三島茶碗文化振興会 第二章 三島茶碗について
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概要
 朝鮮半島の朝鮮王朝(李朝)の初期時代(15世紀~16世紀)に焼かれた陶器が、室町時代の末期に渡来しました。その当時の茶会記には「みしま」「こよみ」と記されています。これは、当時の侘茶を創造しようとする茶人たちが、朝鮮からもたらされた茶碗を愛用し、また、文様が伊豆国三島で版行された三嶋暦に似ていることから「みしま」「こよみ」などと呼ばれるようになったと言われております。

 三島茶碗の呼称の由来の一つに「三嶋暦説」があるのは、仮名文字で細かく版木に摺られた崩し文字の三嶋暦を見立てたためと言われているのも、三嶋暦が地方暦でありながら、古くから京・大阪で知られていたことから、いち早く通説化されたものと思われます。 史跡足利学校(栃木県足利市)所蔵の永享9年(1437)の三嶋暦は、時代的にも、三島茶碗の渡来時期と一致しており、暦に記された記号のような丸文字やヒゲ文字が呼称の遠因と考えられます。

  三島茶碗は、朝鮮半島の高麗朝鮮から朝鮮王朝(李朝)に転換した初期に焼かれました。仏教から儒教に変わり、生活も現実的になり、明るくおおらかで、極めて温雅な親しみがにじみ出ていました。この一時の平和の時代に生活雑器として半島の至る所で焼かれたものが三島茶碗と呼ばれるものです。現在の韓国では粉青沙器または粉青と呼ばれております。 技法としては 象嵌、 印花、 線刻、 掻落とし、 粉引 、 鉄絵など、器の地肌に白化粧したものを総称しています。この化粧掛けのルーツは、中国の磁州窯にも見られますが、さらに遡ると唐三彩にも見られる技法です。 我が国では、土ものの陶器の中でも三島茶碗は根強い愛好者がおり、全国各地の窯場で個性的な三島茶碗が焼かれております。

  三島茶碗の呼称の由来には「三嶋暦説」以外には「地名説」「語源説」「朝鮮官窯説」など様々な説があります。 当会では、わが国の室町時代末期、茶の湯の隆盛とともに通説化した「三嶋暦説」をとっております。
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設立趣意書
三島茶碗の様式は、技法的には、胎土はおおむね薄ねずみ色か灰茶色であって、釉薬との間へ白土(白泥・白絵土)の化粧掛けを施し、それに象嵌や線刻やまたは鉄砂で文様をあらわすのが常で、無文のものは白土のずぶ掛けによる粉引か刷毛びきによる刷毛目などである。 現在、全国各地の窯元で焼成されている、三島茶碗の多くは、下記の様式んに分類できる。韓国では一括して粉青沙器と呼ばれている陶器を指す。

「暦手」「三島手」「花三島」
  成型した半乾きの胎土へ、縦の波形や丸紋のつなぎ(連珠紋)や小さな菊花紋の形を印花(押し判)し、その上に白土で化粧掛けを施し、後にこれを拭き取り、あたかも象嵌様の感じをあらわしたものへ、さらに透明の釉薬をかけて焼成する。韓国では象嵌粉青沙器、粉青沙器印花などと呼ばれている。
   
三島茶碗「印花文抹茶茶碗」
高橋涛舟
(小魯鬼窯/新潟県)
高7.5cm 径13.0cm
三島茶碗「三島芋頭水指」
金田鹿男
(大鹿窯/茨城県)
高11.2cm 径10.1cm
高台5.8cm

   
三島唐津俵壺
府川和泉(陶房 空/佐賀県)
三島面取高台器
岩見晋介(陶房 縁/栃木県)
「掻落とし手」
胎土に陰型文様を施し、白土で化粧掛けを刷毛びきした後に、文様の陰刻部分を残して削り落とし、それに釉薬をかけて焼成したもの。掻落とした部分に花や魚、鳥が浮き出てくる。

「刷三島」
  白土の刷毛びきは前者と同様であるが胎土に箆、櫛または釘などを用いて、陰刻文をあらわすだけの手法によるもの。韓国では粉青沙器線刻などと呼ばれている。

「絵三島」
  これも、白土刷毛目の化粧掛けは同様であるが、鉄砂をもって文様をあらわしたもの、絵三島と称えてきたが、「絵刷毛目」と呼んでも良かろう。韓国では粉青沙鉄絵などと呼ばれている。

「刷毛目三島」
  白土をもって刷毛びきしたままの無文、これは単に「刷毛目」という、前述の技法に加えさらに刷毛びきする複雑な組み合わせによる「刷毛目三島」も見られる。韓国では粉青沙刷毛目などと呼ばれている。
     
三島茶碗「鉄絵抹茶茶碗」
那波翔英
(相生窯/兵庫県)
高6.8cm 
径14.3cm
高台5.8cm
三島茶碗
「暦煎茶茶碗・急須」
堀 仁憲
(NINO/福井県)
煎茶茶碗
高11.2cm 径10.2cm
急須
高11.2cm 径10.1cm
「印花刷毛目文徳利」
中里 隆
(窯/佐賀県)
高11.2cm 径10.1cm
「粉引三島」
  ずぶ掛けの白土高台の土までも隠す技法のもの。素地が様、半乾き等で収縮率が変化し、剥離現象が起きる。前述の技法に加えさらにずぶ掛けする「粉引三島」も見られる。韓国では粉青沙器粉引などとよばれている。
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役員名簿
 米崎 茂 著

 三島茶碗文化振興会が設立され、東海道四00年祭(静岡県主催の博覧会)の一環として、由緒ある三嶋大社において、全国および観光を含めた陶芸作家達の、三島茶碗の作品展が開催されるようになったことは、誠に意義のあることと言わなければならない。
  そこでこの際、三島茶碗をはじめとする三島手陶器と、その根源をなす李朝陶器の由来と特徴について、極めて平易に纏めて見ることにする。

  歴史的に見ると、室町末期、朝鮮陶工達の作っていた、日用品の素朴な茶碗が日本の侘茶の茶人達の目に触れたのが、はじまりであった。
  利休など茶人の教養とした、茶の湯の最高理念は、侘びと寂び幽玄であった。
  朝鮮の陶工達が作り、李朝の民が毎日ご飯を食べたり、汁を盛り、又は、ドブクロを盛った碗など、実に素朴な陶器が、日本の茶人の目にとまったのである。
  そして、この茶碗が、茶人の趣味にマッチして、強く茶人の心を打ったのである。
  それまでに茶人に、愛玩されていた中国の天目茶碗や、世界的に評価が尚かった朝鮮の高麗青磁に比べると、磁州窯の白化粧から一般化したとみられる朝鮮の茶碗は、刷毛で白化粧を施しただけの、実に素朴なものであった。
  朝鮮茶碗の特徴は何と言っても、李朝の人達の儒教の精神に基づく素朴さである。
  朝鮮の一般民衆が、毎日使用していた茶碗、いわば雑器に、この素朴の美を見出したのは独り日本だけであった。

  なぜ日本人だけが、朝鮮の日用雑器に最高の茶器としての、高い評価を与え、愛したのか?
  それは室町時代から続いていた、茶道の伝統に裏付けされた鑑賞力によるものであった。

 刷毛目や白化粧を施しただけの、単純な茶碗の表面に、竹箆の先で縦に、点々と筋をつけて楔様にした。
  この茶碗を手に取った茶人は、表面の模様が、三嶋暦に似ていると直感したところから、いみじくも三島茶碗と、名付けたものと思われる。
  それが誰であったのか調べてみても明確ではない。しかし、恐らくは、室町時代、三島茶碗が輸入されて、間もない頃であろう。茶会記などを調べてみるとよいだろう。

 この手の模様の物は、茶碗に限らず、壺にも徳利にもあるので、これらを纏めて、三島手陶器と呼ばれているが、三島茶碗はそれらの陶器のうち、茶席の主役を演ずるので、特に高い評価を与えており、特に有名である。
  当時、輸入された三島茶碗そのものとしては、数量は少なかったと思われる。しかしその後、日本の茶人から朝鮮の陶工へ注文して作らせ、輸入されたのも、当然であった。
  また明治末からは、古墳や宮殿跡や窯跡から、古い優品が発掘されて、広範な種類の三島手が、公私のコレクターによって、世の光を浴びるようになったのである。

  その中に三島茶碗の名品があった。根津美術館をはじめ、各地の美術館には、国宝級のものがあり、個人のコレクターが愛蔵している優品もある。
  旧李王家美術館や旧朝鮮総督府博物館の度重なる戦火によって、今はその所在すら明らかでない。しかし写真だけが残っていて、その美しい姿の片影だけでも見られることは、正に不幸中の幸いと言うべきである。

  さて、三島手と言われる陶器の制作年代は、李朝初期、15~16世紀の所産と言うのが定説になっている(田中豊太郎)。
  およそ時代を同じくして焼かれた、朝鮮の井戸茶碗、熊川、金海と同列に置かれ鑑賞された。三島手陶器にしても、これらと同様に、総じて陶器の素地の持つ、自然の温かみに深い親密さを覚えるのである。

  李朝時代の国民及び韓国の人達は、敬老の精神に厚く、礼儀を重んじ、清廉潔白である。この人達の礼服が、純白であることを見ても、質実剛健の気風と、清廉潔白の精神が伝わってくる。
  白化粧した三島茶碗を手にした時、そこから精神的な、何かを語りかけてくる声が聞こえるようだ。

 茶碗以外の器にしても、白化粧を掛けたままの、素朴なものが多く、穀物の貯蔵、漬物、食器などの陶磁器も作られているが、実用品以外の装飾品は作られなかった。
  そのように土のぬくもりのある李朝の陶器が、いまでも、世界の古美術界で、非常に高く評価されている所以である。

  最後に三島茶碗の文様についても、述べておかなければならない。先に述べたように、もともと、三嶋暦を連想させるところから、付けられた名前ではあるが、現在では、茶碗に大きく魚の絵を描いたものや花の文様を印花して象嵌したもの、草花紋を鉄絵で描いたもの、白化粧を掻き落として絵にしたもの等々、最初の三嶋暦とはまるで無関係な図柚の物まであって、それぞれ、絵三島、彫り三島、花三島等々と呼ばれ、これらを総括して、すべて三島茶碗と呼んでいる。
  それでは、どこまでを三島茶碗と呼んでよいのかと、加藤唐九郎と話したことがあった。彼は茶碗に横線を一本引けば、それも三島茶碗だ、と。

  日本国内のどこの窯場でも、陶工たちが、それぞれ工夫を凝らして、特徴のある面白い作品を、毎年発表しているが、李朝陶器の持つ、本来の素朴さと、土の暖かさを原点として、それから飛躍しているものも見られるので、それらの作品を、観賞することは大変楽しいのであるが、作品のそれぞれに個性が認められるので、一概にそれらの作品を論じ、且つ評価することは、至難の業である。

  本年秋には、三島市の佐野美術館に於いて、国宝級の三島茶碗の優秀品を広く全国から集めて、特別展が開催される予定である。是非観賞される事を御勧めする。(2001年 3月『三島茶碗全国陶芸作品展目録』に収録)

(日本陶磁協会三島支部長・理学博士・静岡県技術顧問・国立沼津高等専門  学校名誉教授・三島茶碗文化振興会学術顧問)

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活動目的

三島茶碗(李朝陶器)・粉青沙器 関連美術書、図録一覧

<三島茶碗に親しむ会>編集資料 2006.6三島茶碗文化振興会
国立中央博物館『館蔵品図録』韓国国立中央博物館(韓国ソウル特別市竜山区)
特別展図録『粉青沙器』韓国梨花女子大学校博物館(ソウル特別市西大門区)
館所蔵『粉青沙器名品展図録』韓国湖林博物館(ソウル特別市冠岳区新林)
『三星美術館LEEUM館蔵品図録』三星美術館LEEUM(ソウル特別市竜山区) 
『粉青沙器名品展』(湖巌美術館所蔵)韓国湖巌美術館(韓国龍仁市)  
『優艶のいろ質朴のかたち』(韓国陶磁の美)大阪市立東洋陶磁美術館(大阪市)
『東洋陶磁の展開』(大阪市立東洋陶磁美術館 館蔵品選集)
大阪市立東洋陶磁美術館(大阪市)
『火の伝統 三井家 伝世の名宝』三井記念美術館(東京都中央区日本橋)
企画展『心のやきもの李朝』MOA美術館(熱海市)
『根津美術館蔵品選』茶の美術編 根津美術館(東京都港区青山)
『みしま~三嶋暦から三島茶碗へ~』佐野美術館・三嶋大社宝物館(三島市)
『三島茶碗全国陶芸作品展・出品者目録』三島茶碗文化振興会(三島市)
『李朝の陶磁展』1984年 佐野美術館(三島市)  
『三島』「陶磁大系30」(田中豊太郎著)  平凡社  
『図録四百年忌特別展覧会・千利休展』1990年京都国立博物館 「なごみ」
『特集“私の「李朝」礼賛』淡交社  
『日本の陶磁展』(ボストン美術館蔵モースコレクション)
アメリカ・ボストン美術館  「太陽」
『特集「李朝を愉しむ」』1997年2月  平凡社  
『利休・幽斎・三斎の茶道具名品展』1977年 毎日新聞社  
『利休・織部・遠州茶道名品展』1980年 毎日新聞社  
『利休の茶会』別冊太陽1990年 平凡社  
『韓国骨董入門』 淡交社  
『李朝に入門』 文化出版局  
『李朝を楽しむ』 太陽編集部  
『名碗に学ぶ茶碗の目利き』 世界文化社  
『茶碗百選』大河内風船子著 平凡社
*上記以外に三島茶碗の参考図録がありましたら事務局までお知らせください。    
三島茶碗文化振興会 事務局
TEL/FAX.055-986-7020 e-mail : konisi-m@suou.waseda.jp

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規約

粉青沙器(三島手・暦手)を所蔵する美術館・博物館
(常設展示しているかどうかは確認しておりません)

イ)韓国   
●韓国国立
  中央博物館
韓国ソウル特別市竜山区 月曜休館
古代土器から李朝染付けまで。
●国立民俗博物館 ソウル特別市 景福宮内 月曜休館
●梨花女子大学校
  博物館
ソウル特別市西大門区 日曜休館
●湖林博物館 韓国ソウル特別市冠岳区新林 月曜休館
●三星美術館
  LEEUM
韓国ソウル特別市竜山区  日・月曜休館(予約制)
●湖巖美術館 京畿道龍仁市(ソウル南郊外) 月曜休館
粉青沙器だけで200点近く所蔵。
●海剛陶磁美術館 京畿道仁川市(ソウル東南郊外) 日曜休館  

ロ)日本
●出羽桜美術館 山形県天童市一日町 年末年始、月曜休館
(JR天童駅下車徒歩15分)0236-54-5050   
●益子参考館 栃木県益子町 (JR宇都宮駅下車東野バス乗換え約60分)         0285-72-5300
●永青文庫 東京都文京区目白台1-1-1細川家所蔵品展示) 
03-3941-0850  日曜日・月曜日・祝日(土除く)  
●日本民藝館 東京都目黒区駒場 年末年始、月曜休館
(最寄り駅/井の頭線駒場東大前下車)03-3467-4527
●三井記念美術館 東京都中央区日本橋室町2-1-1<二徳三島>03-5777-8600
●根津美術館 東京都港区南青山6-5-1 月曜日休館 03-3400-2536  
●静嘉堂文庫
  美術館
東京都世田谷区岡本 月曜休館ほか
(最寄り駅/東急二子多摩川下車バス乗換え)03-3700-0007
●MOA美術館 熱海市桃山町26-2<残雪> 木曜日休館 0557-84-2511  
●佐野美術館 三島市中田町1-43  0559-75-7278   
●三嶋暦師の館 三島市大宮町 月曜休館
●徳川美術館 名古屋市東区徳川町1017<三島桶>
052-935-6262 月曜日休館
●高麗美術館 京都市北区紫竹上岸町15 年末年始、月曜休館
(最寄り駅/地下鉄北王子駅下車バス乗換え)075-491-1192
●河井寛次郎
  記念館
京都市東山区五条坂 (最寄り駅/京阪電鉄四条駅下車)           075-561-3585
●大阪市立
  東洋陶磁美術館
大阪市北区中之島 年末年始、月曜休館   
(最寄り駅/地下鉄御堂筋線淀屋橋駅下車) 06-223-0055
●大樋美術館 金沢市橋場町2-17  年末年始休館ほか
(最寄り駅/金沢駅よりバス橋場町下車) 076-221-2397
●山口県立
  萩美術館
山口県萩市平安古 月曜休館 浦上記念館
(最寄り駅/萩駅より徒歩20分)  
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