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その頃の、と言っても大正四、五年のことで、今から四十数年前のことだが、夕方になると、決まって村の子供たちは口々に ゛しろばんば、しろばんば゛と叫びながら、家の前の街道をあっちに走ったり、こっちに走ったりしながら夕闇のたちこめ始めた空間を綿屑でも舞っているように浮遊している白い小さな生きものを追いかけて遊んだ。
素手でそれを掴み取ろうとして飛び上がったり、ひばの小枝を折ったものを手にして、その葉にしろばんばを引っかけようとして、その小枝を空中に振り廻したりした。
しろばんばというのは、゛白い老婆゛ということなのであろう。子供達はそれがどこからやって来るか知らなかったが、夕方になると、その白い虫がどこからともなく現れて来ることを、さして不審にもおもっていなかった。
(井上 靖著 「しろばんば」 冒頭より) |
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■井上靖・しろばんばの碑
井上靖先生は多感な子供時代をここ天城湯ケ島町湯ヶ島で過ごしました。その頃の思い出を描いた自伝的小説が名作「しろばんば」。ちなみにしろばんばとは、天城の子供たちがそう呼び慣らす、夕方に白い綿毛をつけて飛ぶ虫のこと。しろばんばの碑には小説の冒頭部分が刻まれて、井上先生の生家跡(湯ヶ島小学校の裏手)に静かに建っています。 |
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左 井上先生詩碑
下が原文(湯ヶ島小学校蔵)
右 湯ヶ島小学校玄関前に設置された『しろばんば』のブロンズ像
下 洪作がおぬいばぁーさんと暮らした土蔵
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「猟銃」は、昭和24年毎日新聞記者時代の作品。何回も清書し文壇的処女作として一流誌に発表された。
この作品の舞台は、文学碑の建立されている滑沢渓谷。四季おりおりの風景を満喫できる。
この文学碑に刻まれている「猟銃」は小説より1年前に発表された詩で、一部内容が異なる。
「なぜかその中年男は村人の顰蹙を買い、彼に集まる不評判は子供の私の耳にさえも入っていた。ある冬の朝、私はその人がかたく銃弾の腰帯をしめ、コールテンの上衣の上に猟銃を重くくいこませ・・・・」 |