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静岡みきのくち保存研究会


   
みきのくち






神酒飾り


蝶花形






HPの入り口
  画像をクリックして下さいまし


往来物トーク(往来物倶楽部)
忘れられた文化へのこだわり
(みきのくち調査事始め)by小林 

往来物倶楽部では、
今回、「江戸を楽しむ江戸樂舎」を開講致しました
只今、入会受付中です。舎主、小泉吉永 先生

小泉先生御世話になっております。私も入会させていただきます。






展示品の画像をクリックして
試作品11山本 明保氏 へ。

おみきぐち展示場開設(見学無料)
 国道1号線「中吉田」交差点を、北側に折れて、
県道平山・草薙停車場線を直進、静清バイパス下の「瀬名IC」を更に直進します。
 
 更に、「東上バス停」・「コーポ中川」直前の角を右(東・山側)に折れて、
突きあたりの「東上公民館」前を左に曲がり、120Mほど先。
 
 又は「コーポ中川」の100Mほど先の横道を、右折して突き当たり。   
      
諏訪神社跡地
展示場前の作業所に、
駐車場あります

    仕事で留守の時も有りますので

     お出かけの前に、お電話下されば、幸いです。
        9時~16時頃。
 携帯 090-5108-5066
        
    実費にてお譲りも致します。
 昨年、展示場を開設してから、東京からのお客さんを含め、300人ほどが見学に訪れたそうです。全てのミキノクチを、裸で展示しているので、お客さんからは、色々な角度から見られると好評とか。プロのカメラマンも、幾人か撮影に来たそうです。





板の厚みの半分強に、
ノコギリで、等間隔で、
引き目を入れる指導中

火焔のミキノクチの指導をする市川氏

平成29年11月 清水ベイプレスより。
 ロンドンで活動していたスペイン人建築家で、来日して、日本の「トーキョーアンドスペース」に所属していた、レオノール・セラーノ・リーヴァス女史より、来週の帰国前に、ミキノクチの技術講習を、是非受けたいとの熱い要望がありましたので、清水建築組合に、建築工事などの本業が忙しい中、個人講習会を、急遽、初めて、特別に、わざわざ、開いて戴きました。誠に有難うございました。
 また、当日は、地元清水のタウン紙「清水ベイプレス」さんにも取材に来ていただき、掲載いただきました。御礼申し上げます。





 清水は、古代からの湊町でしたので、船大工が存在し、船大工から派生した宮大工も存在しました。清水のミキノクチは、昔は、年の暮に、大工の棟梁が、ノコギリやカンナの技術修得の一環として、若いお弟子さんに、夜なべ仕事に製作させたもので、商品ではなく、現在でも、販売を嫌います。また、現在の講習会の様に、手取り足とりで、コツなどを教える事もなく、見本を見せて、「これと同じものを作れ」と言うだけだったそうです。「自分で考えて、工夫して作れ」、ということでした。棟梁の家の「芸」でもあり、他の大工さんに見せることもなく、隣同士の大工さんでも、作っている事を、お互いに、知らなかったようです。従って、親方により、呼び名も形も色々で、神棚に飾るものとしか、名前を知らない人が多くいました。
 他方、静岡県の中部や東部の神具店では、剣形の板のミキノクチ(ノシグチ)が、市販されていましたが、現在では、殆ど絶えたようです。


清水次郎長について。
私が、子供の頃、年寄り(故人)から聞いていた話を、紹介します。
「俺が若い頃、清水(旧清水町近辺)の年寄り達は、親から、『乞食になっても、あんな者になるな』と言われた」、と言っていたよ。素封家に用もないのに行って、金をやらないと帰らないとか、子分が商い屋に行って、代金を払わずに、これが欲しいかなどと、刀を振り回したりしていたから、回船問屋などには都合のよい存在だろうが、一般町民にはね。薄い親戚の素封家は、広大な土地を、バクチで失ったそうな。又、薄い親戚の爺さん(故人)は、若い頃、次郎長の子分だったらしく、次郎長が亡くなった時、形見に、大神宮(お宮)を貰ったらしいが、その後博打で負けて、取られたらしいよ。(その後は、堅気の職人として生きたそうな)。


現在、パソコン不調につき、お見苦しい所があるかも知れませんが、
御許しくださいまし。ページ数を減らして、修理中です。



   
http:3.tokai.or.jp/mikinokuchi/
当会は、ミキノクチの広報と、技術の伝承を目的に活動しています。
会長 佐々木 福弥
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