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静岡みきのくち保存研究会


   
みきのくち






神酒飾り




蝶花形


  私達は、神様、仏様という宇宙の真理によって生かされています。
神様、仏様に、感謝の心で、御前にお供えする細工物が、神酒口(みきのくち)です

スペイン人で、ロンドンで活動している、建築家のレオノール・セラーノ・リーヴァス女史より、日本からの帰国前に、ミキノクチの技術講習を、是非受けたいとの熱い要望がありましたので、清水建築組合に、建築工事などの本業が忙しい中、急遽、講習会を開いていただきました。誠に有難うございました。
また、、当日は、清水のタウン紙・「清水ベイプレス」さんにも取材に来ていただき、掲載戴きました。
御礼申し上げます。
懇切丁寧に、
製作指導する
市川氏

清水ベイプレス11月25日号



静岡みきのくち保存研究会会員

山本 明保氏
作の
神酒口(中央)と
「三つ葉葵」の額(左上)。

 フラワーアレンジメントも同氏作。
   HPの入り口 画像をクリックして下さいまし


技と伝統工芸品の伝承を願い活動中

静岡みきのくち保存研究会 会長

佐々木 福弥(作品集)  建築大工1級技能士

佐々木会長は、若い頃、デンマークに出張し、茶室(東海大学の日本庭園内)の建設に携わった事があります。マルグレーテ王女(現女王陛下)にサインしていただいた、竹の花瓶を所有しています。

            LーWAVEこんにちは 
(リビング静岡)2008年1月26日号に掲載していただきました。
有難うございました。
http://www.s-liv.com/column/konnitiha/2008/0126.html


ミキノクチ調査事始め1 by佐々木


江戸樂舎江戸を楽しむ」を、

往来物倶楽部が、開講致しました。.

舎主、小泉吉永 先生

只今、入会受付中です。
ホームページ作者も、入会させていただきました。

聴いて楽しむ 江戸時代の教育や庶民文化を楽しく学ぶ
歩いて楽しむ 江戸時代を体感する、「味わえる」、「楽しめる」スポット巡り。
読んで楽しむ 往来物(寺子屋用教科書)や古文書に挑戦。



往来物トーク(往来物倶楽部)
忘れられた文化へのこだわり
(みきのくち調査事始め2)by小林 


山本明保氏 
おみきぐち展示場 開設

観覧無料
静岡市葵区瀬名3丁目
2385-2
諏訪神社跡地

左の画像をクリックしますと、


試作品40
山本 明保氏



展示場内部

新作にも 精力的に 取り組んでいます。
国道1号線「中吉田」交差点を、北側に折れて、
県道平山・草薙停車場線を直進、静清バイパス下の「瀬名IC」を更に直進します。
更に、「東上バス停」・「コーポ中川」直前の角を右(東・山側)に折れて、
突きあたりの「東上公民館」前を左に曲がり、120Mほど先。諏訪神社跡地。
 作業所前に、駐車場あります
仕事で留守の時も有りますので
お出かけの前に、お電話下されば、幸いです。

携帯090-5108-5066
9時~16時頃。

実費にてお譲りも致します。



○「みきの口」勉強会 

  清水建築組合技能士会主催

   
   平成29年7月9日(日)。 開催済み。
    
 講習作品の一例。

同じ経木で、削った経木の反りを、逆にして組み、2種作りました。




http://s-kensan.net/skillup/waza_1/
技能士の仕事ぶりを紹介
1静岡みきのくち保存研究会(会長 佐々木福弥さん)
2佐々木福弥さんの作品(神酒口、聖観音)
3野村晋一さんの作品(神酒口)

清水の日本一・みきのくち
 清水は、古代からの湊町でしたので、船大工が存在し、船大工から派生した宮大工も存在しました。
 清水の経木製ミキノクチは、江戸時代・明治時代の「お伊勢さん参拝みやげ」として、大工さん達に伝わったものではないでしょうか。
 
 戦後の昭和時代までは、、年の暮に、腕の立つ大工の棟梁が、お出入りの家に、お歳暮代わりに配布したもので、商品ではありませんでした。年の暮の夜なべ仕事として、若いお弟子さん達に製作させたものです。現在の大工組合の講習会の様に、手取り足とりで、コツなどを教える事はなく、見本を見せて、「これと同じものを作れ」と言うだけだったそうです。「自分で考えて、工夫して作れ」、ということでした。ノコギリカンナ技術修得の一環でもありましたが、昔の親方(何の職業でも)は、詳しい説明などをしませんでしたから、お弟子さんたちは、年の暮の寒い空っ風の吹く作業所での、冷たい水を使う夜のタダ仕事でもあり、製作が嫌だった人も多いようで、夜遅く通る屋台の、「ピーピーラーメン」を食べるのが楽しみだったそうです。又、ミキノクチは、その棟梁の家の「」でもあり、他の大工さんに見せることもなく、家が隣同士の大工さんでも、作っている事を、お互いに、知らなかったようです。従って、親方により、呼び名も形も色々で、神棚に飾るものとしか、名前を知らない人も多くいました。結果、清水のミキノクチは、形の種類や作者が、日本一多くなりました。
 他方、静岡県の中部や東部の神具店では、剣形の板のミキノクチ(ノシグチ)が、市販されていましたが、現在では、殆ど絶えたようです。 



 清水次郎長について、私が、子供の頃、年寄り(故人)から聞いていた話を、紹介します。 「俺が若い頃、清水(旧清水町近辺)の年寄り達は、親から、『乞食になっても、あんな者になるな』と言われた」、と言っていたよ。大店(おおだな)に用もないのに押し掛け、金をやらないと帰らないとか、子分が商い屋に行って、飲み食いや買い物などをして、代金を請求すると、これが欲しいかなどと、刀を振り回したりして払わないから、回船問屋など、利用する者には都合のよい存在だったろうが、一般町民にはね。清水は、天領で、警察力も弱かったから、已むを得なかったのかね」 
 (明治になってからは、新政府のお手伝いもしたようです)。





   
当会は、ミキノクチの広報と、技術の伝承を目的に活動しています。
http://www3.tokai.or.jp/mikinokuchi/
会長 佐々木 福弥


メールは、副会長 小林へ。
omiki-guchi2009@suruga.tnc.ne.jp

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