〜暗黒卿五人衆〜

                                作 KID様 

    

深夜の遍窟寺。
大輔、エルシィといった常識的面々が去った後のここは、不気味なほどに静まり返っていた。
と、そこへ現れる一人の影。眼鏡を掛けた、どこか胡散臭い……失礼、どこか危険な香りを
感じさせる男だ。
彼は眼鏡のフレームを指で押し上げつつ、口元を歪めた。

「ふっ……そこに居るのは分かっているぞ、“地獄の毒蛇”」
「──さすがだな、“暗黒の道化師”」

男──“暗黒の道化師”の指摘に、炬燵……いやいや、闇の中からゆらり、と白い身体を
くねらせる一匹の蛇。
彼こそが“地獄の毒蛇”。

「他の暗黒卿はどうした?」
「遅刻か? まったく連中ときたら……」

刹那、“暗黒の道化師”の鼻先をかすめる一発の銃弾。

「貴方と一緒にしてもらいたくありませんね」
「ぬう……っ」

気配を感じさせることなく、庭の樹に背を預けている英国人男性。その手に携えている銃は、
禍々しい雰囲気を放っている。
“狂気の射手”。彼は、そう呼ばれている。

「貴様……狙っていただろう!」
「当たってもどうこうなる貴方ではないでしょう?」
「やめろ。騒ぐと他の連中に気付かれる」

火花を散らし合う2人を、“地獄の毒蛇”が諌めた。
“狂気の射手”は興味なさそうに視線を逸らし、“暗黒の道化師”は不満げに足元の石を
蹴りつけた。

「“氷魔の美姫”と“虚幻の魔女”は?」
「──ここにいますよ」
「同じく、やね」

何故か寺の屋根の上に立つ人影が二つ。
月光の下、銀髪をなびかせる女性──“氷魔の美姫”。
そして彼女に寄り添うように佇む、胸ぺったん細身の女性──“虚幻の魔女”。

「ふん……ようやく揃ったというわけか」

じろりと、“暗黒の道化師”が視線を上に向ける。

「どうでもいいが……見えているぞ」
「『アビス』」

“氷魔の美姫”の一言で、“暗黒の道化師”が凍りついた。
彼らに仲間という概念は存在しない。様々なマイナスの感情エネルギーが生み出す暗黒面に
引き寄せられた者たち──それが暗黒卿なのだ。

「……大丈夫か、“暗黒の道化師”」
「く……っ、相変わらず手加減を知らん娘だ」
「いいじゃないですか、死なないんだし」

微かな冷笑を浮かべる“氷魔の美姫”。彼女は自らを慈悲深いと称しているが、その言葉を
信じる者はいない。いるとすれば、見た目に騙されているのだ。

「せやけど無理はよくないで、店長」
「“氷魔の美姫”です」
「あ、しもた」

訛りのせいか、どこか愛嬌の漂う“虚幻の魔女”が舌を出す。

「しっかりしてくださいね。でないとエルシィさんとのデート、上手くセッティングして
あげませんよ?」
「う、うち、頑張りますっ! ……ああっ、姐さんとデート……あんなことやこんなこと、
あまつさえ※※※なことまで!!! いやーん、恥ずかしいわぁ」
「……撃つべきでしょうか」
「待て。あんなのでも我らが同志。ここで失うには少々惜しい」

何やら一人悶えている“虚幻の魔女”を、残る面々は憐れんだ目で見つめた。
と、その時──。

<全員、集まったようだな>

重々しい、聞く者全てに威圧感を与える声が響き渡った。
5人の暗黒卿は一斉に跪き、頭を下げる。

<我が同志……暗黒卿五方陣よ>

巨大な闇が遍窟寺を覆う。
“皇帝”。その二つ名で呼ばれる暗黒面の支配者。またの名を“隻眼の覇王”。

<……時は来たれり。ついに暗黒面が世界を征する時が来た>
「おお……」

歓喜の声を上げる暗黒卿たち。
それもそのはず、彼らの行動はこれまで、「子供っぽいごっこ遊び」として扱われてきたのだ。
しかし、その屈辱も終わる。暗黒面が世界を覆う時、全ては“皇帝”のものとなり、悪意と絶望と
非常識が現実のものとなる。

<さあ、始めるのだ……暗黒の宴を!>

暗黒卿は立ち上がると、“皇帝”に向けて手を上げ、敬意を示す。

「世界に、暗黒面の祝福を!!!」

     

     
「……ん。……おっちゃん!」
「……むう……なんだ、少年か」

無理矢理揺り起こされ、鳳はいささか不機嫌な表情のまま呟いた。
彼を起こした少年、宝城大輔は呆れたように、

「炬燵の中で寝ると風邪引くよ。オレ、もう帰る時間だから、留守番よろしくね」
「ああ、気をつけて帰れ。河口は食っても道草は食うなよ」
「どっちも食べないってば」

苦笑しつつ、大輔は去っていった。
鳳はしばらくぼうっとしていたが、再び寝転がって天井を見上げた。

「……正夢だと興味深いんだがな」

物騒な呟きを洩らし、微かに笑った。