★赤と黒 夏の夜空に花火が上がる。近くにいた浴衣姿の女子が歓声を上げた。鮮やかに一瞬の華を散らす風物詩に背を向けて、才蔵と鎌之介は人波をぬいながら河川敷の外へ向かっていた。 花火は充分見た。枝垂れも変り種も、スターマインも。屋台も堪能した。たこ焼きも射的も、フランクフルトも。 祭りのフィナーレを目当てに増え続ける人混みに飽きて、そろそろ帰ろうとしていたところだった。才蔵は、別に最後まで花火を見たいわけではない。隣にいる赤毛が祭りに行きたいと駄々をこねて、それに付き合っただけだった。 鎌之介の方は、まだ遊び足りないのか立ち並ぶ屋台をキョロキョロと見回している。時折、通り行く人たちに薄い肩をぶつけたり。足元を走る子どもに気付かず、短パンから伸びる素足にアイスをつけられて悲鳴を上げたり。 「鎌之介。お前、もうちょっと前見て歩……」 「あ!才蔵!金魚すくいやろうぜ!」 「人の話を聞け!」 前方を指差す鎌之介が才蔵を振り返った。面白いおもちゃを見つけたかのように輝く表情は、少し子どもっぽい。才蔵のTシャツを引っ張りながら、鎌之介は連呼する。 「金魚!金魚!き・ん・ぎょ!」 「やんねーよ。飼うのめんどいだろ」 「なんで!散歩も予防注射もねぇじゃねーか」 犬猫よりマシだろ、と鎌之介は唇を尖らせる。どうせ飼いたいわけじゃなく、『金魚すくい』という遊びをしたいだけだろうに。 「生き物を遊びに使うなっての」 才蔵の呆れ声に、今度はぷーっ!とふくれた鎌之介が、握り締めていた服から手を離す。諦めるかと思いきや才蔵の腕へと手を伸ばし、強引に引っ張った。 「いいからっ!やるのっ!」 「やらねぇって言ってんだろ」 「ヤだ!やる!やりたい!才蔵と一緒にやりたい!やりまくる!やらせろ!」 「だぁぁぁっ!黙れ!喋るな!」 人聞きの悪いことを叫ぶ連れの口を手で塞ぐ。何事かと目を見開く周囲の視線やら、避けるように二人を迂回していく家族連れの視線に『誤解です』と言いたい。声を大にして。 花火の爆裂音よりも何故か耳に届くひそひそ声に耐えかねて、才蔵は金魚すくいの屋台へと足早に向かった。迷惑な赤毛野郎を引き摺って。 「……いいか?一回だけだぞ?」 「分かった分かった」 「ホントに分かってんのかよ……」 ずるずるとお目当ての屋台へと引き摺られる鎌之介は満足そうで、才蔵は溜め息をつく。 人混みを避けてさっさと帰ろうとしているのに、ここで長時間遊んでいたら帰りの大混雑に巻き込まれる。その辺を分かっているのだろうか。 「おらっ!」 赤い金魚を一匹すくったあと、まだ破れないポイは鎌之介の手によって何度も水中に突っ込まれる。隣で一緒にしゃがみ込みながら、才蔵はその様子を眺めていた。 鎌之介の次の狙いは、黒いデメキンらしい。だが、元々数が少ない上に、赤い奴らが邪魔になるようで上手く取れない。鎌之介が段々とイラついてくる雰囲気が伝わってきた。諦めて他のヤツを取ればいいのに。 しつこくデメキンを追い掛け回す鎌之介に、才蔵は呆れながらも横から声をかける。 「……なぁ、なんでソイツがいいんだよ?かわいくねーじゃん」 金魚の外見などどうでもいいが、どこかずんぐりとしたフォルムのデメキンより、赤いヤツの方がいいような気もする。スマートだし、キレイだし。 「こいつがいいの!」 「もっと取りやすいヤツにすりゃいいだろ」 「ヤだ。黒いヤツが欲しいの!」 「なんでそんなにこだわるんだ?」 「……」 ただ遊びたいだけかと思っていた鎌之介の強情なこだわりを不思議に思い、才蔵は首をひねる。『金魚すくい』をしたいだけなら、どれでもいいだろうに。 少しの沈黙の後、聞こえてきた小さな言葉は、 「だって、才蔵とおんなじ色だし……」 才蔵の口と動きを止める程度には効力があった。 「あ!」 デメキンとの数回の攻防の末、ついにポイが破れた。鎌之介の乱暴な扱いに、よく耐えた方だと思う。 「黒いの、すくってねぇのに……」 大穴を開けているポイを見つめてしょんぼりする横顔に、何故か罪悪感が湧く。 ――いや、俺のせいじゃねぇけど。 「黒いの……」 未練がましく手元のポイと水槽のデメキンを交互に見遣る鎌之介。一回だけ、という約束を一応は覚えているらしい。 「しょーがねぇな」 溜め息をつきつつ、才蔵は店の親父に小銭を渡した。 「才蔵?」 「俺はまだ一回もやってねぇからな。……黙って見てろ」 なんとなく言い訳をしながら、ぐるりと右腕を回して水槽を覗き込む。渡された新品のポイをまだ水にはつけず、上から影だけを落としてやる。そうして黒いデメキンを端へ追い詰めた。静かにポイを水中に沈め、狙いを定めると尾ひれをひっかけないように素早く掬い上げる。ぽちょ、と間抜けな音を立てながら、左手の椀にデメキンが落ちた。 「……才蔵、すげぇ!一発!」 「ほら」 すくった金魚を鎌之介の椀に移してやる。ポイはまだ破れていなかったが、才蔵はもう用は済んだとばかりに親父に返すと立ち上がった。 赤と黒、二匹の金魚をビニール袋に入れてもらった鎌之介も、上機嫌でその横に立ち並ぶ。 「帰るぞ」 「おう!」 フィナーレの始まったらしい花火の連続音を背後に、二人は今度こそ帰路へと向かう。 河川敷の階段を昇り切り、ようやく人波をすり抜けた。同じような早期脱退組らしき人影がまばらに見える道を歩いていく。祭りの騒がしい気配が遠ざかる頃、鎌之介が口を開いた。 「才蔵、金魚すくいはやらねぇとか言ってたくせに!」 「あ?金魚『掬い』じゃなくて、『救い』をしたんだよ。いつまでもテメェに狙われてたんじゃ、金魚だって身がもたねぇだろ」 「うっわ!屁理屈!」 才蔵の言葉に笑い転げる鎌之介は、目の前に掲げたビニール袋をちょんと突いた。水に反射するのは、赤と黒の色彩を纏った二人の姿。 二匹の金魚はただ静かに、水の中でゆらゆらと揺れていた。 |
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