堤吾郎 |
「ふぅ……」濡縁に腰掛け、月を眺めつつ手にした猪口に口をつける |
ミコト |
「……綺麗な月……静かで、とても穏やか……」庭で一人、月を見上げながら |
堤吾郎 |
「おぅ……」声のする方に顔を向け、ふっと笑んで |
ミコト |
「月は生のない世界……そこから放たれた光は、命のない輝き……」 |
堤吾郎 |
「…………ミコト?」笑みを訝しげな表情に変え |
ミコト |
「(堤吾郎さんの方へ振り返り)……それでも……この世界は生きている……」 |
ミコト |
「私たちは死の光を浴びて……生きている……不思議」 |
堤吾郎 |
「なぁ、ミコトよ。死は全ての終わりたぁ限らねぇんだ」 |
ミコト |
「……?」 |
ミコト |
「……終わりだよ、堤吾郎。死ねば、みんな終わり……」 |
堤吾郎 |
「確かに、この世に生きるモンは最後にゃ死ぬモンだ。……人も獣も鳥も虫も草木も、すべて、な」 |
堤吾郎 |
「けどな。死は終わりじゃねぇのさ」穏やかに笑みを浮かべ、頭を振り |
堤吾郎 |
「――歳経て朽ちて倒れた木は、幾つもの若木や草木を養う」 |
堤吾郎 |
「朽ちた木に養われた若木は長い時間を経て天へと至り……また朽ちて倒れて土に返って、次の若木を養う……その繰り返しさ。終わりなんてモンは無ぇんだよ |
ミコト |
「……でも、ヒトのココロは消えるよ、堤吾郎」 |
ミコト |
「大切な気持ちも、思い出も……みんな、死の風にさらわれてしまう……」 |
堤吾郎 |
「消えたりはしねぇさ。……ずっとずっと在り続ける。別の人の心の中で、な」 |
ミコト |
「……別のヒト……?」 |
堤吾郎 |
「ああ。抱いた想いは、別の誰かの心の中に生き続けるモノさ。親から子へ、孫へ、或いは友から友へと……」 |
堤吾郎 |
「そうやって伝えられ続ける限り、気持ちも思い出も誰かや何かに攫われる事ぁ無ぇんだよ。……喩え死の風の手ですらも、な」 |
ミコト |
「……(視線を伏せて)……私には……」 |
ミコト |
「……私には、いるのかな……伝えられるヒト……」 |
堤吾郎 |
「ミコト……(歩み寄り背を屈め、そっと抱き寄せ)」 |
堤吾郎 |
「居るだろ?此処に……」 |
ミコト |
「……」無表情のまま、抱きしめられる |
ミコト |
「…………本当に?」 |
堤吾郎 |
「俺だけじゃ無ぇさ。寧子さんや溝呂木のジィ様、神凪に、大輔に……沢山居るんだぜ?」 |
ミコト |
「……遍窟寺の、みんな……」 |
堤吾郎 |
「それになぁ、まだまだ、これから先も逢うだろうよ」 |
堤吾郎 |
「ああ……だから、そんな悲観的に……考えないでくれ、な(更にきつく抱きしめつつ、僅かにくぐもった声で)」 |
堤吾郎 |
「もう……お前ぇは、独りぼっちじゃ、……ねぇんだ、よ……」 |
ミコト |
「……」見上げた瞳に宿る月光は、冴え冴えとした輝きを放ち──。 |
堤吾郎 |
「(吊られて天を仰ぎ)あの光もなぁ、死の光じゃ無ぇのさ」 |
ミコト |
「…………うん」そっと閉じた瞳から一筋だけ零れ落ちた涙は、堤吾郎の頬に伝わっていく……。 |
堤吾郎 |
「昼間の太陽の光ほど強か無ぇけどよぅ、アレもまた、沢山の命に光を与えてるのさ……」 |
堤吾郎 |
「…………」指でそっと涙を拭ってやる。 |
堤吾郎 |
「俺が、居る。だから…………」 |
ミコト |
「……静かで、優しい光……まるで、堤吾郎みたいな……命の光……」 |
堤吾郎 |
「俺かぁ?……俺ぁ、そんな…………」 |
堤吾郎 |
「…………」恥ずかしげに笑んで、更に強く抱きしめて |
ミコト |
「……陣も、言ってた。堤吾郎は優しくて強い輝きで、みんなを守ってくれるって」 |
ミコト |
「太陽の激しさと、月の穏やかさをもっているって……」 |
堤吾郎 |
「アイツ……ンな事言ってやがったか……ったく……似合わねぇなぁ」等と言いつつも、嬉しそうな表情と声音で答え |
ミコト |
「(恐る恐る堤吾郎さんに触れながら)……私も、そう思う……」 |
堤吾郎 |
「そうか……」 |
堤吾郎 |
「……(差し出された手を、分厚い掌でそっと包み込んでミコトを見)」 |
ミコト |
「……」ほんの少しだけ微笑む |
堤吾郎 |
「お前ぇに近づく死の影は……俺が追い払ってやる。だから……辛く考えたりするんじゃねぇぞ」 |
ミコト |
「……うん。……がんばる」 |
堤吾郎 |
「(安心したようにふっと笑んで)……なら、大丈夫だな」 |
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(風が梢を揺らして通り過ぎる) |
堤吾郎 |
「なぁ、寒かぁ無ぇか?」 |
ミコト |
「……(死よ死よ、安寧をもたらす風よ。今しばらく我等の前より去れ。遠く遠く、砂塵の彼方より続く風よ。今しばらく我等の息吹を守れ)」 |
ミコト |
「……うん。……でも、あったかいから……」 |
堤吾郎 |
「そうかぁ……」静かに目を瞑り |
堤吾郎 |
「おぅ……?」物音がしたような気がして、閉じていた目を開けて |