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静岡みきのくち保存研究会


   
みきのくち






神酒飾り


蝶花形





  私達は、神様、仏様という宇宙の真理によって生かされています。
神様、仏様に、感謝の心で、御前にお供えする細工物が、神酒口(みきのくち)です



静岡みきのくち
保存研究会会員

山本 明保氏
作の
神酒口(中央)と
「三つ葉葵」の額(左上)。

 フラワーアレンジメントも
同氏作。
   HPの入り口 画像をクリックして下さいまし


技と伝統工芸品の伝承を願い活動中

静岡みきのくち保存研究会 会長

佐々木 福弥(作品集)  建築大工1級技能士
佐々木会長は
ボケなども無く、身体的、健康的には問題ありませんが、
平成29年春、91歳になりましたので、
足手まといにならぬようにと、
清水建築組合から退会させていただきました。

清水建築組合組合長より
清水・港祭り、産業祭り、経木薄削り大会、
みきのくちの製作講習会など、
長年の組合活動への
積極的な参加に対し、
平成29年4月22日、
感謝状をいただきました。


LーWAVEこんにちは 
(リビング静岡)2008年1月26日号に掲載していただきました。
有難うございました。
http://www.s-liv.com/column/konnitiha/2008/0126.html


ミキノクチ調査事始め1 by佐々木


往来物倶楽部では、
今回、「江戸を楽しむ江戸樂舎」を開講致しました
只今、入会受付中です。舎主、小泉吉永 先生

ホームページ作者・小林も入会させていただきました。
聴いて楽しむ 江戸時代の教育や庶民文化を楽しく学ぶ
歩いて楽しむ 江戸時代を体感する、「味わえる」、「楽しめる」スポット巡り。
読んで楽しむ 往来物(寺子屋用教科書)や古文書に挑戦。



往来物トーク(往来物倶楽部)
忘れられた文化へのこだわり
(みきのくち調査事始め2)by小林 


山本明保氏 
おみきぐち展示場 開設

観覧無料
静岡市葵区瀬名3丁目
2385-2
諏訪神社跡地


左の画像をクリックしますと、


試作品40
山本 明保氏



展示場内部

新作にも 精力的に 取り組んでいます。
国道1号線「中吉田」交差点を、北側に折れて、
県道平山・草薙停車場線を直進、静清バイパス下の「瀬名IC」を更に直進します。
更に、「東上バス停」・「コーポ中川」直前の角を右(東・山側)に折れて、
突きあたりの「東上公民館」前を左に曲がり、120Mほど先。諏訪神社跡地。
 作業所前に、駐車場あります
仕事で留守の時も有りますので
お出かけの前に、お電話下されば、幸いです。

携帯090-5108-5066
9時~16時頃。

実費にてお譲りも致します。



○「みきの口」勉強会 
       清水建築組合主催

   
   平成29年7月9日(日)。 開催済み。
    
左と右の、編み方を
逆にしました。
講習品の一例。

清水の日本一・みきのくち
 清水は、古代からの湊町でしたので、船大工が存在し、船大工から派生した宮大工も存在しました。
 清水のミキノクチは、江戸時代・明治時代の「お伊勢さん参拝みやげ」として、大工さん達に伝わったものではないでしょうか。
 
 戦後の昭和時代までは、腕の立つ大工の棟梁が、年の暮の夜なべ仕事として、若いお弟子さん達に製作させたもので、商品ではありませんでした。現在の大工組合の講習会の様に、手取り足とりで、コツなどを教える事はなく、見本を見せて、「これと同じものを作れ」と言うだけだったそうです。「自分で考えて、工夫して作れ」、ということでした。ノコギリカンナ技術修得の一環でもありましたが、昔の親方(何の職業でも)は、詳しい説明などをしませんでしたから、お弟子さんたちは、年の暮の寒い空っ風の吹く作業所での、冷たい水を使う夜のタダ仕事でもあり、製作が嫌だった人が多いようで、夜遅く通る屋台の「ピーピーラーメン」を食べるのが楽しみだったそうです。又、ミキノクチは、その家の「」でもあり、他の大工さんに見せることもなく、家が隣同士の大工さんでも、作っている事を、お互いに、知らなかったようです。従って、親方により、呼び名も形も色々で、神棚に飾るものとしか、名前を知らない人も多くいました。結果、清水のミキノクチは、形の種類や作者が、日本一多くなりました。
 他方、静岡県の中部や東部の神具店では、剣形の板のミキノクチ(ノシグチ)が、市販されていましたが、現在では、殆ど絶えたようです。 


 清水次郎長について、私が、子供の頃、年寄り(故人)から聞いていた話を、紹介します。 「俺が若い頃、清水(旧清水町近辺)の年寄り達は、親から、『乞食になっても、あんな者になるな』と言われた」、と言っていたよ。大店(おおだな)に用もないのに押し掛け、金をやらないと帰らないとか、子分が商い屋に行って、飲み食いや買い物などをして、代金を請求すると、これが欲しいかなどと、刀を振り回したりして払わないから、回船問屋など、利用する者には都合のよい存在だったろうが、一般町民にはね。清水は、天領で、警察力も弱かったから、已むを得なかったのかね」 
 (明治になってからは、新政府のお手伝いもしたようです)。





   
当会は、ミキノクチの広報と、技術の伝承を目的に活動しています。
http://www3.tokai.or.jp/mikinokuchi/
会長 佐々木 福弥


メールは、副会長 小林へ。
omiki-guchi2009@suruga.tnc.ne.jp

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