劉璋

?〜219年。字は季玉。
 父の後を継ぎ益州の牧となり、蜀の国を治めていた群雄。 漢中の張魯が蜀の地を狙い始めた事から、最初曹操と友好を結ぼうとするが曹操のつれない態度と張松の進言により、 諸将の猛反対を退け親戚の劉備を頼ることにする。
 しかし、劉備に援助を惜しんだことから関係が悪化。 さらに張松が劉備に内通し、国を譲り渡そうとしていることが発覚し交戦状態に入った。
 首都成都が包囲された時、城中には3万の兵と1年分の食糧があったが、人民を苦しめたくないと言い、馬超の降伏勧告を受け入れた。顔  その後荊州に移り住み、荊州陥落後は、呉に仕え益州牧に任じられた。