遍路手記 その 2
NO 2 * 伊豆八十八ヶ所霊場 遍路手記 *
満願成就者 田中 康男

その 3

* 三十四番札所 三養院(さんよういん) 詳細
(15年2月22日)
今日は天気も良く気温も上がり暖かいので(お花見を兼ねて??) 河津、下田方面の遍路に出かけました
伊豆の東海岸を一路南下 土曜日のせいか車は多いいです、河津のトンネルを過ぎ信号を右折河津の駅前(河津桜が満開で人出 が凄いです、それを横目に)通過、川を左に見ながら進み 家並みが少なくなる頃 右カーブの内側に在ります。
大屋根を持つ本堂はどっしりとして中々の貫禄です、外から見た感じは質素な 田舎のお寺風でしたが
中に入ると一転 金襴緞子に囲まれた本尊の釈迦如来像が印象的でした。

* 三十五番札所 栖足寺(せいそくじ)詳細
河津駅方向に戻りすぐ右折 橋を渡り川沿いを下る 約5分走ると白い欄干の橋があり その袂の信号を 右折するとすぐ右側です(川の対岸が河津桜の名所で満開でした)
小さな本堂ですがどっしりとしています、このお寺には河童(かっぱ)の伝説があり、河童に関するものが色々とありますが特に 寺宝でもある古瀬戸風の茶壷”河童のかめ”が有名です。

* 三十六番札所 乗安寺(じょうあんじ) 詳細
川沿いをさらに5分ほど下ると国道に出ます そのすぐ手前右側の奥にあります。
弘法大師の八十八ヶ所遍路寺にしては珍しく何故か?日蓮宗のお寺です、
このお寺を開基した日遠がこの地へ来た時に 乗ってきたと言われる 駕籠が寺宝として置かれています。

* 三十七番札所 地福院(じふくいん) 詳細
国道を下田に向け約15分走り縄地トンネルを過ぎたら すぐ右鋭角に曲がる細い急坂道を登り突き当たりに在ります。
地福院は縄地の山手に在ります、ここは昔 金の採掘で栄え最盛期には八千戸余りあったそうです。 ものの書によると慶長5年(1600)再興とあり その前の年数は不明ですが かなり由緒のあるお寺です。

* 三十八番札所 禅福寺(ぜんぷくじ) 詳細
国道に戻り約十分走ると白浜に入る 少し手前山手の旧道沿いに在ります、ここから下田市に入り 下田市には88ヶ所の寺院中の15ヶ寺が点在しています。
このお寺も草創年代ははっきり分かりませんが1620年頃 ”庵を改め寺とした”とあり1300年代後半に 庵を創立したとの記述もあります。

三十九番札所 観音寺(かんのんじ)詳細
国道を10分ほど走り須崎半島に入る 須崎港のすぐ手前を左折するとすぐです。
こちらのお寺も1615年改宗とありやはり相当の由緒があります、
本尊の十一面観音像は運慶の作と伝えられています、また併合した補陀庵の本尊 聖観音像は平安後期の作と言われてます。

* 四十番札所 玉泉寺(ぎょくせんじ) 詳細
来た道を戻り国道へ出る少し手前を右折(看板が在ります)ちょっと奥です。
草創は1500年代後半のようです、1856年わが国初のアメリカ総領事館をこのお寺に置きました、 当時の記念品などが ハリス記念館に収蔵され一般公開されています。
60年に一度しか御開帳をしない延命地蔵菩薩を拝観する事が出来ました、大変神々しく輝いていました。

* 四十一番札所 海善寺(かいぜんじ)詳細
ここから下田の街中へ 下田駅前を左折右側に「お吉物語」の主人公お吉の菩提寺 宝福寺の手前隣を入ります。
草創は不明ですが書物には1590年の記述が出て来ますのでその頃だと思われます、本堂は近代的に出来ていますが、山門だけは江戸時代そのままに残っており小さいながらも荘厳さを感じます。

その 4

* 四十二番札所 長楽寺(ちょうらくじ) 詳細
(15年2月22日)下田の街中をさらに進み(この通りには7〜8件の寺院が在ります)突き当りを左折して すし屋等の飲食店が多数ある所を右折しペリーロードの橋を渡るとすぐ右側です。
四十番はアメリカ、こちらのお寺はロシアと縁があります(1855年日露和親条約が調印される) 当時の記念の品等が展示された宝物館があり観光客も多いいです、
弘法大師は本堂の左側に奉られています、住職さんに不思議なお香を特別に戴きました、粉末ですが 手のひらですり合わせて 嗅ぐと一瞬"ハッ!"と息を呑む感じでした、お坊さん方が特別大事なお経を あげる時に使用するそうです。
こちらの梵鐘はその昔伊豆八景の一つ「長楽寺の漏鐘」といわれ親しまれていたそうです、今でも港を見渡せます。

* 四十三番札所 大安寺(だいあんじ)詳細
下田駅方向に戻り四十一番の手前にある文化会館の手前隣の石の門柱を入ります、狭い入り口ですが 車で中まで入れました、
本堂内で法事が行なはれていたので外で参拝をしました、寺宝の一つに弘法大師直筆の大般若経が あるそうです。また下田市指定の史跡になっている「薩摩十六烈士」のお墓が裏山の中腹にあります。

* 四十四番札所 広台寺(こうだいじ) 詳細
下田の街中を後に線路沿いを北上し郊外へ トンネルの手前を蓮台寺方向へ左折 北高校の手前を 左折300M位先の右に敷石風の道路があります そこを入ると右側に在ります。
このお寺のいわれに「湯湧き出る土地なるを以って山号を湯谷山と称す」とあり蓮台寺温泉のお寺には ぴったりだと思いました、
本尊の聖観世音菩薩ともう一体 伊豆横道十九番の十一面観音が奉られています。

* 四十五番札所 向陽院(こうよういん)詳細
北高校まで戻り左折する(すぐ右側にカーター元米大統領が泊まり有名になった純和風旅館清流荘があります)国道と合流する信号の手前 左側です。鎌倉の有名な建長寺の末寺で応永九年(1403)草創された 由緒ある寺院です、本尊の地蔵菩薩石像は弘法大師が作ったと伝えられています、山門は小さいですが時代を感じさせていますまた伊豆七福神の一つ恵比寿像も奉られています、ちなみに伊豆七福神は 伊豆八十八ヶ所霊場寺院の中に六寺院が併せて奉られています。

* 四十六番札所 米山寺(よねやまじ) 詳細
国道に出て北上十分ぐらい走り大きく左へカーブした右側に大きな看板(米山薬師)があります、 日本三大薬師の一つです(行基の作を本尊としている、越後、伊予、伊豆の三箇所)本開帳は60年毎に行なわれ、半開帳として、30年毎に催される。他の寺院のような本堂は無く社務所的な建物を本堂として使用している、そこから約500M登ると奥の院があります。御朱印は寺の管理者に電話連絡をして戴く事になります。

四十七番札所 龍門院(りゅうもんいん)詳細
松崎方向に走り約5分バス停 庚申堂前の高台に在ります、地元では龍門院より「相玉の庚申さん」の方が通じます。
ものの書によると草創は寛治3年(1089)、康和元年(1099)の2通りあります、どちらにしても気の遠くなるような時代です、
往年は真言宗の道場であったと云われるだけに、数棟ある建物は皆大きいです、残念な事に無住の為ちょっと荒れかけています。
ホームページのアルバムを見てください11月末の頃の紅(黄)葉は見事です。

* 四十八番札所 報本寺(ほうほんじ) 詳細
さらに松崎方向へ約15分集落が切れる頃右カーブの右高台に在ります、参道前のバス停は「山髄院」です。
こちらの寺院も鎌倉の建長寺の末寺です、草創は嘉暦元年(1326)とかなりの歴史があります、本堂は 千八百年代初期の作です、
境内にはしだれ桜の古木(樹齢約二百年)があり花期には多数の人が訪れるそうです、もう1本天然記念物の「オガタマ」の古木(樹齢約三百年)も見事です。

* 四十九番札所 大梅寺(たいばいじ) 詳細
ここから下田方面に戻り途中に 観音温泉入口の看板があります そこを右折して約500M 右高台にあります細く急勾配の道ですが車で登れます
ものの書によると寛徳三年(1046)弘法大師ゆかりの僧がこの地に草庵を作ったのが始まりのようです、その後色々と変革して現在に至ってます
お寺の守護神のお稲荷さんのお堂が裏山の中腹に在り寺院を見守っています。

今回の遍路はここで打ち止め(15,2,2)

* 遍 路 手 記 NO 3 へ *

* 遍路手記 トップへ戻る *

* * * * * *

右クリック禁止 :