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News2012/05/04
・新高速行ってきた。ガンダムちょっと残念だった。
・連絡先mikan6482@yahoo.co.jp
Word2012/04/19
黒板を背にして教壇の前に立つ僕。教室中を見回し全員の顔を良く見る。どいつもこいつも顔に「バカ」ですと書いてあるようなメンツだった。偏差値は脳死と判断されてしまう程の血圧値ぐらいしか無く、頭を振ればスプレー缶の様にカラカラ言う事は間違いないし、憲法で非生産者の間引きが制定されたら、真っ先に該当しそうな連中ばかり。
それぐらいしか共通点が無いのだからこうして教室に集まったのだ。高校一年生の冬。僕たちは一つの試練にぶつかっていた。それは定時制の夜は寒い。寒いだけなら防寒具を着用すればなんとかなるが、定時制の夜に防寒具の着用を許されない場面があった。
僕「それが真冬の体育だ!」
全員が「おー!」と声を荒げた所で僕は一気に黒板に作戦の概要を書きなぐる。
僕「作戦は至ってシンプルだ!問題は次の体育まで60分!できうる限りの最速と最善を!」
事の発端は10月に入ってからだった。この頃から体育の授業は薄暗いグラウンドで延々と持久走をさせられていた。全く持ってまるで最悪な気分だった。来る日も来る日も永遠と走らされた。
一列に並んだ脳死判定されてもおかしくない知能指数を持つ高校生がローペースで暗いグラウンドを走る様はゾンビのように見えただろう。中には吐瀉物を撒き散らし、呻き声の様な呼吸をしながらズルズルと歩いているような奴もいた。
きっと映画「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」を作ったロメロ監督が見たら僕たちを映画に出演させてくれただろう。それぐらい当時の僕たちはまるで生きた屍だったのだ。そんな風に何も考えず、ただ走らされて体力を消耗して行く日々にいい加減、僕の我慢は限界だった。
いや、僕の肺が限界だった。ヤニで塗れた僕の肺は既にJTにお金を貢がないと生きていけない体になってしまっていた。年金を納めるぐらいならJTにお金を貢ぎ続け、肺ガンで65歳までに死ぬ覚悟だ。何度も辞めようと思った煙草だが、タバコが全世界に普及したのは、白人に虐殺されたネイティブアメリカンの呪い。それが僕を捕らえて離さない。
僕「真冬の体育を阻止しよう」
トラックを2周した所で併走していたY君に僕は話しかけた。
Y 「どうやってだ?」
僕「良い考えがある。任せて」
息を切らしながらも満面の笑みでY君は頷いてくれた。その笑みは信頼をたっぷり含んでいて人の心を落ち着かせ、勇気をくれる最高の物だった。人は何がきっかけで変わるかはわからない。けれど確実に僕はこの時、何かを得た。
例えばいつもの帰り道になった夜の通学路。その暗い夜道が僕の見通しのきかない現実の様にポツポツと外灯があるだけで、その光の方へ進んで行くしかなかったのに、いつもより一つだけ外灯が明るく灯っていたように見えた。
それから体育が終わり僕は直ぐに作戦に必要な人数、道具の準備。計画の算段を一人で練り上げた。そして冒頭に戻る。
決行は次の体育までの60分。僕とS君は二人で消防ホースを持って消火栓から水を思いっきり捻り出してグラウンド中に撒き散らした。集中豪雨でも降ったかのように辺り一面を水びだしにして使い物にならないグラウンドを作り上げ、その間にY君と教授。その他の生徒が体育館の扉を溶接していた。
体育をボイコットするのではなく、体育ができない状態を作り上げるシンプルな作戦だった。全てのコマンドを時間内に終えて教室に戻る。全員がハイタッチしたのも束の間だった。鬼の体育教師Wが直ぐにやって来た。全員が平手打ちと拳骨を覚悟したが、Wは満面の笑みだった。
W 「今日はお前らのリクエストに答えてサッカーをやろう。全員グラウンドに集まれ!」
どうせならば掘削機でグラウンド中に穴を開けておくべきだった。有無を言わさぬ迫力に押され僕たちはグラウンドに集合する羽目になった。びしょびしょに濡れた大地は踏みつける度に靴を濡らし、それが靴下に浸透して不快感を与えてくれた。時に大地の恩恵とやらは悪意にもなる。アスファルトの方が人間には優しいのだ。
この時の体育は最低で最悪だった。Wは審判をやらずにプレイヤーとして参加し、ラフプレーは当たり前だった。わざとらしくタックルを掛けて地面に押し倒されたり、泥だらけになったボールを思いっきりぶつけられたり。終わってみれば髪の毛から靴の中まで泥だらけになり、真冬の水道で僕たちは頭から水をかぶって泥を落とす羽目になった。
心底情けなくなった。この程度では「真冬の体育」はなくならい現実に。そして脳みそが筋肉でしかできていない悪意ある体育教師にやられ放題にされたのが。苛立っていたのは僕だけではない。全員が殺意を抱いて今夜は眠らなければいけなかった。そんな夜を送りたくはない。笑って疲れて眠りたい。それができないなら、僕たちはもう子供でなくて良かった。僕たちは子供だから笑って過ごしたいと思った。
僕「復讐はする。でも暴力はダメだ」
全員が全員。僕へ不満の籠もった殺気をあてた。殴って解決するのはコメディじゃない。わざとらしくタライが空から落ちてノックアウトしなければ意味がない。僕はどんな結果でも笑って眠りにつきたいんだ。だから僕は体育をボイコットする以外での方法を提案したのだ。そして僕はもう一つの提案をする。
僕「今からNのお見舞いに全員で行こう」
聞いた事のない言語を初めて耳にしたように、全員が意味を考えるのに沈黙をしたのが可笑しくて僕だけが笑い続けた。笑いは一人、また一人と感染する。病気が傍にいるだけで感染するように幸せも感染していく。それからの僕たちは一週間、毎日Nのお見舞いに行った。どんな寒い日でも笑顔で僕たちはNをお見舞いして励まして、元気付けて、看病し続けた。
僕「OK、OK!皆、死にそうだね!僕もだよ!」
教室にはその時、10人のインフルエンザ患者がいた。一週間、お見舞いし続けたのが報われた瞬間だった。
僕「最後にあえて言わせて!」
全員「なんだー?」
僕「今夜はぐっすり眠ろう!」
まるで足取りはゾンビのように遅く、身体は重たくて一歩も動きたくないのに僕は微笑を絶やさなかった。そして体調の悪い生徒が一斉に職員室に入り、ただ教師たちと雑談をするだけなのに全員がくだらない会話で爆笑をしながら咳き込んでいた。それから三日の後に18人の人間がインフルエンザを発症。当然、体育教師にも。一週間の治療の中、僕は繰り返し、繰り返し次は何をして笑おうと考え続けた。まだまだ極上のコメディには程遠い。バイオテロの次はもっとスマートな事ができることを願って。
ちなみに僕は何故かインフルエンザではなく「ただの風邪」だった。
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