HOME > 三島茶碗について
三島茶碗とは、15~16世紀の朝鮮王朝(李朝)の初期に朝鮮半島で焼かれた象嵌白化粧の高麗茶碗のことです。仏教を称えていた前世の高麗王朝から白を尊ぶ儒教に転換(崇儒廃仏)した朝鮮王朝で開花しました。現在の韓国では粉青沙器あるいは粉青(ふんせい=プンチョン)と呼ばれ、青磁、白磁と並んでよく知られています。
我が国に渡来したのは茶の湯の勃興期に当たる室町時代末期(桃山時代)です。温雅な白化粧の茶碗が主に侘び数寄の茶人達に愛玩珍重されたと言われております。一例としては、1565年(永禄8)6月22日の津田宗達の茶会記には「みしま茶碗」、また、1574年(天正2)閏11月18日の津田宗及の茶会記には「こゆミ茶碗」(暦のこと)と記されており、これらが三島茶碗、暦手の初出とされております。また、1590年(天正18)9月23日の聚楽第での千利休による朝の茶会(利休百茶会の一つ)でも「本覚坊ひとりみしま茶碗」と記録されており、三島茶碗の使用が認められております。
三島茶碗全体に共通する特徴は、白土で素地を化粧したもので、象嵌、線刻、掻き落とし、刷毛目、鉄絵、粉引など多彩な技法が幾重にも多用されています。わが国では、それらは花三島、彫三島、刷毛目三島、絵三島、粉引三島などと呼ばれ、全国各地の窯場でそれらの技法が現在まで受け継がれております。
三島茶碗の呼称の由来のうち一説には、「茶碗に施された印花文や連珠文などの象嵌文様が、当時、伊豆国三島で版行されていた三嶋暦の細かな仮名の崩し文字に似ていたことから〈暦手〉、〈三島手〉と呼ばれるようになった」とされています。
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| サムソン美術館Leeum(ソウル) 複製三島茶碗 <粉青魚文掻落とし扁壺> |
中塚隆也作 三島茶碗(静岡県伊豆市冷川) <三島大鉢> |












