| 張飛 ?〜221年。字は翼徳(正史では益徳) 一説では肉屋をしていたとも言われる。身長は約8尺(185cm)、豹のような頭、大きな丸い目に虎髪、 長さ1丈8尺という蛇矛(名を点銅矛という)を愛用した。また非常に大きな声の持ち主でもある。 情にもろいが、酒にルーズで乱暴なところがあり、部下に対しては厳しかった。 劉備・関羽と出会い、義兄弟の契りを交わし、以後劉備のもとで勇将の名を欲しいままにする。 長坂橋で、ただ一騎で曹操の大軍を足止めさせたエピソードは有名である。 劉備の蜀攻略戦だは巴西で厳顔と戦い、彼を捕虜にしている。 この時、厳顔の武者ぶりに感動した張飛は彼を厚遇し、これに厳顔も心を打たれ協力を約束する。 厳顔のおかげで彼は連戦連勝し、成都で劉備と合流する。 この蜀攻略戦では、馬超と一騎討ちも行っている。 入蜀後も、五虎大将軍の一人に任ぜられ、瓦口で張コウを討ち破るなど活躍している。 『演義』ではこの戦いで策を講じ、酒浸りと見せかけて敵を欺き、夜襲に来た張コウの裏をかいて大勝利している。 関羽の死後は毎日泣き暮らし、酒を飲んでは荒れて配下にきつく当たることが多かった。 221年、呉との関羽の報復戦を前にして、張飛は部下に寝首をかかれてしまう。 『演義』では「3日以内に全軍の白装束を用意せよ、できないときは死刑だ」と無理な注文をされた配下が、 泥酔して眠っている張飛を殺害したことになっている。 |