私の書架2003年(1)

2003. 1. 5 ぼっけえ,きょうてえ 岩井志麻子 3
 救いがたい貧困が生々しくグロテスクに描かれる表題作。語りの技巧や,全体の構成のうまさは認める。主人公の哀しさも伝わる。が,収録された他の数編も含めて,こういった土俗ジャンルは個人的な好みとして,嫌い。深沢七郎でも「楢山節考」はいいが「東北の神武たち」は好きになれないように。(ついでに言えば,この2つをミックスした今村監督の映画「楢山節考」も嫌い)。
2003.1.10 小蓮の恋人 井田真木子  4+
 2年前に買ったが,出だしの記念撮影のあたりで挫折していたもの。文庫「14歳」を購入し,柳田邦男のあとがき(13年春に急逝した著者への弔辞)を読んだのをきっかけに再チャレンジ。
小蓮の兄弟〜特に小蓮と次兄の,真摯で内省的でなおかつ力強く前向きな姿勢に惹きつけられる。それを見守る著者の姿勢もまた,安易に結論に導いたり理解したふりをしたりせず,率直で誠実。こういった爽やかな読後感のノンフィクションは大好きだ。
2003.1.17 始祖鳥記 飯嶋和一  5
 平成13年に評判になった本。文庫化を機に購入してびっくり…当地静岡に深い関係があったのだ。
 3部構成のうち,小説として面白いのは1,2部。幾多の魅力的な登場人物たちと共に,時に奮い立ち,勇気づけられ,涙する。3部はその後日談といった感じで,血が沸くような展開はないが,舞台が静岡,とりわけ鳥人幸吉が最後に飛行するのが我が家の近所の賤機山→安西の河原だという特殊な事情から,1,2部に劣らぬほど楽しく読める。読後,幸吉の足跡をたどって材木町から賤機山に登ってみたくなるだろう。
 登場人物がみな魅力的なのが本書のいいところだが,強いて言えば,みな感性や考え方がよく似ているのが難点か。このセリフ,あいつが言ってもおかしくないなあ,というところがいくつか出てくる。
 海の民と陸の民の対比,海の民の死生観〜現(うつつ)は永遠という名の龍神の一時の夢〜も,強烈な印象を残す。爽やかで,元気が出て,深い味わいも残る…みんなに勧めたい本。
2003.2.10 黄色い目の魚 佐藤多佳子 4
独特の澄んだ感覚が魅力の青春小説。絵心が全くない(描けないだけでなく、絵についての感性もない)私も、言葉で巧みに表現されると絵のイメージが豊かにわいてくるから不思議。
2003.2.19 半落ち 横山秀男 4+
本書については、謎解きの根幹に関わる部分の矛盾が指摘されたほか、調書ねつ造、署名など、いくつかの点で、無理な設定や誤りがあることが明らかになっている。それを承知の上で、4+。これだけ読む楽しみを堪能させてもらえれば文句はないし、暖かく爽やかな読後感は何ものにも代え難い。
2003.2.27 模倣犯 宮部みゆき 3+
 長い。長すぎる。作者が語りたいことを登場人物にしゃべらせている。それぞれは良い内容だし,心に残るものもある。時代の感覚の読み方や現代の若者の気分の捉え方も,多分当たっているのだろう。最近の話題作である歌野晶午著「世界の終わりあるいは始まり」に出てくる,“いまどきの子ども”の感覚を,2年前に感知していたとも言える。それに,事件に関わる人々が,それぞれの葛藤を超えて再生していく過程は,もちろん実際に遅々として進まないものだろうから,誠実に(ノンフィクションではないのだからこう書くのは変だが)描こうとすれば長くなるだろう。と,わかっていても,この長さはねえ…。この年度末の忙しい時期に…時間,ちょっと返して!と言いたくなる。
2003.3.22 黄泉がえり 梶尾眞治 1
陳腐にして通俗的。特に、泣かせの場面があまりに類型的で、全然泣けない。アイディア自体もさほど新鮮味なし。
2003.3.27 月の裏側 恩田陸 3
スリリングだが、叙述に凝るのはあまり好みでないので…。(年度末で急いで読んだせいか)情けないことに、結末がいまひとつわからなかった。とはいえ、この著者ならではの、はっとするほどうまい表現がところどころで出てきて、うならされる。
2003.3.28 イラクの小さな橋を渡って 池澤夏樹 3+
20歳の頃の自分だったら、この類の本は、感情論に過ぎないと切って捨てていただろう。確かにそれも真実の姿だろうけれど、近視眼的で、この国を総体としてみて、どうしていくかという視点が全く欠けている、と。
なぜ私は、この本に共鳴できるようになったのだろう?よく言われるような「子どもをもって命の大切さがわかった」という感覚とは少し違う。多くの人や本との出会いと、地に足がついた生活者としての20年の日々が、私を観念の世界から解放したのだ。
…といっても、自分にできるのは、戦況を伝えるニュース映像の奥にイラクの人々の息づかいを感じ、焦燥感を抱くだけなのだが。
2003.4. 動機  横山秀男 4
短編のひとつに、自分の職業(ナイショ)に関わる話があって、「嘘〜、こんなことあり得ない!」とのけ反ってしまった。表題作「動機」は秀逸だと思うのだが、警察の人が読んだら、やはりあり得ないっていう部分があるのだろうか。巧すぎて事実だと思いこみがちだが、この著者、結構ずさんなのかも。それでも4。エンターテイメントだもんね。


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