| 董卓 ?〜192年。字は仲顕。 20年ほど地方の守備をしていた人物。 そのため戦争には詳しく、武芸にも優れていた。 黄巾賊討伐で苦戦していたところを劉備の義勇軍に救われているが、その身分の低さから軽くあしらっている。 その後宮中の混乱を利用して洛陽に乗り込むと、小帝と陳留王の身柄を手中に収め実権を握る。 董卓は陳留王を帝位につけると宰相を自称し、自らの欲望のままに行動した。 そのために地方の諸侯は反董卓同盟を結成、これに追われて董卓は長安への遷都を強行する。 この後、司徒の王允が企んだ「連環の計」にかかり、養子の呂布に殺される。 董卓は非常に太った人物であったため、その死体は数日燃え続けたという。 |