「何やってんのよ!」 「悪ィ!」 さすがにバツの悪い顔になってドウマは床に屈みこむ。彼が金貨を拾いやすいようアークもガイスも席を立って、椅子を退けてやった。 クローディアは少し離れたところまで、転がっていった金貨を拾いに行く。 全員でバタバタしているところへ、二人の若い男が近づいてきた。 「おう、兄さんたち。羽振りいいねぇ?ちっと俺たちにもご馳走してくれよ」 「あ?なんだ、お前ら?お前らに奢る義理はねぇよ」 床からのそりと立ち上がったドウマが、しっしっと追い払う仕草を見せる。酒場で絡んでくる奴は珍しくもないが、大概の者はドウマの体格を見ておとなしく引き下がる。だが、今日の男たちはそう素直に引っ込んだりはしなかった。 「お!ご挨拶だなぁ、兄さん。俺たち、仕事にあぶれちゃってさぁ」 「兄さんたちと違って、フトコロが寂しいんだよね〜」 勝手な理屈をへらへらと述べる男たちに、ドウマはうんざりする。きっと何度も他人にしつこくたかってタダ飯にありついていたのだろう。これが彼らの処世術だと言われればそれまでなのだが、己の腕一本で食ってきた傭兵には腹立たしいことこの上ない。 面倒ごとはゴメンだが、言われるままに金貨を渡すつもりもない。交渉は終わりだ、とでも言うように男たちに背を向けてドウマは言った。 「おとなしく働け」 「あー、やっぱりそう思う?んじゃ、働くとしますか」 「?」 怒るでも諦めるでもなく、余裕のままの男たちに不穏な気を感じ、ドウマは振り返る。 男たちは、金貨を拾って戻ってきたクローディアに手を伸ばした。 「きゃぁっ!?」 「ディア!…何しやがる!」 「おっと、動くなよ。コレ見えるだろ?」 いつの間に取り出したのか、銀色に光るナイフがディアの首筋に当てられていた。 「ちっ、下衆が!」 「はは。俺たち女衒だからねぇ。働くってこういうことなの。ついでにそっちのキレイなお兄さんも一緒に行こうか?俺たち、男娼館にも顔利くから」 「おら、武器を外してこっちに渡しな!」 酒場は剣呑な雰囲気に包まれるが、店の者はこの手の騒動には慣れているのか、奥に引っ込んだまま顔も見せない。他の客たちも厄介ごとに巻き込まれたくはないのだろう。遠巻きにこちらの様子を伺うばかりで、腰を上げる者はいない。 助け舟を期待していたわけではないが、ドウマは小さく舌打ちをしてゆっくりと己の大剣を男たちに手渡した。 ドウマの剣を取り上げた男は、その立派な設えに口笛を吹く。後で売りさばくつもりなのだろう。腰のベルトへ剣を佩くと、アーカンジェルに視線を移して言った。 「お前の剣も渡しな!」 「……分かった。少し重いから、落とすなよ」 傍らに立てかけておいた竜心剣に手を伸ばしながら、アーカンジェルはドウマと目線を交わす。アークの意図を過たずに悟った大男は、場所を空けるような素振りで立ち位置を動かした。 「……」 片手を伸ばした若い男の手に剣を乗せ、アーカンジェルは手を離した。 「うぉっ!?」 ガクン!と体勢を崩す男。その瞬間を狙っていたドウマは、もう一人の男へ突進する。同じようにアークの狙いを悟っていたクローディアは、ナイフを持つ男の手をねじり上げて腕からすり抜ける。 「おらぁっ!」 ドウマの体重を乗せた拳が、男の顔面に炸裂した。 最強のパーティに喧嘩をふっかけた馬鹿二人を、ドウマとアーカンジェルは乱暴に酒場の外へ蹴り出した。しばらくは『仕事』とやらもできないだろう。 やれやれ…とテーブルに戻ってきたアークたちを、ディアが笑って出迎えた。 「ウルに、助けられたわね」 「……あぁ、そうだね」 誓約者以外には持ち上げられないという竜心剣の特性が、こんな形で助けになるとは思わなかった。 住む世界は違っても、傍にいるのだと――そう感じる。 感謝の思いを込めて、アークは竜心剣の柄をそっと指で撫でた。 「離れていても守ってくださるとは、さすが幻獣王陛下」 「こりゃぁ、恩返ししねぇとなぁ。な、アーク?」 物々しく頷いているガイスと、大声で言うドウマの姿に、自然とアーカンジェルの顔にも笑みが零れる。 「分かっているよ。この借りは……大陸統一という形で返そうじゃないか!」 やり損なった乾杯を、もう一度。 空の向こうにいる仲間にも届くように、彼らは高々とジョッキを掲げた。 Fin. |
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