今でこそ安住の地を見つけて、もう宿探しに苦労しなくてすんでいるのですが、イギリスに行き始めた頃は、二度と行きたくないような宿にばかり当たっていました。
◆開かずの宿
宿に着き、チェックインも済ませ、荷物を部屋において夕食を食べに出ました。
食後、部屋に戻ると、鍵が開かない。いや、鍵はかちゃんと音を立てて回るので、どうもドアが開かないようなのです。
もう押しても引いてもどうにもならないので、フロントを呼びに行くと、彼も何度かガチャガチャとドアノブを回した後、埒が明かないと思ったのか、私に「後ろに下がっていろ」と言いました。
言われるままにドアから離れると、彼は助走をつけ、なんとドアに飛び蹴り!ドアはがたんと大きな音を立ててはずれ、呆然とする私に、「ほら、他の部屋に案内するから荷物運ぶよ」
と、さも当然のことといった様子で、てきぱきとスーツケースを運び始めました。
これがもし違うシチュエーション、たとえば捕らわれの身の私を助けるためだとしたら、私は「私のためにドアを蹴破る男」にホレちゃったかもしれません。とんでもない事を、さもなくやってのける姿が、妙にかっこよかったんですね。
でも、そんな気持ちは次に案内された部屋を見て、跡形もなく消え去りました。
今度の部屋は、内側のドアノブがあった部分に大きな穴が開いていて、そこをガムテープで塞いであるような部屋だったからです。
◆£8の宿
まあPaddington周辺で£8だったら、立派なB&Bを想像するほうが図々しいってもんです。
だから女性4人でシェアでも、毛布が薄くて寒くても、枕がなくても、共同トイレが異様に汚くっても、そんな事はガマンしましょう。
困った事は、そのシェアをする相手でした。私のほかには、イギリスでベビーシッターの仕事を探しているという出稼ぎロシア人と、昼間はずっと宿に寝ていて、夜になると出かけていく退廃的なムードの女性。
ロシア人は、仕事を探しているという事でしたが、いつ部屋にもどっても、黒い下着姿でベッドの上で本を読んでいました。私も一週間ほどそこに泊まっていたので、ちょっとした会話を交わしたりはしていたのですが、退廃的な女性は人を拒絶するような雰囲気があり、言葉を交わす事はありませんでした。
ところがある夜、一旦外に出てしばらくして戻ってきた彼女は、初めて自ら私に話しかけてきたのです。
「部屋が見つからないから、客をここに連れてきていい?」
そう、彼女は夜のお仕事の人だったんですね。
◆エジプト人オーナーの宿
私のB&B経験で一番戦慄を覚えたのが、Victoria駅から徒歩10分ほどのB&B街にある、この宿。その日泊まる部屋を探してスーツケースを転がしているときに、よたった日本語で「へやにテレビあります」と書いてあったこの宿を見つけ、ふらりと入ってみたのが大失敗でした。
ちょうどその時、フロントで日本人のカップルが、英語がわからずなにかもめているようだったので、助け舟を出したのです。意思の疎通が出来ればすぐ片付く話だったのですぐに解決したのですが、その時にフロントに座っていたエジプト人オーナーが、「キミのお陰で本当に助かった!僕は言葉はわからないけど日本人は大好きなんだ、昨日も日本人のカップルと飲んだんだよ」と、笑顔満面の親しさ全開。値段も手ごろで部屋も清潔だったので、二晩分£50をまとめて支払い、部屋に荷物を運びました。
そして、一晩ゆっくり寝て、お出かけ。やっかいになってきたのは2日目の夜、宿に戻ってきたときでした。
昼間フルに動き回って疲れ果て、「ただいま〜」と宿に帰ると、オーナーが、前日とはうって変わった口調で「なに、今夜もここに泊まる事にしたの?」とけげんな表情。私は一晩分しか宿代を支払っていないというのです。
けげんな顔をしたいのは私のほうで、二晩支払っている事を主張し、荷物も部屋に置いてあることを何度も訴えました。しばらく私の話を聞いていたオーナーは、「わかった、今忙しいから、まずは部屋で待ってろ。仕事が片付いたら調べて、部屋に報告しに行く」と強い口調で言うので、不満いっぱいの気分で、私は一人部屋で待つ事にしました。
そして待つこと2時間ほど。10時すぎにノックとともに、オーナーの声が「キミはちゃんと支払ってくれていたのが判った。オレが間違っていた。申し訳ない。仲直りしよう」と、ドア越しに聞こえてきました。
まあ許してやるか、とドアを開けたとたん、オーナーは何やら手に持って部屋に駆け込んできたのです!
何を持ってきたかと思えば、それはウィスキー2瓶と500mlのコーラの缶。それからばかに大きさに差がある二つのグラス。
何がおきているのか判断しかねている私に彼は、「これでも飲んで仲直りしよう。オレのおごりだ」とやけに大きいグラスを私に渡してきたのです。
こんなシチュエーションどう考えても危なそうですが、オーナーは戸をしっかり閉めず、隙間があったので密室状態ではなかったこと、それから、下手に怒らせてもそんな時間に他の宿を探しに外に出る事は避けたかったという理由で、私はその「仲直り」とOKしてしまいました。
そして飲み始めて一時間ほど…。大きいグラスを担当していたのは私でしたが、ボトル2本空いたときに、べろんべろんになってしまっていたのはオーナーの方でした。
元々それが目的だったのでしょうが、酒も入って調子付いた奴は、「金なら出す。一晩いくらだ?」などとついに言い始めました。
「私はそういうことはしない」とはっきりと言っているのにもかかわらず、もう彼の勢いは止められない。オーナーと言っても、イギリスに来て1年ほどの雇われオーナーだったので、英語も稚拙で、非常に露骨なのです。その露骨な英語を駆使して、もうここにはとても書けないような事を熱く語る語る!
しまいには、私が腰掛けていたベッドの上に置いていたスーツケースを、「これは邪魔だね」と、勝手にどかそうとする!あわてて私は、「いや!このスーツケースはここに置くべきなんだ〜!」と、取り戻しました。
あんまりしつこいのでさすがにキレて、「もう眠いから出て行って!いくら言っても駄目!」と怒鳴ると、ようやく「じゃあ、頬にキスさせておくれ…」と、言い(させましたよ、もう〜!)そしてようやく出て行ってくれました。
これで一安心、とも思ったのですが案外あっさりと出て行ったのがかえって恐ろしく、彼が出て行った後、すぐさまスーツケースをドアに立てかけ、そこに寄りかかりながらドアノブに手を置きました。
案の定…2時か3時ごろになり、ドアの鍵を回す音と、それに続きドアノブを回そうとする者が…それも、何度も!必死でドアを押さえ、結局一睡も出来ませんでした。
日が差すのを待ち続け、空が薄明るくなると同時に宿を飛び出しました。後ろからはオーナーの「もう出て行っちゃうの〜?」と、トボケた声が…
以来、宿選びには、少しだけ慎重になりました。でも、その後も失敗は続きます。
◆その他色々
長々と書くほどの衝撃はないのですが、他にも「一人なのに7人部屋に案内され、その部屋には壁一面に暗い色調の絵が飾られており、それが全部さかさまになっている」宿や、「ベッドが床の上のマットレスのみで寒くて眠れない宿」や、「夜中中子供が奇声をあげながら走り回る宿」、汚い宿、くさい宿、かゆい宿(ベッドで寝たら、体に赤い湿疹が…)など、さまざまです。ホント、ロクなB&Bに泊まっていません。
ですが、他ページに書きましたUrsulaのB&Bだけは特別です。