旧・豆国八十八ヶ所霊場
* 伊豆八十八ヶ所霊場 *
(豆国本来の八十八ヶ所霊場調査報告書)


広  報

お四国さんを筆頭に・西国・秩父・坂東・等など全国には 大小の霊場巡りが数多くあり、伊豆にもその一つが有ります。
現在の伊豆八十八ヶ所は 昭和40年ごろに確定されましたが、それ以前にも遍路、巡礼が行なはれており、
古文書等を色々と調べましたが、”いつ頃から!?”は不明です、 伊豆には「横道三十三観音巡り」があり、
その始まりが八百年前(1200)頃、伊豆に流罪された、源頼朝が源氏の再興を祈願して巡ったとあります、
伊豆八十八ヶ所巡礼もその頃からだと思われますが、定かではありません、 確実なのは 約120年前の
明治22年の銘がある、六番札所 金剛寺の版木、二十八番札所 大江院の納経帳、 番外札所(豆国八番) 称念寺の
御詠歌道中記です、これを基に判断すると120年以上も前から、また二十一番龍沢寺の 参道の途中にある
巡拝記念の石碑に天保15年の年号が刻まれています、それによると約百七十年以前から巡礼が行われ、
十三番北條寺には、文化12年(190年以前)年号の遍路絵馬額が有りますが、何処の遍路か不明です、
もしこれが伊豆八十八ヶ所ならば百九十年以前から伊豆の遍路”豆国(伊豆)八十八ヶ所霊場”遍路が行なはれていた事になります。

古文書、版木、納経帳、御詠歌道中記、等を詳細に調べたところ 現在の八十八ヶ所と違う 寺院が在る事が
判明しました、廃寺や統合などで、と思いましたが 現地に足を運び調べた所、”本来の札所”でありながら
除外された寺院が 現存しているのが判りました、住職さんにお話を聞きましたが 全ての住職さんが
代替わりしており なぜ除外されたのかは不明でした、復帰を希望する寺院もあります。
その為「伊豆八十八ヶ所霊場」の著者で現在の" 伊豆八十八ヶ所"確定当時にご尽力された 七番札所 泉龍寺
前住職 丹羽円宗氏や 除外されたが復帰を希望する寺院住職と話し合いの結果、現在の八十八ヶ所の順番号を
変更する事は不可能なので”別格番外札所”として下記の二寺院(航浦院・称念寺)が復帰しました。


復 帰 寺 院

別格番外札所  航 浦 院 (こうほいん)
 (旧、豆国・八番札所)


西伊豆の大瀬(おぜ)崎の近くの江梨地区にあります 遍路順番は 八番 益山寺の次です。
順番を無視する時は戸田の八十七番から大瀬崎回りのコースもあります。
詳細はこちらをご覧下さい

別格番外札所  称 念 寺 (しょうねんじ)
 (旧、豆国・三十一番札所)


河津 浜にあります 遍路順番は 三十三番 正定寺の次で 三十四番 三養院の前です。
詳細はこちらをご覧下さい


 現在と・本来の札所寺院 

色々な資料を調査検討しました。
現在の八十八ヶ所の寺院と違う寺院があり、順序(札所番号)の違いも有りました。

     現在の札所         旧・豆国の札所

       七番・泉龍寺(堀切)   =>益山寺(堀切山田)
   八番・益山寺        =>航浦院(江梨)

   二十番・養徳寺(平井)   =>国分寺(三島泉)
  二十三番・東光寺     =>養徳寺(平井)

  三十番・自性院(奈良本)  =>正定寺(稲取)
   三十一番・東泉院(白田)  =>称念寺(河津浜)
  三十二番・善応院(稲取)  =>栖足寺(谷津)
  三十三番・正定寺      =>林際寺(沢田)

  三十五番・栖足寺     =>長敬院(大鍋)
  三十六番・乗安寺     =>普門院(逆川)

以上が現在と、旧・豆国の寺院です。

伊豆霊場振興会
編集・田中康男