国の借金が800兆円に迫り、「国家破産」も絵空事ではない日本の財政赤字。見事、郵政民営化を成し遂げ、一気に「小さな政府」への改革を加速させようとしているが、一部では消費税率アップやサラリーマン増税が論議されている。
しかし、本当に増税は避けられないのか。経営の神様・松下幸之助氏は生前、政府が「資金のダム」をつくることで21世紀中に税金をゼロにする「無税国家論」を唱えた。無税とはいかないまでも、減税の方向に向けて方向転換を図る手だてを論議するべきだ。
戦後からのシステム(官僚社会主義/中央集権/大きな政府)や手法で行う国家運営を前提とした議論ではなく、新たな国家システムを創設してこそ成し遂げることが可能となる。
最近、明らかになってきた膨大な税金の無駄遣い、「グリーンピア、温泉施設等の保養施設」「格安公務員官舎」「各都道府県に作られた無駄な公共施設」「失敗した公共施設の建物や土地の安売り」、数え上げたらきりがないほどの無駄遣いの数々だ。
それらの謝金を穴埋めしようと計画されている増税、「消費税アップ」「所得税・住民税の定率減税の全廃」「サラリーマンの所得税の各種控除を縮小・廃止」、これらを試算すると穴埋めに必要な額になる。
ムダ遣いをしておいて、その穴埋めに増税をする。国の膨大なムダを解決しないまま、安易に増税に頼れば、国民は勤労意欲を失い、日本は間違いなく衰退へと向かう。こうしたことを繰り返していれば、この国の行く先は「国家破産」しかない。
国や行政への配分を求めて、官僚や政治家に依存しすぎた結果、「政治家と支援企業との癒着」「官制談合」「官僚の天下り」「ばらまき行政」など様々な弊害を生み出してしまった。
官僚は、自分たちの保身のために既得権益を守ろうとし、政治家は、選挙応援をしてくれた特定業者、支援団体に便宜を図る構図を一新しない限り、明日の日本に日は昇らない。
松下幸之助氏がいう『無税国家論』とは、“収入・収支バランスと余剰金のストック”の重視である。
税収の範囲内で行うべき予算編成を30兆円もの上乗せを前提に行われいることの矛盾を一刻も早く是正しなければ、「国家破産」は免れない。
現在の単年度決算方式では、その年に入っただけ使い切り、足らなくなれば増税をする。借金は増えても余剰金など捻出できるはずがない。 この様な制度を改め、国家経営を民間経営と同じシステムにするべきであり、首相・首長には会社の社長と同じ経営責任を取らせるべきである。
今の日本は、封建時代よりも「大きな政府」である。
本来、収入・収支バランス(プラマリーバランス)を考えて予算編成をし、通年度決算システムを動入することで節約をし、余剰金を積み立てる。そして資産運用をして、その収益を国費に当てていく。
例えば、
「資産時価評価総額を元手として日本国家株式会社の株を1株10万円で売り出し、国民一人当たり1株持てば、それだけで12兆円の資金が集まる。」
「国家資産をすべて洗い出して時価で評価し、売却できるものは民間会社、個人に売却する。(売れる国家財産=最低でも約100兆円)売却資金の運用益を予算に繰り入れる。」
「医療予算を削減するためには、大企業による病院のM&Aを促進し、経営指導をさせる。病院の赤字は企業との連結決算で節税効果を出させる。」
「公務員の半分を民間企業から出向させ、業務の簡素化、スピード化、サービス・アップに努力させる。仕事の削減とスピードアップに成功した民間人は早めに元の民間企業に戻れるようにする。」
「同時に、役所の次官、局長クラスを民間会社の社長、重役からスカウトする。民間でできることは民間に任せ、役所の仕事は最小限に、人員も最小限にする。」
こうのように様々な手法を用いれば、かなり成果が上がるはずである。発想を転換させ、一刻も早く無借金経営に移行させることだ。
国家運営を他人事ではなく、国民一人ひとりが自分の問題と考え、「依存と配分」から「自立と創造」へとパラダイムを変えないといけないのです。
そして民間企業の経験と知恵を行政に活かし、大胆な改革をしていかなければ、この先、大きな借金を子供達に残すのみならず、「国家破産」は免れません。
官僚社会主義がはびこり、役人が肥大化し、国民から徴収した税金を無駄に使い切るシステムを改革するには、聖域なき民営化、小さな政府、大幅減税、等々「既成概念」にとらわれない大改革が必要である。
聖職者であるはずの政治家や公務員が襟を正し、国民が愛国心を持って自国の行政に関心を持ち社会参加し、国家システムそのものを大胆に改革することで解決できる問題である。
今まさに明治維新をも凌ぐ改革を必要としている時、一度すべてを白紙に戻し、大胆な発想と実行が望まれる。
|
|