」
いきなりポッとやってきた自分たちをここまで信じてくれるクリスタルランドの女王と王子を始め、今まで貢献してくれた青うさぎのおかげで先が見えた。
できるのか?から、できる!に心境を変化させるのは仲間なんだ。
地下通路まで案内された碧うさ達は、うす暗い洞穴へとたどり着いた。
「ここがダアクが眠るであろう祠に近い、フォーレ王子のいるシンリーンに繋がっております。まずはフォーレ王子にも事情を説明し、周りの怪物を引き付けてくれるようお願いするのが宜しいかと。こちらがマリン王女からの親書になります。途中、悪に満ちたペタモが出現するとの報告もありますのでお気をつけください」
「うん、ありがとー!」
「ご武運を」
人事ではないのが分かっている、一兵卒ながらしっかりとした案内役だった。彼らが怪物たちと接触してくれるおかげで碧うさ達は楽な道を進むことができる。責任は重大だ。
「よし、ここだな」
「これをどーするんだろ。かざすって言っても・・・」
そういいながらも、よく見ていたアニメ「マジカルポッポ」のヒロインなみの勢いでカギを天にかざす。
「おおー、開いたのねん」
「お前いま結構ノリノリだっただろ」
碧うさは照れ笑いを浮かべながら松明を用意して暗いトンネルに入っていった。
しばらく歩いたところでラタが異変に気づく。
「おいおい。なんか気配がしないか?」
「うん。ちょっと空気が変わったのねん。とってもイヤーな気配なのねん」
そんな慎重な会話をする二人をよそに、碧うさは先ほどの満足感が抜けきれずドンドン先に行ってしまう。そして悲劇は起こった・・。
「うわー!!なんか踏んづけたー!!!」
「なんなのねん!?」
急ぎ駆けつけたラタとホルレンの明かりが映し出したもの・・。それは凶悪さには定評のあるキバギャングの群れだった。どうやら調子に乗った碧うさが寝ていた1匹の尻尾を踏んだらしい。
「ヤバイぞ、これは。こいつらは頭は悪いけど執拗に相手を追い掛け回す。こんな急ぎの場面で・・」
「ごみーん」
グラサンをしたガラの悪い獣たちはすでに三人をとりこ囲んでいる。何かの合図があれば一斉に襲い掛かってきそうな勢いだ。
「どーしよー」
「まて。秘策がある」
ラタが神妙な面持ちで碧うさを制止した。
「昔こんな逸話を聞いたことがある。ミルモ王子とパートナーの南楓は、同じように妖精ペットのキバニャンゴに囲まれた際にある踊りで危機を脱したと」
「あ・・・まさかあれなのねん!?」
「アレ?」
妖精界では有名となっているアレ・・。またたびにゃんにゃんだ。
「えー、そんなの効くのー?」
「元々はお前が余計なことしたからだろ!無傷で通るにはこれしか思いつかない」
踊りを教わった碧うさも参加して三人は踊りながら前進を開始した。
「またたびにゃんにゃん、またたびにゃーん」
「またたびにゃんにゃん、またたびにゃーん」
「マタタビにゃんにゃん、マタタビにゃーん♪」
なんだかんだでまた一番ノリノリの碧うさ。二人は心臓が爆発しそうだ・・。
「またたびにゃんにゃん、またたびにゃーん」
「またたびにゃんにゃん、またたびにゃーん」
「マタタビにゃんにゃん、マタタビにゃーん♪」
その踊りをガッツリ見てしまったキバギャング達は次第に目が虚ろになり、最後には全てが眠りについてしまった。
「こいつらバカだ・・・」
「所詮は遺伝子の突然変異で生まれた妖精ペットなのねん」
この危機を何とか脱した三人。しかし、そろそろ出口だというところでついに最後の門番に遭遇した。
「こ・・こいつは!」
「え?なになに、今度は何なのホルレンちゃん」
「うーん。キバニャンゴ王なのねん」
数百匹のキバギャングを束ねる王が登場。その力はあらゆる怪物の中でもトップクラスと噂される・・・が。
「寝てるねぇ」
「ああ」
「寝てるのねん」
王は眠っていた。暖かそうなフワフワの布団に包まれて。
「碧うさ、カギ」
「あいよ」
何とも言えない悲しい気持ちになったところで、いよいよシンリーンの地へと足を踏み出す。
うなばランドと変わらぬこの地域もまた、ダアクの手先によって脅威を受け続けている。まずはフォーレ王子に会うために兵士に案内されてついていった。 そこには懸命に指示を出す王子の姿があった。
「ん?何だ、この忙しい時に。下がれ!」
フォーレ王子はチラッとこちらを見るやいなや、すぐに背を向けてしまった。
「申し上げます!この者たちはマリン王女からの親書を携えた例の勇者たちであります」
「なに?その者たちが勇者だと」
いささか怪訝そうな顔をしたフォーレ王子。無理もない、助っ人と期待していた人材が大人とは言えない妖精3人に子供の青うさぎ。
しかしマリン王女が認めた者ならばと決断を下した。
「分かった。もうこれがラストチャンスだ、そなたらに賭けてみよう」
そういうとある兵士に指示を出したあと、碧うさ達を戦車に乗るように命じた。
「我がシンリーンの技術を持って、そなたらをダアクが封印された洞窟に案内する。自動操縦だから乗っていればよいが・・道中はすでに戦火だ。中での衝撃には備えていて欲しい。そして、洞窟付近には大型のロボットが配備されているようだがこれも我々が何とかする。到着したら機を見て戦車から脱出して洞窟に駆け込め」
すると城から一斉に戦車が飛び出して、あらゆる敵ロボットを引き付け始めた。
「さあ今だ!頼んだぞ」
やや開けた道をまっすぐ突き進む戦車。中の碧うさ達も一瞬の油断はできない。
「本当にすごい事になってるのねん」
「ああ。ダアクの奴め、本格的にクリスタルランドも闇に消そうとしてやがんな」
すると真正面に大きな穴が現れ始めた。だが・・フォーレ王子の言うとおり、入り口には大きなうさロボが2体も立ちはだかっている。
うさロボが暗黒パワーを受けて巨大化したDC2タイプとDC3タイプだ。
「こ・・こえぇ〜」
つい怖気ずくのも無理はない。体感的にはまるで恐竜を目の前にしているのと同じ。いや、心がないぶん何倍も恐ろしいかもしれない。
碧うさ達を乗せた戦車が近づくと、うさロボの一体が補足を開始した。
「おいおい!こっからどーすんだよ!!」
「脱出!?ダメ、出たら巻き込まれてそれこそ助からないのねん!」
慌てるラタやホルレンをよそに、ポニィは落ちついてある一点を見つめていた。
「大丈夫そうですよ。フォーレ王子が何か持ってきたです」
すると遠くから『ニャ〜』という泣き声と共に、爆炎を吐き出すロボットがやってきた。その炎は巨大ロボの一体を破壊する。
「おお!何とすごい威力だ。さながら秘密兵器と言ったところか。完成したら最終兵器とでも名づけようか」
秘密兵器と呼ばれたライオンのようなロボットは大型だが動きは俊敏で、口から出す炎の威力も想像を絶していた。シンリーンが密かに開発を進めていた究極のロボットだ。
格闘タイプのDC3を破壊してもなお、射撃タイプのDC2は残っている。
「もう一発だ!撃てぇ〜!!」
フォーレ王子の掛け声と共に爆炎を発射した秘密兵器だが、同時にDC2もレーザー光線を一斉に発射した。いくらかは消し去ったものの、何発かは攻撃を受けてしまい秘密兵器は大破した。
巨大ロボへの攻撃は逸れてしまっていたので向こうは無傷。結果的には作戦は失敗に終わってしまった。
「フォーレ王子が!」
たまらず碧うさは戦車から飛び出して王子を抱きかかえた。
「バカ者!!私のことなど構うな!せっかく1匹倒したのだ、今のうちに洞窟へ入ってしまえ!!」
「そんなのはダメ、できない!!」
そう言う間もロボの攻撃は続いた。
「ダアクどころじゃないな、こりゃあ」
「碧うさちゃんを失ったら・・・それまでですよ」
ホルレンは颯爽と戦車から飛び出すと、自慢のプリンを大量に投げつけた。
「ホルレンちゃん!そんな小さい爆弾ではレーザーは防げないです」
「たまには任せて欲しいのねん♪」
ポニィもすかさず虹布でレーザー光線を防護するも、あまりにも多数のレーザーのために全ては碧うさ達を守れない。必死で動けない王子を抱えて逃げていた碧うさも危うし!というところで先ほどのプリンが空中で破裂した。
いつもの爆弾とは何か違う、粘着性を持った液体が碧うさ達を包み込んだのだ。
「特製プリン型の耐ビームコーティングなのねん」
「うお!ホルレン・・・お前もなんかメチャクチャさが感染してきたな」
「魔法を上手いこと合わせてみたのねん。やらなくちゃ分からない、碧うさちゃんに教わったから」
ゆっくりと落下してくる粘着壁はロボのレーザーを全て吸収していた。次第に攻撃の手が和らいでいき、ついには巨大ロボは停止してしまう。エネルギー切れのようだ。
「やった!何とかなるもんだな」
そこへマリン姫たちがやってきた。
「無事か!?」
「うん。でもフォーレ王子が怪我しちゃって・・・」
「よい。後は任せよ、王子のためにも必ずやダアクの封印を破壊してくるのだ」
最強の門番を国をあげて乗り越えた碧うさ達は、いよいよ最深部に封印されたダアクを破壊すべく意を決して走っていった。
道中は薄暗く気味の悪い一本道が続いたが、やがて大きな広間にたどり着いた。そこはかがり火のみの明るさで奥まで見通すことはできない。何とも言えない不気味な空気に包まれていた。
「みんな、飲まれるなよ」
やはり妖精は不穏な空気をつかむ事がうまい。ポニィやホルレンもまた自然と背を合わせて死角を作らないような隊形をとっていた。
碧うさもまた天性の危機察知能力であらゆる方向からの脅威に対して気を張っている。
「何にも感じられない・・。と言うより無って感じ」
聞こえない音。それは幻聴に近い存在。何も聞こえないという感覚が耳鳴りのようにこだまする。それでも少しずつ少しずつ見えない奥へと進んでいく一行はついに目標を見つけた。
「あった!あれなのねん!!ダアクが封印されているクリスタル!!」
「待て!こういう状況では絶対に罠が仕掛けられいるに違いない。慎重に行くぞ」
ラタが逸るホルレンを静止した。ラタ自身も驚くほど冷静になっていることが返って恐怖をあおる。迂闊なことで作戦を失敗させる事はできない。これは青うさぎ村やクリスタルランドだけの問題ではない。妖精界や人間界にまで関わっている重大事なのだから。
ポニィもそれは十分わかっている。ラタが止めなければポニィが止めていた。
「さて、見つけたはいいが・・・ここからどうするかだな」
「どんな事で壊れるのかすら分からないのねん」
とは言え、ここで足踏みをしている時間はない。妖精界で戦っているダアクそのものが、この封印されているダアクに戻ってきてしまえば全てが水の泡。むしろ力が分散されいる今だからしかできない強行作戦なのだ。
「あたし達の力を信じてみよーよ。とにかくみんなで一斉に攻撃しちゃえば・・・」
傍から見れば碧うさの一言はかなり浅はかだ。しかし、この追い込まれた状況では何かをしなければ活路は見出せない。冷静がゆえに慎重になりすぎていた妖精3人にとって、まさに救いの一言だったのかもしれない。
「そうだな。ここでいつまでもじっとして、はい合体しましたーじゃ情けねえもんな」
「誰も言えなかった事を言ってくれたですよ」
「やっぱりムードメーカーなのねん♪」
一時だけでも場が明るくなった。それは何にも勝るエネルギー。
「せめて作戦だけでも立てるですよ。まずは碧うさちゃんが気配消しでゆっくりと近づいていくです。そしたら適当なところでらっちゃんとホルレンちゃんはありったけの火薬をぶち込んで欲しいです。それを合図に碧うさちゃんはクリスタルに猛突進して破壊するです。恐らく中からダアクの影が出てくると思うんで、そこをわたしの閃光布で消滅させる。こういう寸法でどうです?」
一同納得のぬかりのない作戦。これに早速取り掛かった。
「うう・・暗い。怖い。でもがんばろ〜」
大役を任された碧うさ。確かに一人だけで先行するのだ、怖くないはずがない。しかし背負ったものの大きさからか、自然と足は前へと踏み出していた。
そろそろ碧うさの姿がボヤッとし始めた頃にポニィは合図を出した。
「っしゃあ〜!!大勝負だ、いっくぜ〜!!!」
「終わりに・・・するのね〜ん!!」
「にょわぁ〜!!!」
ラタ、ホルレンがありったけのバズーカや爆弾をクリスタルに発射。と同時に碧うさも思いっきりクリスタルに突っ込んでいった。
まずは火薬が大きな音を立ててクリスタルを破壊していく。そこへ全速力で駆けてきた碧うさが猛スピードで体当たり・・・をするはずだった。
「碧うさちゃん危ない!」
「どわぁ!」
もう少し、というところでクリスタルから奇妙な光線が発射された。急には止まれない碧うさは、持ち前の華麗な弧を描いた回避技「ムーンライトステップ」で危機を脱する。
「何だあれは?」
爆破により目覚めてしまったのか、クリスタルからは見るからに負のエネルギーを持ったオーラが満ち始めている。とても嫌なオーラだ。
すると次第にクリスタルからスーッと影のようなものが現れた。ハッキリとは見えないが何となく分かる。ダアクだ。
「何者だ・・お前たちは。まさかわたしを消そうと思ってるわけではあるまいな」
ついにお出ましのラスBOSSに、4人は緊張を隠せなかった。
「やっぱこうなるよな、分かってたさ」
「今さら考えることじゃないですよ。勇気を出して行くですよ」
「なのねん」
言葉で団結を示せる3人と違い、思いっきり作戦失敗した碧うさは心細くて仕方がない。仕切りに指示をもらおうと目配せをするも暗すぎてよく分からない。
「とにかく邪魔だ。消えうせろ」
ダアクの攻撃は熾烈を極めた。広いといっても所詮は室内。逃げ回るにも限界がある。ダアクが手から暗黒のエネルギーを無数に飛ばせば爆発や瓦礫で追い詰められていく。
暗黒そのものが暗黒を放っているのだ、エネルギー切れなどはありえない。
「うわぁ!!」
ラタが飛んできた岩で足を負傷した。一斉に心配する一同だったが、ラタは根性を見せた。
「バカヤロウ!俺のことなんか気にするな!!それより打開策を先に見つけやがれ〜!!」
その気合に後押しされたのか、ポニィはある事に気がついた。ダアクが攻撃をする瞬間、封印されていたクリスタルが一瞬光って見えることを。
「ホルレンちゃん!碧うさちゃんにこの事を伝えてほしいです!私はらっちゃんの手当てを」
「わ・・分かったのねん」
もはや足場などないに等しい。しかし二人は一心に進んだ。
「らっちゃん!」
「アホウ」
「そう言うなですよ」
ポニィは防護布を広げて身を守った。虹布が使えないので手当てはセルフになる。
「きっと碧うさちゃんが何とかしてくるですよ」
「はは。そりゃあ有難いけど・・まあ簡単には終わらないだろー」
軽い手当てのみですぐに立ち上がったラタ。すでにバズーカを抱えている。
「無茶ですよ!」
「無茶しなきゃ、きっと勝てないって」
「・・・そう、ですよね」
防護布に守られながら、ラタはバズーカにありったけの魔法力を込めた。
「はあ、はあ。困ったのねん。これじゃあ伝えようにも伝えられないのねん」
ポニィに授かった作戦を碧うさに教えるよう頼まれたホルレンだが、ダアクの容赦ない攻撃は留まることを知らない。ゆえに碧うさも逃げ回っている状況なので追いつくことができない。
大声を出したところで到底爆発音にかき消されるのがオチだ。考えながら移動しているうちに頭の中が真っ白になっていき、油断したホルレンは足を踏み外した。
「ああ!うえっ、うええ」
極度の恐怖に加え、まるで戦争が起こったかのような過酷な状況。無理もない。無理もない。無理もない・・けど、同じ思いを胸に秘めた仲間が諦めていない。
ホルレンも落下の衝撃で腕から血を流しながらも、瓦礫の中から身を乗り出した。
「これで・・・これしかない・・・の、ねん!」
力を魔法力を振り絞って出した答えは、一つのプリンに託された。
「あらよっと!ムキー!!キリがないよ、あんにゃろ〜・・・ん?あれはホルレンちゃんのプリン」
ヘロヘロと飛んできたプリンは爆弾ではなさそうだ。すると碧うさの頭上でプリンは弾け、ロボからレーザーを守った時のような粘着壁となった。
その様子を内部から見た碧うさにはメッセージが見える。そう、裏側に文字を魔法力で刻みこむという頭脳プレイを土壇場で思いついたのだ。
「えっと。再度クリスタルに攻撃後、あらん限りの力でぶつかれ・・か」
さきほどと同じ作戦のようにも見える・・・が。しかし今回はダアクが目覚めてしまっている。果たして上手くいくのかと、碧うさは無い頭を使って考えた。
「にゃるほど」
唯一無傷であった碧うさは、みんなの分まで動くことで恩返しをしたいと思っている。その気持ちが必死さと思い切りさを生み出し、恐怖心をかき消していた。
「はいタッチ〜♪」
高速で移動し、クリスタルに触れた碧うさ。さすがにダアクは黙っていない。
「それに触るな!ゴミが!!」
やはり重要なのだろう、ダアクの攻撃が一瞬やむと同時に注意も裏側に回った碧うさに向かった。
「でかした!あいつ意図分かってんじゃねーか」
「あまり期待してなかったですけど、100点満点ですよ。碧うさちゃん」
多少の時間だがバズーカに自身の魔法力を込めたラタ。発射されたそれは、もはや弾丸などではなく一同の思いを乗せた一筋の閃光のようだ。
闇を生むのも光ならば、消すのも光。希望の光は一直線にクリスタルに発射された。
「賢しいぞ!」
クリスタルに直撃する瞬間、気づいたダアクは慌てて闇の波動で防御した。
「くそー!惜しい!!」
「でも幾らかは命中してるですよ。あとは・・・あの希望に託すです!」
これで終わりではない。すかさず高速で舞い戻ってきた碧うさは、またもや華麗にムーンライトステップで雨のような攻撃を回避しつつクリスタルに向かっていた。
「おのれ小癪なぁ!!」
ダアクの目の前まで来ると天高くジャンプする。あまりの機敏な動きにさすがのダアクも攻撃が当たらず、闇雲に波動を出し続けることしかできない。
空中で一回転すると、今度はものすごい勢いで落下を開始。裏に回られたダアクが振り返る暇もなく、クリスタルのてっぺんを思いっきり踏んづけた。
「ムーンライトスタンプだぁ〜!!」
しっかりと名前が付けられていた技の威力は想像を絶した。ホルレンの身を挺した魔法に、ラタの渾身のバズーカ攻撃。ひっそりと練習をしていた碧うさの必殺技が全員の願いと思いをここに!
「ば・・バカな!あ、ありえん!!」
闇のクリスタルは音もなく崩れ去り、ダアクは次第に消えかかっていく。
「やったか!」
「まだですよ!!」
ポニィが待ってましたとばかりに虹布を大きく広げた。いつにない集中力で、神器である魔法アイテムの能力を最大限に引き出す。
「せん・・こうっふ!・・んん〜!!」
消えかかるダアクに覆いかぶさるかのように、光輝く布は舞い降りた。誰しも決着と思われた。しかし、この時すでに人間界で敗れたダアクがこの地に向かっていたのだ。
そう、封印された体と合体して新たな闇の力を得るために。その気配を感じたダアクは執念の抵抗を試みた。
「まだだ・・ふふ、貴様らゴミは所詮ゴミだ。フハハ、フハハハハ〜」
眩いポニィの虹布に包まれながらも力を盛り返そうとするダアク。ここでまた蘇ってしまえば、ここのメンバーはもちろん。青うさぎ村を守った13衆、妖精界を守った妖精たち、そして人間界を救ったミルモたちにも反撃する力は残っていない。すべては闇に葬られてしまう。
「間に合わなかった・・・のねん」
「ここまで、やってきてか?」
ホルレン、ラタは一気に気が抜けた。不覚にもうつむいてしまった二人をよそに、ポニィはまだ諦めていなかった。
「むぐぐぅ・・・。あと少し、あつ少しだけ光が加われば」
諦める。しかし、それをここにいる誰より認めない者が奇跡を起こす。
「ロット〜!!あたし、あたしやってやるからねぇ〜!!」
スタンプを決めた直後、その破片に乗っかって再度高く舞い上がっていた碧うさ。今度は手足を精一杯広げてダアクへと落下していく。
空気の摩擦だけでは考えにくい、何と碧うさの体が輝き始めた。その光はポニィの布にも負けないほど力強く、仲間を癒すかのような優しい光でもあった。
「うわぁ〜!!ムーンライトシャイニ〜!!!」
小さな体は光の塊となり、まさに合体寸前であったダアクの本体と衝突した。
・・・激しい音のあと、しばらく静寂に包まれる。呆けていたラタはハッと意識を取り戻し、仲間を探しに立ち上がった。
「ダ・・・ダアクは?いなくなったのか?碧うさ、ポニィ、ホルレン・・」
足を引きずりながら瓦礫の山を探し回った。もはや洞窟もダアクの攻撃や最後の一撃で天井は崩れ、外が見えるまでになってしまっている。
どうやら外の争いも終わってるようで、どこもかしこも静寂そのものであった。
「うう、ケホっケホっ」
するとかすかにホルレンの咳き込む声が聞こえてきた。
「生きてたか、無事か?」
「うん。なんとか」
ラタは上手い具合に挟まれて助かっていたホルレンを救出した。残すはポニィと碧うさだが・・・。
「あ!あれはポニィちゃんの防護布なのねん」
まるでパイの包み焼きのように、布はドーム状となり二人を守っていた。これが神器たる所以だ。
「ダアクはどうした?」
「て・・手ごたえあったよ。にゃはぁ」
碧うさの決死のダイブは合体間際のダアクを見事に捉えていた。碧うさたちは・・勝ったのだ。
どれくらい時間が経っただろうか。クリスタルランドのすべてが無機質なために、流れというものが分からない。ただだいぶ時間が過ぎた、それは分かっている。
「みんな何とか動けそうか?また何があるか分からないからさっさと戻ろうぜ」
「それがいいのねん」
喜ぶ余力はないものの、一安心したのは確かなメンバー達。しかし、瓦礫も多く危険な場所から移動するために荷物をまとめ始めていた一同は小さな異変には気づけなかった。
闇のクリスタルは完全には壊れていない。元々は存在自体がないダアクにとっては、倒される倒されないという言葉など無意味だった。
「愚か者めぇ!その邪魔なウサギを乗っ取ってくれる!!」
瓦礫の小さな隙間から現れたダアクの精神は一直線に碧うさに向かってきた。
「うわ!な・・なんだ〜!?」
黒い霧が碧うさを包み込むと、あっ言う間に黒い塊と化してしまった。
「おい、碧うさ!大丈夫なのか!!」
慌ててラタが近づくが、それよりも早く何もないはずの上空から不思議な光が差し込んだ。するとその光は黒い霧の真上から一瞬にして到達し、碧うさを取り巻いていたモヤはかき消された。
「ぐうおお!き・・きさまはぁ!!」
ふと気づくと収まった光の中から青うさぎが出てきたではないか。女性のようだ。
「ダアク〜、それ以上いじめないであげてよ〜」
「ぬうう、ナデシコぉ!!」
「とりあえずは消えといて〜」
だいぶ力を失っていたせいでもあるが、ダアクはあっけなく消されてしまった。
「いま、ナデシコって言ってなかったですか?」
「ああ。ハッキリ聞こえた」
「じゃあ、あれが碧うさちゃんの・・」
碧うさは起こった出来事が唐突すぎて、アホみたいに口を開けて突っ立っている。そこへダアクを消し去ったナデシコが宙からスーッと降りてきた。
目的は当然、碧うさである。
「大きくなったね」
驚きで硬直している碧うさに、ナデシコは母親らしい優しい声をかけた。その温もりで碧うさは我に返った。
「お・・おお、お母さんですか?」
ぎこちないのも無理はない。実際に接していた時間は限りなく短いうえ、まだ物心もついてない状態でロットに拾われたのだから。でも何となく分かる。
「見てたよ。頑張ったね」
「ううん、みんなが助けてくれた・・から」
らしくもない謙遜もするようになった碧うさではあるが、幾つか疑問点も浮かんでいる。それは周りで見ていたポニィたちにとっても同じ疑問だ」
「あの・・なんで浮かんでるんですか?」
「ん?おかしい?」
「おかしいというか、何でかなって」
もちろん青うさぎが宙に浮くなんてこともありえない。空を優雅に駆ける鳥うさぎでさえ、その翼があったからに他ならない。よく見ても「ただ」宙に浮いている。
「ふふ、まあいーじゃない。そんな事より迎えに来たんだから、一緒に行きましょう」
「え?」
急な話に再び混乱する碧うさ。母親に会えた嬉しさと合わさって小さい体は小刻みに震えている。一緒に旅をしてきて友情が芽生えた3人も何かを言いたげだが言えない雰囲気に押されていた。
「さあ、こっちへ」
「ちょ・・ちょっと待って」
「時間がないんだから、もう」
いてもたってもいられなくなったラタはついに口を開いた。
「待ってやってくれよ!感動の再開なのは俺たちも認めるけど、ちょっぴり変じゃないか」
「妖精風情が何を言っちゃってるの」
「違うよ、らっちゃんはずっと助けてくれた親友なんだよ。ポニちゃんやホルレンちゃん、もっといっぱいの妖精さんが助けてくれたから頑張れたんだよ」
「優しいのねぇ。でも、あんたにあの子らは合わないよ」
そうして無理でも連れて行こうとするナデシコ。徐々に初めて会った時の女神のような優しさは消えかかっていった。
「あれ?体が動かないよ!助けて〜!!」
「お母さんと一緒に行こうってのに助けてはないでしょ、この子は」
様子がおかしいと察したポニィもここで問いかけた。
「さっきの・・さっきのあの力は何ですか?ダアクを倒した時の光、あれは?」
「いちいちウッサイわね。これだから妖精は」
ハアッと溜め息をついてクルリと振り返ったナデシコ。
「あたしはね、神になったのよ。この子のためにね」
さらっとものすごい事を言ってのける。これにはさすがの一同もダアクとの死闘など頭から消え去ってしまう。意識が外れたからか、碧うさを縛り付ける力は無くなった。
自由になった後も、ナデシコに付くでもなく逃げるでもなく立ち尽くしていた。
「でも・・、神だろうが何だろうが碧うさの母親ってことには変わりはないんだよな」
「そうなのねん。部外者が口出しすべき事ではないのねん」
ポニィはただ碧うさを見つめていた。
「で、でもやっぱお母さんに会えたんだし。一緒についてくくらいならいいかな」
テヘヘと笑いながらナデシコの所へ歩いていく碧うさ。次の問答で甘い考えは葬り去られる・・。
「で、どこ行くの?すぐに戻ってこられるかなぁ」
「え?それはムリ。だってあんただって神になるんだもん」
神になる・・・。つまりそれは下界にいる者すべてと別れなければならない。それは碧うさにも容易に察することができた。連れていくというのは「どこ」ではない、いなくなるという事を。
一同は一瞬にして顔が青ざめた。今起こっていることは出来事ではない、事件であると。
「そんな・・ヤダ!」
碧うさがゆっくりと後ずさりをしながら逃げようとするところへ、また不思議な力は自由を奪った。
「わがまま言わないの〜。あんたのために頑張ったんだよ?」
ダアクに勝てても相手が神ではどうすることもできない。3人は己の無力さを痛感すると同時に、何か方法はないかと必死になって考えた。
そんなやり取りが続いている中、遠くから青うさぎが全力で向かってくる。
「間に合ったか!」
「つ・・疲れました」
ダアクを倒し無事に村を守った13衆であるが、アジサイだけは妙な気配を感じていた。師事していたナデシコの失踪から数年、ようやく似た気配をキャッチできたからだ。
国境を守りきったリンドウもまた、アジサイと共にやってきていた。
「ナデシコ、てめぇ!」
「あららリンドー。来ちゃったの?ちょっとバタついちゃったかな」
「ナデシコ様・・。あなた、まさか」
「そのまさかに決まってるだろアジサイ。こいつ、禁術に手ぇ出しやがった」
青うさぎの中でも密かに研究が進めれていた魔法術。しかし遺伝子の関係でどうしても身につける事ができない体質を持っているため、噂では神にも悪魔にも体を売って尋常ではない能力を手にする事ができると言われている。それがこの禁術なのだが、あまりにも危険なため表にはまったく持ち上がらない。都市伝説となっていた。
「みんなが言うほど変な事してないからねー、まったく」
「で、そいつをどうする気だ」
「もちろん迎えに来たのよ。最愛の娘ですものー☆」
ナデシコを昔からよく知っているリンドウにとって、ナデシコの仕草におかしな点は見つからない。ただ、一番やってはいけない事をしてしまっている。それを許すことはできない。
「そいつはな、ダアクのせいでメチャクチャにされた村を立て直す使命がある。いなくなられると困るんだよ」
「そんなの知らないわよー」
「お前はそれほどの力を持ちながらダアクのやる事を黙認したな」
「それも知らなーい。でもちゃんと、この子は助けるつもりだったよ」
「てんめぇ!」
「あたしはね!この子を愛してるの!!でなきゃ、こんな姿にならなかった!こっちへ来れば病気もしないし年をとることもない。勉強も必要も無い、嫌なことなんて何にもないんだから」
リンドウは金棒を投げ捨てるとギロッとナデシコを睨み付けた。
「な、なによー。いくら戦友だからって邪魔するなら承知しないからね!」
「お前はな、愛し方を間違えたんだ・・・」
「子供がいない奴に何が分かるっていうのー!!」
百戦錬磨のリンドウとはいえ、攻撃が効かない相手を挑発しても意味が無い。さっきから感じる「ある」うさぎの存在を気にしていたからゆえの時間稼ぎだ。
「それは違うよ、ナデシー」
「その声は、バイカ?バイカなの!?」
バイカはキッカやオウカの実母にして、この3人でチームを結成していた仲だ。しかしキッカがサザンカに狙われた際に代わりとなって落命している。
つまり、思念体という意味ではナデシコと同じような立場にあるのだ。
「ナデシー。子供はさ、大きくなったら親から離れていくもんだよ。そうして強くなるもんだよ」
「バイカまで。どいつもこいつも・・」
もともとバイカは霊感が強い。それが自らが霊となることでナデシコの強大な力を抑え続けている。
「あーそう。分かったわよ。ったくもー」
ふてくされたナデシコは碧うさを開放した。
「もうどっか行っちゃえ。バイカの子供たちみたいな才能ある子じゃないみたいだし」
「きっさまぁ〜」
それを聞いた碧うさはすでに精神状態が不安定になっている。ポニィがすぐに介抱するも、どこか目も虚ろでいつぞやのタンポポを見ているかのようだった。
そしてリンドウは性格もあってかブチ切れている。
「こーなったらしょーがないな。もう全部を壊しちゃうよー。せっかく手にした力だからね」
「リンちゃん!もう抑えられない!!」
「バイカ!その名前で呼ぶなっつーの!」
ほんの少しだけ下を向いたあと、リンドウは碧うさの元へ向かいポンと肩を叩いた。今までのような冷たい支配から逃れるように正気に戻る碧うさ。
「すまんな、あんな奴で。いやほんとはちゃんと好きだったと思うぜ。だから、恨まないでやってくれ」
「え?」
「強くなれよ。もしかしたら今まで以上にツライ事に直面するかもしれないが、決して負けるな」
傷だらけの顔でも気が強くても、リンドウの優しさは人一倍だ。
「さ、時間がない。アジサイ!!俺に天昇を祈れ!!!」
「で・・できるわけがないではありませんか」
「俺は常々何をお前に言ってきたんだ。最善の行動を取れ、と口をすっぱくして言ったろうが」
天昇とは読んで字の如く「死」を意味する。この世との決別もまた、アジサイの祈りには例外なく含まれている。それを知っていたからリンドウは意を決していた。ナデシコを止めるのは自分だと腹をくくっていた。
「リンドーざぁ〜ん。もっとあたじを鍛えてほじっがったぁ〜」
「そりゃスマン。でも大丈夫だ、いっぱい頼れる連中がいるからよ。しっかりと村を頼むぜ」
そしてラタたちの方へも歩み寄ってきたリンドウ。
「お前らにも迷惑をかけちまったな。面倒じゃなければこれからもそいつと仲良くしてやってくれ。残念だがナデシコはもう元には戻れない。精神的にでも支えてやってくれ」
そう言い終えるとアジサイが張った結界の中に入った。
「リンドウ様・・」
「泣くなアジサイ。お前も立派な13衆の一員だろ、情けないぞ」
「ですが」
「さあ急げ!バイカの頑張りを無駄にするな!」
アジサイは泣きながらも確実に天昇の祈りを詠唱した。その結界は光の玉となり天へと昇る。すると上空で押さえあっているナデシコとバイカの元へとやってきた。
「さあ観念しろナデシコ」
「あんた、バッカじゃないの?」
「リンちゃん・・良かったの?」
「だからそれで呼ぶなっつのー!いいも悪いも、腐ってもチームだろ。こん中の誰かがやらかした事なら、キレイにするのもチームメイトの務めだろ」
さすがのナデシコもバイカに加え、リンドウにまでも押さえつけられたら身動きがとれない。先ほどの時間がないというナデシコの言葉は、姿を表すことができる時間に限りがあるからだ。
さらにナデシコの場合は無理な力の使い方をしているため、一度眠りにつけば当分は目が覚めなくなる。いわば封印のような扱いにできる。リンドウはそれを狙っていた。
「おのれ・・おのれ妖精たち!時間稼ぎさえなければこんな事には!!ぜったいに、ゼッタイに全部をぶっ壊してやるからね。娘もろとも、ゼッタイにぃぃ〜」
大きな光が弾け飛んだ。そしてクリスタルランドのいつもの冷たい上空が戻る。
「なんてこった・・」
「碧うさちゃんがあまりにも可哀そうすぎるのねん」
悲劇の再開とも言うべき碧うさと母との出会い。それでもダアクを倒し、帰りを待つものの期待に応えたことは言うまでもない。ショックで気を失っている碧うさをアジサイがおぶり、三人も帰路についた。
数日後、兵舎で傷を癒していたポニィ・ラタ・ホルレンの3人もそれぞれの家へ帰る日がやってきた。精神ダアク討伐という大偉業を成し遂げた功績は、きっとミルモの里でも厚遇されるだろう。
見送りには隊長であるコスモスが買って出た。
「みんな気をつけてね」
「はいです。コスモスくんも、これからが大変ですからね!」
「はいはい。それにしても、やっぱ碧うさちゃんは間に合わなかったね」
「ふん。もうアイツの顔も見飽きたからちょーどいいぜ」
「らっちゃんってば。完全に言ってる事と思ってる事が逆なのがバレバレなのねん」
「う、うるせー。もう俺は行くからなー。じゃなー!」
3人は兵舎を後にし、妖精界へと繋がるほころび穴まできた。
「さ、これで俺たちもお別れだ。飛び込んだらバラバラに散るぞ」
「うん。なんか、色々あったですけど良かったですね」
「二人とも最後までありがとう。手紙とかめっちゃ書くのねん」
そのやり取りを木陰から・・いや完全にバレバレの自前草むらから見ていた小さな影。
「碧うさちゃん、もう大丈夫ですか?」
「へ?ありゃ、バレたかー。ポニちゃんはあれかい?エスパーかい?」
「このくだらねぇボケっぷりも久しぶりだな」
「ムキ!ボケとはなんだボケとは。せっかくみんなに感謝のお礼を持ってきたのに」
「本当なのねん!すっごい嬉しいのねん〜」
そう言うとゴソゴソと取り出した白い塊。
「はい、碧うさ綿毛」
「あ?」
「へ・・碧うさちゃん。お礼ってコレですか」
「うん、そだよ。お守りにしてね」
「ウサギの感性ってわかんねー。ってか、これ前にも一度貰ったよなぁ」
「あん時はらっちゃんがフッーってしたんじゃん。フゥ〜って!」
「あーあー分かった分かった」
「な、何気にわたしは嬉しいのねん」
一人ホルレンはマニア魂に火が点いていた。
「じゃ、ここで全員一度オサラバだ」
「また絶対に何かあったら集まるのねん」
「ピンチになったら集合ですよ」
「みんな・・。ありがどぅ」
こうして碧うさと多くの仲間によるダアク討伐は成された。離脱していったメンバーもその報告を聞いて大いに喜んだ。やればできる!そのいい道標として語り継がれていく。
そして碧うさにはもう一つ果たさねばならない事があった。
「碧うさちゃん、本当に行くの?」
「うん!だってロットが夢見た場所だよ、行かずにはいられまセン!!」
第一親友であったコナギもやってきた。
「待ってるからね」
「うん待っててね!もっともっと色んな事を勉強して必ず戻ってくるよ」
そこへ碧鱗の王国への行き方について調べてきたスズランが会議室にやってきた。コスモスとコナギも同席する。
「えっとですね、まあ簡単に言いますと簡単ではありません」
「へ?」
「もちろん人間界へのほころび穴に飛び込むわけなんですが、行き先が定まっていない場合はどこへ飛ばされるか分からない模様です。しかもヘタをすれば時空の狭間を彷徨い続けてしまうという報告もあります」
「ええ!そんな危険なことなの?」
コスモスは驚いた様子だが、自然と碧うさに動揺はない。コナギもなぜかそれが分かる。
「スーちゃん。何とかならないの?」
「何とかと言われましても・・。どうやら人間界のほうで強く碧うさちゃんが来る事を願えば、それに引き寄せられるように上手く到着できるようではありますが」
「そんな都合よく・・」
「うん。でも何か大ジョブなよーな気がする。ロットが連れていってくれそうな気がする」
碧うさに迷いはない。必ず碧鱗の王国に着いてそこの人間たちと楽しく暮らす。その信念を持ち続けてきたからこそ、ダアクを倒しナデシコの件も吹っ切れた。
いつものリュックとニンジンキャンデー片手に、いつもの碧うさはいつものように歩いていった。
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「こんばんは、きしんです。今日は碧鱗の王国のキャラクターを作りたいと思いまして記事を立てました。そこで何の動物がいいか皆さんに聞きたいと思います」
「やっぱりパピィが好きだから」
「パピィって言ったら・・」
「あれでしょー」
「せーの!うさぎー!!」
碧うさ冒険記 第一章 過去編 完