袁術

?〜199年。字は公路。
 司空 袁逢の子で袁紹の従弟、あるいは異母弟と言われている。
はじめは袁紹と行動を共にしていたが、漢王室の補佐再興を大義名分とする袁紹と、 袁家による王家確立を目指していた袁術は意見が対立する。
 199年、寿春で皇帝即位を宣言する。 が、政治を行わず経済状況が悪化、袁紹を頼ろうと河北へ向かう途中で死亡。