張魯
「五斗米道」の教祖。 信徒による自治を行い漢中を治めていた。 また、馬超を用いて劉璋の蜀を狙い、劉備とも戦った。 しかし、張魯軍は馬超の力を恐れ暗殺しようとしたため、馬超は劉備に帰順した。
その後曹操の討伐軍に敗れたため巴中に退却するが、 その際に財産兵糧を焼き払わず、「全ては国のもの」とし倉に入れて封印して去ったので、感心した曹操に降伏後厚遇された。