諸葛謹

174〜241年。字は子瑜。
 孔明の兄で7歳年上。義母を養うために孔明らと別れ、呉に仕官を求める。
温和な人物で、篤実なその人柄が孫権から信任されていた。 柔らかいものの言い方をし、例などを用いて語るため、孫権や同僚は良く彼の話を聞き入れたという。
 兄弟ともに真面目で、使者として劉備側の代表の弟 孔明と会うときも、公私をわきまえ公式の席でのみ会見を行った。 それ以外の時はよく弟と私的に連絡を取っていたらしい。
 面長であったために、ロバとあだ名されていた。