「伊豆の踊子」紀行

その2-湯ヶ野




[トンネル出口]

トンネルの出口から白塗りのさくに片側を縫われた峠道がいなずまのように流れていた。

この模型のような展望のすそのほうに芸人たちの姿が見えた。



峠の茶屋を遅れて立った学生は直ぐ一行に追いついた。そして湯ヶ野まで同行する間に栄吉や

踊り子達と気心が知れ、下田まで一緒に旅することになる。


そして湯ヶ島温泉にも、川端康成書その下りを書き写した「伊豆の踊子文学碑」・・・




[伊豆の踊子文学碑]


湯ヶ野までは河津川び渓谷に沿うて三里余りの下りだった。

峠を越えてからは、山や空の色まで南国らしく感じられた。

私と男とは絶えず話し続けて、すっかり親しくなった。

萩乗や梨本なぞの小さな山村を過ぎて、

湯ヶ野の藁屋根が麓に見えるようになった頃、

私は下田まで一緒に旅をしたいと思い切って言った。

彼は大変喜んだ。




小説では、ここ湯ヶ野での学生と踊り子一行のふれあいが中心になっている。まず最初の晩は、

向かいの料理屋での踊り子達の宴席の様子を聞いて、学生は胸が苦しくなる。



しかしその酒宴は陽気を越えて馬鹿騒ぎになっていくらしい。女の金切り声が時々稲妻のように

闇夜に鋭く通った。わたしは神経をとがらせて、いつまでも戸を開けたままじっと座っていた。太鼓

の音が聞こえるたびに胸がほうと明るくなった。


「ああ、踊り子はまだ宴席に座っているのだ。すわって太鼓を打っているのだ。」

太鼓が止むとたまらなかった。雨の音の底にわたしは沈み込んでしまった。

やがて、皆が追いかけっこをしているのか、踊り回っているのか乱れた足音がしばらく続いた。

そして、ぴたと静まり返ってしまった。わたしは目を光らせた。この静けさがなんであるかを闇を

とおして見ようとした。踊り子の今夜が汚れるであろうかと悩ましかった。



そして、そのあくる朝、栄吉が学生の宿を訪ねた時のこと・・・・


自分にも夕べの悩ましさが夢のように感じられるのだったが、わたしは男に言ってみた。

「夕べは大分遅くまで賑やかでしたね。」

「なあに。聞こえましたか。」

「聞こえましたとも。」

「この土地の人たちなんですよ。土地の人は馬鹿騒ぎをするばかりで、どうも面白くありません。」

彼があまりに何気ない風なので、わたしは黙ってしまった。

「向こうのお湯にあいつらが来ています。――ほれ、こちらを見つけたとみえて笑っていやがる。」

彼に指さされて、わたしは川向こうの共同浴場のほうを見た。湯げの中に七,八人の裸体が

ぼんやりと浮かんでいた。

ほの暗い湯殿の奥から、とつぜん裸の女が走り出してきたかと思うと、脱衣所のとっぱなに川岸へ

飛びおりそうな格好で立ち両手をいっぱいにのばして何かをさけんでいる。手ぬぐいもないまっ裸だ。

それが踊り子だった。

若桐のように足のよくのびた白い裸身をながめて、わたしは心に清水を感じ、ほうっと深い息を吐い

てから、ことこと笑った。

子供なんだ。わたしたちを見つけた喜びでまっ裸のまま日の光の中に飛び出し、つまさきで背いっ

ぱいにのび上がるほどに子供なんだわたしはほがらかな喜びでことことと笑いつづけた。

頭がぬぐわれたように澄んできた。微笑がいつまでもとまらなかった。踊り子の髪がゆたかすぎる

ので、一七、八に見えていたのだ。そのうえ娘盛りのように装わせてあるので、わたしはとんでも

ない思い違いをしていたのだ。



学生は葛藤とわだかまりの心が解け恋心が芽生えた。そして踊り子一行の都合のため湯ヶ野に

三泊する内に、五目並べや講談本を読んであげ踊り子達とますます打ち解け合い、

また一行の肉親の愛情をも感じさせられていった。

落ちぶれたとはいえ顔つきや話しぶりにインテリを思わせる栄吉、無邪気な踊り子や妹思いの

千代子、口うるさいおふくろ、そしてはにかみ屋の百合子達と最後には、大島の彼らの家に行く

ことに決まってしまうまでも親しくなった。

そして宿のおかみさんや客が、いくら踊り子達を軽蔑しても学生は、

「かれらの旅心は、最初わたしが考えていたほどせちがないものではなく、野のにおい

を失わない呑気なものであることも、わたしにわかってきた。」 と理解を深めていった。





[湯ヶ野温泉]

閑静な湯ヶ野温泉の温泉場 −川向こうが学生が泊まった福田屋






[福田屋前にて−中央が川端康成]




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