2005年5月21日(土)静岡新聞夕刊7頁『文人往来』より転載
熱狂嫌った藤沢周平
作家・城山三郎さんに聞く 藤沢周平が亡くなる四年前、城山三郎さんと藤沢は一度だけ対談をしたことがある。二人が親しく話すのは初めてだったが、始まると話が尽きず、午後二時からの対談は五時間も続いた。「十年来の知己をにわかに得た」との思いだったと、城山さんは「藤沢周平全集」の月報に記している。 「二人とも昭和二年生まれ。これは戦争にギリギリのところで送り込まれたり、送り込まれそうになった一番年下の世代。一番純真な時に、一番悩んだ世代なんです」と城山さんは語り出した。 |
雑誌「オール読物」(1993年8月号)の対談での城山三郎さん(左)と藤沢周平。たまたま2人とも動物園好き。しかもパンダが嫌いでオオカミが好きなことでも話が一致した。「狼の持つ孤独さと禍々しさに魅かれる」と藤沢は対談で話している (写真提供文芸春秋) |
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■軍国少年の共通点 城山さんは一九四五(昭和二十)年五月に海軍特別幹部練習生に十七歳で志願した。だが忠君愛国の城山少年が見た軍隊の現実は想像とは全然異なるものだった。貴重な食料を独り占めする上官たち。上官が新兵を一日中なぐるイジメ。あまりにひどい組織だった。 藤沢も軍国少年で、中学三年の時には同級生をアジって、皆で予科練の試験を受けに行った。 この体験を藤沢は猛省していたのだろう。城山さんとの対談の冒頭、自ら紹介している。 「敗戦であれほど熱狂していた忠君愛国の価値観が否定されて以後、私はめったに熱狂するということがなくなりました。特に集団の熱狂に敏感になった」と藤沢は語っていた。 「二人とも戦中戦後の時代の変わり目を肉体で感じてきた世代なんです」と城山さんは言う。 藤沢が決して英雄的な主人公を描こうとはしないことにも、昭和二年生まれゆえの熱狂嫌いが関係しているようだ。 |
「僕も藤沢さんも書いた定年や隠居後の生き方。アメリカなら、さあこれから勉強しようとか、趣味を楽しもうとか、そんな文化があります。そういう用意や準備がないのが日本社会。今は少し変わってきたでしょうか…」と語る城山三郎さん=神奈川県茅ケ崎市の自宅 |
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■隠居後の日々描く そんな藤沢の代表作の一つに「三屋清左衛門残日録」(八九年刊)がある。隠居後の男の日々を描き、中高年に圧倒的な支持を受けている時代小説だが、実はこの作品は城山さんのベストセラー「毎日が日曜日」(七六年刊)が「遠いヒントになって」書かれている。 「毎日が日曜日」は商社を舞台に左遷された者や定年退職した会社員の生き方を描いた小説。同作を「定年後のことを考える先駆的な小説」と評価する藤沢が自分の還暦を挟み連載したのが「三屋清左衛門残日録」だ。 「僕ら戦中派には『組織こそ問題だ』という意識がある。組織とどう関係して生きるか。組織の中で生きてきた個人が組織から離れたらどうなるか。大問題ですからね」 用人まで務めた清左衛門が家督を長男に譲って、藩主から贈られた隠居部屋で生活を始める。 「藩社会は今の会社組織と共通する部分もあります。派閥抗争があったりね。そういう組織から離れた時、人はどう生きるか。藤沢さんは現代的問題を時代小説の中に投げ込んで書いています」 当初、藤沢は隠居した清左衛門の周辺事件簿のように構想していたが、書いてみるとそれだけではうまくいかなかった。 |
●メモ● 吉村昭、結城昌治、北杜夫、小川国夫…。昭和二年生まれには藤沢周平や城山三郎さんのほかにも著名作家が多い。 この人たちには共通した特徴がある。例えば、文壇のパーティーにもめったに顔を出さない。独りの感覚がある。「集団的に群れるのは、もうこりごりなんです」と城山さん。 藤沢は、わんこそばが苦手だ。あの掛け声をかけられて食べることがたまらなく嫌なようだ。 「掛け声で動かされるのもこりごりの世代ですから」という城山さんは、藤沢との対談で自作の詩「旗」を披露した。 「旗振るな/旗振らすな/旗伏せよ/旗たため」 それを聞いて藤沢は「戦争中、旗振りが非常に多くて」 「本当にもうたくさん」と応えている。 |
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■社会とのつながり 組織から離れた不安。組織に守られて、これまでの人生があったことへの気づき。隠居、退職者の内心を占める寂しさ。 「やっぱリ今までの現実社会とつないでおいたほうが、人間というのは生きがいがあるんだ」という方向に転換していったと藤沢は述べている。 まだ五十代前半の清左衛門は剣術の道場に通う一方で、昔の人脈を生かして、藩の派閥抗争の始末にもかかわっていく。 「毎日が日曜日」でも会社の仕事に背を向けて蓄財に励み、定年万歳バンザイと言って会社を去った男が、それだけではどこか幸せになれない。 人間、やはり社会とどういう形でコミットするかです。そこでしか生きがいは生まれないと思いますよ」。城山さんはそう結んだ。 |
ふじさわ・しゅうへい氏 1927年山形県生まれ。97年死去。戦後を代表する時代小説家。「たそがれ清兵衛」などが近年映画化され話題に。 しろやま・さぶろう氏 1927年名古屋市生まれ。経済小説の開拓者。「指揮官たちの特攻」など、戦争のむごさを伝える作品もある。 |